





【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE ISO200 露出補整+1/3 全コマ開放
さて、いつもの日曜夜の更新をサボり、或る方は、な〜んだ、もうネタ切れで更新止まっちゃったのかと失笑し、また或る方は、流行り病いに倒れてブログの更新すら出来ない状況なのかと憐憫の情を催し、また或る方はもしや新聞を連日騒がす一連の事件事故に巻き込まれたのでは・・・と心配して下さったかも知れません。
ところがさにあらず、いつもの年二回の沖縄訪問のシーズンになったので、急遽行ってきたのです。
しかしながら、今回は現地に着くまで全然スケジュールや行動予定が立たず、まさに最小限の装備で出たとこ勝負の旅となってしまったのも事実です。
そこで今回は、マンネリ化しつつある、那覇をベースとして、一日はバスで観光地巡り、後は那覇のモノレール、バスで動ける範囲で写真を撮るというパターンをガラリと替えて、縁有って訪問することとなった「渡名喜島」という離島渡航をメインに据えた旅行としたのです。
まず那覇に着いてすぐ、泊港に在る久米島航路フェリー乗船場を訪ねました。
乗り場と切符売り場を確認し、翌朝8時半出航のフェリーの往復切符を買い求めます。
そして、その足で、R-D1sとSpeedpanchro40mmf2改Mの予行演習を兼ね、晩飯まで、陽の有る限り街撮りを試みます。
では、その足取りを追っていきましょう。
まず一枚目。
泊港から、安里までの道の途中に「崇元寺遺跡」という史跡公園が在ることを、往きの飛行機の中の記事で偶然知って、どうしても行ってみたくなったので、泊〜崇元寺遺跡〜安里〜壺屋というルートを設定し、かなりの距離にはなりますが、そこはそれ、リゾートキブンで街のあちこちで少しでもキョウミ惹くものが有れば、情け容赦なく、シャッターを切ります。
その中で、もう本土ではなかなか見られなくなっている、オースチンのセミクラシックカーが細かいところを見れば錆の浮きなどありますが、全体的にかなりイイ状態で佇んでいたので、一枚戴きました。
かなり輝度差ありますが、フレアにもならず、細部の特徴までかなり上手く捉えています。
そして二枚目。
20分ほどぷらぷら歩くと、崇元寺遺跡の交差点までやってきました。
安里に向かって左側、だいぶ近代化された那覇の街並みの中に、明らかに異質のオブジェが強い存在感を放って鎮座ましましていました。
戦火を浴び、戦後再建された首里城近辺とは明らかに違う、古跡オーラを放っていて、喩えれば、ちょうど、アンコールワットの遺跡群のうちマイナーなものが、高田馬場あたりに引っ越してきたようなカンジでした。
それでも、建物は不幸な戦火で灰燼に帰し、この重厚な石造りの門だけが風雪に耐え、生き永らえてきたのです。
比類無きシャープなこのレンズは、この石造物の上を通り過ぎて行った長い年月が刻み付けた表情までも捉えているでしょうか。
それから三枚目。
歴史の重みに圧倒された崇元寺を後にして、次の目的地、やちむんの里、壺屋に向かいます。
ホントは安里まで来たら、そこからモノレールに乗って、次の牧志の駅で降りて市場の横を通って行ってしまえばすぐなのですが、それでは、街撮りの醍醐味を半減です。
そこで街のあちこちに残る古い時代の痕跡を探しつつカメラに収め、壺屋に向かいました。
そんな旅人のセンチメンタリズムを知ってか知らずか、那覇の誇る最新交通機関であるゆいレールは頭上を滑っていきます。
このカットでは、無限遠に近い付近での周辺光量落ちが面白い効果を出してくれたのではないでしょうか。
続いて四枚目。
安里からまた歩くこと10分程度、やちむんの里、壺屋に着きました。ここでは、もちろん、撮りどころ満載なのですが、二大撮影スポットと言われる、「新垣家住宅」と「南風窯」の二箇所を中心に写真を撮りました。
このシーサーと石積みの壁は、その新垣家のシンボルとなっているものです。
新垣家といっても、例の国民的美女タレントの実家ではありませんので、念のため。
まだまだの五枚目。
壺屋で思う存分撮った後、余勢を駆って、牧志公設市場へ向かいます。
ここでは、もう飽きるほど市場内を撮らせて貰っているので、今回は趣向を変え、市場の周辺の路地で獲物を狙います。
すると、如何にも関西から着ましたよぉってなカンジのカップルが、沖縄そば、沖縄そばと何かの呪縛にかかったかのように足早に陽の射す方向に向かって歩いて行ったので、逆光での性能を示す意味もあり、一枚戴き。
ここでは、不意に画面に入り込んだおばぁが前ボケを示し、肝心のカップルも輪郭に光が回り込む、いわゆるダイアモンドリング現象を引き起こし、ちょっと面白い画になったのではないかと思います。
最後の六枚目。
市場でも十分撮り終え、晩飯まで宿で一休みすべく、国際通りでモノレールアクセスポイントの県庁前まで歩いて移動します。
すると、犬も歩けば某に当るの喩え通り、やってましたやってました、りゅうぼうビル前のイベントステージで地元のアマチュアバンドのフェスティバルみたいなのが・・・
ちょうど、地元出身のエクザイルとか言うグループのコピーやってるグループのステージになると、老若男女総立ちで大騒ぎ、ませたジモティの男の子のカップル2人組も、耳元で愛なんか囁き合っているようです。
大きくなって、「ガチムチの陸尺オトコがだ〜ぃスキ♪」なんてことにならないよう祈るキモチでシャッター切った一枚です。
このカットでは逆光ということもあり、コマフレアがカリカリなトーンに走るのを抑えてくれたようです。
来週はいよいよ、島上陸編、Cine-Sonnar50mmf1.5にバトンタッチです。
乞うご期待!!
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/11/24(火) 22:40:13|
- Cooke Speed Pancro 40mm
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【撮影データ】カメラ:R-D1s、ISO400〜800 絞り優先AE 補整+1/3 全コマ開放
さて、今週無事、日曜の晩を迎えることが出来ました。正確に申せば、写真展のアテンドやら、このところの冷え込みやらで、結構な腰痛を抱えての更新ですが・・・
まずは、写真展完遂の御礼から。
遠くからわざわざ「新宿西口写真修錬会第三回写真展」にご来場戴いたお客様、ほぼ毎日通って戴いたお客様、初日と千秋楽に訪ねて来られたお客様をはじめ、色々な来場客の方々がおられ、そういった方々のご厚情で、何とか無事に写真展を最終日までやり遂げることが出来ました。
深く御礼を申し上げます。
最終日の来場者の方々からも、次回の予定、コンセプトに関し複数ご質問、ご要望がありましたが、修錬会では千秋楽の後の打ち上げというか、反省会で次回のコンセプトに関し、一同、熱い議論を戦わせており、それほど遠くない将来に方向性は決まるのではないかと思います。
ただ唯一決まっているのは、次回も写真展を行うこと、更に斬新なコンセプトを模索していくことです。
さて、本題に入ります。
今回のご紹介は、当工房で最も得意とするArriflex用レンズ改造のうち、いわゆる「第四世代改造」と名づけた、Arriオリジナルの鏡胴から光学系ユニットを取り出し、別のヘリコイド&マウントユニットに移植するという技術で製造したものです。
その光学系ユニットはArri.用Cine-Xenon28mmf2、そして、ヘリコイド&マウントは、何と、エルカン社製3代目エルマリート初期モデルのパーツを奢っています。
工房で異種レンズ間の結合作業である「第四世代改造」を行う際は、レンズのドライヴ量(無限⇔最近接)と距離計連動カムの押し込み距離が合わないので、それを合致させるべく、かなり綿密に実焦点計測と傾斜カムのプロファイル補整を行いますが、今回はその作業は全く不要です。
何とならば、贅沢なことにもエルンスト・ライツ社(当時)はCL用を除く、M用広角、望遠レンズには、全て光学系と距離計連動カムがそれぞれ独立したドライヴ量を持った、いわゆるダブルヘリコイドという機構を採用しているので、光学系の実焦点距離と28mmという基準焦点距離との差が焦点距離vs開放値から求められる被写界深度の範囲であるならば、全く調整不要というワケなのです。
前置きがまた長くなってしまいましたが、作例行ってみます。今回も三本一緒にテストした都合上、深大寺編です。
まず一枚目。
深大寺といえば、蕎麦、かつては豊富な湧き水の水流を利用した水車での蕎麦粉の脱穀、製粉が広く行われていたようで、その名残りの設備が観光用として残してあります。
その夕陽に映えた水車の雄姿を一枚戴き。
ここでは時計で言う1時の位置でピンを置いて、かなり速く回る木製の水車を捉えようとしましたが、中央の水車本体はかなりシャープかつ鮮やかに写っているものの、周辺のオフフォーカス部はかなり暴れ気味です。
続いて二枚目。
陽が傾いてきたため、このところお気に入りの撮影スポットである、深大寺城址に向かいます。
ここでは、日立グループの宣伝に出てきそうな巨大な古木とくたびれたベンチ、そして、無名戦士の墓標の如き石柱が整然と並んでいます。
秋の日暮れ、座る人も居ない侘しいベンチに季節感を捉えようとしました。
ここでも中央は発色もシャープネスも十分ですが、周辺のオフフォーカス部、特に前ボケにあたる箇所の暴れが目立ちました。
そして三枚目。
何枚かシャッターを切って満足した工房主は足早に城址を降り、水生植物園に向かいます。ここで、得意技?の被写界に水面反射を入れた構図にチャレンジしました。
奥から二番目の張り出した木の柱にピンを置きましたが、ここでは、画面内のオブジェ配置の関係もあってか、それほど、周辺のオフフォーカス部の暴れが目立ちません。
まだまだの四枚目。
テスト撮影と並び重要な使命である、新蕎麦の味見も忘れるワケにはいきませんから、水生植物園での撮影が終わり次第、お寺の参道へと向かいます。
その途上で、カラフルな幟がはためいてましたので、発色と奥行き感のチェックのため、一枚戴き。
ピンは手前から二枚目の幟に置いていますが、ここでも、被写界全般にわたり、かなりクリアでシャープで普通の良く出来たレンズみたいに写ってしまっています。
最後の五枚目。
モノの写真ばっかり載せていると、損したキブンだとか、今週はもの足りなかったとか、手厳しい感想を述べられる危険性もありますから、小心者の工房主は、またしても、茶店の姑娘にご登場願います。
姑娘の手許にピンを置いていますが、一見すると、顔がピンボケみたいに見えます。
しかし、同一ピント面である筈の手元を初め胸元など、PCのモニターで2倍、3倍と拡大してみても、ピンの芯は残っており、要は上の強い光源が起こしたフレアと中心部から外れたことによる球面収差のいたずらが引き起こしたソフトフォーカス現象だったようなのです。
このレンズ、Xenonのシャープで醒めた発色というステレオタイプからはちょっと離れた、柔らかめで暖かい発色をする異端児みたいです。
フレアについては、再度、エレメントを点検、清掃してみますが、先に作った、カミソリ並みにシャープな2本(2枚)のパンケーキ型レンズ達と比べても、案外面白いレンズなのではないかと思った次第。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/11/15(日) 21:03:50|
- Mマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:R-D1s JSO400 露出+1/3 絞り優先AE 全コマ開放
さて、まず初めに、私ども新宿西口写真修錬会の写真展も先週金曜から開催させて戴き、愛読者各位の多数ご来臨を賜ったことを深く御礼申し上げさせて戴きます。
ということで、今宵のご紹介も写真展会期前週にテスト撮影に行った深大寺での作例からのご紹介になります。
まず、タイトルをご覧になって、えぇぇぇぇ、ジュピター8Mだってぇ、なんでぇ、深川も不況の影響で遂に屑ぃ〜お払ぃ〜♪に手ぇ出すようになっちまったんだね、夢もひったくれもあったもんぢゃねぇやね、熊さんよぉ! そーだ、そーだ、八っつあんの言う通りでぇ・・・などという市井の民草の怨嗟の声が聞こえてきそうですが、さにあらず、見た目はちょっとキレイなジュピター8Mでも、中身も外見も全然の別物なんです。
今しばしガマンしてのお付き合いを・・・
まず、ジュピター8Mの氏素性について、おさらいを致します。
このレンズは言うまでもなく、1930年代から作られてきたCarl Zeiss社のSonnarのコピーで、そもそもは第二次世界大戦で敗戦国のドイツで東半分を占領したソ連軍が、戦後賠償の一部として、被占領地のJenaにあったCarl Zeiss社の製造設備をソ連国内に持ち出し製造を始め、1945〜49年くらいまでは、名前もそのものずばりZK(Zonnar Krasnogorsk)銘で、50年くらいから、Jupiter8銘、そして60年代から8M銘になったようです。
レンズ構成はもう説明の必要すらないと思いますが、3群6枚のゾナータイプそのものです。
ただ、コーティングはロシアで独自に発達させたEB(電子線蒸着)コートの赤紫系となっています。
当工房には、安いこともあり、マウントパーツや検査機器用、ルーペ代わりとあれば重宝することもあり、安いロシア製レンズが百数十個以上ストックされています・・・正確には着いてすぐ、部品単位にばらして仕分けして仕舞うので、パーツが百数十個分というべきです。
或る時、机の上に転がっているひとつの不動レンズが目に止まり、それを復活させるべく、時代によって、エレメントのサイズ、単体焦点距離、コーティング・硝材が異なるこのジュピター8、8Mのエレメント、そして鏡胴内部の金物を色々組み合わせて研究した結果、検証用として産まれた一本がこのJupitar8M改なのです。
その最大の特徴は、ツァイスゾナー5cmf2のデッドコピーであれば、基準焦点距離は52.1〜3mmでなければならないのですが、一方ニコンのそれはライカと同じく51.6mmのため、ばらしたエレメントのうち、キズの全くないものを選った中から、前玉と後玉の個体焦点距離の短いものをそれぞれ選び、組んではニッコールと投影像の大きさ比較をして、殆どニコンと同じ焦点距離の光学系を新たに作り出すことに成功したのです。
能書きはこれくらいにしておいて、早速作例行きます。今回は、ニコンとツァイスの基準焦点距離の違いを無事クリアしたことを示すため、近距離の被写体中心です。
まず一枚目。
深大寺といえば、中国の水の神様を祭っていることでも知られており、そうでなくとも蕎麦が観光資源となっているように、湧水の質、量ともに大変優れています。
その象徴とも言える寺の境内に井戸があり、参拝前の禊用に用いられています。
その年中流れ落ちる井戸端に茂る水草と、アルマイトの柄杓の対比が面白くて一枚。
オフフォーカス部はフレアっぽくぼけていますが、ピンを置いた手前から二本目の柄杓のアルマイトは極めてクリア、且つシャープに結像しています。
そして二枚目。
深大寺の参道には色々な茶店や料理屋、土産物屋が軒を並べているのですが、その中に「深大寺窯」という観光用の陶芸体験施設があります。
その軒先で、秋の草が渋めの花瓶に植えられていたので一枚戴き。
ここでは、赤い花にピン置いてますが、その前のオフフォーカス部のフレアが何ともファンタジー的になったのではないかと思いました。
それから三枚目。
今度は山門方面に目を転じると、陽も傾きかけた参道のベンチで歩き疲れた老夫婦が杏飴か何かを食べながら、何かしんみりと話し込んでいるようです。
パブロフの狗よろしく、頭の中に「人生が、二度有ればWowowowo♪」とか勝手に流れ、反射的にシャッターを切った一枚がこれでした。
何か寂寥感みたいなものも写り込んでいるのではないでしょうか。
ただ、少し離れた山門を挟んだ反対側の参道に面した土産物屋前を歩く人々は、つのだじろうの恐怖新聞か、ムンクの叫びみたいに歪んでしまっています。
まだまだの四枚目。
頭の中の音楽が鳴り止むのを待って、深大寺窯の前を再び張り込むと、清楚なカンジのお嬢さんが、陶器を手にとって品定めに熱中しています。
そのシルエットが美しかったので、一枚戴き。
ここでは、人工光と沈み行く陽光がブレンドされ、しかも被写界に点光源が写り込むというシビアな条件だったにも関わらず、この頑張り屋さんのレンズはかなり目で見たままを忠実に捉えています。
最後の五枚目。
ちょうど、太陽が地平線に姿を消そうという頃、例のお饅頭屋さんは商売最後のひと踏ん張りに励みます。
小生のように、アヤシゲなカメラ持って、目をぎらぎらさせて獲物(被写体)を探しまくる不審人物に声かけて勧誘したところで、甘いものなど買い求めて、ほんの僅かな時の移ろいを楽しもうなどと考えよう筈もなく、徒労に終わることは一目瞭然ですから、いかにも柔和な雰囲気を漂わせた夫婦者にターゲットを絞り、巧みなセールストークの釣瓶撃ちです。
その甲斐有って、あまりカメラ関連にお金かけないけど、その分、生活のグレードには気を遣ってますよぉぉぉってなご夫妻が店頭で味噌おでんかなんかを頬張って、自発的モデルになってくれたのを有り難く一枚戴きました。
ここでも、かなり難しい光線条件にも関わらず、上手い具合いに夕暮れ感を醸しだしてくれました。
今回の感想としては、通説は必ずしもアテにはならず、自分で手を下さないと真実は見えてこない・・・ということでした。
テーマ:ニコンSマウント - ジャンル:写真
- 2009/11/08(日) 23:17:10|
- Sマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE ISO400 補整+1/3 全コマ開放
また月日は巡り、早くも日曜の晩、深川精密工房ブログ記事更新の夕べがやって参りました。
今宵のご紹介は、少しまともなもんでもご覧戴こうと考え、某開発途上のレンズ2本の比較用伴走機としてロケ地に持参した、Leitz Hector5cmf2.5 Chrome-finisedです。
このレンズはLeitz社がいわゆるバルナック型と言われるボディと共に世に送り出した量販レンズ群の中では、エルマーに次ぐ古参にあたり、1931年にボディとの個別調整を前提としたフランジバック未定の距離計非連動モデル、次いで1932年に距離計連動モデルが発売され、1931年から1948年までで10000本程度製造されたとされています。
中でも、製造時期的に大半を占めるのはニッケル仕上げで、クローム仕上げは数が少なく、一応はレアアイテムとなっています。
構成は3群6枚、判り易く言えば、トリプレットの3枚を全部凸凹の貼り合わせにした進化型ということなのでしょうか。
或いは、Leitz社の主力レンズたるElmar5cmf3.5を約一絞り明るくするため、前2枚を貼り合せにしたと見ることも出来るかもしれません。
何れにせよ、10000本のうち、9000本以上が1933年までに製造されていて、この個体もノーコートで、数年前に当工房に辿り着いた時は中も煤けたカンジで汚れていたので、エレメントを取り出し、クリーニング、コバ塗り、そして絞りの油脂滲み拭き取り、エレメントの回し積みという地道な作業の結果、通常のズミターのコーティング付きとは同等、同じ年生まれのゾナーであれば絶対に負けないまでのコントラストと画面全体に亘る画質の均質性を取り戻すに至りました。
さて、前置きはこのくらいにして、早速、作例行ってみます。
まず、一枚目。
今回のロケ地は深大寺、ちょいと工作が延びたので、日も傾き始めた15時半近く、かなり整備されたレンズでもノーコートであるため、このくらいの日加減がちょうどイイ時間からの撮影開始となりました。
まずは、近接距離での解像力テストを行うことから、山門前に植えられた愛らしいコスモスを最短近くで撮影しようと、バックに人物が通り過ぎる瞬間を息を殺して待ち続け、レリーズ切った一枚です。
花弁の儚げな質感と柔らかなバックの人物のボケが何とも言えない立体感を醸し出し、このところ、専ら使っていたシネレンズとはまた一味違った味わいに満ちた描写に心奪われた一枚でした。
そして二枚目。
山門から右手に目を転じると、お団子やらお餅の類いを売っていて、店先の腰掛石みたいなところで、お茶を供する茶店状の店舗があります。
ここでは、若い小姐から、そうとも言えない小姐が複数名で、道行く観光客に声を掛け、休んでいくよう勧誘しています。
その店舗前でいきなり営業活動中の小姐服務員を激写するのも憚られたので、一年ぶりのギャップを埋めるべく、まずはお隣のお店のたぬき越しに店先を伺うべく一枚。
しかし、開放でしか撮らない小生は、単なる電灯光が写りこんだ明暗差有るボケにしかならず、目論見は失敗に終わったのでありました。
それから三枚目。
中腰でたぬき越しの撮影を終え、目を山門手前付近に転じると、何やら人だかりが・・・
NHKの「おはよう日本」は生放送だし、何かの映画、TV・ロケなら照明係りとか、人だかりを整理するスタッフが居る筈なのに何だろうと思い近寄ってみると、近所のお年寄りが老犬と一緒に散歩してて、どういう風の吹き回しか、小々姐達が家族でくつろぐ輪までのこのこやってきて、嬲りものにしてくれと言わんばかりに真ん中にどかんと伏せて、ご休憩モードに入ってしまったというのです。
この椿事に喜んだのが、この年端も行かない小々姐・・・中腰で恐る恐る頭を撫でていましたが、犬が無抵抗なのを知ると、次第にエスカレートして、しゃがみ込んでかなり丹念に頭から肩、そして背にいたるまで、良い子だねぇ・・・などと甘い囁きを投げかけながら撫で回し、耳をを持ち上げて、ハロウィーンの魔物のカッコにでもしようとしたところを小生に撮られそうになったので、睨み付けているという顛末でした・・・横に居た両親はただ苦笑するばかり。
ここでもこの偉大なるワン公の名前を付けられた古えのレンズはズミクロンもかくやあらんという解像力でワン公の体毛から、小々姐の洋服のテクスチャまで忠実に描き切っています。
続いて四枚目。
この絶妙のシャッターチャンスに勇気付けられ!? いよいよ、幅広い年齢層の女子服務員さん達が勤労する茶店の店先に向かいます。
ホントは誰かが何か買って、営業用スマイルでも浮かべてるとこを一枚撮って、さっさと切り上げ、また蕎麦でも食べに行きたかったのですが、待てど暮らせど、なかなかお客さんはやって来ません。
最後の禁じ手としては、お店で何か安いものでも買って、その代わりにモデルになれ!!と強要し、甘味もろとも営業用スマイルを買い取ってしまうという手もないではないですが、あくまで持論は「スマイルO円」なので、粘り強く待ちます。
しかし、じっと遠巻きに張り込みの刑事みたいにカメラ構えて店先を窺っていた小生に対し、小姐服務員も根負けしたのか、しょうがないわねぇ・・・ってかんじの目線を投げかけてくれたのでした。
このカットだけでなく、3本のレンズでアングル変え、ここのお店には10枚以上、お役に立って戴きました。
さすがに強い白熱灯には、フレアというかゴーストが出てしまいますが、それでも、ノーコートにしてはかなり暗部も捉え、高めのコントラストでシャープに描写していると思います。
日暮れみたいに画面全体が暗めなのは、敢えてAEの露出補整を上げず、夕暮れっぽい雰囲気出したかったため、白熱灯でアンダーとなったからです。
最後の五枚目。
茶店の小姐服務員との持久戦に勝利し、束の間の満足感に酔い痴れ、ふと耳を済ますと、子供達特有のざわめきが聞こえてきました。
振り向くと・・・そう、この日は伝統的コスプレデーであるハロウィーンだったのです。
いたいけな小姐や童子達が、思い思いのカッコで伝統的仏教史跡である深大寺の構内を練り歩く、何と寛大な宗教のクロスオーバーなのでしょうか。
日頃敬虔な仏教徒の仮面を被りながら、クリスマスやバレンタインデーと言った異教徒の祭りに寛容などころか、伝えたと思われる日本人以上に血道を上げるタイの若者達のことをふと思い出しました。
このカットでは、かなり強めの白熱灯の光を浴びて、白いドレスはフレアっぽくなって、ノーコートレンズの素性を現してますが、それでも、ピンを置いた、画面奥のピンクの小々姐のコスチュームは素晴らしいシャープさで捉えられており、期待を裏切らない写りとなりました。
今回のフレアやゴーストの多くは、恐らく、CCD前面のフィルター類と複反射が起こっての現象でしょうから、今流行りのエクターフィルムで撮れば、更に好みの画像となるだろうということは想像に難くありませんでした。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/11/01(日) 22:59:04|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】カメラ:Zeissikon ZM 絞り優先AE 全コマ開放 フィルム:Kodak Ektar100
回る月日は糸車と申しますか、早くも更新の日、日曜の夜がやって参りました。
今夜のご紹介は佐原総集編ということで、工房の秘密兵器、瀬戸内ツアーでも大活躍していた、独Carl Zeiss社の誇る、Arriflex用標準レンズBマウント期の最高峰、Cine-Sonnar50mmf1.5の登場です。
記憶の良い読者の方であれば、んんん、これって二度目ぢゃね!?という疑念を抱かれてしかりと思いますが、さにあらず、先般のエレメントにクラック入りのものは、Zeiss Opton製の戦後型で、こちらは、戦中型のZeiss Jena製のものです。
実は、工房では先のOpton製のものに加え、某有名中華ブロガーの方からのたっての依頼で一基Lマウント化しているため、今回のJena製個体は通算三号機となります。
このCine-Sonnar50mmf1.5も基本的には、レンジファインダー用のSonnarとレンズ構成は変わりなく、前から、凸1、凸凸凹1、凹凸凹1の3群7枚構成となっています。
そもそも、このSonnar50mmf1.5は同じくf2とともに1931年にC.Z社のベルテレ氏が特許を取得していて、その直後、1933頃にArnold&Richter社がArriflexをまずは軍用、一部報道用として実用化していますから、どちらも同じような時期に産まれた光学機器界の寵児だったのです。
そして、このSonnar50mmf1.5はまさにArriflex用交換レンズとしては、PLバヨネットが投入されるまで、つまり戦前、そして80年代初めまでは、戦後生まれのCooke Speedpanchro50mmf1.5spと並び、映画界最強のハイスピードレンズだったわけです。
第一線を退いた今も、この吸い込まれるような美しいエレメントはまさに「夜の女王」の面目を保っているのではないでしょうか。
では、早速、作例行ってみます。
まず、一枚目。
佐原祭りも最後の三日目、お茶をした一行は、最後の追い込みとばかりに小野川の下流、与倉屋の大土蔵近傍を決戦地と決め、悲壮な決意で出撃し、遥か彼方に牧歌的なお囃子を奏で、手古舞社中兼、綱引き人夫の一行を侍らせ山車がやってきました。
その水面に写る勇姿を一枚戴きました。
日は傾き始めましたが、冷たくなってきた水面に写る山車と一行の姿はとても美しく捉えられていると思います。
そして二枚目。
その山車一行が布陣地までやって来たところ、我々部隊は、タコツボから飛び出し、ゲリラ攻撃的にスナップをしかけます。
その中で、an・an、non・noみたいなファッション雑誌の読みすぎぢゃね?ってカンジのポーズを決めまくり、虚ろな目線を宙空に彷徨わせる小姐を狙撃。
と思いきや、シャター落す瞬間に、敵もさるもの、大口開けて絶叫する別の小姐の、画面内へのバンザイ突撃で、あえなく玉砕してしまったのであります。
それから三枚目。
ご本尊様であらせられるカエル印の移動要塞こと、小野道風山車は休憩もしくは補給のため、暫し、進軍を休止しています。
ここで、また我々は果敢に奇襲を掛けます。
ちょっとイイ男ぶった男衆が無謀にも小野川の手すりに腰掛け、小姐戦闘員と暫し歓談に耽っています。
手すりの向こうは冷たい水面がおいでおいでをして待っているというのに、なんと命知らずな男衆なのでしょうか・・・
でも、そんな杞憂ばりの妄想を持って、このシーンを撮っていたのは我々くらいで、客観的に見れば、すがすがしい青春の1コマにしか見えないのでありましょう。
合焦部はシャープでクリアですが、後ボケはちょっとだらしなく崩れてしまっています。
まだまだの四枚目。
今度は180度目を転じて見ると、非戦闘員である筈の年端もいかない小々姐が武具の手入れと戦陣訓の復誦かなんかをやってます・・・んなワケないか。
休憩中の小々姐達の粋な姿が、小野川沿いの土手の緑もバックに映えていますので、一枚戴き。
ここでは、見事お約束どおり、背景の草がぐるんぐるんに渦巻いています。
最後の五枚目。
移動要塞を遥か後方に望み、カエル軍達一向に進軍の気配がありません。
そこで、この軍律の緩さにつけこみ、果敢にスナップ攻撃をしかけるのですが、いたいた、まだ中学生くらいなのに、驚くようなリーダーシップを発揮してしまうような小姐が・・・
たぶん、或る小姐が「自分はもうダメであります、進軍の足手纏いにならぬよう、この場に捨て置いて下さい、身はこの場に朽ち果てようとも、護国の鬼と化して、皇軍の必勝を祈念致しますから・・・」とか殊勝なことを述べたので、「精神注入棒が必要なようだな、ちょっとこっち来い!」と手を引き連行していくようでした・・・んなわけないか。。。
ってなことで、手にするものをすべて従軍カメラマンキブンにしてしまうかの如き魔力を持ったレンズと半日過ごしたのでした。
めでたし、めでたし。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/10/25(日) 22:39:18|
- Mマウント改造レンズ
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![content[1]](http://blog-imgs-15-origin.fc2.com/p/w/f/pwfukagawa/20091024203444cf1.jpg)

愛読者各位
いままで黙っててごめんなさい。
遂にこの場を借りてご報告することになりました・・・40オトコの結婚会見!ぢゃなくて、
秘密結社"新宿西口写真修錬会"の第三回写真展です。
勿論、お代は見てのお帰り・・・ぢゃなく、このご時世、太っ腹なことにタダ!!!
御用とお急ぎでない方は、八丁堀まで来て、是非見てって!!
ここで発表していない、シネレンズ改造ライカマウントで撮った、ド迫力の半紙以上のプリントがギャラリー狭しと貼り散らかされてますんで(汗)
テーマ:いろんな写真 - ジャンル:写真
- 2009/10/24(土) 20:38:45|
- Arri改造レンズ群
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE、レンズ:1&2枚目 Cine-Heligon50mmf2、2〜6枚目 Ektar40mmf1.6、全コマ開放
さて、また日曜の晩がやって来て、深川精密工房ブログも更新です。
今回は、出番から言えば、工房附設秘宝館からのコレクションのご紹介としたかったのですが、某所で「深川のブログは出し惜しみしてて、更新の記事が古い云々」とのお叱りを受けましたので、別に速報性が命みたいな報道サイトぢゃなし、気にすることもないのですが、ま、こういうシーンもあったのですよぉ〜〜〜(笑)ってカンジでご紹介するのもまた一興ってことで、今宵のテーマは今月10〜11日に新宿西口写真修練会有志、並びに写真業界の大御所Iさんと出かけた佐原祭りの各シーンです。
まず、初めに機材の確認ですが、来月上旬にシネレンズで撮った作品だけの写真展を仲間内でやるので、そのレギュレーションに合致させるため、今回のお供も、琵琶湖東岸、瀬戸内ツアーの過去2回の撮影旅行同様、シネレンズのみをお供にしました。
今回の陣容は、R-D1sとZeiss Ikon ZMの2台のボディに、レンズが32mm、40mm、そして50mmが2本です。
そのうち、今回はR-D1sで撮影した2本、即ち、Rodenstock Cine-Heligon50mmf2と、Kodak Cine-Ektar40mmf1.6の作例からのご紹介です。
では、早速作例のほう、行ってみましょう。
まず、一枚目。
これは、佐原駅北口にバスが着き、先に到着していた仲間を捜し当て、その案内でお祭り広場みたいになっていた、駅近所で、いきなり、総州が産んだ歴史上の最有名ヒロイン、お富さんのカッコを地でいっている小姐が居たので、後ろからそぉっと近づき、一枚戴き。
横の母親は苦笑しながら、ほらみっともないカッコしてるから、写真なんか撮られちゃったぢゃないの・・・と子供を揶揄するのみ。いいえ、結構です、正面向いた、すまし顔なんか興味ありませんからということで早々に離脱。
四種類の赤の描き分けにご注目あれ。
そして二枚目。
他の仲間と合流するため、いつものルートとは異なる、駅から最短で上流向かうルートで歩き、川沿いの道に出ると、居ました、居ました、藍染の法被の小姐が・・・
川沿いの風情有る景色の中を颯爽と並んで歩く後姿を一枚戴き。
さすが最優秀オーピック型のひとつだけあって、一番渦巻き易い背景の柳の枝葉もまるで午後の凪の如く静まり返っています。
それから三枚目。
やっとのことで、同行の仲間全員と合流して、暗黒蕎麦を食し、午後の散歩も兼ねて、また撮り歩きながら、小野川の下流、与倉屋の大土蔵方面を目指します。
この時点で、レンズはR-D1sで最後まで使うCine-Ektar40mmf1.6に交代。
すると、この街と深川を結ぶ、江戸末期の偉人、伊能忠敬記念館を過ぎて暫く行ったあたりで、当日、何回か目にしたお囃子船が川をまた遡ってくるではありませんか。
上流では、俄かカメ爺、カメ兄達の厚いピケラインに阻まれ、良好な撮影ポジションが取れなかったのですが、ここでは、全然、阻むものなし、かなり自在なアングルで船を捉えることが出来ました。
このレンズもやはりオーピック型の優等生なので、ヘリゴンにも決してひけをとらない優れた描写を見せてくれます。
ただ、元が16mmフォーマットのシネなので、R-D1sのAPS-Cでも距離によってはケラレが出ます。
続いて四枚目。
撮って、歩いて、伊能家の子孫達がやっているという茶店でお茶なんかしているうちに日は暮れ、いよいよ、お楽しみの夜祭りステージに入ります。
7時半近くに大御所Iさんが合流し、メシ食ってから夜祭り撮ろうという流れになるのは目に見えていますから、その前に軽く肩慣らしで、夜店なんか冷やかすフリして何枚か戴き。
そのうちの一枚がこの粋でいなせな捻り鉢巻の小姐のお買物図。
これはこれで日帰りの去年は撮れなかった成果で満足出来ました。
まだまだの五枚目。
このお祭りでは11基の山車が街狭しと練り歩くのですが、それぞれの飾り付け、ライティングにも工夫が合って、軽快なお囃子を演奏しながら夜の街を照らしていくのです。
その中で、至近距離を通り過ぎようとした山車を見ていたら、偶然、演者の一名と目が合い、礼儀としてすぐ視線をそらしましたが、どうやら、先方は「オマエ、カメラ持ってるだろ、このシーン良いから撮っとけ!!」と目配せしてくるようです。
で、意を決して撮ったのが、この真っ赤っかな、おぃちゃんの写真・・・ストロボ持ってけば良かったぁ・・・ってとこでしょうが。これはこれで見た目に近いので良しとしました。
最後の六枚目。
翌日は朝9時に宿出て、大御所引率のもと、一行はお祭り激写モードで緊張感一杯にお祭り地帯に突入です。
途中昼飯をはさみ、某著名ブロガー?T氏が途中退場し、暫くしてから、途中参加のG氏が2眼レフ他珍妙な撮影機材満載で合流しました。
ここで総勢4名となった一行はまたキブンも一新し、夕暮れまで撮り歩いたのですが、何と、去年は無かった趣向で、観光名所のひとつ、与倉屋の大土蔵前まで、カエル付きの山車が出張してきたのです。
もちろん、手古舞社中も一緒ですから、賑やかなこと、華やかなこと、この上有りません。一行は喜び勇んでシャッターを切りまくったのでありました。
めでたしめでたし。
- 2009/10/18(日) 23:22:42|
- Arri改造レンズ群
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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO160 絞り優先AE 露出 +1/3 全コマ開放
今週も、ややマンネリ化の感、なきにしもあらずですが、瀬戸内の旅から行きます。
まず、ロケーションですが、先週ご紹介した、今、一番ホットな景勝地?鞆の浦のすぐ目の前に浮かぶ、仙酔島という無人島です。
ここは無人島とは言いながら、本土側の鞆の浦にも負けない大きな観光ホテルがあったり、国民宿舎があったり、ホテルの名前が「人生感の変わる宿」とか、???の拭い切れない不思議な島です。
で、今回の旅のお供、隠し玉第二弾は、独Astro Belrin社製の超稀少シネレンズ、Gauss-Tacher32mmf2を深川でMマウントに改造したものです。
旅写真しか興味の無い方々には、退屈以外の何物でもないでしょうが、恒例のレンズのご紹介をひとくさり・・・
このGauss-Tacherという名のレンズ、戦後、AstroBerlin社が、Pan-Tacherと共に売り出したシリーズで、開放値は全てf2で、15mmから250mmまでの16の焦点距離の製品をラインナップしています。
では、発売年はといえば、手許の資料では、1963年のAstro社のカタログには既にPantacher共々、全焦点距離の構成図と諸元表が付いていますから、その前後と考えて良さそうです。
そして、このGauss-Tacherとは、その名の示す如く、構成は前後完全対照型の綺麗な4群6枚のWガウス型(正しくはOpic派生型?)となっています。
このレンズは元々、おなじみのArri用か、Cameflex用にパッケージングされ、世に産まれ出たらしいのですが、ドイツの売主を旅立ち、深川にやってくる時には、裸同然の光学ユニットと絞りの後付け真鍮リングだけの状態でした。
しかも、可哀相なことに写りに一番影響する絞りの後ろの→】に油か何かの染みとうっすらとした曇りがあったので、信頼している、川崎の救急病院へ入院させました。
二ヶ月の療養の甲斐有って、再び手許に戻って来た時には、見違えるくらい軽々とした透明感有るエレメントに甦っていました。
これだけ綺麗に仕上げて戴いた以上、ただ良く写るだけでなく、オリジナリティ、操作性も考えて、優れた改造しなければ申し訳が立ちません。
そこで、考えたのが、先に製造した"Devil's Pancake"の実装・計測技術、深川で言う、第四世代改造技術の応用です。
今回は丸々ハウジングが無い状態で、古いArriのレンズから取り出して新たなハウジングを与えた前回改造とは違い、実装状態が判らなかったため、光学ユニット固定で余計な応力が掛からないよう、材質、厚みまで丹念にチェックの上、新たなヘリコイド、マウントを備えたハウジングに移植するため、高張力真鍮のインゴットから固定用フレームを削り出し、ヘリコイド連結用のジュラルミンの補強リングも厚肉シームレスから切削でワンオフ加工です。
固定もかなり骨が折れましたが、それ以上に大変だったのが、傾斜カム加工です。
32mmの光学系に50mmのヘリコイドプロファイルを組み合わせていますので、かなり急峻度の高い傾斜カムを切らねばなりませんでした。
これは、工作機械で荒切削したあと、精密ダイアモンドラッパーで手削りしてプロファイルを造り出しました。
と、いつもの苦労話じみた前置きが長くなってしまいましたが、作例の紹介いきます。
まず、一枚目。
鞆の浦の目の前に浮かぶ仙酔島に渡るには、渡し舟を使うか、命がけで泳いで亘るか、善良な漁民の船をハイジャックするしかありませんが、一番手っ取り早くて安全な、市営? の渡し船を利用しました。一時間に何往復か出ていて、5分そこそこで着いてしまいます。
まず波止場についたところで、親子水入らずで、時より打ち寄せる高波をもろに浴びながらも狡猾な魚達にえさを与えるような、全然釣果無しの釣り人がイイ案配に夕陽を浴びて立っていたので一枚。
子供の青紫のシャツにピント置きましたが、皺までくっきり捉えています。後ボケも暴れてません。
そして二枚目。
波止場から、ホテルやら国民宿舎やらが密集する広い砂浜へ続く細道を抜けると一面に瀬戸内の海が広がります。
さすが、「人生感の変わる宿」に来たお客様各位、夕陽に映える浜辺を彷徨い、何か思うところがあったのでしょうか、倦怠感の漂う画となってしまいました。
それから三枚目。
砂浜の上の方、国民宿舎方面に目を転じると、この閑静で侘び、寂という言葉が似合いそうな"無人島"の砂浜に、カリフォルニアあたりの砂浜で二の腕に刺青でも入れたマッチョマンが、若き日のファラ フォーセット メジャーズみたいなブロンドの小姐でも誘って「無人島でも行って、愛を語らい合おうぜ☆」などと臭いセリフ述べながら波打ち際までダァァァとか押して行きそうな、センスない配色のボートが放置してありました。でも、夕陽のオレンジには妙に映えていたからこれまた不思議です。
ここでは、FRP製のボートの質感がなかなか良く捉えられているのではないかと思いました。
続いて四枚目。
砂浜を渡りきると、島の周囲を巡る通路が有るようなので、そちらに歩いていきました。
通路に繋がる小高い場所に上がると、砂浜の全景が手に取るように見えます。
よほど歩きづらいのか、或いは前世・今世・来世まで誓い合った仲なのか、全く同じ足の上げ下げでこちらに向かってくる、一種異様なカップルさんが居たので、証拠写真を一枚・・・てなワケでもないですが、夕陽の砂浜の情景図です。
踏み荒らされた砂浜のパターン、カップルの前方に伸びる影の捉え方が素晴らしいと思いました。
最後の五枚目。
結構きつい登り道、細い通路を通り、また波に洗われる岸壁を這う小径に出たのですが、暫く行くと、な、何と通路の崩落により、この先行き止まり・・・
ただの通行人にも等しい旅がらすの小生はまだイイですが、「人生感を変える」ためにここに逗留しに来た人々はどうするのでしょうか??? 閉塞感に打ちひしがれるか?或いは、「この先行き止まり」の看板をもっと手前に出しておいてくれなかった行政を怨むのか???
さぁ、戻る途中、また登ってきたお客さんに、この偏屈な工房主人は「行き止まりですよ〜〜〜」と、教えてあげたのでしょうか・・・
いずれにせよ、近景から無限遠まで破綻なく描写しています。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/10/12(月) 23:04:51|
- Mマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:Zeiss Ikon ZM レンズ:Cooke Kinetal50mmf1.8改 mod. M by F.G.W.G.
全コマ開放、絞り優先AE 露出補整+/-0、 フィルム Kodak Ektar100
さて、今宵のご紹介は、先に某友誼電站にて取り上げて戴いたので、こちらでも素通りしてしまう訳にはいかず、「鞆の浦」の写真は11月の写真展でどうぞ♪としたかったところ、ほんの予告編のご紹介です。
もう既に新聞・TV等メディアでも取り上げられていますので、ご存知の方々多いと思いますが、この日本屈指の景観を誇る、広島県福山市鞆の浦では、港の一部を埋め立て、その地区を挟んで湾を跨ぐ海上架橋をするかしないか、で地元が二分して議論が沸騰し、遂に反対派が、県・市に対し、国が開発申請を受理しないよう、開発の差し止めを求めた裁判を起こしていたのです。
確かに、小生滞在中にも、狭い街中の道路で離合が上手く出来ず、路地のような通りに他府県ナンバーの車が数珠繋ぎになって小渋滞を起こしたり、片や、警察が何台もミニパトを繰り出し
拡声器で堤防沿いの道路脇への違法駐車を止めるよう勧告しても一向に移動する気配なく、それどころか、警察が空けていった場所にミニパトが通り過ぎ次第、また別の車が違法駐車を繰り返すという、通りすがりに見ていても、腹立たしい状況すら目の当たりにしました。
そもそも、このように道路、駐車場インフラが非常にプアだと分かりきっているところに自家用車で殺到し、ましてや迷路のように狭い道が入り組み、旧家の軒先が道路ぎりぎりまでせり出しているような江戸時代から変わっていない古い町並みの中まで車を乗り入れようとするのか???
自ら運転する自分でも、彼らの思考は全く理解出来ませんでした。
こういうケースは、自分ならば、街へのアプローチは100%公共交通機関を使います。
ましてや、猫の額ほどの狭い鞆の浦の町の隅々まで見て歩くなら、徒歩で十分ですし、体力的に自信がないのであれば、自転車でも良いのではないかと思います。
今回の港湾埋め立て+架橋の工事は、要は福山市外からの車でのアクセサビリティを改善し、この過疎が進んだ鞆の街に活気を取り戻そうというような趣旨でした。
果たしてそうなるのか?
個人的には、答えはノーであろうと、申し上げざるを得ません。
確かに交通の便が悪いと定住人口が減る、しかも若年から流出していってしまうという現象は否定出来ません。
例えば、小生が年一回は訪問する奈良県奥地の天川村、ここも、一番最寄りの近鉄吉野線の下市口駅から一日2往復のバスで片道1時間近くかけなければ、村に辿り着くことは出来ず、村にはコンビニもなければ、高校すら有りません。
しかし、村に残ったお年寄り達は、この先祖伝来受け継がれてきた誇り高い歴史の十字路でもある村を捨てようとはしませんし、都会から隔絶されたロハスな生き方に魅せられて、引っ越してくる世帯も有るようでした。
翻って、この鞆の浦はどうかといえば、最寄りの大都会の福山とは、一時間に4本出ているバスで30分少々で結ばれていますし、そのまま新幹線に乗れば、半日もしないで東京へも出られます。
かくして、今回の裁判、広島地裁の判断は小生の私見と同じく、埋め立て+架橋を前提とした開発はノー、というものでした。
しかし、これは、開発推進派の「利便性」の意見を反対派の「景観保全」が押し切って、このままのプアな道路他社会インフラのまま、みんなでガマンしなさい、ということではなく、もう一回、双方が頭を冷やして、将来への影響を最小限にすることに知恵を出し合い、生活の改善をどうすべきか話し合いなさい、という趣旨と捉えています。
と、かなりシリアスでヘビーな前置きとなってしまいましたが、今回の作例のご紹介行きます。
今回は、今までデジタルでしか撮影したことのない、Cooke Kinetalと、今が旬の新鋭フィルム、Kodak Ektar100の組み合わせです。
まず一枚目。
これは、「鞆港」バス停の目の前で青空市場のように野菜・果物を商っていた近隣の農民の中年女性のところに、外国人ツーリストの男女のうち、男性の方が、何故かリンゴが欲しくなったらしく、買い求めたところを捉えた一枚です。よりによって、この悪ノリ外国人、小生がシャッターを切った後
ニカッと笑い、ピースなんかしたので、完全にシャッターチャンスから外れた一枚となってしまいました。
エクターにしては渋めの発色ですが、登場人物二名の衣服は妙に鮮やかにシャープに捕らえています。ボケはかなり崩れ気味です。
そして二枚目。
バス停から、名物の常夜灯まで辿り着くには、商家の軒先を縫う、狭い路地を通り抜けなければなりません。
その路地を一本抜けたところに在る、酒屋の軒先の本物の瓦の「ともえ」の質感に惹かれ、一枚戴き。上がった後、う〜ん、下のいけばなに合わせた方が良かったかなと思うことしきり。
木塀の路地がイイ案配にボケて、気だるい午後の雰囲気を演出しています。
続いて三枚目。
お目当ての常夜灯の在る埠頭への小径には何軒かの「保命酒」のお店があります。
この「保命酒」というのは、知名度では、全国区メジャー制覇の「養命酒」や「陶々酒」には敵いませんが、ここ福山の地で1650年代に大阪出身の医師が製造を開始したとのことで、ペリーの饗応に供されたり、幕府への献上品だったりとかで、かなり歴史有るお酒で、この街の人達の誇りとなっているようです。
で、この時代ものの木の看板の雄姿を一枚戴いたわけです。バックの木の看板その他はやや二線ボケ傾向となってしまいました。
まだまだの四枚目。
バス停から、シャッター切りながら、道草して歩くこと20分、やっと名物の常夜灯に再会出来ました。
何でも、この常夜灯と、石組みがコロッセオの段々のように積んである雁木造りの港は、世界でももう、ここでしか残っておらず、それがこの貴重さのひとつとのこと。
そんな能書きはさておいても、何かこの風景を見ていると、心が静まります。
この後ろに見えている島の前に橋が架けられるところだったのです。
それから五枚目。
常夜灯の健在ぶりを見て安心したので、市内のあまり歩かなかったあたりを徘徊してみました。
すると、前回見落とした、面白い景色が有るわ、有るわ・・・床屋だか髪結いだかを改造したカフェなんかが想定外の裏通りの角なんかにあったりして、徒歩で回ると飽きることを感じません・・・なんで、皆クルマで来たがるのか???
最後の六枚目。
裏道を暫く歩くと、街でも大手の「保命酒」の蔵元兼、即売所の開かれている通りに出ました。
土蔵造りの建物と張り出した軒先、そして石畳がイイ風情を醸し出しています。
実は、同じカットを別のレンズを付けたR-D1sでも撮っており、そちらには、ま、美小姐と、言えなくもない被写体の後姿が写りこんではいるのですが、この時代がかった醒めた通りの色調が、あまりにも鮮やかで賑やかに写ってしまったので、NG、こちらを採用した次第です。
今回の総括としては、海外旅行も、国内の温泉とか、もっと派手な観光地に家族や仲間と繰り出すのも、有効で意義有る連続休暇の過ごし方かも知れませんが、このように、一人、お気に入りの機材をカバンに詰めて、不案内な古い港町を彷徨うのも、とてもかけがえのない楽しい時間を過ごせたということでした。
テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真
- 2009/10/04(日) 21:19:42|
- Mマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE ISO200 露出補整 #4以外 +/-0、#4 -1_2/3、 ロケ地 生口島
さてさて、一週間、シルバーウィークとやらでふらっと旅など出てしまい、更新をサボってしまい、事情を知らなかった方にはご心配をおかけしたのではないかと小心者の工房主は気に病んでの更新です。
今回は5連休のうち、4日間を使い、瀬戸内濃度の一番濃い地帯?尾道、鞆の浦、倉敷を訪問して参りました。
そして、旅のお供は新作のシネレンズ3本+既存1本です。
そのお供のうち、仲間内のレヴューで結構ウケが良かったSpeedpanchro40mmf2の作例のご紹介です。
各所でそれぞれのレンズをデジ、フィルムで試しましたが、今回は、生口島という、尾道から高速艇で40分ほどの緑豊かな、沖縄とはまた別種の島時間の緩やかな流れに身を置いて撮ったものをご覧戴きたいと思います。
まずはその前にいつもの、機材の能書きを少々。
このCooke Speedpanchroというレンズは、ここではかなり一般的になってしまった、ドイツのArnold &Richter社(Arri.社)の出す、映画撮影用カメラ、Arriflex35シリーズの交換レンズのひとつで、何故かドイツのカメラなのに大英帝国が世界に誇る、Rank Tayler Hobbson社が供給するシネレンズです。
そもそも、このArriflexは、Carlzeiss社のレンズ付きで1930年代初頭にスタートしたものが、初めは報道用の動画撮影、そして劇場用とバリエーション、生産数が増えるに従って、様々なレンズメーカーが交換レンズを供給するようになりました。
工房主が知る限りでも、Carlzeiss、Schneider、AstroBerlin、Rodenstock、Kilfit、そしてフランスではKinoptik、Angeniuex、Somberthiot、米国ではKodak、Bosch&Lomb、Wollensak、英国ではこのRTH社、日本からもニコン、キャノン、コーワ、フジノンが供給していました。
ワンオフのものを含めたら、 もっとあるのかも知れません。
肝心のこの個体は、おそらく1960年代後半から70年代初頭までに作られたものではないかと思います。映画用レンズは基本的にスタジオの備品であると同時にとても高価な産業機械であったので、民生用と違い、メンテナンスの都度、当時の最新の仕様で取り込めるものは取り込んで修理することが良く行われたらしく、比較的古い鏡銅の中にかなり新しいマルチコートのエレメントがさりげなく嵌めこんであったりしますので、鏡胴形式やナンバーで製造年代を特定するのはかなり難しいのです。
とはいうものの、このレンズが電子湾で釣り上げられて、家に届いた時、描写性能を大きく左右する中玉には、絞りの羽から飛んだと思しきオイルスポットや曇りが見受けられ、試写するまでもなく、初期性能は望むべくもないだろうと推測されましたので、川崎の或る時は駆け込み寺、或る時は緊急病棟であるKファクトリーに持ち込んだのです。
先方でも、そもそもこのレンズは整備マニュアルも基準MTFもないので、ベストでの分解整備ということでお引き受け戴きましたが、2ヶ月弱ほど経って、引き取りに伺い、完成品を手渡された時、もう大丈夫との確信を持ちました。
そして、ここから先は工房の腕の見せ所、キレイに直して戴いたエレメントは勿論、鏡胴にも削ったり、接着剤で何かくっつけたりすることなく、メカニカルなパーツ装着だけで、回転ヘリコイドの直進化、そして、マウント変換&フランジバック調整、そして傾斜カム装着による距離計完全連動化を実現しました。
ですから、数箇所のビスを外すだけで、全くオリジナルのArriflex用のレンズに早変わりできます。
と、能書きは長くなりましたが、作例の説明行きます。
まず一枚目。
これは、尾道の駅前埠頭から、高速艇に乗って、瀬戸の島々を縫って生口島の瀬戸田の港に上陸した際、桟橋の隅で錆にまみれながら地道に役目を果たしている鉄鋼製品を目にしたので、思わず敬意を込めて一枚シャッターを切ったものです。
もう説明が要らないくらい鮮明に質感、重量感をあますことなく捉えているのではないかと思います。
バックの純白の船体の滲み具合もデジにしては上出来だと思います。
そして二枚目。
瀬戸田の港から観光スポットが集まっている、島内部へ商店街経由、徒歩で移動します。
生口島は周囲が34キロも有るという、かなり大きな島で、平野もあれば、山も有り、言われなければ、海に浮かぶ島に居るとはとても思えないような不思議な場所です。
その商店街で、海産物が並ぶお土産屋さんの店先で楽しく、幸せそうに肩車なんかしてゆ〜らりと散策する親子連れを後ろからいきなり一枚戴き。
3〜4mの距離で撮った筈ですが、かなり被写界深度が狭く、1mも先を歩くお母さんはもうボケてしまっています。
それにしても赤、黄、緑という信号機の化身みたいなお父さんのコスチューム、瀬戸内の陽光に輝いてましたよ。
バックのボケはかなり暴れ加減です。
それから三枚目。
まずは目的地その一、「耕三寺」という、はっきり言って、宗教施設なのか、昭和的なテーマパークなのか良くワケが判らない観光名所に入場料1200円也をお支払いして入ってきました。
ここでは東照宮の陽明門とか、どっかの寺の五重塔とか、等寸で、オーナー独自の宗教観、趣味を適度にブレンドしてコピーしたものを敷地の至るところにところ狭しと手当たり次第に建立し、東武ワールドスクエアとか、深圳世界乃窓などの画期的先駆けとしての存在感を十分に発揮してくれていたりして、二度目の訪問であっても、その健在ぶりに嬉しくなってしまいます。
で、その入口付近に値が張りそうな唐金製の彫刻入り灯篭がイイ案配に錆びて緑青吹いていたんで、質感捉えられるかのテストで一枚撮った次第。
その結果としては、ここでも一枚目の鉄錆同様、緑青の質感、彫刻の繊細な文様等シャープにクリアに捉え、その反面、また新型インフルエンザの熱に浮かされた悪夢のように歪む後ボケとの対比が面白いな、と思った次第。
続いて四枚目。
この俗悪的な宗教テーマパークにも見所があり、それは、「未来心の丘」という小高い丘の頂上一体をイタリアだかギリシャから持ってき白い大理石で敷き詰め、その上に当時の新進気鋭の彫刻家の作品を展示するという極めて野心的で文化的な香りのする展示ゾーンなのです。
そこで、いかにもモデルになりたいという自発的被写体オーラを発する黒尽くめのコスチュームの小姐二人組が大理石のオブジェを色々使って、モデルごっこ・・・当然、混ぜてもらい、一枚戴きました。
でも、お礼に一枚進呈なんて野暮なことはしません。
このカットでは惜しいかな、デジでは踏ん張りきれず、大理石からの陽光の反射で完全にテクスチャは飛んでしまいましたが、黒尽くめの小姐2が却って強調される結果になって、これはこれで面白い結果になったのではないでしょうか。
最後の五枚目。
ゆったりと島時間を楽しんだとは言え、元がせっかちな深川の人間のすること、やはり日暮れまでに尾道に戻り、日暮れの港町風情をばっちり撮って、旨い地魚のフレンチを賞味したいとか、不純な?思いで港に向かう足取りは勢い早くなってしまいます。
しかし、その粗忽者の前を歩く心豊かな島の人々は、歩くスピード、影の長さで以って、「島時間、島時間」と焦る心を鎮めてくれたのではないかと思いました。
今回の撮影旅行が実質的シェイクダウンテストとなりましたが、予想以上に素晴らしい成果を発揮し、予備役に転向したR-D1sともども期待に応えてくれたと思いました。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/09/27(日) 21:05:41|
- Cooke Speed Pancro 40mm
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE 露出補整+1/3 ISO800 全コマ開放、 ロケ地: 浅草
今日は久々の晴天、愛読者各位も過ぎ行く夏を惜しむかの如く、何処かに行楽に出かけられたのではないでしょうか。
工房主人は、本日は実家から車を飛ばしてお江戸深川まで戻り、日の有るうちに試写しなきゃなんないと、数ヶ月前に名人から渡された彼のレンズにかける哲学の具象であり、当工房へのメッセ−ジそのものである、このSummar5cmf2の試写に浅草まで繰り出したのです。
そもそも、こんなに試写が遅れてしまったのは、34mという特殊フィルター径のためで、これがなかなか入手出来ず、ずるずると時は過ぎ、しかもシネレンズによる写真展が迫っているため、寸暇を惜しみ、遠くであろうと近場であろうと、とにかくシネレンズをはじめとした工房製品の試写の貴重な休日を割いたため、夏前に手渡されたこの貴重な作品の評価が遅れに遅れてしまった次第。
このSummar5cmf2は1933年にツァイスのゾナー5cmf2という当時のハイスピードレンズに対抗して作られたWガウス型のライツ初のハイスピードレンズなのですが、とにかく現存するものは、程度が悪いものが多く、従って、写りも眠いとか、ピンが合っているかいないか判らないとか散々な評価を受け、中古市場では、とてもステータス性を誇るライツ社のクラシックレンズとは思えないような価格、そう1万円前後から叩き売られるという有様でした。
今回のレンズも例外ではなく、元々が新宿の某カメラ店の地下売り場でジャンク扱いで数千円で売られていたものを、初めは部品取り用、しかし、弟子の助命嘆願を受け、エレメントを全部開け、クリーニングとコバ塗り、そして回し積みをしてかなりまともには写るようにはなったのですが、当工房ではさすがに前玉のキズ、中玉の曇りまでは完全に除去することは出来ず、まぁ、フレアも味わいのうち・・・とか通ぶってそこそこ使っていました。
ところが、或る時、別のレンズのエレメント再生をお願いしに、大久保の名人のところに伺って、このSummarの話をして、作例をご覧戴いたら、「だめだめ、全然こんなんじゃダメ、見せて貰ったからには置いてって下さい、深川さんが、こんな状態ので撮り捲ってたら、ご本人の恥ですし、Summarの汚名が広まるだけですから・・・」と、いつもにない厳しいお言葉。
しかも、畳み掛けるように「私に預けたからには、全く見違えるように別のレンズにしてお返ししますから、作業内容、写りには文句言わないで下さいよ、約束ですよ・・・」と。
そして、待つこと約3週間。名人からのお電話で、「出来ましたので、いつでもお閑の有る時にお越し下さい」と。
早速、次の週末、新宿西口写真修錬会の会合の前に弟子を伴い、大久保のラボを訪問、見違えるように生まれ変わったSummar5cmf2改を受取りました。
名人は笑いを押し殺せず「良く写りすぎるからって文句言って来ないで下さいよ、ここまでやっちゃったら、元には戻せませんからね・・・」といつもにない上機嫌でした。
その夜、修錬会のアジトである某茶店でR-D1sで何枚か試したら、万全の撮影コンディションではないにも関わらず、コントラストが異様に高く、ヌケ、シャープネス、画面全体の均質性に優れた、まさにシネレンズもどきのクラシックレンズに産まれ変わっていることに気付いたのです。
と、まぁ能書きはさておき、作例見ていきましょう。
まず一枚目。
これは、浅草の数有る試写スポットのうち、近接性能と、逆光、そして後ボケがいっぺんに見られる優れた場所なのですが、ここでは、夏の終わりにかけてのみ、店先に見事なほうずきの鉢植えを吊るしています。
この描写でも、近接にも関わらず、極めて緻密にほうずきの実、葉、そして籠を描写し、若干の上品なフレアをまぶしているのが、逆光と判るアクセントです。
まさにクラシックレンズの"クラシック"という意味を最新のマルチコート+異常低分散ガラス+非球面で武装したレンズでの作例との比較において判らしめてくれるカットではないでしょうか。
そして二枚目。
仲見世を歩くと、週末はいつでも世界中の人々が徘徊しています。
この白人のカップルも、かなり至近距離でカメラを構えていたのにも関わらず、どこ吹く風で、自分達のショッピングを楽しんでいました。
ここでも、日本人に比べ、反射率の高い白人の肌が店先のハロゲン光源に照らされ、かなりフレアを誘発しそうなシチュエーションですが、とても柔らかく、滑らかに質感再現しています。
ここでは、前カットと比して、後ボケはそれほど暴れていません。
それから三枚目。
仲見世を歩き切って、宝蔵門をくぐると、浅草寺の境内に入ります。
いつもは、宝蔵門前で観光客を数枚撮って引き返し、伝法院通りに抜けるところですが、今日は、キブンを変え、ご本尊にお参りしてから境内で何枚か撮らせて戴くことに。
その中で真っ先に目が留まったのが、この祈るような眼差しでみくじを結ぶ少姐でした。
この掲示板には、「凶、大凶のみ結び合わせて下さい」と書いてあるので、この小姐は何か願い事をした後、みくじを引いたら、折悪しく「凶」か何かを引き当てててしまい、「やだなぁ・・・」とか、心の中で舌でも出しながら結んでいたのでしょう。
ここでもかなり至近距離でカメラを構えていたのにも関わらず、全く意に介さないようで、快く?モデルになって戴いたこの薄幸の小姐の今後の多幸を祈らざるを得ませんでした。
続いて四枚目。
このみくじ売り場で目を転じると、日本人離れしたスタイルの小姐2名がお互いのみくじをみせっこして、「声に出して読みたい日本語」ごっこをやっています。ところが、漢字に慣れていないのか、なかなかスムーズに読めません。あーだのこーだの、いや違うわよ!なんてやっているところを一枚戴きました。
ここでも合焦部の硬くならない程度の心地良いシャープネスと、なだらかな後ボケ、そして極めてナチュラルなコントラストが気に入ったカットになりました。
最後の五枚目。
また仲見世を歩いて戻り、雷門側まで来たら、なかなかお目にかかれない、東欧風の美女2名が店頭でショッピングしている場面に遭遇しました。
カメラを構え、気配を消して至近距離まで近寄ると、敵もさるもの、こちらの企みには当然勘付いていて、向かって奥の小姐が一瞬ニコリと笑ったかと思うと、また真剣なショッピング値切りモードにレジューム。
その値切りの気迫を一枚戴いたという次第。
ここでは、陽も暮れかけ、人工光があちこちから射すという悪条件であったにも関わらず、この豪胆な東欧の小姐達のお姿はかなり上手く捉えられたのではないかと思いました。
このカットでも、バックはかなりおとなしめに落ち着いたのではないでしょうか。
今回、この名人の渾身の作を試すにあたって思ったことは、何事も慢心はいけないということ・・・
たとえ、かなりのレンズの改造が出来るようになり、それなりに撮れるようにはなっても、まだ上には上が居て、日々の精進を以ってのみ、その技と哲学に近づけるのではないかということ。
いや、それこそが奢りで、名人は生涯技を磨き、存在を高めていくのですから、背中を遠く眺め、彼が或る時点で到達した位置を後から追い続けていくことくらいしか出来ないのでしょう。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/09/13(日) 20:55:10|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE 全コマ開放 露出+1/3 ISO200
今週末は土日とも好天に恵まれ、自民党政権の置き土産である休日高速乗り放題1000円の恩恵に与かり、行楽に出かけられた方も多いと思います。
このやや引きこもり気味の工房主人は、土曜日はついつい閃いたメカの実機化と生産技術への実証にほぼ一日弱を費やし、とうとう出かけずじまいになってしまったので、この日曜日には、翌日が会社勤めであることも度外視し、近場の行楽に出かけました。
とは言っても、腰の重い主人のこと、出かける前に昨日組んだレンズの無限チェックした、やや甘く、直したら、今度は近距離で傾斜カムのプロファイルがおかしいという迷宮に入り込み、出かけたのが12時ちょうど、途中、門仲交差点のサブウェイでメシなんか食べてから都営線経由京急で横浜、そこから逗子行きで、目的地の鎌倉に着いたのは、2時半前になってからのことでした。
今回は直近開発・製造したレンズと過去に製造したものの、ずっと出番待ちになっていた一本との混成軍によるロングランテストの半日でした。
で、今回ご紹介するのが、このFujinon-E5cmf4.5改Sマウントです。
この隠れた銘玉・・・とはいっても中古カメラ店では、程度の悪いものなら200〜300円でも買い手が付かないこのレンズを、工房開設当時、練習台として買ったまま、ずっと手付かずで防湿庫の奥で、地層に埋もれ続けていたのですが、或る頃、電子湾が不漁で全然、新鮮な玉が入手出来ない時、思い切って、レンズを全部開け、エレメントの清掃、コバ塗り、そして、引伸ばしレンズに有りがちな、チョークリングの切開を行い、実効F3.3程度まで明るくすることに成功、そしてこれによって球面収差が増大することが予想されることから、カリカリの引伸用レンズから、撮影用への転用が上手く行くだろうとの想定したわけです。
実際にマウント加工前のレーザ光のコリメーションやラヂアス&タンジェンシャルパターン投影でも、素晴らしい性能を発揮していたので、実写はむべなるかなとは予想してはいましたが、まさか、同じR-D1sでの撮影、しかもアヤシゲな三国製のS-Mアダプタ経由の撮影で、先に加工したFujinar-E5cmf4.5改Lを凌駕するような描写力を発揮してしまうとは・・・まさに恐るべし、オーパーツです。
では、実写作例行ってみましょう。
まず一枚目。
これは、小町通りの名物ともなっている、人力車の車夫さん達の営業風景その一です。
この掛布元監督みたいな顔立ちの若いガチムチ兄いはたぶん新顔なのでしょうが、断られても、断られても、イヤな顔ひとつせず、直射日光がカンカン照りの下、極めてソフトな語り口で次から次へと気の弱そうなカップルを勧誘していきます。
笑った瞬間を狙ったので、一番ピント合わせ易い肩口であわせましたが、寧ろ、笑顔がソフトなカンジになって結果オーライではなかったかとも思います。それにしてもバックのボケはとてもキレイでとてもテッサー型とは思えません。
続いて二枚目。
小町通りを暫く歩いてから左に折れるとお約束の撮影スポット其ノ1に当ります。
ここには、風雨に朽ちるに任せてある、真紅のスクーターが路地裏の黒板塀の茶店脇に一年365日何時でも置いてあって、ご自由に撮影して下さい♪と勧誘しているようなものです。
このカットでも、風雨ですっかり光沢を失った赤いカウルの鈍い発色と黒板塀の照り返し、ガラスの反射と質感の緻密な描き分けに成功していると思います。
おっと、シャッター押したら、小姐が中から出てきてしまった・・・これにはあえてコメント致しません。
そして三枚目。
何枚か撮ったら、また路地裏を後にして、華やかな小町通りに戻ります。
ここで、色とりどりの傘がカラフルに虚空にディスプレイされていました。ここで一枚戴き。
ピンは一番手前のゲゲゲの鬼太郎のちゃんちゃんこ柄の傘の布のエッジに合わせていますが、極めてシャープ、後ボケも溶けるが如くで心地良く随伴した謎のスーパーレンズとも拮抗する出来でした。
更に四枚目。
通りを奥まで歩き、鶴岡八幡の前の通りと交差するあたりで引き返し、表の小町通りを駅に向かいます。
ここで、また車夫さんの勧誘活動に遭遇、今度の青年は語り口の口上もさることながら、表情の起伏の作り方がとても上手く、カップルは完全にペースに乗せられてます。ここで成約を祈りつつ、一枚戴き。このカットが、引伸レンズは平面から平面の投影向けに特化して設計されているので、撮影に使えても、平坦な描写になって面白みがない・・・という教科書的な概念を否定してくれます。
最後の五枚目。
この暑い日中に歩き回ると、いくら秋口とは言え、暑くもなりますし、喉も渇きます。
そこでふと眼に留まったのが、この涼しげな水流で冷やされている地ビール・・・
まだはんぶん以上、旅程を残し、撮影予定枚数も半分以下なので、ここは心を鬼にしてガマン、写真だけ撮って、涼しい雰囲気だけ貰ってその場を後にしました。
今回の感想は、恐るべし引伸ばしレンズ・・・ジャンク寸前の棚にもこんなかっとんだ描写をするレンズが潜んでいるものだ、と改めて認識した次第。
工房主人のレンズ遍歴の旅はまだまだ続きそうです。
テーマ:ニコンSマウント - ジャンル:写真
- 2009/09/06(日) 22:44:57|
- Sマウント改造レンズ
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【撮影データ】カメラ:Canon EOS1DsMkII ISO400 絞り優先AE 全コマ開放
さて、心ならずも政権交代の足音が間近に迫って来つつあり、この雨も、経済復興に最善の努力を尽くしながら、国民に決別を告げられた自民党の涙雨のようにも思えてきます。
とまぁ、政治的なハナシはこのくらいにして、今回の更新は、一目一目瞭然、京セラ製CONTAXシリーズ中の銘玉の誉れも高いPlanar85mmf1.4のご紹介です。
え、なんでこんなありふれたお手頃レンズが秘宝なの?とか、おぃおぃ、なんでいつものSTとかS2ぢゃなくて、馬鹿でかいEOS1ケタボディについてんのよ!?
疑問はごもっとも・・・順に謎解きしていきましょう。
まず、初めはボディありきです。現有のEOS1D(初代)でのアダプタ遊びに味をしめ、YC、R、M42とアダプタを揃え、EOS純正のEFレンズは動作確認用の1万円程度のヂャンクすれすれの標準域ズームしか持っていないのに、アダプタを介し、前述のマウントの美味しそうなレンズのみつまみ食いすることにしました。
Vario-Sonnar28-85、Vario-Elmar35-70、Valio-Elmar28-70、Distagon18mm、28mm、35mm、そして、どうしても欲しかったのが、この85mmf1.4のPlanarと60mmのMakro-Planarだったのです。
かくして、1DのAPS-H(1.3乗数)では満足しきれず、EOS1桁シリーズでは銀塩、デジを問わず、歴代の中でも最優秀機の呼び名も高いこの1DsMKIIを導入せんと、日夜精進していたのですが、或る中古カメラ屋さんに極めて程度の良い個体が有ったので、値段も下がらない昨今、冬のボウナス一括で買えない???と聞いたところ7月も上旬だったので、答えは当然No!、すごすごと引き返そうとする背中にその売り場責任者から、「待って!」の一声・・・
何かと踵を返せば、要はこのお店の19周年記念だか何かで、頭金、金利無しの19回払い限定で、この個体が買えますよ♪という、有難いような有り難くないような、恐るべきセールストークだったのでした。
で、魔がさしたと言えば、魔がさしたらしく、次に意識がはっきりした時には、既にローン申込書に必要事項を記入し終わっており、お持ち帰りが確定していたのでした。
予備のバッテリをオマケに戴き、結構トクした気分でした。
そして、その翌週、また止せば良いのに、ツアイスの望遠系がどうしても欲しくなり、ネットで在庫状況、相場などあれやこれや調べ、結局のところ、掘り出し物に当る確率の極めて高い、中央線沿線某駅北口の"ペコちゃん"カメラを訪問。
すると、顔馴染みの店員さんがいつものようにニコニコ顔で接客してくれたんで、「そこのヤシコンの85mmf1.4全部見せてよ」とあろうことか、5本全てショーウィンドから取り出してもらい、斜め上から反射光を見たり、顔がくっつかんばかりに前玉の表面見たり、挙句の果ては福沢諭吉先生の肖像画の線刻を拡大してみたり、端から見れば狂気の沙汰とも思えるようなチェックをして選び出したのが、今回の一本。
面白いのが、日本製、ドイツ製それぞれ、製造時期、或いはロットによって、コーティングの種類、硝材が全然別物のように見え、そのベテランの店員さんにもご意見を求めたところ、これが一番ヌケが良さそうですねぇ・・・とのことで、見解一致、かくして一番安い個体が手許にやってきたワケです。
ってことで、レンズにはうるさい、工房主人が選りに選った個体なので、秘宝認定という次第。
とまぁ、前置きは長くなりましたが、早速作例いってみます。今回は全編とも、去る7月中旬に秘密結社「新宿西口写真修錬会」メンバー各位と川越ロケした時のものです。
まず一枚目。
これは、いつもの撮影スポット、川越三大名所?に挙げられる「駄菓子屋横丁」での1コマで、若い父親が幼い女の子にせがまれるまま、駄菓子の棚に手を伸ばした瞬間を捉えたものです。
このレンズの特徴が良く出ているカットで、女の子の髪、二の腕の柔らかな感触は極めて忠実に描写していますが、父親の方は、もうアウトフォーカスとなってしまっています。バックのボケも変なクセがなくて好感持てると思います。
続いて二枚目。
同じく駄菓子屋横丁で、90度視線を変えると、今度はテンガロンハットもどきの帽子をかぶり、駄菓子を買って貰って幸福の絶頂に居るかの如き歓喜の表情の愛娘を「写るンです」で必死に撮影しようとする母親が居ました。それぞれの表情の対比が面白いので一枚戴き。こういう時、50mm以下だと、相手に気配を察知されてしまうので、ここでも85mmの威力発揮です。
ここでも、合焦部のキレとバックの美しいボケの対比がうまく生かせているのではないかと思います。
それにしても、白い被写体だらけのカットでフレアが全く出ないのは、T*コーティングの真価発揮です。
そして三枚目。
駄菓子屋横丁を後にして、第二の撮影スポット、「刻の鐘」の鐘楼近傍に移動しました。
只ならぬ気配を察知して振り返ると、柔和な笑顔を浮かべたマッチョマンの車夫さんが、いかにもNHKドラマ見てきました♪って感アリアリの小母さま各位を乗せ、こちらに進んでくるではありませんか。
早速、EOSを構え、一発で仕留めたのがこのカット。何せ、スクリーンをスプリットマイクロに換装しているので、昼ならFD系のメイン機とほぼ同様にマニュアルフォーカス出来る強みがあるのです。
ちょうど、被写体とバックのクリアランス、そして光線状態が絶妙だったため、クリアでシャープな合焦部となだらかなアウトフォーカス部のボケが相俟って、あたかも立体写真のように見えるのではないかと思います。
それから四枚目。
川越といえば、小江戸、小江戸といえばクラシックですから、着物を着こなした粋でいなせか、しとやかな小姐の一人か二人はゲッチュしなければ、せっかく高い電車賃払って、武州まで来た甲斐がありません。
その思いというか、執念が天に通じたか、アイデアルモデル3人衆の登場です。
しかも、蔵作りで一番レトロ濃度の高いところへいっぺんに3人です。
一瞬、観光協会の回し者か、或いはTV埼玉の手の者か・・・とか邪推しましたが、次の瞬間、無意識に迎撃の動作に入っていて、見事捉えたのがこの一枚。なかなか風情の有るカットになったのでは。
最後の五枚目。
最終目的地の喜多院まで移動する途中、何故か面白い建築が色々建っている通りに迷い込み、そこでの一枚。
洋館をバックにヘンなカンカン帽のおぢ様が仄かに写り込んでいますが、これは顔を出すことを許されていない、秘密結社のメンバーだからこのような登場となったのでした。
と、冗談はさておき、後ボケも美しいですが、前ボケもこのようになだらかで美しいという作例でした。
ただ、この万能とも思えるEOS1DsMkII+ツアイスの組み合わせ、唯一にして致命的な欠点がありまして、それは、異様に重い装備になってしまうということ。
ボディにバッテリセットして約1.6kg、そして重いMFのYCとRマウントレンズ3本とサブ機のZeiss Ikonも持ったら、ショルダーバッグは5kg以上になって、日が沈む頃には腰痛が再発し、まっすぐ立って歩くこともままならず、痛々しい姿を仲間内に晒してしまったのでした。
テーマ:CONTAX - ジャンル:写真
- 2009/08/30(日) 23:16:05|
- 深川秘宝館
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE +1/3〜+2補整 全コマ開放 ISO800、レンズ:一枚目 Cine-Ektar40mmf1.6、二枚目 Cine-Planar50mmf2、三枚目&四枚目 Cooke Kinetal25mmf2、五枚目 Cine-Ektar40mmf1.6
さて、お待たせ致しました。
夏休みの改造シネレンズ達との旅の後編です。
13日からお盆の帰省で、上州某所の実家に滞在していました。
お盆の支度は終わってからの帰省なので、お墓参りと屋根の雨漏り修理、そして巨大犬の遊び相手くらいしか、田舎ではすることがありません。
しかし、このお盆の4日間で年に一度、待ち遠しかったイベントがあるのです、そう隅田川の花火大会、新宿の大エイサー祭りをパスして、そして富岡八幡宮のお祭りを見送っても是非、見物に行きたい、そして写真撮りたい重大イベントがあるのです。
そのイベントとは、「尾島ねぷた祭り」。
え、青森でも弘前でもないのに、なんでそんな場違いのお祭りが関東の片田舎、とはいえ、都心からでも2時間もかからないところで催されるのか?という疑問が湧いてしかり、だと思います。
実行委員会の説明によれば、この新田郡尾島村(現在は太田市の一部)は関ヶ原で東軍に味方して戦功を上げた津軽藩主に対する論功行賞として幕府天領のすぐ近くの尾島村を飛び領地として与え、藩の代官所、そして藩主の別荘のようなものまであって、伝承によれば、津軽藩の第三代藩主が尾島村で生誕したことから、1980年半ばから、その縁で始まったとのこと。
実家の親によれば、初めの頃は、おさがりと見よう見真似で作られた、稚拙な張りぼてが3~4台、尾島の表通りを往復するだけだったので、尾島警察も全然相手にしてくれず、道路の通行止めすらやって貰えなかった・・・とのこと。
ところが、今や群馬県、いや北関東のお祭りの中では集客数No.1の勢いで、太田市に合併された今では、歴史として長い、太田祭り自体を飲み込んでしまいかねない勢いです。
では、この「尾島ねぷた祭り」の何が人を惹き付けて止まないのか・・・
まず、大中小15基を超える絢爛豪華なねぷたが大通り狭しと往復し、交差点では威勢の良い男衆が、6m以上も有るねぷたを勢い良く回転させたり、本家の弘前にも負けないパフォーマンスを繰り広げるからです。
次いで、何といっても忘れてはならないのが、様々なサポーターが居るのです。弘前市観光協会は全力でバックアップしてくれていますし、知事の実家があることから、県、市と要人が来訪し、祝辞を述べたり、宣伝効果も相当なものです。
また、経済的にも、地元の有力企業、例えば、三菱電機、群馬銀行、大澤建設等々、ねぷたの運行にも、祭り自体の運営にも、お金と人を惜しまず投入し、地域との一体化を率先垂範しているようです。
そして、個人的には、一番の理由は、やはり、日頃知る事のない、「かかぁ天下」の群馬の小姐達が祭りでは一方の主役となって活躍し、キップ・気立ての良さ、そしてけなげさまで垣間見せてくれるからだと思います。
では、早速行ってみましょう。
まず一枚目。
これは、まず初日の14日に会場となる尾島の大通りを徘徊していたら、開始時からの大スポンサーである、三菱電機殿の太鼓屋台上で小姐達が開始前にだべってたんで、その様子を撮ってしまおうと、そっとカメラを構えたら、きゃぁきゃぁ騒いで、ベストスマイルと定番のピースサインです。
なかなかカメラを向けても、今のご時世、良い顔されないので、とても心がジーンときてしまいました。
次いで二枚目。
いよいよ本番開始、笛や太鼓のお囃子付きで絢爛豪華なねぷたは大通り狭しと動き出します。
その屋台の上で先ほどは居なかった別の小姐がイイ表情出していたんで、シネレンズの超能力を信じて一枚。見事に捉えてくれました。うなじの髪の毛の生え際から紅白捻り鉢巻まで繊細に再現しています。勿論、ピンは前の女性です、念のため。
そして三枚目。
こちらは2日目の14日にやはり運行開始に会場入りして大通りを物色しながら徘徊していたら、大太鼓の上に押切もえと上戸彩を足して2で割ってもっと上品で美形にしたカンジの小姐が乗っていて、思わず目が合いました。
そこでカメラを構えたら、絶妙の呼吸でピース&スマイル。
前日の三菱小姐に負けず劣らず、心を暖めてくれます。
Kinetal25mmの額縁効果でとても印象的になりました。もっとも、解像度が恐ろしく高いレンズなので、トリムすれば、普通の写真にもなりますが・・・
それから四枚目。
日が暮れた頃、ライトアップしたねぷたが十数台、笛や太鼓のお囃子屋台をお供に大通りを行進する姿は勇壮以外の何物でもありません。
その見物で、当日、ベストポジションだったのが、着物を着込んだ親子が居て、「写真どーぞお撮り下さい♪」ってカンジで真後ろ、斜め後ろとバシバシ撮っても一向に気にするでなし、アイデアルモデルを会期中レンタルしてくれたことです。
さすがトワイライトタイムの浅草ロケで超能力の片鱗を垣間見せたKinetal25mmf2、こんな悪条件でも、露出補整をデフォルトの+1/3から、+2に換えるだけで難なく写してしまいます。
最後に五枚目。
帰り際に尾島地区の有志達のねぷたとその囃子屋台の横を通りました。
ちょうど、尾島町の標識の有る交差点のところで、汗を飛ばしながら、上州の小姐達が、過ぎ行く夏を惜しむかの如く、必死に太鼓を叩いている姿を目に焼きつけました。
また来年も必ずやって来ると心にも刻みつけて。
昨年はあろうことか、カメラを忘れて、携帯のカメラで撮らざるを得ないという大失態を演じてしまいましたが、今回は愛機R-D1sと可愛いシネ改レンズ達で思う存分撮ることが出来、大満足でした。
何よりも、今回一番の収穫だったのが、世間一般で通用している、「かかぁ天下と空っ風」という上州を表すキャッチフレースの本当の意味です・・・
「かかぁ天下」とは「かかぁ天下一」の略語ではなかったのかと。
見ず知らずの旅人にも関わらず、カメラを向けたら惜しみない笑顔と歓迎の意を精一杯表してくれた、上州の小姐達の心意気、改めて見直した次第です。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/08/24(月) 00:48:08|
- Arri改造レンズ群
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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE 露出補整+1/3 全コマ開放
レンズ:一枚目 Cooke Speedpanchro32mmT2.3改M、二枚目 Cine-Ektar40mmf1.6改M、三枚目 Cooke Kinetal25mmf2改M、四枚目 Cooke Speedpanchro40mmT2.3改M
さて、今宵のご紹介は、通常ローテーションで行けば"深川秘宝館"からのコレクションのご紹介となるところですが、珍しく、夏休みを利用しての旅行に出掛け、可愛い"小悪魔"達もお供したので、その働きぶりをお披露目したいと思います。
なお、この夏休み特集は、湖東地区ツアー編を前編とし、来週は驚愕の絢爛豪華東北三大祭り番外編をご紹介致します。
まず今回の旅程ですが、秋に仲間内の写真展が行われることもあって、何故か普段と違うところで、一人じっくり撮ってみたいキモチになり、ふと頭に浮かんだのが「ことう」という三文字でした・・・
果たしてこれは伊豆七島なのか、或いは小笠原諸島なのか、はたまた沖縄の離島なのか・・・休みまで1週間を切っても、頭に浮かんだナゾのメッセ−ジの謎解きが出来ません。
しかし、或る拍子に「ことー」とは、海に浮かぶ「孤島」ではなく、「湖東」のことだと思い出し、大慌てで新幹線格安切符「ぷらっとこだま」の名古屋往復と、長浜〜近江八幡にかけての安宿をネットで探しました。
すると、ラッキィなことに、彦根の駅至近の場所に一泊5200円朝食付きなどという都合イイ宿が有るではないですか・・・
前回の野洲の木賃宿に較べれば天地の差です。
そして会社の引越しも無事終え、一日準備に費やし、10日の朝9時過ぎのこだまで旅立つこととなりました。
しかし、当日、激しい雨音で目覚めると、外は真っ暗、バケツをひっくり返したが如き豪雨が見舞っています。
この時点で出発2時間前、神棚の供物を取替えながら、好天を祈りました。
そして、8時半過ぎに家を出る時には、祈りが天に通じたか、雨は殆ど小降りになっていました。
いよいよ、東京駅に着き、こだまのグリーン車の窓際席に陣取って、旅の始まりです。
のぞみで行けば2時間もかからない名古屋までの旅ではありますが、何せ優雅で格安のこだまでの旅ですから3時間以上かかります。
朝9時過ぎに東京駅を出たこだまは12時半前に無事名古屋駅に着きました。
この時点では、もう天気は曇天となり東京の朝の豪雨はどこへやら、この先の旅程に希望の陽が射しました。
名古屋でランチを摂り、今度は東海道本線に乗り継ぎ、大垣乗換えで米原、彦根へと入りました。
この時点でもう既に4時前です。
しかし、宿がなかなか見つからず、駅から電話し、案内してもらってチェックインした時点でほぼ4時。
本来ならば、初日に彦根城でも登ってハイライト編の撮影でもしてしまいたいところでしたが、まだ重い曇天でこの時刻では既に暗くなっていたのと、何せ人の出が殆どない状態だったので、断念、お茶とロケハンを兼ね、観光街である「夢京橋スィートロード」に繰り出します。
そこで木と白壁のマッチングがシックな街並みでひと際目を引いたのが、この花々をあまた植えていたカフェ「花百茶」というお店です。(一枚目)
ここでは、初日と最終日にお茶とケーキを戴きましたが、初日のピンクグレープフルーツ添えのクラフティも最終日のニューヨークスタイルのレアチーズケーキのマンゴーソース添えも激しく旨かったことを報告しないわけにはいかないでしょう。
そして翌11日、実はこの日が例の静岡沖での地震の朝で、こちら彦根の宿でもそこそこ大きく長い揺れを感じ、慌ててTVをつけたら、静岡でかなり大きな地震があり、東京でも震度4を記録した云々という報道があり、まさに湖東地区への撮影行は疎開そのものだったんぢゃないか・・・と我ながら驚いた次第。
それでも、予定は全く変更なしで10時代の電車でまず近江八幡に入り、八幡堀から旧商家街、洋館街を撮影し、ランチもこの街で食べ、午後のティータイムに長浜まで移動し、日の有る限り長浜の街を撮り続けるということにしたのです。
まず、近江八幡駅に着き、前回の経験学習で、安直にタクシーを利用せず、観光案内所でバス便を聞き出し、地元民各位と極僅かの観光客に混じってバスに乗って、日牟禮八幡最寄りの大杉町バス停まで向かいました。
ここまでくれば、もう土地勘は付いているので、ガイドブック無しで日牟禮八幡界隈から八幡堀沿いの撮影スポットは自在に巡れます。
11時過ぎから12時半近くまで、汗をたらたら垂らしながら、あまり観光客の居ない堀端をとぼとぼ歩きながら写真を撮って行きます。
堀端やヴォーリーズ像の撮影まで終わったところで、お待ちかねのランチ、この日は「たねや」の日牟禮茶寮というところで、おばんざい付きおこわのセットを戴きましたが、とても豪華で寛いだキブンにさせてくれました、一人旅ってのも悪かぁないなぁ、と。
そして、「たねや」のお店で実家向けにリクエスト有った、水羊羹なんか発送して、旧商家街へ移動する途中、ふと橋の上から堀に目をやると、開店休業状態だった観光船にお客が乗って運行しているではないですか・・・ついここで一枚戴き(二枚目)
その後、暑い中、商家街、洋館街の撮影を敢行し、そのままバスに乗って駅まで移動、何故か妙に懐かしい近江八幡の街に別れを告げ、電車で長浜に向かいました。
長浜には20分強ほどで着きましたが、さて、何から撮るかが思案のしどころ。
実はこの街、撮影スポットが線路を隔てて東西に分かれており、恐らく、お茶する時間も考えたら、二箇所は体力的にもきついことになりそうだったので、今回は湖サイドのお城近辺はパスして、黒壁スクエアと古刹周辺に絞ることとしました。
そして、駅から黒壁スクエアに歩いて移動する途中、えらいオブジェを発見してしまいました。
そう、街撮りの二大オブジェと言われる、古い鋳鉄製手押しポンプと赤い鋳鉄製郵便ポストが仲良く並んでいるのです、しかもどちらも現役バリバリの稼動状態で☆
もうこれは撮るしかありません、今回持って行ったR-D1sとZeiss Ikonの2台で交互に撮り較べてしまいました。
今回アップのものはR-D1sによるものです(三枚目)
この晩は思いのほか撮影が順調に進んだこともあり、気が大きくなった小生は、地元で一番高いと思われる寿司屋兼業鰻屋で、握りは頼むわ、鰻重は頼むわ、その合間に主人の奢りの蛸の柔らか煮をつまみにライムハイを呑むわと大名行列状態のゴーヂャスな晩餐、帰りに店名をよくよく見てみれば、「大名」ってなお名前だったというオチ。
そして最終日、名古屋からの新幹線が6時前なので、時間はたっぷりあります。
そこで、外してはならないのが、やはりお城・・・彦根城に登らねばなりません。
首里城、ノイシュバンシュタイン城、江戸城、お菓子のお城と"城"と名のつくものはアリ以外全て大好きなマニアの小生が登らずに帰れよう筈もなく、猛暑もものかわ、朝からお城に向かいました。
すると、居ました、居ました、この暑い最中、汗をかきかき、お城に登る人々が・・・
その中で親子仲良く日傘なんか指しながら上品に登る方々が居られたので、一枚戴いた次第(四枚目)
無事お城にも登り、前回は時間切れで見物出来なかった庭園も隅から隅までずずずぃと見せて貰って、何故か、那覇の識名園に酷似している!という新たなナゾを抱えたまま、東海道本線、新幹線と乗り継ぎ、お江戸深川に戻ってきた次第です。
ま、しかし、初日を除き、殆どの行程がお天気に恵まれ、写真日和だったのが、何よりの撮影行でした。
さて、来週も小悪魔達の労作が目白押しです、乞うご期待。
テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真
- 2009/08/16(日) 23:13:36|
- Arri改造レンズ群
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