深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Um paraíso no Mar da China Oriental vol.2

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【撮影データ】カメラ:LeicaM8 ISO AUTO レンズ:1~3枚目;CineーXenon28mmf2.8,4~6枚目;GeussTachar32mmf2 全コマ開放
さて、早くも月日は巡り、日曜の晩がやって参りました。
今週も予告通り、先週に引き続き、石垣島ツアーからの作例のご紹介です。

何せ、初の石垣島訪問は、一日目の想定外の延着により実際撮影に使える時間は中2日しかありませんから、寸暇を惜しんで出歩かねばなりません。

それで、2日目は朝9時半から半日かけて観光バスで島内の主要観光スポットを効率良く巡り、しかも街からは離れている上、団体でないとなかなか入れない名物レストランでのランチも付いているという、極めて美味しいツアーにもぐり込むこととしました。

では、ツアーの道順を追って、作例を見て行きましょう。

まず一枚目。
バスは定刻9時半に離島桟橋から程近いバスターミナルから出発し、まずは一番初めの目的地、「唐人墓」を目指します。
「唐人墓」とは、1852年に中国から米国に「苦力」を運ぶ船が船長以下船員の虐待により苦力達の暴動が起き、石垣島に漂着した船から下りた苦力達が通報を受けた米英の追っ手達に迫害されたり、琉球の収容所の衛生状態が悪かったため、128名がこの地で命を落としたことに対し、追悼の目的で1971年に建てられたものです。

この南国の太陽を受けて燦然と煌く色鮮やかな陶製の伝説的生物、英雄、神々等のオブジェが、訪れた者全てに、緩やかに過ぎ行く時間の奥底に秘められた悲しい歴史を物語るのです。

そして二枚目。
唐人墓を後にしたバスは、島の西部を北上し、一路、石垣島の景勝地No.1とも称される川平湾を目指します。
30分もしないうちに目的地に着き、一同はバスを降りました。

今回のバスツアーのコンテンツには含まれていませんが、オプション扱いで川平湾内をグラスボートなる、船底の一部に透明なアクリル板をはめ込んだ小船で巡るツアーがあり、通常の1000円に対し、800円と優待料金で参加出来ることもあり、申し込みしました。

そして40分ほどキレイな浅瀬を巡って、再び砂浜に設けた仮桟橋に戻り、一行は見晴らし台に向かいます。

その小径を辿りながら振り返ってみれば、美しい川平湾の全景が見えました。

そこで撮ったうちの一枚がこのカット。

南国の海特有の透明な海に透けて見える白い砂、青い空、とても春まだき日本の3月の風景とは思えませんでした。

それから三枚目。
川平湾での舟遊びを終え、少し早いランチを取る為、バスは更に北上します。
目的地は、「ポ-ザーおばさんの食卓」というレストランで、やまとことばに約すと「包丁おばさんの食卓」となるとのこと。

「包丁おばさん」とはこの物騒なご時世、穏当ではない肩書きですが、ウチナーグチでは何とも牧歌的に響くから不思議なものです。

海に向かったテラスで何とも趣向を凝らしたランチを戴き、かなり満足度が高い立寄先でした。

そして、海に向かってランチを食べながら、やはり気になっていたのが、テラスの下に咲き乱れるハイビスカスの花。

ランチを食べ終わるや否や、テラスの下に下りる道を探し出し、無限遠となる海岸をバックにたおやかなハイビスカスの姿を一枚戴き。

海の穏やかな姿と可憐なハイビスカスの対比がとても気に入った構図となりました。

続いて四枚目。
バスでの島巡りは14時にバスターミナルに戻り、すっかり仲良くなったガイドのおじさんともお別れです。

しかし、昼の時間お長い南国、14時からもまだまだ時間があり、やるべきことは沢山あります。

そこで、目の前の離島桟橋から、翌日、海開きイベントに行く予定の竹富島へ渡ります。

船に乗るといっても、たったの10分、あっという間に島へ着きます、

港には、さまざまな観光ツアーの勧誘があり、その中で前から興味があった、水牛車での集落巡りに参加することにしました。

水牛が12人乗りだかのワゴンを曳いて集落の中心部を周るのですが、何せ、「牛歩」という日本語もあるくらいですから、遅いこと遅いこと・・・歩けば10分も掛からない距離をゆっくり40分近くかけてのご案内です。

しかし、ゆっくり周ってくれたおかげで、撮影出来そうな主要スポットはだいたい判ったので、水牛車で廻り終えた後、今度は夕方の船便までの間、自分の足で歩き廻り、赤瓦と石垣積みの家々を撮りました。

そののんびりとした集落の様子を捉えた一枚がこのカットです。

まだまだの五枚目。
先ほど乗った業者とは別ですが、集落の写真を撮っていたら、ちょうど、横の道から水牛車がやってきました。
程好い距離まで引き付けてシャッターを切ったのがこの一枚。

白い砂の道と黒い珊瑚石灰岩の石垣の道を一歩一歩重いワゴンを曳いて水牛が歩む様は何とものどかなことこの上ありません。

最後の六枚目。
あてもなく、集落の中をカメラ提げて徘徊していたら、偶然、「安里屋」という伝説の美女が産まれた家の前までやってきました。
この「安里屋」が沖縄で有名な歌舞音曲の「」安里屋ユンタの題材になったというらしいですが、今はもう何とものどかな、この島の風景の一部です。

さて、来週は、いよいよ、今回の石垣島ツアーのハイライト、八重山の海開きイベントからご紹介致します。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/03/28(日) 23:32:14|
  2. 旅写真
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CMです~写真展のご案内~

写真展案内
会場地図
弊工房ブログ愛読者の皆さん
半年に亘る雌伏の時を経て、まさに「新宿西口写真修錬会リローデッド」のコンセプト(タイトルぢゃないんですが・・・汗)にて、今年もまた春期写真展を愉快な仲間達?と開催する運びとなりました。

前回は、オールシネレンズで以て、ちょいとマニアックに走った感アリの写真展で、また会場もかなり通好みの八丁堀の裏通りだったので、行ってみようと思っても、なかなかねぇ・・・とか、道に迷って会場に辿り着けなかったわよ!とか、結果として、お客様もまた、艱難辛苦をものともせずにやって来られたディープな方々が集うといった写真展となってしまったという反省を込め、総勢9名の競作スタイルで、それぞれご自慢の機材、テーマに対する答え(要は笑点の大喜利みたいなもんと思って頂いて結構です)で緩~い写真展やります。

でも、結果的には、もっと濃~い内容になっちゃっている可能性無きにしも有らずなので、そん時はどうか平にご容赦を・・・

最後に、表記の案内に一点だけ訂正点がありまして、第二会場の方が4月28日(水)オープンとなっていますが、正しくは、4月27日(火)からです。

ご用とお急ぎでない方々は入場料無料につき、ぜひともご来場下さい、請千客万来。

テーマ:街の風景 - ジャンル:写真

  1. 2010/03/23(火) 15:11:36|
  2. CMタイム
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Um paraíso no Mar da China Oriental vol.1

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【撮影データ】カメラ:Leica M8 レンズ:Leitz Elmarit21mmf2.8 ISO Auto 全コマ開放
さて、楽しい三連休もあっという間に終わり、また明日から慌しい一週間が始まろうとしています。
この有閑工房主は金曜から南の楽園、先島諸島の主島、石垣島へとカメラ2台、レンズ6本をお供に一人、撮影旅行に出かけて参りました。

今まで沖縄本島は数え切れないほど行っていますが、石垣島は初めての訪問となります。

何とならば、パック旅行で那覇までは安く取れても、そこから先、オプションで自分で那覇<=>石垣の往復航空券を買おうものなら、パックの料金とほぼ同額が掛かってしまうからでした。

しかし、今回はたまたま運良く、石垣島へ行くチャンスが有ったので、ここぞとばかりに普段なら絶対に撮影旅行になど持ち出さないM8をデジとし、ツァイスイコンZMを銀塩として、レンズも極力双方で互換性を持つものをセレクトして万全の体制で臨んだのでした。

出発は19日の朝8時半という驚異的に早い那覇行きの便で、普段なら一分でも長く寝ていたいぐうたら工房主も、ここぞとばかりに張り切り、何と1時間近く前に羽田入りするという気合いの入りよう。

行きの飛行機はその甲斐も有って、順調に那覇に着いたのですが、ここから先がいけなかった・・・

東京からの便は時間通りに到着しましたが、石垣からの機材延着で、出発が結局20分近く遅れたのです。

それでも、今回は全旅程窓際の席をキープしてあったので、窓から、吸い込まれそうな沖縄の青い海と、時折姿を覗かせる島嶼部周辺の珊瑚礁などを眺めているうちに、機は石垣島に近づき、空港を前に着陸態勢に入ったのですが、20分以上、空港周辺海域を周回し続け、降りる気配が無い・・・そうこうするうちに機内アナウンス、主翼の着陸関連の装置に故障発見したので、宮古島に緊急着陸するか、このまま降りるか機長が判断するので、5分待て、と。

約定の5分は過ぎ、10分も経とうとする頃、機長からのアナウンス・・・機は大事を取って、那覇空港に引き返します。後のことは地上職員が対応します、以上!と。

機内は騒然としましたが、特に強硬クレームつけてくる輩もおらず、機はまた50分近くかけ、那覇に引き返したのでありました。

到着して、一旦、セキュリティエリアを出て、航空会社のカウンターに向かうと、ほぼ一番乗りに近いポジションで受付できたので、15分後に飛ぶ、JTAの便に振り替えが効くと言います。

ホントなら、ここで3時間以上ロスした分を帰りの便を遅らせるかして埋め合わせして貰いたかったところやまやまなのですが、ここでゴネて振り替え便を逃すと元も子も無いので、渋々、大人しくJTAの登場口に向かい、再度、石垣を目指したのでした。

ここで、おかしな現象が起こったのですが、セキュリティのX線透視装置に荷物を通した時、何故か、カメラとレンズのみ入れた小型のバッグだけ、中身を取り出してX線にもう1回かけさせて欲しいと強硬に頼まれ、仕方なくそれに応じたのですが、どうやら、M8がカメラのカッコをしていながら電子機器の塊で検査員が不審に思ったのと、ちょっとガラスが黄色がかっている某シネレンズがX線検査でヘンな蛍光を発したからのようでした。

そうこうして、やっと石垣空港に着き、ここからが今回の旅の始まり始まりです。

まず一枚目。
本来であれば、13時半前には石垣空港に着陸し、2時前には市内徒歩圏での街撮りを開始していた筈なのですが、到着した時点で既に4時を回っており、ホテルにチェックインしたら、日没まで寸暇を惜しんで撮りまくらねばなりません。

地図もそこそこに気の向くままに歩き、これは!と思った建物などを撮りました。

これは、ホテルから北に向かって歩いていたら、たまたま、漆喰塗りの白い壁と入口に植えてある赤い花々のコントラストがキレイだった商家の風景を一枚戴いたものです。

RGBと純白が画面内に程好く配置されており、21mmの広角も目で見たままを誇張無く画面に纏めています。

そして二枚目。
更に北に向かって歩いていくと、大きな時代がかった木造住宅が目に留まりました。
本島の那覇ならいざ知らず、台風銀座で降雨量も並外れて多い石垣で、このような昭和期の本土のような建物が残っているのが珍しくて、21mmの画角を利用して画面一杯に納めた一枚、M8のフレームで当てずっぽで撮ったにしては良く収まったと思います。

それから三枚目。
あてどないカメラ散歩とは申しましたが、やはり気になる目標というものは有るもので、「宮良殿内」という国の重要文化財に指定されている、島役人で士族の屋敷を見ておきたいと思い、道に半分迷うのも楽しみながら、日没までに余裕を残して到着し、入る前に屋敷の周辺を歩き周り、撮影スポットを見つけて撮ったのがこの一枚。

ややマンネリの感は拭えないですが、やはりハイビスカスの花と赤瓦の屋根という構図は心をときめかせるものがあると思います。

続いて四枚目。
その「宮良殿内」の敷地に足を踏み入れ、中を見せて戴くことにしました。
現在でも住居に使われているとのことですが、全然、人の気配がしません。
それでも、根気良く、訪ないを入れると、ふっと湧いたように気配がして、縁側にお年寄りが一名、安楽椅子に腰掛けていました。

看板に書かれた通り、200円を渡し、一名見学したい旨告げると、どうぞ庭にお回りなさいとのお言葉、その途中で母屋の縁側を撮ったのがこの一枚。

夕陽を浴びて、作り物ではない、幾星霜を経た建造物のみが持つ重厚な雰囲気を漂わせる軒先の佇まいを捉えられたと思います。

まだまだの五枚目。
そのご老人は、相当、話相手が欲しかったらしく、ご自分がマレー半島派遣の兵隊に行ってた話しから、敗戦と共に国民がプライドを失うのが一番良くないことなので、生活の不便さを省みず、このような古い屋敷を守っているなどというようなお話を30分近くも滔々と語って戴きました。

その夕陽を浴びて、まどろむように過去を話すご老人のシルエットを一枚戴いたのがこのカット。

輪郭の光り具合いと座敷に伸びる影がイイ按配に南国の日暮れを表していると思います。

最後の六枚目。
今回は、石垣島をベースい最低、2島は写真撮りに行きたいので、日暮れ前に港の様子を斥候しておかねばなりません。
それで、ほどほどのところで、お年寄りに別れを述べ、足早に港に向かいます。
ほぼ陽も暮れかけたところで水平線近くまで落ちてきた夕陽をバックにシルエットと化した連絡線を画面に納めました。
こういう使い方だと、マルチコ-トのエルマリートはフード無しでも、全くフレアやゴーストに悩まされずにM8との組み合わせでも的確に夕陽をバックにした船のシルエットを極めて的確に捉えることが出来ます。

いつもの相棒のR-D1sであれば、AUTOを信頼してそのままシャター切りっ放しで済むのですが、このM8だと、こういう輝度差有る場合、AUTOでのシャッター速度を参考にマニュアルでシャッター速度を落してやれば良いので、慣れれば、それほど失敗することもなくなりました。写真の再トレーニングには良いかもしれませんね。

さて、来週はいよいよ、翌日の島内一周観光+竹富島牛車ツアー等でCine-Xenon28mmf2改MとG.Tachar32mmf2改Mが活躍します。乞うご期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/03/22(月) 23:26:41|
  2. 旅写真
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A lens good for sunset time~Zeiss Biotar5.8cmf2~

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【撮影データ】カメラ:キャノンF-1N、フィルム S.Centuria100 全コマ開放、ロケ地:新宿
三寒四温とは良く言ったもので、先週、雪がちらついたかと思えば、昨日、今日と上着を羽織っていたら、汗ばむくらいの暖かい陽気になり、一歩ずつ春が近づいているという実感の週末でした。
さて、今宵は攻守替え、秘宝館の収蔵物からのご紹介です。

今回のご紹介のレンズは、Carl Zeiss社が東西に別れ、東のイエナにて、戦前にベルテレが測量用に設計したものを、エクザクタ用に設計しなおしたもので、黒の初期型円形絞りのものですから、1946~47年くらに作られたものではないかと思います。

構成は4群6枚のWガウス型のオーソドックスなものですが、特徴は、5.8cmという中途半端な焦点距離にあります。

これは、一眼レフ用として設計するにあたり、ミラーボックスのため、フランジバックを稼ごうと、最前群に弱い凹玉などを入れたり、前後のエレメントのパワー配分を変えたりして、描写性能を落すをの嫌い、5.8cmという焦点距離をとったものと考えられます。

おかげで、このナイスルッキングの一見レンジファインダー用のレンズは、ライカマウントの距離計連動改造には、よほど特殊なヘリコイドを使わない限り不可能な難航不落の要塞なので、仕方なく、写真のようにアダプタかまし、郷里系非連動の目視で撮るか、F-1Nでアダプタ経由撮影するしか使いようがないのです。

とまた、前置きが長くなりましたが、作例行きます。今回も、日中に撮影の時間無かったので、4年程前に新宿でてテストしたものをご覧戴きます。

まず一枚目。
これは、近頃、色々なメディアで取り上げられる機会が一段と多くなった、新宿西口の思ひ出横丁を南側の入口付近から撮ってみたものです。
まだ日没前なので、人通りもまばら、お店も仕込みか何かやっているようで、通っているのも、ここの横丁飲食店の関係者のようでした。
手前の兄さんにピンを置いていますが、そのちょい前の看板はイイ按配にボケていますし、狭い横丁の中でも、登場人物の距離感が良く描き分けられていると思います。

そして二枚目。
今度は東口へ歩いて移動しました。
銀行と何かのビルの間の裏道、そう桂花ラーメンの通りと言った方がピンとくる通りで、イイ雰囲気のカップルが歩いていたので、後ろから一枚戴き。
空が入って逆光に近い光線条件になってしまいましたが、十分なコントラストを稼いでいますし、背景がかなりの遠景なので、人物が浮かび上がるような描写になりました。
こうやってみると、50mmに対し、58mmは望遠効果があるのかなとも思ってしまいます。

続いて三枚目。
桂花の前を通り過ぎ、アルタ裏の広い通りに出ます。
そしてここで、夕陽に向かい、風景を撮ってみるというかなり大胆なテストに踏み切ることとしました。
ターゲットは三平酒寮の看板付近に置きピンでそこを適当に人々が通過する時、シャッターを切るというお手軽な撮影方法で、たまたま、被写界にイイ雰囲気のカップルがまた飛び込んできたので、慌ててシャッターを切ったのがこのカット。
くだんのカップルは前ボケと化していますが、ちょうど良いスィートスポットに嵌まったらしく、おぼろげながら夕陽の中に存在を主張するカットになりました。

まだまだの四枚目。
その通りを西に向かい、今は亡き、カメラのきむら新宿店の入っていたビルの裏口の通りに向かいます。
ここでも、夕陽がイイ按配い裏通りを照らしていました。
ここでもピンを5mほど先に置き、適当に人が通ったらシャッターを切るという方法でスナップを試みました。

その結果、やはり逆光ながらコントラストも十分に稼ぐことが出来、夕陽を背に浴びていることから、シルエットの輪郭が光り、遠景はきれいにボケ、えも言われぬ立体感が醸し出されました。

おしまいの五枚目。
陽もすっかり傾きかけたので、もう一箇所の撮影スポット、高島屋周辺に向かいました。
ここでは、生コンの中継所があったり、壁一面の広告看板があったりと、街撮りの基本アイテムが怖いほど揃っていて、休みの日など、首からカメラを提げ、お手々繋いだ、いたいけな若い写真初心者の男女がスナップの練習などしています。

しかし、この時間になると、露出が難しいのか、もう他の撮影者は居ません。
看板の手前に中国人の旅行者達が居たので、その連中にピンを置いて一枚戴き。

こうすることによって、看板の距離での後ボケが判るのです。

交通標識もアニメだかの看板もイイ按配にボケて、人物達の立体感を稼ぐことに成功しました。

今回の感想としては、う~ん、こんな味わいのあるレンズ、街撮りにもっと使い易くするため、何とかレンジファインダーで以って距離計連動で使いたい!ということでした。

テーマ:街の風景 - ジャンル:写真

  1. 2010/03/14(日) 23:02:13|
  2. 深川秘宝館
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Renovation of optics in glorious age~Kodak Ekatar50mm f1.9 mod. L39~

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【撮影データ】カメラ:Leica M8 ISO Auto、絞り優先AE 全コマ開放 ロケ地 浅草
さて、巡る月日は風車と申しますが、早くも3月の更新第1回です。
今週末も雨のため、工房で試作に没頭していたため、ご紹介は昨年秋口に撮った作例を使ってのものとなります。

まず、レンズのご紹介ですが、このレンズは、今から4年近く前に写真仲間がヤフオクに出していたのを知らずにビッドしていて、その翌日、ご本人から電話が有り、「ご入用であれば、早期終了でお譲りしませう♪」ってことで、かなり安く譲って戴いたものだったのです。

それもその筈、巨大なEktraマウントのレンズなんか持ってたって、ボディがなければ、ルーペか文鎮くらいしかならないし、中玉にほんの少し曇りがあったためでした。

譲っては戴いたもの、分解方法が全然判らず、数年間、深川精密工房の「改造不能レンズ」のケースに眠ったままでした。
ところが、同様に改造不能と思われた、Cine-Ektarが第4世代改造、即ち、直進ヘリコイドを回転ヘリコイドに構造変換して、傾斜カムを切って、素晴らしく良く写る戦力として生まれ変わったのに、この薄幸の銘玉は、とにかくヘリコイドから光学ユニットを取り出すことさえ出来れば、後はいかようにも出来るのですが、なかなか分解が出来ず、同様に大きなヘリコとアブノーマルなマウントのため、「改造不能レンズ」の良き同輩だった、マクロスィター50mmf1.8が、マウントブロックを真鍮の丸インゴットから削り出してMマウント化する、という大技により、これも見事なMマウントレンズに生まれ変わり、最後の一個となってしまったワケでした。

ところが、昨年の夏も過ぎた頃、某浅草の神業的修理名人のお店にふらっと寄った時、思わず、目を疑いました・・・
そう、この玉と同じものを、まさに分解していたのです。

プロ相手にこんなことを聞くのも大変な無礼に当たるのは承知の上で、「へぇ~、ずいぶんと難しいのをやられてますねぇ、うちにも一個有るんですが、なかなか手が出せなくて・・・」と話し掛けてみたら、あっさりと分解方法を教えて戴けたので、しめしめと家に戻り、早速教わった通りにやったら、くるくる、すっぽ~ん!!てなカンジで光学ブロックがヘリコからキレイに外れました。

ここからが深川精密工房の腕の見せ所です。手許のヘリコ&マウントユニットに合体させ、一見、沈胴風に仕上げました。

このレンズは、先に述べたように、米国Kodak社が1941年から1948年にかけて、約2500台ほど生産したEktraの標準レンズで、物の本では、すべてコーティングされていると説明されていますが、この個体をはじめ、相当数はノーコートのものがあとの説明を浅草の名人は言われていました。

構成は4群7枚の変型Wガウス型で、Ektarと名の付くレンズはこの世にあまたあれど、この50mmf1.9というスペックはこのEktra用のみであり、シリーズ中、最高の描写性能を誇るというのが世間の下馬評であります。

では、その伝説の写りを作例を追って検証していきましょう。

まず一枚目。
浅草の名人に敬意を表し、作例は浅草シリーズで行きます。
浅草寺の宝蔵門手前では色々な露天商がお店を出しており、その中で、夏が過ぎたにも関わらず、店先で清涼飲料水を並べて涼しげな雰囲気を醸し出しているお店があったので、そのラムネにピンおいて、バックのボケを検証。

一番手前の緑のオーセンティックなラムネ瓶にピンを置いていますが、バックのおじさんなど、重々しく溶けるようにぼけ、油絵のような雰囲気になりました。

そして二枚目。
仲見世を眺めていたら、この頃では珍しい、我が国の民族衣装、着物を美麗に纏ったうら若い姑娘が二人していそいそと歩いていきます。

こりゃ、天の恵みだわぃとか、勝手に思い込んで、M8を片手に目を血走らせたアヤシゲなカメラマンは人ごみを縫って、一定距離で姑娘二人組を追尾します。

ちょうど、雷門がバックに写り込む格好のポイントで人ごみがぱっと切れ、視界が広がったので、すかさずシャッターを切ります。

空が画面に映りこんでしまったので、M8の雑駁なAEではアンダーに写し込んでしまいますが、着物の雰囲気、光の当った髪の毛の描写でシャープでありながらどこか優しいこのレンズの描写が垣間見られた気がします。

ただ、残念なことにバックの店頭の繭玉飾りは若干ぐるぐるになりかけています。

続いての三枚目。
何枚かシャッター切って満足出来たので、姑娘達の艶やかな後姿を見送り、いつもの定点観測地点、扇屋さんの店頭のオブジェ撮影に移ります。

1.5mくらいの距離で、ひょっとこの値札にピンを置いてシャッターを切りましたが、いやはや被写界深度が浅く、廻りの団扇はぼけています。

背後の藍染の暖簾、柳など、やはり油絵でのデフォルメの如きボケをかましています。

まだまだの四枚目。
裏通りの扇屋さんでのテストを終え、いつもの超絶美女でもテスト撮影しようかと仲見世に戻りましたが、あいにく、この日は店頭に姿が見えませんでした。
仕方なく、宝蔵門の方角に視線を移すと、右手の商店街の何番目かの提灯にだけ陽が当って、面白い光線加減となっていました。
そこで、気を取り直して一枚。
銘玉は赤の描き分けで味が出るという説もあり、まさに格好のテストパターンとなったわけですが、手前から二番目のピンを置いた提灯はあたかも浮き出たような描写となり手前の日陰の提灯もそれほど見苦しくはないボケとなっています。
後ボケがキレイでシャープなレンズは前ボケが遺憾な結果となることが多いですが、Ektar50mmf1.9の少なくともこの個体は全く問題ない結果を見せてくれました。

最後の五枚目。
仲見世を歩き通し、雷門の前までやってくると、ここでも露天商のおじさまがいたいけな女子供相手になにやらセールストーク満開状態です。

要は女子供の好きそうな小間物を一個100円とか、50円とかでところ狭しと並べて商っており、「はぃ今日だけ、今日だけ、売り切れたらゴメンね♪」とか葛飾柴又の伝説の露天商自家薬籠中の常套句を並べ、道行く人々の射幸心を煽っているようなのです。

あたかも昨日、還俗した小坊主のような佇まいの少年達の真摯な表情が面白く、一枚戴き。

ノンコートのレンズながら、コントラスト、階調再現性、色のバランスとも全く不満はなく、なかなか重厚な描写の一枚に上がったのでありました。

今回の感想としては、伝説の銘玉はやはりタダ者ではなく、艱難辛苦の果て、使うことが出来るようにした者だけにそのヴェールを脱ぎ捨て、魅惑の描写を見せるのだということでした。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/03/07(日) 20:20:50|
  2. その他Lマウント改造レンズ
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プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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