深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Nachleuchten der deutschen~Planar85mmf1.4~

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【撮影データ】カメラ:Canon EOS1DsMkII ISO400 絞り優先AE 全コマ開放
さて、心ならずも政権交代の足音が間近に迫って来つつあり、この雨も、経済復興に最善の努力を尽くしながら、国民に決別を告げられた自民党の涙雨のようにも思えてきます。

とまぁ、政治的なハナシはこのくらいにして、今回の更新は、一目一目瞭然、京セラ製CONTAXシリーズ中の銘玉の誉れも高いPlanar85mmf1.4のご紹介です。

え、なんでこんなありふれたお手頃レンズが秘宝なの?とか、おぃおぃ、なんでいつものSTとかS2ぢゃなくて、馬鹿でかいEOS1ケタボディについてんのよ!?

疑問はごもっとも・・・順に謎解きしていきましょう。

まず、初めはボディありきです。現有のEOS1D(初代)でのアダプタ遊びに味をしめ、YC、R、M42とアダプタを揃え、EOS純正のEFレンズは動作確認用の1万円程度のヂャンクすれすれの標準域ズームしか持っていないのに、アダプタを介し、前述のマウントの美味しそうなレンズのみつまみ食いすることにしました。

Vario-Sonnar28-85、Vario-Elmar35-70、Valio-Elmar28-70、Distagon18mm、28mm、35mm、そして、どうしても欲しかったのが、この85mmf1.4のPlanarと60mmのMakro-Planarだったのです。

かくして、1DのAPS-H(1.3乗数)では満足しきれず、EOS1桁シリーズでは銀塩、デジを問わず、歴代の中でも最優秀機の呼び名も高いこの1DsMKIIを導入せんと、日夜精進していたのですが、或る中古カメラ屋さんに極めて程度の良い個体が有ったので、値段も下がらない昨今、冬のボウナス一括で買えない???と聞いたところ7月も上旬だったので、答えは当然No!、すごすごと引き返そうとする背中にその売り場責任者から、「待って!」の一声・・・

何かと踵を返せば、要はこのお店の19周年記念だか何かで、頭金、金利無しの19回払い限定で、この個体が買えますよ♪という、有難いような有り難くないような、恐るべきセールストークだったのでした。

で、魔がさしたと言えば、魔がさしたらしく、次に意識がはっきりした時には、既にローン申込書に必要事項を記入し終わっており、お持ち帰りが確定していたのでした。
予備のバッテリをオマケに戴き、結構トクした気分でした。

そして、その翌週、また止せば良いのに、ツアイスの望遠系がどうしても欲しくなり、ネットで在庫状況、相場などあれやこれや調べ、結局のところ、掘り出し物に当る確率の極めて高い、中央線沿線某駅北口の"ペコちゃん"カメラを訪問。

すると、顔馴染みの店員さんがいつものようにニコニコ顔で接客してくれたんで、「そこのヤシコンの85mmf1.4全部見せてよ」とあろうことか、5本全てショーウィンドから取り出してもらい、斜め上から反射光を見たり、顔がくっつかんばかりに前玉の表面見たり、挙句の果ては福沢諭吉先生の肖像画の線刻を拡大してみたり、端から見れば狂気の沙汰とも思えるようなチェックをして選び出したのが、今回の一本。

面白いのが、日本製、ドイツ製それぞれ、製造時期、或いはロットによって、コーティングの種類、硝材が全然別物のように見え、そのベテランの店員さんにもご意見を求めたところ、これが一番ヌケが良さそうですねぇ・・・とのことで、見解一致、かくして一番安い個体が手許にやってきたワケです。

ってことで、レンズにはうるさい、工房主人が選りに選った個体なので、秘宝認定という次第。

とまぁ、前置きは長くなりましたが、早速作例いってみます。今回は全編とも、去る7月中旬に秘密結社「新宿西口写真修錬会」メンバー各位と川越ロケした時のものです。

まず一枚目。
これは、いつもの撮影スポット、川越三大名所?に挙げられる「駄菓子屋横丁」での1コマで、若い父親が幼い女の子にせがまれるまま、駄菓子の棚に手を伸ばした瞬間を捉えたものです。
このレンズの特徴が良く出ているカットで、女の子の髪、二の腕の柔らかな感触は極めて忠実に描写していますが、父親の方は、もうアウトフォーカスとなってしまっています。バックのボケも変なクセがなくて好感持てると思います。

続いて二枚目。
同じく駄菓子屋横丁で、90度視線を変えると、今度はテンガロンハットもどきの帽子をかぶり、駄菓子を買って貰って幸福の絶頂に居るかの如き歓喜の表情の愛娘を「写るンです」で必死に撮影しようとする母親が居ました。それぞれの表情の対比が面白いので一枚戴き。こういう時、50mm以下だと、相手に気配を察知されてしまうので、ここでも85mmの威力発揮です。
ここでも、合焦部のキレとバックの美しいボケの対比がうまく生かせているのではないかと思います。
それにしても、白い被写体だらけのカットでフレアが全く出ないのは、T*コーティングの真価発揮です。

そして三枚目。
駄菓子屋横丁を後にして、第二の撮影スポット、「刻の鐘」の鐘楼近傍に移動しました。
只ならぬ気配を察知して振り返ると、柔和な笑顔を浮かべたマッチョマンの車夫さんが、いかにもNHKドラマ見てきました♪って感アリアリの小母さま各位を乗せ、こちらに進んでくるではありませんか。
早速、EOSを構え、一発で仕留めたのがこのカット。何せ、スクリーンをスプリットマイクロに換装しているので、昼ならFD系のメイン機とほぼ同様にマニュアルフォーカス出来る強みがあるのです。
ちょうど、被写体とバックのクリアランス、そして光線状態が絶妙だったため、クリアでシャープな合焦部となだらかなアウトフォーカス部のボケが相俟って、あたかも立体写真のように見えるのではないかと思います。

それから四枚目。
川越といえば、小江戸、小江戸といえばクラシックですから、着物を着こなした粋でいなせか、しとやかな小姐の一人か二人はゲッチュしなければ、せっかく高い電車賃払って、武州まで来た甲斐がありません。
その思いというか、執念が天に通じたか、アイデアルモデル3人衆の登場です。
しかも、蔵作りで一番レトロ濃度の高いところへいっぺんに3人です。
一瞬、観光協会の回し者か、或いはTV埼玉の手の者か・・・とか邪推しましたが、次の瞬間、無意識に迎撃の動作に入っていて、見事捉えたのがこの一枚。なかなか風情の有るカットになったのでは。

最後の五枚目。
最終目的地の喜多院まで移動する途中、何故か面白い建築が色々建っている通りに迷い込み、そこでの一枚。
洋館をバックにヘンなカンカン帽のおぢ様が仄かに写り込んでいますが、これは顔を出すことを許されていない、秘密結社のメンバーだからこのような登場となったのでした。
と、冗談はさておき、後ボケも美しいですが、前ボケもこのようになだらかで美しいという作例でした。

ただ、この万能とも思えるEOS1DsMkII+ツアイスの組み合わせ、唯一にして致命的な欠点がありまして、それは、異様に重い装備になってしまうということ。

ボディにバッテリセットして約1.6kg、そして重いMFのYCとRマウントレンズ3本とサブ機のZeiss Ikonも持ったら、ショルダーバッグは5kg以上になって、日が沈む頃には腰痛が再発し、まっすぐ立って歩くこともままならず、痛々しい姿を仲間内に晒してしまったのでした。

テーマ:CONTAX - ジャンル:写真

  1. 2009/08/30(日) 23:16:05|
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【夏休み協賛企画I】~魔玉と過ごした夏休み(後i編)~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE +1/3~+2補整 全コマ開放 ISO800、レンズ:一枚目 Cine-Ektar40mmf1.6、二枚目 Cine-Planar50mmf2、三枚目&四枚目 Cooke Kinetal25mmf2、五枚目 Cine-Ektar40mmf1.6
さて、お待たせ致しました。
夏休みの改造シネレンズ達との旅の後編です。
13日からお盆の帰省で、上州某所の実家に滞在していました。
お盆の支度は終わってからの帰省なので、お墓参りと屋根の雨漏り修理、そして巨大犬の遊び相手くらいしか、田舎ではすることがありません。

しかし、このお盆の4日間で年に一度、待ち遠しかったイベントがあるのです、そう隅田川の花火大会、新宿の大エイサー祭りをパスして、そして富岡八幡宮のお祭りを見送っても是非、見物に行きたい、そして写真撮りたい重大イベントがあるのです。

そのイベントとは、「尾島ねぷた祭り」。
え、青森でも弘前でもないのに、なんでそんな場違いのお祭りが関東の片田舎、とはいえ、都心からでも2時間もかからないところで催されるのか?という疑問が湧いてしかり、だと思います。

実行委員会の説明によれば、この新田郡尾島村(現在は太田市の一部)は関ヶ原で東軍に味方して戦功を上げた津軽藩主に対する論功行賞として幕府天領のすぐ近くの尾島村を飛び領地として与え、藩の代官所、そして藩主の別荘のようなものまであって、伝承によれば、津軽藩の第三代藩主が尾島村で生誕したことから、1980年半ばから、その縁で始まったとのこと。

実家の親によれば、初めの頃は、おさがりと見よう見真似で作られた、稚拙な張りぼてが3~4台、尾島の表通りを往復するだけだったので、尾島警察も全然相手にしてくれず、道路の通行止めすらやって貰えなかった・・・とのこと。

ところが、今や群馬県、いや北関東のお祭りの中では集客数No.1の勢いで、太田市に合併された今では、歴史として長い、太田祭り自体を飲み込んでしまいかねない勢いです。

では、この「尾島ねぷた祭り」の何が人を惹き付けて止まないのか・・・
まず、大中小15基を超える絢爛豪華なねぷたが大通り狭しと往復し、交差点では威勢の良い男衆が、6m以上も有るねぷたを勢い良く回転させたり、本家の弘前にも負けないパフォーマンスを繰り広げるからです。

次いで、何といっても忘れてはならないのが、様々なサポーターが居るのです。弘前市観光協会は全力でバックアップしてくれていますし、知事の実家があることから、県、市と要人が来訪し、祝辞を述べたり、宣伝効果も相当なものです。
また、経済的にも、地元の有力企業、例えば、三菱電機、群馬銀行、大澤建設等々、ねぷたの運行にも、祭り自体の運営にも、お金と人を惜しまず投入し、地域との一体化を率先垂範しているようです。
そして、個人的には、一番の理由は、やはり、日頃知る事のない、「かかぁ天下」の群馬の小姐達が祭りでは一方の主役となって活躍し、キップ・気立ての良さ、そしてけなげさまで垣間見せてくれるからだと思います。

では、早速行ってみましょう。
まず一枚目。
これは、まず初日の14日に会場となる尾島の大通りを徘徊していたら、開始時からの大スポンサーである、三菱電機殿の太鼓屋台上で小姐達が開始前にだべってたんで、その様子を撮ってしまおうと、そっとカメラを構えたら、きゃぁきゃぁ騒いで、ベストスマイルと定番のピースサインです。
なかなかカメラを向けても、今のご時世、良い顔されないので、とても心がジーンときてしまいました。
次いで二枚目。
いよいよ本番開始、笛や太鼓のお囃子付きで絢爛豪華なねぷたは大通り狭しと動き出します。
その屋台の上で先ほどは居なかった別の小姐がイイ表情出していたんで、シネレンズの超能力を信じて一枚。見事に捉えてくれました。うなじの髪の毛の生え際から紅白捻り鉢巻まで繊細に再現しています。勿論、ピンは前の女性です、念のため。
そして三枚目。
こちらは2日目の14日にやはり運行開始に会場入りして大通りを物色しながら徘徊していたら、大太鼓の上に押切もえと上戸彩を足して2で割ってもっと上品で美形にしたカンジの小姐が乗っていて、思わず目が合いました。
そこでカメラを構えたら、絶妙の呼吸でピース&スマイル。
前日の三菱小姐に負けず劣らず、心を暖めてくれます。
Kinetal25mmの額縁効果でとても印象的になりました。もっとも、解像度が恐ろしく高いレンズなので、トリムすれば、普通の写真にもなりますが・・・
それから四枚目。
日が暮れた頃、ライトアップしたねぷたが十数台、笛や太鼓のお囃子屋台をお供に大通りを行進する姿は勇壮以外の何物でもありません。
その見物で、当日、ベストポジションだったのが、着物を着込んだ親子が居て、「写真どーぞお撮り下さい♪」ってカンジで真後ろ、斜め後ろとバシバシ撮っても一向に気にするでなし、アイデアルモデルを会期中レンタルしてくれたことです。
さすがトワイライトタイムの浅草ロケで超能力の片鱗を垣間見せたKinetal25mmf2、こんな悪条件でも、露出補整をデフォルトの+1/3から、+2に換えるだけで難なく写してしまいます。
最後に五枚目。
帰り際に尾島地区の有志達のねぷたとその囃子屋台の横を通りました。
ちょうど、尾島町の標識の有る交差点のところで、汗を飛ばしながら、上州の小姐達が、過ぎ行く夏を惜しむかの如く、必死に太鼓を叩いている姿を目に焼きつけました。
また来年も必ずやって来ると心にも刻みつけて。

昨年はあろうことか、カメラを忘れて、携帯のカメラで撮らざるを得ないという大失態を演じてしまいましたが、今回は愛機R-D1sと可愛いシネ改レンズ達で思う存分撮ることが出来、大満足でした。
何よりも、今回一番の収穫だったのが、世間一般で通用している、「かかぁ天下と空っ風」という上州を表すキャッチフレースの本当の意味です・・・
「かかぁ天下」とは「かかぁ天下一」の略語ではなかったのかと。
見ず知らずの旅人にも関わらず、カメラを向けたら惜しみない笑顔と歓迎の意を精一杯表してくれた、上州の小姐達の心意気、改めて見直した次第です。

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  1. 2009/08/24(月) 00:48:08|
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【夏休み協賛企画I】~魔玉と過ごした夏休み(前編)~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE 露出補整+1/3 全コマ開放
レンズ:一枚目 Cooke Speedpanchro32mmT2.3改M、二枚目 Cine-Ektar40mmf1.6改M、三枚目 Cooke Kinetal25mmf2改M、四枚目 Cooke Speedpanchro40mmT2.3改M

さて、今宵のご紹介は、通常ローテーションで行けば"深川秘宝館"からのコレクションのご紹介となるところですが、珍しく、夏休みを利用しての旅行に出掛け、可愛い"小悪魔"達もお供したので、その働きぶりをお披露目したいと思います。

なお、この夏休み特集は、湖東地区ツアー編を前編とし、来週は驚愕の絢爛豪華東北三大祭り番外編をご紹介致します。

まず今回の旅程ですが、秋に仲間内の写真展が行われることもあって、何故か普段と違うところで、一人じっくり撮ってみたいキモチになり、ふと頭に浮かんだのが「ことう」という三文字でした・・・

果たしてこれは伊豆七島なのか、或いは小笠原諸島なのか、はたまた沖縄の離島なのか・・・休みまで1週間を切っても、頭に浮かんだナゾのメッセ-ジの謎解きが出来ません。

しかし、或る拍子に「ことー」とは、海に浮かぶ「孤島」ではなく、「湖東」のことだと思い出し、大慌てで新幹線格安切符「ぷらっとこだま」の名古屋往復と、長浜~近江八幡にかけての安宿をネットで探しました。

すると、ラッキィなことに、彦根の駅至近の場所に一泊5200円朝食付きなどという都合イイ宿が有るではないですか・・・

前回の野洲の木賃宿に較べれば天地の差です。

そして会社の引越しも無事終え、一日準備に費やし、10日の朝9時過ぎのこだまで旅立つこととなりました。

しかし、当日、激しい雨音で目覚めると、外は真っ暗、バケツをひっくり返したが如き豪雨が見舞っています。

この時点で出発2時間前、神棚の供物を取替えながら、好天を祈りました。

そして、8時半過ぎに家を出る時には、祈りが天に通じたか、雨は殆ど小降りになっていました。

いよいよ、東京駅に着き、こだまのグリーン車の窓際席に陣取って、旅の始まりです。

のぞみで行けば2時間もかからない名古屋までの旅ではありますが、何せ優雅で格安のこだまでの旅ですから3時間以上かかります。

朝9時過ぎに東京駅を出たこだまは12時半前に無事名古屋駅に着きました。

この時点では、もう天気は曇天となり東京の朝の豪雨はどこへやら、この先の旅程に希望の陽が射しました。

名古屋でランチを摂り、今度は東海道本線に乗り継ぎ、大垣乗換えで米原、彦根へと入りました。
この時点でもう既に4時前です。

しかし、宿がなかなか見つからず、駅から電話し、案内してもらってチェックインした時点でほぼ4時。
本来ならば、初日に彦根城でも登ってハイライト編の撮影でもしてしまいたいところでしたが、まだ重い曇天でこの時刻では既に暗くなっていたのと、何せ人の出が殆どない状態だったので、断念、お茶とロケハンを兼ね、観光街である「夢京橋スィートロード」に繰り出します。

そこで木と白壁のマッチングがシックな街並みでひと際目を引いたのが、この花々をあまた植えていたカフェ「花百茶」というお店です。(一枚目)

ここでは、初日と最終日にお茶とケーキを戴きましたが、初日のピンクグレープフルーツ添えのクラフティも最終日のニューヨークスタイルのレアチーズケーキのマンゴーソース添えも激しく旨かったことを報告しないわけにはいかないでしょう。

そして翌11日、実はこの日が例の静岡沖での地震の朝で、こちら彦根の宿でもそこそこ大きく長い揺れを感じ、慌ててTVをつけたら、静岡でかなり大きな地震があり、東京でも震度4を記録した云々という報道があり、まさに湖東地区への撮影行は疎開そのものだったんぢゃないか・・・と我ながら驚いた次第。

それでも、予定は全く変更なしで10時代の電車でまず近江八幡に入り、八幡堀から旧商家街、洋館街を撮影し、ランチもこの街で食べ、午後のティータイムに長浜まで移動し、日の有る限り長浜の街を撮り続けるということにしたのです。

まず、近江八幡駅に着き、前回の経験学習で、安直にタクシーを利用せず、観光案内所でバス便を聞き出し、地元民各位と極僅かの観光客に混じってバスに乗って、日牟禮八幡最寄りの大杉町バス停まで向かいました。

ここまでくれば、もう土地勘は付いているので、ガイドブック無しで日牟禮八幡界隈から八幡堀沿いの撮影スポットは自在に巡れます。

11時過ぎから12時半近くまで、汗をたらたら垂らしながら、あまり観光客の居ない堀端をとぼとぼ歩きながら写真を撮って行きます。

堀端やヴォーリーズ像の撮影まで終わったところで、お待ちかねのランチ、この日は「たねや」の日牟禮茶寮というところで、おばんざい付きおこわのセットを戴きましたが、とても豪華で寛いだキブンにさせてくれました、一人旅ってのも悪かぁないなぁ、と。

そして、「たねや」のお店で実家向けにリクエスト有った、水羊羹なんか発送して、旧商家街へ移動する途中、ふと橋の上から堀に目をやると、開店休業状態だった観光船にお客が乗って運行しているではないですか・・・ついここで一枚戴き(二枚目)

その後、暑い中、商家街、洋館街の撮影を敢行し、そのままバスに乗って駅まで移動、何故か妙に懐かしい近江八幡の街に別れを告げ、電車で長浜に向かいました。

長浜には20分強ほどで着きましたが、さて、何から撮るかが思案のしどころ。
実はこの街、撮影スポットが線路を隔てて東西に分かれており、恐らく、お茶する時間も考えたら、二箇所は体力的にもきついことになりそうだったので、今回は湖サイドのお城近辺はパスして、黒壁スクエアと古刹周辺に絞ることとしました。

そして、駅から黒壁スクエアに歩いて移動する途中、えらいオブジェを発見してしまいました。
そう、街撮りの二大オブジェと言われる、古い鋳鉄製手押しポンプと赤い鋳鉄製郵便ポストが仲良く並んでいるのです、しかもどちらも現役バリバリの稼動状態で☆

もうこれは撮るしかありません、今回持って行ったR-D1sとZeiss Ikonの2台で交互に撮り較べてしまいました。
今回アップのものはR-D1sによるものです(三枚目)

この晩は思いのほか撮影が順調に進んだこともあり、気が大きくなった小生は、地元で一番高いと思われる寿司屋兼業鰻屋で、握りは頼むわ、鰻重は頼むわ、その合間に主人の奢りの蛸の柔らか煮をつまみにライムハイを呑むわと大名行列状態のゴーヂャスな晩餐、帰りに店名をよくよく見てみれば、「大名」ってなお名前だったというオチ。

そして最終日、名古屋からの新幹線が6時前なので、時間はたっぷりあります。
そこで、外してはならないのが、やはりお城・・・彦根城に登らねばなりません。
首里城、ノイシュバンシュタイン城、江戸城、お菓子のお城と"城"と名のつくものはアリ以外全て大好きなマニアの小生が登らずに帰れよう筈もなく、猛暑もものかわ、朝からお城に向かいました。

すると、居ました、居ました、この暑い最中、汗をかきかき、お城に登る人々が・・・
その中で親子仲良く日傘なんか指しながら上品に登る方々が居られたので、一枚戴いた次第(四枚目)

無事お城にも登り、前回は時間切れで見物出来なかった庭園も隅から隅までずずずぃと見せて貰って、何故か、那覇の識名園に酷似している!という新たなナゾを抱えたまま、東海道本線、新幹線と乗り継ぎ、お江戸深川に戻ってきた次第です。

ま、しかし、初日を除き、殆どの行程がお天気に恵まれ、写真日和だったのが、何よりの撮影行でした。

さて、来週も小悪魔達の労作が目白押しです、乞うご期待。

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  1. 2009/08/16(日) 23:13:36|
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魔鬼煎餅~Cooke Kinetal25mmf2 mod.M~

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【撮影データ】 カメラ:R-D1s 絞り優先AE ISO400 +1/3補整 全コマ開放 ロケ地 浅草
愛読者の皆様はこの一週間いかがお過ごしだったでしょうか。
工房主も勤め先始まって以来の本社移転の恩恵で、16日まで永の夏休みです。
そうなると、毎日曜日の記事アップも忘れてしまいそうですが、そこはそれ、生活習慣の一部と化しているとの下馬評もこれあり、兼業法師サラリーマンの辛いところ、大地震が来ようと、記事のアップの段取りに入ってしまいます。

さて、今週は工房作品のご紹介ですが、このところ、色々拵えているので、どれにしようかと迷ったのですが、何せ加工が立て込んで、反対の試写の時間が取れないという本末転倒の週末が続いているので、有無をも言わさず、試写結果の有る物からのご紹介となりました。

で、具体的なモノは何かというと、タイトルは「悪魔のパンケーキ」と仰々しいですが、このちっちゃくて、薄っぺらい如何にも頼りなさげな外観のしょぼいレンズなのです。

しかし、この一見、トイカメラから外した安物レンズみたいな物体の奥の銘板に目を凝らすと、何と、英国が世界に誇るRank Tayler Hobbsonn社製の超高性能シネレンズ、"Cooke Kinetal25mmf2"の銀流しの文字が燦然と輝いていることに気が付きます。

え、何ぢゃこりゃ・・・と思われる向きも多いでしょう・・・ロシア語の表記の有るパンケーキ状のレンズ鏡銅に英国の超高性能シネレンズが入っている。

そう、これがまさに今回、当工房が突然の閃きで作り上げた、現時点での加工技術の最先端、第4世代改造プロトタイプの勇姿なのです。

ネタを明かすと、アリフレックスの細長いハウイジングの奥に固定された25mmの光学系では、ケラれてしまい、たとえそのまま改造したとしても、まさに煙突の中から虚空を覗くような画像しか得られないので、これを何とかせにゃ行かんわい・・・と思っていたところ、たまたま、Kinetal50mmのMマウント改造の依頼が入ったので、ヘリコイドを分解してグリスアップする際、たまたま、このレンズに共通する光学系の分解方法を発見してしまったのです。

そこで、防湿庫の肥しと化していた"開かず”の25mmを分解し、光学系ユニットを取り外し、何らかのヘリコイドと合体させようと思って、会社帰りに新宿を徘徊していたら、たまたま、ロシア製のチャイカのジュピターレンズ28mmf2.8のヂャンクが目に付いた次第。

最初はオリンパスペンFマウトの25mmの鏡胴にそっくり嵌め込むつもりだったのですが、安さと意外さに惹かれ即刻購入・・・しかし、これが加工に手間の掛かったこと。

チャイカは距離計連動では有りませんから、距離計連動メカも後付けで組み込まねばならないし、絞りも動くように加工しなければならないし、勿論、高精度の光学系ユニットの確実な固定も忘れてはならない・・・その他殆ど新たに作った箇所が多く、結局、マウント座面、外装、そしてヘリコイド以外は全部ヂュラルミンで削り出し加工して調整の上、組み付けたものです。

正直申し上げて、こんな改造、今までやったことなかったし、言わば、ジョークグッズに分類されてもおかしくないような企画・パッケージングなんで、初めは、写りには殆ど期待していなかったのですが、初テストを新宿西口写真修錬会という秘密結社の会合でR-D1sで一枚シャッターを切ったのですが、その結果を見て一同唖然・・・イメージサークル不足のため、周辺がブラックアウトするのはやむなしとして、中心部の画質が全キャプテンのKinetal50mmをも凌駕し、発色と立体感では現キャプテンのPlanar50mmf2、シャープネスでは軍団最強、S-Micro Nikkor50mmf3.5をも寄せ付けない Cine-Xenon50mmf2の伍号機にも肉薄する性能を示していたのですから・・・

それで、悪魔の宿るパンケーキというニックネームを進呈したワケです。

さて、前置きはさておき、早速作例行ってみます。

まず一枚目。
これは、夕暮れに辿り着いた浅草雷門前でたむろしていた外国人ツーリスト達とともにゴーヂャスな金メッキ金具も眩いばかりの巨大提灯を捉えた図です。
25mmという準超広角クラスでありながら、肌の質感、金具の質感、しかも裏側の水銀灯による照明にもフレアが殆ど認められません。

そして二枚目。
今度は仲見世通りを浅草寺方向に歩いていくと、また外国人ツーリストが倭国人の合間を縫って、なにやら込み入った話でもしながら歩いてきます。
これも珍しく後ろが開けていますので、立体感を強調するのにイイシャッターチャンスだったため、一枚戴き。
ここでも、肌、服地の質感描写は言うまでもなく、後方に向かってのなだらかなボケが狙った通りの立体的な描写を実現してくれました。

続いて三枚目。
仲見世を暫く歩いて、浅草寺の前まで来ると、だいたい左折します。
そう、そこには、シャッターチャンス満載の伝法院通りがあり、とりわけ、人力車の車夫各位が乗車のお客さんも乗らずに徒歩で眺めて回るお客さんも楽しめるように、最大限のパフォーマンスを披露してくれる場でもあるからです。
ここでは、かなり珍しいお嬢さんの車夫さんが、少年二名を乗せて、伝法院前の必ず停まる場所にやってきて、謂れなど説明し、しかるのち、少年らのカメラを預かり、車上の彼らの笑顔を収めるというパフォーマンスを行うのです。
その一部始終に立会い、一連のパフォーマンスを見せて戴きましたが、このお嬢さん、笑顔のプロやなぁ・・・今度、載せて貰おうかな、と思ってしまうような魅力の持ち主でした。
ここでもシャープさとクリアな描写については解説を加えるまでもないと思います。

それから四枚目。
伝法院通りを暫く西に進むと、六区映画街との境界に出ます。
ここの飲み屋街との付け根に当る界隈には、偉丈夫の車夫さん達が常駐しており、ここでも盛んに観光客を勧誘しています。
しかし、今回は夕方も遅く、一日のノルマは果たせたのでしょうか、仲間同士の歓談にうち興じ、観光客の勧誘は何処吹く風?ってカンジでした。
このカットでも車夫の筋骨隆々たる体躯から、人力車の素材の違いによる質感まで余すことなくレンズは伝えようとしています。

最後の五枚目。
もう陽も落ちて、そろそろ深川の塒に戻ろうと思って、また雷門前を通り過ぎようとすると、かなり盛大にライトアップしていて、例の金具も眩いばかりに光輝いていますし、その下を楽しそうに、また或る者は珍しそうに潜り抜けていきます。
こうなると、レンズの性能の限界を知りたくなるのも人情、金具のやや後ろに置きピンして格好のモデルがやってくるのを待ち、シャッターを切った一枚。
このカットでも服地のテクスチャとか、金属の質感、そして暗部のデテールの再現性、そういったものの描写が、最新のデジ一眼用に最適化されたレンズとはまた違った底知れぬ実力を見せてくれたのでした。

このレンズ、加工に苦労したという愛着感もしかり、描写の実力もしかり、スナップには当分離せない一本になりました。

明日から、コイツを持って西国へ旅立ちます。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/08/09(日) 22:15:39|
  2. Mマウント改造レンズ
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Challenger in Past Age ~Fujinon5cmf2L~

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【撮影データ】カメラ;R-D1S 絞り優先AE +1/3 ISO400 全コマ開放 ロケ地 丸の内~銀座
夏真っ盛り、この週末、海へ山へと繰り出された方も多いかもしれません。

ところが工房主人は、先般の撮影ツアーで傷めた腰が本調子でないのと、何よりも、午後のひと時、某ネット証券会社の人気アナリスト達が、マクロ世界経済の話から、株価の動向に関するオハナシをみっちり聞かせてくれるということだったので、行楽には出掛けず、土曜日は午前中、修理依頼品の分解点検なんかやって、お昼ご飯も抜きで日経ホールへ。

16時半になってイベントがお開きになると、聴衆は一斉にホールから退散、思い思いの方向へ散って行きました。

工房主は、たまたま、ホールに入る前に"メトロリンク丸の内"というタダバスが走っているのを目の当りにしてましたから、これ幸いとばかりにこのバスに飛び乗り、カバンに潜ませたR-D1sを点検します。

目的地は、丸の内、そう来週末に引っ越す、勤務先の新本社界隈がなかなかイイ感じだったので、金曜に下見して、週末、写真撮りに来る目論見だったのです。

今回のパートナーは、Fujinon5cmf2、しかも最後期型の新種ガラスをふんだんに使った、アンバーコートのメートル距離表示のモデルです。

余談ながら、昨日、浅草の某有名修理店に寄ったら、そこの常連でフジノン通の方がたまたま来ていて、このインフストップのノブの付いているモデルはなかなか希少だとか・・・

確かに今まで3回ほど買った中でこの個体の写りは飛び抜けており、今まで買ってはすぐ手放した共通の理由である、シャープでない、ハイライトがフレアっぽくなる、後ボケが見苦しいを全て一掃し、工房所有のレンズで激戦区である50mmf2クラスの中では、3タイプのズミクロンをも凌駕し、国産ではトプコールS5cmf2と双璧のシャープさ、クリアさ、コントラストの高さ、画面全体の均質性を誇り、後ボケではゾナータイプのニッコールf2のお株を奪い、シネ用を除いては、まさに最強の呼び名も高い宝玉です。

このレンズのことを少しおさらいしておくと、まず、構成は4群6枚のオーソドックスな変型Wガウス型です。
産まれは1958年に国産レンジファインダー機の老舗、レオタックスT2用として市場にリリースされたとのことで、奇しくも、附設秘宝館では最強のライバル、トプコールS5cmf2の絞り黒帯モデルと同じ産まれ年ということになります。

しかも、国産最強の呼び名も高い、関西製の宿縁のライバルもこの年の5月に産まれています。

こうなると、1958年はやはり国産のRF機用レンズの大当たり年だったと考えるより他はありません。
1953年のM3ショック以降、国産各社の血の滲むような努力が花開いた大輪の花たちだったのかも知れません。
時代はこの後、急速に一眼レフの世の中に移っていきます。

さて、前置きはこのくらいにして、作例を見ていきましょう。

まず一枚目。
これはタダバスを降りてすぐ、丸の内仲通りには、なかなか素敵なオブジェが路傍に配置されているのですが、ちょうどイイ案配に新型のBMWのRVタイプのやつも路駐していて、光加減も宜しい・・・
で、そこで創作意欲がムラムラ、今、絶賛公開中の"トランスフォーマー"のイメージで一枚撮ってみたもの。
左フェンダーの峰にピンをおきましたが、エナメルの如き、艶やかな塗膜の質感と前後のボケの心地良さが十分判るカットになったのではないかと思った次第。

続いて二枚目。
丸の内から少し歩くと、もう有楽町との境に位置する東京フォーラムの偉容を嫌が応にも目にすることになります。
建物自体には今だ色々な観点から賛否両論ありますが、少なくとも、都心で都民の憩いの場としては、あの金喰い虫の都庁ツインタワーよりは遥かに有益だとは思いますが、そのガラス張りの建物の回廊接続部分の写り込みを一枚撮影。
ガラスの質感、ガラス越しに見える逆竜骨のシルエット、余すことなく、このレンズは建物がそこかしこに隠し持つ、美の本能を暴き出します。

そして三枚目。
フォーラムを過ぎ、銀座へ抜ける際、いつもの撮影スポットであるガード下の作為的レトロ食堂の近傍で何カットか撮ったうちの一枚。
ここは、露出が大変難しく、AEで撮るより、むしろマニュアルで勘に任せてシャッター速度を思い切り遅めにセットした方が成功するケースが多いようです。
R-D1sの今回の采配はまぁまぁ及第点ってとこでしょうか。
ガードの向こうの眩いばかりの光の届かない、店頭のテーブル、椅子のシルエットも驚くほど忠実に写し撮っています。

それから四枚目。
銀座4丁目の交差点まで来て、信号が青に変わるのを待っていたら、突然背の高い車が横に着き、ふと振り返ると、なかなかお目にかからない、二階オープンエアのダブルデッカーバス・・・
たまたま写真を撮るにはベストポジションに立っていたので、ソニービルの看板を背景にハイ・チーズ。
ここでも、合焦部の金具、車体の赤塗装は極めてシャープ且つクリアに色も誇張せず忠実に描写し、バックの看板は、上品にぼかしてくれています。

最後の五枚目。
三越方面に向かって晴海通りを歩いていくと、路上カメラマンには公然の撮影スポットなのですが、和光の別館の歩道際にキューピッドと小便小僧を足して割ったような青銅製のオブジェが顔を覗かせています。
ここで、スナイパー宜しく、イイ背景の通行人が来るまで暫し気配を消し待ちうけ・・・ちょうど、一分も経たないうちに女の子連れの母親が通り、知らっとシャッター切ってお暇しようかと思ったら、なかなか敵もさるもの、当方の押し込められた殺気のようなものを感じてか、通りざまにカメラ目線、いやはや、気付かれていたとは・・・でもボケてかろうじて性別しか判明しませんねぇ。

さて、今回も久々にこのレンズをお供に連れ出し、街撮りを楽しみましたが、前々回のアモタル同様、買って直後は、レンズの良し悪しなど、さほど判らず、ただ偶然性の有る面白い写真が撮れたかどうかしか関心が無かったのですが、今こうして色々な観点から街撮りやってみると、実に素晴らしいレンズであることが改めて認識出来た次第。

この余勢を駆って、是非、ディフェンディングチャンピオンに挑み、国産最強の座を得させてあげたいとも思った次第。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/08/02(日) 22:11:33|
  2. 深川秘宝館
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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