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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Revival from a long absence~Ernst Leitz Elmarit21mmf2.8~

さて今回のご紹介は、正真正銘先々週の古河桃祭り撮影ツアーの主役で、修理を終えたばかりのElmarit21mmf2.8の試写をした結果をアップしたいと思います。
まず、当工房のElmarit21mmf2.8が、或る時期からばたっと登場しなくなり、その代わりに、不要に明るく、無駄に重い、中華製レンズTTArtisan21mmf1.4がその代役を引き受けていたのですが、そもそも、なぜ、長期の休みに入ってしまったかというと、これはカナダ製ライツレンズの宿痾というか、アキレス腱にも近い弱点だと気付いたのですが、要は、フォーカシングノブのピントリングへの固定法が、耐久性と信頼性を考えたら、まず有り得ない構造になっていて、それは、おそらくはABS製とおぼしきフォーカシングノブの中が空洞になっていて、その中央付近に一か所のみ、ピントリングから伸びる1mm程度の鉄製ビスを受け止めるネジ穴付きボスが建てられており、そのプラスチック製ボスの肉厚が2mmもないので、ノブが何かにぶつかったり、、押されたりすると、ボスが砕けてネジをビスを開放し、その結果、ノブがもげる、という現象が起きるような構造なのです。しかも、この修理、部品がないとのことdえ、銀座のライカサービス部門で断られ、川崎のKカメラでも、真鍮製の別部品への交換なら治せるかも知れない・・・との回答で諦め、暫く放っておいた、ということだったのです。
ところが、或る日、ふと閃くものがあり、まず、砕けた中央部のボスの残骸を、歯医者さんの虫歯治療よろしく精密リューターで完全に削りとり、ヘリコイドを分解してのネジ取り出し、ネジ山再生は不可能なので、空洞のノブの内部を最新型の弾性有りの接着剤にチタン合金の微粉末を添加したものを充することで剛性を与え、ネジはチタンの超細径パイプをピントリングの穴に挿し込むことで接着剤からカバーし、ノブ内部の接着剤が固まったところで、同じ接着剤のチタン合金無しを使ってはみ出さないようにくっ付けたという大胆な修理を行った次第。
では、さっそく、二年以上のブランクを挟み、弱点を克服し、新しい治療法確立にも寄与したいたいけなElmarit21mmf2.8の再デビューを逐一眺めて参りましょう。カメラはSONY7c、全コマ開放AEの露出レベル調整のみの撮って出しとなります。

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まず一枚目のカットですが、古河桃まつりの華であり、まさにCOVID19禍からの回復の象徴とも云える、ミス「桃むすめ」の小姐達を探し求めて会場を徘徊していたら、築山麓の本部テント前で、善男善女各位の求めに応じて、一緒に記念撮影など行っていたので、人の列が途切れ、手隙になった時に、珍しいレンズのテスト中につき、モデルさんになって頂きたい、大胆な申し入れを行い、先の7Artisan21mmf6.3Ⅱともども試写の実験台になって頂いたというもの。

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二枚目のカットですが、変わったレンズで撮ります、という触れ込みでお願いしていたので、一応、二台のカメラでの撮影結果を四名の小姐にご確認頂き、過疎ブログのネタにさせて貰いますよと宣言ののち、本部テント前をあとにし、すぐ目の前の地面には油菜こと菜の花が咲き、その上の桃の木もぽつぽつと咲き出していたので、しゃがみこんで、満開?の菜の花越しの桃の林という構図で試してみたもの。

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三枚目のカットですが、会場内をざっと眺めると、結構、桃と菜の花の競演している場所が多かったようなので、あちこちで撮ってみようと公方公園内を徘徊していたのは前回書いた通りなのですが、北側の湖沼地帯の手前というか、東に位置する神社に隣接するエリアもかなり広い菜の花畑になっていて、その周囲に桃の木が植えられている、というロケーションだったので、中央付近から今度は横構図で撮ろうとしていたら、画面内にいたいけな旅人風の小姐二名組が闖入してきたので、太っ腹にも、そのまま一枚撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、以前から、こちらに訪問するたびに撮っていた、木立の下を縫うせせらぎが陽光を跳ね返すポイントの前を通りがかったら、時間的に丁度良い陽の射し加減になってきていたので、前はいたいけな童子達が意図せずとも走り込んできてくれて、おじさん何撮ってるの?とか好奇心剥き出しで背面モニタを覗きに集まったりしたのですが、あいにく、この日はそういった人出は殆どなく、仕方なく、寂しいシチュエーションで一枚撮ってみたもの。

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五枚目のカットですが、ちょっと日陰で暗い色の被写体だったので、f6.3もの暗い開放値しかない7Artisan19mmはEVFによる精緻なピント合わせが困難であるため、断念せざるを得なかったのですが、せせらぎの傍らの木立の中には、アフリカとかアマゾンのジャングルから運んで来たの!?と首を傾げざるを得ないような奇妙にねじれ、恐竜の肌もかくやあらんばかりのテクスチャの幹や枝の外観だったので、この広角レンズの低照度域でのコントラストや解像感、そして画面内の画質の均質性を検証すべく一枚撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、駅からのバスが着いた会場北側には、ここ古河公方公園の名前の由来となった古河公方・足利氏の館跡を取り囲む御所沼とは別の湖沼地帯があり、御所沼の周りには何故か桃の木が植えられていないのに対し、こちらには古木と思しき、かなり大きめの桃の木が岸辺に植えられていて、それが青空が顔を覗かせるようになって、花々を美しく水面に映し出していたので、これは広角の試写に最適、と閃き、足を運び、先の7Artisan19mmともどもテストをしてみたもの。

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七枚目のカットですが、伴走機の7Artisan18mmf6.3Ⅱ同様、距離計連動ではあるものの、このElmarit21mmf2.8もライカのレンズ群の中では比較的至近距離での撮影を得意としているので、最短距離で青空をバックに咲き誇る桃の花を捉えてみようとカメラを上に向けたところにいたいけな極小姐連れのカメらパパがやってきたので、有難く、エキストラ出演願ったもの。

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八枚目のカットですが、せっかく桃まつりを撮りに来たので、一番それらしい雰囲気を捉えたカットとして、花のトンネルっぽいものでも撮ろうと、足利氏の墓所址の東側辺りの桃林を散策し、さすがに大阪造幣局などの桜のトンネルみたいにゲップが出るほどの天空を覆い尽くすほどの桃の花は見つからなかったですが、そこそこの密度のところで足を止め、中年カポーが通り過ぎるところを二台のカメラで交互に撮ってみたもの。

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九枚目のカットですが、先に7Artisan18mmf6.3Ⅱの記事で書いた通り、完全に没入感100%モードのオーラを周囲に放ちながら相互撮影などしていた、だんだら模様の羽織を纏った新選組と、黒執事の二人組が目に留まったのですが、声を掛けて不愉快な顔を向けられても、せっかくの気分良い撮影日和りを台無しにしてしまいかねないので、桃の花を至近距離から撮る際のバックの通行人くらいの役割で入ってもらうこととし、一枚撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、公園の中に何故か存在する「足利義氏公墓所」の碑が建つこんもりとした森を一礼して通り過ぎた直後に遭遇した、公園北側の湖沼地帯としては比較的小型な水面でしたが、岸辺には比較的高い密度で桃などの樹木が植えられ、それが、雲を押しのけて顔を出し始めた青空をバックに水面にきれいに映し出されていたので、二本の広角のお味見には最適と思い交互に一枚ずつ撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、帰りのバスの時間を考慮すると、最後のバスは混むし、万が一乗り遅れでもしたら、駅まで2
km以上の道のりをてくてく歩くか、或いは高い迎車料金払って、駅前からタクシーを呼ばなければならないので、一本前のバスに乗る前提で、公園内の移築古民家まで全て見学するつもりで、桃まつり会場から、御所沼にかかる鋼製橋を渡り、古民家の建つ、御所址の舌状台地に移動する前に沼の北部にかかる、洒落たデザインの鋼製橋の佇まいを一枚撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、そういえば、前回来た時から、この公方公園成立時の治水に大いに貢献したという巨大な鋼製蝸牛のような排水ポンプが今は役目を終え、沼の北西端にちょっとしたコンクリート土台の展示場を作って貰い、その雄姿をジブリの中の機械みたいに展示してあったので、敬意を込めて、その佇まいを色々なアングルから捉えてみたうちの一枚。

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十三枚目のカットですが、十一枚目のカットの画面中央やや右寄りに写っていた、時代がかった鉄道橋のようなデザインの人道橋を渡り、御所沼に三方を囲まれた舌状台地の根元付近に二軒並んで移設されている江戸時代の茅葺屋根も見事な茨城県指定重要文化財の民家の前に到着し、まずは、比較的大型な左側の「中山家住宅」の内部を拝見する前に向かって左側から画面一杯に入る距離まで前進し、一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、懼れ多いことにこれだけ良好に移築・保存され、しかも毎日、庭の枯山水的な白砂の模様まで掃き目を整えるほどの丁寧な管理まで行っているのに、入場料は無料、寸志の募金箱すら見当たらない志の高さに感心し、内部を拝見、特に最低限の加工で自然木の曲がりを上手に使って、梁や柱を構築した、戦国時代からの城郭の櫓にも通じる潔い建築美に目を奪われ、足を止めて一枚頂いてみたもの。

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十五枚目のカットですが、もうそろそろ公園の南端から北端までの距離を徒歩で移動し、確実にシャトルバス最終便の一本前のものに乗らないと大変な末路が待っていることは明々白々だったので、時計と睨めっこ、一軒目を入念に検分したが故、そのお隣りの古民家は中に入ってじっくりと検分する時間的、もとい精神的余裕すらなく、外観だけ撮って、再会を期して、その場を後にしたもの。

今回の感想ですが、いやはや、やはりライツの21mmは良いですね、特に無理のないf2.8という開放値がいっけん、感度などあまり関係なさそうなデジタル機器で撮るにしても、日中で安心して開放で撮れますし、相当、光線状況の悪い夜間でもない限り、夜景などでも手振れに注意してさえやれば、素晴らしくシャープでヌケの良いカットをモノに出来ますし、大きさも、先端部が膨れていることに目を瞑れば、当工房の四番打者Elmarit28mmf2.8と大きさはそれほど変わらないので、操作系が同じ21mmと28mmを二本持って行って、シーン毎に使い分ける、という芸当もまた出来るようになりました。

さて、次回のご紹介はまたしても関東で行ったことの無かったお城、正確にはお城址にLeitz Vario-Elmar21-35mf3.5-4.5と旅して来た記録をご紹介致します、乞うご期待!!
  1. 2024/04/07(日) 16:59:44|
  2. 深川秘宝館
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A new star from a country featured by red atar~7Artisans18mmf6.3.II~

TTArtisan18mm.jpg
さて今回のご紹介は、修理を終えたばかりのElmarit21mmf2.8の試写をした結果をアップしようと思っていたのですが、ふと衝動的に面白げな中華レンズが欲しくなり、つい密林物販電站にて、ポチっとな、してしまい、それが金曜日の夜に受け渡し場所である近所のコンビニに届いたというので、浦安のスーパー銭湯帰りに引き取って、Elmaritだけではちと寂しいので、伴走機として、古河の桃まつり開場に持ち出し、試写してみたので、その結果をレポートすることと致します。
そのニューカマーの名前は7Artisans18mmf6.3IIという厚みが1cmそこそこしかない単焦点で、絞りすらない、むしろ、仕事以外は開放でしか撮らない工房主には、その潔さと、f6.3でイメージサークルもAPS-Cカバー程度しかないにも関わらず、5群6枚でヘリア型に縮小光学系を一番後ろにくっつけたような、ゾナーをひっくり返したような、贅沢な構成になっていることに興味を惹かれ、是非、その実力を試したいと思った次第。
ということで、さっそく、古河の桃まつりにひっかけて出掛けて撮ってみた結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラは富士フのX-Pro2での絞り優先AE、データはJPEG無修正撮って出しです。

古河_001
まず一枚目のカットですが、木場から東西線に乗って、日本橋で銀座線、そして上野から宇都宮線に乗り換えて、JR古河駅に着いたのが、12時ちょい前、ここが思案のしどころで、このまま会場にバスで出掛けて、見るだけ見て、撮るだけ撮って、お目当ての川魚料理屋のランチタイム内に滑り込むか、まずはランチをしっかり摂ってから、会場でゆったり過ごすのか、ということでしたが、かつて、ランチタイムのラストオーダーリミットから10数分早く、売り切れ仕舞いをされてしまたった苦い過去があるので、駅から徒歩10分強の川魚料理屋へまず行こうと思い、その途上にある、立派な土塀の佇まいを一枚撮ってみたもの。

古河_002
二枚目のカットですが、お店に着いてから、待つこと通算約1時間、やっと運ばれてきた、お目当てのうな丼と肝吸い、肝のしぐれ煮などを頂いたところ、かなり高い満足感を覚え、何となく、撮影が二の次になりかねないような気の緩みを何とか抑えながら、時間的には1410発のバスに丁度間に合うくらいだったので、またまたもと来た道を、会場迄のシャトルバスの出る駅まで引き返すこととし、その途上、カメラにレンズを装着しておらず、時間も読めなかったので、往きではスルーした、見事な伝統建築が数棟、敷地内に建てられている場所で一枚撮ってみたもの。

古河_003
三枚目のカットですが、駅に着いてから、まだ10分くらい時間の余裕有ったので、眠気防止のフリスク状のリフレッシュ菓子でも、現金オンリーを謳うバス運賃用の両替を兼ねて買っておこうと、駅と一体化したショッピンセンターに足を運び、無事、小銭とミンティアなどを買い求め、1410発のバスに揺られること15分ちょい、実に4年ぶりに辿り着いた会場の定点観測スポットである柳の下のどぜうならぬ治水用鋼製バルブの雄姿を撮ってみたもの。

古河_004
四枚目のカットですが、ここ古河市の桃まつり会場は、利根川の東側の土手に位置し、かつては、古河城の一部、それ以前は、古河公方の御所だった場所を、明治のご維新以降、平成の御代に至るまで、開発のため、埋め立てられ、水田となっていたものを、都市公園の大家の指導のもと、壮大なマスタープランが描かれ、1992年にかつての公方の御所の天然の濠として機能していた御所沼を復元、そして2015年に今の「古河公方公園」となったとのことですが、まさに古河公方を偲ぶ森と水辺の公園のコンセプトを如実に現す、御所跡地の半島を跨ぎ対岸に架かる鋼製橋の様子を一枚撮ってみたもの。

古河_005
五枚目のカットですが、古河公園はまさに群馬と茨城、そして埼玉を分かつ国境線の役割を果たしている利根川の真東に広がっていることから、低湿地のイメージなのですが、ところがどうして、古河公方の舘址は、沼の中央部のちょうど舌というか、笹かまぼこ状の小高い台地の上に建てられていて、また、北側にも結構、標高の高い部分が有って、そこに「富士見塚」称する人工の築山を公園整備時に築き、全部が芝だと意匠上のアクセントがないためか、一定以上の標高には、背の低い常緑樹を植え、雪を戴いた富士山の姿でも模したのでしょうが、現地の人達は、かつて「きのこの山」とか呼んでいたのを思い出し、麓から一枚撮ってみたもの。

古河_006
六枚目のカットですが、お待たせ致しましたの綺麗どころ、ミス桃娘の小姐各位揃い踏みの図で、さすがに3年以上前のお嬢さん達は残っていようはずもないのですが、小姐各位は本部テントに常駐し、観光客から記念撮影のリクエストが出たら、表に出てきて、6~8分咲見当の桃林前で、観光客と一緒に撮ってみたり、工房主のようにモデルさんとしてご奉仕して頂いたりと、サービス精神発揮されていたので、観光客の同伴撮影が途切れた頃合いを見計らって、届いたばかりのレンズの試運転に付き合って下さい、と宣言し、手持ちの二本のレンズで撮ったうちの一枚。

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七枚目のカットですが、お目当ての鰻料理も、ミス桃娘各位のポートレも撮ってしまい、必然的に、後はひたすら様々な条件での、レンズのあら捜しタイムへとシフトしていったのですが、特に知りたかった、逆光でのフレア、ゴースト、或いはコントラストがどうなるのか、ということだったので、広大な園内を歩きながら、西に傾きかけた初夏の陽光が木立越しに射し込み、それを木の間を縫って流れるクリーク水面が跳ね返す、という格好の場所があったので、水面にピンを合わせて一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、鰻料理を食べに来たのか、昔からミス付く人種に弱い工房主の趣味を満たすため、片道1.5時間近くかけて深川から出てきたのか、判らなくなって来ましたが、桃まつり、桃まつり、せっかく年に一回、きれいな桃の花達が精一杯、咲き誇っている姿を目で見て、写真に収めようという趣旨でやってきたことを思い出し、再び園内を徘徊していたところ、ウクライナへの共感の表現なのでしょうか、青空の下、かなり鮮やかな黄色い油菜が咲き誇っており、これが、桃の淡いピンクと空の青と素晴らしいトリコロールになっていたので、足を止め、かなり踏ん張ったローアングルから一枚撮ってみたもの。

古河_009
九枚目のカットですが、先ほどバスが着いてから南方向に歩いて目にした公方館址を取り囲む御所沼の周辺にはあいにく桃の花が目立つように植えられてはおらず、北部分にある、湿地帯に護岸工事して、沼というか池のようにした辺りであれば、当然のことながら、岸辺に桃は数多く植えられており、アングルを工夫すれば、水面に移った桃の花を撮ることも可能なので、探して歩いて、まずは一枚撮ってみたもの。

古河_010
十枚目のカットですが、ここ古河公方公園内の桃は、約1700本もあるそうで、偕楽園の梅の本数約3000本には及ぶべくもありませんが、ゾーン毎に纏めて植樹してあるので、それなりの密度感で淡い花びらの色合いを楽しむことが出来るのですが、日本人はどうしても、花というと桜、桜というと、空も覆い隠すような花のトンネル、となってしまうので、それらしいところを探し、青空をバックに一枚撮ってみたもの。

古河_011
十一枚目のカットですが、更に桃の木、そして桃の花を主役にしたカットを何枚か撮りたいと思い、公園北部の、ちょうど桃林になっている小高い丘の辺りを歩いていたら、明らかに場違い感満載、普段着の桃まつり見物客からは浮きまくり状態の、安物の新選組のだんだら模様の羽織と、撮影役の執事の黒服といった装いのご一行様が、声かけてきたら噛み付いてやる的な排他的オーラを辺りに放ちながら、黙々と相互撮影していたので、その様子を背景に入れて、可憐な桃の花を一枚撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、再び桃林の中の小道を歩いていたら、もう既に5回やそこら通ってはいたのですが、前回、初めて気付いた「足利義氏公墓所」の碑が建つこんもりと森が有り、その前のを通るのに、上州は新田庄出身の工房主が無視して通るわけにもいかず、右手を胸の高さに挙げ、黙礼してから通り過ぎると、先ほどの広い沼ないし池よりも狭いながら畔には桃がそこそこ高い密度で植えられていて、水面には先ほどとは打って変わって、雲のあい間に青空が顔を覗かせる様が桃の林とともに映し出されていたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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十三枚目のカットですが、この古河公方公園は、古来からの歴史的な記憶を多層的に留めて、ご当地の歴史を美しい自然のランドスケープの中で感じ、学び取って貰おう、というコンセプトらしいのですが、その中に、戦後の食糧難の時期に、湿地帯だった、古河公方御所一帯を埋め立て、水田にしてしまった経緯もあるのですが、古河公方、そして江戸期の古河藩のお城の郭址という輝かしい歴史からみれば脇道のような時期に活躍していた、低地の水田エリアの守護神たる巨大な排水ポンプも、役目を終え、ジブリチックなオブジェとして雄姿を遺していたので、有難く一枚戴いてみたもの。

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十四枚目のカットですが、可憐な桃の花の祭典とともに興味があったのが、二つの古民家を移設し、なんと太っ腹なことに無料公開し、撮影し放題というエリアがあるので、広角レンズのテストにはもってこい、如何にも、テストにお使い下さい、と云わんばかりのお膳立てなので、ポンプから南の方向へ向かって御所沼の畔を歩き、舌の根元に当たる辺りから、古民家が建ち並んだところへ移動する途上に撮ってみた、小島が点在する御所沼の半島南側の様子。

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十五枚目のカットですが、古河公方公園内に移設、復元された二軒の古民家は、いずれも茅葺屋根で玄関には土間と炊事場が付いているという、如何にもまんが日本話に出てきてもおかしくなさそうな、日本の農村地帯の住居のテンプレートそのものなのですが、4回目の干支が過ぎるまで昭和14年竣工の数寄屋造りの御殿に住んでいた工房主のみならず、産まれた時からマンションで寝起きしていたような人達も、江戸期の日本家屋には心惹かれるものがあるらしく、いつも見学者がひっきりなしに訪れる原風景を一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、これが1万円もしない、18mm、APS-Cであれば28mm相当のレンズなの!?と首傾げげてしまいました。それが更に中国製と云うのですから、驚愕以外の何物でもありません。ヘタな高いオールドレンズより、周辺の歪み、解像度低下、また目立った光量落ちも認められず、おそらくは、Leica M(TIPO240)にVoigtlaender銘のUltron28mmf2.0を装けたよりも周辺の光量落ちは少ないので、解像力は及ばずとも、厚み1cm程度でこの描写なので、たぶん、旅行に出る時、富士フのXシリーズを選ぶなら、キャップ代わりとしてもスタメン入りは確実なレベルと思いました。正直、また同じシリーズの別のレンズも試したいと思いました。

さて、次回は、正真正銘、今回の古河桃祭り撮影ツアーの主役だったはずのElmarit21mmf2.8行こうと思います、乞うご期待!!
  1. 2024/03/24(日) 16:44:31|
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An exploration to Castles in Kyushu island.

さて今回のご紹介は、まずはお詫びと訂正なのですが、よくよく調べてみれば、時系列的には前々回の7月末の東北巡業の次の撮影旅行は上州太田のねぷた祭りとなるのですが、これは実は既出で、昨年9月には飛ばしでご紹介していたので、ねぷた祭りの次に訪問した、出張ついでのお城巡りからのご紹介ということで、人生初の島原城訪問、そしてこれも福岡市自体は何百回訪問したといっても過言ではないのに、これまで一回も訪問したことが無かった福岡城のもようを二本のレンズとともにレポートしたいと思います。

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まず一枚目のカットですが、出張先の福岡に金曜の夜から前乗りし、土、日フルに使う前提で、まずは土曜日は遠出とばかり、博多駅前のホテルの目の前のバスターミナルから、島原行の高速バスに乗って、島原駅前のロータリーにある停留所に着いたのが13時前、ヘタすると、地方都市ではランチ営業を13時半〆としているケースも多々あるので、駅前に見えている端正な真っ白いお城をガマンして、観光案内所で聞いた名物料理屋でフグの押し寿司ご膳なんか食べてから、お城に向かって歩いて行ったら、住宅街を抜けた辺りで突如、立派な石垣を擁した白亜の天守が見えてきたので、嬉しくて、足を止め、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、この島原城、築城当時から、相当、防御力が高い郭の構えと言われていまして、その理由は何のことはない、江戸城でも大阪城でも名古屋城でも、普通は、本丸への進入口は正門である大手門、そして裏手に当たる搦め手の門と主だったものが二つに藩士達の通用門のようなものや、江戸城の平川門のように罪人や死者を搬出するのに使われた不浄門など幾つかの出入口が設けられているのに、なんとここ島原城は、出入口が一か所、北側に設けられていただけで、あとは四方を深い水濠と高石垣に囲まれ、頑なに外界からのアプローチを拒絶していたからなのですが、今回、お店はがお城の真南に位置していたので、お濠をぐるっと半周してやっと中に入れたので、嬉しくて、ご本尊様にも等しいRC造の復元天守のお姿を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、さっそく入城料を入口付近の受付で支払い、中に入ると、RC造の天守あるある、でここでは島原の隠れキリシタンの弾圧の歴史や雲仙岳の噴火を中心とした自然災害との闘いのようなものがメインテーマのかなり重めの展示になっていまして、ひととおり、ざっと流してから最上階の展望スペースである廻縁部に出て、当日は天気が極めて良好で、対岸である熊本県の金峰山山系がくっきりと見えたので、こりゃラッキィ☆と広角だけ持って来たことををちょっと後悔はしたものの、画角を活かし、島原の街並みを入れて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、てっぺんまで上がってしまえば、あとは早晩、降りるだけなのは、人生とか会社員生活と似たようなところがあるのがお城巡りの醍醐味なのですが、出口のところで記念のメタルを買おうとしたら、武将隊のお姐さんが話しかけてきて、暫くお城談義をしたのち、そうそう、すぐ入っちゃったから、斜めからのかっけぇアングルから撮ってなかったよなぁ・・・と思い起こし、郭の南側、ちょっと高くなっている辺りに登って、この均整とれた白亜の層塔型の居城の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、ここ島原は、「島原・天草の乱」という日本の歴史授業の中では、大阪夏の陣以降では最大の内乱の舞台として、必ず紹介されるほど有名で、その首謀者、或いは精神的指導者と言われた、白皙の美少年「天草四郎時貞」の名前も日本国内で高校までの歴史を習った人では知らない人は居ないくらいの超有名なのですが、ここ島原は、長崎の原爆祈念公園で有名な「北村西望」という彫刻家の故郷でもあり、この島原城内の模擬櫓のひとつが、「北村西望」の美術館となっており、その建物の手前に彼が丹精込めて作り上げた郷土のヒーロー「天草四郎時貞」のブロンズ像が建てられていたので、敬意を表し、一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、これが「北村西望」の初期からの貴重な作品が展示されている美術館として使用されている模擬櫓の外観、北側から全貌を撮ったもので、一見良く出来てはいますが、戦後の高度成長期以降、鉄筋コンクリート造で次々建てられていった本丸内の建物のうち、1972年に巽櫓、即ち本丸南東角の石垣上に建てられた三階櫓で、内部には、平和祈念像の初期のデッサンから縮小サイズのプロトタイプ、或いは全国各地に散らばる、だぼだぼの軍帽かぶって敬礼する童子をモチーフにした「小さな将軍」の一号機などが所せましと置かれていたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、翌日曜日も天気は快晴、城巡り日和りだったので、宿を9時過ぎに出て、まずはJR鹿児島本線で25分ほどの水城駅まで移動し、律令時代に築かれた白村江の戦い後の国防拠点である、数キロにも及ぶ要塞、水城遺跡を思う存分、見学し、午後から市内に戻り、ランチ後見学に出たのは、このところ、天守の復元是非で盛り上がっていた福岡城、最寄の駅である大濠公園から一番最初に見える、「下之橋御門」と、いったん解体後、戦後、、同門脇に移築された「伝潮見櫓」のツーショットを撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、同じく福岡城の三の東側に移築され、近年まで「伝潮見櫓」と言われながら、近年、正真正銘のの「潮見櫓」の古材が来歴とともに大切に保管されていることが判明し、史跡整備の一環として、西北側の大濠公園際の石垣の上に新たに整備された櫓台に「潮見櫓」として、古材をメインに伝統的な工法で復元され始めていることから、「じゃ、アンタ誰?」的に宙に浮いてしまった、どうやら正しくは「太鼓櫓」が本名だったという現存遺構の佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、同じく福岡城関連の現存遺構、おそらく、結婚式をはじめとするめでたい席上で、だいたい、一人や二人のご老人が酔った勢いに任せて、歌舞音曲の余興として、唄って踊るので、「酒は飲め飲め、飲むならば・・・」の歌詞と雅楽の如くきメロディは耳にされたことがあろうかと思いますが、その主人公、福島正則が酔った勢いで、秀吉から下賜された至宝「日本丸」という槍を貰って帰り、酔いから覚めた福島正則が懇請しても返さなかったという、硬骨漢の主人公「母里(もり)友信」の邸宅の門を通りがかりに一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_010
十枚目のカットですが、これも福岡城関連の遺構で、「名島門」という、黒田長政がここ福岡城に移る前に居城としていた福岡市内の「名島城」から持ってきたもので、黒田二十四騎のうちの、「林直利」という侍に下賜し、林家の屋敷の門として利用されていたのを明治になって、長崎に売り飛ばされそうになったのを地元の代議士によって買い戻され、現在の地に据えられたというので、ちょうど異国からのゲストが通りがかったのを奇貨として一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_011
十一枚目のカットですが、この訪問直前に福岡市内の市民団体主導で、幻の天守閣復元に関するイベントが大盛り上がりで、何でも、その根拠が、親しい間柄であった細川の殿様に「幕府への配慮により天守を取り壊すこととなった」、即ち、壊すということは、元は建っていた、という論法で、何某かの建物があったということなのですが、早い時期の話なので、図面はおろか、屏風絵すらなく、間接的証拠でしか天守の存在が証明出来ない、ということなのですが、その割にはかなり巨大な天守台の石垣を登ろうとしたら、ちょうど運良く降りてきた中華系のカポーが居たので、一枚撮って差し上げたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_012
十二枚目のカットですが、実は、福岡城址というのは、一帯が、奈良時代の大宰府関連遺構からの複合史跡となっておりまして、福岡城のすぐ東隣というか濠の内に大宰府の接遇所であった「鴻臚館」という施設が建てられていて、これは、白村江の戦で大敗を帰して以降、大陸に対しては朝鮮式山城を各地に築き、大陸からの反攻に備えつつ、一方、遣唐使に代表される実利的な交流も再開するという和戦両面の対応だったのですが、ここ「鴻臚館」は博多の港に着いた大陸からの使者を大宰府に入れる前にもてなしたり、遣唐使の宿舎として使用された施設ということで、体育館のような建物に覆われた地面の上に往時の木造建築の一部が再現されていたので、興味深く見学し、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、鴻臚館を見学していた時にスコールも来たし、現存の門と櫓も見たから、宿に戻ろうかいな、と歩き出した時、ふと、案内板にもうひとつの現存以降、しかも延床面積では最大という「南丸多門櫓」が天守台エリア南東に位置していることが記されており、こりゃ見にゃあかんやないの!?と急遽踵を返し、南東の本丸とは区切られたエリアの西側の断崖の上に建てられていた木造の多門櫓両端に附属する二階櫓の北側のものを撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_014
十四枚目のカットですが、同じく、地面からの雨滴の跳ね返りによる漆喰の傷みを防止すべく、腰部が下見板張り、それより上の屋根で守られる部位は漆喰塗り、という如何にも華美を排した実用的な造りの戦闘施設である、ここ「南丸多門櫓」の細長い全景を、先ほどの北に位置する二階櫓の前の柵ギリギリに体を付けて南方向の二階櫓に向けて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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十五枚目のカットですが、南北に細長い「南丸多門櫓」の南端部、おそらくは一朝ことが起きた場合には、南西からの侵攻勢力に対する最前線となることを想定された南端部の二階櫓は、北端のものに比べ、一階は鍵の手状に直角に曲がった建物となっており、二階部分はその南北の向きに乗っかった格好になっているのですが、北の二階櫓も中央の平櫓も共通した、下見板の黒と漆喰壁の城というモノクローム調の美しさに惹かれ、画面いっぱいに寄って一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、福岡市には、大分に暮らしていた二年間も含め、訪問した回数は10回や20回では済まないレベルなのですが、肥前名古屋城や、島原城のような、ここ街のど真ん中に位置している福岡城址に比べれば、アクセサビリティは比較にならないほど悪いお城を先に巡り、やっとやって来たということで、少なからず済まない気持ちで回っていたら、なんと、「お城に呼ばれる」との諺通り、3月上旬にお城のすぐ下の「福岡縣護国神社」の完成したばかりの大鳥居の撮影の仕事が入って、一泊二日の間で、なんと城址公園には3回も足を踏み入れ、この多門櫓も前回は気付かなかった、真下からのアングルで観察することが出来たので、とても不思議な気分を覚えたのでした。

さて、次回は、修理が終わったばかりのElmarit21mmf2.8二代目の試運転の様子をお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2024/03/03(日) 16:47:44|
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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