深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Riunione con fate dei fiori~Itako Iris Festival'18 and walking in Sawara~

さて、今週のご紹介は予告通り、潮来あやめ祭りの嫁入り舟撮影用に持っていった望遠と佐原の街並み撮影用に持っていった超広角の何れもカールツァイスの製品の競演をお送り致しましょう。
潮来のあやめ祭りは毎年、5月の25日くらいから一か月程度、潮来駅至近の「前川あやめ園」を会場として開催され、その期間は、ミスあやめ娘の小姐各位が園内を歩きながらモデルさんになってくれたり、週末の集客イベントとして、「潮来嫁入り舟」が盛大に開催されたりと、都内、或いは近郊のイベントに比べれば、人出は今一歩の感無きにしもあらずではありますが、それでも地元の方々の催しにかける熱意と、工房主のように毎年通うコアなファン等に支えられ、ほんわり感の漂う、居心地の良いこじんまりとした年中行事となっています。

今回はちょうど花のピークとも云われた6/9(土)のお昼過ぎ現地入りし、瑞々しい花々はもちろんのこと、毎年顔を合わせる、あやめ娘各位やスタッフの小姐も撮らせて貰ったりとなかなか満足度の高いイベントで、ただ、狭い会場のこと、それほど長時間滞在して花のみ撮るほどのこともないので、今回は泊りではなかったため、「嫁入り舟」の後、15時台初めの電車で佐原に戻り、そこで17時前まで撮ってから高速バスで東京駅まで戻ったというのが当日の行動でした。

では、さっそく当日の行動に沿って、カールツァイス兄弟の活躍を見て参りましょう。
カメラはX-Pro2、レンズは1~3枚目までがSonnar135mmf2.8、4~17」枚目までがDistagon18mmf4による全コマ絞り開放によるAE撮影となります。

18_Itako_sawara_001.jpg
まず一枚目のカットですが、毎年、ほぼ同じインターセプトポイントから嫁入り舟ご一行様があやめ畑の中を静々と歩いてくる様子を撮るので、長めの玉を必ず一本カバンには入れて来るのですが、今回は昨年の北京ツアー用に購入したSonnar135mmf2.8、APS-Cの画角換算で約200mmを使って、渾身の花嫁ご一行様を撮ろうと準備してきたので、大ボケ玉から付け替えた際、試写で3mほど先に咲くあやめの花を撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_002.jpg
二枚目のカットですが、ポイントで待つこと10分弱、14時かっきりに妙なる調べが流れるあやめ園の東側土手の上に、白無垢の衣装に身を包んだ花嫁さん、その付き添いのご両親と潮来市青年会の有志の方々が長持等を担いで現れ、まさにしずしずと一歩歩いては立ち止まり、また一歩歩いては立ち止まり、という撮影の利便性も考慮したかの行進であやめ畑の中を櫓船の船着き場目指して歩いて来たので、渾身の一枚をモノとすべく、ファインダ越しの表情を追いながら、ここぞと思ったシーンで撮ったうちの一枚。

18_Itako_sawara_003.jpg
三枚目のカットですが、花嫁ご一行は登場してから10分もしないうちにあやめ畑の中の道を歩ききって、櫓船の船着き場に辿り着きますが、その前に第二インターセプトポイントである嫁入り舟の撮影場所にダッシュで移動し、川の見える柵際は物見高い見物人がまさに文字通り鈴なり状態なので、適当に空いているところに割り込ませて貰い、漕ぎだしてこちらに向かって来た舟を今年は橋の上から撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_004.jpg
四枚目のカットですが、あやめ園の西側のすぐ真横を流れる前川は、200mほどで北利根川に接続する位置関係なのですが、「嫁入り舟」はあやめ園内中央部の前川に面した船着き場から漕ぎだすと、手漕ぎの櫓船であっても、5分かそこらで北利根川の堤防上水門脇に作られた観光船着き場のようなところで待つ花婿の元へと到着するのですが、そこからまた記念撮影後、人力車に乗って何処かへ走り去るという成り行きなので、発車前の様子をローアングルから一枚撮らせて頂いたもの。

18_Itako_sawara_005.jpg
五枚目のカットですが、メインエベントの「嫁入り舟」を撮ってしまえば、あとは宵のライトアップの中での嫁入り舟まで、特段、イベントなど無いですから、電車の時間まではひたすら可憐な花の妖精たちと向かい合って、今年のその姿を残すのみなので、広角の寄れる特技を活かし、ほぼ最短で一輪のあやめの花をあやめ園のランドマークである太鼓橋をバックに撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_006.jpg
六枚目のカットですが、15時5分発の鹿島線に乗って、10分強ほどで佐原駅に着くと、いつもとは180度逆のコースで、忠敬橋をほぼ最短で目指すのではなく、旧市街の西方向、造り酒屋が並ぶ佐原街道方面へと歩き出し、暫く歩くと、追分交差点のようなところに佇む、「よろず屋」系の個人商店があったので、懐かしく思って、一枚撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_007.jpg
七枚目のカットですが、二軒並ぶ造り酒屋のうち、有名な東薫酒造の方は案内付のツアーでしか内部にはい入れて貰えないことになっていて、ちょうど、15時半のツアーが出てしまったので、待つのも時間が惜しいのので諦め、次なる目的地の馬場商店に向かい、そこは仕込場の手前までは自由に入れるので、旧倉庫前のちょっとした庭園の佇まいを撮らせて貰ったもの。

18_Itako_sawara_008.jpg
八枚目のカットですが、子供の頃、実家が忙しい時、預けられていた母型の実家の造り酒屋にもあった、煉瓦積みの角断面の煙突が青空に伸びる様が妙にノスタルジックで、18mmの画角を活かし、薄雲の浮かぶ青空をバックに倉庫越しの煙突の姿を撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_009.jpg
九枚目のカットですが、佐原の旧市街地には、空襲が無かったこともあり、また、鉄道の便もそれほど良くなかったこともあり、奇跡的に蔵造の旧家屋が良好な状態で保存されており、近年はその街並みが観光資源ととして、外部から客を呼べるようになったこともあり、玄関先を開放して、家の中の様子を差し支えない範囲で見せてくれる家もそこそこあることから、通りがかった一軒の旧家の玄関先の様子を一枚撮らせて貰ったもの。

18_Itako_sawara_010.jpg
十枚目のカットですが、佐原の旧市街には幾つか有名なランドマークがあり、年二回のお祭り以外の時でも、東京等からの観光客が休日にはそこそこやって来ては、地図を片手に写真撮ったりして散策を楽しんでいたりするのですが、ここ、「与倉屋の大土蔵」も本来の醤油蔵としての役目は終えましたが、イベントホールとして、随時開放されて、中に入ることが出来るのですが、来月初までは開放の機会は無いとのことだったので、外観のみ撮影したもの。

18_Itako_sawara_011.jpg
十一枚目のカットですが、「与倉屋の大土蔵」横を通り抜けると、すぐに旧市街の真ん中を南北に流れる「小野川」の流れに行き当たり、土蔵周辺の店舗兼住宅もしっかりと景観に調和した、時代がかった木造の佇まいに統一されていて、しかも今回は佐原でもあやめ祭りをやっているということで、川のほとりのあちこちにか可憐な鉢植えのあやめの花が咲いていてので、川と街並みを背景に一枚撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_012.jpg
十二枚目のカットですが、そうこうするうちに16時になり、30分に一回の「ヂャーヂャー橋」からの放水デモンストレーションの時間となったので、当日は中国人観光客が結構多かったので、ベストポジションを団体で占領される前にダッシュし、伊能忠敬の実家をバックに放水する橋の周りを一枚撮ってみたもの。

18_itako_sawara_013.jpg
十三枚目のカットですが、放水が終わった「ヂャーヂャー橋」を後にし、小野川伝いを上流方向、即ち佐原駅方面に戻りながら撮り歩くこととしたのですが、歩き出してすぐさま、遊覧船が放水が終わり、下をくぐることが出来るようになっなったのを見計らってやって来たので、通り過ぎざまに一枚撮ってみたもの。

18_itako_sawara_014.jpg
十四枚目のカットですが、忠敬橋を渡ってすぐ、小野川伝いの道のうち、西側の方を歩いていたら、ここでも、川のほとりの休憩用ベンチの横に可憐なあやめの鉢植えが飾られていたので、川の対岸に見える、醤油、つくだ煮等で名高い「正上商店」の木造建築を背景として、川面も入れて一枚撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_015.jpg
十五枚目のカットですが、佐原の川伝いの道を散策すると、誰もが撮りたくなる街のランドマーク「正上商店」の向こう正面、真下の小野川の木製の船着場には櫓船が繋がれていて、江戸情緒120%だったので、嬉しくなって立ち止まり、薄雲が浮く青空をバックに一枚撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_016.jpg
十六枚目のカットですが、ここも小野川沿いの旧市街のランドマークのひとつ、「木下旅館」の手前で、川のほほとりの柳の木の下にもあやめの鉢植えが飾られていて、ローアングルから狙えば、ギリギリ、「木下旅館」をバックに入れての構図が出来なくもなかったので、試しに一枚撮ってみたもの。

18_Itako_sawara_017.jpg
十七枚目のカットですが、そろそろ佐原駅方面への道へと曲がって、川伝いの道から離れなければならない辺りに差し掛かる手前辺り、旧家と旧家の間の、大人二人が肩を並べてやっとすれ違えるような、中国華南や台湾の老街などに見られる狭い路地が目に留まったので、21mmのパースを活かし、一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、うーん、カールツァイスのレンズはやっぱりイイですね♪・・・使用した玉はいずれも、コンタックスブランドの日本製一眼レフ用に用意された交換レンズですが、よくよく考えてみれば、一眼レフ用では、18mmから200mmまで、ズームも二本有って、殆どの焦点距離を揃えていたのでした。そうそうQBMマウントも含めれば、最大派閥かも知れません。

さて、次回jはLeica M(TIPO240)使っての旧玉再発見でもしましょうかね、乞うご期待!!
  1. 2018/06/17(日) 20:25:38|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

猴子也從樹上落下~Fukagawa Experimental Optic 41mmf1.9~

FA_Itako.jpg
さて、今週のご紹介は予告通りに久々の工房製オリヂナル標準レンズ九号機のご紹介を致したいと思います。
実は、水曜夕方から加工を始め、殆ど完成に近かったテッサータイプのレンズがRF用にはフランヂバックが長すぎることが判り、貴重なCanon5cmf1.8のヘリコイド&マウントユニットを使うのにはもったいないと考えたため、金曜日の夜8時の時点で方針変更、今まで仮組して放ったらかしにしてあったWガウスタイプのレンズヘッドを、急遽、、バックフォーカスを合わせるべく最後端のエレメントに手元の凸レンズを幾つか試し、どんぴしゃで28mm付近に来たものをスペーサを介してヘリコイド&マウントユニットに固定したもので、先の8号機のような綿密な収差計測や調整など行わず、出たとこ勝負で翌土曜日に潮来あやめ祭りに試写に出てしまったもの。
このレンズ、L1とL6はマルチコートの別の機種のレンズを使っていますが、L2+3の二群、L4+5の三群はキャノン5cmf1.8のものをそのまま使っております。
さぁ、どんな大暴れレンズに変身したか、当日の実写結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラはX-Pro2、全コマ開放による絞り優先AE撮影となります。

FA_Itako_001.jpg
まず一枚目のカットですが、木場の駅を9時57分発の東西線で西船橋経由、潮来駅に着いたのが12時半前、二時間半近くの長旅ではありましたが、駅前の「長崎屋食堂」さんで絶品のづけ鮪丼定食700円(税込)を戴き、しかるのち、駅至近の前川あやめ園に入ったのが午後1時前、さっそく、園入り口付近でいたいけな極小姐相手に愛敬を振りまいていた「あやめちゃん」のお姿を一枚戴いたもの。

FA_Itako_002.jpg
二枚目のカットですが、「あやめちゃん」の淡色系のボディを撮った際、かなりフレアというかハロっぽい特性であることが判っていたので、では薄紫色の被写体に陽が射している状態ではどうか?ということで、園内のあやめ畑で手っ取り早く撮れそうな孤立花を探して最短距離で撮ってみたもの。

FA_Itako_003.jpg
三枚目のカットですが、ここあやめ祭りに来たら、絶対に忘れてはいけないのが、ミスあやめ娘の小姐達の撮影で、まさに手ぐすね引いて待っているというか、誰も声をかけて上げないと、お茶挽き状態になってしまうのが一目瞭然とばかり、「潮来」の白い暖簾前に勢揃いしていたので、お久しぶりですね、まずは一枚お願いします、とか適当に愛想を振りまいて撮らせて貰ったもの。

FA_Itako_004.jpg
四枚目のカットですが、モデルさんになってくれるミスあやめ娘の小姐のOGということはないでしょうが、ちょうど、彼女達のオモニくらいの年齢の大姐というかアヂュモニ達が、お揃いの、粋でいないなせな白い浴衣みたいな着物に身を包んで、一糸乱れず、あやめ畑の中の小径で創作舞踊みたいな踊りを舞っていたので、遠目に1枚戴いてみたもの。

FA_Itako_005.jpg
五枚目のカットですが、ここ潮来市は、上州笠懸郡三日月村(現群馬県太田市薮塚)の木枯らし紋次郎、遠州森町(現静岡県周智郡森町)の森の石松と並ぶ大衆時代劇三大スターの一角、潮来の伊太郎の出身地として世界に名高い場所であることから、顕彰碑とともにあやめ園の中心にその銅像が建てられているので、表敬の意味も含め、下から1枚戴いてみたもの。

FA_Itako_006.jpg
六枚目のカットですが、ここ潮来のあやめ祭りでは土日の11時と14時、そして夕方は19時に嫁入り舟といという、潮来の伊太郎と並んで世界に冠たるフォークロアを題材とした、実際に挙式予定のカポーにご出演頂き、あやめ園の中を静々と花嫁行列が進んで、しかるのち、手漕ぎの櫓舟で花婿の待つ、北利根川の埠埠頭まで漕ぎ出すというイベントが用意されているのですが、まだ開始までには時間があったため、船着き場に係留されていた嫁入り舟を撮ろうとしたところ、ちょうど頃合い良く、娘船頭ならぬ爺さま船頭の漕ぐ櫓舟が漕ぎ出したので、通り過ぎる瞬間を見計らっての渾身の一発。

FA_Itako_007.jpg
七枚目のカットですが、嫁入り舟越しに爺さま船頭の漕ぐ船を見送ったら、次いで正真正銘の娘船頭さんの漕ぐ櫓舟がやって来たので、望遠を付けたEOS50Dをカバンに入れて来なかったことを一瞬悔やみながら、それでも何とかその雄姿というか可憐なお仕事ぶりを残すべく、この使いずらいレンズで何とか追い縋ってモノにした一枚。

FA_Itako_008.jpg
八枚目のカットですが、この神経質というか破天荒なキャラの大暴れレンズの使い方もだいぶ判ってきたので、とにかく、直射日光下では撮らない、高反射率のものは画面中央からは避けるという二点を守って撮るべく、背景開けている位置に咲く二輪の薄紫と薄青の花を見つけたので、さっそく、実験とばかり中央に配置し、最短距離で撮ってみたもの。

FA_Itako_009.jpg
九枚目のカットですが、では、画面中央でない位置に比較的明度の高い黄色い花を入れて、更に背景の大きめの構造物を入れて撮ってみたらどうなるかと考え、園内を徘徊しながら、橋の南側に咲く、黄色いあやめの株を見つけたので、太鼓橋を背景に構図を取っていたら、たまたま日傘の貴婦人ならぬローカルアヂュモニ二人組が通りがかったので、印象派の絵画みたいになるかな、と思い試してみたもの。

FA_Itako_010.jpg
十枚目のカットですが、このレンズ、コントラストも低く、彩度も低いダメダメレンズであることは間違いないののですが、それでも、非点収差の発現の仕方がなかなかツボを得ており、特にこういう花が群生する場所で、至近距離の被写体を撮ると、あたかも野分のさなか、一輪咲く花のように、というか、モーゼの十戒の海が割れるシーンの如きダイナミック感を表現してくれることが判ったので、構図を工夫して撮ってみたもの。

FA_Itako_011.jpg
十一枚目のカットですが、ぐるぐるがなかなか面白く撮れるので、ついつい、禁断のそっち方面にはまってしまいそうになって、駄目だ駄目だ、自分の目指す写真は、その道具たるレンズはこういう路線じゃない、とか自自分に言い訳しつつ、目の前のきれいなお花畑が不肖のレンズを通すと、全く別の世界にトランスフォームししてしまうのが面白くてついつい撮ってしまったもの。

FA_Itako_012.jpg
十二枚目のカットですが、似たり寄ったりの花達ばかり撮るのも、せっかく、電車乗り継いで二時間半近くかけて茨城の沿岸くんだりまでやって来た意味がないので、ミスあやめ娘の"セット販売"ではなく、バラ売り状態の個別撮影会なんか出来ないものかとか不純な考えを巡らせながらお花畑を徘徊していたら、何と、あやめ娘小隊とは別動隊の藍染法被の小姐が笑顔で歩いてきたので、かくかくしかじかと事情を説明し、モデルさんになって貰ったもの。

FA_Itako_013.jpg
十三枚目のカットですが、撮ったカットを藍染法被の小姐に見て貰い、お世辞でもすっご~ぃ!とか感動して貰ったかのお言葉を頂戴し、ついつい図に乗って、もしかしたら、このレンズは画期的な発明品なのかも知れないとか思い込み、ちょうど太鼓橋の真下の日陰で咲いていた一輪の薄紫のあやめの株を見つけたので、ままたしても最短距離で一枚撮ってみたもの。

FA_Itako_014.jpg
十四枚目のカットですが、反射率の高いものに対しては、物凄いハロで、X-Pro2の背面モニタでは日中、細部を確認することは出来ませんでしたが、ただ、先の日陰のあやめを最短で撮ってみた時、解像力はそれなりにあることは判ったので、では、反射率のそこそこ低い、或る程度の距離のオブヂェはどうかと思い、園内に設置されている足踏み水車を5m程度の位置で撮ってみたもの。

FA_Itako_015.jpg
十五枚目のカットですが、そういや、スマホンでは何枚か撮ったものの、このレンズで以て、あやめ園の全景を撮っていなかったなぁと気付き、急遽、太鼓橋の上に駆け上り、嫁入り舟を上から望遠で狙おうと不埒にも大型三脚なんか据え付け始めたカメ爺、カメ婆の間隙を縫って、園内の北の方角に向かって全景を撮ってみたもの。

FA_Itako_016.jpg
十六枚目のカットですが、そろそろ、嫁入り舟の撮影ポジション取りで園内のカメ爺、カメ婆がざわめき出す頃ではありましたが、そこはそれ、もう10年近く、毎年通っていますので、あやめ畑の中の行列撮影のベストポジションから、舟に乗り込んだ一行を捉えるインターセプトポイントまで熟知してますから、ギリギリまで園内で撮り歩けるワケで、まだ太鼓橋の上で、娘船頭さんの漕ぎ出す様子を余裕こいて一枚撮ってみたもの。

FA_Itako_017.jpg
十七枚目のカットですが、そろそろいつものあやめ畑傍らの定位置に向かおうかと思った矢先、いたいけな女子高生と思しき小姐が菅傘なんか被って、文字通りミドシップに搭載された状態でやってくる舟が目に入ったので、これを待って、上から一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、うーん、やっぱり時間かけてきっちり収差測定して組まないと、使い易いレンズは生まれませぬ・・・とにかく、コントラストも彩度も高い、シャープなレンズが好みなので、そういった意味では今回のレンズは拙速に組み上げたため、失敗作でしかありませぬ。ただ、この非点収差の出方はそのままで、フレアを抑え、コントラストが上げられれば、使い易くて面白いレンズが出来そうな気もしますので、今後の研究課題としましょう。

さて、次回は潮来あやめ祭りの嫁入り舟撮影用に持っていった望遠と佐原の街並み撮影用に持っていった超広角の何れもカールツァイスの製品につき、その競演をお送り致しましょう、乞うご期待!!
  1. 2018/06/10(日) 17:24:26|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Going back to Grand Espana~BCN Tour’18 ③~

て、今週のご紹介は予告通りにGWを利用しての約1年半ぶりのスペイン旅行から、3回に亘り、ハイライトをご紹介するうちの最終回をお送り致します。

まずはは行程紹介から。
到着5日目、5/2の朝は宿を8時半前に出て、五号線メトロ経由、サンツ駅からTARGO特急電車で3時間弱の、お隣はカステリョン州のベニカルロ駅へ移動、そこから更にタクシーで20分ほどの距離のペニスコラに辿り着き、見事2016年10月のリベンジを果たしたのです。そこでビーチとお城周りを1時間強撮ってから、ランチを戴き、18時前のTARGOでバルセロナに戻りたかったので、時計と睨めっこしながら旧市街の路地裏を撮り歩き、再びTARGO特急電車に乗ってバルセロナに戻り、晩飯食べてお仕舞い、6日目、5/4はせっかくここまで来たのだから、ガウデーの建築を一件くらいお金払ってみようかと決心の末、宿からほど近い、グエル公園にバスで向かったはイイものの、11時半前に着いて、さてチケットや何時の回?と浮ついたキモチで売り場に向かえば、今の発売枠は何と夜の19:30からの30分の枠が最短、とか東京スカイツリーすら裸足で逃げ出しそうな殿様商売やってたので、瞬時に戦意喪失、仕方なく、無償ゾーンのみ見て歩き、結果、これが多くのモデルさん拾えたので大成功だったのですが、そののち、最寄りのメトロ駅経由、いったんサクラダファミリア駅に戻り、通りでランチしてから宿に戻って、フロントでお茶ののち、晩飯兼ねて、最後のバルセロナ市内をエンヂヨイすべく、またメトロでランプラス通りに出たは良いが、大雨になり、雨宿りしながら雨のバルセロナを撮って、偶然、滞在二日めの夕方に寄ったら閉まっていたサンジョセップ市場に辿り着き、そこで思う存分撮影の後、初日の晩に入って、旨かったトルコ料理を食べて宿に戻ったのが帰国前日の行程。

では、二日間の足跡に沿って、実写結果を見て参りましょう。

カメラは全てLeica M(TIPO240)、レンズは1~8枚目までLeitz Elmarit28mmf2.8、9~13枚目までがVoigtlaender Ultron35mmf1.7、14~17枚目がLeitz Summalit50mmf1.5、全コマ開放による絞り優先AE撮影となります。

BCN18_035.jpg
ず一枚目のカットですが、やっと念願のペニスコラに辿り着き、キブンも軽く、まずはビーチに面した観光案内所で旧市街の観光地図を貰い、カメラを下げて浜辺を散策してみれば、まだ5月始めというのに、トップレス、ボトムレスを含めた日光浴客が砂浜にはあちこちに散在しており、そういう厄介な人々が写り込まないように細心の注意を払って、日本の江の島とか、フランスのモンサンミッシェルの兄弟とも云われるペニスコラの半島部分を撮ってみたもの。

BCN18_036.jpg
二枚目のカットですが、せっかく貰った地図を開くまでもなく、いつもの勘働きによる人力GPSを頼りに半島突起部分の城跡に近づいていくと、だんだん、ミラノとか、ビルバオなどにもあったような、赤いタイルの屋根と白い漆喰の壁を特徴とした中世風の教会のような建物が目に入ってきて、しかも当日は空が抜けるように青くて気持ち良かったので、半逆光気味の教会を撮ってみたもの。

BCN18_037.jpg
三枚目のカットですが、石畳の坂道をただひたすら登っていくと、一昨年のマラガ郊外のカサレスのような、堅牢な石の門のアーチを潜って中のカーブの坂道を抜けると、一挙に視界が開けるという構造になっていて、まさに教会の鐘楼越しに江の島の片瀬海岸みたいな砂浜が青い空の下に伸びる光景にいたく感銘を受け、さっそく一枚撮ってみたもの。

BCN18_038.jpg
四枚目のカットですが、同じくペニスコラ半島突端の城跡のテラスからの眺めで、江の島であれば、洲鼻通りと呼ばれる、ここペニスコラの語源でもある、陸とかつては島だった部分が繋がっている両方に砂浜が迫っている半島の構造が良く見て取れたので、広角を活かして一枚撮ってみたもの。

BCN18_039.jpg
五枚目のカットですが、世界遺産に指定されているという、城跡の建物に入って見物するには、入場料が必要とのことなので、両側に土産物屋が建ち並ぶ、島部分の頂上へと続く坂道経由、入場券売場に向かって歩いていたら、オシャレなプードルを連れたフランス人のご婦人と遭遇したので、声かけて、あ愛犬と一緒に一枚撮らせて戴いたたもの。

BCN18_040.jpg
六枚目のカットですが、ランチ前に城跡内部を一通り眺め、一枚のチケットで城跡場内と屋外の史跡こ公園みたいなものを見られるということで、一旦、城跡の麓のレストランや土産物屋が立ち並ぶエリアまで歩いて下る途中、振り向いてみれば、青空に盛大に浮雲が流れ、それをバックに城跡の石垣、物見塔等などが映えて見えたので、思わず一枚撮ってみたもの。

BCN18_041.jpg
七枚目のカットですが、ランチは思いがけず豪華な前菜+パエリア+デセールという組み合わせの割には、バルセロナ市内よりは格段にお値打ちなお店に巡り合い、イイキブンで城跡場外の史跡公園散策に向かう途上、白い壁の建物の間から、遠くの山肌に貼り付いた白い家々・・・そうミハスやカサレス、ロンダのような何処か懐かしい景色が目に留まったので、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

BCN18_042.jpg
八枚目のカットですが、再び城跡のテラスを通り、島部分南東に広がる史跡公園へ向かう途中、先ほど、下のテラスから洲鼻通りを見たのとは違って、物見塔越しに赤タイルの屋根と白い家々が眼下に見え、それ以上に5月のカステリョンの空を覆う雄大な雲の群れが息を飲むほど美しかったので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

BCN18_043.jpg
九枚目のカットですが、翌5/2は先日とは打って変わって、またいつでも泣き出しそうなどんよりとしした低い雲の朝だったのですが、ローカル天気予報のよれば、広間の間は降り出さなそうだったので、一応念のため、傘だけはカメラバックに忍ばせ、計画通り、グエル公園に出掛け、先に述べたようないきさつで公園周囲の無償エリアのみ散策しながら撮ることとし、まずは階段上がってすぐの、キノコのようなカッパドキアのような石の柱が支える廊下のような建造物の前で一枚撮ってみたもの。

BCN18_044.jpg
十枚目のカットですが、屋外の初訪問地ではまず一番高いところへ上がる、という自分の旅の信念にし従い、長い階段を登って、市民公園みたいな、ベンチが据え付けられた、山頂付近のちょっとした広場に辿り着いたら、またしても、リードを話した犬達による国境を越えた歓待で、これも面白いので、傍らで立ち話に打ち興じる飼い主を横目にしゃがみ込んでローアングルでホスピタリティに富んだ犬達のす姿を撮ってみたもの。

BCN18_045.jpg
十一枚目のカットですが、山頂の公園は確かに眺めはイイですが、それほど撮っても面白白そうなものも見当たらなかったので、10分も居ないで、降りようとした矢先、おそらく真昼間から一杯引っ掛けて、上機嫌なロシア人ご一行様が、記念撮影タイムに入ろうとしていて、ヲッサンが、同行の小姐達に、こうやってポーズとるんだ!とか実演し、一同大爆笑だったので、通りざまに1枚戴いてみたもの。

BCN18_046.jpg
十二枚目のカットですが、山頂の公園から、先に登ってきたのとは90度くらい離れたルートで、グエル公園の有償エリア、ガウディの作品が集中する、いわゆるモニュメントゾーンの建物が眺められる道を辿って降りて行ったら、何故か、一軒だけ、無償エリアに点在するガウディ作のお屋敷が在ったので丁度イイ通行人がやってくるのを待ち構えて一枚撮ってみたもの。

BCN18_047.jpg
十三枚目のカットですが、ほぼ麓に近いレベルの、モニュメントゾーンを囲む馬蹄型の広場のような場所に降りて来たら、やはり、同じようなことを考える人間は、浜の真砂並みに尽きないようで、このかカポーも19時半まで待つ身は辛いのか、手すりから身を乗り出さんばかりの姿勢で、モニュメントゾーンのオブジェを凝視していたので、その真摯な姿勢に打たれ、1枚戴いてみたもの。

BCN18_048.jpg
十四枚目のカットですが、お昼を撮ってから道すがら買い求めた、土産物などを宿に置いたり、お茶したりするため、いったん世界遺産のサンパウ病院裏の宿に戻り、しかるのち、空模様が怪しくなってききたのもものかわ、この素晴らしい街との暫しの別れを惜しむべく、ランプラス通りに向かうべく、メトロ三号線のカタロニア駅から地上に上がってみれば、たちまち空は泣き出し、仕方なく、目の前のデパートと思しき建物一階のエントランス付近に佇み、雨宿りに来る人々を狙って何枚か撮ったうちの一枚。

BCN18_049.jpg
十五枚目のカットですが、30分もしないうちに小降りになってきたし、傘も持っていたので、時間をお惜しんで、ランプラス通り、及びそこから両側に伸びるビルの谷間の道を撮り歩くこととし、まずは、先日、台湾のお茶の赤い提灯が目に留まった通りを奥に進んで、雨に濡れた石畳の表情を撮ろうと歩き出したところ、素敵な鋳物の街頭柱越しにローカル親子が足早にやって来るのが見えたので、1枚戴いてみたもの。

BCN18_050.jpg
十六枚目のカットですが、裏通りを次から次へと渡り歩いていたら、しまいにはいつの間にかランプラス通り屈指の観光スポット兼世界有数のインスタスポットであるサンジョセップ市場に辿り着き、望外の僥倖に感謝し、さっそく中に入ってシャッターチャンスを探していたら、インスタ小姐が居たので、しっかり横から1枚戴いてみたもの。

BCN18_051.jpg
十七枚目のカットですが、ここサンジョセップ市場は、場所が場所だけに、性格的には沖縄は那覇の牧志公設第一市場とか、金沢の近江町市場などの観光市場そのものと云って間違いなく、市場とは銘打っている割には、売っている品物はスーパーマーケットより、高いとか云う話でしたが、それでも、物販店の合間にバルが在って、そこで、楽しげに酒を酌み交わす老若男女が居たので、その幸せそうな様子をお裾分け頂いたもの。

今回の旅の感想ですが、往復とも上海経由の艱難辛苦の旅ではありましたが、GWの真っ只中、信じ難いお値打ち航空券、たまたま同じホテルの安い部屋が予約取れなかったため、仕方なく押さえた、最上階の、世界遺産が一望出来るペントハウスの部屋、何よりも、出発前には、マラガやビルバオと違い、ばバルセロナは何でもアリの物騒な街だから大丈夫かとの声も聞こえましたが、全行程、一回も怖い思いや不自由もせず、親切で人懐っこい、スペインや世界中の旅人達と交歓出来たのが何よりの財産となりました。

今回、その人々達との交歓のもと撮影した写真は意図的に揚げませんでしたが、これは、来たる8月c中旬の写真展のためにとっておいてあります、また詳細決まったら、ここでも告知させて頂きます。

さて、次回は、現在、当工房新設計で加工中のレンズが土曜午前中に仕上がったら、その試写結果をアップ致しましょう、乞うご期待!!
  1. 2018/05/20(日) 20:00:19|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

Going back to Grand Espana~BCN Tour’18②~

さて、今週のご紹介は予告通りにGWを利用しての約1年半ぶりのスペイン旅行から、3回に亘り、ハイライトをご紹介するうちの第二回めをお送り致します。

まずは恒例の行程紹介から。
到着三日目、4/30の朝は宿を9時過ぎに出て、五号線メトロ経由、サンツ駅からRENFE快速電車で2時間弱のタラゴナへ出かけ、そこでランチ後、日没迄撮り歩き、再びRENFEの快速電車に乗ってバルセロナにも戻って、晩飯食べてお仕舞い、四日目、5/1は明け方に目が覚めたら、何とバルコニーから見える市内の天気は大雨、さりとて、せっかくのバルセロナですから、宿でくすぶっていて何処へも撮りに行かないという選択肢は無いわけで、そこで考えたのが、11時程度まで宿を出る時間を遅らせ、しかるのち、比較的雨や水濡れに強い構造のX-Pro2と密閉構造のレンズヘッドを使ったレンズのみを持ち出し、サンツ駅から鉄道で1時間弱という比較的近い観光地へ出向くという方針で、結果的には大成功だったと思っています。

では、さっそくその二日間の行程に沿って、現地での実写結果を逐次見て参りましょう。

カメラは1~8枚目がLeica M(TIPO240)、9~17枚目がFuji X-Pro2、レンズは1~8枚目がVoigtlaender Ultron35mmf1.7Classic、9~17枚目がZeiss Tessar35mmf3.5M mod.by F.G.W.G.による全コマ開放による絞り優先AE撮影となります。

BCN18_018.jpg
まず一枚目のカットですが、滞在三日目の朝、天気も良かったため、宿から最寄りのメトロ駅に向かい、そこからサンツ駅でRENFEの快速電車に乗り換え、南方面にある著名な観光地「タラゴナ」に出掛け、まずは腹ごしらえとばかり、駅附設のカファでボリューム満点のサブマリンサンドをランチに戴いてすぐ、駅から程近い旧市街への入口付近のテラスに出たところ遭遇した、可愛い茶色のセッター犬を連れたご婦人を一枚撮らせて貰ったもの。

BCN18_019.jpg
二枚目のカットですが、同じくタラゴナ旧市街へ続く、地中海が一望出来るテラスを奥へと進んだところ、市内の目抜き通りが遥か彼方まで見渡せるロータリーに出たので、特徴ある通行人がやってくるのを待って一枚撮ってみたもの。

BCN18_020.jpg
三枚目のカットですが、まさに観光ガイド本、紹介サイトでそれこそ何万カットも紹介されているでああろう月並みなアングルではありますが、かつて、帝政ローマ時代は、スペイン地方では最大の都市だったというタラゴナの往時の隆盛を何よりも雄弁に物語る証であるこの海沿いのコロッセオの遺構を敬意を込め、高いところから1枚戴いてみたもの。

BCN18_021.jpg
四枚目のカットですが、ここタラゴナはあちこちに帝政ローマ時代を偲ばせる遺構や彫刻等々が目に付きますが、これも旧市街の更に遺構エリア内のまだ入口付近にあるローマ関連の博物館の建物の南、即ち海側に後世建てられた、カエサルの石像ですが、ありきたりでベタだし、撮ろうか撮るまいか、丁度逡巡していた時、鳩が頭に止まり、あたかも寓話「幸せな王子」のようなシーンになったので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。

BCN18_022.jpg
五枚目のカットですが、狭い、迷路のような通りを、時折、道端に建てられた案内図を横目に奥へ奥へと進んでいくと、ヨーロッパ、或いはマカオやフィリピンのピガンのようにポルトガル、スペインのs植民地として、往時の都市計画によって整備された街並み固有の景色が広がり、改めて欧州を独り旅している実感が湧き、とても嬉しい気分になったので、立ち止まって一枚撮ってみたもの。

BCN18_023.jpg
六枚目のカットですが、両側を高い石や煉瓦造りの建物に囲まれた昼なお暗い通りを歩き続けていると、時折、小さな広場に行き当たって、視界が広がるとともに陽光注ぐ、真昼の街中の景色を目の当たりにすることになりますが、どう作画しようか思案を巡らせていた目の前を、キックボード極小姐が勢い良く駆け抜けて行こうとしたので、反射的に一枚撮ってみたもの。

BCN18_024.jpg
七枚目のカットですが、まずは旧市街遺構ゾーンの周囲を一周しながら目に付くものを撮ってみようと考え、かなりの高低差はありましたが、台湾島の形に何となく似た、一部石積みの城壁も残る周回ど道路を歩いていたら、旧市街と新市街の南東境界付近から放射状に延びる道のほとりにまさにピカソやダリもかくやあらんと云う目を射すような配色の民家を見つけたため、近寄って一枚撮ってみたもの。

BCN18_025.jpg
八枚目のカットですが、タラゴナの旧市街遺構ゾーンを一周し、また出発点に近い、大聖堂もあるエリアに戻ったので、そこから駅に戻る道すがら、また如何にも南欧の古都の街並みと云うに相応しい通りに差し掛かったので、通行人がやって来るのを待ち構えて一枚撮ってみたもの。

BCN18_026.jpg
九枚目のカットですが、翌5/1は明け方から大雨だったので、天気の様子次第で目的地を決めようとお思い、宿で遅めに朝食をとり、外出の準備をしていたら、11時前くらいになって、居室のバルコニーににも雨が降って来ないことが認められ、しかも西の方面の空が明るくなって来ているのを認めたため、訪問候補地のうち、一番近い南方面のシッチェスにサンツ駅からRENFEの近郊電車で出掛け、小一時間で駅に着いたら、すっかり雨も上がって、南欧特有の蒼くて高い空が広がっていたので、ビーチに面した旧市街へ続く道を歩きだし、目に留まった地元商店の店頭の様子を一枚撮ってみたもの。

BCN18_027.jpg
十枚目のカットですが、なかなか興味深い建物や景色が広がる開放的な道を歩いていたら、嬉しいことに一昨年、マラガに滞在していた頃、よく目にしていた、イスラム文化の影響も受けていたという地中海沿岸地区固有の白い壁に青いアクセント、という民家が目に付いたので、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

BCN18_028.jpg
十一枚目のカットですが、前日のタラゴナほどではないですが民家に挟まれた狭い通りを抜けると、こここでも地中海に開かれたテラス状の広場があって、その縁にもたれ、そよ風に吹かれるまま、目前に広がる大海原を無言で眺めていたカポーが居たので借景として一枚戴いてみたもの。

BCN18_029.jpg
十二枚目のカットですが、海辺の通りを歩きながら、適当なリストランテに入って少し遅めのランチを済ませ、また散策を始めたら、なんと、前回、マラガから電車とバスを乗り継いで訪れた、白い村豪華三点セット筆頭、こと「ミハス」の街並みに良く似た通りが有ったので、嬉しくなってしゃがんでローアングルから一枚撮ってみたもの。

BCN18_030.jpg
十二枚目のカットですが、海辺の通りを歩きながら、適当なリストランテに入って少し遅めのランチを済ませ、また散策を始めたら、なんと、前回、マラガから電車とバスを乗り継いで訪れた、白い村豪華三点セット筆頭、こと「ミハス」の街並みに良く似た通りが有ったので、嬉しくなってしゃがんでローアングルから一枚撮ってみたもの。

BCN18_031.jpg
十四枚目のカットですが、海辺の風景は大かた撮り尽した感無きにしもあらずなので、そろそろ駅方面に戻りながら撮り歩こうと思い、先ほど見つけたミハスのような白い通りを上っていったら、なんと、旅行雑誌のイメージ写真用のセットをそのまま片付け忘れたかの如く、街並みの途中に真っ黄色のふフィアット500(チンケチェント)が停められていたので、狂喜乱舞して一枚戴いたもの。

BCN18_032.jpg
十五枚目のカットですが、同じくRENFEのシッチェス駅を目指しながらも、あっちへうろうろ、こっちへうろうろと寄り道回り道しながら石畳の道が続く旧市街を歩いていたら、居ました居ました、愛犬を繋いだまま、散歩途上に昼から一杯やってるヲッサンが・・・ついつい目が合ったら雑談タイムになってしまい、行きがかり上、愛犬一緒に撮ってくれよ、ということだったので、ご希望通り一枚撮らせて戴いたもの。

BCN18_033.jpg
十六枚目のカットですが、これも駅に向かってるんだか、半ば道に迷いながら、それを僥倖に旧市街の路地裏探検やってるんだか判らない、独り旅の出たとこ勝負の散策を楽しみながら、とにかく被写体さ探して歩いていたら、やはりギリシャ辺りの何処かの島にあってもおかしくないような白い家と武骨な鉄格子、花の鉢植えなんかが目に留まったので、嬉しくなって1枚戴いてみたもの。

BCN18_034-01.jpg
十七枚目のカットですが、結局、駅に向かって歩くつもりが、旧市街の裏通り探検が面白くなってしまい、もう一本後の快速電車にずらすことにして、再び陽光溢れる海岸沿いの遊歩道に出て、それらしい風景を撮ろうとスタンバっていたら、長い髪を風に翻しながら真っ白い自転車に乗った美小姐がやって来たので、通り過ぎざまに一閃浴びせたもの。

さて、次回は旅も最後の訪問地、前回のスペイン旅行では事前調査不足で辿り着くことが出来ず、遠くの砂浜から旧市街の全貌のみ眺め、それこそ鬼界ヶ島の俊寛僧都よろしく砂浜に地団駄踏んで、リベンジを誓ったカスティリョン地方の名勝「ペニスコラ」に到達出来たかどうか!? 併せて、出発前日のバルセロナの目抜き通り、ランプラス通り、及びその周辺の風景などもお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2018/05/13(日) 17:25:52|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Going back to Grand Espana~BCN Tour’18①~

さて、今週のご紹介は予告通りにGWを利用しての約1年半ぶりのスペイン旅行から、3回に亘り、ハイライトをご紹介するうちの第一回めをお送り致します。

まずは恒例の行程紹介から。

出発は4月27日の夕刻19:30の成田発の中国国際航空でまず上海は浦東国際空港に飛び、しかるのち、上海-バルセロナ直行便で現地入りしたのは翌28日の朝8時前、そのまま空港から鉄道を乗り継ぎ、世界遺産のサンパウ病院裏に建つホテルへ向かい、荷物を預けて、世界遺産の病院からスナップを始め、ランチ後、暫し散策、それから宿にチェッキンし、夕刻、またハイスピードレンズを付けたカメラ一台持ってランプラス通りに出撃し、撮影後、晩飯食べてその日はお仕舞い。
翌29日はそこそこ早く起きられたので、かねてから訪問する予定地のうち、比較的アクセス性が良い、ジローナという古都に向かい、雨にたたられながらも何とか夕刻まで撮って、電車でまたバルセロナの宿に戻って、晩飯食べに出てお仕舞い。
ここまでが今回の行程のあらましとなります。
では足跡を辿りつつ実写結果を見て参りましょう。

BCN_001.jpg
まず一枚目のカットですが、空港からのRENFE(スペイン国鉄)列車をサンツ駅でメトロ5号線に乗り継ぎ、6番目の駅が最寄りになりますが、駅出口から地上に上がり、自分をはじめ、日本人は病院というとあまり好ましいイメージを持っていないと思いますが、そんなちっぽけな先入観など踏み潰すが如き、壮大な煉瓦造りの建造物群が敷地内に整然と建ち並び、目を奪われてしまったので、宿に荷物を預かって貰ってすぐに観覧すべくエントランスに向かう時撮った一枚。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_002.jpg
二枚目のカットですが、さっそく13ユーロもする入場券を買い求め、中に入ってみると、エントランスから続く、天井がかまぼこ状の長い廊下のライティングが絶妙だったので、前を歩く二人組にシルエットで登場願い、その黄色と黒のコントラストで一枚撮ってみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_003.jpg
三枚目のカットですが、重厚かつ荘厳な建造物の中を次々巡り、棟間の移動は中庭を通ることになるのですが、その庭先にも、季節の花々が咲き誇り、その彼方には春の陽射しを浴びながら、歴史を超えて来た建物達の存在の重みに圧倒されたか、ため息をつきながら辺りを眺める家族連れが居たので、画面に収まって貰ったもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_004.jpg
四枚目のカットですが、エントランスの在る、一番高い建物にて、各室や廊下の装飾など見ながら上った三階の廊下の大きな窓から外に視線をは走らせると、何とかのサクラダファミリア教会が1キロほど先にくっきり見え、前回は駅真上のホテルに泊まり、しかも12時前に入って、9時半前に発つというスケジュールのため、一目たりともその姿を見ることが出来なかったこの教会と、不用意に初対面した驚きもあって、窓から一枚撮ってみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_005.jpg
五枚目のカットですが、病院内の同じ建物の三階廊下の階段手前の部屋の入口で、その手前に立入りせ制限の規制線が張られているのに何故か、その先の部屋の前に職員と思しき男女が入口を挟んで立って、何かしら楽し気に語らい合っていたので、とても微笑ましく思い、通りざまに1枚戴いてみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_006.jpg
六枚目のカットですが、エントランスのある建物内は殆ど全て見終えたので、次なる建物に向かうべく、中庭に出てみると、ちょうど、いたいけな現地人と思しく若いカポーが自撮り結果を確認すべく、肩寄せ合ってスマホの画面なんか眺めて微笑んでいたので、背景の荘厳な建造物との対比も面白く、1枚戴いてみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_007.jpg
七枚目のカットですが、病院を13時過ぎまで掛かって見終えて、ようやくランチの時刻とするため、お店がありそうな地下鉄駅までの道のりを辿りながらも抜け目なく被写体を探して歩いていたら、いいかにも話好き然とした、現地のお年寄りが二人並んでベンチに座り、大声の巻舌のスペイン語で、時折、身振り手振りのジェスチェも交えて楽し気に語らい合っていたので、通りざまにその様子を1枚戴いてみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_008.jpg
八枚目のカットですが、病院からまっすぐ南西方向に伸びる道は真ん中が歩道というか自動車禁止ゾーンとなっていて、その両側に車両が一台ずつ通れる道が有って、またその両側に両脇の商店に面した歩道が設けられている、という何とも贅沢な道路構成になっていて、車両通行帯以外にはそこそこ大き目の街路樹が植栽されており、その緑の木陰の下を幸せそうな現地の家族連れが歩いて来たので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_009.jpg
九枚目のカットですが、ランチ後、周囲の状況を探る目的も兼ね、とりあえず、病院から伸びる道路の終点に位置するサクラダファミリア教会まで歩いてみることとし、時折、シャッター切りながら歩いても10分そこそこで教会下まで着いたので、教会の建物を見上げながら、辺りを歩いていたら、正面い入口前のフェンス越しに中国語で何か話ながら教会入口付近を眺めていた二人組小姐が居たので、ここれ幸いにと真後ろから1枚戴いてみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Summarit50mmf1.5Lによる開放撮影となります。

BCN_010.jpg
十枚目のカットですが、翌29日はサンツ駅から11時前発のRENFE近郊電車に乗って1時間半程度の北西の街、ジローナを訪問したのですが、あいにくこの日は曇天で、最寄り駅から旧市街に歩いて辿り着いた時には相当空模様が怪しくなってきて、それでもまだ降り出すまでは余裕ありそうだったので、新市街と旧市街を別け隔てる川に掛かる橋を渡ってから、観光案内なのかキオスクなのかよく判らない建物前を幼子の手を引く若いオモニが通りがかったので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_011.jpg
十一枚目のカットですが、旧市街へ足を踏み入れて間もなく、断続的にスコールを弱くしたような、い如何にも低い雨雲が風に煽られて上空を通り過ぎるたびにシャワーを浴びせるような雨が断続的に降るようになり、ただ西の方は空が明るいのと降っても大した量でもなさそうなので、適宜、建物の下に入ってやり過ごしながら、街並みを撮り歩いていたのですが、石畳と木陰とカフェがなかなか決まったシーンに出くわしたので、小雨も上がった僥倖もこれあり、さっそく一枚撮ってみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_012.jpg
十二枚目のカットですが、いつもの倣いで、事前に観光ガイドを読むこともせず、またWifiで現地情報を取るのも面倒なので、勘と遠方視力のみを頼りに旧市街を徘徊し、ここぞ!と思うシーンをひたすら撮りまくったののでしたが、建物の間の細い路地にも注意を払って歩いていたら、何と建物の一階部分の刳り貫き通路の先に軽量鉄骨を組み合わせて作ったような鳥籠みたいな赤い橋が有ったので、ささっそく近寄り、色々なアングルで撮ったうちの一枚。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_013.jpg
十三枚目のカットですが、赤い橋の上から眺めると、河の両岸に立ち並ぶ、渋い色使いながらカラフルな店舗兼住宅群が雨で湿っていたこともあり、より鮮明に色遣いが判るようなシーンだったので、川面に映る建物が晴天に比べればやや鮮明さには劣りますが、これはこれで味わいあったので、何枚か撮ったうちの一枚。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_014.jpg
十四枚目のカットですが、旧市街の中心部?の建物に囲まれたちょっとした広場のようなところで、一階コリドー部の軒先にまたくすんだ橙色のようなパラソルが立て並べられ、それが雲越しの弱い陽光を照り返し、建物の黄色と不思議な対比だったところに観光客が通りがかったので、頃合い良く一枚撮ってみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_015.jpg
十五枚目のカットですが、また雨が降り出したので、目の前の黄色い建物のコリドー部で雨宿りさせて貰おうと足を踏み入れ、目の前に広がる整然とした造形、計算し尽くされたかの如き配色の美しさに目を奪われ、広角レンズの威力を発揮させるべく、人が通りがかるのを待って一枚撮ってみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_016.jpg
十六枚目のカットですが、街に辿り着いてから1時間も経つ頃には、すっかり、雨雲も文字通り雲散霧消し、地中海にありがちな澄んだ高い空と柔らかげな白い浮雲の空模様になったので、旧市街の高みを目指すべく、どこの街でも一番高いところに位置する聖堂へと向かい、その街を一望出来るテラスから、もう一か所の教会の尖塔を撮ろうとしたら、アメリカ人のカポーが目前で記念撮影なんか始めちゃったので、有難くエクストラ参加頂いたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

BCN_017.jpg
十七枚目のカットですが、まだ明るかったですが、かなりの枚数を撮り、疲れてしまったこともあり、17時半前には街を後にすることとし、橋を渡って、旧市街からREFFEのジローナ駅の有る新市街へとまた歩いて戻る時、古い病院か何かを改装した市の文化センター前でカラフルなオブジェが夕方の陽光を浴びてイイカンジだったので、半逆光気味に一枚撮ってみたもの。
カメラはM(TIPO240)、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による開放撮影となります。

さて次回は二回目、滞在三日目のタラゴナ、四日目のシッチェス編お送り致します。
果たしてどんな景色、出会いが待っていたのか、乞うご期待!!
  1. 2018/05/06(日) 19:57:34|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

Great effort in improvement of G.B. optics~ Dallmeyer Pentac2"f2.9 mod.M by F.G.W.G.~

Pentac5cm.jpg
さて、今週のご紹介は予告通りに・・・といきたかったのですが、何とペッツバール型の雄?Cinor40mmf1.5で撮影した「浅草裏 一葉桜まつり」の撮影データをPCのHDDに写す前にSDカードから完全消去してしまい、ファイル復活ソフトも全く効果なく、この世から消えてしまい、しかも週末は田舎に帰省していたので、急遽代替記事の撮影も出来ず、萬やむなく一年近く前のストックデータでいきます。
今回のご紹介は工房秘蔵中の秘蔵、英国はDallmeyer社のPentac2"f2.9という、その道の数寄者各位にとっては標準装備のごく普通の標準レンズとなります。
製造はおそらく1950年代の映画用、構成はその名の通り5枚のエレメントを3群に分けたいちおう、
シンメトリーな構成にはなっているユニークなものです。
では、さっそく実写結果を見て参りましょう。
ロケ地は浅草、カメラはX-Pro2による全コマ絞り開放での絞り優先AE撮影となります。

Pentac_001.jpg
まず一枚目のカットですが、深川は木場から浅草に出掛けると、まず最初に目に留まるのが、メトロの出口から地上に出た際に雷門付近の路上にたむろする人力車の車夫各位ですが、この日は珍しく、ハーフっぽいななかなかエキゾチックな雰囲気の車婦さんが同僚とご歓談されていたので、その様子を1枚戴いてみたもの。

Pentac_002.jpg
二枚目のカットですが、同じく雷門周辺ではここ数年、浴衣みたいなデザインのレンタル着物に身を固めた周辺国からのゲスト各位がたむろしていて、お約束の自撮り棒で雷門を背景に記念撮影など愉しんでいるのですが、棒の長さとスマホンの種類によっては、三人だと上手く画面に収まり切れないことがあるようなので、何度も撮り直しをしていた中国人の若者グループに声かけて、シャッター押す代わりにモデルさんになって貰ったもの。

Pentac_003.jpg
三枚目のカットですが、ここも定番の撮影スポット、雷門から仲見世に足を踏み入れ一番最初の交差点、美人茶屋あづまさんの横を西に入ってすぐの仲見世側道との交差点に建つ扇屋さんの店頭の大和絵団扇をモチーフにいつものように背景のボケ具合を試してみたもの。

Pentac_004.jpg
四枚目のカットですが、仲見世を宝蔵門方面に10数メーター歩くと、その左側に様々な国、装束の老若男女にに人気のメロンパン屋のお店が在り、その周辺で並んでいる人々や、その様子をインスタにででも載せるためか、スマホンで興味深げに撮影する周辺国からのゲストが居るのですが、店の行列をま目の当たりにして、買うか買うまいか決めかねていたような中国人の小姐二名の声かけて、まずは写真撮ってから考えよう♪とか適当なこと言って、モデルさんになって貰ったもの。

Pentac_005.jpg
五枚目のカットですが、被写体を探して、鵜の目鷹の目、時折、シャッター切りながら、仲見世を歩くこと数分、あっという間に遥か彼方に在った宝蔵門は目の前に迫り、そこを潜らず、横の定点撮影スポット、手漕ぎ井戸の方を向きやると、居ました、居ました、この時はいたいけな中国人の童子達と、別グループと思しき中国人の小姐のグループが周囲に群がっており、水汲んだり、手を洗ったりしていたので、まずは汗をかいて水を汲むうとするいたいけな兄妹の尊い勤労の姿を1枚戴いてみたもの。

Pentac_006.jpg
六枚目のカットですが、同じく手漕ぎ井戸前で、水を流すという目に見える成果と周囲の喚声にすっかり気を良くした兄妹は鼻歌交じりに水を流し続けていたので、傍らで事の成り行きを眺めていた、今風の衣装の中国人小姐グループのリーダー格の小姐が兄の方に何か声をかけ、流れ続ける水で手を洗い始めたのでその嬉しそうな様子を撮ってみたもの。

Pentac_007.jpg
七枚目のカットですが、手漕ぎ井戸でなかなか得心のカットが撮れたため、次いで向かったのが境内の定点撮影スポット二番、お御籤売り場で、ちょうど、タイからの観光客のご一行様が抽いたお御籤をそそれぞれ手に持ってしたり顔しているところや、読んでるところを記念撮影し合っていたので、そのかカメラマン役の小姐の後ろ姿を1枚戴いてみたもの。

Pentac_008.jpg
八枚目のカットですが、同じくお御籤売り場の周辺で、ここにも浴衣みたいなデザインのレンタル着物に身を固めた、中国の北の方から来たと思しきイントネーションの言葉を発する小姐二名が他の同行メンバーと自撮り棒の使い方について、熱い討論を交わしているようだったので、その興味深いようすを1枚戴いてみたもの。

Pentac_009.jpg
九枚目のカットですが、境内の次なる定点撮影スポット、手水場に目を向けると、居ました居ました、いたいけな中国人一家の極小姐が見様見真似でなかなか上手に手水を使っていたので、その様子をは白人観光客と云わず、別の中国人学生グループと云わず、スマホンやコンパデヂで撮影している中にま混じって一枚戴いてみたもの。

Pentac_010.jpg
十枚目のカットですが、いちおう、本堂にも上がって、撮影の無事と良好なる結果を祈り、ふと踵をか返すと、なかなかロングヘアが美しい韓国人女性を擁したグループが本堂内部でもお御籤なんかやっていたので、リーダー格の年配女性に声かけて読んでるメンバーの横顔を撮らせて貰ったもの。

Pentac_011.jpg
十一枚目のカットですが、なかなか順調なテスト撮影に気を良くしたものの、遠景、特に無限遠域での解像感を見ていなかったことにふと気づき、やや曇天の下にそびえ立つスカイツリーを背景に、手水場の緑青ふいた銅屋根を手前に配して撮ってみたもの。

Pentac_012.jpg
十二枚目のカットですが、X-Pro2の背面モニタで見た限りではなかなかキレの良い遠景が撮れたようようだったので、いつもの意地悪テスト?至近距離のモチーフと無限を配した、後ボケのテストのため、いったん本堂前まで戻り、向かって左側の金物製天水桶の縁の朱文字にピンを合わせてスカイツリーを背景に入れて撮ってみたもの。

Pentac_013.jpg
十三枚目のカットですが、無事、スカイツリーを遠景に入れたカットを撮り、そのそこそこ穏当なボケに安心し、本堂から宝蔵門方面を目指して歩き出して早々、白人女性を交えたグループがお御籤売り場で喚声を上げながら、抽いた籤の内容も読むか読まないかというところで、赤い鋼材で作られた籤結び棚に括りつけようとしていたので、そのきれいなブロンドの横顔を1枚戴いてみたもの。

Pentac_014.jpg
十四枚目のカットですが、宝蔵門を後にして、再び仲見世の元来た道を辿り、歩くこと数分、程なく始点である雷門下まで到着、先ほどとは全く異なる層の観光客が、門左右の仁王像を背景に記念撮影したり、巨大提灯に手を伸ばして、その様子をカメラに収めたりと相も変わらず活況を呈していたので、か傍らからその様子を1枚戴いてみたもの。

Pentac_015.jpg
十五枚目のカットですが、雷門の下を潜り抜け、南の表側に出てみると、やはり様々な周辺国からのs小姐やその同伴者各位が浴衣みたいなレンタル着物に身を包んで、申し合わせたように自撮り棒でか雷門を背景にした記念撮影に勤しんでいましたが、中には自撮り棒を拒否し、親からもらった自前のりリーチで自らの肖像を記録しようという志の高い小姐も居たので、その潔さに感銘し、前から1枚戴いてみたもの。

今回の感想ですが、うーん、製品がみんなお高いメーカーのユニークな構成のレンズなんで、もっとおどろおどろしい写りかと思っておっかなびっくり試写に出たのですが、予想を裏切り、極めてコントラストも高めで、ぼボケも穏当な真っ当な写りなので結構、拍子抜けしたという記憶があります。それにしても、おどろおどろしい描写の文字通りオンパレードだった「一葉祭り」の画像が一枚も残っていないのは心が痛いでです(涙)

さて来週、再来週とGW対応でスキップ、5月第二週はその出張報告を兼ねて、ハラショー!!な旅のカットをお送り出来ると思います、乞うご期待!!

  1. 2018/04/22(日) 19:41:54|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Prompt like wind, silent like forests and aggressive like fire, stable like mountaines~信玄公祭'18~

さて、今週のご紹介は予告通り、今年のお祭りシーズンの嚆矢、しかもお祭り撮影だけぢゃなく、温泉と旨いものとお酒もついてくるという、工房主にとっては、まさに春の到来にも近いイベントで、ここ6~7年間、毎年通っている「甲府市 信玄公祭り2018」からのレポートをお送り致します。
まずは初めに今回の行程のあらましから。
イベント自体は4/6~8の金、土、日の三日間開催されているのですが、やはり見せ場は中日であるど土曜日のギネス記録にも載っているという世界最大級の武者行列で、武者行列は日本しかないから、に日本一が世界一ぢゃね!?とかいう無粋な突っ込みは無しにして、今回も"風林火山"のそれぞれの文字に因んだ6組の武将の組+湖衣姫隊、三条夫人隊、大井夫人隊と30組近い戦国時代の衣装を身に纏った人々が目の前を通り過ぎていくさまは、もはや感動以外の何物でもなく、心から喝采を送りたい気持ちになります。
現地には、土曜のお昼過ぎに着くバスで甲府駅に到着、まず帰りのバスの切符を押さえてから、恒例の「奥藤本店」で「鳥もつ煮」と「手打ち蕎麦」、そして「たらの芽の天婦羅」を戴き、しかるのち、駅北口徒歩2分と謳う目の前の宿にチェッキンし、機材を持ってお祭りで賑やかな駅周辺まで出かけ、北口のイベント広場で何枚か撮ったあと、パレード前の屯所が点在する大通り方面に出掛け、写真撮りながら、振る舞い酒なんか貰って、15時半過ぎまで撮り続け、いったんお茶タイムを挟み、盆地のことですから、陽が傾き出すと暗くなるのも釣瓶落としなので、玉をf1.2クラスのハイスピードのものに換装し、そのままパレードの最後まで撮り続けたのが土曜日。
翌日曜日には、宿に荷物を預かって貰って10時前にチェッカウトし、しかるのち、昨日は14時からへ閉鎖されていた甲府城址に北口お祭り広場経由向かい、そこで出番待ちではしゃいでいたいたいけな童子侍、極小姐腰元各位の姿を撮って歩き、適当なところで切り上げてランチ、14時かっきりのバスでまた新宿に戻ったというのが二日目の行程。
では、二日間の行程に沿って、実写結果を見て参りましょう。
カメラはX-Pro2、レンズは1~8枚目までがM-Rokkor40mmf2.0、9~15枚目までがEBC-Fujinon50mmf1.2、16~17枚目がTessar35mmf3.5改Mによる全コマ開放、絞り優先AE撮影となります。

Shingen18_001.jpg
まず一枚目のカットですが、北口に面した宿から駅に向かおうとして広場に目をやると、居た、居た、居ました・・・コスプレ、もとい戦国時代の衣装に身を固めた集団が賑やかに場を盛り上げているのがて手に取るように判ったので、はやる心を抑え、ダッシュで駆け寄ると、どうやら、ゲストでやって来ていた仙台観光協会の回し者?「伊達おもてなし隊」の面々だったらしく、今日最初の撮影だよ、とか云ったら、信玄公のお祭りなのに申し訳ないですなぁ・・・とか云いながら快くモデルさんになってくれたもの。

Shingen18_002.jpg
二枚目のカットですが、遠来の政宗様ご一行に鄭重にお礼を述べ辞して直後、あろうことか、鎧兜に身を固めた異人の偉丈夫が退屈そうに伸びをしたあと、あくびなんかしてたので、なんじゃこのヲッサンとか思って近寄ってみれば、同僚?の白人女性も足軽の恰好であくびなんかしてるので、ここは一計、二人して表に引っ張り出して、注文つけて2カットばかり撮ったら、通りがかりのシャイな観光客やら、亀爺、亀婆があたかも生者を見つけたアンデッドの群れのように集まってきて、我も我もと撮影を始めてしまい、退屈しのぎをさせて上げましたという一枚。

Shingen18_003.jpg
三枚目のカットですが、今年も幸先良いスタートを切れたので、いつも通り、甲府城址の廓内でパレード前のお侍さんやら腰元衆でも撮らせて貰おうと足を運んだら、たった5分の差で、パレード準備のたため、「城郭内関係者以外立入り禁止」になっていて、仕方なく、県庁裏経由、市役所方面の屯所を回ろうと作戦変更し、県庁の敷地に近づいたところで、これまた異人さんのお侍二名を発見、交渉して県庁をバックに一枚撮らせて貰ったもの。

Shingen18_004.jpg
四枚目のカットですが、県庁裏のちょっとした広場では幾つかのグループが宵の口からのパレードに向けて、準備やらブリーフィングやら色々とやっていたので、その合間を縫って、これは!と思うモデルさんを物色していたら、本来ならブリーチしたウルフカットに金属製のトゲトゲとかチェーンの着いた黒レザーの衣装の方が似合いそうな、なかなかクールビューティーの白人にいきなり鉢合わせししたので、交渉の末、モデルさんになって貰ったもの。

Shingen18_005.jpg
五枚目のカットですが、同じく県庁裏の広場でヲヤヂさんはお侍様、娘さんは、腰元衆の衣装に身をか固めていて、なかなか雰囲気が出ていたので、卒爾ながらと声をかけ、怪しいもんぢゃないので、ブログやFacebookでこのイベント紹介するからお二人一緒に撮らせて、とお願いしたところ、一瞬、怪訝そうな顔をされたので、路上でFacebookの自己紹介ページ見て貰い、やっと納得してモデルさんになっても貰ったもの。

Shingen18_006.jpg
六枚目のカットですが、思わぬ成果に気を良くし、県庁裏を後にして、次なる目的地である市役所建物下のオープンスペースに向かってみると、これまたラッキーなことに今年は、ミス信玄公祭りでもある「湖衣姫」役の小姐がお付きの小姐二名と共に写真撮影を前提とした屯所の床几に腰掛けていたので、ウケを狙い「深川から来たしがない瓦版屋でさぁ♪」とか冗談交じりで撮影の申し入れしたら、一瞬驚いたような表情の後、破顔して快諾、お付きの方を従えての華やかながら堂々の一枚となったもの。

Shingen18_007.jpg
七枚目のカットですが、同じく市役所下の吹き抜けのスペースには富士通さんを始め、毎年、複数の武将隊が文字通り陣取っていたので色々と物色していたら、甲府市役所隊に属するという白人女性二名が目に留まったので、声かけてモデルさんになって貰ったもの。

Shingen18_008.jpg
八枚目のカットですが、同じく市役所の周辺の路上にも各武将のグループが何となく集結しているところが幾つか在って、パナソニック隊に属するらしい、いたいけな小姐足軽、今風に云えば「足ガール」の面々が出発前の寸暇を惜しんで井戸端会議ならぬ、まさに足ガールズトークに没頭していたので、声かけてモデルさんになって貰ったもの。

Shingen18_009.jpg
九枚目のカットですが、駅至近のジョナサンでのお茶&糖分補給の後、レンズを明るいものに換えて、週始めまではかなりの高確率での降雨が予想されていたこともあり、例年に比べ人出が今ひとつの感有りの沿道の見物の列に加わることとし、武者行列本番前のアトラクションとして供された小渕沢乗馬クラブの有志による騎馬パレードで回ってきた小姐騎馬武者の姿を撮ってみたもの。

Shingen18_010.jpg
十枚目のカットですが、陽が暮れかけ、気温が急に下がりつつある路上で待つこと1時間弱、やっと武者行列の開始、初めに近い、"風"の何番隊だったか忘れましたが、年端もいかないいたいけな白人少年が背をピンと伸ばし、やや緊張した面持ちで異国の古のお祭りの栄えある騎手を務めている姿に感じ入って1枚戴いたもの。

Shingen18_011.jpg
十一枚目のカットですが、写真的には一番見栄えがして、コンテスト等にも一番応募件数が多いという、三条夫人隊のお女中衆の衣装に身を包んだ小姐達の一行がやって来たので、先ほどまでは雑談にうち興じていた左右の亀爺、亀婆達も臨戦モードにシフトし、やたらシャッター切る音やフラッシュが焚かれる中で撮った数枚のうちの一枚。

Shingen18_012.jpg
十二枚目のカットですが、武者行列の合間に各有名女性達の華やかなパレードがお口直し代わり?に行われるようなのですが、今回の見せ場のひとつは、三条夫人隊の直後を固めていたのは、勇壮な鎧胴装束に鉢巻姿の女性武者の一群で、先頭女性の凛々しい表情に惹かれるものがあり、女中姿の撮影結果の確認もそこそこに慌ててカメラを構え直して撮ったもの。

Shingen18_013.jpg
十三枚目のカットですが、この武者行列の凄いところは、徒歩のみならず、隊の親分である有名武将役の人間は、役人であろうと、堅気のサラリーマンであろうと、乗馬しての参加を求められ、轡取りは、万が一の時の収拾役も兼ねた乗馬クラブの係員諸氏が行ったようですが、なかなか堂々とした騎乗の武者ぶりで、この付け髭の武将役もどこぞやの会社の部長さんだそうですが、余裕こいて手なんか降ってたので、感心して一枚撮ってみたもの。

Shingen18_014.jpg
十四枚目のカットですが、時代考証という観点からは完全にアウトですが、武者行列のメンバーにはひ昼間、屯所で写真撮らせて貰ったように、小姐の鎧胴姿の武者もかなりの数が参加しており、それが、きちんと髷を結うでなく、ポニーテールやひっつめ髪のまま行進していくので、首を振るたびに髪が揺れる様がなかなか趣きあったので、通り過ぎざまに一枚撮ってみたもの。

Shingen18_015.jpg
十五枚目のカットですが、翌日曜日も朝から天気は快晴、やっぱり日頃の行いは大切なんだな・・・とか殆ど雨に祟られた昨年末の台北旅行はさておき、すっかり"ハイパー晴れ男"の面目躍如のキブンで、宿を後にし、まず向かったのが昨日同様、駅の北口広場で、そこでは見るべきものもなく、次に駅の北側に復興、再建された大手門の遺構に足を運び、今まで中に入ったことも無かったのですが、また4月から奉公先の会社の仕事がそっち系になったので、城郭建築に関する勉強でもしようと思い、大手門二階のミニ展示場に足を踏み入れたら、係のヲヂサンに「展望台から外眺めると綺麗だよ」と教えて貰ったので、初めてテラスに登って、大手門下でまだ残っていた太白桜も入れ、鐘撞堂、稲荷櫓方面を撮ってみたもの。

Shingen18_016.jpg
十六枚目のカットですが、大手門を後にして、係員のヲジサンお勧め、という夢小路経由、甲府城址の城郭に足を踏み入れたら、枝垂れ桜や、八重桜が咲き誇る中、芝生の上でいたいけな武者姿の童子達が、無邪気にチャンバラごっこなんか楽しんでいたので、ちょうど、塀をバックに高いところで、迫真の演武をやっている童子達がいたので、声かけてモデルさんになって貰ったもの。

Shingen18_017.jpg
十七枚目のカットですが、チャンバラごっこの童子達に礼を述べて別れ、次なるモデルさんを探してほ本の丸下の自由広場を訪れてみたら、時間も時間、ちょうどお昼時に差し掛かっていたので、まさに「「腹が減ったら戦は出来ぬ!」ではないですが、芝生の上のあちこちでお弁当遣っていたグループがめ目に留まったので、鷹揚そうな保護者の見守る座に足を運び、お昼食べてるとこ、一枚撮らしてね♪と声かけたら、「ハィ撮ってくれるんだから、ちゃんとカメラの方見てね」とか親御さんが後は仕切ってくれたので、有難く撮らせて戴いたもの。

今回の感想ですが、いやはや、甲府は良いところです、今年も益々そう感じました。確かに新宿からで電車やバスで2時間はかかりますが、旨いもの、温泉、富士山をはじめとした佳き景色、そして何よりも街の老若男女各位がそれぞれの立場で、おもてなしというものを良く判っていらっしゃる・・・来年も万障繰り合わせてお邪魔致します(笑)

さて、次回のご紹介は、これまた時代物でゲップ出そうですが、昨日、浅草は吉原周辺で行われた「浅草裏一葉桜まつり」の花魁行列とその周辺を、時空を歪ませるが如きクセ玉で撮影して来ましたのでレポートしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2018/04/15(日) 17:28:59|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Going back to Hanoi'18 ②

さて、今週のご紹介は予告通り、3月下旬に2年ぶりに出掛けたハノイ、滞在三日目に中距離列車に揺られて訪問した哀愁?の港町ハイフォンからのカット、そして飛行機に乗って帰る当日の夕刻まで撮ったハノイの休日の街の様子をお送りします。
まずは恒例の簡単な行程ですが、滞在二日目にハイフォンまでの往復切符は旧市街の北の外れに位置するロンビエン駅まで写真撮りついでに出掛けて行って入手していたので、翌三日目は余裕こいて、9時20分の列車乗るのに宿を8時半過ぎには出て、旧市街を北に縦断しながらスナップしてロンビエン駅に向かい、だいぶ早く着きましたが、列車はここが始発ですから既に停車していたので、中に入って発車を待ち、3時間弱の12時過ぎにハイフォン駅に到着、前回の失敗を教訓に駅から真っ直ぐの道には行かず、前もって調べておいた古刹めがけて旧市街を通りながらスナップすることとしたのです。
当日は無事に目的地?の古刹へ辿り着き、しばし時間を潰したのち、またもと来た道と若干ルート変更しつつ、駅へ戻りがてらスナップしたり、カフェでお茶したりして、18時ちょうど発の列車に乗って、ハノイまで戻ったという次第。
で、最終日24日は朝、11時前に宿をチェックアウトし、19時頃に引き取りに来るんで、荷物預かっててね、ということで、カメラバックのみ持って街へ出て、まずは到着した時に通って気になっていた、書店街へまた舞い戻り、そこで何枚か撮ったあと、86番バスのルートを辿るようにオペラハウスを目指し、その途中でこれまで気づかなかった比較的大きなローカルデパートやら、歴史博物館、そして今回は嬉しい偶然とも云えた「日越国交樹立45周年記念」のイベントで少なくとも日本に何らかの関心は有るハノイ市民が充満する場でかなり友好ムードで写真撮れたのでした。
では、さっそく二日間の行程に沿って、実写結果を見て参りましょう。
カメラは1~12枚目までがFuji X-Pro2、13~17枚目までがLeica M(TIPO240)、レンズは1~5枚目までがApo-Componon40mmf2.8改M、6~12枚目がBiogon25mmf2.8ZM、13~17枚目までがUltron35mmf1.7VM Classicによる全コマ開放、絞り優先AE撮影となります。

Hanoi_18_018.jpg
まず一枚目のカットですが、宿から出て、ロンビエン駅に向かうルートは実は宿の目の前の交通量の多い大通りを真っ直ぐ歩けばすぐに旧市街の北のどん詰まりに出て、高架伝いに歩けば、ほどなくロンビエン駅に到達するのですが、それでは道すがら写真を撮る目的が達せられないので、わざと遠回りすべく、まずはホアンキエム湖経由とすべく、大聖堂に面した通りに繋がる路地を通りざまに撮った一枚。

Hanoi_18_019.jpg
二枚目のカットですが、湖の周回道路に出る前の路上で、果物の行商のアヂュモニの自転車の周りで、悠々自適に朝飯なんか食べてる、当のアヂュモニをさておき、自転車荷台のバナナをはじめとした果物の品定めなんかをやってる雰囲気の近所のヲヂサン、ヲヴァサンの眼つきが面白かったので通りざまに撮った一枚。

Hanoi_18_020.jpg
三枚目のカットですが、若いオモニと色白の極小姐が商店の軒先で遅めの朝飯なんか食べてたので、こ声かけて撮らせて貰ったのですが、肝心の極小姐の方は、オモニがなんど、写真撮って貰うんだから、ヲヂサンの方向いて笑って、と諭しても、我が心ここに在らずという雰囲気だったので、必死に笑顔を見せてくれるオモニへのサービスも込めて撮った一枚。

Hanoi_18_021.jpg
四枚目のカットですが、、旧市街は36通りを北に上り、遂にロンビエン駅もほど近いドンスアン市場が見える辺りまで辿り着いたので、よくよく考えて見れば、同市場の建物の全景図とか周囲の雰囲気とか撮ったこと無かったな、と思い直して撮ってみたもの。

Hanoi_18_022.jpg
五枚目のカットですが、ドンスアン市場を中心とするエリアは路上マーケットが繰り広げられており、この朝の時間はまさに書き入れ時であると同時にオモニ、アヂュモニ連中が買い物を口実に集まっちゃ、情報交換ならぬ、井戸端会議に血道を上げる頃合いなので、どこもかしこも小さな商店やら、路上に広げられた行商の露店などを囲んで、歓談に打ち興じていたので、いちおう、声かけて、こっちもロクすっぽ見ないでうんうん頷いたので、ぢゃ遠慮なくと1枚戴いてみたもの。

Hanoi_18_023.jpg
六枚目のカットですが、ほどなくロンビエン駅に到着、既に入線していた列車の特等席に着き、定刻通り発車、造りはベトナム戦争直後のソ連という古めかしい車両でしたが、客車内は入念にリノベされていて快適な旅も、ほぼオンスケの12時過ぎに終点ハイフォン駅に着いたので、ホームに降り立ち、駅舎に向かって歩きながら構内の様子を撮ってみたもの。

Hanoi_18_024.jpg
七枚目のカットですが、前回のハイフォン初訪問は二つの致命的なミスを犯していて、そのひとつが滞在時間がランチ込みの2時間程度だったということ、二つ目は旧市街の位置を全く調べずに出かけてしまったことだったので、今回は入念に調べておいて、前回とは90度異なる方角に歩き出したのですが、行けども行けども、ハノイの目抜き通りとあまり変わらない商店街なので、どうしようかいなとか思った時に目の前の路上で消防車の模型で燃えさしに水かけて火消しごっこしている童子が居たので声かけて撮らせて貰ったもの。

Hanoi_18_025.jpg
八枚目のカットですが、不安を水に流したのが効いたのか、ほどなく、ローカル市場街の入り口が目に留まり、そこに入って行くと、オモニ、アヂュモニ達が輪になって椅子に座り、ピーチクパーチクとさ囀りながら元気に貝の殻むきなんかやってたので、声かけてその様子を撮らせて貰ったもの。

Hanoi_18_026.jpg
九枚目のカットですが、前回と比べて時間的なゆとりが有るせいか、今回はなかなか良い案配に調子が出て来て、市場通りの端が面した一本北の大通りを西に向かって歩いて行ったら、公園みたいなところで何かのイベントのセッティングやってて、英語で日本との友好何たら書いてあったので眺めていたら、いきなりアオザイ姿の大年増のアガシ二名に囲まれて、オニイサン日本人でしょ、ベトナムの美女撮りたいででしょ、ほらほら遠慮しないで!とかそこそこ流暢な英語で話し掛けられたので、やや怖気づきながらも有難く一枚戴いたもの。

Hanoi_18_027.jpg
十枚目のカットですが、日越友好イベント会場でのサービス精神旺盛な年長のアガシ二名の熱烈歓迎に心より謝意を伝え、その場を後にして、歩くこと約15分、偶然とは言いながら蟹うどんの名店に遭遇し、そこで極上ランチを戴いてからまた30分も歩いて、目的地の名刹に何とか辿り着き、そこでふ風景撮ったり、英語が通じそうな観光客と雑談したりして時間潰し、16時半も過ぎてからまた来た道を戻り、駅を目指すことしたのですが、途中でルート変更し、駅の南に出る大通りを歩いている時に壁画の在る建物のアンダーパスを自転車が通り抜ける瞬間を捉えてみたもの。

Hanoi_18_028.jpg
十一枚目のカットですが、ハイフォン駅の近くまで来たら、やはり路上で店を広げる簡易飲食店のような場所で、思い思いの椅子に腰掛け、屈託ない笑顔で歓談にうち興じる、オモニ、アヂュモニ達の姿が目に留まったので、声かけて、一枚撮らせて貰ったもの。

Hanoi_18_029.jpg
十二枚目のカットですが、駅近くまで辿り着いたのが17時ちょい過ぎ、まだまだ時間ありますから、比較的チェーン店っぽいカフェなら英語メヌーも有るだろうと見当付け、入ろうかいなと店の前まで来たら、二人乗りのスクーター後ろ席、リラックマのピンクのヘルメットをかぶった、なかなかの美形の小姐と目が合ったら笑顔を向けてくれたので、蛮勇を奮って声を掛け、カレシもろとも一枚撮らせて貰ったもの。

Hanoi_18_030.jpg
十三枚目のカットですが、翌24日、この日の深夜、日付が変わった0時50分発のヴェトナム航空の便でまた成田に戻らねばならないですが、空港には22時に着けば余裕なので、少なくとも夕方くらいまでは思う存分市内スナップが出来るので、宿に荷物預けて、書店街経由、オペラハウスへ向かうこととし、ホテル前の通りを歩き、駅方面へと繋がる大通りと交差する手前辺りで撮ってみたハノイの朝の街角風景。

Hanoi_18_031.jpg
十四枚目のカットですが、東西を走る大通りをそのままホアンキエム湖の南方向に歩いて行けば、ほどなくオペラハウスに到達するのですが、その手前に、今まで気づかなかったローカルデパートがあり、しかも、この日は日曜だったためか、かなり大規模な歩行者天国やってて、民族衣装であるアオザイを纏った老若男女が行き交っていたので、デパートを背景に一枚撮ってみたもの。

Hanoi_18_032-01.jpg
十五枚目のカットですが、デパート経由、オペラハウスには到着しましたが、あいにく、この日はイベント準備の都合とやらで、中を見せて貰えなかったため、仕方なく、外観だけ眺めて、次なる目的地、歴史博物館へと向かったのですが、ここも、さすが共産主義国家、ちゃんと昼休憩が定められていて、13時半まで中には入れて貰えないとのことだったので、仕方なく、こちらもランチしてから戻ってこようと、勝手知ったるホアンキエム湖~大聖堂周辺のエリアでランチとろうと思い、歩き出した時にやってきた輪タク軍団を撮ってみたもの。

Hanoi_18_033.jpg
十六枚目のカットですが、ランチ後、無事、歴史博物館の見学を行うことが出来、ヴェトナムも侵略を受けるまではなかなかの文化水準の高い国だったことに改めて気付かされ、逆にこれはまた将来のの伸び代も有る国ではと勝手に思って嬉しくなり、歩行者天国でもうちょい画を拾おうと戻った矢先に目の前を戦車のミニカーで勇壮に駆け抜けるいたいけな童子達の姿が目に留まったので反射的に撮ってみたもの。

Hanoi_18_034.jpg
十七枚目のカットですが、歩行者天国も飽きたのでホアンキエム湖周辺のイベントでも撮ろうかいなと周遊歩道を歩き出したら、なかなか美形の白人小姐が、ヲヂサン、それライカ?なかなかクールだよね、撮りっこしない、とか悪戯っぽく話し掛けてきたので、まずは拙者から、とかカメラ向けたら、あ相手も同時に構えて、撮りっこってこういうことよ、とかお互いにヘンな写真撮ったというお話。

今回の感想ですが、いやはや、今回で3回目だったと思いますが、狭いハノイの旧市街ですら、新発見のエリアや施設あり、列車旅のハイフォンも初回の手痛い失敗を補って余りある楽しい小旅行だったので、早くも、またハノイに旅するのが楽しみになって来ました。

さて次回は、4/7、8と泊りがけで出掛けてきた信玄公祭り2018からお送り致します、乞うご期待!!

  1. 2018/04/08(日) 21:51:51|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Going back to Hanoi'18 ①

さて、今週のご紹介は予告通り、二週間のスキップののち、3/21から24まで二年ぶりに出掛けていたハノイから、新相棒のLeica M(TIPO240)とこれまでの主力機X-Pro2による街の様子や出会いを二週に亘ってお送りします。
まず、簡単な行程紹介ですが、3/21(水)の10時成田国際空港発のベトナム航空機で14時半過ぎにハノイ郊外のノイバイ国際空港に入り、そこから欧米のバックパッカー達の間では既に有名になった"86番"バスで市内に移動、しかるのち、地図上では今回の宿に最も近い筈のメリアホテル前のバス停でげ下車し、簡単な地図と今回で4回目ということもあって、旧市街地の土地勘はそこそこありますから、えいやっと見当を付けて歩くこと30分弱で、何とか無事に宿に着き、チェッキンし、荷物置いてから、日暮れまで旧市街をスナップして歩いたのが初日。
そして翌日は、ホテルで出される朝飯食べたあと、滞在三日目に予定していたハイフォン往復のための鉄道キップ購入のため、ロンビエン駅まで歩きながらスナップ、お昼をまたホテルそばの何回か使ったことあるローカルレストランで食べてから、旧市街地と新市街地の境目辺りにある、戦争博物館を久々に見学したかったので、途中、線路沿いに暮らす人達の様子をスナップしながら博物館まで歩いて移動、見学後、隣接する史跡も見たかったので、どんどん北上するも入場ゲート見つからず、仕方なく、東西を走る幹線道路との交差点に建つアーミーホテルでお茶して、いったん宿に戻り、一休みしてから、ば晩飯兼ねて夜景スナップに出掛けたのが二日目、といったところです。
では、当日の行程に沿って実写結果を見て参りましょう。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズは1~9枚目がVoigtlaender Ultron35mmf1.7asph. classic、10~17枚目が、Leitz Elmarit28mmf2.8三代目、撮影条件は全コマ開放による絞り優先AE撮影です。

Hanoi18_001.jpg
まず一枚目のカットですが、空港からのバスを降りて、だいたいの方角の検討をつけて歩き出し、たぶん前の常宿の在ったエリアだろうと、北へ抜ける道を探していたら、つい最近出来たであろう、歩行者オンリーの散歩道の両側に本屋が建ち並ぶ、なかなか雰囲気のイイ小径を発見、そこを通り抜けようと思ったら、あちこちに据え付けられたベンチで若い人々や家族連れが歓談に打ち興じていたので、宿についてから撮影開始のつもりだったのを、すぐにカメラを取り出し、手近な女子大生コンビと交渉してモデルさんになって貰ったもの。

Hanoi18_002.jpg
二枚目のカットですが、書店街?を通り抜け、北西方向に進んで行くと見慣れたホエンキエム湖~ハノイ大聖堂周辺の雑多なエリアに近づいたことを思い出し、急に懐かしさと、安堵感がこみ上げ、速足だったのが、だいぶ、周囲を見渡す余裕も出来、通りに面した食堂の軒先のテーブルで細工物に夢中の兄妹が目に留まったので、傍らの主婦連?で歓談に打ち興じていたオモニに声かけて一枚撮らせて貰ったもの。

Hanoi18_003.jpg
三枚目のカットですが、さて、宿に無事チェッキンし、荷物を置き、カメラ一台と財布、パスポート、スマホンだけという超軽装備で旧市街のスナップに出掛けて早々、これまでの常宿と今回の宿とは100m程度しか離れていないので、路地の隅々まで知り尽したエリアですから、撮影ポイントは熟知しているので、白人旅行客がたむろする安宿街を流していたら、路上で寛いでいたうちのサングラスお男が目ざとくライカに反応して、ヘイ!みミスター!とか声かけてきたので、なーに!?と返事したら、二人撮っておくれよ!ということだったのので、ぢゃいくよ、と一枚戴いたもの。

Hanoi18_004.jpg
四枚目のカットですが、まさに連鎖反応とはこのことで、二人と軽くジョークのジャブをかまし合い、お勧めの安レストランの情報交換なんかして別れたら、その斜め向かいのカフェで一部始終を見ていた白人カポーの兄ちゃんの方が、日本から写真撮りに来たカメラマンなら、我も撮っておくれよ、といいうことで、奥からなかなか眉目麗しい恋人を呼び出し、二人で決めポーズとって貰い、1枚撮ってみみたもの。

Hanoi18_005.jpg
五枚目のカットですが、路地から抜け、大聖堂に面したそこそこ通行量の多い通りを、まずは夕暮れのロンビエン鉄橋を撮る目的で、市場通りを抜けながらそこも撮ろうと考えて、ホアンキエム湖方面へと北東に歩き出したのですが、何せ二年ぶりのハノイ、同じようなバイクの量でも、上海、北京、そして台北では曲がりなりにも信号は機能し、交通整理の警官も居て、更には交通マナーという概念はそこそこ根付いていますが、ここではそんな甘っちょろい枠組みなどはなから存在せず、弱肉強食、早い者勝ちの交通戦争を動体視力と反射神経、そして動物的な勘で乗り越えないと道路の向こうのコンビニに水買いに行くのにも半日かかってしまいそうな状況なので、なかなかリズムに乗れず、ただ茫然と行き交うバイクの群れを撮ってみたもの。

Hanoi18_006.jpg
六枚目のカットですが、やっと道を渡る間合いを掴み、時には先を行く現地人や白人バックパッカー達と臨時の護送船団を組んで渡ったり、或いは大胆にも家族を渡らせようと体を張って流れを停めようとしている家族連れ白人の父親の横を堂々とすり抜けたりと、臨機応変、融通無碍に道を歩くすべをた体得し、辿り着いたのがホアンキエム湖の周回道路、ふと、とある木陰に目をやると、桃井かをりの若い頃みたいな雰囲気のローカル小姐が店舗前の樹に繋がれたままの食用犬?チャウチャウの頭を撫でながら、何か話しかけていたので、卒爾ながら、と声かけて横から一枚撮らせて貰ったもの。

Hanoi18_007.jpg
七枚目のカットですが、撮影に協力してくれたお礼にスマホンの中にしまってある故愛犬のチョコラブの写真なんか見せて上げて、ぢゃね~日本に来たら、寿司屋くらい連れてって上げるからね、とか調子良いこと言って別れ、また北東方向に向かって歩いていたら、何と店舗の店頭の台みたいなとこところにコッカスパニエルの老犬が所在なく横たわっていて、通りを眺めていたので、近づいてみたら、尻尾を振って喜ぶでなし、一瞥してまた目を伏せてしまったので、そのどことなく厭世的な哲学者みたいな様子を至近距離で一枚戴いたもの。

Hanoi18_008.jpg
八枚目のカットですが、やっとホアンキエム湖が木立越しに見える辺りまで来て、売店前の木陰のベンチに若いオモニがいたいけな赤子とともに座っていて、マンゴーかなんかの皮剥いたヤツを食べさせていたので、え!凄い離乳食だな・・・とか思いガン見していたら目が合ってしまったので、バツが悪いこともあり、笑顔で写真撮らせてねとか声かけて一枚撮らせて貰ったもの。

Hanoi18_009.jpg
九枚目のカットですが、ホアンキエム湖の周回道路から、ロンビエン駅に向かうには北へ登らねばならならないのですが、これもルートは多数ありましたが、職人街である「36通り」を縦貫する通りをめメインに面白そうな横道があればそこを適宜覗いて撮ろうと思い、湖北のロータリーから渡って早々、如何にも夕暮れのハノイらしい景色が目の前に広がったので、思わず足を止め、一枚撮ってみたもの。

Hanoi18_010.jpg
十枚目のカットですが、翌3/22の木曜日、まずはロンビエン駅に切符買いに行かねばならないので、手作り感満載、心尽くしの朝食を宿で戴いてから、大聖堂の横まで来てみると、白人バックパッカー達が手に手にカメラを持って小走りに聖堂正面に向かって駆けて行くので何事かと思えば、その日は大安吉日ででもあったのか、朝っぱらから結婚式なんかやってて、古めかしい大聖堂と背の高いしん新郎新婦の組み合わせがなかなか画になるようで、みんな記念に写真を撮りに来ていたらしく、混ぜて貰って一枚戴いたもの。

Hanoi18_011.jpg
十一枚目のカットですが、新郎新婦への祝辞への街からの返礼なのか、教会から湖の周回道路へ繋がる通りに出たとたん、戸田恵梨香の若いころそっくりのいたいけなローカル小姐が、いかにも若いころは聞かん気だったかのようなスピッツの老犬を大事そうに抱えて歩いていたので、声かけてモデルさんになって貰ったもの。

Hanoi18_012.jpg
十二枚目のカットですが、ホアンキエム湖の周回道路の更に内側にある、歩行者専用の遊歩道でモデルさんを探してフラフラと歩いていたら、なんとLeica M9や日本製のフィルムカメラを提げた4~5名のカメ女子連に遭遇、工房主のM(TIPO240)を目ざとく見つけ話し掛けてきたリーダー格の小姐とお互いに撮りっこしたこちら側のカット。

Hanoi18_013.jpg
十三枚目のカットですが、湖の北側ロータリーを抜け、「36通り」からドンスアン市場周辺の路上まーマーケットを過ぎて、ロンビエン駅のすぐ近くまで来た辺りの商店の店頭で、菅笠を被り、肩天秤を担いだ行商のオモニが商店の店番ないしオーナーのオモニと野菜を売り買いするでなし、ピーチクパーチクと鳥の囀るようなベトナム語で歓談しているところを声かけて横から一枚撮らして貰ったもの。

Hanoi18_014.jpg
十四枚目のカットですが、これもロンビエン駅のすぐ近くの商店街のような通りの交差点で、中学生くらいの度の強い眼鏡の小姐二人が、スクーターに跨ったまま、交差点に停まったままスマホン画面に食い入るように眺めている様子が面白かったので通りざまに一枚戴いたもの。

Hanoi18_015.jpg
十五枚目のカットですが、駅で切符を無事買い求めて、ぢゃ、ランチ行くっぺか♪とまたホアンキエム湖方面に歩き出してすぐ、路上マーケットから「36通り」に入る辺りで、商店街をずいぶんと肩で風切った白人カポーが歩いてくるのが目に留まったので、声かけてモデルさんになって貰ったもの。

Hanoi18_016.jpg
十六枚目のカットですが、せっかくこの辺りまで来たので、また踵を返し、ロンビエン駅からハノイ駅方面に伸びる、一日数本しか列車が通らない鉄道線が載った高架下の路上マーケットまで戻って、いかにもハノイというカットを撮ろうと待ち構えていたら、これ見よがしの派手なベトナム語の看板を掲げた商店の前の路上を菅笠に自転車という配達途中のアヂュモニが通りがかったので、しめしめと一枚戴いたもの。

Hanoi18_017.jpg
十七枚目のカットですが、ランチ後、戦争博物館を見学し、しかるのち、陸軍経営というアーミーホテル一階ロビーでお茶とスウィ-ツなどを戴き、寛ぎながらも、博物館の入場料、そこでのお土産の購入代金、そしてここでのお茶とケーキ・・・いったい、今日はいくらベトナム軍に上納したんだ?とか冷静になり、お茶後、また職人街の西側をかすめて大聖堂方面に戻ろうと歩き出してすぐに遭遇した気の良い白人観光客のグループにモデルさんになって貰ったもの。

さて次週は、3/20のハノイからハイフォンまでの100km強の鉄道の旅によるハイフォン市内のスナップ、そして最終日、3/24の夜行便に乗るまでの間のハノイ市内のスナップをお送り致します、乞うごご期待!!
  1. 2018/04/01(日) 23:43:05|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

Rebirth of hardluck optics gifted ~Petri Auto CC 55mmf1.4 FD-remounted~

Petri55mmf14-01.jpg
て今宵のご紹介は予告通り、久々の工房作品、2月になってパーツストックを整理していて、不意にキーパーツを発掘し、落雷の如き閃きで図面を引くこともなく、一気呵成に製造してしまったという、まさに衝動的作品、Petri CC Auto 55mmf1.4改FDマウントです。
このレンズは、改めて説明する必要が無いほどコアなマニア各位には有名かつ垂涎の的で、5群7枚、す即ち、よくある4群6枚のプラナータイプの対称型の一番後ろのエレメントを2枚に分けて、球面収差を緩和したと云われる贅沢な設計で、後玉の直径自体も、何とキャノンのN-FD50mmf1.2Lよりも更に一回り大きいという画期的なスペックなのです。
しかしながら、このレンズが相方として恃みにしたPetri FTは残念ながら、耐久性、信頼性という観点から、この隠れ銘玉の性能を100%引き出すには至らず、この特異なマウントのレンズを何とかだましだまし実写に持ち出せる、という程度の役割しか果たせていなかったというのが偽らざる実感でした。
では、マウント改造して他のボディに移植するか?となると、特殊なスピゴットマウントと43.5mmという、ショートフランジバックで知られるキャノンEOSのEFマウントよりも更に0.5mm短いフランジバック、そう、ちょうどミノルタのSRとか、MDとかMCマウントと同一値なのですが、ミノルタとて物故メーカーに等しく、まともにフィルム撮影出来そうな機種はX-1のプロフェッショナルファインダ付きくらいしか思い浮かばないのでボツ、これより短いミランダ、コニカARも同様の理由でボツとし、唯一残ったのが国産の雄、キャノンFDマウントということで、今回、たまたまメーカー純正の中間リングセットが発掘出来たので、前に閃いたアイデアがフラッシュバックし、即実用化したということだったのです。
改造といっても、もう再生産はされないし、何よりも状態の良い個体は年々減って、マニアの間ではう奪い合い状態というのが実態の貴重な玉ですから、本体を切った張った、穴を開けるのも惜しかったのので、オリジナルのマウント固定穴をそのまま使い、FDマウントアセンブリと固定出来る、可逆改造ととしたのです。従って、愛用の黒のV6につけたい時はビス6本を外して元のマウント金具を付けるだけで、ハーィ元のペトリマウントに早変わり!ということです。
もちろん、強度はオリジナルの2mmビスを全て軟鋼製のものから高強度鋼のものに換装し、耐久性と信頼性を上げ、無限、光軸調整には工房内製のコリメータを駆使し製造しました。
では、当日の行程に沿って実写結果を見て参りましょう。
ロケ地浅草、ボディはCanonN-FD OD、フィルムは富士カラー100ネガによる全コマ開放マニュアル撮影です。

FH000003.jpg
まず一枚目のカットですが、深川は木場から浅草に出るには運賃、時間からして日本橋乗り換えの銀座線が一択のルートにつき、最初のカットはどうしても雷門周辺スタートとなってしまいがちですが、そそこはそれ、春節の時期に突入したこともあって、中華圏からのゲストも大勢訪れてくれている雷門の松下電器寄贈の大提灯の下でおどけて記念撮影する観光客各位のお姿を一枚戴いてみたもの。

FH000006.jpg
二枚目のカットですが、ここも定番の撮影スポット、観光客の間ではもはや浅草名所のひとつに入っているんぢゃまいか?とも思えるくらいいつ行っても人だかりが絶えない、仲見世通り「美人茶屋 あづま」さんの店頭にて、甘酒やらきび団子などを実演販売している小姐店員さんのかいがいしく働く姿を湯気越しに撮ってみたもの。

FH000007.jpg
三枚目のカットですが、「美人茶屋 あづま」さんで定番の撮影を終えると、次なるターゲットはすぐ裏の側道との交差点に建つ扇子屋さんの軒先に掲げられた大和絵モチーフの手作り団扇ですが、当日はこの辺りも結構な人出で、店先で撮影ポジションを確保するのに結構難儀した一枚。

FH000008.jpg
四枚目のカットですが、新機軸として、扇子屋さんの少し奥手に新規オープンした「蒟蒻せっけん」をあ商うお店で実演販売を行っている看板娘のお嬢さんにレンズテストに協力して、ブログで宣伝しますから、とお願いしたところ、快くモデルさんになって頂いたもの。場所的にはやや不利ですがこんなき気立ての良いお嬢さんが店番するお店はきっと大繁盛すると思います。

FH000010.jpg
五枚目のカットですが、気立てと泡立ちの良いせっけん屋さんの両お嬢さんにお礼を述べ、また仲見世通りに戻って宝蔵門ほ方面を目指して歩き出したら、ちょうど舟和で買い物を終えたと思しき小姐二名が成人式を彷彿とささせるような、いわゆる観光客相手のレンタル着物とは一線を画すような見事ないで立ちで前を歩いていたので、商店街をバックに後ろから1枚戴いてみたもの。

FH000011.jpg
六枚目のカットですが、仲見世通りを不審者宜しく草餅色の巨大な古めかしいカメラを片手にストラップ巻いて持ちながらきょろきょろしながら歩いていたら、程なく伝法院通りとの交差点に達して、こここでも着物ルックの小姐がそこそこ居たので、交差点の忍者のお店の前に立ち尽くし、これは!と思った小姐が通り過ぎざまに後ろ姿を一枚戴いたもの。

FH000012.jpg
七枚目のカットですが、同じく仲見世と伝法院通りの交差点で、ここからは南方向に向かって仲見世通りの商店街の裏側が見通せるので、これも遠近感が出てて、画としては面白そうなので、前を歩く団体が或る程度の距離まで離れたところで一枚撮ってみたもの。

FH000013.jpg
八枚目のカットですが、再び仲見世通りを歩き出すとすぐに目の前に宝蔵門のチタン製屋根の偉容が目に入りますが、ただ漫然と通りの溢れる観光客と宝蔵門をモチーフに構図撮っても、画としては面白くもなんともないので、画面のアクセントになり得るような人物が通りがかるのを待っていたら、リュックを背負った中国人の兄ちゃんがカノジョの手を引いて通り過ぎて行ったので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。

FH000016.jpg
九枚目のカットですが、程なくして宝蔵門に到達し、そのまま境内に足を踏み入れると、まずは第一定点観測スポットである手漕ぎ井戸の方に視線を走らせましたが、この寒空の下、誰が好き好んで冷たい水なんか汲み出して手を洗おうものか、閑散として人っ子一人居なかったので、次なるポイント、お神籤売り場に足を運ぶと、ここは通年不動の人気で、居ました居ました子供用のレンタル着物に身を固めたいたいけな中国人極小姐が意味を知ってか知らずか、お神籤を棚に括りつけていたのでその姿を1枚戴いてみたもの。

FH000019.jpg
十枚目のカットですが、次なる定点観測スポットである巨大焼香場の香炉周りは当日、人だかりが凄まじく、近寄るのも艱難辛苦の状況だったため、作戦変更、その横にある手水場で参拝前に身を清めようという敬虔な善男善女の姿を戴くことし、ここでも中国人一家が楽しそうに手を清めていたので、その姿を向かい側から1枚戴いてみたもの。

FH000021_201802111659188e3.jpg
十一枚目のカットですが、境内はほぼ撮り尽しの感無きにしもあらずだったので、また観光客が一巡ししそうな頃合いを見計らって出直すべく、いったん、奥山方面から六区へ抜けることとし、今は亡き観音温泉に面した出口から西参道に出て、六区の通りを北に向かい、花やしき通りに入った辺りで大道芸人のヲヂサンが紙芝居なんかやってたので、ちょいと失礼とばかり通りすがりに1枚戴いてみたもの。

FH000023.jpg
十二枚目のカットですが、花やしき通りをモデルさんを物色しながら歩いていたら、ちょうど、着物にレース手袋、ロシア帽というちょっと捻ったファッションでしゃらりしゃらりと八文字歩きに近い歩行をする小姐二人組が目に着いたので、これはきっとレイヤーさんだ!と確信して声を掛けたら見事ビンゴ、モデル撮影バイトが終わったので帰る途中でした、ということで快くオマケの無料撮影にお応じて貰ったもの。

FH000026.jpg
十三枚目のカットですが、花やしきの前の番屋みたいな佇まいの建物の前で、中国人小姐が仲間とはぐれたのか、電話したり、スマホンで画面を大急ぎでスクロールしたりと大忙しだったのですが、何となく、その平昌辺りに居てもおかしくはないような、可愛いウィンターファッションの小姐が場違い感あアリアリの番屋の前に立ち尽くしている姿が面白くまた愛くるしかったので通りざまに1枚戴いてみたもの。

FH000028.jpg
十四枚目のカットですが、辺りを一回りし終えて、また奥山方面の一本北の門、影向堂前の道から本堂横に出て、そこからまた本堂前まで歩いて行ったら、いたいけな日本産小姐が五重塔をバックに満面の笑みで自撮りなんかしていたので、そのお姿を前から1枚戴いてみたもの。

FH000034.jpg
十五枚目のカットですが、巨大焼香場はまだ黒山の人だかりでその人の輪に割り込んで、煙を身に纏おうとする善男善女の笑顔を撮ろうなどと云う大それた目論見は出来ようはずもなく、仕方なく、再びc手水場に目を転じれば、居ました、居ました、外国人観光客のグループが交代で手を清めていたので、一番目立つ、それこそ大輪の花の如きオーラを纏った白人小姐が前に出た瞬間を1枚戴いてみたもの。

FH000035.jpg
十六枚目のカットですが、そろそろ次の予定もあり、フィルムも3枚かそこらを残すのみとなったので、また宝蔵門下を通って仲見世通りを戻ることとし、近くまで来たら、ヒップでホップなカンジの黒人のブラザー達が大股で歩いて来て、おもむろにこの使い方が判るかとか、SONYのRX100MKIVかVを差し出してきたので、もちろん判るよ、ということでEVFをポップアップし、記念撮影して上げたお礼にモデルさんになって貰ったもの。

FH000037.jpg
十七枚目のカットですが、宝蔵門を潜って仲見世通り方面に出るとすぐ、気立ての良さそうな韓国からのアガシ二名組が、自国でのオリムピックもものかわ、日本の方が大好き!と云わんばかりにお互いの全身で喜びを表現した写真の撮りっこをしていたので、器量良い方のアガシの番を待って一枚戴いてみたもの。

今回の感想ですが、何せフィルムを使うのが3年ぶり以上、まして、露出計無しのオール人力で撮ったのはもう5年ぶり以上ですから、ほぼ全てのコマでオーバー露出となっていましたが、それでもフィルムの寛容性に助けられて何とか、レンズの描写は把握できるような実写結果になったのでは、と思いました。今度はモノクロにチャレンジしてみようかな。

さて次回はまたLeica M(TIPO240)使って、何かオールドレンズのフルサイズ描写の味見してみましょう、乞うご期待!!

  1. 2018/02/11(日) 17:04:25|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Taipei '18 photographic Tour with my new partner ②

さて、今週の更新は1月5日から台北へ渡った今年一発目の撮影旅行からの後編をお送り致したいと思います。
まず恒例の行程紹介ですが、あいにく滞在二日目は前日晩からの雨をひきずっており、あたかも日本の梅雨時の如き雨模様の天気で、仕方なく、朝食時の食堂のテレビの全島天気予報を信じ、夕刻から降雨という表示の新竹・桃園地区へと向かうこととし、候補地は出発前に決めていた新竹市の「湖口老街」として台湾国鉄とバスを乗り継いで向かったはイイが、最寄駅では結構な降雨の上、乗り継ぐバスの案内図も時刻表も剥ぎ取られた状態で、湖口駅のインフォメーションで聞いても、下で待っとけの一点張り・・・仕方なく目的地変更し、お隣は桃園市にある馴染みの「大渓老街」へと向かって、そこで小雨のもと、2時間弱ほど撮ってからまたバスと電車乗り継いで、台北市内へ戻り、その日は小籠包の新興勢力である「金品茶楼」で小籠包他を戴いてお仕舞い。
そして翌滞在三日目も朝からどう見ても降雨、朝の食堂のテレビでも台南から高雄のエリアを除き、全島降雨ということで、ここは逆張りということで、年間降雨日数が最多の九?・金瓜石地区へと向かうこととし、11時前に宿を出て、MRTとバスを乗り継いで、まずは九?に入り、そこでランチ込みで2時間弱も撮ってから、帰りのバスの確保の観点から金瓜石へ向かい、そこで日暮れまで撮ってから、バスに乗って台北市内へと向かい、最終日前日の晩でしたが、雨なので夜市撮影もギブアップ、仕方なく、バス停そばのそごう忠孝復興店の「鼎泰豊」でまたしても小籠包他を戴き、余勢を駆って、MRT経由、長春路沿いにある「好記坦仔麺」へ向かい、そこで名物の坦仔麺を戴き、雨がいっこうに収まる気配もなかったため、夜市撮影はギブアップし、おとなしく常宿へ戻った、という今年一発目の海外遠征としては、まさに文字通りしょっぱい結末となった次第。
では、当時の行程に沿って実写結果を逐次見て参りましょう。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズは1~9枚目迄がLeitz Summicron50mmf2.0、10~17枚目迄がCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

Taipei18_jan_018.jpg
まず一枚目のカットですが、桃園駅からやや離れた桃園客運のバスターミナルから大渓行きのバスに乗り、40分少々かけて、老街の入口まで辿り着き、記憶を頼りに古建築が建ち並ぶ通りを目指している途中、台湾には何処にでもありそうな青空マーケットの片隅で、木の実や果実などを商っている老婆が雨を眺めて所在なさげにしていたので、その後ろ姿を一枚戴いたもの。

Taipei18_jan_019.jpg
二枚目のカットですが、これも同じく大渓の老街へ向かう途上の青空マーケットの中で、屋台・露店があまた商う中、台湾で採れるのかどうか判りませんが、洋梨のような緑も初々しい果実を板を広げた台の上に山積みにして商っていた、菅笠姿の老婆の後ろ姿を1枚戴いてみたもの。

Taipei18_jan_020.jpg
三枚目のカットですが、バスを降り、記憶を頼りに市場通りを抜けて程なく、清の統治時代から戦前の日本による統治にかけて建てられたと云われる、往時の極めて裕福な商店が軒を並べる大渓の老街に辿り着き、よくよく考えてみれば、いつも夏のカンカン照りの時にばかり訪れていて、ましてや雨の街並みを見たのは初めてだったことに気づき、何処となく艶やかさを増した感のある、雨の街並みを撮ってみたもの。

Taipei18_jan_021.jpg
四枚目のカットですが、ここ国内外のガイドブックにも載るくらい知名度が高く、台北からは2時間程度で訪れることの出来る正真正銘の観光スポットでも、雨だと客足が鈍るのか、前来た時は、通りの上に人が歩いていない瞬間すら見たことが無かったのに、今回は、かなりの頻度でメインストリートも人通りが途絶えがちで、それでは画にならないので、ちょうど遠くから、雰囲気あるカポーが傘さして仲睦まじそうに歩いて来たので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。

Taipei18_jan_022.jpg
五枚目のカットですが、この大渓老街もご多聞に漏れず、本来の目的とは異なった使われ方をするようになった店舗も数多く、老舗の薬種問屋と思しき商店の看板を掲げたまま、せめて木材製品繋がりということなのでしょうか、いたいけな童子達向けと思しき竹や木の玩具が店の前の時代掛かったテーブルに積まれていたので、至近距離で1枚戴いてみたもの。

Taipei18_jan_023.jpg
六枚目のカットですが、ここ大渓老街のメインストリートも奥に歩き進んでいくと、さすがに、ランドマークであり、毎年夏の関羽の生誕祭が盛大に行われる関帝廟付近に来ると、カフェなども多いためか、人通りも増えて来て、極めて古風な街並みの濡れた石畳を色とりどりの傘をさした人々が行き交う様子がとても美しく、また艶めかしく感じたので一枚撮ってみたもの。

Taipei18_jan_024.jpg
七枚目のカットですが、古風な佇まいの店舗が軒廊下で繋がっている、中華圏固有の老街の軒下では、時間によっては昼なお暗いことがままあり、夏は仮借ない亜熱帯の陽射しから人々を優しく守る役目を100年以上に亘って担ってきたのですが、当日のような雨天だと、人工光源を使わないととても通行人の眼を惹くことは叶わないので、それぞれのお店では店頭のディスプレイ、ライティングとも創意を凝らしているのですが、ふと目に留まったフラワーアレンヂがステキなお店の佇まいを撮ってみたもの。

Taipei18_jan_025.jpg
八枚目のカットですが、老街の半分以上奥に進んだ辺りで、それこそ、昨年訪れたシンガポールのプラナカン建築様式やマカオ辺りの旧市街でも見られるような、各商店の軒先の廂を数軒、或いは数十軒そのまま繋げて、近現代のアーケードみたいにした軒廊下の最も典型的な形態が残っているエリアが有ったので、そこに陣取って、人が通るのを待ち構えてシャッター切ったもの。

Taipei18_jan_026.jpg
九枚目のカットですが、一番最初にここ大渓老街を訪問した時は、運良く街が一番賑やかな関羽の生誕祭の日だったのですが、ちょうど関帝廟前がイベントで塞がれてしまって、そこから奥へは進めなくなっていたので、廟の横にある細い路地に入り込んだら、材木関連で財を成し、町全体が裕福だったこの街の裏の顔、即ち、路地裏の庶民の暮らし、それも表通り見合いで古風な金瓜石の鉱山住宅街とか、材質こそ違え、北京の胡同にも通じるような佇まいの住居がひっそりと佇んでいたのを発見したので、今回もそこを訪れ、雨天の表情を撮ってみたもの。

Taipei18_jan_027.jpg
十枚目のカットですが、翌日、台北は忠孝復興のそごう横バス停から中距離バスに乗って、お昼過ぎに九份に着き、ここでもかなりの降雨ではあったのですが、メインの基山街は不完全ながらアーケードもあるし、別の観光客の傘の下に潜り込んでシャッター切ることも可能なので、傘はたたんだ状態で基山街へと足を踏み入れ、上手くアーケードが掛かっているところから、とある食堂の軒先で名物「魚丸湯」を煮込んでいる小姐の様子を撮ってみたもの。

Taipei18_jan_028.jpg
十一枚目のカットですが、晴れの週末であれば、押し合いへし合いでとても通りの真ん中でカメラ構えてシャッター切るなどという芸当は不可能に近いここ基山街ですが、さすがに雨の予報だと、観光客は敬遠するのか、或いはこのところ、阿妹茶店周辺の夜景目当ての客が増え、昼はそれほどでもないのか判りませんでしたが、商店の軒先の実演販売員の小姐各位もどことなく手持無沙汰で、腰に手を当て、あーぁ今日はホントに暇だわとか吹き出し付けて上げたいような小姐が目に留まったので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。

Taipei18_jan_029.jpg
十二枚目のカットですが、ここ基山街で食堂が商うものと云えば、凡そ、「魚丸湯」、「魯肉飯」くらいと相場は決まっていますが、それでも店構えや照明などで少しでも他店と差別化を図って一人でも多く客を呼び込もうという涙ぐましい努力がそこここで繰り広げられており、店内を薄暗くしておいて、阿妹茶店みたいな雰囲気の提灯を掲げて、その下で食事させるというコンセプトのお店が結構賑わっていたので、軒先から1枚戴いてみたもの。

Taipei18_jan_030.jpg
十三枚目のカットですが、年に一回くらいしか、ここ九份は訪れませんが、それでも、ここでランチを食べる店は決めており、自称元女優のお婆が今も軒先で元気に客を捌いている、店内に有名人とのツーショット写真が所狭しと掲げられているお店で、たまに来る「自称写真家」に気を使ったのか、台湾美人の日本語専攻という女子大学生二名を相席させてくれたので、雑談がてら撮らせて貰ったもののうち一枚。

Taipei18_jan_031.jpg
十四枚目のカットですが、おそらく九份一有名で、観光パンフや紹介サイト等を通じ、世界中の人々の目に触れているであろう阿妹茶店のカラフルな佇まいを、ちょうど灯りが点され始めた頃合いを見計らって、竪崎路の石段の横に設けられた観光用ミニ展望スペースのようなところから撮ってみたもの。

Taipei18_jan_032.jpg
十五枚目のカットですが、これも九份に関する幾千もの観光媒体で使用されているアングル、モチーフではありますが、同じく竪崎路の石段の下の方から、阿妹茶店とその向かいのお店の軒先に挟まれたところを次々下って来る観光客の様子を1枚撮ってみたもの。

Taipei18_jan_033.jpg
十六枚目のカットですが、九份での撮影も一通り終え、バスで、更にその奥にある元金鉱労働者の集落である金瓜石へと向かい、まずは黄金博物館側のキチンと観光用に鉱山の設備、施設が整備されたテーマパークのようなエリアを眺めながら写真を撮っていたのですが、前回、水南洞での撮影と移動に時間を取られ過ぎて尾根の反対側に位置する鉱山労働者の住宅街を撮れなかったので、今回は雨で滑り易いリスクも承知の助で足を踏み入れ、戦前からの労働者の住宅の軒先の煉瓦塀越しに家屋を撮ってみたもの。

Taipei18_jan_034.jpg
十七枚目のカットですが、足元には細心の注意を払い、時には集落に住み着いた猫たちの案内で細い通路や階段を通り抜け、様々な暮らしの痕跡を撮り歩いていたのですが、そろそろ帰りのバス停に戻ろうかと思いながら歩いていたら、手前の住戸の屋根から降りてきたトラ猫がしっぽを立てながら先導してくれたのでついて行ったら、このような素朴な美意識の滲み出たオブヂェに遭遇出来たもの。

今回の感想ですが、4日間のうち、3日は降雨、しかも南の島なのに肌寒い雨のそぼ降る天気での撮影ツアーとはなりましたが、大渓の老街も、九份、金瓜石の老街もいつもとは違う、観光の顔ではない、時に置き去りにされたかのような哀愁の表情を見せてくれたのが印象的でした。
それにしてもM(TIPO240)は年末ギリギリに懐に飛び込んできたのに、こんな悪条件の撮影でも良く活躍してくれた、と感謝しています。

さて翌週は昨日、お仕事半分で出掛けた幕張メッセでの「東京オートサロン'18」からM(TIPO240)で捉えたきれいどころの写真でも上げましょう、乞うご期待!!
  1. 2018/01/14(日) 19:21:46|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Taipei '18 photographic Tour with my new partner ①

遅まきながら新年あけましておめでとうございます。

さて、さっそくですが今年一発目の更新は、先ほど帰って来た、新型機の試運転も兼ねての台北ツアー'18から二回に亘ってお送りする全編行きます。
まず、恒例の行程紹介ですが、出発は新年早々1月5日の金曜日、会社の年休を新年早々貰って、11時15分成田発の台北行き日航機に乗って、台北は桃園国際空港に少々遅れて現地時間14時25分にランディングし、空港からの高速MRT経由、北門駅近くの常宿にチェッキンしたのが16時前、それから新しい相棒である、LEICA M(TIPO240)にレンズ2本だけ持って、宿からは徒歩で15分弱くらいの台北市内きっての老街である「迪化街」へと向かい、日没までスナップし、しかるのち、宿には戻らず、駅でお茶し、しかるのち、東門駅から徒歩3分という交通至便の地にある台南料理の名店「度小月」を再訪し、坦仔麺をはじめとした台南の名物料理を堪能した、というのが1日目の全行程です。
では、さっそく、当日の行程に沿って、実写結果を見て参りましょう。
カメラは新鋭のLEICA M(TIPO240)オンリー、レンズは1~16枚目までがLEITZ ELMARIT28mmf2.8、最後の17枚目のみCANON L50mmF1.2での全コマ開放による絞り優先AE撮影となります。

Taipei18_1st_001-01.jpg
まず一枚目のカットですが、北門経由、迪化街の入口付近にやってくると目に付くのが、重厚な外観の、おそらくは日本統治時代の石造りの建物を改造した今時の若者向けカフェのようなお店ですが、丁度、その前にいたいけな現地の小姐が信号待ちのため立ったので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。

Taipei18_1st_002-01.jpg
二枚目のカットですが、くだんの旧建築リノベカフェを過ぎるとすぐに、ここが迪化街であることを示す、横浜の中華街や、神戸、長崎にもありそうな、赤字に金泥をこってりまぶした木ないし、真鍮製の植字を行ったド派手な看板が目に付き、これをモチーフに通りの入口付近の全景を撮ってみたもの。

Taipei18_1st_003-01.jpg
三枚目のカットですが、赤地に金文字の看板を過ぎるとすぐ、通りの両側には、オリヂナル状態、或いはオリヂナルの外観、或いは両側の店舗のテクスチャに合わせてリノベされたものかに関わらず、おそらくは日本統治時代以前、もしかすると、清の時代くらいまで遡れるような建築様式の建物が整然と建ち並んでおり、さっそく嬉しくなり、まずはアイレベルで一枚撮ってみたもの。

Taipei18_1st_004-01.jpg
四枚目のカットですが、この迪化街、南北のメインストリートのみならず、その両脇から東西に延びる側道に至るまで、観光地であることを意識してか、景観重視の街づくりとなっており、通りを歩きながら、交差点に当たるたび、フォトヂェニックな街並みがないか、鵜の目鷹の目で探していて、これは、と思って入口付近から撮った一本目の通りの様子。

Taipei18_1st_005-01.jpg
五枚目のカットですが、迪化街の入口から暫く歩いたところにある永楽市場付近がちょっとした広場になっていて、前回同様、今回も色々な露店、屋台の類いが路上に軒を並べていたのですが、もう陽も相当暮れかけてきていたので、ぽつぽつと灯火を点し出した店もあったので、そのうちの人の良さそうなお婆ぁがやってる店の軒先で商いの様子を一枚撮らせて貰ったもの。

Taipei18_1st_006-01.jpg
六枚目のカットですが、この迪化街随一のランドマークである永楽市場横の広い歩道上で、フルサイズ機による28mmレンズの威力を試すこととし、まずはローアングルで市場横の日暮れ間近の歩道上をせわしく行き交う人々の様子を捉えてみたもの。

Taipei18_1st_007-01.jpg
七枚目のカットですが、永楽市場前の広い歩道の上の露店、屋台の類いは、寒空の下にも関わらず、物見高い台湾人各位や、面白くて格安な台湾土産をゲッチュしようという下心満載の外国人観光客で、結構賑わっており、その中でも、オクターブ上げて、値切交渉やってた韓国人アガシ二名の姿が感動的だったので傍らから1枚戴いてみたもの。

Taipei18_1st_008-01.jpg
八枚目のカットですが、永楽市場を過ぎて、更に通りを奥に歩いていくと、程なく関帝廟?みたいな中華風道教寺院が見えてきて、その周辺も永楽市場付近と同様、散策を愉しむ台湾国内外の人々で賑わっていたので、寺院入口の両脇を固める狛犬の左側をモチーフに付近の全景を撮ってみたもの。

Taipei18_1st_009-01.jpg
九枚目のカットですが、寺院の反対側、方角で云えば西側に当たる通り沿いにも当然のことながら、迪化街の構成員として、メインの乾物、漢方薬種、或いは布切れの煉瓦ないし石造りお店が建ち並んでいて、陽も暮れかけてきた時刻に、行き交う車も灯火を点し出したので、そのコントラストが得も言われぬ素晴らしさを醸し出していたので、ローアングルから一枚撮ってみたもの。

Taipei18_1st_010-01.jpg
十枚目のカットですが、幾ら建物や通りの佇まいが素晴らしくても、そこに人の息吹がなければ、ただの建築写真の出来損ないに過ぎませんから、ちょうど良い被写体が通りがかるのを待っていたら、程なく、自転車に乗った、白人男性とその連れがやって来たので、これ幸いにと1枚戴いてみたもの。

Taipei18_1st_011-01.jpg
十一枚目のカットですが、観光的には季節も季節、時間も時間なので、写真などを撮ろうという手合いには遭遇しませんでしたが、国籍不明の中東からのゲストと思しき、うら若き女性がかなり真剣な表情で、日本製のデヂタル一眼レフを片手にストリートスナップをしていたので、すれ違いざまに一閃浴びせたもの。

Taipei18_1st_012-01.jpg
十二枚目のカットですが、迪化街ももう半分以上奥に進み、道も狭く、オープンエアの歩道に代わり、ほかの老街にも見られるような、中華圏固有の、建物の一階の廂が隣同士繋がって、あたかもひとつも回廊となったかのような構造の建築群が増えてきたので、その煉瓦造りの街並みをすっかり陽も落ちた頃合いの北の空をバックに一枚撮ってみたもの。

Taipei18_1st_013-01.jpg
十三枚目のカットですが、迪化街のどん詰まりを目指して、独り、写真を撮りながらとろとろと通りを歩いていると、結構な数の人々が速足で追い越していくのですが、おそらくは香港辺りからやって来たと思しき、きれいな発音で英語を話す小姐達が、Excuse Me!とか声かけて追い越して行ったので、追いかけざまに後ろ姿を一枚戴いてみたもの。

Taipei18_1st_014-01.jpg
十四枚目のカットですが、ここ迪化街も奥の方になってくると、観光地の顔から、地元民のための問屋街的な商圏へと装いを変え、入口から何本か東西を走る幹線道路を超えた辺りから、建物の統一性と観光客向けのカフェ、ファンシーグッズ店舗が少なくなってくるのですが、その一方、伝統的な文脈は尊重しながら、大胆な機能性重視の現代的リノベ物件も散見されたので、そのひとつを真下から広角活かし撮ってみたもの。

Taipei18_1st_015-01.jpg
十五枚目のカットですが、どん詰まりから数百メートル辺りになってくると、漆喰作りの店舗兼住宅のお隣が総煉瓦張りになっていたりと、観光的な配慮は何処へやらといった風情になっきますが、それでも、個々の建物はきちんと手入れされ、歴史を感じさせる本物の風格を十分湛えており、その前に最新のポルシェのRVであるマカンが停まっていたので、その対比が面白くて一枚撮ってみたもの。

Taipei18_1st_016-01.jpg
十六枚目のカットですが、迪化街の奥でも古くなって、商業に適さなくなった数件を併せてリノベし、それこそ鹿港とか、三峡辺りの老街にも比肩し得るような、煉瓦造りの建造物群とその一階部分を貫く屋根付き回廊を再現しているので、その熱意に敬意を表し、薄暗い廊下に佇み、その様子を一枚撮ってみたもの。

Taipei18_1st_017-01.jpg
十七枚目のカットですが、迪化街のどん詰まりまで辿り着いた頃にはもう既に陽はとっぷり暮れて、人工光下での帰路となりましたが、運良く、メインストリートの一本東の通りを当てどなく彷徨い歩いていたら、道教寺院前の椅子に一人腰掛け、胡弓でテレサテンの曲を奏でていたご老人が居たので、思わず嬉しくなって駆け寄り、日本語と、中国語のチャンポンで会話し、別れ際に一枚撮らせて貰ったもの。

さて、翌週は訪台二日目、三日目の雨の中の必死の撮影から厳選カットをお送り致します、乞うご期待!!

  1. 2018/01/08(月) 22:12:06|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

一個溫泉鎮溫暖的心~Kusatzu Hot Spring Photographic Tour '17~

さて、今週は先週の予告通り、先週末に工房にてクリーニングした国産普及品ズームのシェイクダウンも兼ねて撮影小旅行に出掛けた、群馬県は吾妻郡の草津温泉からのレポートをお送り致します。
海外にはしょっちゅう行ってますが、国内の中途半端な長旅はついつい敬遠しがちで、ここ草津温泉も馴染みのペンションの予約がなかなか取れないことも相俟って、ここ2年ほどは足が遠のいていたのですが、奇遇なことに先月の北京で夜の暇つぶしも兼ねてX天トラベルのサイトでそのペンションの予約が取れないものか、ものは試しに覗いてみれば、12月の第一週の週末に奇跡的に二階の一番人気の部屋が空いていたので、速攻、ポチットな、して、月が明け12月になったので、電車、バスを乗り継ぎ、片道約6時間もかけて1泊2日の旅に出かけてきたと云う次第。
改めて機材を紹介しますと、カメラはX-Pro2、レンズが12枚目までがTokina Zoom 28-70mmf3.5-4.5、13~17枚目がCanonFL58mmf1.2改M非連動による全コマ開放での撮影となります
では、当日の行動に沿って実写結果を逐次見て参りましょう。

Kusatzu17_001.jpg
まず一枚目のカットですが、草津温泉と云えば湯畑を抜きにしては語ることが出来ず、実際、ペンションからは近道を通れば5分かそこらの距離なので、バスターミナルから宿に直行し、チェッキンして荷物を部屋に置いてから、アイドル豆芝のももちゃんと遊ぶのもそこそこにカメラにズーム付けたのだけ首から提げ、あとは手ぶらで温泉街に出掛け、久々に対面した湯畑周りの画像を撮ったうちの一枚で下流から白旗の湯方向を撮ったもの。

Kusatzu17_002.jpg
二枚目のカットですが、湯畑のすぐ隣に足湯の施設が有り、その屋根の下で、世界各国からのゲスト各位が皆一同に足を温泉に漬けて寛いでいるのですが、今回は、お隣、中国からの団体さんが数にもの云わせて、殆ど貸し切り状態としていたので、声かけるにはむしろ日本人よりずっとオープンなので却って都合良く、果たして一番入り口に近いところに居た夫婦者に声かけたらOK、OKと云うことで快く二人でポーズ決めてくれたもの。

Kusatzu17_003.jpg
三枚目のカットですが、湯畑横の足湯のすぐ近くで次なる獲物を探して徘徊していたら、居ました居ました、独り旅の小姐がスマホンで、湯煙超しに湯畑の全景を撮ろうと風の向きによって視界が全く効かなくなったり、反対に湯気がさっと吹き飛ばされて、全景が手に取るように見えたり、タイミングを合わせるのに手間取っているのか、結構悪戦苦闘していたので、その努力に免じ、斜め後ろから一枚撮って差し上げたもの。

Kusatzu17_004.jpg
四枚目のカットですが、話は前後しますが、そもそも湯畑ってなんで有るの?と子供の頃、疑問に思い、別荘を建ててしまうほどの草津マニアだった亡父に聞いてみたら、要は観光資源というありきたりの答えに加え、街の収入源として、湯の花を採取すること、そして90度近い源泉を適度な温度に大気冷却するため、ということだったのですが、さもありなん、湯畑の一番下流はそこそこ段差のある湯滝になっており、そこへ流れ込む手前の木樋の上には湯の花がびっしりと積もっていたので、その様子を望遠域で撮ってみたもの。

Kusatzu17_005.jpg
五枚目のカットですが、湯畑の最下流、湯滝の下は湯煙がもうもうと立ち昇る滝つぼになっていますが、湯畑横の遊歩道の上の位置から下を眺めると、湯滝が記念撮影スポットとして結構な人気で老若男女問わず、相方を湯滝の前の柵のところに立たせて、ポーズ決めさせてハイチーズ!とかひっきりなしにやってたので、湯煙越しにその風景を背後の小足湯に寛ぐ人々も入れて撮ってみたもの。

Kusatzu17_006.jpg
六枚目のカットですが、湯畑周辺でそこそこ枚数が稼げそうなので、西の河原へ行くのをちょっと思いとどまり、湯畑の水面を眺めるふりして獲物を待ち構えていると、来ました、来ましたいたいけな娘さんを連れたちょっとコワモテのヲヤヂさんが、二人で一緒に自撮りする段になったら、何処かの線が切れたんぢゃないかと思うくらい意外な笑顔モードになって、その変貌ぶりが面白かったので望遠モードを駆使して、ちょい離れたところから一枚戴いてみたもの。

Kusatzu17_007.jpg
七枚目のカットですが、草津の湯畑と云えば、この江戸時代は1830年の文化13年に建てられたというお伊勢講参り記念という石灯篭を忘れてはいけませんね、ということで、真横から撮ったり、はたまた対岸から望遠で撮ったりとか、幾つか試みてみたうちの一枚で、湯滝下からの逆光状態でセミシルエットの灯篭の裾付近を湯煙が這うものが一番気に入ったのでアップしたもの。

Kusatzu17_008.jpg
八枚目のカットですが、屋根付きの大足湯の反対側の斜面は元々、道路が狭かったので、歩道を付けるのがやっとで、それでも、木製の洒脱なデッキタイプの階段になっていて、ところどころに設けられた踊り場に相当する場所に、いたいけな若者各位が立ち止まり、或いは湯畑とを隔てる木製の柵にもたれかかって湯畑を背景に二人自撮りを試みたりと、なかなかの活況だったので、上から目線でその様子を一枚撮ってみたもの。

Kusatzu17_009.jpg
九枚目のカットですが、上から目線と云えば、木製階段の上から湯滝の滝つぼ方向を眺めれば、来ました来ました、温泉街にはこれが無くちゃ☆という存在、浴衣或いは丹前姿の観光客各位で、ちょうど、湯畑前の大東館から浴衣の上に丹前を羽織った中国人小姐二名が出て来て、轟々たる音ともうもうたる湯煙を上げる湯滝を珍しがってスマホンで撮っていたので、その様子を後ろから一枚撮ってみたもの。

Kusatzu17_010.jpg
十枚目のカットですが、湯畑周りはもう撮り飽きちゃったので、次なる目的地、西の河原へ移動しながら撮り歩くこととし、顔本用のカットなどスマホンで適宜撮っていたら、10分弱で、西の河原の入り口付近へ到着、確か前回来た時にはなかった、入り口付近の新しい露天足湯に老若男女が足を付けて寛いでいたので、通りざまにその牧歌的な様子を一枚戴いてみたもの。

Kusatzu17_011.jpg
十一枚目のカットですが、湯畑同様、ここ西の河原もところ構わず、それこそ水たまりのようなところからも、結構熱い源泉が湧き出ており、辺りはまさに湯煙が立ち込めており、風向きによっては視界が3mもなくなることも有りますが、それでも、あちこちから湯が湧き出て、また河原というだけに、かなり勢いのある川が流れているのですが、これが上流では80度近いお湯が流れ出るというまさに熱湯の川で、その風景がよほど珍しいのか、いたいけな都会者のカポー達がおっかなびっくり熱湯の川に掛かる木橋を渡る様子が面白かったので、望遠モードで一枚戴いてみたもの。

Kusatzu17_012.jpg
十二枚目のカットですが、西の河原でも思う存分に撮れたので、お茶して一旦、宿に戻り、自分でも内湯の温泉に入ろうかいとか思って、また元来た道を戻りかけたら、その道の真ん中くらいにある、温泉卵を目の前で引き上げて食べさせてくれる足湯併設の商店の店頭で、ピンクのダウンを纏った従業員のいたいけな小姐がちょうど注文に応じて温泉卵を引き上げようと湯面に体を乗り出した瞬間を戴いたもの。

Kusatzu17_013.jpg
十三枚目のカットですが、湯畑下のお洒落な茶店でレアチーズケーキと特製ブレンドテーなど頂いてから、いったん宿に戻り、晩飯まではまが時間があったので、内湯の温泉にインターバルを置いて二回ほど入ってから、湯畑周辺の温泉街で蕎麦でも戴こうと思い、昼から夕刻に使ったズームに換え、シャープなハイスピードレンズの四番打者、キャノンのFL58mmf1.2に付け替え、近道である湯畑上のお寺の石段経由、温泉街に出ようと思い、暗い夜道を歩いて行ったら、突如視界が開けた石段からの夜景が綺麗だったため、思わず一枚撮ってみたもの。

Kusatzu17_014.jpg
十四枚目のカットですが、夜になれば、色とりどりのカクテルライトでライトアップされる、草津温泉随一のランドマーク、湯畑は、どちらかと云えば地味で渋めの昼とは全く異なった艶やかな表情を見せてくれるため、ひっきりなしに写真を撮りに来る人出も途絶えることはなく、ちょうど目の前で自撮り棒を取り出したカポーが居たので、これ幸いにと横から一枚戴いてみたもの。

Kusatzu17_015.jpg
十五枚目のカットですが、湯畑横の屋根付き大足湯も、昼間同様の賑わいですが、ただ、陽が沈んだら、ひたすら飲み食いの時間と決めてでも居るのか、昼間に比べると圧倒的に中国等からの観光客に遭遇する頻度は少なくなり、この時間帯ではほぼ日本人だけが物静かに肩寄せ合って語らい合いながら、足湯を愉しんでいるような雰囲気だったので、湯煙が光る湯畑を背景として、そのほっこりした様子を一枚戴いてみたもの。

Kusatzu17_016.jpg
十六枚目のカットですが、湯畑の下、湯滝の滝つぼの西側には、結構有名な焼鳥屋をはじめ店頭販売の飲食店があり、陽が沈んでから営業するらしく、冷え込んだ空気の中、暖かげな白熱電球の灯りも相俟って、湯畑に負けじともくもくと煙を立ち昇らせて店頭で焼鳥を焼いたり、おでんを煮込んだりしているお店の前には長蛇の行列で、やっと自分の番が巡って来てお目当ての料理を買うことが出来た人々は、目と鼻の先に有る酒店で缶ビールやらチュウハィを買い込んで店頭でハフハフ言いながら一杯やっているため、その幸せそうな様子を斜め後ろから一枚戴いてみたもの。

Kusatzu17_017.jpg
十七枚目のカットですが、美味しそうに何か食べてる人たちの様子を何時間撮っても、腹は満ちて来ないのが天地の理あので、そろそろ自分も何か食べようという気になり、湯畑周辺に何軒かある蕎麦屋を回って、値段やら、料理の特徴を調べていたら、ちょうど、目の前からライトアップされた湯畑横の遊歩道をそぞろ歩きする雰囲気有るカポーが目に付いたので、すかさず前から一枚戴いてみたもの。

今回の感想ですが、うーん、草津温泉はやっぱりイイですね・・・特徴の無いマイルドなお湯の温泉が多いなか、強烈な酸度を誇り、しかも莫大な湧出量のため、源泉掛け流しがデフォルトで、街自体にも適度な活気があって、それほど俗化されてもおらず、家族連れや若者を呼び込む路線を徹底し、健全な形で発展し直したというところがとても好感持てました。

さて、次週は年末のあいさつ回りに帰省するため、一回スキップ、翌々週は今年最後の更新で、工房作の珍レンズ紹介行きたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2017/12/10(日) 17:40:51|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Going back to Beijing'17②

さて、今週は二週に亘ってお送りする11月初旬の北京旅行からのハイライト、第二回をお送り致します。

まず恒例の行程のご紹介ですが、三日目の朝は、昨日の国家大劇院の正面図というか北から撮った写真はてっぺん付近に太陽が位置してしまう、という金属外装の建造物を撮るときには最も避けるべき条件で、何とか騙しだまし撮っていたという自覚症状があったため、仕方なく、滞在三日目で明朝にはまた帰国しなければならないと云うのに大劇院経由の一日のスタートで、正面から何枚か撮った後、ほど近い天安門まで歩いて行って、厳重なセキュリテーチェックを経て、故宮に入ったのが11時過ぎ、そこで御物拝観しながら、敷地内でここぞという時にシャッター切る、要はどっちつかずの観光
スタイルを押し通し、故宮博物館というか紫禁城の観光コースを一通り巡ってから、ランチも兼ね王府井を目指すべく、北側の門から出て、お堀を時計回りに回って、幾つかの胡同やら巷を写真撮りながら通り抜け、王府井に着いたのが2時前、撮影スポット探索も兼ね、まずは、前日、スナップを敢行した「王府井小吃街」に向かいそこで何気なく目を泳がせていたら、北京ダックが50数元、即ち日本円で1000円そこそこで食べられるという立て看板があったので、そこに入ってあえなく爆沈、仕方なく、前日に入ったショッピンセンターの食堂街の飲茶等のお店でランチの摂り直しをするという前代未聞の惨憺たる状態で、しかるのちまた王府井でスナップしながら地下鉄駅に移動し、そこから今回の絨毯爆撃的スナップ会場とすべき「八代胡同」エリア最寄り駅である「虎坊橋駅」に向かい、地図もろくすっぽ見ないで、好奇心の赴くまま2時間以上も裏通りや路地裏をほっつき歩いて、そろそろ飽きてきた頃に表通りに出たら、「和平門」駅の真ん前だったという僥倖に巡り合い、そして最終目的地である「軍事博物館」に地下鉄で移動し、地上に上がり、胸ときめかせて正門前に着いたら、閉館中という過酷な現実に直面し、仕方なく北京駅近くの宿に引っ込んだ、というのが今回のあらましです。

では、さっそく行程に沿って、実写結果を見て参りましょう。
カメラはLeica M8、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8、全コマ開放AE撮影となります。

Beijin17_018.jpg
まず一枚目のカットですが、大劇院と今回の滞在最後の対面を惜しんで別れた後、徒歩で故宮博物館の一部でもある天安門方面に歩いて行こうとしたのですが、歩道工事とセキュリティ上の要請の合わせ技なのか、いったん地下に入って、それまで歩いていた南側、即ち人民大会堂北側の歩道から、北側の天安門側の歩道を通るようなルート設定されており、仕方なく、人の流れに沿って歩いていくと、地下鉄全駅でのX線荷物検査、及びニトロ化合物検査では飽き足らないのか、故宮に入るずっと手前の歩道上にX線検査と身分証チェックの小屋が掛けられており、全員そこを通らないと、故宮博物館にも、横断歩道経由、天安門広場にも行けないようになっていて、北側に渡ってすぐ人民大会堂をバックに人の流れを撮ってみたもの。

Beijin17_019.jpg
二枚目のカットですが、首からこれ見よがしにライカを提げているせいか、あちこちで声を掛けられることが多く、或る者はカメラに関心を持って話し掛けてきたり、また或る者は、こういう高そうなカメラ提げてる人間なら、自分のスマホン預けても持ち逃げされたりはしないだろうという安心感からか、記念撮影のシャッターを押してくれということだったり、この香港からという小姐は友達と別行動なので、記念撮影のシャッターを押してくれそうな人が見当たらなかったので声を掛けてきたということだったので、お返しに天安門をバックにモデルさんになって貰ったもの。

Beijin17_020.jpg
三枚目のカットですが、厳しいセキュリティチェックを通り抜け、やっと天安門より内側に入っても、すぐに故宮博物館に入って見物出来るワケではなく、ネット経由、チケット予約してなかった人間に対するペナルティ的な仕打ちが待っていて、それは門内部の隅っこ、インフォメーションセンターで聞かなければ到底見落としそうな小屋の窓口に並んで、現金で切符を買い求めなければならないということで、ここでも15分以上並ばされ、やっとチケットというか身分証チェック済のバウチャみたいなA4の紙をプリンタで出力したものを40元払って発行して貰い、せいせいしたキブンで博物館入り口に向かう途上に撮った一枚。

Beijin17_021.jpg
四枚目のカットですが、天安門横の入場ゲートから故宮博物館への入り口までの間の広場には、ネット予約してある人間のためのバウチャ引き渡しコーナーみたいなものが至る所にあって、ネット予約した人間に恩恵を与えているようなのですが、それでもチョンボっておきながら、係員に詰め寄ったり、泣き落そうとする手合いは国籍、宗教に関わらず少なからず居るようで、入り口に一番近い引き渡しコーナーでもソ連軍払下げみたいなヘンな手編みの帽子を被った白人観光客が渡されたプリントを片手になかなか立ち去ろうとせず、同伴の女性の予約も一緒にしたのに入っていないとかなんとかクレームつけ、必死に事態収拾を図ろうという真摯な態度に心を打たれ、野次馬込みの人混みの中から一枚戴いてみたもの。

Beijin17_022.jpg
五枚目のカットですが、成田を出て以降、艱難辛苦の挙句、やっと辿り着くことが出来た故宮博物館の入り口から入ってまず目に入る、ラストエンペラー等の大作映画のロケでも複数回使われた、一番最初の宮殿とその前の広場の威容を広角レンズの威力発揮でまだPM2.5シーズン前のどこまでも広い北京の蒼い空をバックに一枚撮ってみたもの。

Beijin17_023.jpg
六枚目のカットですが、広場を歩いて渡り、一番最初の宮殿に辿り着き、絢爛豪華な玉座を一目見て、出来ることなら撮影して、運が良ければ、それを背景に自撮りまでやってしまおうという逞しい中国人民でゴッタ返す宮殿正面からの見物をそこそこに切り上げ、向かって左側の建物を見物して特徴的な屋根回りの写真でも撮ろうかいな、と思ったら、同じように人混みに辟易したようなタイ辺りの坊さんが、ねぇ次どこ行く~?、え~写真もうLINEに上げちゃった~?てなノリで歓談に打ち興じていたので、その和やかなご様子を傍から一枚撮ってみたもの。

Beijin17_024.jpg
七枚目のカットですが、まさに中華人民共和国となった現在は故宮と呼ばれる清王朝による宮殿遺跡転用の博物館がかつて紫禁城と呼ばれた時期を彷彿とさせる、くすんだ朱塗りの高い塀が両側にそそり立つ長い通路は、前回、確か1999年に初めて北京にパック旅行で来た時、右も左も判らないまま、ガイドさんの言いなり聞く蔵状態で、中を連れ回され、いきなり目の前に広がって、その威容にいたく感動した覚えがあったので、嬉しくなって太陽が画面に入ってしまうリスクもものかわ、一枚撮ってみたもの。

Beijin17_025.jpg
八枚目のカットですが、南の天安門側から入って、景山公園に面した北の門から出るという、共産主義国家に相応しい、極めて合理的かつ効率的な見学ルートを終え、故宮博物館からは南東に位置する王府井まで徒歩で移動すべくお堀伝いに歩いていたら、ちょうど北東角の辺りで、中華系民族の大好きな借景結婚写真なんか仰々しく撮っていたので、専属カメラマンがセッティング等で手薄の頃合いを見計らって、何枚か撮らせて貰ったうちの一枚。

Beijin17_026.jpg
九枚めのカットですが、お堀の東側の南北に走る、比較的交通量は多いものの、街路樹が両側に植えられ、立ち並ぶ住戸や店舗棟の建造物が石造りで風情溢れた、同じ首都の東京とは比べ物にならないくらい景観を重視した素晴らしい道を歩いていたら、これまた赤い羅紗張りの幌も素晴らしい人力自転車が頃合い良く走ってくるのが見えたので、立ち止まって一枚撮ってみたもの。

Beijin17_027.jpg
十枚目のカットですが、王府井に移動するには南北に走る道を建国門街まで歩き切ってしまうと、また繁華街の中心に辿り着くためには改めて王府井の歩行者天国みたいな通りを北上しなければならないので、適当な緯度で東方向に向かわねばならず、いつもの勘働きで面白そうな雰囲気の漂う路地に入って行ったらすぐに石造りの家の前に置かれた椅子の上で日向ぼっこをしているいたいけな極小姐の姿を通りすがりに一枚戴いてみたもの。

Beijin17_028.jpg
十一枚目のカットですが、故宮東側の大きな通りから王府井方面に繋がる東西に走る裏通り、中国表記で云う巷を歩きながらも、北半球である限り方向感覚には絶対的な自信有りますから、迷う心配などせず路地裏を見つけては覗き、写真を撮るという基本動作の繰り返しで、ふと目に付いた武骨なアルミ構造が剥き出しの造作が特徴的なな三輪オートバイがさりげなく置かれた路地を撮ってみたもの。

Beijin17_029.jpg
十二枚目のカットですが、同じく王府井へ移動する巷から巷への散策の途上、先般、上海の淮南中路伝いの散策で大通りを少し入ったところに在る19世紀から20世紀の初頭にかけての租界がらみの石や煉瓦造りの家や通りよりも更に古めかしい雰囲気を湛える煉瓦造りの狭い路地が目に着いたので、中に入ろうとする妙齢の女性をやり過ごし、後ろ姿でエキストラ出演して貰い、辺りの様子を撮ってみたもの。

Beijin17_030.jpg
十三枚目のカットですが、王府井で二回もランチを戴き、周辺を何枚か撮りながらMRTの駅に移動し、かつての遊郭の佇まいを残すという「八大胡同」エリアで思う存分スナップを敢行すべく「虎坊橋駅」で降り、あとは地図でエリアへのアプローチだけ確認し、後は歩きながら辺りの様子を見ながら、勘働きも駆使して臨機応変にルートを考えるという、いつものスタイルで歩き出したのですが、ラッキーなことに地図で地名を見て覚えていた陝西巷へと足を踏み入れてすぐ、人力車が古風な石造りの宿屋の前に停まって車夫兼ガイドのスキンヘッドのヲッサンが説明を始めたら、赤い扉が開き、観光客が出て来たのでその瞬間を切り取ってみたもの。

Beijin17_031.jpg
十四枚目のカットですが、この陝西巷を含む付近一帯は、かつての遊郭跡とは云われるものの、東京都内の赤線・青線遺構の下町界隈とはだいぶ趣きが異なり、何せ地方からの人口流入が東京の比ではない北京の中心部のことですから、徒歩でも自転車でも交通量の多い通りに面した店舗兼住宅は巧みな改装の結果、古風な雰囲気は残しつつも、健全な街並みに生まれ変わってしまい、路地裏撮影愛好家にはやや物足りない感なきにしもあらずだったのですが、ちょっと脇に逸れれば、おそらくは文化大革命以前のこの辺りの庶民の暮らしていた住戸そのままの佇まいが残されているので、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

Beijin17_032.jpg
十五枚目のカットですが、結局、900m近く続く陝西巷の北から南、南から北を往復して写真を撮っていたのですが、半分より南に近い辺りまで行くと、街の由来を意識した街並みづくりを志向しているのか、歩いて来た途上に比べれば、道の東西両側に建ち並ぶ石造りの建物も、この街の全盛期だった清朝末期か中華民国建国当時の雰囲気をさりげなく漂わせており、道端で麻雀なんかにうち興じる年寄りを横目に人力車が頻繁に行き交うので、頃合いを見計らって、人力車も入れて一枚撮ってみたもの。

Beijin17_033.jpg
十六枚目のカットですが、同じく陝西巷からですが、この南北を走る有名な裏通りの南端に近い辺りでは通りもだいぶ広くなっており、両側も前方も視界が広がって、いかにも北京の下町のお店という雰囲気の店構えの商店の前を観光客を乗せた人力車が午後遅くの斜めからの陽光を浴びてすいすいと通り過ぎていくさまがなかなか面白かったので、立ち止まって一枚撮ってみたもの。

Beijin17_034.jpg
十七枚目のカットですが、陝西巷から元の通りに戻り、「虎坊橋」駅から二叉に分れて東西に向かう通りのもう一方と再び合流する地点まで辿り着いたので、次なる予定地「軍事博物館」への移動も考え、最寄りの駅にを目指しながら下町の風景を撮ろうと、再び西方向に歩き出して直後に夕陽に照らされる石造りの街並みの佇まいを撮ってみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、最後に出張で来てから、実に13年ぶりの北京は別物でした。
仕事での出張では土日も気を使った商社の現地スタッフが何処かに連れて行ってくれるし、反対に言えば、好き勝手には歩けなかったし、ましてや一人で勝手に路地裏に入り込んで写真撮りまくるなど、絶対に出来なかったことではないでしょうか。
街も豊かになったし、表通りの景色も変わってはしまいましたが、それでも、国家大劇院の建設現場事務所にされていた胡同の古い学校の三階の会議室から眺めた胡同の入り組んだ路地は場所こそ違え、いまだに健在ですし、何よりも誰の助けも借りず、自らの足と目で、そこに暮らす人々の今を切り取っていけるというのが、とても嬉しかったと思いました。

さて、次回は久々の工房作の珍レンズ?のレポート行きます、乞うご期待!!
  1. 2017/11/19(日) 17:30:36|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Going back to Beijing'17①

さて、今週は二週に亘ってお送りする11月初旬の北京旅行からのハイライト、第一回をお送り致します。

まず恒例の行程のご紹介ですが、まず赤い鶴のフラッグシップキャリアで北京に入ったのが11/2の深夜12時過ぎ、何故こんな遅くに着いたかと云うと、17:20発の筈の便が何と貨物ドアが閉まらなくらなるというアクシデント発生で、急遽、機体交換し、3時間10分遅れの20:30発となってしまったからです。
そして、空港から何とか深夜バスに飛び乗り、市内の北京駅前の停留所で降りたのが深夜1時半頃で、そこから氷点下の北京駅近くの故同を徘徊して宿を探し出し、寝ないで待っていてくれたうら若き北京小姐のフロント係のお世話になって、やっとチェッキンし、その晩は熟睡しておしまい。
それから翌3日は少しでも早起きして当初の目的の国家大劇院北京の写真を撮るだけ撮って、あとは自由種目と思ったのですが、体が云うこと聞かず、結局、宿を出発したのが11時も20分くらい回った頃、そして、深夜の人っ子一人居ない北京駅前とはうって変わって、人人人の北京駅前に出て、そこで行列して北京市版スイカを買って、またセキュリティのゲートを通るために地下鉄駅で行列して、大劇院に着いた時には12時もゆうに回り、金属と硝子で出来た超モダーンな建造物を撮るには最悪の条件である、建物の真後ろ上方から光が射す状態で何とか工夫して正面図を撮り、その後も周囲をぐるぐる回って、数十カット撮ってから、やっとせいせいしたキブンで周囲の胡同を撮りに出かけ、しかるのち、夕刻の景山公園頂上からの大劇院夕景を撮る時刻まで王府井でスナップしたり、ランチしたりして、17時も回った頃、景山公園まで歩いて移動し、この日の為に買い求めたSonnar135mmf2.8MMJで渾身のカットを撮ってこの日はお仕舞・・・というのが、今回のあらすじ。
では、さっそく行程に沿って、実写結果を見て参りましょう。
カメラは2~16枚目がLeica M8、1、17枚目がX-Pro2、レンズは1~16枚目がUltron28mmf2.0、17枚目がCarlZeiss Sonnar135mmf2.8となります。

Beijin17_001_201711121754552d6.jpg
まず一枚目のカットですが、艱難辛苦の挙句、13年ぶりに辿り着いた北京のサイトでやっと対面が叶った国家大劇院北京の周りを写真撮りながら感慨深く散策していたら、何も事情を知らない山東省からという見るからに素朴そうな小姐二名が華為のスマホンでシャッター押してけろ、と頼んで来たので、良いけどモデルになってね♪と申し入れて、出演して貰ったもの。

Beijin17_002_20171112175457ed0.jpg
二枚目のカットですが、大劇院関係の写真は何せピーカンでお天道様が正面の背後から燦々と照らしてくれているので、また翌日に出直すこととし、プロジェクト営業の時は、横目で眺めるだけで、中に入ってみようとも思わなかった、昔ながらの北京の路地である胡同の中に入り込んで、スナップを敢行しようとし、まずは大劇院西側の判り易い路地に入ったら、いきなり観光案内に出てきそうな、自炊をしない北京っこ御用達の大衆食堂のハデな看板が目に付いたので、これ幸いにと撮ってみたもの。

Beijin17_003_201711121755010a6.jpg
三枚目のカットですが、これも大劇院西側の胡同の中の奥まった路地で、路地裏から大劇院の偉容が垣間見られる、ちょうど日本で云えば、曳舟とか東向島辺りの路地からスカイツリーが顔を覗かすようなカットを撮りたいと思い、木戸が開いている集合住宅の通用口から中に入って散策していたら、偶然、古めかしい木枠のドアに斜めから午後の陽光が射している光景を目にしたので、嬉しくなって撮ってみたもの。

Beijin17_004_20171112175502657.jpg
四枚目のカットですが、ここも同じく大劇院西側の胡同ですが、少し南に下った辺りの別の胡同のやはり開かれた木戸の奥の集合住宅の共用の中庭兼通路の部分で、表に面した住居の壁や胡同の塀のように似せてはいるものの、本来の石積み構造から、鉄筋コンクリート造のモダンな躯体に古めかしい色合いのタイルを張り付けた景観調和型のリノベーションではなく、おそらくは文化大革命よりもっと前と思しき煉瓦積みの壁の住戸があったため、その侘び住まいの様子を一枚撮ってみたもの。

Beijin17_005_20171112175501a60.jpg
五枚目のカットですが、木戸が開かれた路地に入っちゃ、辺りを撮って、しかるのち、またクルマも通れる比較的広い生活道路に出て、大劇院の位置を確かめるということの繰り返しでしたが、リノベではありますが、やっと古風な石塀越しに総チタン張りの大劇院の偉容が見られる通りを見つけたので、色々とアングルやら、露出の難しいM8のことですから、何枚か撮っては露出見て、を繰り返し、やっとモノになった一枚。

Beijin17_006.jpg
六枚目のカットですが、大劇院の見える路地裏ではないですが、古風な通りから眺めた大劇院の画を撮れたのでまぁ良しとし、南西側の比較的有名な胡同に歩いて移動し、その中でまた開かれた木戸の中の路地でも撮ろうと、虎視眈々とカメラを片手に歩いていたら、コンビニが殆どない北京で重宝される「超市」日本語に直訳すれば、スーパーマーケットですが、実質的には、田舎の街や村には必ず一軒はあるという「よろず屋」そのもので、その懐かしい佇まいに思わず一枚撮ってみたもの。

Beijin17_007.jpg
七枚目のカットですが、その胡同散策で、昔懐かしい「よろず屋」を過ぎて程なく、開かれた木戸が有って、なかなか魅力的な佇まいだったのですが、入り口付近にちょっと怖そうなヲッサンがモルタルかなんか捏ねていたので、恐る恐る遠巻きに覗いてみれば、何か用かと声かけてきたので、写真撮りたいと云ったら、オケー、と意外にも二つ返事で奥へ通してくれたので、遠慮なく、古風な煉瓦積みの住戸を撮らせて貰ったもの。

Beijin17_008.jpg
八枚目のカットですが、ここも同じ胡同で、もう少し奥、即ち西に行った辺りで、開かれた木戸の前から、なんぢゃこりゃ状態で、目を疑ってしまったのですが、普通は薄暗く、通りの人目を惹かないように衝立を立てたり、コの字型の通路にしたりしているのが胡同とばかり思ったのが、何と、内部を煌々と照らし、しかもかなり達筆な文字で漢詩か何かを書き記したものが辺り一面に張り出してあって、如何にも写真撮ってインスタかなんかで世界に発信してくれよ、という意図アリアリだったので、その主の思いを組んで、一枚撮ってみたもの。

Beijin17_009.jpg
九枚目のカットですが、胡同を徘徊していたら、13時半も回り、そろそろ腹も減ってきたので、次なる目的地、王府井に地下鉄で移動し、まずは腹ごしらえとばかり、デパートの上の食堂街でお手軽ランチなどを戴き、しかるのち、王府井の一帯でスナップを開始したのですが、近代的な街並みに西洋風のデパートやブティックの建ち並ぶ、北京きっての繁華街の片隅で、胡同のようなテイストの建物が残されており、しかもそれが、文化大革命当時を思わせるようなスローガンが書き連ねられた真っ赤な横断幕が貼られ、木漏れ日に照らされていたので、何かとても嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

Beijin17_010.jpg
十枚目のカットですが、だいたい、道に迷って本当に心細くなった時以外、ガイドブックも地図も殆ど見ないので、辺りを徘徊していて、まさに犬も歩けばナントカ式に行き当たったのですが、「王府井小吃街」なるオープンエアのフードコートみたいなところを見つけ、ここが結構、北京っこもおのぼりサンも分け隔てなく、買い食いを愉しんでいるような雰囲気だったんので、仁王立ちになって辺りの様子を撮ろうとシャッター切った刹那、屋台からとうもろこしなんか買って、スマホン見ながら歩いてきた小姐と遭遇したもの。

Beijin17_011.jpg
十一枚目のカットですが、同じく王府井のエリアで、普段はよほど道に迷ったり、或いは時間通りに何処かの目的地に着く、或いは戻るなどという場合を除いて、ガイドブックはおろか、地図ですら見ないので、まさに食後の腹ごなしも兼ねた付近の散策で、「犬も歩けば棒に当たる」的に、ここ「王府井小吃街」を見つけたのですが、とにかく中国人、こと北京っこは買い食いがお好きなようで、日本で云う「デザート」は別腹というのが、甘いものでなく、串焼き、或いは蒸かしとうもろこし、肉まんじゅうなどに化けたようで、ランチタイムはとっくに過ぎているのに、大盛況の露店の様子を撮ってみたもの。

Beijin17_012_20171112175511fa8.jpg
十二枚目のカットですが、これも同じく「王府井小吃街」の中の様子で、中国共産党のイメージカラーである真っ赤っかなアポロキャップを白髪頭に被って、高級そうなカシミヤかなんかのストールと上着を身に着けた、早口でまくし立てる老婦人が、店頭に並べられたイカだかツブ貝だかの串焼きを温め直している店員に対し、手ぶり口ぶりで事細かなに指示を加えている様子が面白かったので背後から一枚撮ってみたもの。

Beijin17_013.jpg
十三枚目のカットですが、これ見よがしにライカの赤いロゴの入ったM8なんかでスナップやってたら、やはりカメラ好きには気にかかるらしく、チェコから来たと云う家族連れのヒゲオヤヂが一杯加減で、こんな平和そのもののフードコートでミリタリーカメラマンのご活躍か?とか茶化してきたので、そうじゃなくて、日本から13年ぶりにやってきた北京の様子にいたく感動して、景色を余すところなく撮ろうとしているのだ、と云ったら、ぢゃ我らも景色の一部だな、そのライカで撮っておくれよ、ということで、一枚撮らせて貰ったもの。

Beijin17_014.jpg
十四枚目のカットですが、ここ「王府井小吃街」はもちろん、串焼きや揚げ物、とうもろこしやら饅頭、点心の類いだけぢゃなくて、女子供相手のおやつに相当するような甘味、フルーツ系も置いているのですが、前に上海で見かけた、日本の杏飴を更に発展させたようなイチゴを串刺しにして水飴で封入したようなスィーツがそれこそ林立状態で露店店頭にデスプレイされていたので、スタッフの兄ちゃんに撮ってもイイかと話しながら一枚撮らせて貰ったもの。

Beijin17_015_201711121755208ed.jpg
十五枚目のカットですが、そろそろ陽も傾きかけてきたので、当日のお仕事写真第二弾、景山公園頂上からの大劇院の夕陽に染まる全景を撮らねばならないので、まだまだシャッターチャンスが山のように転がっている王府井を後にして、極力広い道を避け、胡同ないし、巷と云われる生活感溢れた裏通りを辿り、紫禁城を目指し、その東側から北上して景山公園に到達するコースを取ったのですが、一国の首都とは言え、表通りを少し奥に入れば、昔ながらの古風な煉瓦積みの住戸兼店舗が残っていて、その真っ赤なドアが夕陽に照らされていたりと、写浴をそそられる光景に結構直面し、そのひとつを挙げてみたもの。

Beijin17_016_2017111217551872e.jpg
十六枚目のカットですが、紫禁城と景山公園を隔てる北側の道路を渡って行ったら、ちょうど信号待ちの人力車の中年カポーと目が合い、ヲヂサンの方が、首から提げてたライカを指さし、ついで自分を指さし、四角い枠を両手の人差し指と親指で作って見せて、ニッコリ笑って親指立てたので、記念に一枚撮ってくれよ、ということだと判断し、中国語とロシア語で有難うと云って、一枚撮らせて貰ったもの。

Beijin17_017_20171112175519729.jpg
十七枚目のカットですが、これが当日最後の仕事、中国国家大劇院/北京の夕暮れに佇む勇姿で、2.2km先に建つドームながら、幅が220m近くあるため、APS-CサイズのX-Pro2に135mmの望遠を付ければ、203mm相当なので、ご覧の通り、画面いっぱいではないものの、景色の中で程良い大きさに収まって、しかも手前の紫禁城の夕暮れも同じ画面に収まるので、ちょっと重さと大きさは嵩みましたが、コンパクトなHexanon135mmf3.5やPetri135mmf2.8ではなく、コイツを調達して持ってきた甲斐があった、と思わせる一枚。

さて、次回は13年ぶりの北京の観光目玉、紫禁城内部から、清朝から共和国初期まで在った、城郭南部の遊郭の遺構を残す、下町の風景などをお送りしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2017/11/12(日) 18:00:09|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる