





【撮影データ】カメラ:R-D1S、ISO Auto 絞り開放 AE、 ロケ地 :八景島シーパラダイス〜川崎市民ミュージアム
さて、梅雨の中休み、雨に降りこめられていると、たまには太陽が恋しくなって、何処かに出かけたくんのが人情というもの、今回は先月末に実機化に成功した、Apo-Rodagon50mmf2.8改L他をお供に、"安近短"リゾ−トの代表選手、八景島シーパラダイスと、川崎市等々力緑地に在る川崎市民ミュージアムでの撮影行です。
まず、前にもSマウントの装いで登場し、ご覧戴いたこのレンズのおさらいを致しましょう。
このApo-Rodagon50mmf2.8は知る人ぞ知る、Rodenstock社が引伸機用にリリースしているレンズのうち、カラーでの焼付投影向けに提供されている"赤"、"青"、"黄"の三波長色収差補整型の高級レンズのことです。
このレンズのはそれほど凝った仕様なのに、一見プラっぽい鏡胴と、同じ引伸機用レンズのシリーズのうち、一番安い、"Rogonar"とも区別が殆どなく、ただ、唯一の自己主張は銘板ではなく絞りインデックスの裏側に極控えめに"Apo Rodagon"とのみ白抜き文字でプリントされています。
では、前置きはこれくらいにして、早速、作例行ってみます。
まず、一枚目。これは、八景島シーパラダイスの売り物、イルカの曲芸ショーのハイライト、イルカの一斉ジャンプです。
かなり逆光に近い条件で、水中から上がってくるイルカを待ち構え、とっさにシャッターを切ったうちの一枚ですが、何とか、滞空中の姿を捉えることに成功しました。
ここでは、イルカの肌のなめらかな質感、水しぶきの冷たさまでが感じられるショットになったのではないかと思います。
そして二枚目。魚介類のショーに目を奪われていると、時間の経つのもすっかり忘れ、12時も30分も過ぎてしまい、腹時計がベルを鳴らし続けるので、早々に会場を後にし、同行の"愉快な仲間達"と、園内のレストランに向かいました。
すると、初夏の陽光に煌く、メタリックなイルカ風船がフェニックスの木々をバックに緩やかに風に身を躍らせているではないですか。
そこで、この光と色の乱舞の一瞬を捉えるべく、レリーズ。
今回もかなり空が大きく写り込む逆光に近い条件になりましたが、色とりどりのメタリックイルカ風船も周りの人物も、背景のフェニックス、建物もイイ感じで捉えられています。
続いて三枚目。望外の充実バイキングランチの後、もうひとつのお勧めスポット、イルカの館に向かいます。
ここでは、水槽が建物内部の壁・天井を覆い、また「奥の院」には白イルカ様の鎮座もとい遊弋ましますシリンダー状の巨大水槽が在るのです。
そこでいたいけなバンドウイルカに心癒されようとする、大人のカップルの後ろ姿を一枚戴いたものです。
ここでは、かなり光線状態が悪く、水の揺らぎに合わせて、刻々と光の色、明るさが変わる中、かなりナチュラルな見たままのイメージで水槽の中の主ともどもカップルの姿を捉えられたと思います。
それから四枚目。当日は、お仲間の一人が、川崎市民ミュージアムにて、写真展に出展しているので、表敬&見物に向かいました。
怪我の功名というか、武蔵小杉駅から乗ったタクシーの運転手さんが研修中で、道に慣れておらず、目的のミュージアムではなく、アリーナ棟の前で降ろされたため、森の中を歩いて、ミュージアムまで向かいました。
その途中で、木々の木漏れ日に鈍く輝く、金属製のオブジェを発見し、このレンズの底力を試すべく、シャッターを切ったものです。
曇天下のしかも森の中であったにも関わらず、メタリックなシリンダの輝きも、赤とこげ茶で塗装されたキューブの部分も、一切の誇張なく、ただただ忠実にその姿を捉えられています。
最後の五枚目。森の小道を抜け、ミュージアムのエントランスが見えてくると、その前に、元日本鋼管の京浜製鉄所で活躍し、今は引退しオブジェとして高度成長期の名残を伝える、「トーマス転炉」の勇姿が目に留まります。
小生も会社生活の始まりがその対岸の工場の製鋼工場で転炉とは大の仲良し?だったので、思わず何枚もシャッターを切ってしまいました。
その中で、転炉のパーツがあたかも、「天空の城ラピュタ」の機械兵を想起させるイメージで写っているものが有ったのでこの場でご紹介した次第。
今回の感想としては、こんな性能のイイレンズが今だに捨て値で叩き売られているとは、ホントに信じ難いことで、こういう発見が出来るからこそ、自分で加工を行う労苦も報われるのだなぁと、いうことでした。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/06/28(日) 21:44:39|
- その他Lマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:Canon F1-N OD、フィルム:Konica-Minolta JX400 全コマ開放
さてさて、今宵のアップは、雨で撮りに出られなかったこともあり、また古来より雨の夜は、ふと昔を懐かしむ・・・などという気の利いた言い回しもあることから、前々から出したかった、今から5年ほど前の或る晩、ふと思い立ってN-FD85mmf1.2Lを相棒に昔の大学の街まで夜間スナップに出かけた時のものをご紹介致します。
まずはいつも通り、お道具の紹介ということで、言わずと知れたCanonの誇るプロ用高級機材、"Luxuary"を表す"L"の文字と、遠目でもひと目でそれと判る外観上の特徴、レンズ先端部を一周した赤いストライプを与えられたN-FD一族の最高峰のひとつ85mmf1.2Lです。
この超弩級の大きさと押し出し感を持つ中望遠レンズは、1980年に登場し、そのお値段は実に113000円、前年登場の85mmf1.8の通常品?の43000円と較べると、如何に高額なレンズであったかがお判りになると思います。
そのスペックは6群8枚のエレメント構成自体はf1.8のものと変わり映えしないのですが、数値で表されない内容が物凄いのです。
このレンズが超高級・高性能レンズとして登場し、今でもコアなファン達に愛され続けているその秘密は、一にその二群目の巨大な凸レンズに研削非球面レンズを奢っていることで、また他のエレメントの硝材、鏡胴の材質、組み立て精度、検査基準に至るまでの全てにおいて、通常品とは異なるコストのかかる作り方になっていたからです。
では、なぜにこんなお金のかかるモノを産み出したのか・・・それはやはり、夜間の点光源撮影時のサジタルコマフレアの根絶のためです。
35mmの量産レンズに非球面を適用したのは、1971年登場のキャノンのFD55mmf1.2ALが世界初で、これに対し、ニコンは1977年に一群第一面に研削非球面を奢ったノクトニッコール55mmf1.2をリリースし、両社の大口径レンズの技術競争の様相を呈します。
その中でキャノンは標準レンズでの競争から、レンジファインダー機の頃からとかく優劣を比較されてきた因縁の焦点域、85mmの中望遠域も研削非球面化し、一気に勝負に出ます。
この85mmという中望遠域で非球面化するのは、並大抵の技術力と工程管理力では出来ません。
何とならば、研削非球面レンズは、大きくなればなるほど等比級数的に加工が難しくなりますし、また球面レンズと較べて、周辺からの応力の感受性が極めて高いことから、金物の精度、組み立ての応力管理まできっちりシステムとして一貫管理しないと、お金だけかかった、周辺流れの昔懐かしい活動写真用レンズみたいになってしまいますから。
さてと、前置きはこの辺にして、さっそく作例行ってみます。
今回のものは、時間が時間で場所が場所なだけにあまり鮮明に個人が特定出来るものは落として選んだことを予めご了承下さい。
まず一枚目。これは、大久保から戸山公園沿いに高田の馬場を目指して歩いていた時、水銀灯で照らされた夜の公園で嬌声とともに鉄棒を楽しんでいた青少年達の姿を戴いたものです。
光線状態は最悪に近いですが、それでも、衣服やリュックの皺などが妙にリアルに写し撮られており、今でも当時の状況が目に浮かぶようです。
ただ、ひとつ、余談ながら、この鉄棒の支柱はレンズの湾曲ではなく、実際に曲がっておりました。
続いて二枚目。まもなく高田の馬場に到着し、駅の近く、「さかえ通り」近辺の路地にいつも灯りを煌々と灯し、活気有る商売をしていた食品店があったことを思い出し、向かってみました。
ここで店から道路を挟んだ反対側で一枚戴き。
かなり強い蛍光灯、白熱灯のカクテル光線状態ではありましたが、食品店に有りがちな、様々な色のパッケージングも、青果もクリアに捉えられたと思いました。
そして三枚目。今度はさかえ通りから早稲田通りに向かいます。そこで、通りの名前が判る大きな看板と、高田の馬場の特徴のひとつである通りを跨ぐ「国電」の線路・ホームを下から撮り上げてみたものです。
人々は殆ど前ボケになってしまってはいますが、強い照明を当てられた「さかえ通り」の看板は、クリアに力強く映し出されていると思います。
最後の四枚目。これは早稲田通りの駅周辺の雑居ビルの前でサークルか何かの仲間が出てくるのを待っていた二人で、とりとめもないハナシで場を持たせているような微妙な二人の距離感が面白くて、仲間達がどやどや出てくる寸前に一枚戴きました。
このレンズの極めて薄い被写界深度の特徴を良く表しており、合焦部の男女はジーパンの皺、色ムラまでキチンと捉えていますが、5mも後ろになる2人の通行人はかろうじて男女の判別がつくくらいまで融けてしまっています。
この時思ったことは、確かにこのレンズは大きくて重い上、開放で撮ろうとすれば、シャッター速度が2000分の1までしかないFD系のボディでは苦しいものがあり、夜景を撮ろうとすれば、比較的小型軽量の50mmf1.2Lと異なり、手ブレを気にしなければならず、なかなか大変ですが、それでこそ、現像上がってみなければ、どのように撮れているか判らない、というフィルム撮影の楽しさそのものを具現しているのではないかということです。
従って、これはまさに銀塩とともに生き残っていくべき銘玉のひとつであることは疑いようもないと思った次第です。
テーマ:Canon FDレンズ - ジャンル:写真
- 2009/06/21(日) 20:55:33|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】カメラ;R-D1s ISO200 絞り優先AE 露出+1/3 全コマ開放(f1.8相当)
さて、今宵のアップは先週の予告通り、工房主人の手当たり次第のレンズ漁りの結果、まさに"瓢箪から駒"的な描写性能を得た、異形のレンズ、Schneider Kreuznach Componon-s50mmf2.8改L/Mの登場です。
このレンズとの出会いはまさにおっちょこちょいが玉にキズの工房主人の欲得ずくのお買物でした。
よくパーツを送って貰う某ウクライナの写真古物商から、いつもの部品注文の際の見積もりで「産業機械についてたラインセンサー用のレンズでComponon-s50mmf2.8ってのがあるけど、安くしとくから、一緒に買わない?」と聞いてきたので、んんん、Componon-sのf2.8って珍しくね、うちに50mmは有るけど、それぞれ、f4とf2.8ぢゃね・・・と思い、ぢゃ、とりあえず、写真送ってみて、と頼んだところ、いかにもメタル然とした、スマートでカッコいいレンズの写真が送られてきました。
お値段もお値段だったし、細かい説明はすっ飛ばし、即発注、やがて2週間ほどしてモノが届いて、が、が〜ん・・・思っていたより小さくて、なんてしょぼいレンズなんだ。実際、親指の先くらいしかなく、しかも、最大の驚きは、げげげげげ・・・絞りが無い!
というのは正確ではなく、絞りは有るのですが、いわゆる、チョークリングというドーナツ状の円形固定絞りみたいなのが予めセットされていて、しかも、f2.8の玉なのにf5.6くらいになっている!!!
この時点で改造しようなどという意欲は一気に萎え、この長旅を終え、はるばる日本へ第二の人生を夢見てやってきたいたいけな豆レンズは防湿庫の肥しと化したのでした。
そして約2年の星霜が過ぎ、工房では、Cine-Xenon50mmf2伍号機、Cine-Planar50mmT2.3のL/Mマウント改造に相次いで成功し、当初目標のS-マイクロニッコール50mmf3.5とノクチ50mmf1.2を凌駕するレンズを作り出すという目標も、ひとまずクリアしてしまったので、変節というか、宗旨替えして、「おもしろレンズ工房」を目指すこととしたのです。
その中で、今まで面倒くさがって後回しにしてきた不遇のレンズ達も何とか使えるようにしてその性能を愛でようぢゃないか、ということになり、このレンズに真っ先にお鉢が回ってきたというわけです。
では、何マウントにするか・・・今までの効率優先、且つ、スタイル重視だと、文句なくニコンS/CXマウント化とするところですが、それでは、あまりに想定内で面白くありません。
そこで、昔、銀座の黄色い手榴弾のお店や、新宿の西口辺りで良く見かけた、Kinoptik50mmf2の16mm用シネレンズヘッドをズマールや、キャノンのヘリコイド&マウントユニットと結合させた、いかにも改造レンズですよぉ・・・写りにキョウミありませんかね!?ってな佇まいの異形のレンズを思い出し、そのスタイルで行くことにしたわけです。
この改造を行うにあたり、レンズヘッドを分解し、いまいましいチョークリングを取っ払い、元々のエレメント押さえにもチョーク機能がついていたので、それも最大限、旋盤で精密切削で削り落とし、呼び開放値f2.8を、限りなくf1.8に近いところまでもっていきました。その代わり、レンズの中はすっかすかです。
では、このComponon-s50mmf2.8というレンズは一体何物なのか、驚愕の試写結果を前に少しご説明しておくと、Schneider Krueznach社が引き伸し、複写、一部は産業用にも供給している、4群6枚のレンズのことです。
同社のHPによれば、この4群6枚は面白い構成となっていて、完全な対象型で一枚目と二枚目が張り合わせで、その後ろ、二枚目の分厚い凹レンズのメニスカスの内側に入るように空気間隔を置いて弱い凸レンズが入っています。そして、絞りを境にあたかも鏡で映したように後ろ半分も全く同じ形式になっています。
いわゆるレンズマニアの方々の共通語で言うならば、分離型ダゴールのプラズマットの形式に酷似しています。
では、最新のテクノロジーで甦った古典レンズのDNA色濃いComponon-s50mmf2.8の描写を見ていきましょう。
今回のロケ地は、秘密結社「ノンライツRF友の会」&「新宿西口写真修錬会」の愉快な仲間達と出かけた代官山〜中目黒界隈です。
まず一枚目。これは西郷山公園から中目黒川伝いの道に向かう途中の住宅街で見掛けた、ボーイズレーサーだけを置いているお宅の前にあった、最新型のFIAT500ABARTHの赤があまりにキレイだったので一枚戴いたものです。
赤い塗装の艶かしい色艶も、雨に濡れた水滴の冷たさも、そして白い蠍の小粋なデカールのキレも十分に捉えきっているのではないかと思います。
続いて二枚目。これは、そろそろお昼にしたくね?とか小声で騒ぎながら目黒川沿いをお店探しながら歩いていた時、偶然発見してしまった、ゴーヂャスなチタンマフラーを奢った大型スクーターの勇姿を一枚戴いたものです。商売柄、チタン製品の写真はD2HからSonyのT10に至るまで様々なカメラ、レンズで撮りましたが、まさに会心の一枚、こんなのを弊社のカタログの表紙に使いたいくらいの出来でした。チタンの干渉色も、レザーの黒もパーツのクロムメタリックの色も素晴らしくシックに写っていると考えられ、当日のベストショットだと思いました。
そして三枚目。FIAT500の雨に濡れた赤の艶かしさはフォトストレージのモニター越しに見て、判っていましたが、目の前にまた別の赤が現れると、撮ってみたくなるのが人情、しかも今回は木部に塗られたペイントの赤です。
この異形のレンズは、果たして、下地の質感まで見通すのか・・・
その結果、またしても、恐ろしい画を吐き出してきました。赤く塗られた木の壁テクスチャまでも、鮮明に描写し、木は幾らお化粧しても木なんですよ・・・と撮影者に対して、平然と教え諭す結果となって、驚かせてくれました。
最後の四枚目。かなり歩いてお腹が減った頃、目黒川沿いに中目黒駅前まで辿り着き、ここで、いつもは前を通り過ぎていただけの、小粋なビストロに入れそうだったので、蛮勇を奮い起こして、カメラを下げたおさ〜ん5名で、場違いなビストロのカウンターを占拠。
皆、思い思いの料理を頼んだのですが、小生はフレンチの定石通り、初めてのお店では白身魚の料理を頼め、ということで、真鯛のポワレを戴くことに。
シェフであるご主人とソムリエでもある奥方2名で切り盛りするお店ですから、一人一人のために心を込めて作ってくれるのに時間が多少掛かることは止むを得ません。
そこで、待っている間にもレンズの性能テストとばかり、カウンター奥から、オシャレなガラスの花瓶に生けられた花なんかを撮ってみたワケです。
この豆レンズはここでもやはりキメてくれました。後ボケは若干ざわついていますが、合焦部の花瓶、そして花はシャープにそして前ボケのお皿はやや滲み加減のやんわりと雰囲気有る写りになって、今まで、ずっと、固定された距離で、来る日も来る日も同じようなバーコードなどを追っていたこの豆レンズが、かのキノプティークを凌駕するが如き秀逸な性能を発揮してくれたのです。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/06/14(日) 21:12:24|
- その他Lマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:CanonVIL関東Special、フィルム:スーパーセンチュリア100、全コマ開放、ロケ地浅草
ちょっと、そこの「な〜んだ、今回はキャノンか、全然フツーぢゃね」とか言って、このサイト閉じようとした兄さん、待っておくんなさい・・・
この超キレイで極フツーに見えるCanonL50mmf1.4は、全然、そこらで売ってるのと違うんです。
聞くも涙、語るも涙の物語の始まり始まり・・・
このレンズは、今を去ること半月前、工房主が、レンズ改造用のパーツでも、と新宿西口をサルベェイジしている時、某店の"お買い得品コーナー"に「中玉曇り、カビ?」パーツ用返品不可とか何とか書かれていて、前玉も銘板もローレットも後玉もとてもキレイで絞り羽根に油染みさえない状態なのに、何と相場の5分の1程度のお値段が付けられ、他のニッコール、ズマールともども、お店による「死亡宣告」付きで、捨て値で叩き売られていたのでした。
こんなにキレイなレンズを部品取り用にするのは、正直、相当心が痛みましたが、値段が値段だし、ヘリコイドとマウントなら、また別の命を与えられるのであるから、このレンズのためでもあるぢゃぁないか・・・と無理矢理、自分自身を納得させ、他の2本ともども、買い求めて、工房に持ち帰ったのでした。
その晩、工房の慣習として、部品取りのレンズはヘリコイド&マウントパーツと光学系を外し、状態をチェックするのですが、念の為、分解前に中玉の状態を5000°Kの透過光で検査してみると、同社製50mmf1.8とか、50mmf1.2にありがちな、風化による白濁ではなく、ただ単に絞りのオイルか何かが、長いこと横向きに転がされたためか中玉の凹面に扇状に滲んでいるだけのように見えました。
そこで、その予想が正しいか否か、検証のため、早速、後玉、中玉を外し、無水アルコールとエーテルの混合液、通称"ルミエールB液"を浸したティッシュで優しく拭いてみたら、な、何と嘘のようにキレイになってしまったのです。
しかし、キャノンレンズの罪深いところは、一旦キレイになっても、またそこが次第に白濁を始め、拭けば拭くほど酷くなるという無限地獄の始まりで、それが、気温、湿度にもよりますが、一週間前後から症状が出てくることがあるのです。
ただ、拭いた面を拡大鏡検査しても、紫外光蛍光検査しても、清掃した直後では何の異常も見られなかったので、急遽、蘇生させることに方針変更し、前玉、二群も外し埃を飛ばし、ヘリコイドも分解し、古いグリースをCRCと歯ブラシで落とし、工房特性のテフロン基のグリースに入れ替え、無限の調整を行いました。
かくして、色気の無い外観に1959年当時としてはずば抜けた描写性能を誇った4群6枚のライカマウントレンズは再び生を受けたわけです。
こうなると、他の部品取り用レンズ2本の「死亡宣告」も疑ってかかる必要があります。
そこで、ニッコールも、ズマールも全て光学エレメントの分解清掃、ヘリコイドの分解清掃、グリース入れ替えを行った結果、どちらも撮影には支障がないどころか、市販の中古と同等以上の性能を持つであろう個体に甦ったのであります。
これを夜中ずっとやっていたんで、翌日、眠かったこと、眠かったこと。
そして、この望外の蘇生を受けたCanonL50mmf1.4はシェイクダウンテストとして、翌週の「ノンライツRF友の会」、「新宿西口写真修錬会」の撮影会の銀塩装備として組み込まれました。
さて、早速、作例見ていきましょう。
まず一枚目。これは、仲間内で「裏浅草」と呼ばれる、観光ルートから外れた、古い住宅、店舗が点在する地区で木枠サッシもシックな個人商店を撮影しようと構図を決めていたら、自転車の小姐がたまたま通りがかったので、反射的にシャッタ−を切った一枚です。
現像が上がるまで気がつきませんでしたが、この小姐、しっかりカメラ目線してました。
合焦部のキレと前ボケ部分のフレアっぽい滲みがイイ味出しているのではないでしょうか。
続いて二枚目。その裏浅草では、地元民、或いは浅草通の年配者を対象としたらしい、古い作りの料理屋がところどころに見られます。
特にこのお店は通りがかるたび撮らせて貰うのですが、古い木造家屋に敷地一杯、木々が鬱蒼と生い茂り、この江戸時代の大番屋みたいな障子の入り口なども相俟って、江戸風情をふんだんに見せています。
ここでは、日陰になっていますが、古い大口径レンズ共通の傾向として、低EV下では、コントラストが上がり、更にしゃきっと写るようになります。
そして3枚目。待乳山の聖天様にお参りがてら撮影を終え、これから、一杯やる前に某有名カメラ修理店を強襲したのは、ズミクロン90mmの項で告白した通りですが、このレンズでも、下町きっての美形、浅草仲見世通りの誇る「沢尻メイサ」嬢の働き様を撮影しています。
さすがにここでは、店先をハロゲンランプの強い光源で照らしまくっていますので、古いモノコートの大口径レンズには厳しい光線条件となってしまい、少しでも光沢や反射率の高いオブジェには容赦なくフレアが出てしまっています。ただ、これはこれで、年中お祭りみたいな雰囲気を売り物とする仲見世のカットとしてはあながち外れとも言えないのではないかと個人的には思いましたが。
最後の四枚目。「沢尻メイサ」嬢が獅子奮迅の活躍で1本100円のきび団子を売りさばく店頭には、その功徳に与かろうと、老若男女がたむろし、美女から買い求めた団子の串を頬張る姿があちこち見られます。そうなると、プロアマ問わず格好の撮影スポットと化しますから、カメラを構えた人間がうようよ集まります。
その中で、この小姐軍団は、我ら「ノンライツRF友の会」、「新宿西口写真修錬会」の目を血走らせ見慣れないカメラを構えた異形の人々の群れにも臆せず、ちらりと一瞥をくれただけで、時折見せるカメラ目線だけで、「撮れるもんなら、撮って見なさいよ、どうせ減るもんじゃないし」的な太っ腹の無料モデルを務めてくれたのでした・・・感謝。
さぁ、次週は工房久々のクリーンヒット作品を引っ提げて、代官山〜中目黒編の始まりです。
どうぞお楽しみに。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/06/07(日) 20:44:17|
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【撮影デ−タ】カメラ;R-D1s ISO200 +1/3補整 全コマ開放 ロケ地 柴又
また楽しい週末が過ぎ去り、慌しい一週間が始まろうとしています。そうなると当工房の操業記録でもあるブログの更新です。
今宵も先週の葛飾柴又シリーズの後編いきます。
前回は、90mmの長い玉での作例をご紹介しましたが、実は撮影の順序は逆転していまして、柴又ツアーの最初から中盤までは、ずっとこの玉で撮影しながら歩き回っていたのです。あの90mmのズミクロンが登場するのは、撮影の順序で言えば、お蕎麦屋さんでお昼を戴いて、また撮影を開始し、山本亭の中を散策しながら、池の中のやや離れたハスの花を撮るのに標準玉で身を乗りだすと池の中に転落する惧れがあったので、付け替えたってのが真相でした。
で、この一見純正レンズにも見えなくもないコンパクトな50mmレンズは、当工房の得意技のひとつである、引伸用レンズからのコンバートによるLマウント・距離計連動化レンズです。
元々は、この「Fujinar-E」は富士写真フィルム(当時)が戦後、1950年に初の引伸用レンズとしてリリースした「レクターE」の後継シリーズということで、1950年代の終わり頃発売されたようです。
この後のモデルから「Fujinon」銘となって、「EP」、「EX」と市場の評価も高く、実際に性能も優れた引伸レンズを発売することとなります。
ところで、このレンズを改造するに先駆け、エレメントの損傷が激しく、外装部品も欠けたものを某中央線沿線のジャンクコーナーで買ってきて、研究用に分解したことがあります。
その結果、レンズ構成が、このクラスではありふれているトリプレットでも、逆テッサーでも、エルノスターでもなくて、カシメのパーツまでは全分解(=破壊)してはいませんが、おそらく対照型のオルソメター型ではないかと推定しました。
となると、まさにオルソスティグマットの標準域版ということになり、とても描写が楽しみになります。
では、前置きはこのあたりにしておいて、早速実写結果、見ていきましょう。
まず一枚目。駅前広場で観光客相手に愛嬌を振りまく「寅さん」クローンですが、この雄姿を自転車に跨ったまま、じっと見守るいたいけな少年がいます。
立ち去りざまに彼はこうつぶやきました「カバンが反対だよ・・・」おぉぉ、確かにお手本である「見返り寅さん像」はカバンを右手に提げていますが、クローン氏は左です。
でもカレはこのセリフを聞いたらきっとこういうでしょう・・・「兄ちゃん、それを言っちゃぁ、おしまいだよ♪」と。少年の頭のピント精度の良さと銅像を含めた広場周りのボケの素直さが判ると思います。
そして二枚目。「それを言っちゃぁ、おしまいだよ・・・」ってのが、地区の共通スローガンてなワケでもないでしょうが、何と駅前から題経寺に向かう参道の入り口の境にあるクリークには「見ざる、言わざる、訊かざる」の像が安置されていました。まさにスローガンの精神を具現化したものなのでしょう。
う〜ん、同じ下町でも葛飾柴又、奥が深いぞ。直情径行を旨とする深川っ子の小生は度肝を抜かれるばかりでした。
2mそこらで撮ったものですが、かなりシャープに捉えていますし、発色もコントラストもとても良いと思いました。
そして三枚目。今度は参道を歩きながら、獲物を物色していきますが、何せ新型インフルエンザの影響で人通りが少ないのと、店のスタッフがマスク姿が多いので、とても写欲が沸きません。
そこで、ふと目にしたおせんべい屋さんの金魚蜂形状のショ−ケースが面白いので一枚戴き。
何故面白いかというと、ガラスの写りこみもさることながら、実は金属製のフタが比較的新しい亜鉛鉄板をプレスして作ったと思しきものと、銅製のヘラ絞りの手作りんものが並んでいたので、このレンズがどのように描き分けるか試したかったからです。
結果としてはそれぞれの素材の質感を上手に描きわけているのではないでしょうか。
続いて四枚目。題経寺の門の前、公衆厠の前にいつも出ている露店があります。
それがこのラムネ売りの屋台です。冷たい水の中に沈められたラムネのガラス瓶に子供達も興味をそそられるのか、いつも賑わっています。勿論、今回もいつも同様、子供がお小遣いでラムネを買い求め、水の中から滴とともに引き揚げられたボトルを嬉しそうに受け取っていました。
ここでも、ガラス瓶、服地、そして人の肌・・・硬いもの、柔らかいもの、暖かいもの、冷たいもの、それぞれに質感のみならず、雰囲気までなかなか上手く捉えているのではないかと思いました。
おまけの四枚目。引伸レンズにまつわる風評としては、色々言われますが、必ず言われるのが、近距離での平面体平面の像投影なので、遠距離、特に無限では収差が拡大し、使用に耐えない・・・
その風説を覆すため、あえて無限で本堂を捉えました。
いかがでしょう。緑青を吹いた銅板の屋根一枚一枚の経てきたそれぞれの年月の重みまで忠実に写し撮っているように見えるのではないでしょうか。
また、この門前を行く、二挺拳銃状態のベビーカーの一家の勇姿もしっかり捉えていますし・・・
今回はR-D1sで何枚か撮ってはモニターで確認し、という撮影テストでしたが、極めて満足行く結果でした。
しかし、この後、当工房では、シネレンズに拠らなくとも恐るべき性能を発揮するレンズを次々発掘して、関係者を瞠目させていくのです。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/05/31(日) 23:27:48|
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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO400絞り優先AE 露出補整+1/3 全コマ開放
さぁ、また充実の週末が過ぎ、明朝は月曜日、週の始まりとなってしまい日曜の晩がやって参りました。
家族でファミレスに行くもよし、遠距恋愛の恋人を駅まで見送りに行くもよし、当然、工房主人は、週間業務スケジュールに従って、サイトの更新をしなければなりません。
今宵のご紹介は、工房主人が属する秘密結社「ノンライツRF友の会」とその系列団体「新宿西口写真修錬会」のだいたい月イチくらい何かしらイベントを行っているうちの、昨日の修錬会、即ち一般的な言い方をすれば撮影会+歓談会での使用機材から、今週、来週とご紹介致します。
今回の撮影地域は、新型インフル騒ぎで人出の少なくなってしまった、下町の観光地を励ます意味もあり、葛飾柴又〜浅草としました。
朝の11時に柴又駅に集合し、参道経由、帝釈天界隈を撮ってから、知る人ぞ知る手打ち蕎麦の名店、「日曜庵」にて極上のお蕎麦を戴き、またお茶の時間まで撮ってから浅草に転戦するという目論見だったのですが、まず、駅に着いてびっくり、何と寅さんのコスチュームの初老のおぢさんがたが数名、駅前広場にたむろしているのです。
何かと思い、耳を清ませてやりとりを聞いてみれば、要は観光客の便宜のため、地元の有志(早いハナシ、恰幅が良くて、自分で寅さんに似ていると思う人???)がコスプレなんかやっちゃって、無料ガイド役を買って出ているということなのです。
どうやら、ここ葛飾柴又では唯一の観光資源である"フーテンの寅さん"があたかも隣国の誰かさんの如く、より庶民的、かつ土俗的な形式には換骨堕胎されながらも、個人崇拝、偶像崇拝の対象となっているらしく、どこへ行っても"寅さん"、"寅さん"・・・しまいには、堅固な核シェルターまがいの構えを持った「寅さん記念館」などという個人崇拝施設?まで登場します。
仲間内では、きっと"寅さん"という概念は地域のアイデンティテイそのものであり、天災、戦乱に見舞われようと、その概念さえ生き残れば、いかなる状況であろうと、この地域は復興出来る・・・というようなまさに"寅さん"崇拝自体が地区版「国体護持」みたいになってんぢゃね???なんて妄想も出たくらいですから・・・
さて冗談はさておき、一行は駅前の寅さん銅像を思い思いにパチリとやって、ついでに広場にたむろする無辜の民なども、一緒に撮ってしまったりします。
そして、神明会とかいう参道商店街、要は浅草の仲見世から屋根をもぎとり、深大寺の土産物屋ストリートとDNAレベルで融合しましたってなカンジのローカル感たっぷりの石畳の通りを思い思いスナップしながら、帝釈天、正しくは題経寺を目指して歩きます。
お団子売る店にロードレーサーの自転車で乗りつけ、跨ったまま団子を頬張る格好の被写体が居たり、この少子化のご時世、珍しくも3人の子連れの親子が、土産物屋で自発的さくらやってたり、その一方、せんべいを屋内で炭火で焼いてるお店があったりと、商店街の営みは相変わらずですが、何がいつもと大きく違うかって言えば、人間の絶対数が少ない・・・前回、ロケハンに一人で訪れた時の5分の1強くらいしか居ません・・・何せ、帰り道に90mmの望遠で店先のスナップ出来たくらい通りが閑散としてましたから・・・普通は50mmでもキツイくらいです。
お寺に着いてみると、何故かこちらではそれほど閑散感はなく、参道に較べれば、人口の集密感があります。
しかし、ここでも、寅さんの劣化コピー的?ボランティアガイドのおぢさま各位が観光客に何かを語りかけるでなく、荷物を拡げ唐突に香具師の威勢のいい口上でも述べて、観光客に注意を喚起するでもなく、ただひたすら、同僚のボランティアガイドの法被爺サマと歓談にうち興じています。
そんな牧歌的な演出もローカルの流儀と楽しむこととし、せっかくなので、一同は大枚400円も払って、題経寺の庭園を見に、中へ上げて貰います。
熱心に写真を撮るでなし、庭園の幽玄を楽しむでなし、無料の湯茶マシーンを発見したら、もう休憩タイムとしゃれ込むは、池のふちを通れば、えっ、カメはミドリガメの巨大化したヤツぢゃん、きも〜ぃとか、こんなにばくばく口開けてやってくる鯉どもに正露丸でもやったらどうなるか?とか、ひたす行動も話題も世俗の塵あくたから離れることはなく、本来は貴重な筈の本堂周りの木彫り彫刻群も、な〜んか埃っぽ〜い、エアダスターとか買えばイイのにね♪とかカメラの手入れみたいなハナシに持ってって、本来の説話的なものには一切関心を示さず・・・これが我々のスタイルなのでした。
そして、散々悪態をついて、そろそろおなかも空いた頃、お寺のほど近くにある「日曜庵」さんにお邪魔し、5人で最低2枚ずつは手打ち蕎麦を戴き、またコーンポタージュ並みにこってりまったりした蕎麦湯なぞを戴き、満腹してお店を跡にします。
ここのお店、ご主人が元CM関連の動画キャメラマンの方ということで、工房おなじみのArriレンズも懐かしいとおっしゃっておられました。
大満足の昼食後、一同は矢切の渡しの見物に向かい、そこでサイケな公衆便所に胸躍らせたり、キッチュな看板を発見し、童心に帰ったり、またはいたいけな野球少年に考えられ得る限りの罵詈雑言を浴びせ、社会に出る前から、世の中の厳しさ、理不尽さを体得させようとする優れた少年野球指導者に巡り会ったりと結構スリリングでした。
帰路は例の「寅さん記念館」の位置確認と斥候のみに留め、早々に退散し、無料で庭園の一部は見られる、お隣の山本亭に向かいました。
ここで早速、今まで付けていた50mmを早々に見限り、2〜3日前に買った90mmのズミクロンf2をR-D1に付け替え、池の中に咲く、蓮状の花などを撮影してみたりします。(一枚目)
ホントの試写でしたが、こうして見てみれば、開放から結構シャープで立体感もよく掴んでいます。
個人的にはもっとカリカリで緑なんか、プラスチックみたいに鮮やかに写るのを期待していたんですが、ちょい柔らかめでした。
そして、一同はもう既にオヤツタイムへ頭はシフトし始めてきたので、また通り道の題経寺で少々撮ってから、参道経由、お茶に向かいます。
お茶は、有名な「高木屋」にてお座敷に上がり込み、協調性に富んだ一行はチャレンジングな1名を除き、全員、名代の葛餅なんか戴き、まったりとお茶を楽しみます。
それから、もう心は浅草へと飛んでいますので、早々に参道を後にし、駅に向かいます。
と、そこで参道を横切る、いつもなら鬱陶しい筈の柴又街道の赤信号が思わぬプレゼント・・・
黒装束の美少女が母親と一緒に色んなポーズをつけて、信号を待っているのです。
一同はどよめきます。
本人は気付かぬまま、後ろからシャッターの放列・・・しかし、工房主は辛抱強く或る瞬間を待ち続け、そこで渾身の一枚を切りました(二枚目)
そう、大型車が通り過ぎて行った後のスリップストリームで美少女の髪が巻き上げられたのです。
その瞬間を捉えました。
ファインダに90mmのフレームが出ないため、ちょっと上下の比率は悪いですが、結構、気に入ったカットになりました。
しかし、移動の電車の中でモニタ見て思ったのが、あぁ、M8ぢゃなくて良かった・・・M8だったら、イモ娘になっちゃったもんな・・・てことでした。
駅から電車に乗る前、光線状態がちょうど良くなったので、寅さんに別れを告げるべく、駅看板をバックに一枚パチリ・・・これもフレームなしなので結構厳しい構図でしたが、まぁ何とか及第点かなと自分では思いました。
ズミクロンとは名乗っていますが、90mmともなると、50mmの解像力番長よりはボケが大人しくまだ十分に見られますね。
電車に揺られて浅草に着き、待乳山の聖天様までの裏通り、仲見世などを撮り歩き、なじみの某カメラ修理業者さんで油売ってから、酒盛りしよう〜ぜ♪ってことで、そこに向かう途中、やはり気になったのは、土曜日はあの下町イチ、だんとつ一位と思う、「沢尻メイサ」嬢のことでした。
油売ってて、日が暮れたら、カノジョは疲労困憊、家路に就いてしまう・・・しかも今回、実物を見るのは初めてのメンバーが大半だ・・・ってことで、一同ぞろぞろ、「きび団子屋」さんの前に大集結、結構、その日のうちでは真剣な表情で美少女の表情を逃さず観察し、シャッターを切っていったのでありました。
いつもは50mm以下で接近戦を挑んでいますが、今回は90mmということで、かなり、カメラを意識しない表情が撮れたのではないかと勝手に思いました。
彼女の右肩方向からは自然光、そして上部からは蛍光灯、左からは白熱灯色の光る屋内プラ看板というかなりキビシイ光線状態ですが、ズミクロンは遠方からでも的確に捉えてくれたのでした。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/05/24(日) 23:26:19|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】一枚目:カメラ;M4OD+Cine-Planar50mmT2.2改L/M フィルム;Ektar100、二枚目:カメラR-D1s+Summicron50mmF2、三枚目:カメラ;M4OD+Summaron35mmf3.5 フィルム;Ektar100、四枚目:カメラ;M4OD+Xenon50mmf2改L/M フィルム;Ektar100 <全コマ開放>
さて、先週の天川村〜京都編に引き続き、工房主人のぐぅたらGWバカンス旅行記、沖縄編の登場です。
今回持ち出した機材は、珍しくフィルム主体で、メインをM4ODとし、R-D1sはバックアップ用として持って行きました。レンズは上に映っている4本の他にエルマリート28mmf2.8、ビオゴン25mmf2.8の合計6本を一番小さいカメラバックにぎゅうぎゅう詰めにしての一人旅です。
前回の関西旅行ではヤシコンSTと複数のZeiss銘レンズを用いてのゆったりした、いわば据え物斬り的な街撮り(村撮り?)でしたが、今回はいつもの都内でのスナップ試写に相通ずる、RF機の機動性を活かした速写でいってみました。
そして今回の旅のテーマは「Paraiso FotoII 未来への最終決戦」、それは、ほぼ理想のレンズを作り出した工房が、その渾身の作品の実力を知るべく、RF機、特にライカマウントのものでは、すでに神器の域にまで祭り上げられようとしている、ライツ社のズミクロン50mmf2、そして工房所有の広角レンズ中ではダントツの解像力、色抜けを誇るズマロン35mmf2と対決させようという魂胆だったのです。
今回は5月3日の午後一時羽田発の便で那覇に入り、到着は夕方になってしまったので、挨拶代わりに裏首里城こと、崎山町〜金城町界隈の街並みとか観光客を入れてスナップ三昧、夜は国際通りの三線ライブやってる大座敷のお店で呑めや歌えやの豪華ディナー。
翌二日目は律儀に島内観光のバスツアーに紛れ込み、美ら海水族館だら、今帰仁城址だら、名護パイナップルパークだら朝8時45分から夜の8時過ぎまでかけて回り、市場で巨大イセエビを買い込んで、衆目環視のもと大人喰いする夢は時間切れとなってしまったので、仕方なく、アグー豚コースを市場至近の居酒屋兼焼肉屋で戴きました。
翌5日には、やっと満足して自由行動で、朝っぱらから、路線バスで糸満漁港行ったり、一旦那覇に戻り、路線バスで識名園に行ったり、また戻って、今度はモノレールで壺屋に出かけたり、帰りには牧志の公設市場で冷やかしがてら場内の写真撮ったりして、この日もまた朝から晩まで動き回るか写真撮るか、そうでなければどっかで何か喰ってるってな、全然、休みの旅が休みになっていないドタバタした一日で、あぁ、自分はやっぱりサラリーマンの悲しい性で、時間を一杯一杯使わないと不安で仕方ないんだなぁ・・・とか思いながら、ホテルの下の居酒屋で県特産のミーパイなる白身魚の茶漬けなどとこれもまた特産のタカセ貝のバター炒めなんか戴いてしまった次第。
そして最後の日、5月6日も仕上げの裏首里城ツアーってことで、ホテルをチェックアウトしてモノレールで首里町まで出掛け、崎山町〜金城町コースを足早に撮って、また牧志公設市場に寄って、フィルム1本ほど撮ってから、大急ぎでホテルに寄って荷物を撮り、また午後二時那覇発の便で慌しく江戸の羽田飛行場に戻ったってな案配です。
で、今回の作例いってみます。
まず一枚目。これは三日目の自由行動で糸満漁港の次に訪れた「識名園」という琉球王朝の庭園兼接遇所みたいなところで、まぁ、お日柄も宜しいようで、遠来の観光客に混じって、ジモティ家族連れの行楽なんかも多数繰り出していて、愛くるしい女の子2名連れの家族も園内を散策していたので、特に断るでなし、向こうも撮られてるのは判ってるけど、観光客が風景の一部として撮ってんだろうね・・・ってカンジでぜんぜん気にするカンジもなかったので、園内行く先々で遭遇するたびにシャッター切ってたうちの一枚です。特に左側のお姉ちゃんの方は、撮られるのに相当慣れているらしく、足を交差し、手を無意識に拡げ、ポ−ズとってます。大きくなったら楽しみのような気がします。
このかっとはCine-Planar50mmT2.2のL/M改造レンズをフィルムで撮ったもので、合焦部のシャープさとボケの心地良さが同居していて、結構気に入った一枚になりました。
そして二枚目、一枚目のCine-Planar50mmT2.2が先攻となりましたが、今度はズミクロン50mmf2による作例です。このカットは識名園の中に立つ木造の接遇所のような建物の中に上がりこむことが出来るのですが、ここで、先の姉妹がまた薄暗い屋内から眩いばかりの庭園を眺めながら、何か語らい合っています、その子供らしい姿に感銘し、つい反射的にシャッターを切ったのがこの一枚なのです。
このシーンでは、かなり輝度差がありますが、R-D1sの露出補整し易さが功を奏して、見事、シャドーになった少女達の佇まいをクリアに捉えています。このあたりもさすがズミクロンと思いました。しかし、ボケの素性については、Planarの方に軍配が上がるようです。
そして3枚目。識名園から、今度は壺屋通りに移動しての一枚です。この街は那覇が王都になって以来、壺屋焼という、安南焼やセラドン焼のような東南アジア系の窯業に影響を受けた素朴な陶器を焼く窯元が集まり、今でも電気窯やガス窯、或いは重油窯に代わってはしまいましたが、実際にシーサーやら日常用の食器などを焼いていて、窯元直売のお店なども立ち並び、歴史散策とウィンドショッピングが同時に出来る、お勧めスポットなのですが、その中でも最古参格の新垣家住宅の前での一枚。ズマロン35mmf3.5を使い、フィルムで撮ったのですが、やはり優れた解像力、そして画面全体に亘る均質な画質がこの歴史的な石積み塀の辿ってきた歴史の重みの幾ばくかを写しとっている気がしました。
最後に4枚目。これは出発当日、どうしても旧日本軍32軍の指令壕跡が見たくて首里城の守禮門の近くまで行ったのですが、壕を発見し、何枚か写真を撮らせて貰い、まだ新しい花束に心を痛め、観光客で賑わう守禮門への通りを茫然と歩いていた時、史跡の碑の前まで来たら、現地の子供達が陽気に駈けずり周り、どうやら見慣れないカメラを2台も提げたアヤシイ風体の中年男に関心を示したのか、碑の周りから離れようとしません。時々、こっちをちろちろ見るので、意を決して碑に向けてシャッターを切ったら、ご覧の通り、奇声を上げながら、画面に飛び込んできて、見事に収まっちゃったという次第です。
レンズは奥目のXenon50mmf2をM4ODにつけてのフィルム撮影です。
しかし、省みる人もなく、観光スポットのすぐ真下で朽ちるに任せている旧日本軍の痛々しい遺跡を目の当たりにして、やるせない気分になった自分を、この無邪気な子供達が突然現れて元気を振りまいていったというのは、或る意味、沖縄という島の持つ、癒しと許しの具現だったのかも知れません。
こういう出会いが有るからこそ、沖縄訪問はやめられません。
- 2009/05/17(日) 23:17:26|
- その他Lマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ;CONTAX ST フィルム:Super Centuria100 レンズ:一枚目;Distagon35mmf2.8AEJ、二枚目;Distagon35mmf2.8AEJ、三枚目;Distagon18mmf4AEG、四枚目;Distagon28mmf2.8AEJ
全コマ開放
さて、長いGWも終わり、また明日から企業戦士達の毎日が始まってしまいます。
今回のGWの撮影旅行は、二部制になってまして、第一部が4月29日〜5月1日まで、奈良県の天川村、京都、そして5月3日〜6日が恒例となりつつある沖縄探訪となりました。
今週は、まずその第一弾として、今までなかなか使うことがなかった今は亡き京セラヤシカ製のContaxシステム、その中でも、特に操作フィーリングが気に入っているSTというモデルと共に旅をした写真をお目にかけようと思います。
天川・京都ツアーへは、このSTとBiogon18mmf4AEG、同28mmf2.8AEJ、同35mmf2.8AEJ、そしてTessar45mmf2.8AEJの実質フルセットで持ち出しました。
勿論、このほかにズームも28-85mmf3.3-4、35-70mmF3.4のVario-Sonnarなんてのを持ってはいますが、ゆっくりと、旅情を楽しみながら撮りたかったので、あえて短焦点のものをアソートして持ち出した次第です。
ここで、少し、この薄幸の銘機STに関しおさらいをさせて戴きます。
このSTは、CONTAXのフラッグシップである、1990年登場のRTSIIIがあまりに重く、またゴツイかったので元々想定していたハイアマチュア層へのウケがイマイチだったため、急遽、ダウンサイジングして、また液晶パネルのイルミ機構のような、今のニコンやキャノンの一桁シリーズでも当然のように取り入れた機構を入れ、シャッター速度もRTSIIIの1/8000には及ばないものの、シリーズ中ではこれに次ぐ、1/6000というハイスピードシャッターと、縦位置レリーズの付いたエクステンションバッテリグリップも奢られ、見えの良いファインダ、剛性感の高いボディとともに1992年に満を持して登場したのでした。
ところが、2005年に京セラは急激なデジタル化の流れについていけないことを理由にカメラ事業から撤退、CONTAXシステムも製造・販売が打ち切られることとなってしまった訳です。
確かに価格が割高で、メカ自体の信頼性やサービス網などは、ニコン、キャノンに到底及ばなかったかも知れませんが、このSTは同じクラスのF100や、EOS3などと較べても、十分に魅力的であると感じます。
透明感が有る割には、ピントのヤマが掴み易く、シャッター速度、絞り値のインジケータ類も見易いファインダ、キレの良いシャッター、そしてその作動音、デザインの優雅さも相俟って、このシリーズの中では最も気に入っているモデルです。
S2というチタンボディの手巻きモデルも持っているので、先般、Distagon18mmf4のシェイクダウンテストに使いましたが、どうしてこれが同じCONTAXか・・・しかもマニュアル機でチタンボディというだけで値段が倍近くして・・・と首を傾げざるを得ない出来でした。
がさつなシャッター音、巻き上げのゴリゴリ感、決して見易いとは言えないファインダ・・・。
さて、独断と偏見に満ちた前置きはさておき、早速、作例の解説いってみます。
まず一枚目。これは天川村でも、有名な天河大弁財天社の在る坪内地区とは、正反対の方向に在る、洞川(どろがわ)温泉剛というところで、バスを降り、獲物を漁るハンターの如き、ギラギラした目で温泉街の裏通りを歩いていたら、カーン、カーンとリズム良く薪を割っていたおぢさんがいたので、なかなか精がでますなぁ・・・ところで東京からやって来た観光客なんですが、一枚宜しいですか?などと声をかけて撮らして戴いた一枚。
勿論、開放での速写ですが、とにかくシャープ、しかも色ノリがこってりしていて、とても好ましい写りになったのではないかと自分では思います。また、おちさん前方のブルーシートは後ボケになっていますが、なだらかにボケてとても優しい画になった気もします。
そして二枚目。これも同じく洞川温泉郷での一枚。温泉街を上まで登りきって、さて、お昼はお楽しみの猪肉鉄板焼定食でも食うっぺか♪と気もそぞろに歩いていると、楽しく談笑する若き番頭さんとヒマを持て余した観光客のおぢさまのお姿が・・・
レトロな建物も人気がなくちゃただの飾り物になってしまいますから、早速、即席モデルになって戴き、28mmの広角を活かし一枚戴き。
ここでも、開放から、画面の隅々に渡って均質な発色の鮮やかさとシャープさ、程好いコントラストを示しています。特に建物の木造部と二階のガラスの質感の再現性が素晴らしいと思いました。
続いて三枚目。1日の朝、天川村を後にして、夕方の新幹線でお江戸深川に戻るまでかなり時間がありますから、早速、地下鉄乗り継いで、先斗町、祇園方面へスナップしに出かけます。これは先斗町に入って40〜50m程歩いたところで、ちょうどイイ町並みのせり出し加減の場所に春の陽気に浮かされたか、お手てつないで仲良く歩く大人のカップルが通り過ぎて行ったので、ちょうど頃良い案配でシャッター切ったものです。
ここでは、空が画面のかなりの割合を占めているにも関わらず、露出補整のし易さのお陰でばっちりと決まってますし、何よりもT*コートの優れた性能のおかげでフレアもゴーストも皆無、シャドーである、両側の格子も艶かしくシャープに描き出されています。
最後に四枚目。これは先斗町から祇園へ移動する際、先斗町の出口付近に差し掛かったとき、ちょうど、時間的に開店準備の頃ですから、料理屋のおかみさんと出勤してきた従業員と思しき妙齢の女性達がまた〜りとした京都言葉でもって段取りの打ち合わせを店先でやってたところを一枚戴きました。ここでも画面全体の画質均質性はいうまでもなく、シャドーの再現性はバツグンですし、二階の簾、木戸までもシャープに艶やかに描き出していて、まさに街撮り、しかも路地裏探検者のための心強い相棒ではないかと思った次第。
今回のインプレッションとしては、少なくとも、このような街撮り、しかも鄙びた温泉街、そして京の小路みたいな被写体であれば、キャノンの誇るN-FD20-35mmf3.5L付きF-1Nとも十分善戦するのではないかと思った次第。
また機会があれば、この薄幸の銘機とのまったりとした時間を過ごしてみたいと思っています。
テーマ:CONTAX - ジャンル:写真
- 2009/05/10(日) 23:35:55|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】カメラ:ニコンS2 フィルム スーパーセンチュリア100 全コマ開放
さて、このところいつもは日曜の晩に更新を行っていますが、明日からまたGW旅行第二段に出掛けてしまうので、一日早い更新です。
今回のご紹介は、某新宿西口靴屋ビル2階にある中古カメラのジャンク棚に野晒しになりながらも、未使用で新たな主を探していた、旧コニカ製の引伸用レンズ E-Hexanon50mmf3.5を破格の一万円プラス消費税で買い求め、当工房にてSマウント改造したものです。
実のところ、本当は有り余るキャノン製のヘリコイド&マウントユニットと結合させてカッコイイLマウントレンズを拵えようと思ったのですが、何せ、フランジバックが短く、かといって、もうひとつの主要パーツの供給源のロシアのインダスター系では今度は長すぎ、クリアランス調整用にフランジを噛ませても、カッコが良くない・・・で性根が怠け者の工房主人は、手っ取り早くレンジファインダーレンズに改造出来るSマウント化に踏み切ったというのが真相です。
ところで、タイトルで「その名前の進化」云々と言ってますが、一体これは何を意味するのか・・・
もう聡明な読者各位はお気づきでしょうが、今年の初めに月刊写真工業の市川元編集長殿から拝領した引伸ばし用のHexar5cmf3.5をLマウント改造しましたが、そのレンズと比較してのことなのです。
Hexarは戦後間もない1940年代半ばから後半の輸出用、そしてこのE-Hexanonは、製品に付属していた真新しいプラケースが"Konishiroku"銘ではなく、すっきりさっぱり"Konica"銘になっていることから、どんなに遡っても、1970年代半ば以降、ひょっとすると80年代に入っての製品かも知れません。
今回はエレメントも絞りも非常に美しい状態でやってきたので、開ける必要は全くなさそうだったのですが、Sマウント金具との結合作業で、L39スレッドの内外を切削加工する必要があったので、前後のエレメントを鏡胴からバラシましたが、このレンズも50mmクラスの引伸しレンズには贅沢なことに、計4群6枚のWガウスタイプでした。
先のHexarが逆テッサータイプと考えられたの対し、ずいぶんと奢った設計になっていると思います。
その進化を如実に表しているのが、まさに今回の御題、名前の変遷なのです。
ものの本によれば、小西六は、3群4枚構成のものは、Tessarに倣いHexar、そしてそれ以上に枚数、群の多いものは、Hexanonとしたとのことで、やはり進化していたのです。
では、その進化の度合いを作例で見て行きましょう。今回も先週ご紹介のCanon N-FDと同伴での神楽坂ツアー続編です。なお、前回のN-FD20-35mmも今回のHexanonも開放値がf3.5というのは楽しい偶然でした。
まず、一枚目。これは神楽坂の交差点を渡り坂を登り出してすぐ左側にある、瀬戸物屋兼、レトロおもちゃ屋さんの店先で撮ったものです。
若干陽光が当るビニール包装のおもちゃ類は合焦部であるにも関わらず微かにフレアっぽく写り、反対に被写界深度の後ろギリギリに位置する店内の瀬戸物はかなりシャープに色も忠実に再現しています。
そして二枚目。今度は少し坂を上って左の路地に折れると、いきなり南欧のカフェレストランみたいなお店が姿を現してきます。
そのお店の看板を至近距離で一枚戴き。
木陰になっていたお陰で白い看板はフレアに見舞われず、またコントラストも低下しないまま、かなりみたままにシャープに捉えられています。
店先もバックに入っていますが、この距離での後ボケはかなり素直で好感持てるのではないかと思います。
続いて3枚目。神楽坂の中ほどを横切るかなりの交通量の有る道路を横断して坂を更に登っていくと、イイかんじの食品スーパーあり、個人商店有りなのですが、いつも撮らせて戴くのが、昔風に言う荒物屋さん、今風に言えば生活用品屋さんの店頭のこのカラフルな篠籠です。
お店の方はテストのための被写体を鵜の目鷹の目で捜し歩く遠来からのアマチュアカメラマンの便宜を図ってということでもないでしょうが、色といい、編み目といい、レンズの持つ、発色性能、カラーバランス、何よりも解像力を同時に試すには格好のターゲットなのです。
最後に4枚目。ここも、神楽坂での撮影行ではもれなく立ち寄る名被写体なのです。
場所は坂を登りきって、東西線の神楽坂駅の入口付近、設計事務所か何かが入っている建物らしいのですが、このグリム兄弟が街の人たちをペテンにかけながら下宿してそうなカンジのクラシックな窓を持つ建物では、ちょくちょく個展みたいなものが開かれていて、今回もリトグラフの作家展をやっていました。
しかし、ただ建物を撮るんぢゃ芸がないし、東北方面の朋友など、許してくれそうにないので、息を潜めて待つこと約5分、清楚なカンジのお嬢さん2名が足早に通り過ぎようとしていたので、M3に勝るとも劣らない速写性を誇る我らがS2の能力を駆使して戴いたのがこのカットという次第です。
今回思ったことは、やはり神楽坂での街撮りには、フィルムが面白いのではないかということ。
時間がない場合、R-D1SやM8でさっと流して撮ってしまったこともありますが、深川とはまた異なった歴史と庶民の生活の息吹が根付くこの街のリズムに合わせて撮り歩くには、やはり銀塩のカメラがイイと思った次第です。
テーマ:ニコンSマウント - ジャンル:写真
- 2009/05/02(土) 20:04:48|
- Sマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:キャノンF-1NOD フィルム:スーパーセンチュリアEX24 全コマ開放
さて、今宵のご紹介はまたまた趣向を変えて、附設秘宝館のコレクションからのご紹介です。
いつも買えないようなレンズばっかり見せびらかされても困る・・・てな、お叱りも受けそうなので、ここらで息抜き代わりといっては何ですが、かなり大衆的な製品ではありますが、さすがはキャノンが報道用でも十分に耐え得るスペックと検査基準で世に送り出した逸品! と密かな喝采を送っている、N-FDの"赤鉢巻シリーズ"から20-35mmのズームをご紹介致します。
ここのサイトの読者というか、愛好家各位は、へぇ・・・RFしか殆ど使わない工房主がズームなんか持ってたの?ましてや、そんなので街撮りなんかすることがあったの???などという疑問を抱かれるでしょうが、実はこのレンズと一緒に写っているキャノンF1NODは結構好きなカメラで、銀塩の一眼レフの中では、おそらく、ニコンのNewF黒と1、2位を争う出番の多さだと思います。
しかも、この機体は万が一の破損や狂いを考慮して、マウントアダプタを介してのエキザクタ等他マウントレンズの使用を行わず、純正の"赤鉢巻シリーズ"専用機としています。
先般ご紹介したN-FD50mmf1.2Lもしかり、まだ未登場のN-FD85mmf1.2Lしかり、大のお気に入りの"赤鉢巻シリーズ"のレンズを末永く使い続けていくため、この機体と黒のスペア2台で持って、そこそこの頻度で街撮りに使用して、動態保存しているのです。
さて、余談はさておき、このレンズの氏素性について、少しご説明しておきましょう。
キャノンが社運を賭けて開発したF1用として、Lレンズ、通称、"赤鉢巻"と呼ばれたレンズがラインナップされましたが、この極めて高性能の超広角ズームは1979年に発売された24-35mmf3.5Lの発展系として1984年にバトンタッチしています。
このレンズの物凄いところは、お金を掛ければレンズはここまで出来るという業界の常識をまさに地で行ったようなスペックで11群11枚構成、全面マルチコートの上、第一面が研削非球面、しかも最後群をフローティング機構、更には焦点距離の変化に応じた可変フレアデフュザー採用したことにより、全焦点域、全距離でにデストーションをはじめ、各収差を極限まで抑え込み、開放から、単焦点レンズと同等以上のハイコントラストシャープな描写性能を実現したとのことでした。
その代わり、お値段が84年当時で19万円と破格で、その4年前のN-FD50mmf1.2Lが9万円、同85mmf1.2Lが11.3万円だったことから考えても、いかにお金をかけた作りか判ろうものです。
前置きはこのくらいにしておいて、早速、作例行ってみます。今回はもう一本、来週登場予定の工房開発レンズと同伴でもって、神楽坂ロケしました。焦点距離はこのレンズの特徴が一番良く表されることから、20mm域のみで全コマ開放です。
まず一枚目。これは、飯田橋から交差点を渡り、神楽坂の通りを上がって暫く行ったところの進行方向右側の路地をローアングルで撮ったものです。
空がかなりの割合で写りこんでいますし、建物の間なのでかなりハイライトとシャドーの明暗差が大きいシビアな条件でしたが、ラチチュードの広いネガの助けもあって、石畳の質感から板塀、手前の竹垣まできっちりと写しこんでいます。フレアは無視出来るレベルです。
続いて二枚目。こちらも、同じく右側を少し登った路地、建物と建物の間に陽が傾いてきているとはいえ、青空が覗いています。超広角レンズの作例でありがちなアプローチにはなってしまいましたが、あえて、逆光でも、このレンズの描写性能が建物の壁をどのように写し出すか試してみたくてトライしました。
目で見ても眩しいくらいですから、当然、空の隙間にフレアは出ましたが、それでも、当然、ゴーストなど現れようはずもなく、それぞれの建物の壁材のテクスチャのみならず材質の違いの持つ質感を繊細に描き分けて、結構、気に入った仕上がりとなりました。
そして三枚目。これもまた右側の路地で極細ながら、結構人の出入りが激しいところがあったので、そこで待ち構えての一枚です。
ここも、東に向かって空が開けていますので、かなり逆光気味、ハイライトとシャドーの明暗差の大きい被写界になりますが、遠方からヘルメットを片手にジャンプスーツを纏った若者が颯爽と歩いてくるさまも、ほんの数メーター先の両側の建物の壁のテクスチャも歪みなく、適切なコントラストでシャープに描き上げています。
最後に四枚目。ここも路地裏ですが、建物には囲まれていなくて、白銀公園の入り口に緑一色の住宅があり、その西側壁面づたいの路地が面白かったので一枚戴き。
ここでのカットはかなりローアングルで極端なパースが付くように工夫して撮ったので、塀ブロックの継ぎ目もワン公のポスターも画面左側に向かってキーストーン形状に変型していますが、それでも、直線は直線でズームにありがちな樽、糸巻きのような線の歪曲は全くと言っていいほど認められません。
今回の撮影は、家を出るときは、正直言って、殆ど夏休みの宿題に追われる子供がそれほど乗り気でなく始めるようなキブンではありましたが、飯田橋に着いてからひとたびファインダーを覗いて、シャッターを切り出した途端、急に面白さに目覚め、同伴のRF機よりも先にフィルムを撮り切ってしまったくらいです。
N-FDレンズシリーズはM3/4を除き、デジタル対応していませんが、だからこそ、この極上の写りを信じられないような低コストで楽しめるのであり、まさにN-FDの"赤鉢巻シリーズ"こと"L"レンズとF1Nは先のロボットロイヤル同様、デジタルと競っても十分、フィルムで撮影することの価値を認めさせ得るに十分な選択だと思います。
テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真
- 2009/04/26(日) 23:30:18|
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【撮影データ】カメラ:Leica M8 Auto ISO 全コマ開放
今宵のご紹介は、遂に来るべきものがやって来た、との感ありのご紹介です。
Arnold & Richter社製のモーションキャプチャカメラ、Arriflex35シリーズ、旧Bバヨネット最終モデルのCine-Planar50mmf2を当工房でL/M改造したものです。
一ヶ月ほど前の記事で、Arriflex-Cine-Xenon50mmf2のぶっ飛んだ写りをご覧戴き、明らかに深川改造レンズ軍団前キャプテンのCine-Planar50mmf2より、解像度、色飽和度、ボケの美しさに優れ、現行キャプテンのCooke-Kinetal50mmF1.8と対マン張っても、引き分け以上に持ち込めたであろうに、工房主はそれでもキャプテン交代を申し渡しませんでした。
それは、第三世代の改造技術を惜しげもなく投入し、元々の光学ユニットの性能の活用レベルも、操作性も飛躍的に改善されたArriflex-Cine-Xenon50mmf2と第二世代のCooke-Kinetal50mmF1.8ではハンデが有り過ぎるのと、Xenonが完成した時には既にこのレンズヘッドは工房に入庫済改造待ちだったものの、仮組みによって、驚異的な光学性能は大方判っていたためです。
この控えめな銘板からは市販レンズの135判銀塩用Planarと較べて、それほどの違いが有るとは到底思えないでしょうが、さにあらず、CarlZeiss社は銀塩用の写真レンズの生産からは実質撤退状態で、東洋の林檎畑の中に有る中小企業にまかせっきりですが、本業として、映画用のレンズは最先端のテクノロジーを注ぎ込み映画産業の興隆に貢献している旨、自社のホームページ、そして供給先であり70年以上に亘るパートナーであるArri社のホームページでも述べています。
産業用レンズなので、お値段の方も新品では、民生用である銀塩135判の同じ焦点距離・開放値のものの10倍以上します。
今回のレンズヘッドは旧Bバヨネットの最終型のモデル、恐らく1980年前後の個体がイスラエルの映画スタジオの予備品として保管されていたのを、たまたま電子湾での索敵に引っ掛かって、釣り上げたものです。
では、何故、最新のモノを入手して改造しないのか・・・・その疑問は尤もですが、幾つかの絶対的制約があって、入手してライカマウントには改造出来ないのです。
まず第一にバヨネットがPLマウントというパナビジョン共用の巨大なステンレス製のものに変わってしまい、これが船のスクリューみたいなフィンが水平に張り出していて、マウント金物自体が外せないことからL/Mマウントとのクリアランス調整とマウント変換を行うアダプタ兼スリーブが装着出来ないこと。
第二にそもそもレンズ本体が大きくレンジファインダーでは像がケラれてしまい実用的でないこと。
第三にツァイス製の80年代以降の映画レンズは単焦点であっても、殆ど近距離での各収差補整のため、フローティングフォーカス機構となっており、巨大な後玉が固定されていることから、距離計連動カムの駆動力取り出しも出来ないこと。
第四に個体価格が極めて高く、50mm〜25mmのものは安くとも3000ドルを下らない・・・新品なら軽く8000ドル以上で手が出ない。
とまぁ、無い無いづくめの言い訳ばかり読んでいても気が滅入るだけでしょうから、そろそろ作例いってみます。今回は先月行われたPIE見物から、翌日、物見遊山で出かけた葛飾柴又界隈で適当に撮ったものです。
まず一枚目、これは某フォーサーズカメラをメインに出す、内視鏡メーカーのブースでサッカーのコスプレしていた小姐を捉えたものです。
M8に合うストロボを持っていかなかったというより、クラカメの形をしているものにストロボを焚くのは自分的には反則技ですから、今回はアベイラブルライトで撮ったため、露出はドンピシャとはいかないですが、モデルさんの髪の毛の一本一本、ユニフォームの生地、ボディペイントを施された柔らかな腕の肌、全然カリカリではないですが、開放でも銀塩の一眼レフ用レンズのだいたいf8程度の解像度は出ています。もちろん、後ボケもナチュラルで美しいと思います。
そして二枚目。これはライカブランドのデジカメを大量生産して世界中に広めている某家電メーカーブースを表敬した際、同じライカだからと屁理屈付けて、モデルになってもらった小姐を写したものです。
このカットは1m前後のものですが、ここでも、髪の毛の一本一本、肌の微細な凹凸(ごめんなさい・・・)を捉えていますが、何よりも注目して戴きたいのが、コンデジを掲げた右手です。
この画像サイズだと今一実感が湧きませんが、掌裏側の手相と言われる皺一本一本の濃淡まで捉え、みずみずしい肌は画面を突き破って飛び出してきそうな生々しいリアリティです。
ここでも、背景のセットはキレイにボケてカラフルながら煩くない写りになっています。
続いて三枚目。今度は河岸を替えて、良く日曜日に出かけた柴又帝釈天です。この写真、見覚え有りませんか。そう、メルコンIIと同伴テストしていたので、同じ被写体を撮ったものです。
しかし、デティールの再現性が比較になりません。
こちらでは、水を掛けられて光を反射する石造の石のテクスチャまで極めて緻密に描き切っていますが、Nikkorはもっとアバウトな描写となっています。
また、水掛をする児童のジャージに直射日光が当っていますが、ハイライトが飛ぶことなしに皺から、生地のテクスチャまで描き出しているところは注目すべきと思います。
最後に四枚目。これは帝釈天境内から少し離れたところにある、山本邸という葛飾区の史跡を訪れ、その入口の門構えをメインに母屋をバックにボケを見るために撮ったカットです。
緑青銅板で葺かれた門の屋根はシャープに金属の硬さ、冷たさを描き出され、遥か遠方の母屋は木立の影に霞んでいます。惜しむらくは屋根てっぺんの鬼瓦に二線傾向のボケが見られたことですか。
今回の様々な条件のテストで期待以上の好成績を出してくれたことで、工房主人は、第三代の深川改造レンズ軍団キャプテンにこのCine-Planar50mmT2.2を任命することとしました。
なお、最後のナゾですが、何故同じものが2本写っているのか・・・そう後追いでもう一本、海を超えてやってきたものも、工房で新たな命を吹き込み、新しい持ち主のもとへ旅立っていったからです。
そちらもおいおい作例発表があるものと思います。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/04/19(日) 19:57:31|
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【撮影データ】カメラ:Robot Royal36 レンズ:Robot Xenon40mmf1.9
フィルム スーパーセンチュリア400 全コマ開放
今宵のご紹介は、秘宝館からの出展です。
先般のMelconIIの評判が良かったことを真に受け、また珍品レンジファインダー系でいきます(笑)
今回のカメラは知る人ぞ知る、北米市場でのM3対抗馬の最右翼?Berning社が1955年に満を持してリリースしたRobot Royal36です。
この36という数字は、今までの24mm幅と区別するため、24x36の画面サイズであることを知らせるためのコードネームなのです。
そもそも、Berning社は軍事目的でこのRobotブランド?のゼンマイ巻きカメラを戦前から作っていて、戦時中はメッサーシュミットに載せて偵察だか、演習時のガンキャメラ代わりに使ったか忘れましたが、軍用のビオメター40mm付きなんていうモデルもありました。
何せ、ドイツ人は疑い深いらしく、撃墜王が何機落とした!って申告しても、ぢゃ証拠写真見せて!っていわれるので、メッサーシュミットのコクピットに小型で連写の効くこのカメラを持ち込んだという話もありますし。
しかし、このRoyal36までは、全て135判フィルムを使うものの、24×24の正方形に写しこむ変則規格で、家にも画面サイズがライカ判でないモデル何台かありますが、近頃の機械式ラボ泣かせの困ったカメラ達です。
尤も、手焼きで両隣のコマが写りこんだ状態で焼いて貰って、余部を切るなり、スキャナで取り込んでソフトでトリムすればイイのですから、それほど実用上支障があるものでもありません。そういった意味では、NikonI型や、オペマI、II、そしてミノルタ35など24x32という際どい変則サイズよりは罪が軽いかも知れません。
では、持ち主を虜にするこのロボット一族の魅力は何か・・・それはモデルを問わず、精密感に溢れ、仕上げも素晴らしく、ゼンマイを巻き上げたら、かなりの速度で連射が効き、決定的シャッターチャンスがモノに出来る、更にはライカに負けず劣らず、素晴らしいレンズのラインナップが揃っていまして、標準レンズを例に挙げれば、ツァイスはどういうわけかBerning社にかなりの肩入れをしていて、Royal36用ではSonnar50mmf1.9のほか、極少数ですが40mmf2のPlanarまで供給しています。
また、メインサプライヤと思われるのが、これまたツァイスに比肩しうる光学界の重鎮、シュナイダークロイツナッハで、ここも、相当気合いが入っていて、Sonnarを凌ぐ性能と思われるXenon40mmf1.9、廉価版?のXenar45mmf2.8などがあり、広角については、Enna社なども供給していたようですが、海外オークションに出た暁には、同じ焦点距離のライカ用に較べてかなり高い値付けがされています。
さて、前置きが長くなりましたが、実写データ見て行きましょう。
今回の作例は3年ほど前に代官山界隈でテストしたものです。
まず、一枚目。これは、代官山ヒルサイドテラス向かい側の集合店舗ビルみたいなところの門扉を飾るオブジェでライトアップの具合がイイ按配だったので、後ボケも検証出来ることから一枚撮ってみたものです。
白熱灯がかなり強く照らしていますが、フレアは皆無で力強い輪郭を形作っていますし、後ボケはあたかもSonnarの本歌取りみたいにきれいな溶け方をしています。
続いて二枚目。今度は道を渡り、やや渋谷方面に戻ったあたりにある、有名なカフェです。ちょうど、陽も傾きかけてきたので、店頭の灯火もその存在感を増す時間です。
家路を急いでいると思しき、中年の夫婦者?が仲むつまじく手を繋いでカフェの前を通り過ぎようとしており、その反対からは、ヒゲを蓄えた洒脱な熟年の男性が足取りも軽くカフェを眺めながら通り過ぎようとしています。
このように自然光と人工光の入り混じった難しい露出条件下でも、すれ違わんとする登場人物達の一瞬の間合い、表情を確実に捉えてくれることが、まさにこのカメラの真骨頂です。
そして三枚目。ヒルサイドテラスの看板を暮れかかる空をバックに入れての撮影です。
日は沈みかけているとは言え、まだ明るさを残していますから、背景に空を入れると、主体はコントラストが低下するのが常ですが、この写真では、白文字も下地の金属板もかなり鮮明に質感が捉えられていて、レンズ性能の高さを物語る一枚ではないかと思います。また、バックのボケもイヤミがなくて、個人的には好ましく思います。
最後の四枚目。このカットはもう日も暮れてしまい、そろそろ作戦行動を終了して深川に帰ろうかと思いながら駅に向かう途中の通りに面した雑貨屋だか若者向けの洋品店だかの店頭で、倹しいながらも幸せそうな雰囲気を漂わせながら、靴下などを選んでいた若いカップルを捉えました。
この時間では、全て人工光に切り替わってしまっていますが、その狭い照射領域の中で、絶えず動くカップルがどんぴしゃの位置に来て、あたかもスポットライトが当ったかのようになった瞬間をこのロボトの眼、Xenon40mmf1.9は捉えてくれたわけです。
ここでも、合焦域でもシャープさ、オフフォーカス部のボケは遠近を問わず破綻なく描き分けており、白熱灯下の人物も目で見たままに捉えていました。
このカメラは、撮影のデジタル化が進む昨今でも、銀塩フィルムの楽しさを実感させてくれる逸品ではないかと思います。
テーマ:レンジファインダー - ジャンル:写真
- 2009/04/12(日) 20:49:53|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】カメラ:Nikon SP フィルム:スーパーセンチュリア100 全コマ開放
ハイサイ、また日曜日の晩が巡り来て、深川精密工房記事更新の時となりました。
今宵のご紹介は、知る人ぞ知る、一部のコアなマニアにとっては垂涎の銘玉?DallmeyerのDalmac2"f3.5を当工房にてS/CXマウントに改造したレンズです。
去年の記事で覚えておられる方もいらっしゃるとは思いますが、同じくDallmeyerの2"f4.5のEnlarging AnastigmatをS/CXマウント化しています。
今回のDalmacも、前回のEnlarging Anastoigmat同様、引伸機用レンズです。
製造された時代はこの小径のネジや、真鍮削り出しの鏡胴への黒エナメル塗装、そして元々の青い弗化マグネシウムの単層コートなどから判断して、50年代の初めの製造ではないかと思います。
絞りは開放のf3.5から最小のf16まであって、何故か、絞り羽根は前玉直後についていて、この形式のレンズにはよくある逆テッサー型でも、逆エルノスター型、或いはWガウス型でもなく、普通のエルマータイプ、即ち3群4枚構成と思われます。
ところで、このレンズ、写真で見ると傷一つないサファイアの如き澄んだ青い佇まいを見せていますが、実は、海の彼方、グラスゴーから遥か海を超えて当工房に辿りついた時は、中は埃まみれで絞り羽根には油がタール状になってこびり付き、前玉はというと、磨き傷なのか、使用に伴う磨耗なのか判らないくらい傷つき、また曇りのような症状も見られたので、幾ら銘玉とはいえ、そんな状態で改造して再び写すことが出来るようになったとしても、レンズ本来の性能は到底発揮出来ようもないので、自分で出来る限りの整備の上、大久保の名人のところに持ち込み、再び命を与えて貰えるようお願いしたのです。
初めは、あまりやったことがないし、少しお時間下さい、というようなことを言われたのですが、是非、歴史的銘玉の復活に力をお貸し下さい、と頼み込んだところ、快く引き受けて下さり、待つこと2週間で見違えるくらい美しい姿に甦って手許に戻ってきたわけです。
そうなると、喜び半分、プレッシャ半分で結構重いキモチになってしまいます。
大久保の名人が心意気にほだされて、手間隙かけ最速で素晴らしい状態のレンズにして返してくれたものを、出来ませんでしたでは二度と顔向け出来ないし、ましてや、失敗して破損など絶対に許されよう筈もありません。
しかし、工房の得意ワザのS/CXマウント化であれば、パーツはふんだんにありますし、ピント基準機もキャリブレーションやったばかりだし、その他計測機も調子良いので、万全の体制で加工が出来、帰ってきた翌週末には、Nikon SPでのテスト撮影に漕ぎつけたワケです。
さて、前置きはこのくらいにして、作例いきます。
まず一枚目。これは工房のすぐ近所の永代通りと並行して走る運河沿いに咲いた桜を1.5m程度で撮ったもので、背景に和船の舳先が写りこんでいます。
なかなか難しい桜の花びらの淡い色も破綻なく捉えているようですし、前ボケも後ボケもここでは大人しい振る舞いを見せています。
そして二枚目。これは同じ運河を門仲交差点方向に遡り二本目の橋の上で、毎年行っているさくら祭りのイベント会場で粋な法被姿の兄さんがたを捉えたものです。
発色は淡め、コントラストもそれほど高くはないですが、それでも洗いざらしの法被の布地のテクスチャは的確に捉えていますし、合焦域での描写の緻密さ、画面全体での画質の均質さはさすが引伸機用レンズの真骨頂とも言えるのではないかと思います。
続いて三枚目。同じイベント会場で目を転じると、海洋大の学生さん達がにわか仕込みの香具師と化し、昔懐かしい射的屋さんをやっていました。
ここで、商品に目が眩んだのか、或いは日頃主婦間のおしゃべりにうち興じ、自分たちを顧みない薄情な現代ママに文字通り一矢報いるためなのか判りませんが、かなり真剣な表情でコルク銃を発砲し、その結果に絶叫していたのでありました。
ここでは、女の子のナイロン系の反射するピンクのパーカーの生地の風合いがとての魅力的に捉えられていると思いますし、係員の兄さんの合成皮革もどきのジャンパーの皺なども妙にリアルに写っています。
最後に四枚目。今度は、イベント会場から離れ、やはり定点観測地点のようにテスト撮影コースに組み込まれている、門仲駅至近でありながら、完全に時代に取り残された「辰巳新道」へ向かいました。
ここで、一歩間違えたら、かのゴミ屋敷にもなってしまいそうな種々雑多オブジェデコレーション系大衆居酒屋の昼の営業前の佇まいを一枚戴きました。
特筆すべきは、全体的に淡い発色だと思っていたこのレンズ、こんな日陰の路地裏で色々な系統の色が入り混じったような被写界では、適度な解像力と発色バランスの良さを見せ、現代のただハイコントラストでのっぺり写るレンズ達とは一味も二味違うことを自己主張してくれたのです。
テーマ:レンジファインダー - ジャンル:写真
- 2009/04/05(日) 23:51:40|
- CXマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:MelconII レンズ:Nikkor50mmf2 フィルム:スーパーセンチュリア100 全コマ開放
さても日曜の晩が巡ってまいりました。
今宵の更新はおとといまでは違うブツを、と考えていたのですが、昨晩、写真仲間で会食をした際、当工房のコレクションで名高いMelconIIの保有自体を知らなかった御仁が居られたため、急遽予定変更の繰上げ当選による登場です。(該当者は真っ先にコメントくれなきゃイヤですよ・・・)
このカメラの氏素性について少しおさらいをしておきましょう。
"Melcon"というカメラの呼称は、「目黒光学」という会社がリリースしたカメラにつけられたもので、この会社は1955年(昭和30年)にまずバルナックタイプのライカコピー、MelconIを発売します。
このMelconIは何のことはない国産の安手のフェイクライカかと言えばさにあらず、今も連綿と続く日本のモノ作りのDNAである、コピーからスタートして、だんだんオリジナリティを加え、換骨堕胎していくということを地で行っており、何と、オリジナルライカより進化している点があって、それは裏蓋が蝶番で開いて、フィルムの装填が確実且つ速やかに行える、というささやかな改良です。
まぁ、国産のライカコピーでは最後発組なんで、そのくらいの改良は有って当然かも知れません。
また、このメーカーの利巧だったところは、レンズを自社ブランドに拘らず、しかもコストの安いレンズ専業メーカー製でもなく、何とNikkorが奢られていたのです。
この点が、実際はOEMであれ自社ブランドレンズに拘った田中光学、瑞宝光学との販売戦略の違いが対照的なので面白いところだと思います。
そしてMelconIをリリースした2年後の1957年、さすがに画期的製品であるM3が既に1954年に登場していたので、たぶんI型の発売と並行して開発を進めていたのでしょうが、バルナック型とは決別したレバー巻上げでファインダーは一眼式のブライトフレーム入り、デザインもモダンで洗練されたII型が登場します。
ところが、このカメラは確かにNikonのS2に良く似た外観なので、我が国を代表する大光学機器メーカーであり、レンズの供給者でもある当時の日本光学から強硬なクレームを付けられ、殆ど製造・販売しないまま、同社は息を引き取ったと言う話が聞かれます。
では、このMelconIIは単なるNikonS2の劣化コピーか・・・といえばさにあらず、なかなかどうしてファインダの見え方自体は悪くないですし、何と基線長がNikonS2の60mmに対し、70mmもあります。
そして、意外に評価されていないのが、シャッターの音、フィーリング。
ニコンもS、S2くらいですと、メーカー調整品は、「ボシャッ」というかなり大きな音がしますが、このMelconIIは、この当時発売されていたSPのシャッターブレーキ機構でも参考にしたのか、「パフッ」という柔らかいイイ音がします。
同じ1957年製のレンジファインダーでライカマウントのものでは、キャノン製のL2からVT Delux、L3までが挙げられますが、こちらは低速シャッターが高速と二階建てになっている構造といい、その音質といい、果てはファインダの出来まで、パッケージングとしては決して負けていなかったと思います。
ただ、唯一の惜しい点は、シャッターが500分の1までしかなかったこと、ファインダがパララックス補整、そして視度補整が無かったことくらいでしょうか。
逆にそれらが改善されてリリースされていたら、おそらくこの4年後に産まれたLeotaxGにも勝るとも劣らない国産光学史に残るカメラになったかも知れません。
さて、前置きはさておき、作例を見ていきましょう。まぁ、定評有るNikkor50mf2Lのしかも黒枠のものですから、ピントが合って露出が許容範囲内であれば良く写って当たり前ですが・・・
今回はヒマ潰しも兼ねて、京成電車乗り継いで深川から葛飾柴又まで出掛けていきました。
まず1枚目。これは工房の有る住宅街から、永代通りに出る時に渡る橋を通りがかった際、たまたま、「深川さくら祭り」の時期なので、和船無料乗船体験というのをやっていて、橋の下をくぐったところを捉えたものです。
かなりピーカンに近いところを開放でシャッター切ったものですから、500分の1では当然露出オーバーです。
しかし、船自体がフレアッぽく光り、まだ冷たそうな碧い水面とのコントラストが面白い画となったと思いますがいかがでしょう。
続いて2枚目。このショットからいよいよ葛飾柴又、帝釈天参道からの画になります。これは駅前広場を通り抜け、金町街道を渡る手前の小さな川の手前のお店で焼き鳥などを売っている様子を一枚戴いたものです。
この日は天気も良かったので、100年に一度、未曾有の不況もものかわ、幸せそうな家族、カップルが楽しそうに時を過ごしていました。
赤いお財布からお金を出して、ちょうど焼き鳥を購おうとするショートカットの美少女を捉えたものですが、前ボケの具合いも良く判る一枚ではないかと思います。
そして3枚目。これは金町街道を渡り、様々なお店がところ狭しと立ち並ぶ参道でおせんべいだかを買い求めようとしているうら若き乙女の姿を捉えたものですが、あれ、なんかピントが甘いんぢゃない!?と思われた方は再度、ご覧下さい。
実はこのカット、お金を支払う女性の顔ではなくて、お釣りを受け取る手にピントを合わせているのです。
そうすれば、被写界深度の関係で、眼鏡の若い女性も、売り子のむくつけき男性もソフトに画面に納まりますから。
なお、お店の商品棚が後ボケになっていますが、ここでは、ゾナータイプにありがちな素直なボケになっています。
そして最後の4枚目。これは帝釈天題経寺の掲題にある水かけ不動ならぬ、水かけ菩薩像にかなり真剣に水をかけながら、たわしでごしごしやっている素朴な少女とその家族を捉えたものです。
このカットでは、照度差が大きいのでシャッター速度の選定に悩みましたが、とりあえず最高速で切ったところ、何とか水に濡れて反射光を撒き散らしている石像のテクスチャも、屋根の下に居ながら一部は陽光を浴びている少女の表情も何とか収め切ることが出来ました。
ただ後ボケは若干二線気味の乱れたボケになっています。ホントは「墓地分譲中」なんて無粋な看板は飛ぶかボケて欲しかったのですが・・・
実はこの4枚目ではシャタ−切った直後、こんなシーンには同行したシネレンズ付きのM8なら何も悩まずシャッター切るだけで万事解決だったのに・・・とか思いましたが、ネガが現像から上がって思わずニンマリです。
思うにいまだにフィルムをやめられないでいるのは、まさにこういう、現像から上がってみないと自分の下した撮影条件の判断が正しかったかどうか判らない・・・この点にあると思います。
市販レンズですらこうですから、自作のレンズならなおさらです。
テーマ:レンジファインダー - ジャンル:写真
- 2009/03/29(日) 23:01:07|
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【撮影データ】 カメラ:Nikon SP フィルム Kodak Gold400 全コマ 開放
さて早いものでもう前回の定常更新から一週間、頭の中に笑点のテーマ曲とサザエさんのテーマ曲
がごっちゃになりながら流れ、月曜朝の満員電車などを否応なく思い出しながらの更新です。
今回のご紹介は、たまたま電子湾での夜釣りで引っ掛かった(≒安く買えた)小物レンズですが、カッコはまぁまぁですし、これとほぼ同型のVIPレンズが控えていたので、習作としての改造品、Wollensak50mmf2.8無銘改S/CXマウントです。
このレンズはどこをどう見回しても銘柄名が彫ってありません。
米国の片田舎のいかにも流行らないカメラ屋然とした売主の説明曰く、「米国製の引伸ばしレンズ、デッドストック美品、たぶん、Kodak、Wollensakのどちらか・・・」という極めて曖昧な氏素性のレンズを買ってしまったワケです。
10日間ほど経って、このレンズが国際普通郵便で送られてきた時、早速、中を開けてみたら、なるほど、如何にも性能良さそうな薄茶色のコーティングにキズ一つないエレメント、鏡胴も手擦れすらありません。
しかし、「無銘のレンズなんて、そんなもん有っか?どっか目立たないとこに彫ってあんぢゃね?」とか思い、さすがにキレイな玉だったので、クリーニングの必要もないことから、開けてまではいませんが、少なくとも外回りには、メーカー名、原産国を表す刻印は何ひとつなく、この銀色のアルミ製のフードみたいなパーツの周囲の"50mm f/2.8"の刻印のみ。
はたと困ってしまい、そこで、工房ストックのパーツからどっちのメーカーか、推定することに。
比較サンプルは、Kodakはシグネットについていた44mmf3.5のエクター、そして、Wollensakは工房で前に改造したことのある、 Enlarging Anastigmat2"f2.8です。
見所はコーティングの色と硝質、そして全体的な作りといったところですが、ためつ眺めつ、色々と考えましたが、総合的にはWollensakの玉と考えた方が精神的に良く、儲かったカンジもするので、そういうことにしました。
まぁ、実際には絞り開放値の刻印の字体がEnlarging Anastigmatに良く似ていたので、そのように推定した次第です。
さて、前置きはこのくらいにして、作例、行ってみましょう。今回は浅草に出かけました。別のもう一本テストするレンズの調整に手間取り、夕刻からの開始になってしまったので、いつもの定点観測的フィルムのセンチュリア100ではなく、Kodak Gold400になってしまったことを予めご了承下さい。
まず一枚目。これはもうテスト時の巡回コースにしっかり組み込まれている雷門周辺の人力車溜りでの一枚です。信号待ちしている人力車を狙って一枚撮ろうと思ったところ、突然信号が青に変わり、車夫の兄さんは、渾身のダッシュで通りを渡ろうとし、おっこれだ♪と思いシャッターを切ったところが、右手から余計なスタッフの兄ちゃんが走って道を横切ろうと走って、画面の写りこんじゃったワケです。ご覧の通り、小さいいかにも非力なカンジの玉ではありますが、車夫のコスチュームである黒の和装の皺までキレイに捉えており、背景のボケも悪くはないと思います。発色も4時半過ぎの傾きかけた太陽光の下という条件を考えれば上出来でしょう。
続けて2枚目。これも雷門周辺の車夫兼営業を行う兄さん達の軽妙なセールストークの場を一枚戴いたものです。
ここでは、赤い法被の兄さんのアゴでピンを合わせていますが、坊主頭の伸びかけた毛髪や、ほぼ同距離と思われた腕時計はかなりシャープかつクリアに捉えられていますが、逆に1mほど遠い位置で話ぶりに聞き入る白い服のお嬢さんはもうボケに入っています。また、不思議なことに車夫の兄さんより1m以上手前で小生の近い位置で写り込んでいるパーカーの高校生風の兄さんはそれほどボケていません。
このカットは先ほどの走る人力車と比べ、全くの順光下なので、発色のバランスも良く、ほぼ目で見た通りの風合いでこの赤い法被も捉えています。
そして3枚目。この日は土曜だったので、浅草仲見世通りが世界に誇る、下町一の超絶美女?"沢尻メイサ"嬢の稼働日ということを思い出し、またぞろ買いもしないで、カメラの放列を浴びせる多国籍軍の人々に混じって一枚撮影。
今回は彼女も相当忙しかったらしく、きび団子の製造を行ったり、或いは販売して代金の徴収したり、動きが止まることがありません。
そこでえいやっと置きピンでシャッター切りましたが、ちょっと前ピンになってしまったようです。
それでも、それでも何とか被写界深度ギリギリの範囲には入っていたようで、彼女の愛くるしくも美しい表情、亜麻色のさらっとした髪が湯気の向こうに見てとれます。
しかし、不思議なのは、彼女達の後ろには、かなり強い輝度の透過光式の看板が有るのですが、全くフレアになっていないことです。
最後に4枚目。ここでこの数十年使われることなく眠りについていたデッドストックレンズの本領発揮のカットです。
いつも素通りぢゃ申し訳ないんで、たまには良いことでもありますようにってことで、観音様の本堂にお参りした後、西側の開け放たれた扉を見れば金色の夕陽が射し、おみくじを吟味する若いカップルが居るぢゃありませんか。
普通、クラシックレンズを愛用する人間は、写界に日光が入り込むと、画面全体が光ってしまい、何も写っていない、或いは無様な半月クラゲ状のフレアが出るのを嫌い、こういうシーンではシャターを切らない習性があるのですが、今回は米国製のデッドストックの性能を試すため、敢えてシャッターを切りました。
目を細めたくなるくらいの光量であったので、半信半疑ではありましたが、現像から帰ってみてびっくり、今までこれほど逆光に強いレンズというこのは、最新のツァイス(銘)のものくらいしか持っていなかったためです。
こんな、たまたま掛かった小物のようなレンズですら、面白い写りをするのですから、まだまだ電子湾での夜釣りはやめられません。
テーマ:CONTAX - ジャンル:写真
- 2009/03/22(日) 17:57:20|
- CXマウント改造レンズ
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