深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Alte prestazioni concesse ordinariamente~Canon L35mmf2~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE ISO 200 露出 +1/3 全コマ開放 ロケ地:丸ノ内2丁目
さて、今宵のご紹介は予告通り、国内光学機器メーカーの一方の雄、キャノンが1962年に発売したライカスクリューマウントの35mmf2です。
このレンズの相棒のカメラは、キャノンが大衆向けに舵を切り始めたP(ポピュレール)と、一眼レフ時代になってから発売された最後の本格的RF機7の頃です。

標準レンズの大口径化の煽りを受け、準広角レンズでも、ハイスピード化の流れは始まっており、まず、富士写真フィルムが35mmf2を1954年、次いで帝国光学が1955年頃、ズノー35mmf1.7、更にニコンがS用の35mmf1.8を、キャノンも35mmf2.8を1956年にリリースしました。これらは何れも50mmクラス大口径化時に開発された新種ガラスを惜しげもなく投入して開発されたということで、キャノンを除き、中古のお値段もかなりのものです。

これに対して今回のキャノンの35mmf2は、新種ガラスを用いたf1.8からのコストダウン版という位置付けで開放値こそ、F2となりましたが、高価な硝材を使わずに設計し直してもなお、開放から充分なコントラストがあり、且つシャープで四隅まで均質な画質を提供してくれます。

尤も、このレンズ自体は何の変哲もない地味な外観ではありますが、中身は先代のf1.8同様の4群7枚の変型Wガウスで50mmf1.8で開花した伊藤設計理論が応用されているらしく、絞り直後の凹レンズがなんと3枚貼り合わせとなっているのです。

因みに、高価な新種ガラスを使えば簡単に高性能レンズは出来る、その誘惑に駆られず設計でカバーするのが腕の見せ所、といった趣旨のことを、キャノンが擁した稀代の天才レンズ設計者 伊藤 宏氏はいつも後進の光学エンジニアに話していたようです。

ズミクロンの35mmf2の登場が1958年ですから、1954年のM3登場でこてんぱんにやられた日本メーカーは少なくとも、ライカマウントレンズでは一矢どころか、二矢、いやそれどころではなく、大口径レンズの矢ぶすまで応酬したようで、個人的にはなんとも痛快です。

とまぁ、前置きは長くなりましたが、早速作例いってみます。


まず一枚目。
ズマロンで家の近所の富岡八幡宮でのスナップを終え、東西線、千代田線を乗り継ぎ、勤務先のビルに向かいます。
まず、仲通りで被写体を物色します。
すると、有りました、有りました、イイものが。
そう一階部分にヨーロピアンテイスト溢れたテナントを揃え、欧州のビジネス街の商店街風に街並みを演出しているのですが、格好の役者が佇んでいました。
そうイタリアの陽気なリトルギャング、フィアット500のガンメタが駐まっていたのです。
早速、アングルを決め、写り込みを確認してシャッター切ったのがこの一枚。
一階の店舗部分のオシャレな佇まいと高層ビルの谷間の空がガラス毎に写り込んでいて、不思議な一枚になりました。
後ボケは渦巻いているカンジで大変なことになっています。

そして二枚目。
会社の裏のビルの一階、歩道に面した小粋なカフェです。
いつもは会社員と、買物に来た裕福そうな人々とで溢れかえり活気あるテーブルセットも休日の午後は人っ子一人
おらず閑散としています。
そんな珍しいひと時を残すつもりで一枚頂いたのがこのカット。
曇天で全体的に発色は抑え目ですが、舶来レンズや国産でも新種ガラスを使ったものとは異なり、赤が目で見たのと同じくらいのバランスで画面には収まっています。
何故か、ここでは、後ボケはおとなしめのイイ案配です。

続いて三枚目。
路上はほどほどにして、ビルの管理会社である三菱地所がいつも在勤者、そして美術館等への来訪者の目を楽しませようと腐心している三菱一号館の中庭に入ってみます。
すると、バラのタワーがありました。
匂いも芳しいです。
こういう素晴らしい舞台仕掛けがあると、人は自然と乙な気分になるもので、いたいけな若い男女がそこはかとなく、イイ雰囲気で楽しく語らい合っていました。
そこで、心を鬼にして、彼らを前ボケの人柱として、バラのタワーを描写することとしました。
この画面サイズではあまり説得力を持ちませんが、バラの一個一個、かなりシャープに捉えられており、後ボケも前ボケも丁度イイ案配にバランスしています。
きっと、レンズの企画時点での想定用途が観光地での記念撮影とかで、こんな距離感で最も性能が発揮されるように設計されたのではないか、とか勘繰ってもみたくなりました。

まだまだの四枚目。
今度は道を渡って、三菱一号館の全景を入れた写真を撮ってみることとしました。
ただ撮るのでは、携帯写真と同じになってしまいますから、少し捻って、木陰から、通りがかった外車を入れた作画とすることにしました。
思いついてから約20秒、期待していたロールスロイスとか、ベントレーとか、マイバッハとかアストンマーチンとかそういった荘厳なブルヂョアクラスのクルマよりもっと画的には面白い、ランドローバーが停まりました。
しかも色は黒。白っぽく光る乾いた煉瓦の建物とは絶妙のコントラストでした。そこで即採用。
ここでも、黒いローバーはシャープにコントラストも充分に捉えられていますが、背景の三菱一号館もなかなか端正なボケ具合いで捉えられています。

最後の五枚目。
用を済まし、また交差点を渡り、二重橋の駅への入口が有る丸ノ内マイプラザへ向かいます。
すると、またイイ被写体が歩いていました。
まさに三菱地所の受け売りではないですが、「丸ノ内ルネッサンス」を象徴するような通行人のカップルです。
丸ノ内地区のオフィスビルへの店舗併設までは、休日と言えば殺風景で、たまに休日出勤のリーマンくらいしか通らなかった、かつての都心のゴーストタウンに青山とか、元麻布辺りを闊歩していそうな人種が進出してきたのです。
このカットはそういったオフィス街の再生を表す一枚になったのではないかと思います、宣伝したところで、締り屋の地所さんが何かくれるとも思えませんが・・・

彼らと同スピードで歩きながらシャッターを切ったので、周囲は若干流れて、躍動感の出たカットになったのではないかと思います。

さて、来週は、今日、某散策会の方々と大都会の魔窟、大久保を徘徊して撮ったカットからご紹介致します。
乞うご期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/09/26(日) 22:00:00|
  2. 深川秘宝館
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The most beautiful half-breed born between USA and USSR~BALTAR25mmf2.3mod.M~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO200 露出+1/3 絞り優先AE 全コマ開放 ロケ地:山形市
さて、今宵のご紹介は、夏の暑い盛り・・・実は工房主の誕生日前日に、写真に於ける畏友がそのフランチァイズである山形市内で写真の個展を開いているという報せを受けていたので、いつもの都内をはじめ、関東近郊での撮影活動、そしてグループ写真展での活躍へのせめてもの返礼として、一人長距離バスに乗って出かけて行った際、
現地で撮ったものからです。
この時使用したのが、半年くらい前、旅行用として新開発していたUltra-pancakeクラスのBALTAR25mmf2.3改Mといいう最上段の画像のレンズです。

このレンズは、元々はEYEMOという米国製の135判フォーマットのムービーカメラ用の交換レンズだったものをふとした縁で譲り受け、パッケージングに関し、色々と考えあぐねた挙句、元のハウジングからレンズブロックを取り出し、分解清掃の上、新たなヘリコ&マウントユニットに組み込むこととし、EYEMOのハウジングから離れたことで、新たな絞り開閉用の機構も敷設しなければならなかったため、併せて新設計したものです。

BALTARはこちらのサイトで説明して以来、どうやらあちこちのサイトでも脚光を浴びるようになったようですが、元々は、BAUSCH&LOMB社がハリウッドの機材業者の求めに応じて、US.GOERTZに供給を仰いだ超高性能レンズで、B社が1971年に開発したコンタクトレンズが儲かるのでそちらに経営の軸足を移し、シネも含め光学機器から撤退したのが80年代の初頭で、更には映画用レンズでは標準となっているT値ではなく、F値のみの絞り値標記で、古風な単層コートですから、1960年代初頭から50年代後半の間に作られたものと推定されます。

では、この極薄のハウジングはどこからやって来たのか?・・・
このヘリコ&マウント&絞りリングのどんがらは、ロシアレンズファンであれば、目を向いて卒倒しそうな、最初期のインダスター50のエナメル黒塗りのものを利用しています。

初めて工房に着いた時、タールみたいなもので全体は汚れ、レンズには、完治不能の白カビの深い根と素人分解の失敗であろう、カニ目がすべった時引っ掻いたと思しき薄い傷まで後玉に有り、とても使える状態ではなく、とっておきの改造レンズのハウジングとして転生させようと、丹念なクリーニングの後、防湿庫の奥底で眠りに就いていたのです。

このレンズブロックを手に取って初め考えたのが、先の第四世代改造壱号機であるKinetal25mmf1.8同様、ヂャンクのチャイカ用ユピテル28mmf2.8の鏡胴を徹底的に刳り貫いて、距離計連動に改造して装着するという手法。

しかし、チャイカ用ユピテルは単体で出てくることは殆どなく、ボディについているものは、何らかの不調はあっても、カメラの撮影用、或いは専用引伸機の投影用レンズにはまだ使える状態でしょうから、ボディ付きで買って、レンズのみ外して、しかもその鏡胴だけ追剥ぎするというのも、モノづくりの末端に連なるものとして、心情的に抵抗がありました。

そこでふと思いついたのが、光学系が死に、深い眠りいついていた、漆黒の芸術品、インダスター50の鏡胴パーツです。
しかし、ここにも大きな技術的ネックがありました。
それは、50mmのヘリコイドで25mmの光学系を駆動しようとすると、無限から最近接までのドライブ量が4分の1以下になってしまう、ということで、しかもそれが距離計連動ということになると、かなり高精度の急傾斜カムを敷設しなければならないということです。

両者を手に取って、暫し悩みましたが、やはり作業に取り掛かりました。
なんとならば、この難行苦行の作業の果てには、おそらく当工房で一番美しい米・独・露、そして和のDNAも併せ持ったレンズが産まれるだろうと予想するに難くはなかったからです。

2週間もの週末を費やし、またチタン、カーボンといったハイテク素材を惜しげもなく内部機構に投入し、この稀代のオールドレンズは最新のデジタルRF機でも使えるよう新たな生命を宿しました。

そんなとっておきのレンズとの二人三脚の今回の旅の作例、さっそく行ってみましょう。

まず一枚目。
バスは予定の2時半を過ぎ、3時半に駅前の大通り近くに着きました。
まずはお城の界隈を散策し、次いで、ガイドパンフに従い「文翔館」、「六日町教会」を目指します。
その途中で、長浜辺りに有りそうな黒壁スクエアのミニチュアみたいな一角があり、そこに夏の暑い盛りにはまさにオアシスの如きせせらぎが流れていたので、広角の威力を活かすべく一枚。
と、そこになかなか都会的で眉目美しい小姐二名が店から出て颯爽と歩いてきたので、程好い間合いを測ってシャッター切りました。
もちろん、向こうもすべてお見通しで、黙礼したら、ニッコリと笑顔を返してくれました、あぁ、なんでそこでもう一枚モデルを頼まなかったのか・・・実は痛恨の一枚でもありました。

そして二枚目。
何となく、山形の控えめで心優しいカルチャに感化されてしまったのか、美小姐2名のポートレィトを撮り損ない、地味な気持ちで大通りを北上していくとありました、ありました、元県庁だったという「文翔館」の荘厳な建物が・・・
しかし、絵葉書や、ネットで見るレトロで落ち着いた雰囲気の佇まいと、なんか違う・・・んんん、正門入ってすぐのところに得体の知れない光物のオブヂェがいつの間にか出来ていて、怪しげな反射光をところ構わずまき散らかしていたのです。
恐る恐る近づいて見れば、なんかの芸術フェアみたなもので急誂えされたオブヂェのようで、しかも拵えたのが、近傍の大学のいたいけな学生さん達のようです。
ま、相当な違和感はなきにしもあらずではありましたが、次回来ることが有っても、もうこの光景は二度と目にすることが出来ないことを考えれば、一期一会と言えないこともないので、記念写真テイストで撮ったのがこの一枚。
周辺落ちがイイ味出してると思います。

それから三枚目。
この「文翔館」の周囲を徘徊していたら、第二の目的地、「六日町教会」を偶然発見しました。
古い建物なのでしょうが、建物は驚くほどキレイに手入れされ、言われなければ、由緒有る古い教会だなどとは夢にも思わないでしょう。
今回のお供は広角だったので、狭い道も電信柱もものかわ、余裕で全景図も撮れたのですが、それでは、出来の悪い絵葉書みたいになってしまうので、もうちょい広角のパースを活かして撮った、教会の横顔を採用した次第。
風情の有る窓枠、緑とベージュというシックな配色、そして建物の隙間から覗く東北の青い空が妙に旅情を掻き立ててくれた記憶が甦ります。

まだまだの四枚目。
教会を後にし、最後の目的地である「旧西村写真館」を目指します。
真夏の照りつける太陽、盆地の澱んだ熱気もものともせず、足はぐんぐん進みます。

途中何度か道を尋ねましたが、意外と観光名所みたいなものは、皆「そういえばそんなのあったなぁ」くらいの記憶で、こちらも仕事というわけではないので、道聞きがてら、「兄さんェェカメラ提げとるなぁ・・・」なんて話し掛けられると嬉しくなって、今回の旅の目的である写真展訪問から、このブログまでひとくさり説明しますから、5分や10分は軽くロスしてしまい、結局、陽も傾く頃に目的地には着いたワケです。
そうこうして何枚か撮りましたが、う~ん、みんなネット画像やら、絵葉書やらで見飽きたようなカットばかり、これは記念ということでおいといて、写真館から、写真展乗り込む前のお茶しに行く途中撮ったおしゃれな大窓のブティックだかのカットを採用したもの。
窓の大胆な形状を広角特有のパースで写し撮っただけでも面白いのに、通行人の親子の小々姐が「何かの取材かなぁ・・・写真撮ってるよぉ」とか母親に注意を喚起し、こちらに目線を向けた瞬間を撮った一枚です。
通りざまに「ハハハ、アマチュアカメラマンでした、すんません」と笑って言い訳したら、母親は苦笑、小々姐はがっくし・・・というカンジでした、お騒がせして済みませんでしたの一枚です。

最後の五枚目。
お茶してから、いよいよ、北山形の吉田カメラ新本店」へと向かいます。
そのタクシーを拾う直前、通りに面していたナマコ塀の有る商店を広角のパース活かして切り取った一枚。
夕陽を浴びたいかにも時代がかった店先の佇まいがイイカンジで捉えられたのではないかと思います。
ナマコ塀の向かって右端は前ボケかつ画面の周辺ですが、予想に反し、崩れもせず、なかなか上手くボケてくれたのではないかと思いました。

今回は暑い盛りにのこのこ出かけてしまいましたが、次回は春先のフルーツが美味しいくて、暑さも寒さも一段落って頃、徒党を組んで行ってみたいなぁ・・・などとも思いました、でもいつのことになるやら。

さて、来週は攻守交替、秘宝館から、ズマロンと同日テストした35mmの国産RFレンズの雄のレポートをお届けしたいと思っています。乞うご期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/09/19(日) 22:00:00|
  2. Mマウント改造レンズ
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An ordinary equipment, but incredibly capable~ Leitz Summaron35mmf3.5~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO 200 露出 +1/3 全コマ開放、ロケ地:富岡八幡宮骨董市
さて、先週は眠いレンズの登場で「遂に工房主人までシャープなレンズからソフト路線へと宗旨替えしたか!?」とほくそえむ向きも多かったでしょうが、さにあらず、自分で作ったから紹介したのであって、レンズはシャープでって、ハイコントラスト、そして画面の均質性の高いものが一番です。

翻って、今週は久々にライツレンズの超定番行きます。バルナック買ったら、これに35mmファインダー付けて街撮りがオシャレ♪などと「腐女子カメラ倶楽部」あたりで煽り記事のひとつもありそうですが、まさに工房主もこのレンズを買ったのは、クラカメ駆け出しの頃、そう、たぶんライカ製L39マウントレンズで一番最初ではなかったかと思います。

このレンズ自体は珍しくも何ともなく、犬で言えば、ビーグル犬、猫で言えば三毛猫みたいにありふれた、ライツ銘としては、不当なほどに安い中古品ですが、ただ、性能は素晴らしいの一語に尽きます。
シャープさ、コントラスト、色ヌケ、そして画面の均質性・・・開放値がf3.5と暗めであることさえ目を瞑れば、こんなに小型軽量で、失敗無く扱い易い玉は見当たりません。

作例行く前に簡単にこのレンズの氏素性をご紹介しておきます。
元々の発売は1946年、当初のデザインはエルマーの沈胴が故障して伸びなくなってしまったような、個人的には世辞にもカッコ良いとは言えないようなデザインだったのですが、Mマウントの同スペックレンズがM3と共に登場した2年後の1956年より、L39マウント版もマウント座面の細部が異なるのみで、側面からのシルエットが殆ど同一のスタイリッシュなデザインに変更されました。
今回のレンズもその新型デザインのものです。
構成は4群6枚のいわゆるWガウスタイプ。距離計表示はフィート。
鏡胴も銘板も真鍮の削り出しに重厚なクロムメッキ処理で、往年のドイツの凝ったモノづくりに腕を振るったマイスター達の息吹が聞こえてきそうです。

では、作例行ってみます。今回は、地下鉄乗って何処へ行こうかと迷う間もなく、深川八幡様の前を通りがかったら、月に二回の青空骨董市をやっているのに気付き、久々のお参りを兼ねて境内に入って行きました。

まず一枚目。
お参りの前には、手を洗い、口を漱ぎ、清めを行うことになっています。
そこで、屋根の付いた清めの場所に目を向けてみれば、清楚な小姐が凛とした仕草で清めの動作を行っています。
そこで、恐る恐る声を掛け、「あのぉ、素晴らしいお作法ですね、手を清めているところを一枚撮らせて貰えませんか?」と声を掛け、小姐がこっくりと頷いてくれたので、彼女がゆっくりと水を掬い、まず左手に掛けるところでシャッターを切ったのがこの一枚。
ピンを手許に置いたので、アルミの柄杓が画面から飛び出さんばかりのシャープさで捉えられています。
かなり後ろが光っていますが、シャドーが潰れずにここまで撮れたのは上出来だと思います。

そして二枚目。
骨董品も嫌いぢゃない、というか相当好きな口なので、被写体探しと品物見物で相当気もそぞろに境内を徘徊していたら、深川不動尊側の出口に近いところに、いかにも仲良さそうな、骨董屋さんの親子連れが居られて、いかにも楽しそうで、幸せそうで、彼らの今を是非留めたいと思い、「あのぉ、楽しそうですね、お邪魔して恐縮ですが、一枚宜しいでしょうか?」とここでも意を決して声掛け、撮らせて頂きました。
お子さんはいきなりカメラなんか向けられ、かなり緊張というか、訝しげな表情ですが、お父さんの満面の笑顔が、とてもイイ味出してると思いました。いつまでもお幸せに!!と心の中で祈りたくなるようなシーンでした。
しかし、マヌケなことにこのブログを見て貰うための名刺をお渡しするのを忘れてしまった・・・
来月の青空骨董市ででもお会い出来たら、大きめにプリントしてお届けしましょう。

それから三枚め。
本殿横の日陰あたりで、ただ単に疲れ果てて憔悴しているのか、或いは異教の神の神殿に面頭向かって祈りを捧げるのは、仲間の手前、憚られるので、横向いて、色々なお願い事しているのか、真意は測りかねますが、「May I take one?」とか声掛けて、カメラを指指したら、祈りを捧げたポーズのまま、こっちに無表情でカメラ目線を向けてきたため、一枚頂いたもの。
場違いなところに紛れ込んでしまい、疲れ果てた異邦人の悲しみみたいなものが画面からそこはかとなく滲み出ていると思いませんか?

まだまだの四枚目。
そうそう、ピーカン時のフレアの実験をしていないことに気がついて、急遽、本殿前に戻りました。
すると、案の定、真昼の高い陽光を受け、燦然と照り返す石畳の上で品定めをする、今風のカップルが居ました。
画面内の人通りが一瞬途絶え、ここぞとばかりにシャッターを切ったのがこの一枚。
かなり眩しい被写界でしたが、この単層コートの小さなエレメントは先週のフレア大会みたいな眠い画ぢゃなく、きっちりと程好いコントラストで以て人物の細部まで捉えています。

最後の五枚目。
先ほどの異邦人を捉えた際、親子?で木陰にディレクターズチェア並べて楽しげに歓談している骨董屋さんが居たので、これも是非撮りたいと思い、ダメ元で歩み寄りながら、「あっのぉ・・・ブログに載せる写真撮ってるんですけど、並んでいるところ一枚お願い出ませんでしょうか?」と声を掛けてみたら、まずオヤヂさんが「あ、オレ遠慮しとくわ!」と椅子から離脱、逃げ損なった娘さん?は、えぇぃどおにでもしろい!てなカンジで動かずに居てくれたので、すかさず撮らせて頂いたのがこの一枚。
お二方にお礼を述べて立ち去りましたが、「オレだってやだよぉ」、「アタシだって!」とか、散々だったようです。商売にもならない、厚かましいお願いで申し訳有りませんでした。
来月の青空骨董市ででも大きめにプリントしたものをプレゼントしますから、それでどうか勘弁してやって下さい。

さて、来週はまた工房作品からのご紹介を予定しています、乞うご期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/09/12(日) 22:00:00|
  2. 深川秘宝館
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Ein objektiv von Träumerei~Cassar50mm2.8 mod.Nikon S

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO 200 露出+1/3 絞り優先AE レンズ:Steinheil Cassr50mmf2.8改Sマウント 全コマ開放
さて、今宵のご紹介は予告通り、工房製の新作レンズのレポ-トを兼ねた街撮りです。今回は近所で手っ取り早く済ましちまえ・・・という魂胆も見え見えの浅草からです。
先週は築地~月島・佃、今週は浅草とは、ま、なんとまぁお手軽で済ませていることか。

今回のレンズは独Steinheil製のCassr50mmf2.8を工房でニコンSマウントに改造したものです。
実はこのレンズもご多分に洩れず、電子湾の夜釣りで引っ掛けたものなのですが、電子湾の画像では、レンズ本体の大きさがなかなか把握し難く、実はこのレンズももっと大きくて立派な偉丈夫のようなものであろうと想像しての落札だったのですが、着いてみてビックリ・・・予想よりも二周りも三周りも小さく、適当なヘリコ&マウントをくっつけてライカLマウントの仲間入りさせようと考えていたのですが、まさに「獲らぬ狸の革算用」状態で、手持ちのパーツにくっつけてみたら、子連れ狼の大五郎の髷か、或いは出来の悪い、正月の鏡餅みたいでカッコ悪いことこの上なし、そこで考えたのが、50mmの焦点距離を持つレンズのみの特権、ニコンSマウント化です。

元々着いた時にボードか何かに固定するのに使う雌ネジのリングが着いていたので、これを利用し、S/CXマウントの金具に固定して無限をとることとし、数時間の工作・調整の結果、このような、なかなかイケてるSマウントレンズが完成したワケです。

ただ、このレンズ、着いた時から気になる点があって、この画像では判りづらいですが、ノーコートのエレメントの殆どの面が乳白色に曇っており、マウント組む前にバラせる限りバラして、クリーニング液でガラス面を拭いたのですが、それでもとり切れず、テスト撮影時、暑さ避け&サボリのため、寄ったハヤタカメララボのNさんにわざわざ開けて拭いて戴いて、だいぶ改善はされたのですが、ソフトレンズみたいな写りの傾向までが払拭されるには至りませんでした。

作例行く前に簡単なレンズの素性紹介から。
このレンズは他のCassarシリーズが1950年代の中頃から末まで製造されていたことから、おそらく1956年から1958年くらいに製造されたものではないかと想定されます。

構成はその名のついた他のレンズ同様3枚玉のトリプレット、しかし、不可思議なことに丁寧にブルーイングされ、錆も油沁みもない鋼の絞り羽根は何と12枚もありました。

では、この1インチもない小さなスクリューマウントのレンズは何についていたのか、或いは何の交換レンズだったのか・・・それが今だに判らないのです。前出のNさんの意見では、ドイツで50年代に大量に作られた廉価版カメラでレンズ交換出来る機種、例えばパクセッテとかレグラとか、そういう大衆機の玉だったんではないのかなぁ・・・とのことでした。

とまぁ、想像はふくらみますが、そろそろ作例行ってみます。

まずは一枚目。
仲見世通りを歩いて、伝法院の柵沿いで暑さのためか、ひと休みしている、外国人の一家が居ました。
ドイツ人ではないかも知れませんが、このレンズが生れ落ちて一番最初に捉えた人物が9分9厘欧州の人達だったと考えれば、極東の地で新たなマウントを与えられて甦ったこのトリプレットのデビュー戦を飾るには、これほど相応しい被写体は居ませんでした。
そこで一枚戴いて、シャッター音に気付いたお母さんが、あら、今の瞬間撮っちゃったの?とか首傾げて苦笑したので、こちらも精一杯笑顔作り、「Vielen Dank!」とお礼を述べたら、意味が判ったのか、判らなかったのか、オヤジさんともども笑い返してくれたので、そっちを撮れば良かったなぁ・・・と少し惜しかったカットです。
オヤジさんの白帽子はかなりフレア出てますが、お母さんと小児の金髪と白い肌はキレイに描写出来ているのではないかと思います。

そして二枚目。
欧米人観光客とそんなやりとりの後、スカイツリーが見えるポイントが有ったのを思い出して雷門方面に少し戻っていくと、通りが開けた辺りで、この夏、人気沸騰の「アイスキャンディー」売りのおぢさんが居ました。
暫く粘ってシャッターチャンスを待ち続けていたら、このおじさん、溜め息着きながら、腰に手を当てて、只今成長中?のスカイツリーに向かって、「あぁ、暑いな、やんなっちゃうなぁ・・・」とか、奇妙なことを聞こえよがしに述べたのです。
暑いからこそ商売繁盛の氷菓子売りが、暑さを恨んでどうするのでしょうか???
しかし、彼もしょせん人間、本音が出たということでしょう。
そんな夏の微笑ましいひとコマを捉える僥倖に恵まれました。
なお、このレンズ、かなり眠い写りに見えますが、"アイスキャンディ"の幟にピンを置いたら、無限遠のスカイツリーがかなり細密に描写されています。

それから三枚め。
また仲見世を歩いて浅草寺までやって来て、いつもの撮影スポット、手動井戸のところで獲物を待ちました。
ここでは、親御さんもかなり大盤振る舞いというか、都会の中の田舎の観光地みたいなところなので、かなり鬼気迫る表情でカメラ構えて、童子達の一挙手一投足を狙いすましていても、文句を言ったり、咎めだてをする親には、今だかつて出合ったためしがありません。
そこで何枚か撮らせて貰ったのですが、ちょうど、このピンクの小々姐は背中から午後の太陽をもろに浴びる位置だったので、盛大なフレア大会になりました。
それでも、ピンは井戸の、しかも汲み出した水をすくう、弟さんの手許を狙っていましたので、全般的にフレアっぽい被写界ながら、井戸本体と男童子の手許はかなりの解像度で捉えられているのが判るのではないかと思います。

まだまだの四枚目。
浅草寺の境内を後にして、ハヤタカメララボまで歩き、そこで冷たいお茶なんか戴き、雑談を少々しながら、レンズを拭いて戴いての再スタートです。
仲見世の途中には、ガラスで仕事場が見えるようになっていて、そこで人形焼の類いを実演販売みたいにして売っているお店が何軒かあります。
その一軒で、いたいけな小々姐が熱心の職人さんの手許を見つめている姿が眼に留まりました。
そこで、親御さんに失礼しますよ、とか断って、ベストポジションに入り込み、何枚かシャッター切ったうちの一枚。有難うございますと言って立ち去ろうとしたら、苦笑しながら、ウチの子、変わってるでしょう?とか聞かれ、いやいやなかなか宜しい美意識ぢゃぁないでしょうか!?とか適当に相槌打ってその場を後にした次第です。

最後の五枚目。
さてそろそろ浅草を後にしようと地下鉄に向かって歩き始めたら、午後のスパートとばかりか、車夫(&車婦)各位が道行くカップルに熱心に営業活動を繰り広げています。
その熱心さに感心しましたので、彼らの熱心な働きぶりをこうして宣伝でもして、観光客誘致のお役にでも立とう、てなことで、パンフ片手のセールストークのシーンを一枚戴きました。

このカットでは、ピンは実はパンフに置いています。
適度なクモリのため、全体的にはソフトフォーカスレンズみたいになってしまっていますが、シャープネス調整の有る画像編集ソフトで以て拡大すると、赤いパンフに書かれた大部分の見出し程度は読み取れるほど、実はこのレンズの解像力は高いのです。

ということで、今回の一連の撮影で、実は悩みを抱えてしまって、もっと状態のイイレンズを探して、同じようにSマウント化して本来の性能、ここでは解像度とコントラストを追求すべきか、或いは、多少お金かかっても、大久保の名人に相談して、このレンズ自体の本来の性能を追求すべきか、或いは、この写り自体がこのレンズの経てきた歳月そのものであるから、このまま使うべきなのか?
う~ん、悩みは尽きることを知らないようです。

さて、来週はまた秘宝館から何か面白いのを見つけてレポートしましょう。乞うご期待。

テーマ:ニコンSマウント - ジャンル:写真

  1. 2010/09/05(日) 13:41:47|
  2. Sマウント改造レンズ
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プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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