深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

昭南島Endless vol.2

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【撮影データ】カメラ:1、2、3、6枚目;Leica M8 ISO Auto 露出+1/3~+2/3、4、5枚目;ZEISS Ikon ZM Kodak Ektar100 露出+1/3、レンズ、1~3枚目;Baltar35mmf2.3、4、5枚目;FMAO40mmf2.3、6枚目;Speedpanchro24mmf2、全コマ開放
さて、全国津々浦々、深川精密工房ファン各位、今週も先週に引き続き、当工房の海外進出第一弾、東南アジアきっての大都会、昭南島からのレポート続編です。

到着2日目は、朝から、アラブ人街と言われるBugisから始まり、そこでマクドのモーニングを戴いてのち、観音廟、ヒンドゥ寺院界隈で撮影を行い、気の向くまま、道に迷っても、戻れそうなところまではとことん進み、とにかく、撮る、人と出会えば、人を撮り、神と出会えば神を撮り、鬼と出会えば鬼を撮る!そんな気迫で撮り歩きました、ハィまた来週ってとこで終わっちゃいました。

そこで、今日はインド人街とは正反対の位置に立っていたツインタワーのふもとで乗り込んだタクシーで、やっと入口まで辿り着いたインド人街、その名も"Little India"での触れ合いスナップから、中華街までの様子を写真と共にご紹介したいと思います。

まず一枚目。
親切な華僑のタクシー運転手に「ここがインド人街の入口だよぉ」と教えられて降り立ったのが、大通りから、細い、生活臭漂う小路が幾手にも伸びる見晴らしの良い道端。

そこで、首からはM8、左肩にはZeiss Ikon ZMを提げ、目には炎をめらめらと燃やし、まさに鬼の戦場カメラマンの如きオーラを纏い、目に付いた光景をバシバシ撮っていきます。

大通りから一本入った生活道路では、電髪+脱色ロングヘアの小姐と手を繋いだ華僑のおぢさまが前を通り過ぎていくうちに向こう側からは眼光鋭い、民族衣装のサリーも鮮やかな印僑の小母様が悠然と歩いて来られたので、程好い頃合いを見てシャッター切ったのがこの一枚。

まさにM8の吐き出した画か?と疑いたくなるような派手目の発色と超高性能レンズのみが実現する細密描写こそが可能とする登場人物の位置感、かなりの強い日差しの下での撮影であったにも関わらず、なんとも長閑な午後のひと時をリアルに捉えているのではないかと思います。

そして二枚目。
生活道路から路地裏まで鵜の目鷹の目で被写体を探して歩いていたら、面白いオブジェというかスタチューを発見したので、しかも運良く(悪く!?)横で楽しげに携帯でギャルズトォクなんか楽しむ印僑の大姐が居ましたので、電話が終わるのを待ち、かくかくしかじか、それがしは、東京から来た、自称有名ブロガー兼、少し有名なシネレンズ写真家なり!と名乗りを上げ、「ぢゃ、何でもイイから、その有名ブログでこのお店紹介してくれる?」と大姐から交換条件を切り出され、即座に交渉成立、小生の"言いなり聞く蔵"状態でポーズをとって貰ったのがこの一枚です。
え、お店の名前ですって・・・う~ん、そもそもウルドゥ語を英語標記に直したものなので、読めなかったですし、大姐の巻き舌英語で店名だけウルドゥ語の発音で説明されたんで、三歩も歩くうちに忘れちゃったんです・・・

でも、このおっさん(グレートシェフとか言ってましたが)のオブジェが目印なので、皆さん、昭南島に行くことがあったら、是非、ブログで見たとか述べて寄って上げて下さい。もしかしたら、何かサービスがあるかも知れませんぞ。

背景が漆黒の店内で、かなり色黒(失礼!)の大姐が清潔な白衣に身を包んだ姿を撮ったかなり難しめの画ですが、シネレンズを装備したM8はかなり忠実に撮影者の意図通りの描写を果たしてくれています。

それから三枚目。
気の良い大姐に鄭重にお礼の言葉などを述べ、再び、界隈での被写体探しに出掛けます。
今度は、道を渡って、駅に近い方の大通り際をローラー作戦で獲物探しすることにしました。

すると居ました、居ました。
如何にも、男尊女卑のヒンドゥ社会において、自分達は西欧の男女平等主義を"三世の近い"の裏書とする、といった趣きの仲睦まじい初老の夫婦の姿が目に留まりました。

そこで、この場合は後ろからそぉっと近づき、至近距離でぱぁっと撮って、それでも奥方がシャッター音に気付いて振り返ったので、笑顔で目礼してその場を立ち去ったのです。

この生活臭漂う一見何気ないスナップですが、実はこのカット、シネレンズのとてつもない性能をそこここに鏤めているのですね。
例えば、逆光となっている奥方の巻き髪、良く目を凝らせば、かなりの解像度で毛髪一本一本を捉えていることが判りますし、これだけの近接解像度にも関わらず、4~5m後方を歩く印僑2名の姿も、100m近く彼方の道の向こうの建物も、柔らかく、滑らかなボケとして表現しています。

続いて四枚目。
さて、ここから、インド人街の次の来訪地、中華街からの作品です。
地下に在るMRTの駅から中華街の街に出ると、そこは、如何にもアジア的というか、見ようによっちゃ、見慣れたアメ横とか、吉祥寺や高円寺辺りの裏通りの商店街みたいな雰囲気で、まずは、何も考えずに街の空気そのものを捉えようと考え、撮影を開始しました。

すると、或る交差点で目の前のプラナカン様式の古い建物ごと露店の活気を捉えようとカメラを構えた途端、目が合った白人の大々姐がこっちに目線飛ばし、いきなり両手上げピースして笑顔を浮かべたので、勢いに呑まれ、シャッターを切ってしまったのが、この一枚です。

この一枚も雑踏の中のひょうきんな外国人旅行者のお茶目写真と片付けてしまいたくもなるところですが、やはり、シネレンズの異能を示す痕跡をあちこちに残しています。

例えば、大々姐とそのガイドたる現地女性の姿は、妙に輪郭が立っている上、コントラストが背景とは異なり、あたかも3D写真のように浮き出て見えますし、白人女性の肌、そして持ち物のカバンの質感描写は到底40mmクラスのレンズの開放撮影のものとは思えない細密描写です。

また背景も建物の特徴的なパーツは確認出来るくらい姿を残してはいるのですが、決して2線ボケではなく、なだらかなボケでありながら、作画に必要なレベルのディテールの情報は残している、ということで、さすがアメリカンシネレンズのエースと実感しました。

また、35mm用のシネレンズは135判フィルムを実用上全く問題なくフルカバーする、ということの証でもあるのがこのカットなのです。

まだまだの五枚目。
この思いがけない飛び入り参加の熟練?モデルさんに鄭重にお礼を述べ、旅の安全を祈る旨述べその場を離れ、一本北の比較的人気の少ない通りを歩きながら、ネタ探しをしていました。

しかし、面白いもので、マクロレベルの目線できょろきょろと歩いていると、全体としてのダイナミックな風景など目に入らないものですが、ふとしたきっかけ、今回は、或る華僑一家が小生を地元民と間違え、車の窓から顔を出し、目の前の大きなビルを指差し、あそこに行くにはどこをどう通っていけば良いのか?とか聞いてきたのですが、判らんもんは判らんので、そう答え、車が走り去った後、ふと人々の個々の生活の営みとは視点を変え、通り全体を広角的な視点で捉えなおしたら、やはりこれは日本に無い、エキゾチックな光景だ!と閃き、人気の殆どない裏通りから富の象徴たる黄色い高層ビルが見下ろす姿を捉えた次第。

これは、人間の目で見たより、実際は狭い長方形に切り取られた被写界でこそダイナミック感と異国情緒が漂ってくるカットではないかと思います。

これも135判フィルムによる撮影です。

最後の五枚目。
大通りと交差する辺りの街角に、時代がかった漢字の金文字看板も趣深い、なかなか素晴らしい建物が目に留まったので、適当な通行人が寄り付いた辺りでシャッター切ったれ、と思い、ファインダー越しに獲物を待ち構えていたら、来ました、来ました、良いカモが・・・

ただ、このカット、建物が主役で手前の道路を横切る人物はあくまで助演でしかないので、オフフォーカスの前ボケでも、美しくボケてくれるという条件付きなので、この白人カップルが通り掛かるまで、結構待ちました。

男性の姿は半分以上フレームの外になってしまっていますが、手を引かれ、颯爽と画面を横切る白人小姐の姿は、ブレと前ボケによるピンの甘さが却って躍動感を醸し出したのではないか?と工房主は自画自賛してしまいました。

このカットはやはり35mm判のシネレンズですが、M8でも、四隅に若干の影が認められるかどうかくらいのレベルなので、殆ど実用上支障が無い、イメージサークル、画面全体の均質性を備えていることが判ります。

さて、来週は、いよいよお楽しみの「まぁライオン!」の勇姿が登場致します。02年に今の場所に移動して以来、日夜フル稼働で海の水を文字通り怒涛の如く吐き出すその勇姿は、もう二度と「世界三大がっかり」とは言わせません。乞うご期待!!

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  1. 2011/07/31(日) 21:00:00|
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昭南島Endless vol.1

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【撮影データ】カメラ:LeicaM8、ISO Auto、露出 +1/3~+2/3、レンズ、1~5枚目;Baltar50mmf2.3、6枚目;Cine-Xenon28mmf2 全コマ開放
さて、お待たせ致しました。
一部の根強いファンには、工房主人がどうやら海外再挑戦したらしい、との風の噂伝わっていたようですが、遂にその全貌がヴェールを脱ぐ日がやってきました。

工房主人が工房開設前、そう30歳半ばに駐在していたバンコクと並び称される、ASEANの大都会、まさに人種のるつぼ、文化の交差点とも言える、昭南島へ3泊4日のお気楽旅行に出かけて参りました。

今回のお供はボディはM8メインにフィルムがZM、レンズは50mmがBALTARとCine-Sonnar、40mmと35mmがBALTAR、28mmがCine-Xenon、そして24mmがS'Panchroという超豪華な布陣です。

現地での滞在では、元が吝嗇で変わり者の工房主のことですから、低コスト、とにかく写真だけ撮れれば良い、との方針から宿はカトン地区といわれる、都心から少し離れた場所のMRTの駅から徒歩20分程度の歴史的建築物を活用した安宿(窓無し、冷蔵庫無し、アメニティ一切無し)に泊り、毎朝、タクシーでMRT駅まで出勤、そこからMRTで各撮影スポットに出かけた次第。

しかし、全くの闇雲な出たとこ勝負の撮影行脚というわけでもなく、職場に10数年前とはいえ、台湾から出張ベースで昭南島に通っていた人が居たので、MRTの簡単な路線図に工房主の好きそうなスナップの撮れそうな箇所をマーキングして渡してくれたので、あとはバンコク駐在時代に培った街歩きの勘と度胸で、未知の街に挑むこととしたわけです。

では早速、撮った画をもとに工房主の昭南島ツアーの追体験をしていきましょう。

まず一枚目。
MRTから降りて、真っ先に向かったのが、「アラブ人街」とも言われる"BUGIS"の街です。
朝を食べずに宿を出てきたので、街頭観察の目的も兼ね、駅至近のマクドに入り、窓際でモォーニングなんか食べながら、店内の人々の様子と店外の人の流れを抜け目なく観察していました。
すると、民族衣装系の人々が何となく流れていく方向が掴め、地図で確かめると「観音堂」とヒンドゥの寺院が隣り合った地区が近くにあるのを発見し、そこへ歩きながらシャッター適宜切って移動しました。
すると、居た、居た、素晴らしいモデルさんが・・・
そう華僑と印僑の家族が連れ立って、お参りがてら街歩きに来ていたのです。
まずは、声掛けて、娘さん達の整列写真をヒンドゥ寺院前で撮ってから、適当に待ち歩きにくっついていって撮っても良いか?とお伺いを立てると、それで日本に少しでも元気を届けられるのであれば・・・ということで快諾。
早速、お参り後に露天商のリリアンか何かを物色しているところを一枚戴いたのがこのカット。
左から2番目の赤いショールの小々姐の目でピンを合わせていますが、この天蓋の下での光線状態でこれだけ精緻に顔の表情を捉え、背後もなだらかにぼかす、BALTAR50mmf2.3の資質たるやさすがです。

そして二枚目。
何カットか得心いったカットを撮れたので、お礼がてら、日本語標記ながら、工房名刺を渡し、写真は万国共通のコミュニケーションだから、絶対見てね♪と伝え、その場で彼らと別れました。
そして、次の目的地、Little Indiaに移動するつもりで、結局は反対方向に歩いてしまっていたのですが、道端で氷菓子のようなものを売っている、とても笑顔がカンジ良いお爺さんの屋台が目に留まりました。
初めは写真撮っても宜しいか?と聞いたのですが、言葉が通じなかったので、カメラを指差したら、OK、OKと言ってくれたので、暫し、屋台から少し距離置いて、表情の良さげな瞬間をファインダ越しに息を留め狙いすまします。
そして、或る、知り合いか贔屓筋と思しきご夫人がやって来た時、このお爺さんの笑顔はピークに達し、小生は反射的にレリーズ切った次第です。

撮影条件としては、日除け傘の下の人物をほぼ逆光での撮影というかなり厳しいものではあったのですが、M8とBALTARの組み合わせは問題なく、情感溢れたカットをものにしてくれたようです。

このカットではBALTARの前ボケ、後ボケのバランスの良さ、そして逆光でも、全く有害なフレア、ゴーストなど発生しないという潜在的なパフォーマンスの高さを示す結果となったわけです。

次いで三枚目。
次の目的地への間違った、というか正反対の方向への待ち歩きは、とんでもない僥倖を引き寄せました。
裏通りにちょっと開けた商店街みたいなところがあり、そこで、昭南島有数の大企業、Singatelのイベントやってて、結構、愛くるしいカンジの小姐2名が進行お手伝いなんかやってたのです。

早速、イベントの様子を何カットか撮って、この向かって左の小姐に日本からやって来たそこそこ有名な写真家だが、小姐を一枚撮らして欲しいとかお願いしたら、この生真面目な小姐は奥へすっこんで行って、イベント責任者にお伺いを立て、一緒にやって来た30代半ばと思われる華僑の青年が、ノープロブレム、昭南島にも美人が居るということを世界中に発信してくれるなら、好きに撮ってくれて構わない、との太っ腹なお返事だったので、早速、お二方に並んで貰って撮ったのがこのカット。

M8とBALTARの組み合わせだと、時に解像力が勝って、カリカリの描写となってしまい、小姐を撮るのには必ずしも相応しくないことがありましたが、今回は屋内と屋外の境目で、ミックスライトとなったライティングも味方したのか、お二方を柔らかげな良い案配に捉えています。

それから四枚目。
まだまだ間違った方向にどんどん進んでいくと、まだまだ開発の手が及んでいない、古い昭南島の佇まいをあちらこちらで窺うことが出来ます。

この街並みもBUGIS駅から南方面に下っていった、幹線道路に囲まれた地区の一角だったのですが、いかにも華僑が好みそうな建物のエクステリア、そして、漢字とその音訳の英字標記の時代がかった看板などが良い風情を醸し出しています。

しかし、その手前の路上には、中国系、道を渡った建物のふもとには、白人の観光客と思しき姿が見られ、まさにここは文化の交差点の街だという実感が湧きました。

まだまだの五枚目。
このレトロな感じのする商店街を暫し歩いて散策すると、バンコクしかり、香港しかり、華僑が進出しているところにつきものの緩いカンジの食堂が一軒、目に留まりました。

そこで、店の前に立ち止まり、その様子を一枚戴いたのがこのカット。画面向かって左のインテリ風の女性は、M8の比較的大きめのシャッター音に気付き、この直後、顔を上げましたが、こちらが笑顔で黙礼したら、向こうも微笑みで返してくれ、初めての異国の街角とはいえ、妙に懐かしい気持ちになったのは不思議でした。

最後の六枚目。
結局、かなり大きなツインタワーまで歩き通し、そこにタクシー乗り場が有ったので、Little India駅まで乗っけて貰い、しかるのち、無事撮影を開始しました。

インド人街一発目のカットはそのカラフルな商店の佇まいと、その前を歩く印僑の女性達です。

しかし、注意深く街の看板の標記を観察すれば、街全体の雰囲気、そして個々の商店の造作もどことなく、インド風ながら、しっかりと漢字表記の店も有るのは興味深いものです。

この多国籍の街並みを流れる緩やかな空気みたいなものを、久々の活躍となるCine-Xenon28mmf2はしっかりと捉えてくれたような気がします。

5~6m先にピンを合わせたら、ほぼ無限まで極僅かながらなだらかなボケで捉え、また構図手前の周辺光量落ちも相俟って、異国の町を雰囲気溢れる描写が出来たのは、我ながら、なかなか良いレンズ選択だと思いました。

さて、来週はこのインド人街から、チャイナタウンまでの街の様子、人々の生き様をご紹介したいと思います。
乞うご期待。

テーマ:街の風景 - ジャンル:写真

  1. 2011/07/24(日) 20:00:00|
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A mistery of prestigious legacy ~Sonnar5cmf2 S mounted~

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【撮影データ】カメラ:Nikon SP Kodak Ektar100 全コマ絞り開放、ロケ地:成田市
ちょっとばかし、西方浄土に旅に出ていた都合上、皆様お楽しみ?の当ブログの更新が、火曜夜にずれ込んでしまいました。お待たせして申し訳有りませんでした。

さて、今週のご紹介は、秘宝館所蔵品に分類すべきか、或いは工房作品とすべきか悩みに悩んだのですが、あくまでも工房が手を下したのは、レンズエレメントの分解清掃と回し積み、そして光学ブロックの無限調整しかやっていないので、改造レンズかと言われれば、そうではなく、修理品です、としか言い様がありません。

では、何故、たかがありふれたゾナー一本如きにそんなに悩むのか?ということですが、これには少々事情が有って、要はそもそもの入手の経緯が、某巨大カメラDPEチェーンの八重洲口店で中古カメラ・レンズを捨値で叩き売っていたことがあって、そこで、このレンズは、「修理不可品、無限来ず」とかいうおどろおどろしい札をつけられ、こんなキレイな佇まいにも関わらず、1万数千円でも買い手が付かない代物だったらしいのです。

工房では、当時ニコンマウントのキャノンレンズやキャノンのヘリコイドを利用したニコンSマウントのL39化がかなり自在に加工出来るようになっていたので、このレンズも、買って帰って、何とか使いこなそうと持ち帰ったのまでは良かったのですが、光学ブロックと鏡胴に相当するアウターハウジングを分離したところ、光学ブロックのシャフト部が太すぎ、手持ちのL39ないし、Mマウントのヘリコイドマウントユニットにははまるものがなかったので、数年間、防湿庫内に放置されてきたのです。

ところが、先の5cmf1.5のNikon Sマウント化に気を良くして、もしや、と思い、このレンズもピント基準機をコンタックスIIaではなく、Nikon SPで試したところ、無限から最近接までドンピシャ!組み直した翌週、M8とSLカプラで試してみたら、シネゾナーもかくやあらんとばかりの解像力と立体感で応えてくれたのです。

では、この「無限来ず」ということで、ヂャンク扱いされていた理由は何なのでしょうか?
まず、このレンズを開けてみたら、通常、必ず入っている筈の光学ブロックとハウジングの間のスペーサとかワッシャの類いが全く入っていない状態だったので、これを入れれば通常のツァイス基準の32.0mmになるのか思い、真鍮の無垢インゴットから削り出したリングスペーサとアルミ箔の厚みの違うものを組み合わせ、コンタックスに合わせようとしたら、5~1.5mにかけて確かにピンが大甘で、距離計の二重像を信じてピン合わせをしようとすると、かなりの後ピンとなってしまい、おかしいなと思い、投影像で焦点距離を概算してみたら、何度やり直しても、焦点距離自体が52.2mm無く、寧ろ、ニッコール標準の51.6mmとほぼ同程度しかありませんでした。

これでは、52.2mmの基準焦点距離前提でフランジバック32.0mmで合わせても無限から最近接までが上手く合うはずもありません。

そこで、工房では、先の5cmf1.5に倣い、ニコンSPで無限取ってみたらドンピシャとなった次第。

では、何故、時折、戦後のオプトンの玉には、51.6mm基準で組んだとしか思えないようなゾナーやテッサーが出てくるのか?ということですが、いわゆる熱烈なマニア諸兄が金科玉条金城湯池の如き扱いをするいわゆる「黄色い電話帳」とかいうヤツに載っている否かは別として、勝手に想像力を働かせれば、この時代的には、ちょうど朝鮮戦争の激化している頃ですから、ダンカン達のようにニッコールをL39マウントにしたものをライカに付けて取材に行く者もいれば、極寒の朝鮮半島でコンタックスに比べ内部メカが簡単でしかも頑丈なニコンのボディを信頼性の観点から使いたいが、レンズだけは使い慣れたツァイスのものでなければダメだ、という我がままな注文を付けたカメラマン、記者の類いが居たとしたら、しかも、彼らが長年ツァイスの優良な顧客であったとしたら、そもそも、ツァイスオプトン社はレンズ主体の会社であり、カメラ自体は言わば子会社による傍流ですから、大切なお得意さんのたっての願いということでしたら、マウントの構造自体はほぼ同一で基準焦点距離とフランジバックが微妙に異なるニコンS向けに非公式ながらレンズを特注で供給した、というケースが有ってもおかしくはない、と考えた次第。

まぁ、経緯はどうであれ、ニコンSマウントでドンピシャにピンが来る個体が存在するのは、事実ですから、早速、開放による写りを見ていきましょう。

まず、一枚目。
今回は、成田の祇園祭りに初見参です。
そう、毎朝東京駅構内を東の端の大手町から西の外れの二重橋付近まで歩く途中、東西通路壁面に四季折々にJR東日本管内の催しの蟲惑的なポスターが掲示されており、それを見ながら難行苦行の通勤をしているワケですが、今年は訳有って、佐原の夏祭りには行けないため、何も考えず、ぼぉーっとしながらふと一枚のポスターに目を走らせると、「成田祇園祭り」という勇壮な写真に何か心惹かれるものがあり、矢も盾もたまらず、行きたくなってしまいました。前週は小諸にまでのこのこ出かけて行って、よくよく考えてみればそのまた前の週には潮来のあやめ祭りにも出かけていたのに・・・です。

バスで佐原まで行き、12時前に着いたので名物の鰻重など戴き、しかるのち、成田線で成田まで戻り、駅から降りてすぐ、腕鳴らしに全手動カメラのSPで撮ったのがこの画。
ちょっと露出オーバーの感なきにしもあらずですが、M8で撮ろうと、R-D1sで撮ろうと、だいたい、こんなもんです。
露店の軒下に潜りこみ、いたいけな小々姐がかき氷を受け取る瞬間を狙いレリーズ切りました。
お父さんは怖い顔のカメラ目線でこっちを見てますが、写真撮った後、「有難うございましたぁ☆」とか声掛けたら、「いぇいぇどうも♪」とか破顔で応えてくれました。M8ならノーファンダでそのお父さんの笑顔も捉えたところですが、お礼言いながらもう一枚とか言うほど図太いメンタリティでもないので・・・

SPの二重像の見易さの都合上、小々姐のVネックでピンを合わせましたが、同一距離に有ると思しき、胸のスパンコール、かき氷を持つ手、お店のおぢさんの手の皺の描写などは大したキレだと思いました。

そして二枚目。
お店を出て参道を歩きながら、次なるモデルさんを物色していたら、またもやかき氷を食べている可愛い小々姐が目に留まりました。

そこで、一緒に居たお母さんに「一枚撮らせて貰ってイイですか?ブログのネタにしたいもので・・・」とかお願いし、お二方で並んで戴いて撮ったのがこの一枚。
色によって、シャープさの見え加減が変わっているようですが、実際は小々姐のお顔から指先まで、同一焦点面では、全てお母さんの帽子の網目並みの解像力が出ています。

しかし不思議なことにこの銀塩フィルム時代の銘レンズは、本来のフィルムで撮ると、カリカリ感を感じさせず、寧ろ人肌などマイルドに描写する傾向がありますが、M8だと開放からカリカリになってしまうようなのです。

お母さん、もしこのブログをご覧になって居られたら、メールして戴ければ、この写真を伸ばしたものをフレームに入れてお送りしますね。ほんのささやかなお礼ですが・・・

続いて三枚目。
モデルさんになって頂いた親子さんに鄭重にお礼の言葉など述べ、弊ブログの名刺などお渡ししてその場を立ち去り、またもや会場となっている参道をきょろきょろしながら、如何にも不審人物然としてカメラ2台ぶら提げた中年ヲヤヂが徘徊していきます。

すると、ちょっとした広場になっているところで、良く似た雰囲気の小姐お二方がこれまた、お揃いと見紛うような柄の素敵な浴衣着て、かき氷などを頬張っています。

そこでまたこのお二方に「食べてるところ横から撮らして! 自然な表情でお願いね、カメラ目線はノーよ!」とかかなりわがまま放題な注文つけて撮らしてもらったのがこのカット。

ここでは手前の小姐の顎でピンを合わせていますが、ガラスの容器の質感、手提げの籐の網目、そして可愛い鼻のてっぺん・・・さりげなく高い解像度と人肌の柔らか目の描写を両立しています。

ただ、後ボケがゾナー一族固有のマイルドな蕩けるが如きそれではなく、ニッコールとか、ズミクロンのような若干芯の残った硬めのボケとなっているのがちと残念です。

まだまだの四枚目。
かき氷3組目の小姐コンビに心からお礼の言葉など述べ、また会場である参道を山門に向かい下っていきます。
すると10mも行かない辺りに"島倉千代子"みたいなブロンズ像があり、その麓にどっこらしょと腰を下ろし、泰然自若と麦茶などを味わおうとする童子が居たので、ニ、三歩歩みより、「お~ぃ、撮るぞよ!」とか一声掛けて、こっちを向かせてレリーズ切ろうとしたら、さすがにSPでピンを合せる時間に待ちきれなかったのか、或いは写真を撮られることに全く執着心などないのか、一瞬こっちを向いたかと思うと、また虚空に目を走らせ、何かをぶつぶつと唱え始めたので、仕方なくテキトーなところでレリーズ切ったのがこのカット。

ここでも、あまりカリカリ感は目立ちませんが帽子の生地のテクスチャ、銅像の鋳肌、そして運動靴など被写界深度内に有るものは、やはり相当高い解像力でその姿を捉えています。

しかし、やはりここでも残念なことに背景の木の葉が若干渦巻き加減になってしまっていました。

最後の五枚目。
参道を下っていくと、山門の手前数百メートル付近には、古い木造の風格有る建物が並んでいます。
或る意味、平屋建てメインで土蔵ベースが殆どの佐原と較べても、狭いつづら折の下り坂に軒を寄せ合って建ち並ぶ木造建築群の醸し出す風情からすれば、こちらの方が江戸情緒という点では上かも知れません。

その木造建築群の前で、神輿のスタンバイを待つ、男衆の勇壮な後姿を捉えたのがこのカットです。

確かに沖縄のハーリー大会で見た、進駐軍兵士の力漲る後姿には、心打たれるものが有りましたが、この白装束の男衆の凛々しい佇まいは、更に心のもっと深いところで、言わば日本人の原風景として共鳴し合うものが有ったと思いました。
ここでは画面中央の男衆の一人の捻り鉢巻にピンを置きましたが、画面手前も奥手も素晴らしくなだらかなボケ加減となり、またこれだけ白装束が大集合したにも関わらず、不要なフレアが画面を占領することなく、あくまで、クリアにシャープに場の清冽な空気まで写し撮り、この"異形のレンズ"もやはりゾナーなのだ、と思った次第。

今回の感想としては、たとえヂャンクと思われたものでも、ちょっとした想像力と手間を惜しまずに愛情を注げば、期待以上のアウトパフォームを発揮することが有る、ということ。これだから、レンズ沼からは抜けられないのですが・・・


さて、来週から旅の記録を3週に亘りレポート致します。乞うご期待。

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  1. 2011/07/18(月) 22:30:56|
  2. 深川秘宝館
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Like a jewel confronting Japanese tradition~Cooke Sppedpanchro24mmf2 mod.M~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE 露出+1/3 ISO 200 全コマ開放、ロケ地:茨城県潮来市
さて、ここ深川も梅雨が明けたと思ったら、もう日曜の晩がやってきてしまいました。
今週のご紹介は、工房、夏の新作レンズのご紹介です。

このレンズ、加工自体は4月の初めには完了していたのですが、なにぶん、最後面に擦れがあったり、中も曇り気味であったりと、あまり程度の宜しくない状態で改造してしまったので、いっぺん試写したら、あまりの写りの悪さに嫌気がさし、さてどうしたもんかいなと逡巡した挙句、今までかなり難度の高いレンズレストアをシネレンズも含めて引き受けてくれている、某川崎八丁畷の協力工場に持ち込むこととしました。

基本的にその業者さんは、「改造・変造機材の修理お断り」を掲げて純正品だけの修理、或いは一部改造を行っているのですが、今回は、この深川製改造レンズをコンプリート品扱い?でレンズブロックを取り外すことなく、レストアを引き受けてくれたのです。

果たして、2ヵ月後、長い年月と英国からの長旅?でよれよれになっていた稀代の銘シネレンズは、生れ落ちた時のままとまではいかないまでも、スコットランド辺りの初夏の湖の水面を彷彿とあせるが如き美しい様子になって工房へと戻ってきたのです。基本的には光学ブロックの再生だけをお願いしたのに、ヘリコイドオイルを入れ替え、光学ブロックを留めるリングに回りどめのワッシァが奢られていたのは、その業者さんのサービス精神の表れでしょう。

さて、このレンズの氏素性についても、判る範囲で述べておきますと、英 Rank Tayler Hobson社がEyemoという35mmフォーマットのシネキャメラ用に出した交換レンズらしく、恐らくは1940年代後半から、1950年代の半ばまでに製造されたものと推定されます。

構成は前2群3枚、後2群3枚の計4群6枚の典型的なオーピック/プラナータイプとみられるコンパクトなレンズです。

では、前置きが長くなりましたが、早速作例いってみましょう。

まず一枚目。
6月の最終週の週末、ふと思いつき、佐原の罹災状態も視察がてら、あやめ祭りでも撮ろうと思い、東京駅からバスに乗り、茨城県潮来市までやって参りました。
駅の観光案内所で「あやめ祭りの会場や何処に?」と訊く間もなく、バスや電車から降りた人々が西の方向にすたすたと歩いていきます。

確かに耳を澄ませば「潮来花嫁さんわぁ、舟で行く~♪」とか、あまり高級でなさそうなスピーカーから放送されているらしく、ちょっこしビビッたカンジの歌曲が風に乗って聞こえてきました。

何も食べずに11時20分のバスに乗り、1時半前に現地に着いたので、何か腹ごしらえしてから、気合い入れて撮影に取り組みたかったのですが、イベントのスケジュールとシャッターチャンスは、個々人の都合では待ってなどくれません・・・多少くらくらする頭と時折、悲しげな収縮音を奏でる空きっ腹を気力でねじ伏せ、河川敷のあやめ祭り会場に足を踏み入れたワケです。


すると居ました居ました、こういうイベント会場につきものの「ミスXX」が。

挨拶代わりに早速声を掛けて、一枚撮らせて貰いました。

被写体である小姐お2方はピンがばっちり来て、前髪とか、絣の着物のテクスチュアまでかなり細密に描写していますが、背景がいけませんでした・・・目を覆いたくなるほどとまではいきませんでしたが、渦を巻きかけています。
また、このくらいの距離でも、四隅の光量はひと目で見て判るくらい落ちています。

続いて二枚目。
記念すべき人物撮影のテスト一発目となって戴いたミスあやめ祭りの小姐お2方にお礼の言葉など述べ、幸先良いスタートに気を良くし、空腹もそっちのけで目に付くものを2台のデジカで乱写?していきました。

すると、暫く歩くと、よく観光ポスターなどで目にする機会も多い、体裁優先、歩くのにはかなり骨が折れそうな観光歩道橋?が目に留まりました。
そこで、四隅の光量落ちを予め見込んで、アーチ状の被写体を配置すれば、結構面白い画になんぢゃね?ってことで、思い立ったが吉日、心ばかりのおまけ程度にあやめの花畑なんか入れて、壮大な光学特性の実験を行いました。

ピンは画面中央手前の白っぽいあやめの花弁に合わせていますが、中央部が露出オーバー寸前なのにも関わらず、四隅はアーチ上にブラックアウトし、なかなか良い雰囲気になったと思いました。

しかし、この背景の橋の像の崩れ方はいかんともし難く、またしても地震でも再来し、この頑強そうな鋼構造物が揺れているのか?とでも見紛うような揺らぎにも見えました。

そして三枚目。
背面LCDで出来栄えを確認し、一人悦に入っていると、いたいけな小々姐から還暦近いご老人まで、実に3世代に亘る?女性だけのグループが工房主の傍を通り過ぎ、適当な景色を背景に記念撮影など始めました。

これもこういうイベントのひとつの風物詩ですから、見捨てては置けません。「一枚撮らして貰いますよぉ」とか、撮影に没頭していて周囲が見えていないご一行に声を掛け、一枚、幸せのお裾分けを頂きました。

真ん中のカメラを構える小々姐の帽子でピンを合わせていますが、24mmという超広角に属する焦点距離ながら、何故かこの2人の小々姐が、心持ち周囲から3D画像のように浮き立って見えるといったら、手製のレンズに対する身びいきでしょうか?
ここでは、背景はそれほど暴れてはいないようです。

まだまだの四枚目。
お母さんと思しき恵比須顔の中年女性に撮影協力のお礼など述べ、また足早に会場を奥に進みます。

何とならば、本日のメインイベント「潮来花嫁舟」の挙行が間もなく迫っていて、会場にはかの名曲「潮来花嫁さんわぁ、舟で行く~♪」が一段と高く奏でられ、心のテンションは否が応にも高められてしまい、一刻もその歴史的瞬間をこの目に焼き付けたいと気が急いたためです。

すると、観光手漕ぎ舟の船付場の横に、有ったではないですか!? 花嫁舟そのものが・・・

赤い毛氈敷き詰めて、船首には角樽2丁、その後ろには、米3俵、そしてミドシップには、花嫁の嫁入り道具を象徴する小ぶりな長持と花嫁自身が腰掛ける錦張りの床机があります。

いかな水都深川に暮らす身とは言え、花嫁が舟で嫁ぐなどという行事は今まで目撃したことがありませんから、何故か場違いとも思わず「瀬戸の花嫁」など口ずさみながら、軽快にシャッターを切っていきました。

ピンは長持ちの金具で合わせていますが、この距離では前ボケも後ボケとなるはずの背景の観光船の乗客各位もまずまずの描写で一枚の画面に収まっています。

最後の五枚目。
花嫁舟にくっついて、どんどんと歩きながらシャッター切っていきました。

舟は細い運河から利根川の支流と思しき広い水面に出て、待ち構えていた、やじうま、親族、友人が一斉に祝福の声と喝采を浴びせます。

舟上の花嫁さんは、肝が据わって泰然たるものですが、堤防の上で待つ旦那さん?は、羽織袴に身を包みながらも周囲の声、目線に萎縮してしまっているようで、そこはかとなく居心地が悪そうでした。

そんな窮地の新郎を面白がって激写しようとする不心得?なカメラマンも居た事は居たのですが、正統派スナッパーの工房主はそんな弱いものイジメはしません。

ふと水面の舟に目を転じると、一隻の屋形船が近づいて来て、今。まさにすれ違おうとした刹那、窓から上半身を乗り出した、いかにも北関東に居そうな中期高齢者っぽいご夫人が、「キレィよぉ! 頑張ってね! お幸せに!!!」と声を張り上げてエールを送っていました。それを受けた花嫁さんが、深々と黙礼している瞬間を捉えたのがこのカットです。

舟の上の人、モノ、のみならず、まだそれほど暖かくはなっていない利根川水系の水面の温度感まで捉えているところから、このレンズは手許に着いた時から比べ、完全に産まれ変わったと確信するに至りました。

この一連の行事で、何百万円もお金を掛けて、都内の有名ホテルやメゾンタイプの高級レストランでの結婚式も良いかも知れないが、名も知らぬあまたの人々から声援を受け、また彼らの心にいつまでも原風景として残るであろう、こういう結婚お披露目もイイなぁと思いました。

さて、来週は工房附設秘宝館から何か登場致します。乞うご期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2011/07/10(日) 21:00:00|
  2. Arri改造レンズ群
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Nacido en la isla mutación Oriental~S-Nikkor P・C8.5cmf2~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE ISO200 全コマ開放 SLカプラー、MLリング経由装着 目測
さて、今宵のご紹介は、予告通り、「秘宝」いきます。
まずはいつも通り、簡単に登場レンズの氏素性から述べます。
このS-Nikkor8.5cmf2は1948年登場、ニコンのSマウントレンズのラインナップ中では標準の5cmf2の1946年に次ぐごく初期の登場です。

このレンズ、そして日本光学の命運を変えたという僥倖なる事件?は登場して間もない1950年に起こります。

もう世界的に有名なエピソードですし、ニコンの会社サイトにも詳しい話は載ってますから、端折って述べますと、LIFE社の日本人カメラマン三木淳氏が、遊び半分で世界的にも名声の高いLIFE誌専属カメラマン デビッド・ダグラス・ダンカン氏のポートレートを撮り、後日そのプリントを本人がひと目見て解像力に驚愕し、すぐさま日本光学本社に赴き、入手したニッコールを朝鮮戦争の最前線で駆使して世界的に名を挙げた、という話です。

まぁ、一説にはダンカンを撮ったのはこのタイプのレンズではなくて、ニッカについていたL39判の5cmf2だったという異説もありますが、何れにせよ、日本光学本社を訪ねたダンカン一行は、投影検査装置での評価結果に驚愕し、ライカマウントのニコンレンズ一式を買い求め、朝鮮戦争での傑作をものにした際、この8.5cmf2が極めて高い評価の、夜間行軍の米兵士のカットをものにし、それが世界中にニッコールの優秀さを知らしめる結果になったのですから、きっかけが5cmだろうと8.5cmだろうと、あまり大きな違いはないのではないでしょうか。

このレンズの構成は3群5枚、お約束の二群目は3枚貼り合わせ、最後群は1枚の凸レンズのみとなっています。
これは、戦前にツァイスが設計したシネゾナー85mmf2に範をとったものとも言われていますが、友人の持っていた銀鏡胴の同スペックのものと較べた限りでは、フレアの少なさ、色の艶やかさ、解像力、何れも開放から上回っているとの感がありました。

尤も、縁あって工房にやってきた黒鏡胴の粗ローレットタイプの個体、そう、最後期型は硝材にも少なからず変更があったようなので、オリジナルと最終進化形を較べるのはあまりフェアでもないような気もしましたが。

さて、早速、作例紹介いってみます。今回のロケ地は浅草。愛用のSLカプラを使用してのR-D1s利用だったのですが、どういうワケか距離計連動が全く効かなかったので、仕方なく、85mmf2クラスのレンズの目測撮影というせっかくのシャッターチャンスを逃しかねない暴挙に出ざるを得なかったわけです。

まず一枚目。
浅草寺境内では休日ともなると、縁日のような賑わいで、露店やら屋台が出て、様々なおもちゃや手工芸品、そして食べ物の類いが売られています。

しかし、地震から早100日も過ぎ、浅草界隈にも、隣国の友人達が大挙して戻って来てくれたらしく、あちこちの屋台で、中国人観光客各位が野趣溢れる食べ物にチァレンジしていました。

この小姐2名は正真正銘の香港産?小姐ということで、何かのプロモーションの用事で訪日したタレントさん、或いはモデルさんのようでした。
というのも、この小姐2名を連れて、かいがいしく世話を焼く中年男性はどうみても、パトロンってカンジでもなく、いかにもマネージャがお目付け役で自由時間の面倒を見ながら監視もする、という様子でしたので。

目測での撮影でしたが、何とか小姐2名は被写界深度には収まったようです。

開放でのフレアは5cmf1.5や同f2よりは少なく、鑑賞の妨げにはならないようです。

また後ボケはゾナー一族固有の説けるカンジのイイ案配で主人公2名が浮かび上がるような演出効果を高めています。

そして二枚目。
宝蔵門傍まで戻ると、今流行りのi-phoneだかで宝蔵門の裏側をバックに自分達撮りしようとしている小姐2名が居ました。
こちらはかろうじて国産だったようです。

声を掛けて、シャッター押してあげるから、代わりにモデルさんになって!と取引を持ちかけることは簡単確実ですが、ここで2つの問題があります。
一つ目は、目測なので、撮ったばかりの写真が万が一ピンボケだったら、取り返しのつかない気まずい雰囲気を醸し出してしまうこと、二つ目は、声掛けて正面からピースなんかやってるとこ撮った日には、この特徴的なお揃いの特大サイドリボン付きカンカン帽の特徴が画面に捉えられない、ということです。

そこで、肖像権に最大留意しつつ、横からスパッと目測でシャッター切ったのがこのカットです。

甘めの結像なので、ピンボケか?と思いきや、良く目を凝らして見れば、手前の小姐カンカン帽のア-スカラーのサイドリボンの網目がくっきりと繊細に描写されているのが判ると思います。

このレンズ、どうやら、解像力はそこそこ高いにも関わらず、線が太いため、あまりシャープさを感じあせないような特徴があるようです。

それから三枚目。
浅草寺境内を3頭の白い大型犬を連れて散歩し、ところどころで犬を休ませながら、子供達に触らせたり、一緒に写真を撮らせたりして、動物とのふれ合い経験をさせようという家族をたまに見かけます。
この時もまた出会って、手漕ぎポンプの手前で犬が一休みモードに入ってよっこらしょと横になってしまったので、物珍しさもあって、万民の民が集まってきます。

その中で目を惹いたのが、おそらく、産まれ故郷の犬種なのかも知れませんが、ロシア人と思しき中年女性が、日本人のパートナー?と共に犬たちのもとへ足早に歩み寄り、ハラショー、とかスパシーバとか言いながら犬たちの頭を撫で、すっかり日本人の習慣に染まってしまったらしく、携帯電話のカメラで犬たちの優美な寝姿などを撮っていたシーンです。

北の国産まれの大型犬とその国の女性の組み合わせがあまりにも印象的だったので、ここで一枚頂きました。

白い服、白い犬、そして画面上部には北側とはいえ、空が写り込んでも、フレア発生によるコントラスト低下は見られないところはさすがです。

またここでも、発色は過度に華美とならず中庸で、ボケもなめらかに表現されて、かなり好ましい描写と見受けました。

まだまだの四枚目。
浅草寺の境内を出て、仲見世を雷門方面に向かいます。
午後の陽は傾きはじめ、店先には灯火が点り始めます。

仲見世の一番端に立ち、少し先の揚げ饅頭屋さんだかで灯りの下で賑わう様子を軒下の提灯のボケ加減推移とともに描写してみよう、という目測ではかなり無謀な試みを行いました。

さすがに蛍光灯もハロゲンランプも、フレアが生じてしまいましたが、それでも、灯りから少し外れた人物達の描写は的確です。斜め後ろから僅かに伺える表情、衣服のテクスチュア、渋めの発色ながら細部に至るまでしっかりと捉えています。

ただ、何故かこのカットではバックのボケは僅かながら二線傾向が認められるのが残念です。

最後の五枚目。
モニタで撮った像を確認していたら、目の前を水兵さんが通り過ぎました。
早速、追い縋って、仲見世を歩く、哀愁の後姿を撮らせて!とお願いしたら、快諾。

かなりゆっくりめに歩いてくれたので、間に割り込もうという輩もおらず、85mmをR-D1sに付けてのことですから、実質130mmくらいの中望遠で以て、人通りの多い仲見世で凛々しい後姿のスナップに成功したわけです。

人工光と残照のミックス光源での撮影となりましたが、この無垢の純白の制服は、ごく微かな上品なフレアのみを発しただけで、彼の凛々しい心の中までを映し出したかの如きカットとなった次第です。

今回の感想は、このレンズ、目測ということもあり、必ずしも100%性能を発揮したワケではないので、やはり工房秘宝中の秘宝、報道用SP黒とタグを組ませて、エクターフィルムででもスナップしてみたいと思った、ということです。

さて、次回は工房製改造レンズの登場です。乞うご期待。

テーマ:ニコンSマウント - ジャンル:写真

  1. 2011/07/03(日) 21:00:00|
  2. 深川秘宝館
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プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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