深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Zurück Königin der Nacht~Carl Zeiss Cine-Sonnar50mmf1.5~

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【撮影データ】カメラ:Zeissikon ZM 絞り優先AE 全コマ開放 フィルム:Kodak Ektar100
回る月日は糸車と申しますか、早くも更新の日、日曜の夜がやって参りました。
今夜のご紹介は佐原総集編ということで、工房の秘密兵器、瀬戸内ツアーでも大活躍していた、独Carl Zeiss社の誇る、Arriflex用標準レンズBマウント期の最高峰、Cine-Sonnar50mmf1.5の登場です。

記憶の良い読者の方であれば、んんん、これって二度目ぢゃね!?という疑念を抱かれてしかりと思いますが、さにあらず、先般のエレメントにクラック入りのものは、Zeiss Opton製の戦後型で、こちらは、戦中型のZeiss Jena製のものです。

実は、工房では先のOpton製のものに加え、某有名中華ブロガーの方からのたっての依頼で一基Lマウント化しているため、今回のJena製個体は通算三号機となります。

このCine-Sonnar50mmf1.5も基本的には、レンジファインダー用のSonnarとレンズ構成は変わりなく、前から、凸1、凸凸凹1、凹凸凹1の3群7枚構成となっています。

そもそも、このSonnar50mmf1.5は同じくf2とともに1931年にC.Z社のベルテレ氏が特許を取得していて、その直後、1933頃にArnold&Richter社がArriflexをまずは軍用、一部報道用として実用化していますから、どちらも同じような時期に産まれた光学機器界の寵児だったのです。

そして、このSonnar50mmf1.5はまさにArriflex用交換レンズとしては、PLバヨネットが投入されるまで、つまり戦前、そして80年代初めまでは、戦後生まれのCooke Speedpanchro50mmf1.5spと並び、映画界最強のハイスピードレンズだったわけです。

第一線を退いた今も、この吸い込まれるような美しいエレメントはまさに「夜の女王」の面目を保っているのではないでしょうか。

では、早速、作例行ってみます。

まず、一枚目。
佐原祭りも最後の三日目、お茶をした一行は、最後の追い込みとばかりに小野川の下流、与倉屋の大土蔵近傍を決戦地と決め、悲壮な決意で出撃し、遥か彼方に牧歌的なお囃子を奏で、手古舞社中兼、綱引き人夫の一行を侍らせ山車がやってきました。
その水面に写る勇姿を一枚戴きました。
日は傾き始めましたが、冷たくなってきた水面に写る山車と一行の姿はとても美しく捉えられていると思います。

そして二枚目。
その山車一行が布陣地までやって来たところ、我々部隊は、タコツボから飛び出し、ゲリラ攻撃的にスナップをしかけます。
その中で、an・an、non・noみたいなファッション雑誌の読みすぎぢゃね?ってカンジのポーズを決めまくり、虚ろな目線を宙空に彷徨わせる小姐を狙撃。
と思いきや、シャター落す瞬間に、敵もさるもの、大口開けて絶叫する別の小姐の、画面内へのバンザイ突撃で、あえなく玉砕してしまったのであります。

それから三枚目。
ご本尊様であらせられるカエル印の移動要塞こと、小野道風山車は休憩もしくは補給のため、暫し、進軍を休止しています。
ここで、また我々は果敢に奇襲を掛けます。
ちょっとイイ男ぶった男衆が無謀にも小野川の手すりに腰掛け、小姐戦闘員と暫し歓談に耽っています。
手すりの向こうは冷たい水面がおいでおいでをして待っているというのに、なんと命知らずな男衆なのでしょうか・・・
でも、そんな杞憂ばりの妄想を持って、このシーンを撮っていたのは我々くらいで、客観的に見れば、すがすがしい青春の1コマにしか見えないのでありましょう。
合焦部はシャープでクリアですが、後ボケはちょっとだらしなく崩れてしまっています。

まだまだの四枚目。
今度は180度目を転じて見ると、非戦闘員である筈の年端もいかない小々姐が武具の手入れと戦陣訓の復誦かなんかをやってます・・・んなワケないか。
休憩中の小々姐達の粋な姿が、小野川沿いの土手の緑もバックに映えていますので、一枚戴き。
ここでは、見事お約束どおり、背景の草がぐるんぐるんに渦巻いています。

最後の五枚目。
移動要塞を遥か後方に望み、カエル軍達一向に進軍の気配がありません。
そこで、この軍律の緩さにつけこみ、果敢にスナップ攻撃をしかけるのですが、いたいた、まだ中学生くらいなのに、驚くようなリーダーシップを発揮してしまうような小姐が・・・
たぶん、或る小姐が「自分はもうダメであります、進軍の足手纏いにならぬよう、この場に捨て置いて下さい、身はこの場に朽ち果てようとも、護国の鬼と化して、皇軍の必勝を祈念致しますから・・・」とか殊勝なことを述べたので、「精神注入棒が必要なようだな、ちょっとこっち来い!」と手を引き連行していくようでした・・・んなわけないか。。。


ってなことで、手にするものをすべて従軍カメラマンキブンにしてしまうかの如き魔力を持ったレンズと半日過ごしたのでした。

めでたし、めでたし。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/10/25(日) 22:39:18|
  2. Mマウント改造レンズ
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【CM】またしても写真展やります♪

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愛読者各位
いままで黙っててごめんなさい。
遂にこの場を借りてご報告することになりました・・・40オトコの結婚会見!ぢゃなくて、
秘密結社"新宿西口写真修錬会"の第三回写真展です。
勿論、お代は見てのお帰り・・・ぢゃなく、このご時世、太っ腹なことにタダ!!!
御用とお急ぎでない方は、八丁堀まで来て、是非見てって!!
ここで発表していない、シネレンズ改造ライカマウントで撮った、ド迫力の半紙以上のプリントがギャラリー狭しと貼り散らかされてますんで(汗)

テーマ:いろんな写真 - ジャンル:写真

  1. 2009/10/24(土) 20:38:45|
  2. Arri改造レンズ群
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連休特番~佐原秋祭り~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE、レンズ:1&2枚目 Cine-Heligon50mmf2、2~6枚目 Ektar40mmf1.6、全コマ開放
さて、また日曜の晩がやって来て、深川精密工房ブログも更新です。
今回は、出番から言えば、工房附設秘宝館からのコレクションのご紹介としたかったのですが、某所で「深川のブログは出し惜しみしてて、更新の記事が古い云々」とのお叱りを受けましたので、別に速報性が命みたいな報道サイトぢゃなし、気にすることもないのですが、ま、こういうシーンもあったのですよぉ~~~(笑)ってカンジでご紹介するのもまた一興ってことで、今宵のテーマは今月10~11日に新宿西口写真修練会有志、並びに写真業界の大御所Iさんと出かけた佐原祭りの各シーンです。

まず、初めに機材の確認ですが、来月上旬にシネレンズで撮った作品だけの写真展を仲間内でやるので、そのレギュレーションに合致させるため、今回のお供も、琵琶湖東岸、瀬戸内ツアーの過去2回の撮影旅行同様、シネレンズのみをお供にしました。

今回の陣容は、R-D1sとZeiss Ikon ZMの2台のボディに、レンズが32mm、40mm、そして50mmが2本です。

そのうち、今回はR-D1sで撮影した2本、即ち、Rodenstock Cine-Heligon50mmf2と、Kodak Cine-Ektar40mmf1.6の作例からのご紹介です。

では、早速作例のほう、行ってみましょう。

まず、一枚目。
これは、佐原駅北口にバスが着き、先に到着していた仲間を捜し当て、その案内でお祭り広場みたいになっていた、駅近所で、いきなり、総州が産んだ歴史上の最有名ヒロイン、お富さんのカッコを地でいっている小姐が居たので、後ろからそぉっと近づき、一枚戴き。
横の母親は苦笑しながら、ほらみっともないカッコしてるから、写真なんか撮られちゃったぢゃないの・・・と子供を揶揄するのみ。いいえ、結構です、正面向いた、すまし顔なんか興味ありませんからということで早々に離脱。
四種類の赤の描き分けにご注目あれ。

そして二枚目。
他の仲間と合流するため、いつものルートとは異なる、駅から最短で上流向かうルートで歩き、川沿いの道に出ると、居ました、居ました、藍染の法被の小姐が・・・
川沿いの風情有る景色の中を颯爽と並んで歩く後姿を一枚戴き。
さすが最優秀オーピック型のひとつだけあって、一番渦巻き易い背景の柳の枝葉もまるで午後の凪の如く静まり返っています。

それから三枚目。
やっとのことで、同行の仲間全員と合流して、暗黒蕎麦を食し、午後の散歩も兼ねて、また撮り歩きながら、小野川の下流、与倉屋の大土蔵方面を目指します。
この時点で、レンズはR-D1sで最後まで使うCine-Ektar40mmf1.6に交代。

すると、この街と深川を結ぶ、江戸末期の偉人、伊能忠敬記念館を過ぎて暫く行ったあたりで、当日、何回か目にしたお囃子船が川をまた遡ってくるではありませんか。

上流では、俄かカメ爺、カメ兄達の厚いピケラインに阻まれ、良好な撮影ポジションが取れなかったのですが、ここでは、全然、阻むものなし、かなり自在なアングルで船を捉えることが出来ました。

このレンズもやはりオーピック型の優等生なので、ヘリゴンにも決してひけをとらない優れた描写を見せてくれます。
ただ、元が16mmフォーマットのシネなので、R-D1sのAPS-Cでも距離によってはケラレが出ます。

続いて四枚目。
撮って、歩いて、伊能家の子孫達がやっているという茶店でお茶なんかしているうちに日は暮れ、いよいよ、お楽しみの夜祭りステージに入ります。

7時半近くに大御所Iさんが合流し、メシ食ってから夜祭り撮ろうという流れになるのは目に見えていますから、その前に軽く肩慣らしで、夜店なんか冷やかすフリして何枚か戴き。

そのうちの一枚がこの粋でいなせな捻り鉢巻の小姐のお買物図。
これはこれで日帰りの去年は撮れなかった成果で満足出来ました。

まだまだの五枚目。
このお祭りでは11基の山車が街狭しと練り歩くのですが、それぞれの飾り付け、ライティングにも工夫が合って、軽快なお囃子を演奏しながら夜の街を照らしていくのです。

その中で、至近距離を通り過ぎようとした山車を見ていたら、偶然、演者の一名と目が合い、礼儀としてすぐ視線をそらしましたが、どうやら、先方は「オマエ、カメラ持ってるだろ、このシーン良いから撮っとけ!!」と目配せしてくるようです。

で、意を決して撮ったのが、この真っ赤っかな、おぃちゃんの写真・・・ストロボ持ってけば良かったぁ・・・ってとこでしょうが。これはこれで見た目に近いので良しとしました。

最後の六枚目。
翌日は朝9時に宿出て、大御所引率のもと、一行はお祭り激写モードで緊張感一杯にお祭り地帯に突入です。

途中昼飯をはさみ、某著名ブロガー?T氏が途中退場し、暫くしてから、途中参加のG氏が2眼レフ他珍妙な撮影機材満載で合流しました。

ここで総勢4名となった一行はまたキブンも一新し、夕暮れまで撮り歩いたのですが、何と、去年は無かった趣向で、観光名所のひとつ、与倉屋の大土蔵前まで、カエル付きの山車が出張してきたのです。
もちろん、手古舞社中も一緒ですから、賑やかなこと、華やかなこと、この上有りません。一行は喜び勇んでシャッターを切りまくったのでありました。

めでたしめでたし。
  1. 2009/10/18(日) 23:22:42|
  2. Arri改造レンズ群
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An Extra-Terrestrial Lens ~ Astro Berlin Gauss-Tacher 32mmf2 mod. M~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO160 絞り優先AE 露出 +1/3 全コマ開放
今週も、ややマンネリ化の感、なきにしもあらずですが、瀬戸内の旅から行きます。
まず、ロケーションですが、先週ご紹介した、今、一番ホットな景勝地?鞆の浦のすぐ目の前に浮かぶ、仙酔島という無人島です。

ここは無人島とは言いながら、本土側の鞆の浦にも負けない大きな観光ホテルがあったり、国民宿舎があったり、ホテルの名前が「人生感の変わる宿」とか、???の拭い切れない不思議な島です。

で、今回の旅のお供、隠し玉第二弾は、独Astro Belrin社製の超稀少シネレンズ、Gauss-Tacher32mmf2を深川でMマウントに改造したものです。

旅写真しか興味の無い方々には、退屈以外の何物でもないでしょうが、恒例のレンズのご紹介をひとくさり・・・

このGauss-Tacherという名のレンズ、戦後、AstroBerlin社が、Pan-Tacherと共に売り出したシリーズで、開放値は全てf2で、15mmから250mmまでの16の焦点距離の製品をラインナップしています。
では、発売年はといえば、手許の資料では、1963年のAstro社のカタログには既にPantacher共々、全焦点距離の構成図と諸元表が付いていますから、その前後と考えて良さそうです。

そして、このGauss-Tacherとは、その名の示す如く、構成は前後完全対照型の綺麗な4群6枚のWガウス型(正しくはOpic派生型?)となっています。

このレンズは元々、おなじみのArri用か、Cameflex用にパッケージングされ、世に産まれ出たらしいのですが、ドイツの売主を旅立ち、深川にやってくる時には、裸同然の光学ユニットと絞りの後付け真鍮リングだけの状態でした。

しかも、可哀相なことに写りに一番影響する絞りの後ろの→】に油か何かの染みとうっすらとした曇りがあったので、信頼している、川崎の救急病院へ入院させました。

二ヶ月の療養の甲斐有って、再び手許に戻って来た時には、見違えるくらい軽々とした透明感有るエレメントに甦っていました。

これだけ綺麗に仕上げて戴いた以上、ただ良く写るだけでなく、オリジナリティ、操作性も考えて、優れた改造しなければ申し訳が立ちません。

そこで、考えたのが、先に製造した"Devil's Pancake"の実装・計測技術、深川で言う、第四世代改造技術の応用です。

今回は丸々ハウジングが無い状態で、古いArriのレンズから取り出して新たなハウジングを与えた前回改造とは違い、実装状態が判らなかったため、光学ユニット固定で余計な応力が掛からないよう、材質、厚みまで丹念にチェックの上、新たなヘリコイド、マウントを備えたハウジングに移植するため、高張力真鍮のインゴットから固定用フレームを削り出し、ヘリコイド連結用のジュラルミンの補強リングも厚肉シームレスから切削でワンオフ加工です。

固定もかなり骨が折れましたが、それ以上に大変だったのが、傾斜カム加工です。

32mmの光学系に50mmのヘリコイドプロファイルを組み合わせていますので、かなり急峻度の高い傾斜カムを切らねばなりませんでした。

これは、工作機械で荒切削したあと、精密ダイアモンドラッパーで手削りしてプロファイルを造り出しました。

と、いつもの苦労話じみた前置きが長くなってしまいましたが、作例の紹介いきます。


まず、一枚目。
鞆の浦の目の前に浮かぶ仙酔島に渡るには、渡し舟を使うか、命がけで泳いで亘るか、善良な漁民の船をハイジャックするしかありませんが、一番手っ取り早くて安全な、市営? の渡し船を利用しました。一時間に何往復か出ていて、5分そこそこで着いてしまいます。
まず波止場についたところで、親子水入らずで、時より打ち寄せる高波をもろに浴びながらも狡猾な魚達にえさを与えるような、全然釣果無しの釣り人がイイ案配に夕陽を浴びて立っていたので一枚。
子供の青紫のシャツにピント置きましたが、皺までくっきり捉えています。後ボケも暴れてません。

そして二枚目。
波止場から、ホテルやら国民宿舎やらが密集する広い砂浜へ続く細道を抜けると一面に瀬戸内の海が広がります。
さすが、「人生感の変わる宿」に来たお客様各位、夕陽に映える浜辺を彷徨い、何か思うところがあったのでしょうか、倦怠感の漂う画となってしまいました。

それから三枚目。
砂浜の上の方、国民宿舎方面に目を転じると、この閑静で侘び、寂という言葉が似合いそうな"無人島"の砂浜に、カリフォルニアあたりの砂浜で二の腕に刺青でも入れたマッチョマンが、若き日のファラ フォーセット メジャーズみたいなブロンドの小姐でも誘って「無人島でも行って、愛を語らい合おうぜ☆」などと臭いセリフ述べながら波打ち際までダァァァとか押して行きそうな、センスない配色のボートが放置してありました。でも、夕陽のオレンジには妙に映えていたからこれまた不思議です。
ここでは、FRP製のボートの質感がなかなか良く捉えられているのではないかと思いました。

続いて四枚目。
砂浜を渡りきると、島の周囲を巡る通路が有るようなので、そちらに歩いていきました。
通路に繋がる小高い場所に上がると、砂浜の全景が手に取るように見えます。
よほど歩きづらいのか、或いは前世・今世・来世まで誓い合った仲なのか、全く同じ足の上げ下げでこちらに向かってくる、一種異様なカップルさんが居たので、証拠写真を一枚・・・てなワケでもないですが、夕陽の砂浜の情景図です。
踏み荒らされた砂浜のパターン、カップルの前方に伸びる影の捉え方が素晴らしいと思いました。

最後の五枚目。
結構きつい登り道、細い通路を通り、また波に洗われる岸壁を這う小径に出たのですが、暫く行くと、な、何と通路の崩落により、この先行き止まり・・・
ただの通行人にも等しい旅がらすの小生はまだイイですが、「人生感を変える」ためにここに逗留しに来た人々はどうするのでしょうか??? 閉塞感に打ちひしがれるか?或いは、「この先行き止まり」の看板をもっと手前に出しておいてくれなかった行政を怨むのか???
さぁ、戻る途中、また登ってきたお客さんに、この偏屈な工房主人は「行き止まりですよ~~~」と、教えてあげたのでしょうか・・・
いずれにせよ、近景から無限遠まで破綻なく描写しています。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/10/12(月) 23:04:51|
  2. Mマウント改造レンズ
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Silver Week 特選~シネレンズで鞆の浦を撮る~

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【撮影データ】カメラ:Zeiss Ikon ZM レンズ:Cooke Kinetal50mmf1.8改 mod. M by F.G.W.G.
全コマ開放、絞り優先AE 露出補整+/-0、 フィルム Kodak Ektar100

さて、今宵のご紹介は、先に某友誼電站にて取り上げて戴いたので、こちらでも素通りしてしまう訳にはいかず、「鞆の浦」の写真は11月の写真展でどうぞ♪としたかったところ、ほんの予告編のご紹介です。

もう既に新聞・TV等メディアでも取り上げられていますので、ご存知の方々多いと思いますが、この日本屈指の景観を誇る、広島県福山市鞆の浦では、港の一部を埋め立て、その地区を挟んで湾を跨ぐ海上架橋をするかしないか、で地元が二分して議論が沸騰し、遂に反対派が、県・市に対し、国が開発申請を受理しないよう、開発の差し止めを求めた裁判を起こしていたのです。

確かに、小生滞在中にも、狭い街中の道路で離合が上手く出来ず、路地のような通りに他府県ナンバーの車が数珠繋ぎになって小渋滞を起こしたり、片や、警察が何台もミニパトを繰り出し
拡声器で堤防沿いの道路脇への違法駐車を止めるよう勧告しても一向に移動する気配なく、それどころか、警察が空けていった場所にミニパトが通り過ぎ次第、また別の車が違法駐車を繰り返すという、通りすがりに見ていても、腹立たしい状況すら目の当たりにしました。

そもそも、このように道路、駐車場インフラが非常にプアだと分かりきっているところに自家用車で殺到し、ましてや迷路のように狭い道が入り組み、旧家の軒先が道路ぎりぎりまでせり出しているような江戸時代から変わっていない古い町並みの中まで車を乗り入れようとするのか???

自ら運転する自分でも、彼らの思考は全く理解出来ませんでした。
こういうケースは、自分ならば、街へのアプローチは100%公共交通機関を使います。
ましてや、猫の額ほどの狭い鞆の浦の町の隅々まで見て歩くなら、徒歩で十分ですし、体力的に自信がないのであれば、自転車でも良いのではないかと思います。

今回の港湾埋め立て+架橋の工事は、要は福山市外からの車でのアクセサビリティを改善し、この過疎が進んだ鞆の街に活気を取り戻そうというような趣旨でした。

果たしてそうなるのか?
個人的には、答えはノーであろうと、申し上げざるを得ません。

確かに交通の便が悪いと定住人口が減る、しかも若年から流出していってしまうという現象は否定出来ません。

例えば、小生が年一回は訪問する奈良県奥地の天川村、ここも、一番最寄りの近鉄吉野線の下市口駅から一日2往復のバスで片道1時間近くかけなければ、村に辿り着くことは出来ず、村にはコンビニもなければ、高校すら有りません。

しかし、村に残ったお年寄り達は、この先祖伝来受け継がれてきた誇り高い歴史の十字路でもある村を捨てようとはしませんし、都会から隔絶されたロハスな生き方に魅せられて、引っ越してくる世帯も有るようでした。

翻って、この鞆の浦はどうかといえば、最寄りの大都会の福山とは、一時間に4本出ているバスで30分少々で結ばれていますし、そのまま新幹線に乗れば、半日もしないで東京へも出られます。

かくして、今回の裁判、広島地裁の判断は小生の私見と同じく、埋め立て+架橋を前提とした開発はノー、というものでした。

しかし、これは、開発推進派の「利便性」の意見を反対派の「景観保全」が押し切って、このままのプアな道路他社会インフラのまま、みんなでガマンしなさい、ということではなく、もう一回、双方が頭を冷やして、将来への影響を最小限にすることに知恵を出し合い、生活の改善をどうすべきか話し合いなさい、という趣旨と捉えています。

と、かなりシリアスでヘビーな前置きとなってしまいましたが、今回の作例のご紹介行きます。
今回は、今までデジタルでしか撮影したことのない、Cooke Kinetalと、今が旬の新鋭フィルム、Kodak Ektar100の組み合わせです。


まず一枚目。
これは、「鞆港」バス停の目の前で青空市場のように野菜・果物を商っていた近隣の農民の中年女性のところに、外国人ツーリストの男女のうち、男性の方が、何故かリンゴが欲しくなったらしく、買い求めたところを捉えた一枚です。よりによって、この悪ノリ外国人、小生がシャッターを切った後
ニカッと笑い、ピースなんかしたので、完全にシャッターチャンスから外れた一枚となってしまいました。
エクターにしては渋めの発色ですが、登場人物二名の衣服は妙に鮮やかにシャープに捕らえています。ボケはかなり崩れ気味です。

そして二枚目。
バス停から、名物の常夜灯まで辿り着くには、商家の軒先を縫う、狭い路地を通り抜けなければなりません。
その路地を一本抜けたところに在る、酒屋の軒先の本物の瓦の「ともえ」の質感に惹かれ、一枚戴き。上がった後、う~ん、下のいけばなに合わせた方が良かったかなと思うことしきり。
木塀の路地がイイ案配にボケて、気だるい午後の雰囲気を演出しています。

続いて三枚目。
お目当ての常夜灯の在る埠頭への小径には何軒かの「保命酒」のお店があります。
この「保命酒」というのは、知名度では、全国区メジャー制覇の「養命酒」や「陶々酒」には敵いませんが、ここ福山の地で1650年代に大阪出身の医師が製造を開始したとのことで、ペリーの饗応に供されたり、幕府への献上品だったりとかで、かなり歴史有るお酒で、この街の人達の誇りとなっているようです。
で、この時代ものの木の看板の雄姿を一枚戴いたわけです。バックの木の看板その他はやや二線ボケ傾向となってしまいました。

まだまだの四枚目。
バス停から、シャッター切りながら、道草して歩くこと20分、やっと名物の常夜灯に再会出来ました。
何でも、この常夜灯と、石組みがコロッセオの段々のように積んである雁木造りの港は、世界でももう、ここでしか残っておらず、それがこの貴重さのひとつとのこと。
そんな能書きはさておいても、何かこの風景を見ていると、心が静まります。
この後ろに見えている島の前に橋が架けられるところだったのです。

それから五枚目。
常夜灯の健在ぶりを見て安心したので、市内のあまり歩かなかったあたりを徘徊してみました。
すると、前回見落とした、面白い景色が有るわ、有るわ・・・床屋だか髪結いだかを改造したカフェなんかが想定外の裏通りの角なんかにあったりして、徒歩で回ると飽きることを感じません・・・なんで、皆クルマで来たがるのか???

最後の六枚目。
裏道を暫く歩くと、街でも大手の「保命酒」の蔵元兼、即売所の開かれている通りに出ました。
土蔵造りの建物と張り出した軒先、そして石畳がイイ風情を醸し出しています。
実は、同じカットを別のレンズを付けたR-D1sでも撮っており、そちらには、ま、美小姐と、言えなくもない被写体の後姿が写りこんではいるのですが、この時代がかった醒めた通りの色調が、あまりにも鮮やかで賑やかに写ってしまったので、NG、こちらを採用した次第です。

今回の総括としては、海外旅行も、国内の温泉とか、もっと派手な観光地に家族や仲間と繰り出すのも、有効で意義有る連続休暇の過ごし方かも知れませんが、このように、一人、お気に入りの機材をカバンに詰めて、不案内な古い港町を彷徨うのも、とてもかけがえのない楽しい時間を過ごせたということでした。

テーマ:スナップ写真 - ジャンル:写真

  1. 2009/10/04(日) 21:19:42|
  2. Mマウント改造レンズ
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プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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