深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

山椒は小粒でもぴりりと辛い~Fujinar-E50mmf4.5改L39~

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【撮影デ-タ】カメラ;R-D1s ISO200 +1/3補整 全コマ開放 ロケ地 柴又
また楽しい週末が過ぎ去り、慌しい一週間が始まろうとしています。そうなると当工房の操業記録でもあるブログの更新です。

今宵も先週の葛飾柴又シリーズの後編いきます。
前回は、90mmの長い玉での作例をご紹介しましたが、実は撮影の順序は逆転していまして、柴又ツアーの最初から中盤までは、ずっとこの玉で撮影しながら歩き回っていたのです。あの90mmのズミクロンが登場するのは、撮影の順序で言えば、お蕎麦屋さんでお昼を戴いて、また撮影を開始し、山本亭の中を散策しながら、池の中のやや離れたハスの花を撮るのに標準玉で身を乗りだすと池の中に転落する惧れがあったので、付け替えたってのが真相でした。

で、この一見純正レンズにも見えなくもないコンパクトな50mmレンズは、当工房の得意技のひとつである、引伸用レンズからのコンバートによるLマウント・距離計連動化レンズです。

元々は、この「Fujinar-E」は富士写真フィルム(当時)が戦後、1950年に初の引伸用レンズとしてリリースした「レクターE」の後継シリーズということで、1950年代の終わり頃発売されたようです。
この後のモデルから「Fujinon」銘となって、「EP」、「EX」と市場の評価も高く、実際に性能も優れた引伸レンズを発売することとなります。

ところで、このレンズを改造するに先駆け、エレメントの損傷が激しく、外装部品も欠けたものを某中央線沿線のジャンクコーナーで買ってきて、研究用に分解したことがあります。

その結果、レンズ構成が、このクラスではありふれているトリプレットでも、逆テッサーでも、エルノスターでもなくて、カシメのパーツまでは全分解(=破壊)してはいませんが、おそらく対照型のオルソメター型ではないかと推定しました。
となると、まさにオルソスティグマットの標準域版ということになり、とても描写が楽しみになります。

では、前置きはこのあたりにしておいて、早速実写結果、見ていきましょう。

まず一枚目。駅前広場で観光客相手に愛嬌を振りまく「寅さん」クローンですが、この雄姿を自転車に跨ったまま、じっと見守るいたいけな少年がいます。
立ち去りざまに彼はこうつぶやきました「カバンが反対だよ・・・」おぉぉ、確かにお手本である「見返り寅さん像」はカバンを右手に提げていますが、クローン氏は左です。
でもカレはこのセリフを聞いたらきっとこういうでしょう・・・「兄ちゃん、それを言っちゃぁ、おしまいだよ♪」と。少年の頭のピント精度の良さと銅像を含めた広場周りのボケの素直さが判ると思います。

そして二枚目。「それを言っちゃぁ、おしまいだよ・・・」ってのが、地区の共通スローガンてなワケでもないでしょうが、何と駅前から題経寺に向かう参道の入り口の境にあるクリークには「見ざる、言わざる、訊かざる」の像が安置されていました。まさにスローガンの精神を具現化したものなのでしょう。
う~ん、同じ下町でも葛飾柴又、奥が深いぞ。直情径行を旨とする深川っ子の小生は度肝を抜かれるばかりでした。
2mそこらで撮ったものですが、かなりシャープに捉えていますし、発色もコントラストもとても良いと思いました。

そして三枚目。今度は参道を歩きながら、獲物を物色していきますが、何せ新型インフルエンザの影響で人通りが少ないのと、店のスタッフがマスク姿が多いので、とても写欲が沸きません。
そこで、ふと目にしたおせんべい屋さんの金魚蜂形状のショ-ケースが面白いので一枚戴き。
何故面白いかというと、ガラスの写りこみもさることながら、実は金属製のフタが比較的新しい亜鉛鉄板をプレスして作ったと思しきものと、銅製のヘラ絞りの手作りんものが並んでいたので、このレンズがどのように描き分けるか試したかったからです。
結果としてはそれぞれの素材の質感を上手に描きわけているのではないでしょうか。

続いて四枚目。題経寺の門の前、公衆厠の前にいつも出ている露店があります。
それがこのラムネ売りの屋台です。冷たい水の中に沈められたラムネのガラス瓶に子供達も興味をそそられるのか、いつも賑わっています。勿論、今回もいつも同様、子供がお小遣いでラムネを買い求め、水の中から滴とともに引き揚げられたボトルを嬉しそうに受け取っていました。

ここでも、ガラス瓶、服地、そして人の肌・・・硬いもの、柔らかいもの、暖かいもの、冷たいもの、それぞれに質感のみならず、雰囲気までなかなか上手く捉えているのではないかと思いました。

おまけの四枚目。引伸レンズにまつわる風評としては、色々言われますが、必ず言われるのが、近距離での平面体平面の像投影なので、遠距離、特に無限では収差が拡大し、使用に耐えない・・・
その風説を覆すため、あえて無限で本堂を捉えました。
いかがでしょう。緑青を吹いた銅板の屋根一枚一枚の経てきたそれぞれの年月の重みまで忠実に写し撮っているように見えるのではないでしょうか。
また、この門前を行く、二挺拳銃状態のベビーカーの一家の勇姿もしっかり捉えていますし・・・

今回はR-D1sで何枚か撮ってはモニターで確認し、という撮影テストでしたが、極めて満足行く結果でした。

しかし、この後、当工房では、シネレンズに拠らなくとも恐るべき性能を発揮するレンズを次々発掘して、関係者を瞠目させていくのです。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/05/31(日) 23:27:48|
  2. その他Lマウント改造レンズ
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Un lungo Nero Lance ~ Summicron90mmf2 ~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO400絞り優先AE 露出補整+1/3 全コマ開放
さぁ、また充実の週末が過ぎ、明朝は月曜日、週の始まりとなってしまい日曜の晩がやって参りました。
家族でファミレスに行くもよし、遠距恋愛の恋人を駅まで見送りに行くもよし、当然、工房主人は、週間業務スケジュールに従って、サイトの更新をしなければなりません。

今宵のご紹介は、工房主人が属する秘密結社「ノンライツRF友の会」とその系列団体「新宿西口写真修錬会」のだいたい月イチくらい何かしらイベントを行っているうちの、昨日の修錬会、即ち一般的な言い方をすれば撮影会+歓談会での使用機材から、今週、来週とご紹介致します。

今回の撮影地域は、新型インフル騒ぎで人出の少なくなってしまった、下町の観光地を励ます意味もあり、葛飾柴又~浅草としました。

朝の11時に柴又駅に集合し、参道経由、帝釈天界隈を撮ってから、知る人ぞ知る手打ち蕎麦の名店、「日曜庵」にて極上のお蕎麦を戴き、またお茶の時間まで撮ってから浅草に転戦するという目論見だったのですが、まず、駅に着いてびっくり、何と寅さんのコスチュームの初老のおぢさんがたが数名、駅前広場にたむろしているのです。

何かと思い、耳を清ませてやりとりを聞いてみれば、要は観光客の便宜のため、地元の有志(早いハナシ、恰幅が良くて、自分で寅さんに似ていると思う人???)がコスプレなんかやっちゃって、無料ガイド役を買って出ているということなのです。

どうやら、ここ葛飾柴又では唯一の観光資源である"フーテンの寅さん"があたかも隣国の誰かさんの如く、より庶民的、かつ土俗的な形式には換骨堕胎されながらも、個人崇拝、偶像崇拝の対象となっているらしく、どこへ行っても"寅さん"、"寅さん"・・・しまいには、堅固な核シェルターまがいの構えを持った「寅さん記念館」などという個人崇拝施設?まで登場します。

仲間内では、きっと"寅さん"という概念は地域のアイデンティテイそのものであり、天災、戦乱に見舞われようと、その概念さえ生き残れば、いかなる状況であろうと、この地域は復興出来る・・・というようなまさに"寅さん"崇拝自体が地区版「国体護持」みたいになってんぢゃね???なんて妄想も出たくらいですから・・・

さて冗談はさておき、一行は駅前の寅さん銅像を思い思いにパチリとやって、ついでに広場にたむろする無辜の民なども、一緒に撮ってしまったりします。

そして、神明会とかいう参道商店街、要は浅草の仲見世から屋根をもぎとり、深大寺の土産物屋ストリートとDNAレベルで融合しましたってなカンジのローカル感たっぷりの石畳の通りを思い思いスナップしながら、帝釈天、正しくは題経寺を目指して歩きます。

お団子売る店にロードレーサーの自転車で乗りつけ、跨ったまま団子を頬張る格好の被写体が居たり、この少子化のご時世、珍しくも3人の子連れの親子が、土産物屋で自発的さくらやってたり、その一方、せんべいを屋内で炭火で焼いてるお店があったりと、商店街の営みは相変わらずですが、何がいつもと大きく違うかって言えば、人間の絶対数が少ない・・・前回、ロケハンに一人で訪れた時の5分の1強くらいしか居ません・・・何せ、帰り道に90mmの望遠で店先のスナップ出来たくらい通りが閑散としてましたから・・・普通は50mmでもキツイくらいです。

お寺に着いてみると、何故かこちらではそれほど閑散感はなく、参道に較べれば、人口の集密感があります。

しかし、ここでも、寅さんの劣化コピー的?ボランティアガイドのおぢさま各位が観光客に何かを語りかけるでなく、荷物を拡げ唐突に香具師の威勢のいい口上でも述べて、観光客に注意を喚起するでもなく、ただひたすら、同僚のボランティアガイドの法被爺サマと歓談にうち興じています。

そんな牧歌的な演出もローカルの流儀と楽しむこととし、せっかくなので、一同は大枚400円も払って、題経寺の庭園を見に、中へ上げて貰います。

熱心に写真を撮るでなし、庭園の幽玄を楽しむでなし、無料の湯茶マシーンを発見したら、もう休憩タイムとしゃれ込むは、池のふちを通れば、えっ、カメはミドリガメの巨大化したヤツぢゃん、きも~ぃとか、こんなにばくばく口開けてやってくる鯉どもに正露丸でもやったらどうなるか?とか、ひたす行動も話題も世俗の塵あくたから離れることはなく、本来は貴重な筈の本堂周りの木彫り彫刻群も、な~んか埃っぽ~い、エアダスターとか買えばイイのにね♪とかカメラの手入れみたいなハナシに持ってって、本来の説話的なものには一切関心を示さず・・・これが我々のスタイルなのでした。

そして、散々悪態をついて、そろそろおなかも空いた頃、お寺のほど近くにある「日曜庵」さんにお邪魔し、5人で最低2枚ずつは手打ち蕎麦を戴き、またコーンポタージュ並みにこってりまったりした蕎麦湯なぞを戴き、満腹してお店を跡にします。
ここのお店、ご主人が元CM関連の動画キャメラマンの方ということで、工房おなじみのArriレンズも懐かしいとおっしゃっておられました。

大満足の昼食後、一同は矢切の渡しの見物に向かい、そこでサイケな公衆便所に胸躍らせたり、キッチュな看板を発見し、童心に帰ったり、またはいたいけな野球少年に考えられ得る限りの罵詈雑言を浴びせ、社会に出る前から、世の中の厳しさ、理不尽さを体得させようとする優れた少年野球指導者に巡り会ったりと結構スリリングでした。

帰路は例の「寅さん記念館」の位置確認と斥候のみに留め、早々に退散し、無料で庭園の一部は見られる、お隣の山本亭に向かいました。

ここで早速、今まで付けていた50mmを早々に見限り、2~3日前に買った90mmのズミクロンf2をR-D1に付け替え、池の中に咲く、蓮状の花などを撮影してみたりします。(一枚目)

ホントの試写でしたが、こうして見てみれば、開放から結構シャープで立体感もよく掴んでいます。
個人的にはもっとカリカリで緑なんか、プラスチックみたいに鮮やかに写るのを期待していたんですが、ちょい柔らかめでした。

そして、一同はもう既にオヤツタイムへ頭はシフトし始めてきたので、また通り道の題経寺で少々撮ってから、参道経由、お茶に向かいます。

お茶は、有名な「高木屋」にてお座敷に上がり込み、協調性に富んだ一行はチャレンジングな1名を除き、全員、名代の葛餅なんか戴き、まったりとお茶を楽しみます。

それから、もう心は浅草へと飛んでいますので、早々に参道を後にし、駅に向かいます。

と、そこで参道を横切る、いつもなら鬱陶しい筈の柴又街道の赤信号が思わぬプレゼント・・・

黒装束の美少女が母親と一緒に色んなポーズをつけて、信号を待っているのです。
一同はどよめきます。

本人は気付かぬまま、後ろからシャッターの放列・・・しかし、工房主は辛抱強く或る瞬間を待ち続け、そこで渾身の一枚を切りました(二枚目)

そう、大型車が通り過ぎて行った後のスリップストリームで美少女の髪が巻き上げられたのです。
その瞬間を捉えました。
ファインダに90mmのフレームが出ないため、ちょっと上下の比率は悪いですが、結構、気に入ったカットになりました。
しかし、移動の電車の中でモニタ見て思ったのが、あぁ、M8ぢゃなくて良かった・・・M8だったら、イモ娘になっちゃったもんな・・・てことでした。

駅から電車に乗る前、光線状態がちょうど良くなったので、寅さんに別れを告げるべく、駅看板をバックに一枚パチリ・・・これもフレームなしなので結構厳しい構図でしたが、まぁ何とか及第点かなと自分では思いました。
ズミクロンとは名乗っていますが、90mmともなると、50mmの解像力番長よりはボケが大人しくまだ十分に見られますね。

電車に揺られて浅草に着き、待乳山の聖天様までの裏通り、仲見世などを撮り歩き、なじみの某カメラ修理業者さんで油売ってから、酒盛りしよう~ぜ♪ってことで、そこに向かう途中、やはり気になったのは、土曜日はあの下町イチ、だんとつ一位と思う、「沢尻メイサ」嬢のことでした。

油売ってて、日が暮れたら、カノジョは疲労困憊、家路に就いてしまう・・・しかも今回、実物を見るのは初めてのメンバーが大半だ・・・ってことで、一同ぞろぞろ、「きび団子屋」さんの前に大集結、結構、その日のうちでは真剣な表情で美少女の表情を逃さず観察し、シャッターを切っていったのでありました。

いつもは50mm以下で接近戦を挑んでいますが、今回は90mmということで、かなり、カメラを意識しない表情が撮れたのではないかと勝手に思いました。

彼女の右肩方向からは自然光、そして上部からは蛍光灯、左からは白熱灯色の光る屋内プラ看板というかなりキビシイ光線状態ですが、ズミクロンは遠方からでも的確に捉えてくれたのでした。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/05/24(日) 23:26:19|
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Um paraíso no sul do oceano~深川宝玉軍団のバカンス~

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【撮影データ】一枚目:カメラ;M4OD+Cine-Planar50mmT2.2改L/M フィルム;Ektar100、二枚目:カメラR-D1s+Summicron50mmF2、三枚目:カメラ;M4OD+Summaron35mmf3.5 フィルム;Ektar100、四枚目:カメラ;M4OD+Xenon50mmf2改L/M フィルム;Ektar100 <全コマ開放>
さて、先週の天川村~京都編に引き続き、工房主人のぐぅたらGWバカンス旅行記、沖縄編の登場です。

今回持ち出した機材は、珍しくフィルム主体で、メインをM4ODとし、R-D1sはバックアップ用として持って行きました。レンズは上に映っている4本の他にエルマリート28mmf2.8、ビオゴン25mmf2.8の合計6本を一番小さいカメラバックにぎゅうぎゅう詰めにしての一人旅です。

前回の関西旅行ではヤシコンSTと複数のZeiss銘レンズを用いてのゆったりした、いわば据え物斬り的な街撮り(村撮り?)でしたが、今回はいつもの都内でのスナップ試写に相通ずる、RF機の機動性を活かした速写でいってみました。

そして今回の旅のテーマは「Paraiso FotoII 未来への最終決戦」、それは、ほぼ理想のレンズを作り出した工房が、その渾身の作品の実力を知るべく、RF機、特にライカマウントのものでは、すでに神器の域にまで祭り上げられようとしている、ライツ社のズミクロン50mmf2、そして工房所有の広角レンズ中ではダントツの解像力、色抜けを誇るズマロン35mmf2と対決させようという魂胆だったのです。

今回は5月3日の午後一時羽田発の便で那覇に入り、到着は夕方になってしまったので、挨拶代わりに裏首里城こと、崎山町~金城町界隈の街並みとか観光客を入れてスナップ三昧、夜は国際通りの三線ライブやってる大座敷のお店で呑めや歌えやの豪華ディナー。

翌二日目は律儀に島内観光のバスツアーに紛れ込み、美ら海水族館だら、今帰仁城址だら、名護パイナップルパークだら朝8時45分から夜の8時過ぎまでかけて回り、市場で巨大イセエビを買い込んで、衆目環視のもと大人喰いする夢は時間切れとなってしまったので、仕方なく、アグー豚コースを市場至近の居酒屋兼焼肉屋で戴きました。

翌5日には、やっと満足して自由行動で、朝っぱらから、路線バスで糸満漁港行ったり、一旦那覇に戻り、路線バスで識名園に行ったり、また戻って、今度はモノレールで壺屋に出かけたり、帰りには牧志の公設市場で冷やかしがてら場内の写真撮ったりして、この日もまた朝から晩まで動き回るか写真撮るか、そうでなければどっかで何か喰ってるってな、全然、休みの旅が休みになっていないドタバタした一日で、あぁ、自分はやっぱりサラリーマンの悲しい性で、時間を一杯一杯使わないと不安で仕方ないんだなぁ・・・とか思いながら、ホテルの下の居酒屋で県特産のミーパイなる白身魚の茶漬けなどとこれもまた特産のタカセ貝のバター炒めなんか戴いてしまった次第。

そして最後の日、5月6日も仕上げの裏首里城ツアーってことで、ホテルをチェックアウトしてモノレールで首里町まで出掛け、崎山町~金城町コースを足早に撮って、また牧志公設市場に寄って、フィルム1本ほど撮ってから、大急ぎでホテルに寄って荷物を撮り、また午後二時那覇発の便で慌しく江戸の羽田飛行場に戻ったってな案配です。

で、今回の作例いってみます。

まず一枚目。これは三日目の自由行動で糸満漁港の次に訪れた「識名園」という琉球王朝の庭園兼接遇所みたいなところで、まぁ、お日柄も宜しいようで、遠来の観光客に混じって、ジモティ家族連れの行楽なんかも多数繰り出していて、愛くるしい女の子2名連れの家族も園内を散策していたので、特に断るでなし、向こうも撮られてるのは判ってるけど、観光客が風景の一部として撮ってんだろうね・・・ってカンジでぜんぜん気にするカンジもなかったので、園内行く先々で遭遇するたびにシャッター切ってたうちの一枚です。特に左側のお姉ちゃんの方は、撮られるのに相当慣れているらしく、足を交差し、手を無意識に拡げ、ポ-ズとってます。大きくなったら楽しみのような気がします。
このかっとはCine-Planar50mmT2.2のL/M改造レンズをフィルムで撮ったもので、合焦部のシャープさとボケの心地良さが同居していて、結構気に入った一枚になりました。

そして二枚目、一枚目のCine-Planar50mmT2.2が先攻となりましたが、今度はズミクロン50mmf2による作例です。このカットは識名園の中に立つ木造の接遇所のような建物の中に上がりこむことが出来るのですが、ここで、先の姉妹がまた薄暗い屋内から眩いばかりの庭園を眺めながら、何か語らい合っています、その子供らしい姿に感銘し、つい反射的にシャッターを切ったのがこの一枚なのです。
このシーンでは、かなり輝度差がありますが、R-D1sの露出補整し易さが功を奏して、見事、シャドーになった少女達の佇まいをクリアに捉えています。このあたりもさすがズミクロンと思いました。しかし、ボケの素性については、Planarの方に軍配が上がるようです。

そして3枚目。識名園から、今度は壺屋通りに移動しての一枚です。この街は那覇が王都になって以来、壺屋焼という、安南焼やセラドン焼のような東南アジア系の窯業に影響を受けた素朴な陶器を焼く窯元が集まり、今でも電気窯やガス窯、或いは重油窯に代わってはしまいましたが、実際にシーサーやら日常用の食器などを焼いていて、窯元直売のお店なども立ち並び、歴史散策とウィンドショッピングが同時に出来る、お勧めスポットなのですが、その中でも最古参格の新垣家住宅の前での一枚。ズマロン35mmf3.5を使い、フィルムで撮ったのですが、やはり優れた解像力、そして画面全体に亘る均質な画質がこの歴史的な石積み塀の辿ってきた歴史の重みの幾ばくかを写しとっている気がしました。

最後に4枚目。これは出発当日、どうしても旧日本軍32軍の指令壕跡が見たくて首里城の守禮門の近くまで行ったのですが、壕を発見し、何枚か写真を撮らせて貰い、まだ新しい花束に心を痛め、観光客で賑わう守禮門への通りを茫然と歩いていた時、史跡の碑の前まで来たら、現地の子供達が陽気に駈けずり周り、どうやら見慣れないカメラを2台も提げたアヤシイ風体の中年男に関心を示したのか、碑の周りから離れようとしません。時々、こっちをちろちろ見るので、意を決して碑に向けてシャッターを切ったら、ご覧の通り、奇声を上げながら、画面に飛び込んできて、見事に収まっちゃったという次第です。
レンズは奥目のXenon50mmf2をM4ODにつけてのフィルム撮影です。

しかし、省みる人もなく、観光スポットのすぐ真下で朽ちるに任せている旧日本軍の痛々しい遺跡を目の当たりにして、やるせない気分になった自分を、この無邪気な子供達が突然現れて元気を振りまいていったというのは、或る意味、沖縄という島の持つ、癒しと許しの具現だったのかも知れません。

こういう出会いが有るからこそ、沖縄訪問はやめられません。
  1. 2009/05/17(日) 23:17:26|
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Das fliegende Deutches Objective~Contax ST mit Zeiss objectives~

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【撮影データ】カメラ;CONTAX ST フィルム:Super Centuria100 レンズ:一枚目;Distagon35mmf2.8AEJ、二枚目;Distagon35mmf2.8AEJ、三枚目;Distagon18mmf4AEG、四枚目;Distagon28mmf2.8AEJ
全コマ開放
さて、長いGWも終わり、また明日から企業戦士達の毎日が始まってしまいます。
今回のGWの撮影旅行は、二部制になってまして、第一部が4月29日~5月1日まで、奈良県の天川村、京都、そして5月3日~6日が恒例となりつつある沖縄探訪となりました。

今週は、まずその第一弾として、今までなかなか使うことがなかった今は亡き京セラヤシカ製のContaxシステム、その中でも、特に操作フィーリングが気に入っているSTというモデルと共に旅をした写真をお目にかけようと思います。

天川・京都ツアーへは、このSTとBiogon18mmf4AEG、同28mmf2.8AEJ、同35mmf2.8AEJ、そしてTessar45mmf2.8AEJの実質フルセットで持ち出しました。
勿論、このほかにズームも28-85mmf3.3-4、35-70mmF3.4のVario-Sonnarなんてのを持ってはいますが、ゆっくりと、旅情を楽しみながら撮りたかったので、あえて短焦点のものをアソートして持ち出した次第です。

ここで、少し、この薄幸の銘機STに関しおさらいをさせて戴きます。
このSTは、CONTAXのフラッグシップである、1990年登場のRTSIIIがあまりに重く、またゴツイかったので元々想定していたハイアマチュア層へのウケがイマイチだったため、急遽、ダウンサイジングして、また液晶パネルのイルミ機構のような、今のニコンやキャノンの一桁シリーズでも当然のように取り入れた機構を入れ、シャッター速度もRTSIIIの1/8000には及ばないものの、シリーズ中ではこれに次ぐ、1/6000というハイスピードシャッターと、縦位置レリーズの付いたエクステンションバッテリグリップも奢られ、見えの良いファインダ、剛性感の高いボディとともに1992年に満を持して登場したのでした。

ところが、2005年に京セラは急激なデジタル化の流れについていけないことを理由にカメラ事業から撤退、CONTAXシステムも製造・販売が打ち切られることとなってしまった訳です。

確かに価格が割高で、メカ自体の信頼性やサービス網などは、ニコン、キャノンに到底及ばなかったかも知れませんが、このSTは同じクラスのF100や、EOS3などと較べても、十分に魅力的であると感じます。

透明感が有る割には、ピントのヤマが掴み易く、シャッター速度、絞り値のインジケータ類も見易いファインダ、キレの良いシャッター、そしてその作動音、デザインの優雅さも相俟って、このシリーズの中では最も気に入っているモデルです。

S2というチタンボディの手巻きモデルも持っているので、先般、Distagon18mmf4のシェイクダウンテストに使いましたが、どうしてこれが同じCONTAXか・・・しかもマニュアル機でチタンボディというだけで値段が倍近くして・・・と首を傾げざるを得ない出来でした。
がさつなシャッター音、巻き上げのゴリゴリ感、決して見易いとは言えないファインダ・・・。

さて、独断と偏見に満ちた前置きはさておき、早速、作例の解説いってみます。

まず一枚目。これは天川村でも、有名な天河大弁財天社の在る坪内地区とは、正反対の方向に在る、洞川(どろがわ)温泉剛というところで、バスを降り、獲物を漁るハンターの如き、ギラギラした目で温泉街の裏通りを歩いていたら、カーン、カーンとリズム良く薪を割っていたおぢさんがいたので、なかなか精がでますなぁ・・・ところで東京からやって来た観光客なんですが、一枚宜しいですか?などと声をかけて撮らして戴いた一枚。
勿論、開放での速写ですが、とにかくシャープ、しかも色ノリがこってりしていて、とても好ましい写りになったのではないかと自分では思います。また、おちさん前方のブルーシートは後ボケになっていますが、なだらかにボケてとても優しい画になった気もします。

そして二枚目。これも同じく洞川温泉郷での一枚。温泉街を上まで登りきって、さて、お昼はお楽しみの猪肉鉄板焼定食でも食うっぺか♪と気もそぞろに歩いていると、楽しく談笑する若き番頭さんとヒマを持て余した観光客のおぢさまのお姿が・・・
レトロな建物も人気がなくちゃただの飾り物になってしまいますから、早速、即席モデルになって戴き、28mmの広角を活かし一枚戴き。
ここでも、開放から、画面の隅々に渡って均質な発色の鮮やかさとシャープさ、程好いコントラストを示しています。特に建物の木造部と二階のガラスの質感の再現性が素晴らしいと思いました。

続いて三枚目。1日の朝、天川村を後にして、夕方の新幹線でお江戸深川に戻るまでかなり時間がありますから、早速、地下鉄乗り継いで、先斗町、祇園方面へスナップしに出かけます。これは先斗町に入って40~50m程歩いたところで、ちょうどイイ町並みのせり出し加減の場所に春の陽気に浮かされたか、お手てつないで仲良く歩く大人のカップルが通り過ぎて行ったので、ちょうど頃良い案配でシャッター切ったものです。
ここでは、空が画面のかなりの割合を占めているにも関わらず、露出補整のし易さのお陰でばっちりと決まってますし、何よりもT*コートの優れた性能のおかげでフレアもゴーストも皆無、シャドーである、両側の格子も艶かしくシャープに描き出されています。

最後に四枚目。これは先斗町から祇園へ移動する際、先斗町の出口付近に差し掛かったとき、ちょうど、時間的に開店準備の頃ですから、料理屋のおかみさんと出勤してきた従業員と思しき妙齢の女性達がまた~りとした京都言葉でもって段取りの打ち合わせを店先でやってたところを一枚戴きました。ここでも画面全体の画質均質性はいうまでもなく、シャドーの再現性はバツグンですし、二階の簾、木戸までもシャープに艶やかに描き出していて、まさに街撮り、しかも路地裏探検者のための心強い相棒ではないかと思った次第。

今回のインプレッションとしては、少なくとも、このような街撮り、しかも鄙びた温泉街、そして京の小路みたいな被写体であれば、キャノンの誇るN-FD20-35mmf3.5L付きF-1Nとも十分善戦するのではないかと思った次第。
また機会があれば、この薄幸の銘機とのまったりとした時間を過ごしてみたいと思っています。

テーマ:CONTAX - ジャンル:写真

  1. 2009/05/10(日) 23:35:55|
  2. 深川秘宝館
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Evolution of the name~Konica E-Hexanon50mmf3.5 mod. for S~

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【撮影データ】カメラ:ニコンS2 フィルム スーパーセンチュリア100 全コマ開放
さて、このところいつもは日曜の晩に更新を行っていますが、明日からまたGW旅行第二段に出掛けてしまうので、一日早い更新です。

今回のご紹介は、某新宿西口靴屋ビル2階にある中古カメラのジャンク棚に野晒しになりながらも、未使用で新たな主を探していた、旧コニカ製の引伸用レンズ E-Hexanon50mmf3.5を破格の一万円プラス消費税で買い求め、当工房にてSマウント改造したものです。

実のところ、本当は有り余るキャノン製のヘリコイド&マウントユニットと結合させてカッコイイLマウントレンズを拵えようと思ったのですが、何せ、フランジバックが短く、かといって、もうひとつの主要パーツの供給源のロシアのインダスター系では今度は長すぎ、クリアランス調整用にフランジを噛ませても、カッコが良くない・・・で性根が怠け者の工房主人は、手っ取り早くレンジファインダーレンズに改造出来るSマウント化に踏み切ったというのが真相です。

ところで、タイトルで「その名前の進化」云々と言ってますが、一体これは何を意味するのか・・・
もう聡明な読者各位はお気づきでしょうが、今年の初めに月刊写真工業の市川元編集長殿から拝領した引伸ばし用のHexar5cmf3.5をLマウント改造しましたが、そのレンズと比較してのことなのです。

Hexarは戦後間もない1940年代半ばから後半の輸出用、そしてこのE-Hexanonは、製品に付属していた真新しいプラケースが"Konishiroku"銘ではなく、すっきりさっぱり"Konica"銘になっていることから、どんなに遡っても、1970年代半ば以降、ひょっとすると80年代に入っての製品かも知れません。

今回はエレメントも絞りも非常に美しい状態でやってきたので、開ける必要は全くなさそうだったのですが、Sマウント金具との結合作業で、L39スレッドの内外を切削加工する必要があったので、前後のエレメントを鏡胴からバラシましたが、このレンズも50mmクラスの引伸しレンズには贅沢なことに、計4群6枚のWガウスタイプでした。

先のHexarが逆テッサータイプと考えられたの対し、ずいぶんと奢った設計になっていると思います。
その進化を如実に表しているのが、まさに今回の御題、名前の変遷なのです。
ものの本によれば、小西六は、3群4枚構成のものは、Tessarに倣いHexar、そしてそれ以上に枚数、群の多いものは、Hexanonとしたとのことで、やはり進化していたのです。

では、その進化の度合いを作例で見て行きましょう。今回も先週ご紹介のCanon N-FDと同伴での神楽坂ツアー続編です。なお、前回のN-FD20-35mmも今回のHexanonも開放値がf3.5というのは楽しい偶然でした。

まず、一枚目。これは神楽坂の交差点を渡り坂を登り出してすぐ左側にある、瀬戸物屋兼、レトロおもちゃ屋さんの店先で撮ったものです。
若干陽光が当るビニール包装のおもちゃ類は合焦部であるにも関わらず微かにフレアっぽく写り、反対に被写界深度の後ろギリギリに位置する店内の瀬戸物はかなりシャープに色も忠実に再現しています。

そして二枚目。今度は少し坂を上って左の路地に折れると、いきなり南欧のカフェレストランみたいなお店が姿を現してきます。
そのお店の看板を至近距離で一枚戴き。
木陰になっていたお陰で白い看板はフレアに見舞われず、またコントラストも低下しないまま、かなりみたままにシャープに捉えられています。
店先もバックに入っていますが、この距離での後ボケはかなり素直で好感持てるのではないかと思います。

続いて3枚目。神楽坂の中ほどを横切るかなりの交通量の有る道路を横断して坂を更に登っていくと、イイかんじの食品スーパーあり、個人商店有りなのですが、いつも撮らせて戴くのが、昔風に言う荒物屋さん、今風に言えば生活用品屋さんの店頭のこのカラフルな篠籠です。
お店の方はテストのための被写体を鵜の目鷹の目で捜し歩く遠来からのアマチュアカメラマンの便宜を図ってということでもないでしょうが、色といい、編み目といい、レンズの持つ、発色性能、カラーバランス、何よりも解像力を同時に試すには格好のターゲットなのです。

最後に4枚目。ここも、神楽坂での撮影行ではもれなく立ち寄る名被写体なのです。
場所は坂を登りきって、東西線の神楽坂駅の入口付近、設計事務所か何かが入っている建物らしいのですが、このグリム兄弟が街の人たちをペテンにかけながら下宿してそうなカンジのクラシックな窓を持つ建物では、ちょくちょく個展みたいなものが開かれていて、今回もリトグラフの作家展をやっていました。
しかし、ただ建物を撮るんぢゃ芸がないし、東北方面の朋友など、許してくれそうにないので、息を潜めて待つこと約5分、清楚なカンジのお嬢さん2名が足早に通り過ぎようとしていたので、M3に勝るとも劣らない速写性を誇る我らがS2の能力を駆使して戴いたのがこのカットという次第です。

今回思ったことは、やはり神楽坂での街撮りには、フィルムが面白いのではないかということ。
時間がない場合、R-D1SやM8でさっと流して撮ってしまったこともありますが、深川とはまた異なった歴史と庶民の生活の息吹が根付くこの街のリズムに合わせて撮り歩くには、やはり銀塩のカメラがイイと思った次第です。

テーマ:ニコンSマウント - ジャンル:写真

  1. 2009/05/02(土) 20:04:48|
  2. Sマウント改造レンズ
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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