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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

A new star from a country featured by red atar~7Artisans18mmf6.3.II~

TTArtisan18mm.jpg
さて今回のご紹介は、修理を終えたばかりのElmarit21mmf2.8の試写をした結果をアップしようと思っていたのですが、ふと衝動的に面白げな中華レンズが欲しくなり、つい密林物販電站にて、ポチっとな、してしまい、それが金曜日の夜に受け渡し場所である近所のコンビニに届いたというので、浦安のスーパー銭湯帰りに引き取って、Elmaritだけではちと寂しいので、伴走機として、古河の桃まつり開場に持ち出し、試写してみたので、その結果をレポートすることと致します。
そのニューカマーの名前は7Artisans18mmf6.3IIという厚みが1cmそこそこしかない単焦点で、絞りすらない、むしろ、仕事以外は開放でしか撮らない工房主には、その潔さと、f6.3でイメージサークルもAPS-Cカバー程度しかないにも関わらず、5群6枚でヘリア型に縮小光学系を一番後ろにくっつけたような、ゾナーをひっくり返したような、贅沢な構成になっていることに興味を惹かれ、是非、その実力を試したいと思った次第。
ということで、さっそく、古河の桃まつりにひっかけて出掛けて撮ってみた結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラは富士フのX-Pro2での絞り優先AE、データはJPEG無修正撮って出しです。

古河_001
まず一枚目のカットですが、木場から東西線に乗って、日本橋で銀座線、そして上野から宇都宮線に乗り換えて、JR古河駅に着いたのが、12時ちょい前、ここが思案のしどころで、このまま会場にバスで出掛けて、見るだけ見て、撮るだけ撮って、お目当ての川魚料理屋のランチタイム内に滑り込むか、まずはランチをしっかり摂ってから、会場でゆったり過ごすのか、ということでしたが、かつて、ランチタイムのラストオーダーリミットから10数分早く、売り切れ仕舞いをされてしまたった苦い過去があるので、駅から徒歩10分強の川魚料理屋へまず行こうと思い、その途上にある、立派な土塀の佇まいを一枚撮ってみたもの。

古河_002
二枚目のカットですが、お店に着いてから、待つこと通算約1時間、やっと運ばれてきた、お目当てのうな丼と肝吸い、肝のしぐれ煮などを頂いたところ、かなり高い満足感を覚え、何となく、撮影が二の次になりかねないような気の緩みを何とか抑えながら、時間的には1410発のバスに丁度間に合うくらいだったので、またまたもと来た道を、会場迄のシャトルバスの出る駅まで引き返すこととし、その途上、カメラにレンズを装着しておらず、時間も読めなかったので、往きではスルーした、見事な伝統建築が数棟、敷地内に建てられている場所で一枚撮ってみたもの。

古河_003
三枚目のカットですが、駅に着いてから、まだ10分くらい時間の余裕有ったので、眠気防止のフリスク状のリフレッシュ菓子でも、現金オンリーを謳うバス運賃用の両替を兼ねて買っておこうと、駅と一体化したショッピンセンターに足を運び、無事、小銭とミンティアなどを買い求め、1410発のバスに揺られること15分ちょい、実に4年ぶりに辿り着いた会場の定点観測スポットである柳の下のどぜうならぬ治水用鋼製バルブの雄姿を撮ってみたもの。

古河_004
四枚目のカットですが、ここ古河市の桃まつり会場は、利根川の東側の土手に位置し、かつては、古河城の一部、それ以前は、古河公方の御所だった場所を、明治のご維新以降、平成の御代に至るまで、開発のため、埋め立てられ、水田となっていたものを、都市公園の大家の指導のもと、壮大なマスタープランが描かれ、1992年にかつての公方の御所の天然の濠として機能していた御所沼を復元、そして2015年に今の「古河公方公園」となったとのことですが、まさに古河公方を偲ぶ森と水辺の公園のコンセプトを如実に現す、御所跡地の半島を跨ぎ対岸に架かる鋼製橋の様子を一枚撮ってみたもの。

古河_005
五枚目のカットですが、古河公園はまさに群馬と茨城、そして埼玉を分かつ国境線の役割を果たしている利根川の真東に広がっていることから、低湿地のイメージなのですが、ところがどうして、古河公方の舘址は、沼の中央部のちょうど舌というか、笹かまぼこ状の小高い台地の上に建てられていて、また、北側にも結構、標高の高い部分が有って、そこに「富士見塚」称する人工の築山を公園整備時に築き、全部が芝だと意匠上のアクセントがないためか、一定以上の標高には、背の低い常緑樹を植え、雪を戴いた富士山の姿でも模したのでしょうが、現地の人達は、かつて「きのこの山」とか呼んでいたのを思い出し、麓から一枚撮ってみたもの。

古河_006
六枚目のカットですが、お待たせ致しましたの綺麗どころ、ミス桃娘の小姐各位揃い踏みの図で、さすがに3年以上前のお嬢さん達は残っていようはずもないのですが、小姐各位は本部テントに常駐し、観光客から記念撮影のリクエストが出たら、表に出てきて、6~8分咲見当の桃林前で、観光客と一緒に撮ってみたり、工房主のようにモデルさんとしてご奉仕して頂いたりと、サービス精神発揮されていたので、観光客の同伴撮影が途切れた頃合いを見計らって、届いたばかりのレンズの試運転に付き合って下さい、と宣言し、手持ちの二本のレンズで撮ったうちの一枚。

古河_007
七枚目のカットですが、お目当ての鰻料理も、ミス桃娘各位のポートレも撮ってしまい、必然的に、後はひたすら様々な条件での、レンズのあら捜しタイムへとシフトしていったのですが、特に知りたかった、逆光でのフレア、ゴースト、或いはコントラストがどうなるのか、ということだったので、広大な園内を歩きながら、西に傾きかけた初夏の陽光が木立越しに射し込み、それを木の間を縫って流れるクリーク水面が跳ね返す、という格好の場所があったので、水面にピンを合わせて一枚撮ってみたもの。

古河_008
八枚目のカットですが、鰻料理を食べに来たのか、昔からミス付く人種に弱い工房主の趣味を満たすため、片道1.5時間近くかけて深川から出てきたのか、判らなくなって来ましたが、桃まつり、桃まつり、せっかく年に一回、きれいな桃の花達が精一杯、咲き誇っている姿を目で見て、写真に収めようという趣旨でやってきたことを思い出し、再び園内を徘徊していたところ、ウクライナへの共感の表現なのでしょうか、青空の下、かなり鮮やかな黄色い油菜が咲き誇っており、これが、桃の淡いピンクと空の青と素晴らしいトリコロールになっていたので、足を止め、かなり踏ん張ったローアングルから一枚撮ってみたもの。

古河_009
九枚目のカットですが、先ほどバスが着いてから南方向に歩いて目にした公方館址を取り囲む御所沼の周辺にはあいにく桃の花が目立つように植えられてはおらず、北部分にある、湿地帯に護岸工事して、沼というか池のようにした辺りであれば、当然のことながら、岸辺に桃は数多く植えられており、アングルを工夫すれば、水面に移った桃の花を撮ることも可能なので、探して歩いて、まずは一枚撮ってみたもの。

古河_010
十枚目のカットですが、ここ古河公方公園内の桃は、約1700本もあるそうで、偕楽園の梅の本数約3000本には及ぶべくもありませんが、ゾーン毎に纏めて植樹してあるので、それなりの密度感で淡い花びらの色合いを楽しむことが出来るのですが、日本人はどうしても、花というと桜、桜というと、空も覆い隠すような花のトンネル、となってしまうので、それらしいところを探し、青空をバックに一枚撮ってみたもの。

古河_011
十一枚目のカットですが、更に桃の木、そして桃の花を主役にしたカットを何枚か撮りたいと思い、公園北部の、ちょうど桃林になっている小高い丘の辺りを歩いていたら、明らかに場違い感満載、普段着の桃まつり見物客からは浮きまくり状態の、安物の新選組のだんだら模様の羽織と、撮影役の執事の黒服といった装いのご一行様が、声かけてきたら噛み付いてやる的な排他的オーラを辺りに放ちながら、黙々と相互撮影していたので、その様子を背景に入れて、可憐な桃の花を一枚撮ってみたもの。

古河_012
十二枚目のカットですが、再び桃林の中の小道を歩いていたら、もう既に5回やそこら通ってはいたのですが、前回、初めて気付いた「足利義氏公墓所」の碑が建つこんもりと森が有り、その前のを通るのに、上州は新田庄出身の工房主が無視して通るわけにもいかず、右手を胸の高さに挙げ、黙礼してから通り過ぎると、先ほどの広い沼ないし池よりも狭いながら畔には桃がそこそこ高い密度で植えられていて、水面には先ほどとは打って変わって、雲のあい間に青空が顔を覗かせる様が桃の林とともに映し出されていたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

古河_013
十三枚目のカットですが、この古河公方公園は、古来からの歴史的な記憶を多層的に留めて、ご当地の歴史を美しい自然のランドスケープの中で感じ、学び取って貰おう、というコンセプトらしいのですが、その中に、戦後の食糧難の時期に、湿地帯だった、古河公方御所一帯を埋め立て、水田にしてしまった経緯もあるのですが、古河公方、そして江戸期の古河藩のお城の郭址という輝かしい歴史からみれば脇道のような時期に活躍していた、低地の水田エリアの守護神たる巨大な排水ポンプも、役目を終え、ジブリチックなオブジェとして雄姿を遺していたので、有難く一枚戴いてみたもの。

古河_014
十四枚目のカットですが、可憐な桃の花の祭典とともに興味があったのが、二つの古民家を移設し、なんと太っ腹なことに無料公開し、撮影し放題というエリアがあるので、広角レンズのテストにはもってこい、如何にも、テストにお使い下さい、と云わんばかりのお膳立てなので、ポンプから南の方向へ向かって御所沼の畔を歩き、舌の根元に当たる辺りから、古民家が建ち並んだところへ移動する途上に撮ってみた、小島が点在する御所沼の半島南側の様子。

古河_015
十五枚目のカットですが、古河公方公園内に移設、復元された二軒の古民家は、いずれも茅葺屋根で玄関には土間と炊事場が付いているという、如何にもまんが日本話に出てきてもおかしくなさそうな、日本の農村地帯の住居のテンプレートそのものなのですが、4回目の干支が過ぎるまで昭和14年竣工の数寄屋造りの御殿に住んでいた工房主のみならず、産まれた時からマンションで寝起きしていたような人達も、江戸期の日本家屋には心惹かれるものがあるらしく、いつも見学者がひっきりなしに訪れる原風景を一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、これが1万円もしない、18mm、APS-Cであれば28mm相当のレンズなの!?と首傾げげてしまいました。それが更に中国製と云うのですから、驚愕以外の何物でもありません。ヘタな高いオールドレンズより、周辺の歪み、解像度低下、また目立った光量落ちも認められず、おそらくは、Leica M(TIPO240)にVoigtlaender銘のUltron28mmf2.0を装けたよりも周辺の光量落ちは少ないので、解像力は及ばずとも、厚み1cm程度でこの描写なので、たぶん、旅行に出る時、富士フのXシリーズを選ぶなら、キャップ代わりとしてもスタメン入りは確実なレベルと思いました。正直、また同じシリーズの別のレンズも試したいと思いました。

さて、次回は、正真正銘、今回の古河桃祭り撮影ツアーの主役だったはずのElmarit21mmf2.8行こうと思います、乞うご期待!!
  1. 2024/03/24(日) 16:44:31|
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An exploration to Castles in Kyushu island.

さて今回のご紹介は、まずはお詫びと訂正なのですが、よくよく調べてみれば、時系列的には前々回の7月末の東北巡業の次の撮影旅行は上州太田のねぷた祭りとなるのですが、これは実は既出で、昨年9月には飛ばしでご紹介していたので、ねぷた祭りの次に訪問した、出張ついでのお城巡りからのご紹介ということで、人生初の島原城訪問、そしてこれも福岡市自体は何百回訪問したといっても過言ではないのに、これまで一回も訪問したことが無かった福岡城のもようを二本のレンズとともにレポートしたいと思います。

九州2309_001
まず一枚目のカットですが、出張先の福岡に金曜の夜から前乗りし、土、日フルに使う前提で、まずは土曜日は遠出とばかり、博多駅前のホテルの目の前のバスターミナルから、島原行の高速バスに乗って、島原駅前のロータリーにある停留所に着いたのが13時前、ヘタすると、地方都市ではランチ営業を13時半〆としているケースも多々あるので、駅前に見えている端正な真っ白いお城をガマンして、観光案内所で聞いた名物料理屋でフグの押し寿司ご膳なんか食べてから、お城に向かって歩いて行ったら、住宅街を抜けた辺りで突如、立派な石垣を擁した白亜の天守が見えてきたので、嬉しくて、足を止め、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_002
二枚目のカットですが、この島原城、築城当時から、相当、防御力が高い郭の構えと言われていまして、その理由は何のことはない、江戸城でも大阪城でも名古屋城でも、普通は、本丸への進入口は正門である大手門、そして裏手に当たる搦め手の門と主だったものが二つに藩士達の通用門のようなものや、江戸城の平川門のように罪人や死者を搬出するのに使われた不浄門など幾つかの出入口が設けられているのに、なんとここ島原城は、出入口が一か所、北側に設けられていただけで、あとは四方を深い水濠と高石垣に囲まれ、頑なに外界からのアプローチを拒絶していたからなのですが、今回、お店はがお城の真南に位置していたので、お濠をぐるっと半周してやっと中に入れたので、嬉しくて、ご本尊様にも等しいRC造の復元天守のお姿を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_003
三枚目のカットですが、さっそく入城料を入口付近の受付で支払い、中に入ると、RC造の天守あるある、でここでは島原の隠れキリシタンの弾圧の歴史や雲仙岳の噴火を中心とした自然災害との闘いのようなものがメインテーマのかなり重めの展示になっていまして、ひととおり、ざっと流してから最上階の展望スペースである廻縁部に出て、当日は天気が極めて良好で、対岸である熊本県の金峰山山系がくっきりと見えたので、こりゃラッキィ☆と広角だけ持って来たことををちょっと後悔はしたものの、画角を活かし、島原の街並みを入れて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_004
四枚目のカットですが、てっぺんまで上がってしまえば、あとは早晩、降りるだけなのは、人生とか会社員生活と似たようなところがあるのがお城巡りの醍醐味なのですが、出口のところで記念のメタルを買おうとしたら、武将隊のお姐さんが話しかけてきて、暫くお城談義をしたのち、そうそう、すぐ入っちゃったから、斜めからのかっけぇアングルから撮ってなかったよなぁ・・・と思い起こし、郭の南側、ちょっと高くなっている辺りに登って、この均整とれた白亜の層塔型の居城の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州’2309_005
五枚目のカットですが、ここ島原は、「島原・天草の乱」という日本の歴史授業の中では、大阪夏の陣以降では最大の内乱の舞台として、必ず紹介されるほど有名で、その首謀者、或いは精神的指導者と言われた、白皙の美少年「天草四郎時貞」の名前も日本国内で高校までの歴史を習った人では知らない人は居ないくらいの超有名なのですが、ここ島原は、長崎の原爆祈念公園で有名な「北村西望」という彫刻家の故郷でもあり、この島原城内の模擬櫓のひとつが、「北村西望」の美術館となっており、その建物の手前に彼が丹精込めて作り上げた郷土のヒーロー「天草四郎時貞」のブロンズ像が建てられていたので、敬意を表し、一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_006
六枚目のカットですが、これが「北村西望」の初期からの貴重な作品が展示されている美術館として使用されている模擬櫓の外観、北側から全貌を撮ったもので、一見良く出来てはいますが、戦後の高度成長期以降、鉄筋コンクリート造で次々建てられていった本丸内の建物のうち、1972年に巽櫓、即ち本丸南東角の石垣上に建てられた三階櫓で、内部には、平和祈念像の初期のデッサンから縮小サイズのプロトタイプ、或いは全国各地に散らばる、だぼだぼの軍帽かぶって敬礼する童子をモチーフにした「小さな将軍」の一号機などが所せましと置かれていたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、翌日曜日も天気は快晴、城巡り日和りだったので、宿を9時過ぎに出て、まずはJR鹿児島本線で25分ほどの水城駅まで移動し、律令時代に築かれた白村江の戦い後の国防拠点である、数キロにも及ぶ要塞、水城遺跡を思う存分、見学し、午後から市内に戻り、ランチ後見学に出たのは、このところ、天守の復元是非で盛り上がっていた福岡城、最寄の駅である大濠公園から一番最初に見える、「下之橋御門」と、いったん解体後、戦後、、同門脇に移築された「伝潮見櫓」のツーショットを撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、同じく福岡城の三の東側に移築され、近年まで「伝潮見櫓」と言われながら、近年、正真正銘のの「潮見櫓」の古材が来歴とともに大切に保管されていることが判明し、史跡整備の一環として、西北側の大濠公園際の石垣の上に新たに整備された櫓台に「潮見櫓」として、古材をメインに伝統的な工法で復元され始めていることから、「じゃ、アンタ誰?」的に宙に浮いてしまった、どうやら正しくは「太鼓櫓」が本名だったという現存遺構の佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_009
九枚目のカットですが、同じく福岡城関連の現存遺構、おそらく、結婚式をはじめとするめでたい席上で、だいたい、一人や二人のご老人が酔った勢いに任せて、歌舞音曲の余興として、唄って踊るので、「酒は飲め飲め、飲むならば・・・」の歌詞と雅楽の如くきメロディは耳にされたことがあろうかと思いますが、その主人公、福島正則が酔った勢いで、秀吉から下賜された至宝「日本丸」という槍を貰って帰り、酔いから覚めた福島正則が懇請しても返さなかったという、硬骨漢の主人公「母里(もり)友信」の邸宅の門を通りがかりに一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_010
十枚目のカットですが、これも福岡城関連の遺構で、「名島門」という、黒田長政がここ福岡城に移る前に居城としていた福岡市内の「名島城」から持ってきたもので、黒田二十四騎のうちの、「林直利」という侍に下賜し、林家の屋敷の門として利用されていたのを明治になって、長崎に売り飛ばされそうになったのを地元の代議士によって買い戻され、現在の地に据えられたというので、ちょうど異国からのゲストが通りがかったのを奇貨として一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_011
十一枚目のカットですが、この訪問直前に福岡市内の市民団体主導で、幻の天守閣復元に関するイベントが大盛り上がりで、何でも、その根拠が、親しい間柄であった細川の殿様に「幕府への配慮により天守を取り壊すこととなった」、即ち、壊すということは、元は建っていた、という論法で、何某かの建物があったということなのですが、早い時期の話なので、図面はおろか、屏風絵すらなく、間接的証拠でしか天守の存在が証明出来ない、ということなのですが、その割にはかなり巨大な天守台の石垣を登ろうとしたら、ちょうど運良く降りてきた中華系のカポーが居たので、一枚撮って差し上げたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_012
十二枚目のカットですが、実は、福岡城址というのは、一帯が、奈良時代の大宰府関連遺構からの複合史跡となっておりまして、福岡城のすぐ東隣というか濠の内に大宰府の接遇所であった「鴻臚館」という施設が建てられていて、これは、白村江の戦で大敗を帰して以降、大陸に対しては朝鮮式山城を各地に築き、大陸からの反攻に備えつつ、一方、遣唐使に代表される実利的な交流も再開するという和戦両面の対応だったのですが、ここ「鴻臚館」は博多の港に着いた大陸からの使者を大宰府に入れる前にもてなしたり、遣唐使の宿舎として使用された施設ということで、体育館のような建物に覆われた地面の上に往時の木造建築の一部が再現されていたので、興味深く見学し、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_013
十三枚目のカットですが、鴻臚館を見学していた時にスコールも来たし、現存の門と櫓も見たから、宿に戻ろうかいな、と歩き出した時、ふと、案内板にもうひとつの現存以降、しかも延床面積では最大という「南丸多門櫓」が天守台エリア南東に位置していることが記されており、こりゃ見にゃあかんやないの!?と急遽踵を返し、南東の本丸とは区切られたエリアの西側の断崖の上に建てられていた木造の多門櫓両端に附属する二階櫓の北側のものを撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_014
十四枚目のカットですが、同じく、地面からの雨滴の跳ね返りによる漆喰の傷みを防止すべく、腰部が下見板張り、それより上の屋根で守られる部位は漆喰塗り、という如何にも華美を排した実用的な造りの戦闘施設である、ここ「南丸多門櫓」の細長い全景を、先ほどの北に位置する二階櫓の前の柵ギリギリに体を付けて南方向の二階櫓に向けて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_015
十五枚目のカットですが、南北に細長い「南丸多門櫓」の南端部、おそらくは一朝ことが起きた場合には、南西からの侵攻勢力に対する最前線となることを想定された南端部の二階櫓は、北端のものに比べ、一階は鍵の手状に直角に曲がった建物となっており、二階部分はその南北の向きに乗っかった格好になっているのですが、北の二階櫓も中央の平櫓も共通した、下見板の黒と漆喰壁の城というモノクローム調の美しさに惹かれ、画面いっぱいに寄って一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、福岡市には、大分に暮らしていた二年間も含め、訪問した回数は10回や20回では済まないレベルなのですが、肥前名古屋城や、島原城のような、ここ街のど真ん中に位置している福岡城址に比べれば、アクセサビリティは比較にならないほど悪いお城を先に巡り、やっとやって来たということで、少なからず済まない気持ちで回っていたら、なんと、「お城に呼ばれる」との諺通り、3月上旬にお城のすぐ下の「福岡縣護国神社」の完成したばかりの大鳥居の撮影の仕事が入って、一泊二日の間で、なんと城址公園には3回も足を踏み入れ、この多門櫓も前回は気付かなかった、真下からのアングルで観察することが出来たので、とても不思議な気分を覚えたのでした。

さて、次回は、修理が終わったばかりのElmarit21mmf2.8二代目の試運転の様子をお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2024/03/03(日) 16:47:44|
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Excursion to castles with two zoom lenses @ Tohoku '23. July.

さて今回のご紹介は、ソウルで思いっきり弾けた翌週、実家にお土産を届けて戻ってきての日曜晩からの更新、台北の翌週にふらっと出掛けた、福島県方面、しかも往きは途中まで新幹線、帰りはケチって全行程、東北本線の在来線利用という弾丸日帰りツアーに同道したズーム二本の活躍ぶりなどご紹介したいと思います。
まず簡単な行程ですが、7月の月末の土曜日、上野から10時台はじめの東北新幹線でまずは福島駅まで移動、いったん、途中下車して駅ビルでパスタのランチなど頂いてから、東北本線で宮城県は白石駅まで北上、午後の燦燦と降り注ぐ熱い直射日光を浴びながら、汗を拭いながら、歩くこと20分弱で白石城に到着、前回は保存修理工事中ということで、涙を呑んで外観のみ見学して、白河へと移動したのでしたが、今回はリニュアルしたての漆喰もまだ真新しいお三階櫓の内外隅々まで検分し、途中、お城から移築した門などを、前回は夜だったので、今回は昼に寄って検分し、そのまま白石駅から上り電車に乗って、白河駅まで移動、しかるのち、これまで三回ほど訪問してはいたのですが、実は小峰城の数少ない現存遺構である太鼓櫓が木造復元天守の建つ本丸エリアから東へ数百メートルの位置に建っていたにも関わず立ち寄ったことがなかったので、天守に上がるよりも優先的にそちらを検分したかったため、駅から直接歩いて行って、じっくり眺めて、写真撮って、本丸の天守は下から眺めるだけにして駅まで移動、まだ電車には時間あったので、少々早い晩飯ではありましたが、至極の白河ラーメンを頂き、そのまま、東北本線で江戸まで戻った、というのがおおざっぱな当日の行程、となります。
では、この弾丸旅行の足取りに沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

白石・白河2307_001
まず一枚目のカットですが、駅から汗を拭き拭き、カンカン照りの田舎道を歩き、遥か目の前に見えている白亜のお三階櫓を目指して歩き続け、城山の麓にある市役所の駐車を突っ切り、城山を取り巻くように流れるクリークに架かる橋を渡ると、やっと、小高い丘陵の頂上に建つ、お三階櫓へのアプローチ路へと足を踏み入れることになるのですが、長い坂道を登り続け、やっとお城の下の大手門手前まで来たので、逸る心を抑え、一の門を潜る前にお三階櫓の裏側からの全景を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_002
二枚目のカットですが、麓から天守に相当するお三階櫓の建つ本丸を目指そうとすると、いったん、真正面にお三階櫓の姿を見て180度戻る格好で、一の門、二の門から構成される大手門を潜って、本丸の郭に入っていくことになるのですが、ここの門の構造は、一般的なお城の「虎口」と言われる防禦構造とは異なり、外側の小さい門を潜ると、やや右手に張り出した石垣の一部を迂回してその石垣の裏に聳える巨大な二階建ての門に向かうという構造で、真正面から見たところを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_003
三枚目のカットですが、もはや、この食い違い構造の門周辺に潜む必殺の伏兵からの攻撃に全神経を集中させることもなく、あっさりこんと二つの門を潜り抜けると、そこは広々とした、真夏の陽光が降り注ぐ芝生の広場で、お目当ての、平成の御代になって本格的に木造復元されたお三階櫓は、高台を占める本丸の北西の隅の石垣の一部に繋がった櫓台の上に建てられていて、だいたい、お城の写真なんていうものは或る程度、距離を置いて仰角を付けないで撮るのが常道なので、芝生の広場の真ん中辺りから、蘇ったばかりというお三階櫓の雄姿を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河’2307_004
四枚目のカットですが、さっそく、南側に口を開いた登城口を目指し、石垣斜面に設けられた石段を登り、中の受付で木戸銭ならぬ入場料を支払って中に足を踏み入れ、まずは構造上、一番面積の大きい一階部分の板の間の外周をぐるっと巡って、木造復元の出来栄えを確認していたのですが、その中でも、木造建築でもハイグレードな建物には必ず使われている漆喰壁の内部構造、「竹小舞」を判り易くカッタウェイモクアップ化したものがあったので立派な梁とツーショットで撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_005
五枚目のカットですが、明治のご維新前から残っている、現存十二天守や三階櫓とは比べるべくもないまでも、他の木造復元天守等と比べてもなかなか良く出来ている内部の木組みなどに関心しながら一階を巡り、二階に上がる前に、戦闘指令所かつ籠城戦での最後の砦であるべき櫓らしからぬ、踊り場付きの広くて、傾斜も緩い階段に、やや違和感を感じ、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、二階に上がってみると、さすが典型的な層塔型の三階建ての櫓だけあって、一階部分を外周の廊下(武者走り)分だけ縮小した床面積ではありますが、構造はそっくりそのままで、戦う建造物である天守、櫓には一般的な外から見たら大壁造り(木柱が漆喰に完全に画された構造)、中は真壁造り(構造材である木柱が漆喰壁からは出ている構造)になっていて面白いと思い、シンメトリーに撮れる場所を探して一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_007
七枚目のカットですが、層塔型の天守や櫓は、基本的に各階相似形で上に行くほど、面積が漸減する構造となっており、緩い階段を鼻歌交じりに登り、二階に上がっても、基本的に視界に入るのは、内部の板の間を囲む一間おきの柱で仕切られた武者走りと言われる戦時の外周攻撃スペースの廊下と、天井から外に向かって下ろされる、非常に太い丸太の梁、そして内側の壁面の特徴である真壁造りの木材と漆喰のコントラストなのですが、寺社や御殿にも共通する伝統的な木造建築の佇まいに深く関心し、端から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_008
八枚目のカットですが、二階部分もぐるっと、しかしながら丹念に検分したのち、再び階段を登り、最上階である三階に到達すると、程なく、中国人ないし台湾人の一家が上がってきて、よほど城好きな家族なのか、いたいけな童子も奇声を上げたり、走ったりすることもなく、お行儀よく、お婆さんの中国語の説明にいちいち、うんうんと頷き、ところどころで記念撮影などやっていたのですが、お城にしては大きく開放的な窓に繋がる廻縁部に座り込んで撮り始めたので、後ろからその様子を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_009
九枚目のカットですが、この中国人ないし台湾人一家は日本古来の木造建築がかなりお気に召したようで、天井板がないため、最上階屋根裏の見事な木造構造、専門用語で言う「小屋組」が丸見えだったので、先生役のお婆さんが上の方を指差し、真面目な面持ちで家族に何かを説明していて、またいたいけな童子も判っているのか、いないのか、いちいちうんうんと頷き、一通り見終わって満足したのか、帰り支度を始めたところを一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_010
十枚目のカットですが、ここ白石城のお三階櫓は、実質的な天守閣なので、一般的に言われている、天守は郭内部に向いた窓が設けられ、櫓は外に向けての監視、攻撃施設なので、内側には窓がない、という定義に反し、最上階には大きな窓、しかも、黒い漆で枠取られた釣鐘のような格好の、禅宗の寺などに見られる華頭窓と言われる窓兼出入口が南北の長辺には二か所ずつ設けられていたので、その形が見てとれるよう、
廻縁の端から撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_011
十一枚目のカットですが、白石城本体のみならず、前回訪問時、同様に耐震補強を中心とした保存修理工事とのことで、せっかく訪問したのに内部を見学出来なかった、城山東山麓の武家屋敷も見学し、駅までまた歩いて、次なる訪問地、白河駅まで移動する段取りだったのですが、前回はスケジュール的に、宿から日没後、歩いて行って、暗がりの写真を撮らざるを得なかった、白石城から移築された現存遺構のひとつ延命寺の山門を太陽光の下で観察して撮影したかったので、寄り道して一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_012
十二枚目のカットですが、新幹線だとあっと言う間ですが、そこは広い東北のこと、隣県どうしなのですが、駅前の茶店でちょいとお茶タイムを楽しんでから、15時前の東北本線に乗り、2時間15分ほどで次なる目的地、もう栃木県との県境も近い白河の駅に到着、時刻はとうに17時を回っていましたが、もともと、小峰城の天守に上がる気はなかったので、そのまま、スマホンの道案内に従って、天守のそびえる本丸を左手に眺め、裁判所方面に進んだ先に移築されていた、小峰城太鼓櫓の裏側からの全景を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_013
十三枚目のカットですが、この明治のご維新後にいったん民間に下げ渡されて解体後、茶室としていたという小峰城の遺構は、再び民間から白河市に寄贈され、お城を望む現在の地に再移設され、現在も時折、市の管理下で、市民文化講座のような催しでの茶の湯に使われたり、城郭愛好家のための見学会のようなイベントに利用されているとのことでしたが、当日は到着した時間も時間の上、そもそもイベント開催日でもなかったので、外構のみ見学しようと正面に回り、ここでも一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_014
十四枚目のカットですが、無事、積年の課題であった、小峰城の数少ない現存遺構である太鼓櫓を見学し、さぁ、ちょい早いけど、せっかくの白河ラーメンでも食べてから、東北本線で一路、お江戸を目指すっぺか?と駅の南側に位置するお目当てのお店を目指して歩き出し、ちょうど、小峰城天守の全景が綺麗に見える辺りにさしかかったので、足を止め、今日は寄れなくて申し訳なし、と心の中で手を合わせて侘びながら一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_015
十五枚目のカットですが、お目当ての白河ラーメン屋はこの前、出張でこちらに来た時、お客さんでの商談・見学が長引き、結局、その店を含め、白河ラーメンは食べ損って、仕方なく、新白河駅前の中華料理屋で喜多方ラーメンもどきを食べて帰ったという遺恨試合だったので、今回は普段の晩飯時間よりもだいぶ早かったのですが、上野までは長い電車の旅なので、意を決して至極の白河ラーメンを頂き、満足した気分で、駅まで向かい、電車に乗る前に趣きある、駅舎の写真を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、たぶん新品時の価格では倍半分では効かない、システム一眼メーカーの純正最高級レンズとサードパーティメーカーの普及品の競演ではありましたが、なかなかどうして、両者の共通焦点域である28mmから35mmにかけてはなかなか良い勝負していたと思います。

さて、次回は、時期的に確定申告真っ盛りなので、更新は進捗次第ですが、コンテンツは改造レンズで重めなのを一発ガツンとお送りしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2024/02/18(日) 22:15:02|
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Back to a paradise on southern ocean~Taiwan Tour’23.July~③

さて今回のご紹介は、台湾旅行四日目、台北リブートツアー最終日の様子をリポート致します。
そもそも、なぜ、台北に頻繁に行くのか、行きたがるのか?その答えのひとつが、秀逸な常宿に出会えたことが挙げられます。
東京や世界の大都市のように交通の要衝と言われるターミナル駅がメトロポリスの中に複数存在し、東京都を例にとれば、東北や常磐、北関東の玄関口は実質的に上野ですし、山梨・長野方面であれば、新幹線こそ通じたものの、バスや在来線特急ベースで見れば、いまだに新宿の地位は揺るがない、といった多極型・方面分散型の公共交通インフラとなっています。
ところが、台北では、小さな島の行政の中心ということもあって、台北市内の交通の要衝は台北駅一極集中です。その台北駅の高速鉄道駅乗り場からも、九份・金瓜石直通バス乗り場からも至便、そして空港からのMRTの始発駅が宿から徒歩5分という立地の良さにも関わらず、そこそこ広い部屋が、為替レートにもよりますがだいたい4.5~6.5千円/泊で泊まれるので、ずっとその宿を拠点に、関心ある島内の観光拠点に出向くスタイルをとってきたので、或る程度纏まった休みが取れたら、台北に飛ぶ、ということなのです。
では、さっそく、当日の行程に沿って実写結果を逐次眺めて参りましょう。
全カット、カメラはSONY7c、レンズはSchneider Apo-Componon40mmf2.8による絞り開放となります。

Taipei2307_031.jpg
まず一枚目のカットですが、今思うと身の毛もよだつ体験なのですが、実は、帰国便のデパーチャ時間を15時半だとばかり思っていて、ただ、せっかくのプライオリティパス持ちなので、3時間くらい早く空港に着いて、ラウンジの使い前をSNSにでもアップしようと考え、10時前に宿をチェッカウト、荷物を預かって貰い、11時台のMRTで空港に向かおうと考えながら、徒歩で15分弱ほどの迪化街に到着し、さぁ、これから時間一杯撮るぞ、と何も知らずに入口で撮ったしょっぱなのカット。

Taipei2307_032.jpg
二枚目のカットですが、時間も早かったので、まだ商店は開店の準備が終わったか、まだ途上か、といった案配で、ただ曇り空の午前中早い時間ということもあり、台湾に限らず、明朝以降の東南アジアを含む中華圏の街づくりには欠かせない、一階部分を共用の通路とした「騎楼」(台湾語では亭仔脚)という造りでは、確かに直射日光から通行人は言うまでもなく、陳列商品を守ることは十分に出来るのですが、その半面、昼なお薄暗い通りとなるので、灯火を点すのが常ですが、煌々と照らされ、開店に余念ない乾物店前で一枚頂いてみたもの。

Taipei2307_033.jpg
三枚目のカットですが、店主に一礼して、とにかく時間内に迪化街のどん詰まりにある大稲堤まで歩いて行って、往復撮りまくろうと考えていたので、長いレンガ造りの騎楼の中を足早に歩いていたら、築地場外の西側の道路沿いにあるような日本産の小エビや貝柱、そして奥の方にはうやうやしくガラス棚に陳列された干海鼠(なまこ)などが陳列してある、何となく懐かしい雰囲気のお店があったので、足を止め、店番のヲヤヂに写真撮っても良い?と声をかけ、黙って撮るなら良いよ、と笑顔で言われたもので、有難く一枚頂いてみたもの。

Taipei2307_034.jpg
四枚目のカットですが、店舗前の照明に煌々と照らされた騎楼の中をあちこち眺めながら、時折、足を止めて撮ったりして歩いていたら、そこそこ大きな通りと交差する辺りでいったん屋根が切れたので、外を歩くこととし、ちょうど戦前からと思しきバロック調のクラシックテイストたっぷりの中低層ビルが建ち並ぶ辺りに差し掛かったので、路上からそれらを撮ろうとしたら、先客の小姐が居たので、有難くご出演願ったもの。

Taipei2307_035.jpg
五枚目のカットですが、再び、騎楼の通路所せましと、色とりどりの商品を天井近くまで並べまくっている辺りにやってきたので、季節柄、あまり直射日光の下を歩き続けて、飛行機に乗る前に汗だくになるのもイヤなので、早々に騎楼の下に戻り、面白げな商店の店頭でも撮ろうとしていたら、時間柄、まばらとは言え、人通りが出てきたので、有難く、買い物客の小姐にご出演願ったもの。

Taipei2307_036.jpg
六枚目のカットですが、この迪化街は発展著しい台北市の中心、台北駅から10分程度という商業的にも一等地であるにも関わらず、台湾各地に点在する、日本統治時代以前、清朝時代からの伝統を今に伝える「老街」のテイストを活かした街づくりを前面に打ち出しており、レンガ造りないしコンクリート製でもレンガ張りの建物躯体の天井部分には、台湾では一般的だったチークなどの広葉樹に落ち着いた色調のラッカーを施したものが使われており、その下に吊るされた本土ではまず見られない、赤い繁字体で書かれた道教の呪文が目を引く黄色の提灯が目を惹いたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

Taipei2307_037.jpg
七枚目のカットですが、クラシックテイスト満載の迪加街ではありますが、街の隅々まで、布地屋や、乾物商や薬種問屋が軒を並べているというわけでもなく、ところどころ、古い店舗をリノベしてカフェにしたり、変わり種では、オリムパス・ケムンパス・サロンパスのショールーム兼ユーザーサロンとして再利用しているところがあったりするのですが、たまたま、天井の造り、吊るされた照明の乳白色のガラス製火屋が立派なリノベ本屋さんを撮ろうとしたら、「造反有理」とか叫び出しそうな、凡そこの街並みとは似合いそうもない格好のご一行様が店の前を通りがかったので、有難く一枚頂いてみたもの。

Taipei2307_038.jpg
八枚目のカットですが、もうそろそろ、1km弱にも及ぶ老街の半分も通り過ぎ、どん詰まりの方が近い辺りにやって来たところ、黒字に陽刻の金文字看板も見事で、店先にRGB配色のカラフルな看板で産地付きで扱っている乾物が一目瞭然に判るようにしている乾物商の店先がビジュアル的に感じ入るものがあったので、40mmでは真正面からでは全景ムリなため、斜め横から撮ってみたもの。

Taipei2307_039.jpg
九枚目のカットですが、時計を気にしぃしぃ、どん詰まりでのタッチアンドゴーを念頭に置いて、直射日光が当たらないばかりか、時折、開放された店先から気前良く発散されるエアコンの乾いた冷気を受けて、元気を取り戻し、とにかく、奥まで歩き通そうと進んでいたところ、これまで目にしたことのないような量の大蒜が積み上げられていたので、騎楼内部の店先をバックに最短距離から一枚撮ってみたもの。

Taipei2307_040.jpg
十枚目のカットですが、老街のどん詰まり付近は、この通りの中でもリノベが最後発かつ大規模だったため、老街入口から半分くらいまでは、生地屋、乾物商、薬種問屋が殆どでたまにカフェやローカル色活かした雑貨屋(デズニーはもちろんのこと、サンリオやジブリも置いていないという意味で)が点在しているくらいなのに対し、いったんゼロリセットしてからの街づくりに等しいので、結構、オシャレな店舗がメインで、旧来の業種は皆無、その中で、随分と端正な唐獅子を店頭に飾っていたキッチン用品店の店頭を撮ってみたもの。

Taipei2307_041.jpg
十一枚目のカットですが、迪化街最深部で大稲堤と呼ばれる辺りは、それなりに古い街並みの文法のようなものを尊重して、お金をかけたリノベをして、オシャレなカフェやレストラン、雑貨屋、文具屋などが主役となってしまった、いわば、街のど真ん中の九份とか鹿港のようなイメージのエリアなのですが、それでも通りを歩きながら、丹念に側道や路地に目を凝らすと当時の街づくりの痕跡は所どころに遺されており、古めかしいレンガ造りの壁に囲まれた細く曲がった路地に心惹かれ、入口から一枚撮ってみたもの。

Taipei2307_042.jpg
十二枚目のカットですが、いよいよ、どん詰まりで大規模リノベが上がった長い騎楼付きのレンガ造の建物の区画を分ける天井からのアーチや重厚な彫刻付チークの扉も美しい通路に足を踏み入れ、このフォトジェニックなレンガの長い廊下をどうやって撮ろうか、と逡巡していたら、いかにもローカル客ですよ的な佇まいのカポーが横を通り過ぎて行ったので、有難くご出演願ったもの。

Taipei2307_043.jpg
十三枚目のカットですが、奥まで辿り着いて、時計を確認し、これなら、普通のペースで帰りも歩きながら撮れるな、と心づもりして、元来た道を引き返していたら、先ほどはまだ開店準備が捗っていなくて、目を引くような店頭の風景ではなかったお店が、準備万端、道教の「商売繁盛」?の赤い呪文入りの黄色い提灯も吊るされ、あちらから、祭総統に代表される、いかにも台湾の上流階級のご婦人、といった風情の方々がやってきたので、遠景に入って貰い、一枚撮ってみたもの。

Taipei2307_044.jpg
十四枚目のカットですが、今はもう、築地場外でも、観光客相手ではない飲食店向けの卸、仲買商は市場本体と一緒に豊洲に引っ越してしまい、ごく僅かに残った電動式ターレット以外は、かつての市場でのプロの移動手段を目にすることは少なくなってしまい、当然、ロッド式前後ブレーキで頑丈一点張りの自転車も絶滅危惧種に指定されて久しいのですが、ここ、レトロ感をレゾンテートルとしているかの如き迪化街では、そういった古めかしい道具がいまだに第一線で活躍しており、乾物問屋前で、落花生の干した束を載せ、荷台に屋号を示す木札を掲げた鉄製漆黒の自転車が置かれていたため、一枚頂いてみたもの。

Taipei2307_045.jpg
十五枚目のカットですが、時計と睨めっこで、あんまりのんびりしていると、空港でのラウンジ滞在時間が無くなっちゃうな、とか身に迫った危機にも気付かず、ノー天気に通りを撮影しながら歩き、もう入口も近い辺りまで来たところで、来た時はまだこの町の稼働時間的にはやや早過ぎたので、若い人達と遭遇することは稀有だったのですが、この時間になると、入口付近では、散策ないし買い物を楽しもうという若いカポ-達の姿もちらほら見られるようになり、なかなかオシャレで清潔感に溢れたロングのワンピを着こなした小姐とバミューダパンツの兄ちゃんが仲睦まじくお手々繋いで目の前を歩いていたので、有難く一枚頂いてみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、海外ロケはイイですね、観光客の立場だと、人でもモノでも結構自由に撮れますし、声掛けても、成功率が全然違いますね、実は、この後、味を占めて、またすぐに釜山、そしてホーチミンなんか飛んじゃったんですけどね。

で、来週はコロナ明け久々のソウルツアーで一週スキップの予定です、ごきげんよう!!
  1. 2024/02/04(日) 22:01:42|
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Back to a paradise on southern ocean~Taiwan Tour’23.July~②

さて今回のご紹介は、台湾旅行三日目、台湾新幹線こと、高速鉄道で台中まで出掛け、そこから更にまたバスで小一時間かけて辿り着いた、ここも九份、淡水と並ぶ大人気の観光地、鹿港にシャコ料理を食べに出掛け、その帰りに余勢を駆って、台北駅を通り越し、隣の松山駅近くで毎夜開かれている夜市でのスナップをご覧頂きましょう。

台北2307016
まず一枚目のカットですが、ここ鹿港は投宿地の台北からはまず台湾高鐵で高鐵台中駅に移動、そこから路線バスに乗って、便のルートにもよるものの、だいたい45分から1時間10分くらいで観光の中心、老街最寄のバス停に着き、そこからは徒歩で、清の時代からの細長い迷路の如き路地が入り組んだ老街エリアへ足を踏み入れるのですが、入口付近の露天ゲーセンで無邪気に遊ぶいたいけな童子達を撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307017
二枚目のカットですが、休みともなれば、国内外から観光客でごった返す、ここ鹿港の老街ですが、着いたのが、ちょうど、ランチタイムの始まった時刻だったこともあり、皆、老街奥のシーフードレストランにしけ込み、名物のシャコを揚げたものや、虫眼鏡で見なければそれとは気付かない牡蠣のお好焼、そして運が良ければありつけるマテ貝のガーリックバター炒めみたいなものを堪能しているらしく、容易に人のいない街並みを撮れたので古民家を改造した物販店のカラフルな佇まいを一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307018
三枚目のカットですが、ここ鹿港は、清の時代の港町の街並みが残っていることで、国内外からの観光客、特にクラシックな街並みに強い関心を持つ層、そして、とにかく人と違うバックグランドでインスタ映えする写真を撮りたいという手合いが集まってくるのですが、中でも、高いレンガの壁や塀に囲まれた路地は安定的な人気で、街もそれを見越してか、ただ単に古くて、小汚い路地は写真映りが良くないばかりか、行ってみたらがっかりした観光地!という非情な烙印を押されかねないので、雰囲気は最大限遺しながらも、明るく清潔感溢れる路地裏にリノベしたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307019
四枚目のカットですが、実は何回か通っていたにも関わらず、今回、改めて気付いたことがあり、ここ鹿港老街の表通りながら狭い道は、単に狭くて、場所によっては高い塀や壁に囲まれているのですが、この近傍もそうなのですが、19世紀初頭はいかな清の統治下にあるという建前でも、治安は悪く、裕福な街には流しの野党団が来襲したりしたらしく、容易に街の奥へと侵入出来ないように鍵の手のような曲がり角を敢えててあちこちに設けていた、ということで、これは戦国時代の城郭の「虎口」の防禦に通じる通路設計と思い、感心して一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307020
五枚目のカットですが、通りのかなり奥まったエリア、道教のかなり大きな祠の在る辺りで、面白いもの、つまり、時代がかった、板金加工製のお玉の首みたいなのを水仙の茎みたいな金物で、高さを変え、それをスパイラル状に高さ順に並べて、上から涼しげに水を流す、という他愛もないオブジェなのですが、なにぶん、真夏の台湾、しかも北回帰線直下の街なので、とても魅力的に見えて、つい、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307021
六枚目のカットですが、そろそろ名物のシャコ料理とアサリの澄まし汁、それにシーフード炒飯なんかで豪華なランチもしたくなってきていたので、路地裏探訪もピッチを上げ、シーフード料理屋が軒を並べる中山路に向かって歩いていたら、如何にも清の時代の裕福な商家、という佇まいの、木のぬくもりも感じられるようなお宅が目にとまったので、ランチそっちのけで、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307022
七枚目のカットですが、ここ鹿港老街の奥のそのまた奥に位置する永安宮という、立派な道教寺院の門前に開けたちょっとした街のようになっているエリアの中山路沿いに、お目当てのシーフード料理屋街が位置するのですが、何も毎回同じお店で食べなくとも良いわけで、今回も散策しながら、店の造り、並べてある食材、そして可愛い小姐の給仕さんの有無などを冷やかし半分に眺めてお店を選んでいる途中に撮った風船行商おばさんの哀愁帯びた後姿。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307023
八枚目のカットですが、無事、お目当てのシャコの姿揚げ、アサリの澄まし汁、そしてシーフード炒飯に計2300円近くも払って、まぁまぁ満足行くランチを終え、帰ると決めたバスの時刻迄、ここ鹿港での定点観測スポットを周って撮り尽くそうと考え、真っ先に鹿港で最も有名で、旅行雑誌、サイト等にも紹介されている「摺乳巷」に向かい、南側の出入口を張っていて、誰か面白そうなのが来たらシャッター切ろうと考えたら、絶叫系童子が駆けってきたので、ブレもものかわ、とにかく置きピンで撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはLeitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307024
九枚目のカットですが、無事、老街南部に位置する「摺乳巷」、続いて台湾島でも特にユニークな路地で構成された「九曲巷」も見物、撮影を終え、運動場前のバス会社の営業所兼発着所から高鐵台中行きバスに乗り、高鐵台中駅からは台北行高鐵に乗って1時間の旅で、まだまだ気力・体力には余裕有ったので、松山駅から程近い饒河観光夜市でスナップしようと在来線に乗り換え、松山駅から出た目の前の風景を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307025
十枚目のカットですが、松山駅から、夜に向かって、観光客が集まりつつある、饒河観光夜市に向かって歩いていくと、通りのどん詰まり真正面に位置するのが、如何にも人気爆発でござる、と満艦飾のイルミで以て自己主張する、そのままジブリのアニメに出てきても何ら違和感ない、道教寺院の佇まいを一枚有難く頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307026
十一枚目のカットですが、松山駅に着いた頃から既に薄暮の時間に差し掛かっていましたが、数百メートル先の饒河観光夜市のメインゲートを潜る頃には、陽もとっぷりと暮れ、それとの交代を待っていたかの如く、露店や屋台、或いはマーケット両側の路面店の灯りが存在感を一段と増し、よぅやく、日中は精彩を欠くこの通りも、ようやく本領発揮とばかりにあちこちに光を跳ね散らかし、それに群がる国内外からの観光客で活況を呈してきて、さっそく、屋台の脇で注文した料理が上がるのを凝視しながら待ってる家族を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります

台北2307027
十二枚目のカットですが、ここ台湾の夜市では、日本や韓国とは違い、むしろ、宵っ張りの傾向が強い国民性を持つ、東南アジア諸国、例えば、よく行くベトナムとか、かつて暮らしていたタイなどに近い雰囲気で、昼間は何処に居たのか?と思うくらい、日が暮れてくるとあちこちから人が集まり、夜が更けるのも、一向に意に介せず、まさに「メメントモリ」の精神、命は有限、ならば楽しく唄い踊って暮らそうとばかり、大人も子供も、時を忘れて楽しく遊んでいるのですが、如何にも日本からの文化の継承である金魚すくいに夢中になっている阿佐ヶ谷姉妹みたいな格好の姉妹が居たので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、ここ饒河観光夜市には大小数百の露店、屋台の類いが軒を並べていますが、その飾り付けというか店構えは千差万別、扱う商材によっても、主人の性格によっても異なっていて、それこそ、不夜城みたいに発電機で地球温暖化ガスを盛大に発散しながら、マイクロ歌舞伎町みたいに電飾を煌々と放つお店もあれば、うちはひたすら味で勝負だ!とばかり、まるで色気も飾り気も無いお店もあって、そんな地味なお店でも常連なのか、或いは何処かで評判を聞きつけたのか、珍しいスィーツを求めて、いたいけな童子が店先でいっぱしに好みを述べて注文していたようなので、その様子を一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります。

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十四枚目のカットですが、通り側からだと、品物を物色したり、注文したり、受け取ったりするお客さんの様子しか観察したり、撮ることしか出来ないので、店と店の間が、通路兼、テーブル・椅子を置いた飲食スペースになっているところからそこに面している店の裏側に回り込み、ちょうど店番していたと思しき、刈り上げ頭に、清潔な白いTシャツが如何にも商人の子で、店番もきちんと出来ますよ、と物語っている、いたいけな童子の清々しくもある斜め後ろ姿を一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります。

台北2307030
十五枚目のカットですが、同じく煌びやかで賑やかなこの観光夜市において、照明控えめ、地味な店構えながら、確実に売上げを上げているお店も結構あるもので、通りをずっと進んだ、反対側の出入口の方が近い辺りに出ていた、黒タピオカをミルクで淹れた中国茶に浮かべた、如何にも南国台湾というテイストの屋台で、如何にも気の強そうな女性主導のおデートの一環として食べ歩き用のスィーツを買い求める風情だったので、横から一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放、AE撮影となります。

さて、次回は再来週、台北リブートツアー最終日の様子をリポート致します、乞うご期待!!
  1. 2024/01/23(火) 22:20:41|
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Back to a paradise on southern ocean~Taiwan Tour’23.July~①

さて今回のご紹介は、新年第一発ということで、真冬のお江戸からは約2100km南西に位置する台北に、COVID19禍明け初として昨年の7月の連休に飛んだ記録を三回に分けてお送り致します。
まずは簡単な行程のご紹介ですが、7月の14日(金)のお昼過ぎ、成田を発って、夕刻に台北着、その日は晩飯食べておしまい、翌15日は前々から良い天気の水南洞遺構を撮りたかったのと、シャッターチャンス満載の金瓜石~十分を久々に訪問したかったので、COVID19禍解消以降では本格的な台湾島内での撮影ツアーに出たということ。そして16日はここもまた長いことご無沙汰していた台中からはバスで小一時間の観光名所、鹿港へ出掛け、夕刻の戻りがてら、松山駅から程近い饒河観光夜市を撮影、そして最終日の17日はフライトギリギリまで(本当は時間を間違えていただけ・・・)、宿からは程近い、迪化街周辺を撮ったということ。
では、さっそく、撮影初日の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

台北’2307_001
まず一枚目のカットですが、台北の常宿はもう10年近く前から、台北駅北口西方の北門エリアの安ホテルを使っているのですが、何せ、空港からのMRT駅まで徒歩5分、その出入口の目の前からは九份、金瓜石直通バスが発着するという便利さで、今回もその直行バスに乗って小一時間で着いた金瓜石から、更に小型のバスに乗り換え向かった先の水南洞の観光スポットのひとつで一番上にある「黄金瀑布」の奇妙な全貌を改めて観光客目線で撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

台北2307_002
二枚目のカットですが、これが今回、COVID19禍後に航空運賃が安くなるのを見計らって台湾に出掛けた目的のひとつである、日本統治時代に作られた、東洋最大の貴金属及び銅の精錬工場である水南(本当はさんずいに南の字)洞の十三層遺構の全貌で、実はこのアングルからの撮影はCOVID19禍前に大学時代の友人と訪れた時に偶然発見した集落の奥にある小高い山の鬱蒼とした林の奥にある展望台から撮ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

台北2307_003
三枚目のカットですが、ここ水南銅十三層遺構は、先の展望台からだと、何となく、マチュピチュ遺跡に似て見えますが、下のあるアングルから見ると、あーら不思議、今度は秘境チベットの政教合致の中心であるポタラ宮殿にも規模こそ違え見えなくもなく、これが真正面だと結構幅が広い割には建物の密度が低くて間延びした画面になってしまうため、陰陽海に面した展望台から探した斜め手前の別の展望スペースから撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

台北2307_004
四枚目のカットですが、水南洞遺構を心行くまで撮って、そろそろ暑さにも耐えかねてきたので、ランチと冷たい飲み物が摂れる金瓜石まで登ることとし、バスは待てど暮らせどやって来ないので、交渉前提でボッタクリタクシーに乗り込み、メーターを倒してしらばっくれて走りやがったので、車内の身分証を写真で撮った上で、150元とか言ってきたのを、これしかない、といって100元のみ渡して、謝々!と降りてから、眺めの良いレストランでランチし、黄金博物館方面に移動がてら、線路遺構当たりで記念撮影頼まれた小姐にモデルさんになって貰ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北2307_005
五枚目のカットですが、黄金博物館に入ってみると、一階の入口から程近い辺りに、この山で採れたか否か確認のしようがなかったものの、なんと220kgもある、世界最大級?の金塊がどーん!と鎮座ましましており、しかも太っ腹なことにアクリルケースの穴越しであるものの、素手で触らせてくれるというので、世界で金に目がない中華民族、インド人には堪らないアトラクションとあって、行列して記念撮影してるのを横から撮らせて貰ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_006
六枚目のカットですが、実は博物館そのものに興味があったわけではなく、ちょっと勘違いしていたのですが、かつての金の坑道の中にリアルなお人形さんが置かれていて、それがなかなか画になり、ここに到着して取り替えた国産ハイスピードレンズのサラブレッドCanonL50mmf1.2の威力を遺憾なく発揮させられる、とか期待してのことだったのですが、それはまた別の入口で別料金、と言われ興覚め、時間もムダにしたくなかったので、観光ルート外のかつての金鉱住宅エリアに移動、後をついてきたロコカポーを先に行かせて、後姿出演を願ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_007
七枚目のカットですが、ここ金瓜石から九份にかけてのエリアは亜熱帯ゾーンに属する台湾島北部でも特に降雨量が多いことで知られ、当初の居住者である日本からの入植者も雨対策には腐心していたらしく、この金瓜石の金鉱住宅のあちこちのトタン屋根にはご丁寧に有史以来、最強の防水・止水剤である瀝青を厚塗りしたものがいまだに多く目につき、ちょうど坂の小道に垂れ下がっていたブーゲンビリアの花とのコントラストが美しかったので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_008
八枚目のカットですが、金鉱住宅跡は、その気になれば日暮れまで撮っていられるくらい撮影スポット満載の路地裏・廃墟撮影マニア垂涎の地ではあるのですが、この日のうちに十分まで撮って、何時までやっているか判らない台北市内のレストランでデナーを楽しみたかったので、いつも撮りなれた辺りをさくっと撮って、博物館前のバスターミナルに戻り、相当数ある、九份までのバスに乗り、着いて早々、展望台で景色を楽しみ愛を語らうロコカポーに後姿出演願ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_009
九枚目のカットですが、遂に出ました!というか、九份どころか、台湾観光を代表する、シンガポールで言えばマーライオン、イタリアで言えばピザの斜塔、京都で言えば清水寺くらいの圧倒的ランドマークである、阿妹茶舘の全景を向かいの展望台の奥に在る別の食堂入口へと上がる階段の上から、観光客でごった返す竪崎路越しに超広角で撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはVoigtlaender SW-Heliar15mmf4.5asph.による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_010
十枚目のカットですが、同じくここ九份は竪崎路に建つ阿妹茶館を、下側から観光客でごった返す坂道ごと超広角の広い画角と極端なパースを活かして撮ってみようと思い、いったん、茶館より上の位置の撮影ポイントから階段を下り、ちょっと開けて踊り場みたいになっているところで正々堂々カメラを構えて、ほぼノーファインダでシャッター切ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはVoigtlaender SW-Heliar15mmf4.5asph.による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、あまりにも有名な阿妹茶館の辺りで何枚か撮って、そろそろ手じまいにして、いったん、麓の瑞芳までバスで下り、その駅から平渓線という超ローカルながら、主要観光地を結んでいて、世界中の鉄っちゃんのみならず、バックパッカーから普通の観光客にまで知れ渡っている電車で十分に移動しようと思い、撮った画像を背面LCDで確認したところ、九份という地名も阿妹茶館という看板も明確に写っているものが無いことに気付き、帰り際に慌てて撮ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはVoigtlaender SW-Heliar15mmf4.5asph.による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_012
十二枚目のカットですが、次なる目的地、この日の最終撮影地でもある十分には一時間に一本の列車に35分ほど乗れば到着するのですが、この十分の面白いところは、駅及びその周辺の線路自体が老街の観光エリアになってしまっていて、台鉄も過疎の解消として観光には十分な配慮をせざるを得ないので、電車が来るまでの間は線路に入って散策したり、名物のランタンを上げたりするのを大目に見ているようなのですが、この賑やかな秘境に到着早々、鄙びた感じの山奥の村には凡そ似つかないポップなカンジのフライドチキン屋で腹ごしらえの雛鳥揚げを買い求めるロコ小姐お二人様から有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_013
十三枚目のカットですが、駅周辺にはずらりと国内外からの観光客目当てに天燈店(ランタン屋)を中心に土産物屋、飲食店がところ狭しと軒を並べており、まぁ、台北市内からは車でもチャーターしない限り、1時間では来られないような山奥の限界集落みたいな村に、商魂逞しく集まっているなわ、とか独り言ちて歩いていたら、とある店先のアイスクリームのケースの上で猫が涼みながら太平楽を決め込んでいたので、至近距離で一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_014
十四枚目のカットですが、陽の長い南国台湾のこと、この時刻でも日没まではまだ時間が有ったのですが、何せ四方八方を山に囲まれた”秘境"、ですから、雲の多い日にちょっと太陽が西に傾こうものなら、駅周辺の線路はかなり薄暗くなってきて、火を焚いてその熱気を上昇のエネルギーとするランタンは俄然存在感を増すということで、やはり陽光が燦燦と降り注ぐ日中よりは、午後遅くの時間の方が活況のようで、香港から来たというカポーが揚げる時、後ろから一枚撮らせて貰ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

台北’2307_015
十五枚目のカットですが、もうちょいごみごみしたところで、寄ってたかって揚げるところの方が、ここ十分でのランタン揚げの雰囲気がより良く出ていると思い、駅からは離れますが、帰りの電車の到着時刻を気にしぃしぃ、天燈店が建ち並ぶエリアまでやってきて、待ち構えていたら、フィリッピンから来たという四人組が揚げるから、良かったら撮って、一、二枚送って欲しいということで撮らせて貰ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

さて次回は翌16日に台湾新幹線こと、高速鉄道で台中まで出掛け、そこから更にまたバスで小一時間かけて辿り着いた、ここも大人気の観光地、鹿港にシャコ料理を食べに出掛けがてら撮ったものをご覧頂きましょうか、乞うご期待!!
  1. 2024/01/15(月) 23:11:54|
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Back to the era full of wars and battles all around Japan~Sakasai Fort in Ibaraki-pref.~

て今回のご紹介は、想定以上に年賀状書き、大掃除前哨戦が捗ったので、最後にもう一発、SONY7cと固定ファンが居そうな、CanonNFD20-35mmf3.5Lだけ持ち、殆どの行程が高速道経由とはいえ、片道60km以上を愛車駆って、見物に行ってきた、茨城県は古河のご近所、坂東市は逆井地区に在る、北関東のお城のテーマパーク「逆井城」の訪問記をレポートしたいと思います。
実は、ここ逆井城は、関東近在のお城の遺構のうち、建物が現存、ないし復元された城址公園のうち、どうしても公共交通機関ではアクセス出来ない場所にあるため、基本的にお城巡りは電車and/orバスと決めている工房主にとっては、最後の最後の後回しになってしまった、言わば、お城巡りの空白地帯で、遅れに遅れた愛車の車検上がりの仕上がり確認も兼ねて、一念発起し、木場インターから首都高、東北道、外環道を通って、最寄のインターチェンジである境古河インターで降り、下の道を走ること10分少々で思っていたより呆気なく着いてしまった、というのが偽らざる感想。
嬉しいことに駐車場無料、お城も入場料無料、その反面、一般的な城址公園では必ず有る、土産・記念品は言うにおよばず、案内パンフやご城印の類いすら見当たらず、まさに渋い玄人向けのお城だなぁと、まずは関心した次第。
では、当日の行程に沿って、NFD20-35mmf3.5Lの実力のほどを逐次眺めて参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、インターから降りて、ところどころに民家や町工場、或いは営業倉庫みたいなのが点在する、典型的な日本の田舎道を抜けると、「逆井城」駐車場の看板があり、そこを曲がって、駐車場に入ってみたら、なんと目の前が、戦国時代のお城というか砦を再現した施設になっていて、史実通りか否かは置いておいて、何時できたかアヤシゲな石垣ばかりの新田金山城に比べれば、ずっと判り易く、エンターテインメント性も高い遺構なので、思わずニンマリとして駐車場から、ランドマークである二階櫓と土類を撮ってみたもの。

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二枚目のカットですが、ここ逆井城は近畿地方で石垣のお城が発展を遂げるずいぶん前のお城なので、当然のことながら、威圧的ながらも芸術的でもある、立派な石垣などは存在せず、俗にいう「土のお城」という類いの遺構で、それでもかなりの高さがあり、角度も急な土類の上には、容易に敵兵の侵入を許さない、銃眼もものものしい、土と木板のハイブリッド塀が隙間なく張り巡らされており、ここが戦国時代の要害だったことを思い起こさせてくれる丁度良いアングルから、もうひとつのランドマークである、井楼(せいろう)入れて一枚撮ってみたもの。

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三枚目のカットですが、高鳴る胸の鼓動と気持ちの昂りを抑え、嬉しいねぇ・・・こういうの好きなんだよなぁ・・・たとえ空想の産物でも、なんて独りごちながら、もはや城兵による弓矢や長槍による殲滅戦も遠い夢と化した、平和で退屈な時代の城跡に、いざ足を踏み入れんと、空堀と土塁によって外界からのアクセスを拒絶するかのごとく、郭との間に架けられた木橋を渡っていく前に一枚撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、実はここ逆井城の復元?二階櫓も、前回ご紹介した大阪府は池田市内の池田城公園に建てられている二階櫓と同様、現地に有ったか否かは資料(紙の書き物)には残っていないものの、一次資料でお城の存在は裏付けられ、更に発掘調査によって、戦国時代の中頃から後半にかけての時代に何某かの木造建造物があった痕跡が確認されていることで、一般的な戦国時代の砦の中の櫓を建てたということですが、完全木造でなかな良く出来ていると思ったので、城内から全景を撮ってみたもの。

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五枚目のカットですが、さっそく、日中は開放されている、二階櫓の中に入ってみると、、羽目板、或いは柱や梁など木材の製材方法や一部木組の方法が城郭建築での一般的な二階櫓の建て方とはかなり違っているのが目に留まったのですが、さりとて、設計の根本は一般住宅の2x4や在来軸組とは明らかに違い、空間の遣い前は悪くはなりますが、それなりに社寺建築と書院造りの折衷である城郭建築のお作法に則って、柱や梁は据え付けられており、まぁ、悪くはないんぢゃな~いと感心して一枚撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、階段についても、素材はもちろんのこと、部材の形状も日本全国に点在している現存、ないし図面、木組などを元に忠実に復元新築ないし再移築を含めた古材利用の復元のものと相違なく、なかなか良く出来ているとも思えるのですが、それらは全て、江戸期に入ってからの建築様式で、戦国時代から安土桃山時代に至るまでの建物は残念ながら残ってはいないので、幾ら昇降のし易さや安全性を考慮しても、それが当時のものを正確に再現したか否かは実にアヤシゲなもので、あくまでも参考程度なのかなと独りごちて一枚撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、狭くて、近現代の木造住宅に比べればかなり急な木製の階段を登り、二階の部屋に入ってみれば、内部の造作は、やはり、城郭建築のセオリーには、それなりに則ってはいますが、柱や梁の木材が綺麗に真四角く製材され、ご丁寧に面取りまでしているのは有り得ない話ですし、隅柱の建て方、戸の仕組み、そして何よりも御殿や天守ではあるまいし、ここぞとばかりに手裏剣状の六葉釘隠し、しかも金張りのものを長押と言われる柱と梁の直交する箇所に惜しげもなく使っており、ここを建てようと企画した市役所の人達は相当頑張って、あちこちのお城や寺院で見てきた伝統建築のエッセンスを理屈抜きにぶち込んだんだなぁ・・・と感心して一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、ここでも屋根の軒下の縦桟と言われる上から下に下がるように設けられている部材が、戦国期では有り得ないくらい揃った真四角の加工がなされており、そもそも、信長や秀吉のお城じゃあるまいし最上階の周囲にベランダ状の廻縁が付けられていること自体が、時代、地域特性からして、オーパーツと云っても良いくらい違和感ある話で、やはり市の担当者各位が、小田原城とか大阪城辺りの鉄筋コンクリート製外観復元天守の売り物である見晴らしの良い展望台みたいなものを、うちも付けねば!と妙に力んだ結果なのかな、とか創造しながら撮ったもの。

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九枚目のカットですが、二階の廻縁もぐるっとひと巡りし、上に登り切ってしまえば、あとは下るだけ、という人の一生にも何処となく似通ったお城巡りセオリー通り、薄暗い建物の中には椅子すらなく、ぼぉーっと立っているのも、なかなかマヌケで、再び車を運転して帰る身としては体力的にもなかなか辛いものが有りますので、早々に退出し、同じ敷地に建ち、更に高い「井楼」に登ってみようと歩き出してすぐに、「天守閣の原型」とかいう異端の説明板の建つ、その不可思議な全景を撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、天守の原型というよいよりは火の見櫓とか、公園などの階段付き展望台の原型といった方が間違いなさそうなオール木製、一部鋼製補強金具有りの構造物の本来の昇降器具たる梯子ならぬ階段を登りつめ、辺りを眺めてみれば、眼下の水堀には亀がようけおるわ、辺りは町工場みたいなのが点在しているだけで、何にもないわ、これじゃ公共交通機関であるバスじゃムリだわとか、色々と気付かされることも多かったのですが、なーるほど、先ほど登った二階櫓とその周囲を護る木塀の位置関係も良く判るわ、と思い一枚撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、ここ逆井城公園が、なぜ「お城のテーマパーク」と言われるかというと、二階櫓と井楼という本格的木造復元?の建物にかて加え、ガチ戦国時代の土塁や堀が当時の形式に則って復元されている上に、なんと、茨城県内に点在していた、戦国期の遺構、例えば、近所の関宿城の薬医門を移築したり、潮来に在ったという大台城の主殿という書院建築を再現してみたりと、悪く言えば節操ない、良く言えば、エンターテインメント性満点の満艦飾状態だからで、二階櫓と井楼と並ぶ本格的な木造復元?の建物である主殿の中を見る前に全景を撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、ここ主殿には、破風付き屋根を備え独立した玄関が設けられておらず、ちょうど、日本映画で田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家がそうであるように濡れ縁の一部に大き目の踏み石を置いて、そこから出入りするようになっているところは、明らかに華美さとは一線を画した武家の質実剛健な住まいにも見えなくはないのですが、至近距離に歩み寄り、詳細を検分してみると、やはり戸や建具が江戸期から下手すれば昭和初期くらいの伝統建築にあるような、正確に四角に製材した木材が用いられており、ここでも屋根の軒下の構造や縦桟の木材の形状が江戸期も元禄に入ってくらいの真四角の揃ったものなので、うーん、残念でござるな、とかつぶやきながら一枚撮ってみたもの。

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十三枚目のカットですが、中にはご自由にお入りください、とのことなので、では遠慮なく、と20世紀に入ってからの電気の灯りは当然のこと、火災防止の観点から、当時には普通に使われていた灯明や行灯、或いは蝋燭の類いなど置かれていようはずももなく、見学は、引き戸を引いて外光を採り入れての明かりで行わざるを得ないのですが、外回りは至近距離に寄らない限り、なかなかの雰囲気を出していたのですが、内装は完全にオーパーツ状態、こんな綺麗に製材された檜の角材をふんだんに遣い、違い棚付きの床の間やら、長押への金張り六葉釘隠しという、それこそ太秦映画村辺りの時代劇汎用武家屋敷の内装みたいで、呆れながら一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、この後、関宿城から民間払下げされたものを移築した城門やら出自・ご利益とも不明の観音堂などを見学し、意外と広い城址公園内を見て歩いていたら、ちょっとした森林地帯を抜けた辺りに、遠目で見れば、鉢形城の資料館内部や箕輪城の搦手に木造復元された郭馬出西虎口門などとも、外観は良く似ていて、少なくとも豊臣秀吉による全国統一よりも前の建築様式と判る城門が再建?されていたので、辺りの様子も判るくらいの距離から一枚撮ってみたもの。

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十五枚目のカットですが、いったん、今の平和な世の中では守る城兵も居ないこの櫓門を抜け、その目の前の空堀の上に架けられたオール木製の黒い橋を渡り切ってから振り返り、橋の全景を入れた上で、さっき通り抜けた、おそらくは鉄砲伝来前、或いはまだ関東へは普及していなかった時代の建築様式を採り入れて作られたであろう、弓矢を射掛けるための大きな縦長格子窓も勇ましい戦国期の櫓門の姿を一枚撮ってみたもの。

さて、今回の感想ですが、久々の愛車を駆っての帰省以外のドライブの行先をお城、しかも何でもてんこ盛り状態のインスタ映え満点のお城のテーマパークへ、往年の銘機NFD20-35mmf3.5L一本だけ持ってふらっと出掛けるというのも新鮮で楽しい経験でした。

今年のリリースは今回でおしまいですが、一年間お付き合い頂き、心より御礼を申し上げます。来年はだいぶ円高に向かう予想なので、電子湾の夜釣りで面白げな玉が釣れるやも知れません、そのために準備万端、可愛い工作機械達、そしてコリメータ等測定器もきちんと手入れをしての年越しとなります。

では皆さま、佳き新年をお迎え下さい。
  1. 2023/12/26(火) 21:06:50|
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A travel to explore ancient ruins of caste located around Osaka-pref. from 20th.May to 21st.May '23.

て今回のご紹介は、予告通り、今年のGW明け、大阪での出張後に2泊3日でお城巡りした様子をレポート致します。
まず簡単な行程ですが、今年5月の17~19日とインテック大阪で見本市があり、何故か広島支店の人間がお店番することになっていたのですが、手が足りないということで、応援で出張、金曜夕刻に業務終了次第、心斎橋近くに宿を移し、そこから、お城巡りモードに入り、翌20日が丸一日かけて丹波篠山の篠山城、翌日が午前中からお昼過ぎまで池田市のお城出掛け、午後は大阪城回って、夕方帰京というコースでした。
ではさっそく、当日の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。
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まず一枚目のカットですが、前回は京都から福知山経由回ろうとして、最寄、といっても6Kmは離れているJR福知山線篠山口駅前から市内に向かうバスが30分以上も遅れたため、せっかくお城に辿り着いても、見学受付時間を過ぎてしまう可能性極大だったため、泣く泣くギブアップしたのですが、今回は、10時前に大阪駅を出たので、お昼前にお城に着くことが出来、嬉しいキブンで、表玄関である鉄門跡の厳めしい石垣を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、鉄門跡の両側に聳え立つ、今でも威圧感山盛りの石垣の通路を通り抜けると目の前には、昭和19年に惜しくも消失してしまったものの、市民の熱い願いと少なからぬ浄財によって、平成の御世も12年になっての桜の季節4月に木造再建された、かつての偉容を今に伝える大書院が視界に入り、現存御殿4棟も木造再建2棟も訪問済みながら、前回が目の前まで到達しながら、涙を吞んで断念した経緯もこれあり、登城前にその玄関廻りの佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、入場料400円也を受付で支払い、中に足を踏み入れると、名古屋城二の丸御殿や、掛川城二の丸御殿にも似通った、武家屋敷のうち、高位のお侍が職住一体で使用していた書院造りという、寺社とも共通する構造なるも、座敷や廊下の絢爛豪華な装飾や凝った建具の造りに目を奪われ、特に上段の間と言われるお殿様のお出ましに使われる最上級の大座敷は、現存、復元の各御殿とも似通った造り、装飾となっており、感心したため、スマホンのみならず、キチンとしたレンズでも一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、大書院とは云っても、面積的には、現存では一番小振りなの川越城本丸御殿と比らべても6割程度の面積しかないため、全部丹念に見て回っても、滞在時間はせいぜい30分強程度、そこから先は、大書院の外観を含めた、かつての政務の中心である二の丸跡広場と、天守台跡がある、隣接した本丸跡を見学することになるため、裏側から見た大書院の全景を撮るべく歩いていたら、親子連れが歩いてきたので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、大書院の全景とかつての二の丸御殿があった広場の様子を併せて撮ろうと、相当、広場の後ろ、即ち南の方角に下がってカメラを構えていたら、先ほどの、いたいけな小姐を隊長としたかの如き、あまりお城には関心ないんだけど、娘がさぁ・・・系のご両親を引き連れたご一行が、大手を振って、こちらの方向にやって来たので、またしてもエクストラ出演願ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、満足いく全景を望外のおまけ付きで撮れたことに気を良くして、かの城好き小姐ご一行様に先回りして南側の埋門(石垣の中を潜る形式の門)跡に続く階段の辺りで待ち伏せしていたら、へぃらっしゃい!と言いたいキブンになりたいくらいの絶妙なタイミングで小姐が、「お父さん、なんかおっきな階段有るよ、行ってみよ!!」とか聞えよがしに叫んで視界に入ってきたので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、お城の隅々、廃城後も遺された郭外遺構である、東・南二か所の巨大な角馬出遺構も存分に検分し、そろそろ、次なる目的地である池田城へ移動したかったので、時計を眺めつつ、来た道からは一本西に位置する、旧家臣達が居住していたという武家屋敷通りを通って、バス停まで向かい、途中で、名物の猪肉料理でも頂こうとお城をあとに歩き出してすぐに目に留まった、極めて保存状態の良い武家屋敷跡の特徴的な門と塀を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、本当はお昼を食べてから、再びバスに乗って、篠山口駅から福知山線から宝塚線に乗り入れる列車に乗って、池田駅に移動、観光案内所で聞いた道のりで山の方面にある「池田城公園」を目指して歩き、最初の登山口の入口付近で、降りてきた老夫妻から、こっち閉まってるよ、と言われ、いったん下り、山の麓をぐるっと東へ回って正門に相当するゲートに来てみれば、なんと「薪能」の開催日で閉鎖、仕方なく、翌朝、ちょい早起きして心斎橋から出てきて、入城前に遺恨の正門の写真を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、そうこうして、五月にしては汗ばむ陽気の中、入場料無料というのが嬉しい、城跡をモチーフに整備された小高い山の中腹の公園の中を進んでいくと、有りました、有りました、「怪しい天守べスト100+α」という日本全国津々浦々に点在する、ツッコミどころ満載の復興天守や模擬天守、天守状建造物を紹介したマニア向け単行本で、やはりけちょんけちょんにいじられていた、一見、戦国時代のお城に見えなくもないものの、その実、空想の産物でしかない木造シンボルタワーの偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、ここ池田城址公園は、一見、天守閣のプロトタイプみたいな、アヤシゲなシンボルタワーの元になるような二階建て以上の櫓のような建物など存在していなくて、発掘に基づいた考古学的には平屋建て木造のお屋敷と、せいぜい、井楼(せいろう)と呼ばれる蒸籠のような格好のオール木製の物見台くらいしか建っていなかったと考えられますが、屋敷の間取りを偲ばせる礎石の位置を再現した置石が並べられた芝生の広場の様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、至近距離に歩み寄って、「怪しい天守」の名誉あるタイトルを与えられた、古風ながら現代に建てられた木造建造物を仔細に検分にしてみると、釘やらボルト・ナット、補強金物が鉄製なのは目を瞑るとして、相当、建築様式、いや木材の加工からして、相当なオーパーツの集合体で、屋根の下の垂木が真四角な木材なのも、廻縁風の展望台の構造も現代風の真四角な製材を用いたトラス構造で支えられており、瓦だけが、江戸期以前の建物に使われていることの多い本瓦葺きの屋根とのアンマッチが、さもありなんと思ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十二枚目のカットですが、久々の、鉄筋コンクリート造の模擬天守よりもツッコミどころ満載の脱力系木造建造物との出会いに胸を高鳴らせ、さっそく、中に足を踏み入れてみると、いやはや、この外観にして、この内装あり、と云った趣きで、戦国時代末期の建物であれば、内部の柱に精緻に製材された四角断面の柱を贅沢に使うことは、大藩の天守閣でもあるまいし、まずないですし、ましてや天井の梁であれば、自然木を最小限の加工で使うのがセオリーで、まっすぐな角材はほぼ100%有り得ないですので、まさに「間違い探し」みたいな建物の企画を嬉しいと思い、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、マニア向けマイナー書籍の尻馬に乗っかって、ケチばかりつけていても時間のムダなので、さっそく内部を精査し、一階を見終えて、それらしい造りの階段を登って二回に上がってみれば、かなり開放的なざっと八畳くらいの板の間和室があり、その外部には、凡そ戦国期の砦に毛が生えたような櫓ないし天守状建築には似つかわしくない、広々とした廻縁の如き展望スペースが設けられており、北側はマウンテンビュー、南から西にかけては、大阪の衛星都市でカップラーメン発祥の地、池田の街を一望出来そうな見晴らしで、一応は戦国っぽい、蔀戸(しとみど)という上から蝶番で吊る形式の窓を見つけて、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、無事、池田城公園を見学し、おなかも空いていたのですが、あいにく池田駅周辺には、好みのランチを出してくれそうなお店はなく、駅前のコンビニでカップラーメン買って食べるのも、また土地柄、一興ではあったのですが、やはり大阪来たら、ベタベタ粉もん食べないとお江戸には戻れないので、大阪駅まで戻り、昨夕、見当付けていた明石焼きと大阪風お好焼を出す地下街のお店で粉もん尽くしのランチを頂き、JR経由、最寄の駅に到着、極楽橋経由、本丸跡広場に入る直前に記念撮影していたタイ人小姐二人組が居たので、石垣からちょこんと顔出した天守をバックに一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Osaka2305_015-01.jpg
十五枚目のカットですが、実は、この日、新幹線の便を夕刻にまで遅らせたのは、大阪城に寄って、二種類発売されているというメタル製のピンバッジを買い求めて帰りたかったからなのですが、あいにく、お目当てのピンバッジは天守前の元師団建物内の土産物屋ではソルドアウト、お店の忍者店員さん曰く、中にも売店二軒ありますんで、入場料は掛かりますけど、たぶん買えるんとちゃいますか?と凡そ忍者の言葉遣いとはかけ離れた船場の丁稚上がりみたいなけったいな日本語で教えてくれたので、ほなおおきに!と天守に向かってみたものの、元寇よろしく、大勢の南蛮人、色目人の類いが行列していて、目測で1時間は掛かりそうなので、潔くギブアップ、見返り美人宜しく、庭で記念撮影していた、ダイエットに失敗したチアガールみたいなドイツ人小姐を巻き添えに天守の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、うーん、TTArtisan21mmf1.5は旅先、しかもスナップに持ち出すにはやはり不必要に大きく、そして重く、なまじっか開放が明るい分、コントラストも低い画になってしまい、やはりf2.8くらいのコンパクトでシャープ、そしてコントラスト高めの21mmが欲しいなぁ・・・と思った次第。

さて、来週jはXマスイブは関係ないとして、年賀状書き、プレ大掃除等々、やりたいことは幾つもありますが、気が向いたら、今年最後の更新をしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2023/12/17(日) 17:42:07|
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Back to nostalgic street in Hanoi '23 Spring②

さて今回のご紹介は、予告通り、GWハノイ滞在の三日目、四日目から厳選してハイライトをお送りします。
まずは簡単な行程のご紹介となりますが、到着3日目は、朝9時過ぎの列車に旧市街北東端にあるロンビエン駅から乗るため、旧市街の中心部ホアンキエム湖の北側に位置する宿を8時半過ぎに出て、旧市街を北上し、時間前に余裕もってロンビエン駅に到着し、約100キロほど離れた港町ハイフォンに平均時速30キロそこそこで走る各駅停車の旅に出、現地には12時過ぎに到着し、お楽しみのカニ出汁、サトウキビ入り米麺の「バインダクア」のランチを頂き、しかるのち、馴染みのお寺巡りして、再び駅に戻り、また約三時間の列車の旅でハノイに戻って、その日はおしまい、最終日四日目は夜行便での帰国だったため、宿をチェッカウト後、荷物を預かってもらい、夕方まで湖周辺を撮影し、湖の見えるカフェでお茶してから、空港に向かい、はい、サヨナラ♪というのが後半の行程となります。
では、二日間の行程に沿って、逐次、実写結果を眺めて参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、ハノイ旧市街ホアンキエム湖のすぐ北の比較的大きな通りに面した宿を出て、そこから北東に位置するロンビエン駅に向かう道すがら、ハノイというかベトナムの朝の風物詩、菅笠を被った自転車の大姐によるフルーツ行商が目の前を通り過ぎていったので、追いすがって一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、旧市街北部、ちょうど伝統工芸のお店が建ち並ぶ36街と呼ばれるエリアとの境界辺りで如何にもハノイっぽい黄色い色使いも印象的な店舗の前の交差点で、これまたベトナム名物の3~4名乗車の小排気量バイクないし、スクーターでも撮ろうと身構えていたら、先ほどは通り過ぎた後姿しか撮れなかったフルーツ売りの行商の大姐が色鮮やかなフルール満載の愛車を押してやってきたので、有難く、バッチリ一枚頂いてみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_018.jpg
三枚目のカットですが、宿から駅は、真面目に歩けば、15分そこそこの距離ではありますが、何せ、朝のハノイの旧市街を脇目も振らず、早足で移動しろ、というのがどだい無理なお話しで、あっちをキョロキョロ、こっちをウロウロと、野次馬根性剥き出しで撮り歩いていったので、30分以上はゆうにかかってしまい、それでも、定刻の1時間近く前には出ていたので、難なく時間前に駅には到着、入口横で、フランスパンの街頭販売なんかやってて、それをもの欲しそうに凝視しているお年頃の小姐の様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_019.jpg
四枚目のカットですが、エアコンのガンガンに効いた特等車、とはいっても、100キロ乗っても、運賃は1000円もしないのですが、これに乗って、沿線の景色を眺めること約3時間、港町であり、ハノイからの鉄道幹線の終着点でもある、ハイフォンの街の中心部にある駅に到着、他の乗客と一緒に高い位置にある客室の階段を降り、線路とは殆ど同じ高さのプラットホームというか、線路の間に設けられた乗客用歩行通路を歩いて、駅からの出口のある駅舎に向かう途中、振り返って一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、帰りの切符をどうにかして買い求め、黄色を基調としたかつての宗主国フランスの雰囲気もそこはかとなく漂わせたコロニアル風の駅舎を後にすると、駅前広場には、タクシーからバイタクに至るまで、迎えの来ない、来訪者を手ぐすね引いて待っていて、やれ、タクシーはどうだ?とか、そこそこ上手い英語で、何処へ行くのか?とか通りに出るまで延々と声かけられるのが常なのですが、それを全てスルーして、目をつぶってでも行けるカニ出汁米麺屋さん目指してまっしぐら、その途上の面白げな路地を撮っていたら、飛び入り志願の小姐がうつむき加減にやってきたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_021.jpg
六枚目のカットですが、ここハイフォンは、まさにベトナム戦争以前から共産主義の支配したエリアだけあって、今でもあちこちに、ドイモイ以降は姿を消したはずの猛烈な社会主義プロバガンダの壁画を見ることができ、カニ出汁米麺屋さんへの道すがら、路上食堂となっている天蓋付きの路地裏の通路にも、文字の意味することは理解出来なかったものの、字の読めないいたいけな童子達にも社会主義の明るい未来を吹き込むようなモチーフの画だったので、うらぶれた路地とのアンマッチが面白いと思い、一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_022.jpg
七枚目のカットですが、カニ出汁米麺屋さんで至極のランチを腹一杯頂いてから、まず最初に目指したのが、お店から更に歩くこと20分弱の位置にある、ドゥハン・パゴダというハイフォンでは最古といわれる寺院で、ここには、中国のおそらくは明以前の建築様式とベトナム風の建築様式が折衷された特徴的な三階建、赤いテラコッタ瓦の屋根の山門があったり、誰でも中に入って瞑想も出来る拝殿があったり、なかなか面白いところで、毎回必ず訪問しています。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、ドゥハン・パゴダで30分強過ごしたのち、次なる目標、生活排水やら不法投棄のゴミで汚れ切った池の畔に建つ、フォーチュー・パゴダという、コンクリート製ながら、なんと十重の塔という、日本最大の東寺の五重塔の倍の階数を誇る建物をはじめ、池の中のこじんまりとしたお堂や、その周りを護るように配置されたコンクリ製の龍やら、独特の世界観が面白い上、敷地北部には、ベトナム戦争当時の地区の防衛委員会の防空壕があったりして興味深いため、ここも毎回訪れています。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、ハイフォン来訪の目的は全て果たしてしまったので、あとは発車の時刻前に駅に戻るのみですが、元来た道をそのまま辿って帰るのも芸がない話なので、持ち時間と相談の上、ドゥハン・パゴダまで戻ってから、駅へのメインストリート一本手前の道が、商店街というか、路上マーケット通りみたいな様相を呈していたので、方向は駅と大まかには合っていたので、そこに足を踏み入れ、結局は、メインストリートへ繋がる縦の道が見つからなかったので、また引き返したのですが、途中で出会った路上床屋さんがイイ雰囲気だったので、声かけて作業風景を撮らせて貰ったもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_025.jpg
十枚目のカットですが、夕刻の発車時刻の30分くらい前には駅の近くに戻れたので駅前の大通りに面したカフェで少々ハイソなトロピカルティなど頂き、飲んじゃった後で、うへ、氷入り飲んじゃったよ、とか肝を冷やしながら駅に戻って、広い停車場で、ハノイ行きの列車を見つけ、到着時にタイ人のふりして売り切れたはずのハノイ行きのキップを無理やり買い求めていたのですが、そこに掛かれた車両/席番号を確認し、乗る直前に駅員さんの哀愁に満ち溢れた後姿を一枚戴いてみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_026.jpg
十一枚目のカットですが、翌日は17時半にはホテルを発たねばならないので、それほど遠出は出来ず、シャッターチャンスがぎゅっと詰まった、旧市街の中心地、ホアンキエム湖周辺で撮って、途中、博物館で涼んだり、何処かでお茶でもすれば、十分有効に残りの滞在時間は過ごせると考え、朝11時過ぎに帰りの空港行きの配車の確認をしてから、チャッカウトし、荷物も預かって貰い、まず出掛けたのが、湖の東岸エリアにある、おそらくは江戸時代以前くらいの古い石造の塔で「バオアン寺」というハノイ最大の寺院の唯一の遺構ということで、休日ともなれば、多くの善男善女が列をなして記念撮影している名所です。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはSom Berthiot50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_027.jpg
十二枚目のカットですが、ここ、ホアンキエム湖、「湖」とはいっても、大きさの規模から言えば、湯布院の金鱗湖よりはまだだいぶ大きいですが、通常の感覚では、湖というよりは石神井公園や井之頭公園、或いは上野公園の不忍池くらいのイメージで、それでも周辺は鬱蒼とした樹木が生い茂っていて、苛酷な南国の陽光を遮ってくれるので、まさに憩いのオアシス、サボリーマンのメッカのような場所なので、あちこちで惰眠を貪っている人種がちらほら、そのうち一名を手前でスマホンを一心不乱に弄っているアムラー風小姐との対比が面白いと思い一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはSom Berthiot50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_028.jpg
十三枚目のカットですが、なおも湖周囲の樹々の木陰の下の散歩道を辿っていくと、面白い光景に出会うこともままあって、中でも、一人で通りをキョロキョロと歩いていると、後ろからはもちろんのこと、対向車線の端を走っていても、停まって、乗らないか?と熱烈に営業かけてくる、東南アジア共通のお気軽交通手段、環境に優しい、CO2排出量、ほぼ
ゼロの輪タクこと「シクロ」の運ちゃん達が、商売道具の客席で天下泰平を決め込んでいたので、音もなく忍び寄って、一枚頂いてみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはSom Berthiot50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_029.jpg
十四枚目のカットですが、南国の陽も午後遅くになると、だいぶオレンジの成分が強くなってきて、これが木陰の風景だとイイ味が出るようになるのですが、湖の中の島へ渡れる唯一の渡橋を望むベンチの上で、白人女性二名が、文字通り、付かず離れず、アンニュイに時の移ろいを楽しんでいる風情だったので、有難く後ろから一枚頂いてみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはSom Berthiot50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hanoi23_030.jpg
十五枚目のカットですが、湖の水面に照り返す南国の陽光もだいぶ西の低い角度からで赤味がかってきて、そろそろ夕方も近づいてくることが感じられたため、あぁ・・・夜になったら、この開放的な街ともお別れ、次に来られるのはまた春も過ぎ、GWの連休になってからだなぁ・・・などと独り物思いに耽っていたら、遠くからフランス語固有の鼻に抜ける濁音満載の会話が聞こえてきて、視線を向けたら、セーヌ河の畔をデートしているかの如き、フランス人カポーが目の前を通り過ぎて行ったので、仏製レンズで後姿を捉えてみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはSom Berthiot50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、新型コロナ禍後、初のハノイは以前と同じく、街は開放的で、現地の人々はフレンドリー、そして円が激安となった昨今でもまだまだ物価は安く、食べ物は美味しい・・・そんな心惹かれる異国の街の佇まいを最終日に、フランス製の銘レンズで撮り歩いたことは、とても有意義な時間ではなかったかと思いました。

さて、次週は今年最後の連休につき、名古屋へ遠征、ブログは一週スキップとさせて頂き、その次の週は、知らないうちに値段が暴騰し、ひっくり返りそうになった、CanonL35mmf1.5で街撮りした結果でもレポートしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2023/11/20(月) 22:45:55|
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Back to nostalgic street in Hanoi '23 Spring ①

さて今回のご紹介は、予告通り、GWに久々にハノイに出掛けましたので、現地滞在四日間を前編、後編に分け、その前編をお送りしたいと思います。
まず、今回の旅の簡単な行程をご説明致しますと、4/30の夕方の日航便でハノイには23時前に到着し、その日はハノイの宿に泊まり、翌朝、まずは現地の天気を見てから、5/3に行こうと決め、まずは、久々の旧市街を街撮りしながら徘徊後、戦争博物館を見学してから、その近隣でランチ、しかるのち、ハイフォン往復の電車切符を旧市街北端に位置するロンビエン駅まで買いに行って、いったん宿に引っ込んでから、また夕方、ホアンキエム湖の周りで街撮りしておしまい、その翌日は、朝から、旧市街地周辺を街撮りしながら移動し、ランチ後、旧王宮博物館を見学し、日暮れとともに宿に戻り、旧市街はホアンキエム湖北部の郷土料理のレストランでディナーしておしまい、といった次第です。
では、前半二日間の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

Hnoi23001.jpg
まず一枚目のカットですが、5月1日の朝、身支度ののち、宿から歩き出し、とにかく、朝飯をこれでもか!?というボリュームで出してくるため、或る程度、腹ごなしの運動しないと、せっかくの美食の都のランチも美味しくはなくなってしまうので、とにかく、以前の記憶を頼りに、あちこち道草しながら撮っちゃ歩いていたのですが、或る路地の入口付近が古めかしい看板やら何やらでなかなか佳き雰囲気だったため、足を留め、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはSOM BERTIOT50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23002.jpg
二枚目のカットですが、同じく、宿近隣のホアンキエム湖に面した旧市街地の中のとある路地裏の風景で、この5月1日という日は、日本人には漫然としたGW連休のうちの1日としか認識されてはいませんが、ここ、正当なレーニン主義を継承した社会主義国である、ベトナムではメーデーとして建国記念日と並ぶ重要な祝日で、こんな路地裏にも真新しい国旗が掲げられていたので、敬意を表し、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはSOM BERTIOT50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23003.jpg
三枚目のカットですが、これも旧市街地の中で、お昼過ぎに見物しようと考えていた、旧市街地からは2kmほど離れた西南に位置する戦争博物館を目指して、あっちをきょろきょろ、こっちをじろじろと、不審人物未満のお上りさん然とした様子でで撮り歩いていたら、ちょうど、目の前の、何が書いているかは判らないものの、なかなかのセンスで文字表記されていた看板の横に若い頃は、ぶぃぶぃ言わせていたと思しき、小ぎれいな横縞のポロシャツを着こなした爺さまが、バイクに跨り、今にも走りださんと後ろからを振り返ろうとしたところを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはSOM BERTIOT50mmf2.8mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23004.jpg
四枚目のカットですが、戦争博物館に到着し、まずは入口入ってすぐの、北ベトナム軍のエースパイロットが乗っていたというミグ19を前から撮ろうとしたら、50mmでは当然収まり切ろうはずもなく、では35mm、いや28mm?と思案した挙句、実質デビュー戦で持ち出した七名匠の21mmf1.5を試してみようと思い換装、展示場の真正面から撮ったら、なかなかイイ雰囲気で翼の両端まで入ったので、前々からどういう撮り方が良いか考えていたここのシンボルの、旧王宮の一部という煉瓦造りの国旗掲揚塔を真下から撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23005.jpg
五枚目のカットですが、久々の戦争博物館、隅々まで堪能し、次いで向かった先が、旧市街地エリアを通り抜けて最北部に位置する郊外列車の実質的始発駅であるロンビエン駅で、ここの駅よりも、むしろずっと有名なのが、その東側の紅(ホン)河に架かったロンビエン鉄橋で、これは1902年にフランスが建設して以降、ベトナム戦争で何度も破壊されながらその都度修復され今に至ったため、戦勝や不屈の精神の象徴として国内外に名高いということで、その雄姿を入口から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23006.jpg
六枚目のカットですが、切符も無事買い求めたので、また旧市街地を通って、宿にそのまま戻るか、湖の周辺にあるカフェでイブニングティでもしてから戻ろうと思い、ロンビエン駅からホアンキエム湖へのルート途上にある、オープンエアマーケットであるロンビエンマーケット街の辺りでボケを活かした写真を撮ろうと思い、今度はコシナ製50mmf1.2に換装、さっそく、果物を商うお店の店頭で、店番のやや高齢の小姐に声かけてから謎の赤い果物の山を至近距離から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoiktlaender Nokton12mmf1.2asph.による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23007.jpg
七枚目のカットですが、同じくロンビエンマーケットのはずれ、あと数百メートルで伝統的工芸品の製造販売を行う36街というエリアとの境目辺りで色とりどりのキャンディと思しき菓子を透明なプラスチック製の筒に収めて店頭に飾っていたお店があって、それがとても綺麗でそのまま通り過ぎるのも勿体ないカンジがしたので、足を留めて、ほぼ最短距離から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoiktlaender Nokton12mmf1.2asph.による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23008.jpg
八枚目のカットですが、翌5月2日はベトナムのローカル天気予報では、ハイフォンにかけて降雨の確率高かったため、市内観光に費やすこととし、まずは、いつも地味ながら、民族衣装を来た地元大学生やらいたいけな童子連れ家族やら佳き写真が撮れることから、ハノイに行ったら必ず時間作って訪問するようにしている旧王宮のタンロン遺構へ向かうこととし、その道すがら、旧市街の路地でハローキティのシート?で覆った露店があったので、地元民各位が通り過ぎる瞬間を狙って一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23009.jpg
九枚目のカットですが、同じく、宿からタンロン遺構へ向かおうと歩き出して、昼なお薄暗い旧市街の路地裏を徘徊している途中、ふと気まぐれに入ってみた小路の途中で、なかなか洒脱な構図と、大胆な色使いを施した壁画が描かれた民家を見つけたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23010.jpg
十枚目のカットですが、歩きながら、そういえば、まだロンビエン駅に到着した列車の写真を撮っていなかったことに気付き、翌朝の乗り場の位置、ルールなども以前と変わっていないか再確認の目的もこれあり、ちょっとロンビエン駅方面に寄り道することとし、翌朝の出発時間よりちょい前に駅に到着してみたら、明日乗るのと同時刻発のロンビエン始発の列車がちょうどやって来る頃合いで、橋を渡り入線してくる先頭車両が目に留まったので、神速で撮った一枚。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23011.jpg
十一枚目のカットですが、実は、タンロン遺構は昨日の戦争博物館の北側に位置して、結局、宿から行こうとすると、必然的に、その間にある国防省等の広大な敷地を避けて進まねばならず、南下してから北上するルートを取ることとなるため、旧市街北端のロンビエン駅を起点に西を目指して幹線道路伝いに歩き、国防省の建物を過ぎたら南下しても同じことなので、西に移動する途上で初めて正確な位置を知った、旧給水塔「ハンダウタワー」の全景を撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23012.jpg
十二枚目のカットですが、ぶらぶら歩きながら撮っていたら、宿を出た時間もそれほど早くなかったため、ランチタイムにかかってしまい、社会主義国家は博物館、美術館の類いといえど、労働者の正当な権利を守るため、昼休みとし、入場は出来なくなってしまうことから、仕方なく、西門前の何軒か並ぶローカルレストランで一番無難げな空心菜炒めとシーフード炒飯ななど頼んでみたのですが、量は相当気前が佳かったのですが、味が今2レベルにつき完食は断念、さっそくゲートで木戸銭払って中に入って、季節の飾り付けを施された建物テラス廊下周りを一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23013.jpg
十三枚目のカットですが、ここタンロン遺構内部には、旧王朝時代の建物に加え、フランス占領後に作られた建物、或いは独立後に博物館として利用すべく新たに建設された建物群が混在しており、中には空気清浄機付きの防空壕が地下に設けられた建物等もあったりしたのですが、そのうちのタンロン遺構のシンボルカラー金色の龍をイメージしたと思しきフランス風の建物のテラスで恋を囁き合ういたいけなローカル男女の後姿が目に留まったので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23014.jpg
十四枚目のカットですが、同じくタンロン遺構内のフランス植民地時代に建てられた建物、地下に防空壕のある建物は屋上に登って、遺構の敷地内を俯瞰することが出来るのですが、それよりも、むしろ、隣接する、工事用のスチール板塀に覆われた建物の三階テラス廊下がそれこそ手を伸ばせば届くくらいの位置にあり、彼方にある反対側の開口部がそれこそ絵画のイロハの遠近法の消失点にピッタリはまっていたので、感心して一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Hnoi23015.jpg
十五枚目のカットですが、遺構内の建物もくまなく見て回ったので、そろそろ旧市街地の湖北部のカフェでも寄って、お茶してから、ホテルに戻ってシャワーでも浴びたいと思い、敷地内で一番高い、旧王朝の宮殿の一部の基壇と言われる部位の最上段まで登って、敷地内を眺めてから下におりてみたら、ちょうど、課外授業か何かで来ていた、いたいけな学生さん達が建物表側に集まっていたのが、双龍の尻尾模様の透かしの金物付きの石造りのアーチ越しに見えたので、なかなか佳き構図と思い、一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

さて次回は、法事で帰省のため、一週スキップ、翌々週にGWハノイ滞在の三日目、四日目から厳選してハイライトをお送りします、乞うご期待!!
  1. 2023/11/06(月) 22:27:57|
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A travel to explore ancient ruins of caste located in Kakegawa-city on April '23.

さて今回のご紹介は、日帰りで、昨年末に修復も終わってきれいになった掛川城を訪問したレポートをお送りしたいと思います。
まず簡単な行程からご説明すると、今を去ること、約半年前の4月8日の土曜日、たまたま早起きしたので、何処か日帰りでお城でも見に行こうかと思い立ち、いつもの常套手段である、非対称系乗り鉄、即ち、お城を見学するためには、そこそこ早く現地入りしなければならないが、帰りは終電あれば何時でも、という手が休前日は使えますから、この日も、9時台のスマートEXを使い、乗り換えなしの新幹線で掛川まで移動、駅前でランチを頂いてから、日暮れまで存分にお城見学を堪能し、しかるのち、帰りは熱海まで東海道本線の各駅停車、熱海から途中、お茶しに途中下車した小田原経由、快速アーバンで東京駅まで戻った、というのが当日の行程となります。
では、さっそく、行程に沿って実写結果を逐次眺めて参りましょう。。

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まず一枚目のカットですが、駅から15分弱も歩けば、掛川城の建てられていた小高い山の麓まで到着するのですが、実は今回は三回目の訪問でもあり、改修前の一回目には西側の結構遠回りな坂道経由、天守の全貌が見える本丸の広場に到達しましたが、今回は公道のすぐ上に建つ四脚門経由、お気軽に登城しようと思い、門の中に天守が見えるアングルを狙って一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_002.jpg
二枚目のカットですが、本丸広場のチケット売り場前に立つと、梅雨前の春の青空をバックに、樹々の緑も鮮やかな小高い丘の頂上部に聳える、古式ゆかしい外観で、山内一豊が建てた天守を復元したという、高知城の兄弟にも当たる白亜の天守の全景が見えるので、チケットを買う気もそぞろに、昨年10月にリニュアルを終え、新築時の漆喰の白さを取り戻した天守の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、先の画面でも登場していたように登城口の階段前には、インスタ映えを狙ってのことなのでしょうか、桜の枝の造花がこれ見よがしに立てられていたのですが、その周囲の桜の木には、葉桜に移行しつつも、かろうじてまだ花が残っていたので、登城前にチケット売場横のベンチで伴走機に望遠をつけ、白亜の天守をバックにその可憐な桜花の名残を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_004.jpg
四枚目のカットですが、天守下の本丸広場の隅で健気に咲き残っていた桜花の姿も収め、いよいよ、漆喰塀沿いの階段を登り、日本最古の木造復元の天守、しかも、おそらくは本格的な保存修理が入ったのも日本初なのではないかと思われる、建物の中身も美しい白亜の姿を取り戻した外観同様に関心あるので、逸る気持ちで階段を登る直前に撮った、青空を背景にした天守の偉容。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、後から登って来た、小学生の子供連れの親子が階段途上で太鼓櫓を眺めていた工房主を追い越し、先に天守曲輪との境界に建てられていた冠木門を復元したものを目指して階段を登っていたので、ちょうど良い頃合いを見計らって、門を潜る辺りで後姿出演頂いたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_006.jpg
六枚目のカットですが、これも、移設ではありますが、二の丸御殿同様、現存建造物である太鼓櫓で、元は三の丸という現在地からは結構離れた位置に幕末に建てられていたものを、荒和目櫓という物見櫓が建てられていた現在地に移設したということですが、同じ現存とは言え、複数回の移設を経て、昭和30年に本来の位置とは無関係の現在地に、おそらくは観光目的で建てられたことから、市指定文化財でしかなく、修繕費にも事欠くとのことで、何とかして上げたいという思いもこめ、その満身創痍の姿を上から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_007.jpg
七枚目のカットですが、天守曲輪に登り切ると、眼下に、国指定重文であり、全国に四棟しか現存しておらず、二の丸御殿はそのうち、京都二条城と掛川だけ、という貴重な建物なのですが、実はグランドレベルでは御殿の敷地というか庭に樹木が生い茂っていて、なかなか全景が撮れないこともあり、今回用意してきた望遠で天守曲輪の上から全景を収めることに成功したもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_008.jpg
八枚目のカットですが、二の丸御殿の全景も無事撮影し、いよいよ、リニュアルから間もない木造復元天守内部へと足を踏み入れようとして、そうそう、この天守の、兄弟である高知城と共通の装備、「忍び返し」の特徴的な姿を忘れずに撮っておかねばと思い、意外と低く、またでこぼこの自然石をそのまま積んだ野面積石垣の欠点を補うべく、敵の侵入を防ぐ目的で、一層目の窓の有る部位底部に設けられた、禍々しいまでの鋼の突起物群と美しい漆喰の城の対比を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_009.jpg
九枚目のカットですが、付櫓に設けられた天守入口の係員の方に、チケット売り場で買い求めた券を見せてから、靴を脱いでスリッパに履き替えて櫓からの入口より一階分弱高い位置に設けられた天守一階に足を踏み入れ、内部に置かれた展示品を眺めながら、上の階に登っていくというお作法は木造でもRC造でも基本的には同じなのですが、何せ、ここは江戸初期の天守の内部構造を忠実に再現していると謳っているだけあって、上の階に行くほど、階段も梯子並みに狭くて急角度になっており、学識者の説明によれば、登ろうとする敵兵を上から蹴倒すため、ということですが、それが良く判るアングルから一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_010.jpg
十枚目のカットですが、最上階四階は小振りな天守にしては、結構な広さの板敷の間となっており、果たして銃撃にあった場合、どうするのか?とかあらぬ心配までしてしまいそうなほどに窓は広く開放的で、しかも豊臣時代の大阪城天守に倣い、廻縁まで付けてあって、それも高知城同様、黒い漆塗りで擬宝珠まで付いているという念の入れようで、当日は、結構な人ででしたが、最上階の間の様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、当日は在来線で帰る上、東海道本線はそれほど本数も多くなく、熱海までの区間は連絡も悪いので、予め決めておいたスケジュールから10分でも遅れると、小田原に寄っている時間が無くなるばかりか、都内に入るのがことによると1時間程度は遅れてしまうため、時折、時計と睨めっこしながら城内を見学して回ったのですが、次なる見学箇所である、現存の二の丸御殿に移動する途上にある、算盤堀越しに太鼓櫓を撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十二枚目のカットですが、前回は天守が工事中なので、掛川には泊まるだけ泊まって、吉田城からの帰りのお城見学はパスして三島まで移動し、山中城址見学に赴いてしまったため、その時にも見学可能であった、御殿は寄らずしまいだったため、今回が二度目の見学となりますが、相も変わらず正面の門を入ってから玄関までの距離が短い上、木が鬱蒼と生い茂っていたため、何とか工夫して、28mmの画角でも玄関廻りの様子が判るよう撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_013.jpg
十三枚目のカットですが、二の丸御殿のかなり広い平屋建て木造建造物の隅々まで駆け足で見て回り、少々時間にゆとりが出来たので、前回、前々回と存在すら気付いていなかった、これまた木造復元ながら、設置位置を大幅にずらして建てられた大手門を見学しようと、本丸、二の丸が位置する小山から南東に数百メートル離れた大手門までやってきて、お約束の真正面からの全景図を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十四枚目のカットですが、大手門とそれに付随する現存とは言いながら、同様に現在地に解体移設された大手門番所を見学してから、大手門周辺からは予想以上に見通しが良いため、兼ねてから撮りたいと思っていた、天守工事中は、一生懸命ライトアップまでして代役を務めていた太鼓櫓と天守のツーショットを撮りたいと思い、望遠でギリギリ収まる距離、アングルから一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Kakegawa2304_015.jpg
十五枚目のカットですが、実は、天守最上階に居られた係員の方から、今回、望遠レンズ使えば天守曲輪の全景がきれいに収まるカットが撮れる位置を教えて頂き、その場所が運良く大手門から駅に向かう途中の、しかも、屋上へのアクセスフリーの公共建築、市営駐車場ビルだったので、さっそく、歩いて行って、屋上に上がって、一番きれいに撮れる北西の隅から、午後遅い陽光に輝く掛川城の雄姿を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、いやはや、古めかしい現存の城郭建築も良いですが、出来た当初の面影を感じさせる、漆喰の輝きも目に眩しい、改修上がりの建物もとても魅力的でしかもそれが、これから増えつつある木造復元の建物のはしりだということに深い感銘を覚えました。それにしても、ライツ、ツアイスの長短レンズ、どちらもいい仕事してくれました。

さて、次回は、GWに久々にハノイに出掛けましたので、現地滞在四日間を前編、後編に分け、その前編をお送りしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2023/10/29(日) 13:47:44|
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Great Journey to explore ruins of ancient castles and fort in North Japan in GW ’23

さて今回のご紹介は、再び城旅シリーズということで、赤い鶴のアトランダム恩返しとも云える「どこかにマイル」で当たった弘前の旅二回目をオールドレンズと回った旅、三泊四日から撮影の出来た二日間の撮影結果をご紹介したいと思います。
まず、簡単な行程のご紹介ですが、今年の3月18日の夕刻の青森空港行きのフライトで、弘前には連絡バスで20時近くに入り、 当日は晩飯のみ食べ就寝、翌朝は10時前にお城からほど近いホテルから、途中、びっくりドンキーでの朝食を経て、登城、お昼過ぎまで撮影し、そのままお城の外濠東側のねぷた会館附設の郷土料理レストランで貝焼きと甘ったるい雑煮みたいなものの定食を頂いてから、奉公先のチタンをお使い頂いている「弘前レンガ倉庫」へ初訪問(前回は場所がよく判らず未訪問)、そこで撮影、暫しお茶してから、青森県内では希少な江戸期の重文指定の五重塔のある「最勝寺」へ移動し、貴重な江戸初期の木製五重塔を仔細まで検分し、宿に戻り、翌日は津軽地方最北端の城郭遺構である「陸奥福島城址」と十三湖近傍を散策してきたのですが、きちんとしたカメラで撮るほどの遺構も残っていなかったので、スマホンのみの撮影、最終日の便が青森空港発羽田行き最終だったので、空港に向かう途上に位置する「浪岡城址」を訪問し、雪景色も見事な遺構を撮影してきた、というもの。
では、現地での二日間の撮影結果を逐次眺めて参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、弘前到着の翌朝、宿からは前回同様の登城ルートで本丸に聳える現存天守に向かうこととし、いったん東側から郭の外濠に到達し、そこからお濠伝いに南下して市立観光館の方面に曲がるとすぐに、四つの橋のうちの一番フォーマルな経路である追手門に到達、前回は保存修理中で仮設で覆われていて写真を撮ることもままならなかった現存木造櫓門の雄姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、江戸期の建築様式をそのまま今に伝える追手門の感動も冷めやらぬまま、本丸を目指して進んで行くと、全国の城郭の中で三階櫓の最多現存数を誇る弘前城三つの櫓のうち、一番、追手門に近い二の丸未申(南西)櫓櫓で、前回は初めて来たこともあり、全然、細部に目が届いていなかったのですが、全国的にも珍しい、一階、二階が同じ面積でその上に入母屋屋根の向きをを90度変えて載っけた形式の重箱+望楼型の櫓で、また屋根も珍しい銅板段葺きだったので、全体がかろうじて収まる位置まで近づいて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、二の丸に足を踏み入れ、さて本丸へと思いきや、いつもの南東の方向の下乗橋という木橋が修理中だったので、仕方なく、反対時計回りにぐるっと北上し、鷹丘橋という橋を渡って、まだ広く積雪の残る本丸に入り、本来の位置から60メートルばかり西に移設され、低い仮設石垣の上にちょこんと乗った可愛い三階建天守の姿が目に入ったので、早足で歩み寄り、まずは一番優美で威厳に満ちた南東側からの顔を撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、このお城の天守の面白いところは、江戸時代の辺境地の外様大名のいじましさとしたたかさを同時に見せてくれるところで、なんと、先ほどの南東からの破風も立派な天守閣の威厳に満ち溢れた顔付きが、その反対側の北西方向から見ると、最上階の入母屋屋根を除き、破風のひとつもない寄棟造りの質素な屋根で、鉄板扉の付いた窓が申し訳程度に各階に設けられている地味な佇まいになっていたのは、幕府に対し、本丸内部から見れば、他の三階櫓同様の質素な外観にするためだった、ということなのですが、その北西角からのもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、実は、今回は赤い鶴の恩返しでタダで弘前に来ることが出来たことは出来たのですが、なんと、冬季は天守内部への見学どころか、前回、初夏に来た時は、登って、天守の全景と、ちょうど夕暮れ時だったので、茜色とブルーのグラデーションがとても美しい岩木山と可愛い天守の競演を撮ることが出来たミニ展望台も閉鎖になっていて、仕方なく、単品で撮ることとし、天守裏側の展望スペースから一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hirosaki23_006.jpg
六枚目のカットですが、3月末までは天守の中にも入れず、天守を上から眺められる展望台にも登れないため、本丸内の天守周囲を何周かして、昼飯を食べてから弘前レンガ倉庫に移動することになっていたので、再び、元来た道を引き返して、二の丸に戻り、遠回りにはなるのですが、丑寅(東北)櫓と櫓門を見たかったので、先ほど来た南方向とは反対側の北方向に歩き、外濠に架かる橋の手前の、これまた江戸初期からの現存木造建造物である北門で足をとめ、一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、レンガ倉庫への道すがら、お城の外濠に沿った東側に位置する、ねぷた会館附設レストランで昼飯を頂き、そのまま外濠伝いに南に歩き、前回から気になっていた、ひと目で「擬洋風建築」と判る薄緑色の瀟洒な建物の近くまで歩いて行って、これまた35mmの画角一杯に入る位置、アングルで、この国指定重要文化財「第五九銀行本店本館」の全景を撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、レンガ倉庫へは最短ルートで行っても良かったですが、途中、飲み屋街があることを前回気付いていて、那覇でも小倉でも、松本、函館でもそうなのですが、昼の飲み屋街もなかなかフォトジェニックな佇まいを見せてくれることが往々にしてあるので、遠回りしてレンガ倉庫の北側に位置する飲み屋街の路地の入口付近から通りを撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、かなり奔放に道草しまくって、やっと到着した弘前レンガ倉庫で、あまりに広大かつ、近づき過ぎると仰角が大きくなりすぎて、煉瓦造りの建物の頭にかぶせられた、肝心要のシードルゴールドという黄金発色の純チタンの屋根が写らなくなってしまうので、倉庫エリア手前の川と並走する弘南鉄道踏切を超えたところで、まず一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、逸る気持ちを抑え、まずどうすれば、シードルゴールドの屋根の形状、そして何よりもチタンの見事な発色を忠実に写し取ることが出来るか思案しながら、敷地内を行きつ戻りつしていたのですが、広大な空地が建物北西側に広がっているので、クリアランスさえとれば、仰角は緩く、屋根全体も収まるようにはなるのですが、あいにくこの日は春の好天でまだ十分に高い天空に太陽が位置していたため、屋根は全反射になり特徴は写し込めず、北西からの広角での撮影は諦め、南西から東棟の屋根を撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、レンガ倉庫の外観を存分に堪能し、展示自体には全然興味が湧かなかったので、内部構造を眺めてお茶&スィーツが楽しめるキャフェテリアで、自家製アップルパイなどをアテに優雅なアフタヌンティータイムなどを楽しんで移動した先が、江戸初期に建てられたという鎮魂の五重塔が建つ最勝寺で、雪のためか、最初アプローチした入口が坂の上まで登ったにも関わらず閉じられていて、いったん下って、別の入口から中に入って、お目当ての五重塔の朱に染められた優美な全景をまず撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hirosaki23_012.jpg
十二枚目のカットですが、最勝寺の五重塔はさすが国指定重要文化財だけあって、文建協こと、(公)文化財保存技術協会も気合い入れて保存修理を入念にやっているようで、各階屋根の裏の桝という梁を受ける構造部材も、垂木の一本一本もきれいに朱と白が塗分けられていて、とても良い仕事をしているものだ、と素直に関心して仰角で一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、翌日は、夜のフライトでお江戸は羽田飛行場経由、深川の塒に戻らねばならない宿命の渡り鳥につき、宿は9時過ぎにチェッカウトし、JR線で浪岡駅まで移動し、いったんコインロッカーに荷物を預けてから、徒歩で20分ほどの距離の「中世の館」によって、資料を頂きがてら遺跡の予習を行い、さらに徒歩で5分ほどのお城の入口まで移動し、まだところどころ50cm以上も雪の積もった周囲の様子を、足を踏み入れる前に一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss 25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hirosaki23_014.jpg
十四枚目のカットですが、目の前の木橋を恐る恐る渡ってみると、この時期、訪れる人も少ないのか、内部へ進む通路は凡そ50cm以上も積雪があり、これが固くなっていてさえくれれば、知らばっくれて上をスタスタ歩いて、遺跡の何処へでも行くことも出来るのですが、固くなっているのは、極僅かな表面だけで、載ってみたら、あっちゃ~、靴はザクザクと雪の山に沈み込み、ところによっては腰の下くらいまでの雪を踏み分け、やっと高い土塁の上に上がることが出来、雪から顔を出した、かつて廓を仕切っていた土類の様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss 25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Hirosaki23_015.jpg
十五枚目のカットですが、初めて来たこともあって、興味津々に遺跡の中を歩き回っていたら、そろそろ、夕刻になってきて、駅まで戻り、空港行のバスに乗る時間を逆算したら、この遺跡を後にしなければならない時間が迫ってきたので、何処かで一番特徴的な写真を撮りたいと考え、すっかり西に傾いた陽と低い雪雲の彼方に青森のシンボルとも云える岩木山が遺跡越しに見える位置で一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss 25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想としては、青森ってやっぱりクルマ社会で、公共交通機関で遺跡を巡るのは、時間のロスが恐ろしく大きいし、遅れによる連絡ミス、人っ子一人居ない無人駅の暖房すら満足にない待合室で小一時間も電車を待つ、とか、同じお城巡りでも中部や関西とは大違いの艱難辛苦の旅でしたが、そういった苦労が大きいが故に、達成感はひとしおだったと思いました。

さて、次回は日帰りで、昨年末に修復も終わってきれいになった掛川城を訪問したレポートをお送りしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2023/10/26(木) 22:33:25|
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從奈良到名古屋的城堡之旅②

さて今回のご紹介は2月下旬の連休を利用し、奈良から、ちょうど伊賀越えをして三河に戻った家康のルートを一部なぞるように移動し、名古屋周辺から静岡のお城を見学して帰ろうという、まさにお城マニアなのか、乗り鉄なのか、意図不明な旅をしてきたうちの三日目の犬山城、四日目の田中城への訪問をレポート致します。

犬山001
まず一枚目のカットですが、殆ど、家康の「伊賀超え」まんまの伊賀から鈴鹿、四日市、桑名を経て名古屋入りした晩は、駅前の宿で、晩飯を摂って戻ってから早々に早寝、翌朝、ちょい早起きして、宿に荷物預かって貰ってからチェッカウトし、そのまま名鉄線で犬山に向かい、名古屋駅で朝飯を食べ損なってしまったので、駅ビル内のロッテリアでささっと食し、しかるのち、お城に向けて歩き出し、川越の蔵づくりの街並みにもちょっこし似た犬山城下町で街の様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

犬山002
二枚目のカットですが、この街並みを訪れた頃は、時期が時期だけに、あちこちにひな祭り系の飾り付けが目に留まっていたのですが、その中でも目を引いたのが、中が薄っすらと暗い木造の旧家の軒先にしつらえられた木の枝に、おもむろに括りつけられた人形たちの姿で、戻ってから調べてみれば、この旧家、磯部家の旧宅を復元建造したものらしく、市内でも有名な観光スポットにつき、こういうアイキャッチーなデスプレイをしているとのことでした。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

犬山003
三枚目のカットですが、城下町の商店街を歩き切ると、いよいよ、お城にの聳える小高い山に上る階段とご対面なのですが、今回の主目的は、この天下の名城の別名「白帝城」の由来となった木曽川の対岸からの写真を撮ることだったので、いったん登城はパスして、対岸に渡る橋を目指して歩き出したところ、「わん丸くん」なる、ゆるキャラに遭遇したので、一枚お願いしたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

犬山004
四枚目のカットですが、お城の聳える山の西側にある階段を下って行ったら、木曽川にかかる最寄の橋であるライン大橋というダムの管理道路も兼ねているような長い長い橋に行き当たり、まだ暑いシーズンの相当前だったのですが、直射日光カンカン照りの下だったので、汗をかきかき、対岸に渡り、望遠に付け替えてから、色々な位置で試してみて、一番、「白帝城」のイメージにしっくりくるカットを選んでみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8ZMによる絞り開放AE撮影となります。

犬山005
五枚目のカットですが、お城の対岸から何枚か撮ったのち、登城後、近傍でランチを摂って、そしてまた名古屋駅前で荷物受け取り、在来線で静岡に移動し、駅前のホテル泊という計画なので、早々に元来た長い橋を早歩きで渡って戻り、南側に開けた登城口のスロープと石段を登って復元された大手門前で入城券を買い求め、気持ちの昂りを抑えて、まだ新型コロナ明け前で人もまばらな本丸広場に足を踏み入れ、ご対面した天守の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

犬山006
六枚目のカットですが、天守閣には、地下の石蔵から入り、どこぞの道場内かと見まがうような広い一階、二階を通り抜け、梯子の如き狭くて急な木製の階段をよじ登ると実質屋根裏部屋の三階の上に四階があり、ここからの眺めが、まさに戦国時代の覇者達の眺めそのもので、濃尾平野を一望に出来るのですが、やや混み合っていて、廻縁への出口の順場待ちの際、春っぽい色調の和装小姐が背筋を伸ばし凛とした様子で景色を眺めているご様子だったので、有難く、後姿を一枚頂いてみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

犬山007
七枚目のカットですが、やっと展望の順番が回ってきて、廻縁に出てみると、前回は、風雪に晒されて相当傷んでいた廻縁床の木材とそれに打ち込まれていた和釘の錆び加減しか殆ど目に入らず、川の向こうは美濃の国という、まさに三英傑の活躍した最前線の地に思いを馳せる間もなく、写真だけ撮って早々に下城してしまったので、今回は反省を籠めて、遠くを眺め、また撮影してみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

犬山008
八枚目のカットですが、外を眺め終えて、天守最上階の室内に目を向けてみると、今を去ること25年以上前、名古屋支店勤務時に、当時は全然、お城に興味などなかったのですが、名古屋の財界人がお客に多く、その伝手で、こちらの先代当主の成瀬さんを紹介され、お城の特徴、他の現存天守との違いを聞かせて頂いたのですが、特に明治のご維新の時のご当主が新しいもの好きで、輸入品である高価な赤い毛氈を最上階の板の間に敷き詰めたので、今もそうしている、とのことだったので、懐かしくも思い一枚撮ってみたもの。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

田中001
九枚目のカットですが、犬山城を訪問した夕刻、在来線乗り継ぎで静岡市に入り、駅前の宿に投宿し、名物の晩餐を頂き、翌朝、西焼津駅経由、駅から20分ほど歩いて、念願の田中城、そう徳川家康が愛し、鷹狩の旅に足を運び、そして、盟友、茶屋四郎次郎とともにここで食した鯛の揚げ物に当たって亡くなったという、まさに「どうする家康」ドストライクのお城を訪問し、移築ながら現存する唯一の遺構である本丸櫓の、重箱櫓という珍しい建築様式が判り易いアングルで一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

田中002
十枚目のカットですが、さっそくこの櫓の建つ田中城下屋敷公園に足を踏み入れてから、そんじょそこらの復元天守でもまず見かけない、不自然なまでに高い布積みの石垣上に建てられている、黒の下見板張りに一部漆喰仕上げも見事な重箱櫓の雄姿を裏側からも撮っておこうと考え、中に入る前にぐるっと回り込んで、全体像を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

田中003
十一枚目のカットですが、外観を一通り観察したのち、高い石垣の西側に設けられた階段を登って、中に入ってみると、まだ知名度が無いためか、かなりヒマそうで愛想の良い、藩士の末裔という初老の係員の方が中に居られ、色々と、ここ田中城のみならず、浜松城やら駿府城がらみのこぼれ話を聞かせて頂き、そうそう、二階にも面白い資料なんかありますし、作り自体も一般的な櫓とはちょっと違うので、じっくり見て行って、と誘われ、確かに戦闘施設の櫓というより、藩重役の密談のための別室という趣きだわな、と二階で撮ってみた室内のようす。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

田中004
十二枚目のカットですが、重箱櫓の中で係員の方と会話している時から、詩吟のような、能の謳いのような、渋い男声が聞こえてきていたので、係員の方に、ずいぶん渋めのBGM流しているんですね、信長公とか秀吉公ならいざ知らず、家康公も能とか関心有ったんでしたっけ?と聞いたら、イヤそうではなく、あれは肉声で、地元の篤志家がイベント向けに練習しているんで、良かったら見てくれば?とのことで、邪魔しない距離から一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

田中005
十三枚目のカットですが、ここ下屋敷公園内には計四棟の藤枝市指定有形文化財の建物が存在しており、ただ、二棟以上を纏めて一枚のフレームに収められるのは、配置図を眺めたところ、長岳寺郷蔵という飢饉対策の食糧倉庫の遺構越しに重箱櫓を撮るしかないので、工夫してツーショットで撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

田中006
十四枚目のカットですが、係員の方の話では、明治のご維新の際にお城の建物は殆ど取り壊されたり、ここの四棟のように民間に払い下げられ、城域には何も残らない状態になってはいたものの、当時は重機もなかったことから、お濠や土塁はところどころ遺され、高度成長期やバブルによる開発の波を経た今でも、幾つか遺構は残っているので、是非見て写真に撮って帰って、とのことだったんので本丸近くの民家横の土塁に上り、頂上部の人工的な痕跡を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

田中007
十五枚目のカットですが、ここ田中城は、四角を含めた方形敷地が殆どの日本国内の城郭にあっては極めて珍しい、同心円状の濠と土塁を備えた平城で、ここ内堀に面した土塁に相当するものも、幕末時点では、おそらく数キロの総延長が有ったのでしょうが、奇跡的に、ところどころ遺され、しかも地主さんのご厚意と地元有志の手入れにより、こういった往時の面影を偲ぶことが出来るので、係員の方が是非とも見て行って、といった気持ちが判った気がして一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。


今回の感想としては、途中、朝、奈良駅前を出て、伊賀上野の登城途中まで大雨に見舞われたものの、全般的には、奈良を発し、伊賀を通り、尾張、三河、そして駿河の終焉の地を巡る駆け足の旅とはなりましたが、行きに新幹線を京都まで乗っただけで、戻りは全て在来線の各駅停車の旅で、そういった意味では、お城だけでなく車窓からの景色も楽しめ、まさに一粒で二度おいしい旅になったと思いました。

さて、次回は長いこと開発、製造に時間をかけた、工房製新作レンズのシェイクダウンテストのレポートを行います、乞うご期待!!
  1. 2023/09/24(日) 18:19:59|
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從奈良到名古屋的城堡之旅'23.2①

さて通常のレンズ解像の五倍以上、新開発の加工法、機構てんこ盛りの約100年前のツアイスイエナ製サイボーグレンズは完成したものの、仕上がりが日曜の日没後だったため、試写に出られず、しかも、今週末は九州出張、翌週は韓国旅行とレンズにかまっているどころではないため、とりあえず、今週は溜まりに溜まったお城旅の続きをお送りします。
今回のご紹介は2月下旬の連休を利用し、奈良から、ちょうど伊賀越えをして三河に戻った家康のルートを一部なぞるように移動し、名古屋周辺から静岡のお城を見学して帰ろうという、まさにお城マニアなのか、乗り鉄なのか、意図不明な旅をしてきたうちの、初日の大和郡山から伊賀上野までの旅からご紹介したいと思います。

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まず一枚目のカットですが、祝日の2/23朝、東京から新幹線で京都まで移動し、しかるのち、JRで奈良駅に到着、まず、駅からほど近い宿に荷物を預けてから、JR駅からは5分と掛からない郡山駅に移動し、昔ながらの古い街並みを用水沿いに歩くこと10分強で大和郡山城址に到着、待ちに待った藤堂高虎や豊臣秀長、筒井順慶などが改修に関わったというオールスター級のお城なので、まず胸ワクもんの天守台の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、ここ大和郡山城は江戸時代の度重なる大火に加え、明治のご維新を迎え、。廓内の全ての建物を破却してしまい、昭和になってからの天守復元ブームに先駆け、まず昭和28年に追手門を復元、昭和59年から62年にかけて、二棟の二階櫓と多門櫓を復元し、この過程で、石碑やら仏像などもチャンポン状態に積まれた先の天守代台も復元されたとのことですが、復元建造物の中で中を見学できる追手向櫓内部を見学した後、中庭から全貌を撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、先の追手向櫓に接続している多門櫓の西側のちょっとした広場で、梅の展示即売会みたいなイベントと、何らかの盆栽状の卓上植物のコンテストの優秀作品の顕彰、並びに展示みたいなことをやっていて、ただ漫然と歩いていて、西に傾いた初春の陽光を受け、ふと、紅梅と多門櫓西側の焼杉の下見板張りの壁との対比が面白そうだと閃き、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、まだ奈良公園の鹿に逢いに行くのにはちょい早い時間だったので、もう少々、本丸付近で、せっかくだから、城の遺構と梅の競演でも撮れないものかと思い、案内地図を片手にあちこち散策してみたところ、まさに灯台下暗し、先ほど入念に撮影アングルを検証していた追手向櫓と多門櫓セットの真横の追手門と切通しのような谷底の道を隔てた斜面の上に白梅が咲き誇っていて、追手門をバックに撮れることに気付き、さっそく試してみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Yamato_Nagoya2302_005.jpg
五枚目のカットですが、そういえば、鉄筋コンクリートによる外観復元に猫も杓子も走った昭和期において、忠実に伝統工法による木造復元を試み、しかもそれが、時代的には江戸期ではなくて、安土桃山時代に天守や櫓が作られ始めた頃の様式である「望楼型」、しかも主流の白い漆喰壁ではなく、その前の焼杉板の下見張の壁という、まさに古の大坂城もかくやあらんという魅力的な外観を外側から撮ってみたい衝動に駆られ、ライツのレンズのコーティングの優秀さに賭けて、逆光シルエット気味に撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、そろそろ、奈良駅前でお茶してから、人間に対する警戒心ゼロどころか、人を見れば、皆、餌付けをしてくれる親切なボランティア飼育員か何かと思い込んでいる、或る意味、一般家庭の犬猫の類いよりもよっぽど人間擦れ、観光擦れした、見た目は愛くるしい鹿達に触れ合うことなく、インスタ用に適当に写真撮って来ようと思っていたのですが、もう一カ所、隅櫓が復元されていたので、再度戻って、塀の内側から全体を撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Yamato_Nagoya2302_007.jpg
七枚目のカットですが、お城からは近鉄郡山駅の方が数百倍近いのですが、乗ってしまうと、近鉄八木まで行って乗り換えないと近鉄奈良駅へは行けないので、再び、JR郡山駅方面に徒歩で移動し、奈良駅に移動し、駅前からバスに乗って、よくよく考えたら、偽野生動物よりも前々から気になっていた春日大社の灯篭の列を撮る方が面白いし、たぶん、インスタでもウケが良いと考え、春日大社参道入口バス停で降り、さっそく、「何かくれよ!」的にやってきた狡猾な偽野生動物のあざとい姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Summaron35mmf3.5撮影となります。

Yamato_Nagoya2302_008.jpg
八枚目のカットですが、参道を歩いてくると、まだ行儀がマシな鹿はせいぜい距離をおいて追尾してくる(人間に尻尾はないですが・・・)、或いは前にぬっと出て儚げな瞳で見上げてねだる、等々の無視すれば済む行動なのですが、特に中国系の若い兄ちゃん姐ちゃん達が、よせば良いのに、カメラ写りがそこそこ良さげな姐ちゃんが餌付けして、寄ってきた鹿達とのふれあいを撮ろうとか企み、二枚も三枚も上手の鹿どもに取り囲まれ服に顔と言わず首と言わず擦り付けられて、あーぁ、これじゃダニまみれだとか眺めていたら、ポケットから顔出していたマスクを別の鹿に食われそうになって親切な東南アジア人が追い払ってくれた、なんて修羅場を潜ったあとに、放心状態の鹿を夕焼けをバックに一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはLeritz Summaron35mmf3.5撮影となります。

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九枚目のカットですが、翌24日は宿を10時前に出て、JR奈良駅前で朝飯を頂いてから、京都府をかすめるルートで一時間弱かけて、名古屋方面に位置する伊賀上野駅に移動、そのまま、荷物を持ったまま、あちこちに忍者キャラが潜み、駅舎のあちこちに手裏剣が刺さっているという物騒極まりない伊賀鉄道で上野市駅まで移動し、目の前に見えている日本最古の木造模擬天守が聳える上野公園に向かい出した直後、雨が再び降り出し、傘を差しながら、やっとお目当ての模擬天守の建つ本丸広場に到着、傘を差して撮った全景図表側。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはCarl Zeiss Biogon25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、昭和10年竣工という、さすがに最古の木造模擬天守の座は昭和8年産まれの郡上八幡城には譲りますが、昭和6年産まれの大阪城ですら鉄筋コンクリート造だというのに、工房主が隅から隅まで内部を眺めた限りでは、小学校の木造校舎が何となく上方面に伸びて、中はとても華奢な、ハリーボッテー城に毛が生えたような郡上八幡城に比べれば、柱や梁の構造や配置ががっしりとした戦国期の木造建築を彷彿とさせるような出来栄えで、これ例えば、小田原城のように豊富な外観写真や構造木組が三組も残っているような城郭に使われていたら、真正の木造復元と云っても過言ではないような出来栄えなのですが、まずは玄関先で一枚頂いてみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはCarl Zeiss Biogon25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、なかなかリアルなこの伊賀上野城模擬天守の内外観のうち、結構、迫真の出来栄えだと思ったのが、この一階から二階に上る、幅も狭いうえ、急で長い階段で、普通なら上り降りの利便性と安全性を考慮し、見た目はだらしなく映りますが、もっと傾斜を緩くして長い階段とするか、或いは全く時代背景などを無視して途中で踊り場をつけた二段式の緩めの階段とするかですが、あえてそれをせず、当時は近所の名古屋城をはじめ、まだ20棟もの天守が現存していたので、それらに倣ったのだと思い、感心して一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはCarl Zeiss Biogon25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十二枚目のカットですが、三階建てのこじんまりした模擬天守なので、中をそれこそ壁、天井から床板の釘までなめるように観察したところで、30分もしないで最上階に到着してしまうのですが、残念ながら、木造天守鑑賞の醍醐味である最頂部の屋根裏の木組みが見えるような構造にはなっておらず、折り上げ格子天井という、優雅なアーチを描いた枠木上部にガラスが嵌め込まれた、凡そ戦国時代の城郭を模したとは思えないような造りに感心し、一枚撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはCarl Zeiss Biogon25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Yamato_Nagoya2302_013.jpg
十三枚目のカットですが、ここ伊賀上野城は、どうしても「お城=天守閣」のステレオタイプが世の殆どなので、見落とされがちなのですが、石垣の高さが、なんと、大阪城、丸亀城に次いで、全国第三位とのことで、熊本城に代表される扇の勾配と称される曲率漸減型アーチとは対称的な、戦国時代の築城の達人、藤堂高虎采配の普請の証とも言えるような真っすぐで人を寄せ付けないような石垣の偉容を青々と水を湛えるお濠をバックに撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはCarl Zeiss Biogon25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Yamato_Nagoya2302_014.jpg
十四枚目のカットですが、これは、お城に相当詳しい人間ではないと、何を撮ったのかいったい全体見当も付かないような代物なのですが、「矢穴」といって、本来は、きちんと加工された石であれば、外周面にあって、まず気付かないような痕跡なのですが、石を割る際に穿つ位置を間違えたのか、横一列に五か所も金属製の楔を打ち込んでも割れる気配がなかったので、諦め、別の場所に打ち込んで石を割ったという石工にとっては恥ずかしい失敗の記録がでしかないものがこんな格好のシチュエーションに遺されていたので、これも雄大なお濠をバックに一枚撮ってみたもの。

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十五枚目のカットですが、お城の知名度とは裏腹にかなり筋金入りのマニア好みの石垣を見学してから、またもと来た道を戻らないと上野市駅へは遠回りなのと、駅周辺のお店が在る通りを通らないとスケジュール上、予定した電車で名古屋に移動する前にランチが摂れなくなってしまうので、また盛大に降り出してきた初春の雨もものかわ、天守の裏側を通った時に、先ほどのちょうど反対側のアングルから全景を撮ってみたもの。
カメラはLeicaM(TIPO240)、レンズはCarl Zeiss Biogon25mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

さて次回は奈良発の旅、三日目の犬山城、四日目の田中城への訪問をレポート致します。
  1. 2023/09/05(火) 21:38:28|
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Resurrection of hearty festival in provincial town, approx. 100km away from Tokyo in Aug.' 23.

さて、まだまだ残暑全開のさ中、皆様は如何お過ごしでしょうか。今回は、意外と手間が掛かってしまい、田舎のお祭りでの試写が間に合わず、いずれも川崎でOHと一部エレメント移植手術を受けたF1.2の銘玉達が代打を引き受けてくれたので、そのレポートをお送り致します。
場所は群馬県太田市、イベントはCOVID19禍前は毎年、お盆の中日、即ち8月14日と翌15日の二日間に亘って開催される「尾島ねぷた」祭りが三年ぶりに復活したので、帰省がてら出掛けて来ました。
もちろん、これまでの休止からいきなり全速全開とはいかず、ねぷたも7基程度と全盛期に比べれば、寂しい限りではありましたが、老若男女問わず、演者達の熱気とおもてなしの精神はもはや完全復活、運航前の準備時間にあちこちの連を回って撮らせて貰いました。
では、さっそく、当日のお祭りの様子を逐次、眺めて参りましょう。

尾島2307_001
まず一枚目のカットですが、太田駅からほど近い実家から太田駅に移動し、そこで17時台はじめの下り伊勢崎方面で二番目の駅である木崎で下車すると、既に実行委員会が手配した、尾島までの無料シャトルバスが待っており、それに乗ると、5分少々で、会場最寄の発着場につき、会場である県道142号線方向に歩いていくと交差点手前で、前県知事の会社でもある「大沢建設」の見事なねぷたが稼働前の最終点検しながら社中の面々が前で記念撮影などやっていたので、その様子を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_002
二枚目のカットですが、「大沢建設」社中の世話役と挨拶がてら復活のお祝いなど述べてから、本部テントなどある交差点へ向かうと、居ました居ました、「上州ねぷた会」のねぷたとその前の連太鼓山車が停めてあって、その前のちょっとした広場で、若い親御さん達が、祭り装束を着飾ったいたいけな童子達の晴れ姿を、知り合いだろうが、目をぎらつかせ、どう猛なオーラすら漂わせているカメ爺、カメ婆達だろうが、気前よくミニ撮影会に応じていたので、混ぜて貰って、一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_003
三枚目のカットですが、キャッキャという童子達の歓声に振り返ってみると、「上州ねぷた会」の連太鼓山車の前のちっちゃなラゲッジスペースみたいな場所に飲み物や誘導具なんかと一緒くたになって、いたいけな童子が載せられており、極小姐と目が合ったので、横にいた若いオモニにも聞こえるように「おじさんに一枚撮らせてよ♪」とか声かけたら、恥ずかしかったからなのか、下向いてもじもじし出したので、どーしようかと思い、「ごめんね、バイバイ」とかわざとらしく声かけたら、オモニが「あれ、アイちゃん撮って貰わなくて良いの?おじさん行っちゃうよ!」とか言ったら、いきなり顔起こして、カメラ目線になったので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_004
四枚目のカットですが、その連太鼓山車の上部に視線を走らせると、3年ぶりという本番前の緊張もどこへやら、まさに花形である、太鼓打ちの小姐各位は、会場をざらっと見渡せるような高い位置で大太鼓の上に跨り、四方山話に花を咲かせるのみならず、隣りどうしで腕を伸ばして、スマホンで記念撮影モードに入っちゃったりして、とにかく、いつまで続くか判らない陰鬱なCOVID19禍をくぐり抜け、また晴れの舞台に立ち、喝采を浴びながら、太鼓を叩き続けられる喜びと心の昂りが下からも感じ取れたので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_005
五枚目のカットですが、ねぷた祭りの会場は、交差点を挟み東西に伸びる県道142号の上で、ここを基本的に東に走る組、西に走る組と、あたかも、地場産業であるスバルの誇るボクサーエンジンのピストンのように山車を運航させることとなっていたのでしたが、南北に走る道は、いわば大型山車のパドックみたいになっていて、運航開始時間までは、大型山車には必然的に社中の人数も多くなるので、太田山車の両雄である「大沢建設」が北、「三菱電機」が南と分かれて占有し、どうやら「三菱電機」社中は、連太鼓山車名物の巨大番傘が張り替えられていたようなので、新顔の小姐と一緒に一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_006
六枚目のカットですが、ねぷた祭りも上州で行うと、「かかぁ天下と空っ風」の喩え通り、どうしても威勢の良い女性陣が主役となりがちですが、巨大で重いねぷたや山車を安全かつ確実に運航するためには、裏方の男性陣の力が不可欠なのも当然と言えば当然のことなのですが、白い半纏に上州ねぷた会のシンボルカラーであるエメラルドグリーンで文字を染め抜いたいなせな装束のスキンヘッドのオヤヂとちょうどその逆の配色の法被を着こんだオールバックでちょっときこしめしたオヤヂが大谷選手の論評で盛り上がっていたので、横の死角から一枚頂いてみたもの。
カカメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_007
七枚目のカットですが、そろそろ運航開始まで30分を切ってきた辺りで、音合わせを兼ねて、主催者によるお囃子の説明があり、かくかくしかじかのシーンにはこのお囃子で、といったようにアナウンスに合わせて、各社中は太鼓を叩くのですが「上州ねぷた会」のベストポジションを貰えたので、連太鼓山車後方の太鼓を左から右に叩きながら移動する独特の流れに合わせて、可憐ながら勇壮な小姐達の叩きっぷりを一枚頂いてみたもの。
カカメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_008
八枚目のカットですが、そろそろ、陽も暮れかけてきて、ねぷたやお囃子担当の山車に灯を点して、運航の準備をしようかという時刻になると、やはり灯の灯ってからが、ねぷたの本領発揮ということもあり、それぞれの社中のメンバーやその家族、知人友人がねぷたの周りに集まってきて、「いやはや3年ぶりだけど、結構、カラダが覚えててさぁ、太鼓も思ったより上手く打ててさぁ・・・」なんて会話を楽しみながら記念撮影なんかもしていたので、横から一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonL50mmf1.2による絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_009
九枚目のカットですが、そろそろ、灯火が点るころになると、球面レンズより非球面の方がコマフレア抑制や点光源の写り込みには有利ですし、高所の演者も引き寄せて撮りたいので、85mmに換装、さっそく、先ほどから気になっていた「三菱電機」の大太鼓の上のエスニックで健康的な雰囲気を漂わせるの小姐の笑顔をアップで撮りたいと思い、交差点南に待機していた社中の中に歩み寄り、関係者に話をつけて、連太鼓山車の下まで通して貰い、一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_010
十枚目のカットですが、尾島のねぷたが本家弘前とも肩を並べると、誇りにしている、国内では三体しか存在しないという直径3mの十尺太鼓にも叩き手である演者の小姐が前後に二名ずつ登場し、転落防止のシートベルトを締めてからの出陣ですが、まだ下からの社中メンバーや知人・友人からの声かけや、記念撮影に応じるべく、都度立ち上がったり、中腰になるため、締めていなかったようなので、ちょうど浮き立った瞬間を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_011
十一枚目のカットですが、いよいよ、陽も暮れて、夜の帳が降りてくる頃、ねぷたも、随伴するお囃子担当の連太鼓山車も煌々と灯りを点し、交差点からそれぞれ東に進む組、西に進む組と交互にスタートしていったのですが、やはり群を抜く大きさと迫力の音を誇る10尺太鼓の出陣が勇壮で、南側の路上から、交差点内をぐるっと半周して雄姿をお披露目してから県道142号に出ていったのですが、その様子を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_012
十二枚目のカットですが、県道142号線の交差点西側でずっと出番を待っていた、「上州ねぷた会」のねぷたと連太鼓山車がいよいよ、西側に向かって進むこととなり、先ほどのリハーサルの時にチェックしておいた、おそらく会場一、二位の上州美人の小姐が太鼓に跨り、開始の合図を待っている姿を下から一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_013
十三枚目のカットですが、何やかんやで山車やねぷたの構造、並びに社中の面々のフォーメーション上、やはり最大手の「上州ねぷた会」の近辺を張っていた方が、完全に陽が落ちて、東西ピストン運動が始まる直前までが勝負の、この手の山車運航系のお祭りでは得心行くカットが撮れるという勘を取り戻し、今にも動きださんばかりにお囃子や太鼓叩きに熱が入る山車の前面に回ると、こういった華やかさと派手なアクションを前提とするお祭りには、凡そ不似合いな金属フレームの大ぶりな眼鏡をかけたいたいけな小姐が一心不乱に太鼓を叩いていたので、瞬間を狙いすまして一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_014
十四枚目のカットですが、そろそろ、交差点付近のねぷた、山車が運航ルートである県道142号へと、華やかな笛や鉦、そして太鼓の調べに乗って、出陣し始めたのですが、この尾島ねぷたでは両雄とも云える「大沢建設」の連太鼓山車側面のこれまたラゲッジスペースみたいなところに、目張りギンギン、派手に化粧して着飾った、いたいけな小々姐があちこちにガン飛ばしながら、時折、こどもっぽい表情を見せるのですが、ファインダ越しにチャンスを狙っていたら、まんまと欠伸なんかしちゃったので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

尾島2307_015
十五枚目のカットですが、そろそろ、陽もとっぷりこんと沈み、華やかなねぷたご一行様の楽しい夜の宴が始まるのですが、実は、街灯も満足に無い田舎町をねぷたと山車が煌々と照らして動き回ったところで、辺りが暗いだけに単調な画しか撮れず、あまり面白味はないので、実家の老婆の晩飯をお預けにするのも忍びないので、19時ちょい前に会場を後にすることにして、ちょうど、交差点を発とうとしていた「大沢建設」社中の太鼓娘を出掛けの駄賃に一枚頂いてみたもの。
カメラはSONYα7RⅡ、レンズはCanonNFD85mmf1.2Lによる絞り開放AE撮影となります。

今回の感想としては、レンズの性能がシビアに出る、裏面照射、ローパスレスのミラーレスでも、どちらも30年前以上のキャノンレンズのf1.2の大口径、その道の専門家によるチューンアップを受けているとは言え、予想以上にやるなぁ、ということでした。

さて、次回は、いよいよ、ドイツ製の絞りすらなかったレンズヘッドがキチンと写るまで完成するか?しなければ、お城旅の続きをお送りします、乞うご期待!!
  1. 2023/08/27(日) 19:14:08|
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charley944

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今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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