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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Adventure for ancient castles in west Japan②

さて、今宵の更新ですが、予告通り姫路から大阪に絶滅危惧種のレンズ達と旅した足跡をご紹介致します。
まずは今回の簡単な行程ですが、松江の宿を11月20日土曜日の朝に出て、倉吉経由の第三セクター特急で姫路に入り、15時過ぎに駅の目の前の宿にチェッキンしてから、早歩きで姫路城に向かい、17時の閉園まで見学&撮影、その日は姫路泊、22日は雨の中、京都線新快速で大阪まで移動し、翌日のロケハン兼ねて、大阪城公園に向かい、天守閣内部には入らず、周囲のみインスタ予告編も兼ねて撮影、帰京当日の11月23日火曜日は朝から晴れ上がったので、10時に宿に荷物預けてチェカウトし、12時過ぎまで見学、撮影し、米原経由、名古屋まで在来線で移動し、15時過ぎの新幹線でお江戸は深川に戻った、という行程です。
では、当日の足取りに沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

伊勢ツアー21NOV_016-01
まず一枚目のカットですが、ホテルに荷物を置いて、身軽になったのはイイのですが、何せ、混むときは、登城口まで1時間、そこから天守閣の地階から最上階まで隅々眺めて、更に西の丸の長尺廊下、化粧櫓までじっくり見ると2時間は優にかかってしまうので、一抹の不安はありましたが、大手門をくぐった辺りに「おもてなし隊」と称する武将系コスプレおじさん達がたむろしていたので、声掛けて、お城をバックに撮らせて戴いた第一号さん。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_017-01
二枚目のカットですが、広大な三の丸広場越しの高台の上に燦然と輝きを放つ、白亜の天守閣の偉容は、工房主のみならず、見る者の心を奮い立たせ、足を早めざるを得なくなるのですが、城郭に限らず、建造物の撮影では、あまり近くによると、仰角がつきすぎ、屋根の上部まできれいに撮れないばかりか、パースがつき、台形にデフォルメされてしまうので、全体像をきれいに収めようとしたら、或る程度の距離から撮らねばならないため、足を留め、一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_018-01
三枚目のカットですが、さて、何でも売店である西の丸茶屋の前を過ぎ、そろそろ入場券売り場が見えて来た辺りで、前に立ち塞がって、一枚撮らねば通さぬぞぉなどという嬉しい大見得を切ってくれたのが、僧兵のコスプレのお兄さんで、ただ云われた通りに撮るのも面白くないので、「ははぁ、承知。ところで貴殿のお名前は、大谷刑部さま?、安国寺恵瓊さま?、杉谷善住坊さま?、それとも武蔵坊弁慶さま?」と矢継ぎ早に問うたところ、マシンガントークを仕掛けられたことはないのか、たじろいで、「ベ、弁慶と申す」とか全然時代錯誤なこと云いだしたので、肩叩いて大笑いしたのち、記念撮影となったもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_019-01
四枚目のカットですが、入場券を無事買い求め、だいぶ金物が錆びて傷んできた「菱の門」を潜り、天守下に向かったら、まだ、「おもてなし隊」の残党が居て、ちびっ子達とチャンバラごっこみたいなポーズなんかして記念撮影ならぬ、記念動画なんか撮って熱演していたので、カット!の声を合図に天守をバックにモデルさんになってもらったもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_020-01
五枚目のカットですが、「菱の門」の先の「いの門」との間に位置する、天守真下の「三石堀」という防御上の施設で、今は木造建造物群の防火用水にも使われる目的で管理されている、石垣で囲まれた池越しに高石垣の上の、水面にも映る水鏡状態の白亜の天守閣の偉容を捉えてみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_021-01
六枚目のカットですが、狭い登城口を経て、一階に上がり、小天守などをくるくる回りながら、最上階を目指すのですが、二階の窓から小天守と繋がる渡櫓で囲まれた中庭に植えられた楓が時期的にちょうど良い色合いに紅葉し、それが甍の鉛色、壁の漆喰の白亜色、そして遠くの播州の山々とのコントラストが絶妙だったので、格子の間から一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_022-01
七枚目のカットですが、無事、天守閣内部の見学と調査、そして必要な撮影を終え、外に出て来た時は、だいぶ晩秋の陽は西に傾きかけていたのですが、それでも平成の大改修で白亜の漆喰外壁の化粧直しをした白亜の天守閣群の美しき戦闘マシーンとして放つオーラには全く陰りなど感じられず、先月眺めた松本城の漆塗りの文字通り漆黒の下見板張りの外観と対を為す、白亜の城の機能美に見せられて、備前丸広場から見上げる格好で一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_023-01
八枚目のカットですが、翌日、姫路からは在来線の新快速でも1時間ちょうどという、松江→姫路間の移動に比べれば、まさに隣町のお城を観に行く距離感に位置している、姫路城同様、日本の城郭人気投票上位常連の大阪城のすぐ近くの宿に投宿し、帰京の最終日の朝10時過ぎに宿を出て、まず目にすることになる外濠内面の上からみればギザギザのような横矢掛け構造の髙石垣の荘厳さを残して置こうと思い、足を留めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_024-01
九枚目のカットですが、巨大な外濠に架かる石橋を渡った先に建てられているのが「大手門」で、ここは、江戸期に周囲の櫓門が落雷によって焼け落ちた時にも、幸運にも残った遺構で、昭和初期の保存修理を経て、今は重要文化財となっている風格ある門で、ちょうど目の前の家族連れが潜り抜けた頃合いを見計らってシャッター切ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_025-01
十枚目のカットですが、大手門を潜り、外濠の中のエリアに足を踏み入れ、石垣の上から、僅かに頭を覗かせている、絢爛豪華な天守閣を目指して歩く途中に、かつてのこの城の主、太閤秀吉公を祀る豊国神社があり、いつも撮影する地ではそこの鎮守に相当する神社にお参りしてから、事に及ぶようにしているので、まずお参りしたのち、像を撮らせて戴こうとしたら、近くを歩いていた、いたいけな極小姐がちょうど謁見するような位置で飛び入り出演してくれたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_026-01
十一枚目のカットですが、豊国神社のお参りを済ませ、いよいよ、本の丸に足を踏み入れようと、神社とは反対側に位置する石垣を欠いて設けられた高麗門に向かったら、ちょうど門の中に「蛸石」越しに天守閣の偉容が見えたので、足を留めて、犬連れも含めた幾つかの家族が通りがかる間合いを図って、一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_027-01
十二枚目のカットですが、高麗門の手前から見えた大阪城一の巨石「蛸石」の巨大さ、そして、別に計算したわけでもないのに、「蛸石」越しに頭を覗かせる天守閣の漆黒の壁に銅板屋根の雄姿に、これだ!と思い、108トンもある「蛸石」の前に人間が立った頃合いを見計らい、かつ、名前の由来となった向かって左側のタコのような染が見てとれるよう、露出を加減して一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_028
十三枚目のカットですが、本の丸広場に足を踏み入れ、さてと頭を悩ませたのが、今回は仕事ついでの旅なので、動画撮影用にそこそこ重い三脚をカバンに入れることから、重い望遠系は持ってこなかったため、一番の長玉ですら、50mm、APS-Cの画角換算で75mm相当なので、イチカバチか、仰角がつかない位置から前景を撮ってみたもの。
カメラはX-Pro2、レンズはDallmeyer Anastigmat50mmf3.5による開放での絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_029-01
十四枚目のカットですが、前日は時間も時間の上、荒天だったため、天守閣最上階の展望台に出られない、そもそも出ても時間が遅く、かなり周囲は暗かったので撮影には到底適しているとは云い得ない状況だったため、パスして、帰京当日に天守閣へ登城することとし、外観のみならず、豊臣家に特化した博物館としてのコンテンツの充実さに感心し、退城する際、入口に置かれた、明治期以降の陸軍による丑砲の砲身を撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

伊勢ツアー21NOV_030-01
十五枚目のカットですが、雨天の前日に本の丸広場を散策し、紅葉越しに天守閣を見上げる格好で、ド迫力のカットが撮れる位置をスマホンのカメラでリハーサルしていたので、限られた時間の中、スムーズにそのポイントまで移動し、晴れ渡った青空の下そびえ立つ、昭和期の御年90歳の白亜の天守閣の偉容を撮ってみたもの。
カメラはLeica M Tipo240、レンズはElmarit28mmf2.8での開放、絞り優先AE撮影となります。

さて、次回はまたしてものお城ツアー。東海道沿いの名城を巡る旅を銘玉で撮影した結果をレポート致します、乞うご期待!!
  1. 2021/12/05(日) 19:47:29|
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Adventure for ancient castles in west Japan①

さて、今宵の更新ですが、本来、首里城行きの後は平穏な週末を迎えられる見通しだったのが、突然、また18日から怒涛の出張&週末旅行が割り込み、二週のスキップとなってしまいました。
実は、那覇では、完全お仕事モードでプライベートの割り込む余地皆無だったので、ライカも富士も持参せず、スマホンとパナソのコンパクトLX5だけなので、ここで公開するのは趣旨が違うのでスキップ、その翌週18日からの出張&週末旅行での業務撮影に使う前提でライカも富士も持参したので、それらで撮った写真を二週に渡ってご紹介したいと思います。
まずは簡単な行程のご紹介ですが、18日はお仕事の動画撮影等のため、三重県某所に夕刻移動、そこで一泊し、19日は午前中に用足しをしてから、奉公先の上役と近鉄で名古屋に移動、ランチを摂ってから、名古屋城視察、駅まで戻って、一行解散、夕方に大阪まで移動し、そこで一泊、20日は朝早めに宿を発って、新幹線で岡山駅まで移動、そこから伯備線に乗り換え、松江にお昼過ぎに入り、駅でランチ戴いてから、宿に荷物預け、松江城見学、その日は松江泊、翌21日は、早めの松江駅発、倉吉経由、在来線で姫路に入り、お昼過ぎから姫路城見学、その日は姫路泊、22日は早ランチを駅前で戴き、お昼過ぎの新快速で大阪入りし、宿にチェッキンし、雨の中、宿からのルート確認も兼ねて大阪城の外観のみ見学、大阪泊、最終日23日はお昼過ぎまで大阪城内部を見学し、13時台はじめの京都線新快速、東海道線経由、名古屋に移動し、そこから新幹線でお江戸まで戻った、という道のりです。
では、さっそく最初の二日間の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

伊勢参り’21_001
まず一枚目のカットですが、三重県某所で無事?お仕事を終え、初の業務での動画撮影はまずまずながら、帰ってからの編集作業が頭が痛いとか思いながらも、半分仕事で半分趣味のようなお城調査ということで、名古屋城城郭内の視察ということで、おそらく30年以上ぶりに名古屋城址に足を踏み入れ、実際に中に入れる唯一の建造物である本丸御殿へ向かう道すがら、貴重な現存遺構である辰巳櫓を目にしたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フX-Pro2、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_002
二枚目のカットですが、辰巳櫓を右手に見ながら、本丸に繋がる表二之門に向かう途中、左手には巨大な石垣に囲まれた空堀が横たわっていて、ちょうど遅い午後の夕陽が木立の合間から斜めに射し込み、あたかもスタジオジブリの作品に出て来そうなちょい幻想的な光景を見せていたので、ここでも一旦停止し、一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フX-Pro2、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_003
三枚目のカットですが、またしても石垣ですが、本丸を囲む内堀に掛った木橋を渡り、表二之門から中に入る前に、木橋の上から、見事な石垣に見とれ、また自撮りなどをする人々も多かったので、ここでも足を止め、だいぶ西に傾きかけた陽を浴びた打込接も見事な石垣越しに空堀を一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フX-Pro2、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_004
四枚目のカットですが、太平洋戦争での空襲を受け、天守閣とともに焼け落ちた本丸御殿は平成になってから、オリヂナル通り、木造で完全復元され、同様の建造物である、京都の二条城二の丸御殿や埼玉は川越城本丸御殿の幾星霜を経た重厚な外観と比して、まだ新築の佇まいを残しており、特に入母屋屋根破風部の金仕上げの金物などは、まさに絢爛豪華な、元禄時代の名古屋は徳川宗春公の心意気を今に伝えるような気がして、入場前に一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フX-Pro2、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_005
五枚目のカットですが、お仕事でもあったので、本丸御殿の内部を隅から隅までずずずぃっと検分してから、天守閣の至近距離まで行ってみようじゃまいか、ということになって、歩き出したら、週末ということもあり、サービス精神旺盛な地元ボランティアによる時代コスプレ集団「おもてなし隊」の面々が様々な時代劇衣装で本丸広場に現れたので、失恋マヌカンの悩み事を聞いている、自称井伊直政殿に声をかけて一枚撮らせて戴いたもの。
カメラは富士フX-Pro2、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_006
六枚目のカットですが、翌20日、朝早く宿を出て、大阪駅の窓口を訪れたにも関わらず、三連休初日ということもあって、大阪から岡山の新幹線も岡山から松江までの特急も指定席は取れず、いちかばちかの自由席綱渡りで移動しようと決めたら、岡山までは何とか二列席通路際に座れ、岡山駅からダッシュで在来線に乗り換えようとしたら、10時過ぎの伯備線特急の自由席待ちは物凄い長蛇の列、やはり座れず、備中高梁まで立ち見で、そこからやっと座って2時間弱かけて、着いた松江の街を宿に荷物預け、お城に向かう途中にインスタで相互フォローしている「国輝酒造」さんを偶然発見したので、寄る前に外観を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_007
七枚目のカットですが、国輝酒造さんで、ご厚意に甘えて、4本分の清酒を一口ずつ試飲させて戴き、またお城に向かって歩き出し、大きな道に突き当たって、右手を望むと、川を隔てた小高い丘の上に、松本城と同じ風合いながら、明らかに構えの違う古城が佇んでおり、足早に麓まで移動し、まずはかつての馬溜りから太鼓櫓跡と石垣を見上げて撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_008
八枚目のカットですが、お目当ての天守閣に巡り合うためには、馬溜りから太鼓櫓跡の下の石垣横の階段を登り、三ノ門跡の石垣の合間を通って、戌亥櫓をくぐり抜けて本の丸広場へと歩かねばならないのですが、いたいけな地元カポーが少し先をお手々繋いで仲睦まじく歩いていたので、重厚な石垣との対比が面白く、後方から一枚戴いてみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_009
九枚目のカットですが、もう天守閣が400年近く待っていてくれた本の丸まで目と鼻の先、という辺りまできたところで、またしても、見過ごす訳にはいかないものが視界に入ってきてしまいまして、それは天守閣の次くらいに好きな建造物である擬洋風建築で、興雲閣という明治36年に建てられた市の建物とのことで、色と云い、形と云い、まさに心の琴線を叩き斬らんばかりに触れてしまったので、天守閣よ、待たせてスマン!と心の中で詫びながら一枚戴いてみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_010
十枚目のカットですが、目の前の突き当りを左に曲がれば、いよいよ、天守閣のそびえ立つ本丸広場、という辺りまで到達した時にふと、前方至近距離に、紅葉した楓の枝がアイレベルまで垂れさがっていたのが目に留まり、前方の古式ゆかしい戌亥櫓の下見板張りの佇まいをボカして入れたら面白そう、と閃き、足を留めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_011
十一枚目のカットですが、戌亥櫓で入場券を買い求め、本丸広場に足を踏み入れたら、午後の遅い時刻ではあったものの、初冬の晴れ上がった空の下、陽光を浴びた漆黒、木造下見張りの重厚な佇まいの天守は、漆黒の色調や下見板張りという外観は共通するものの、望楼型から層塔型に移行途上の松本城のスリムな外観とは全く異なる印象で、松本城が女性的な美であるとすれば、松江城はまさにがっしりした古武士のような佇まい、と思いながらシャッター切ったもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_012
十二枚目のカットですが、逸る心を抑えつつ、待ちに待った国宝5天守最後の訪問地、松江城天守閣には南側の附櫓から石垣経由、天守一階へと登って行くのですが、なんと、ここ松江城は、非常時の戦闘指令室であるはずの天守閣の近いにかなり深い井戸を設け、生活を可能としていたのですが、その山村貞子さえ転落事故を恐れて近寄らないような井戸の上に生首を差し出して記念撮影している中国人親子が居たので、有難くご出演願ったもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります

伊勢参り21_013
十三枚目のカットですが、石垣内の地階から4階までは、細い縦格子窓経由しか、外界とは遮断されたまさに戦のための鎧に身を固めたような武骨な建造物という印象だったのですが、それが、最上階の5階に上がると状況一変、何と、360度周囲に開け放たれた、ちょうど、松本城で云えば、戦乱の世が過ぎ去った寛永年間に増築された開放的な月見櫓と同様の構造であり、とても不可思議な空間の中で夕陽を受けながら記念撮影しているいたいけな小姐グループがいたので、横から一枚おすそ分けして戴いたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_014
十四枚目のカットですが、地階から最上階までたっぷりと現存天守閣かつ国宝の醍醐味を堪能させて戴き、そろそろ、お茶して宿に戻りたい時刻にもなってきたので、天守閣を後にし、同じ道を辿っても写真は撮れないので、搦め手から小泉八雲邸を含む、武家屋敷の痕跡が残る北部エリアに抜けることとし、天守裏側に差しかかったら、紅葉が見事だったことから、天守をバックに紅葉の艶やかな姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

伊勢参り21_015
十五枚目のカットですが、お濠北側に広がる武家屋敷跡エリアを散策し、宿方面へ戻ろうと松江歴史館の手前のお濠というか、宍道湖へ繋がる水路に掛けられた歩行者専用の橋に差しかかり、ちょうど水面の照り返しと漆黒の擬宝珠の艶、そして背景には歴史館の時代がかった甍の波が素晴らしい夕暮れ風景に見えたので、ここでも足を留めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TUPO240)、レンズはVoiktlaender35mmf1.4VMによる絞り開放AE撮影となります。

さて次回は三日目、四日目の姫路、大阪での撮影結果をレポート致します、乞うご期待。

  1. 2021/11/28(日) 20:10:05|
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Exploration for a ruin of a legendary castle in Odawara in winter '21.

さて、今宵の更新ですが、予告通り、今週末、存在は知っていましたし、教科書では殆ど触れられてはいませんが、戦国時代の終焉を語る上では欠かせない、太閤秀吉による小田原征伐の決戦兵器となった「石垣山一夜城」に週末のみ運行している周遊観光バスでアプローチ出来ることが判ったので、今週末に、またマニアックなレンズと旅をしてきたので、その様子をレポートしたいと思います。
まず恒例の簡単な行程紹介ですが、土曜日の当日は9:56木場発の東西線で大手町まで出て、そこから代々木上原行の千代田線に乗り換え、代々木上原から小田急の小田原行き快速急行に乗り換え、小田原駅についたのが11:04きっかり。まずは一夜城へ行く周遊バスの一日券を買い求めねばならないので、改札目の前の小田急観光案内所で乗車券売り場を聞いて、駅に隣接する箱根登山鉄道バスの営業所で「うめまるこ」なる周遊観光バスの一日券500円也を買い求め、駅前からバスに乗り、まずはJR東海道本線ではお隣の駅、早川駅の山手方向に位置する「石垣山一夜城」公園で降り、1時間以上かけて入念の検分、それからまた周遊観光バスに乗って、早川漁港まで降りて、乗る時にボランティアガイドの還暦過ぎのお嬢さんに伺った、地元民穴場の食堂で、至極の刺身定食を戴いたのち、港周辺で何枚か撮って、またバスで小田原城公園に移動し、そこでも俄か雨をやり過ごしてから、ざっと本の丸、天守閣と撮って、駅まで戻り、お茶して江戸表に戻った、というのが当日の行程。
では、当日の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、駅から乗った周遊観光バスに揺られること約20分、小田原市街を見おろす、駅からは直接距離で3kmほどの小高い山の中腹に位置する「石垣山一夜城公園」に到着し、バスから降りると、無料のボランティアガイドさん達がバスの出口まで迎えに来てくれて、遺跡をざっと一周しながら説明して戴けるとのことですが、あいにく工房主はいよいよ来週に迫った「日本城郭検定」のお勉強仕上げの目的でのフィールドワークですから、自分の視点で納得行くまで現地調査しないと意味無いので、鄭重にお断りして、歩き出してすぐの二の丸から駐車場に下る急峻な道の様子を下から撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、目の前の巨石が転がる急峻な旧道を通らず、山の斜面を回り込む形で設けられた南側のアプローチ路を登っていくと5分もしないうちに芝生で覆われた二の丸広場、そう、天守台址が残る本丸真下の広大なエリアが目の前に広がり、ただ、北側の丘の斜面に武骨な野面積みの石垣の跡がくっきりと残っているのが、ここが臨時の設営、即ち陣城であったにせよ、一時期、城郭であったことを示しているので、この長閑な芝生の風景とのアンマッチが面白く、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、二の丸広場の南部の斜面というかちょっとした谷になっている場所に、これまた戦国時代の臨時設営の城の設備か、と疑いたくもなるような、井戸曲輪の遺構がきれいに残っており、谷を積み石で堰き止め、湧水を溜めて、城で使う水を賄い、一説によれば、淀君が使う、最上級の水、おそらくはお茶の水もここで汲んだという伝説の残る貯水施設の全景を谷の上から撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、ここ「石垣山一夜城」は1590年の小田原征伐の時にあえて、樹を切れば、急ごしらえの天守閣を含めた総石垣の城郭が全長9kmにも及ぶ総廓で守られた小田原城下からも一目瞭然となる位置を選んで建てられたということから、二の丸南端の展望台からは、小田原城、但し、江戸期に入って、稲葉家により近代化された天守閣を含めた城郭が一望出来たので、持参した、小型軽量、描写も申し分ない望遠で撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズはオリムパス製F-Zuiko100mmf3.5による絞り優先AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、二の丸の上に位置する本の丸はちょっと小高い丘を登るカンジで、ものの1~2分、数十メーターの距離なのですが、麓の二の丸広場からは木々に覆われていて、想像も衝かなかったのですが、存外に広く、登り口から天守台の麓まではかなりの距離があり、ざっと二の丸広場の半分以上はあるカンジで登り口から100mほど入った辺りに建つ碑を、遠くの天守台遺構をバックに一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズはオリムパス製F-Zuiko100mmf3.5による絞り優先AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、天守台と云えば、皇居東御苑の北西に鎮座まします、花崗岩の切込接のそれこそ頭のないピラミッドの如き寛永期江戸城の荘厳な石造りの構造物を想像しますが、ここ「石垣山一夜城」があくまで小田原城攻めの最終兵器であって、小田原側が降伏してしまえば、こんな不便な山中に城を作っておく理由はなくなるわけで、佐賀の名護屋城同様、小田原攻めが終わってすぐ破城、その後、豊臣滅亡後に石垣のかなりの部分が江戸城建設資材として持ち運ばれ、更に大正12年の関東大震災の震源地の近くだったため、天守台も完全崩壊、周囲に巨石を散らばせた状態で残っているわけで、まさに夏草や兵どもが夢の跡、を地で行く景色を一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、痛々しい姿の一夜城天守台跡を心行くまで検分したのち、再び高石垣の残る二の丸エリアを仔細に歩き回ろうと思い下り道に立ったら、先客の、おそらくはヂモティと思しきオモニが、やだぁ、まだ帰りたくないよぉなどと駄々を捏ねるいたいけなガキンチョの手を引っ張り上げて階段を下っていたので、この武骨な戦の遺跡とのコントラストが面白く、上から、望遠で撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズはオリムパス製F-Zuiko100mmf3.5による絞り優先AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、二の丸広場の真ん中より奥、本の丸の位置する丘陵からちょっと手前の辺りに二の丸の跡であることを示す両面刻印の石碑が建っており、ちょうどその向こう側で、ひなたぼっこしていた、父娘がごつい、それこそ陸自習志野のレンジャー部隊使うようなリュックを背負って立ち上がったので、その瞬間を望遠で戴いてみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズはオリムパス製F-Zuiko100mmf3.5による絞り優先AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、ここ二の丸広場は、新宿御苑、或いは神宮外苑の芝生広場の如く、史跡云々というより、広々とした開放的な憩いの場という受け止められ方のようで、天気も良かったこともあり、城址公園の登り口向いの駐車場にも、そこに隣接したヨロイヅカファームのテラスに犬連れで
来ている地元民各位の姿が多く見られ、少し離れたところに来ていた茶のトイプー連れの一家が、蟹ならぬ、犬と戯れていたので、その様子を望遠で一枚戴いてみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズはオリムパス製F-Zuiko100mmf3.5による絞り優先AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、さて、そろそろ、14時半前には早川漁港に入らないと、極上ランチを逃してしまうリスク高いし、バスを逃して、つづら折りの山道を家族連れの自家用車に何台も追い越されながらテクテク歩いていくのもまっぴらごめんなので、13:50のバスに乗るべく、バス停目指して歩き出したら、目の前の二の丸からの旧道を白人のヲヤヂと混血の童子が手を繋いで降りてきたので、望遠で撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズはオリムパス製F-Zuiko100mmf3.5による絞り優先AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、二の丸から降りて来て、ちょうど視界が広がり、バス停や城址公園、ヨロイヅカファーム共用の駐車場が一望出来る二の丸下の高石垣の真横の通路をいたいけなカポーがトボトボと登ってきたので、その武骨な高石垣の大きさを示すにはちょうど良い比較対象が現れたとばかり、セミシルエット状態で一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

Odawara21Nov_012.jpg
十二枚目のカットですが、結局、周遊観光バスは10分ほど遅れ、「石垣山一夜城」公園入口バス停に到着し、偶然にも来る時に早川漁港でのランチ穴場教えて戴いた年配小姐のボランティアガイド
の方で、向こうも覚えていてくれたのか、早川漁港バス停で降りる時に、ご丁寧に食堂の位置、道順まで教えて戴き、道すがら漁港とその上を跨ぐ小田原・厚木道路の斜張橋を撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

Odawara21Nov_013.jpg
十三枚目のカットですが、無事、お値打ち海鮮ランチを堪能したのち、小田原城方面に戻るバスの時間までまだ30分弱あったので、港周辺を撮ろうと思い、ここ早川漁港は海岸線内側の掘り込み式の造成なので、主要部は人口の湾状となっており、湾口部分に太公望がたむろしていたので、その様子を一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

Odawara21Nov_014.jpg
十四枚目のカットですが、早川漁港前のバス停から周遊観光バスに乗ってみたら、また朝からのガイドさんに遭遇し、お互いびっくり、教えて戴いた食堂がとても旨くてお値打ちだった旨お礼を申し述べたら、お口の肥えた東京の方にお褒め戴けるとは光栄ですとのことで、そうこうするうちに当日の最終も目的地、小田原城址公園の入口に着いたので、お礼を述べて下車し、銅門の前でおてて繋いだいたいけなカポーが通り掛かった頃合いを見計らって一枚撮ってみたもの。
カメラは富士フィルムのX-Pro2、レンズは京セラ製Biogon21mmf2.8による絞り優先AE撮影となります。

Odawara21Nov_015.jpg
五枚目のカットですが、当日の最終ミッション、松本城で買い求めてきた、非常にシンプルでミニマムながら、城郭巡りに必要不可欠な情報がコンパクトに纏めてある、全国の城郭ガイド本を買い求めるために16時半は入場締切という天守閣の受付で、本だけ買いたいと来意を告げ、御親切にも、でしたらこちらへどうぞ、とミュージアムショップに相当するエリアに係員の小姐が案内してくれ、無事買い求めることが出来たので、満足し、天守閣の全貌を階段途上から一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、もう画面を御覧になってお気づきの方も多いでしょうが、ContaxG1、G2用に設計されたBiogon21mmf2.8はそもそもフィルム面ギリギリのバックフォーカスにビー玉状の最後群が迫る構成なので、カバーガラスとUV/IRカットフィルタ、マイクロリレーレンズ層からなる補助光学系が撮像素子前面に位置するデジタルでは、まさに水を湛えたコップに箸を入れて上から眺めると曲がって見えるのと同様の原理で、空気中から補助光学面を通って撮像素子のシリコンフォトセルに到達する入射角度が中央付近と画面周辺では著しく異なるので、フィルムでは起こらない像面湾曲のような現象が周辺で起こってしまったのだと見ています。なお、古くて、外観のしょぼいF-Zuiko100mmf3.5は今回も望外の働きをしてくれて、改めて驚かされました。

さて次回は、週末が城郭検定試験当日なのでお休み、翌々週は、何が出て来るかは乞うご期待!!
  1. 2021/11/07(日) 18:35:06|
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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