深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

琵琶湖周遊の唄'11夏

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【撮影データ】カメラ:1、3、6枚目;Leica M8、2、4、5枚目;Zeiss Ikon ZM フィルム、2,4枚目;Kodak Ektar、5枚目;Fuji Premia400、レンズ:1、5枚目;Baltar35mmf2.3、2、6枚目;Cooke Kinetal50mmf1.8、3枚目;A.Belrin G.Tachar32mmf2.3、4枚目;Baltar40mmf2.3FMAO
さて、また一週間はあっという間に過ぎ、日曜の晩がやって来てしまいました。
今回は、どっかの政党代表戦ではないですが、熟慮に熟慮を重ねた結果、先週末に三泊四日で出かけた、久々の琵琶湖東岸の旅からご紹介します。

先週の金曜日19日、全国の空が荒れ模様なのもものかわ、こだまに乗って、名古屋、米原経由、ベースキャンプに定めた滋賀県長浜市駅前の宿に辿り着きました。

もう、この時点でも空模様はかなり怪しく、ホテルに着くや否や、まだ陽が有ったので、寸暇を惜しみ、折畳み傘をカメラバッグに忍ばせて、街撮りを開始しました。

一日目は長浜のみ、二日目は近江八幡、三日目は彦根、そして四日目は長浜でお昼過ぎまで撮ってから、また米原・名古屋経由、元来た道を辿り、お江戸深川に戻ったという、天涯孤独の身故可能なきまま旅を楽しんできました。

では、早速、足跡を辿りながら写真を見て行きましょう。

まず一枚目。
到着日19日の午後は、いつも観光客で賑わう黒壁スクウェアはやり過ごし、大通寺という、市内で一番古くて大きな寺院の界隈にも古色蒼然とした街並みが残っているので、こちらに回り、長浜らしいカットを狙いました。

しかし、待てど暮らせど、街の生活の息吹を感じさせるような通行人が来ない・・・観光スポットを数百メートルでも外れれば、地方の観光地ってのはこんなものですから、仕方なく、無人の街角に向けシャッターを切りました。
ま、これはこれで、街並みの造型のみを純粋に眺めることが出来、悪くはないのですが・・・
M8とBaltar35mmf2.3のタッグが、ソリッドながらボケもなかなか美しいカットを作り出してくれました。

そして二枚目。
M8で撮った画は当然、背面モニタで結果が確認出来ますから、その内容を見てから、まずまずの幸先に気を良くして、次の撮影スポットを探し回りました。

人が行き交う黒壁スクェアの街頭をただ漫然と撮っても、ただの旅の記念写真に終わってしまうので、もう一捻りも二捻りもあるカットを考えねばなりません。

そこで、習慣となっている、アフタヌンティーを遅めに楽しんだのち、茶店の周囲の庭が観光客向けに開放されているので、散策しながら、被写体を物色します。

すると目に留まったのが、ガラス製のたんざくというか、お願いを書き込んだ、お星様のオブジェです。
ここは、シャープながら密度感の有る描写を誇る、Kinetalの出番です。

「サッカー選手と結婚出来ますように!」とか、愛くるしい願い事が緑のマジックで書き込まれたガラスのお星様に向けシャッターを切ったのがこのカット。

一つの☆以外は皆アウトフォーカスになり、また背景もダイナミックに崩れ、普段はジャントルで堅実な描写を売り物とするKinetalにも、こんな遊び心が有ったのか!と驚いたカットになりました。

それから三枚目。
翌20日は朝から近江八幡に出かけ、バスで大杉町経由、日牟禮八幡界隈に移動し、11時半過ぎから撮影を開始しました。
この近辺は、「八幡堀」という安土桃山時代からの運河の遺構が残っており、その周りには、古めの家屋や建築物が点在しており、水面に向け鬱蒼と茂る樹木も相俟って、夏には格好の撮影スポットになります。

そこで、早速、お堀端の遊歩道に降り、獲物、もとい被写体を物色していると、来ました、来ました、格好のお二人さんが・・・

カメラを構えたままやり過ごし、通り過ぎて、適切な距離のところで、シャッターを切りました。

ここはやはり、ガウスタッカーの素晴らしいところで、光線状態の悪いシチュエーションでのこんな抜き打ちみたいなスナップでもシャープネス、色バランスとも文句の付けようもない、カットをプレゼントしてくれました。

数年前、同じようなシチュエーションで、良く出来た"当り玉"とまで言われたズマロン35mmf3.5でも撮りましたが、やはり貫禄の違いを見せ付けてくれたようです。

尤も、ここでは、ガウスタッカーはフィルタを付けているので、小雨模様の撮影でもOKということで起用したことから、まさにこの地方の名産である、「瓢箪から駒」だったのかも知れません。

続いて四枚目。
八幡堀の遊歩道で適当に撮影しながら涼み、お目当ての「たねや日牟礼舎」で豪華なランチを戴いてから、大杉町界隈の古い町並みを撮りに出かけました。

このカットは、だいぶ前に撮影に来た時、やはり、俄か雨に捕まり、軒下で雨宿りしていたら、偶然、愛犬の散歩に出て来られたご当主の方が、お互い犬好きで、愛犬の話しで意気投合したことから、屋敷内で雨宿りさせて戴くのみならず、その間、お茶を一服戴いてしまったという思い出のお屋敷の門前なのです。

やはり、江戸時代からの風雪に耐えてきたこちらの屋敷の佇まいには感動を覚えましたし、このような街並みを大事に残し、またよそ者にも心優しい街の人々にも敬服し、再訪した次第です。

Baltar40mmf2.3FMAOの安定した描写性能は高性能なEktarフィルムと相俟って、すっきりしながら、味わい深い描写で、被写体である建物の上を流れて来た、幾星霜の月日の重みすら写し取っているような気がしました。

まだまだの五枚目。
旅程三日目の21日は、井伊家のお膝元、彦根へ出かけました。
彦根といえば、まずは「彦根城」こちらを訪問しないで、写真撮影ツアーを語ることは出来ません。

当日は、やはり朝から降ったりやんだりで、夢京橋キャッスルロードという景観地区、そして四番町スクェアの辺りを撮って、そして、前回も訪れた有名な鰻ひつまぶしのお店でランチ、そして夢京橋キャッスルロードの入口付近のおっされなカフェでケーキとお茶でも戴こうと思っていたのですが、ランチを食べたら、日頃の行いが宜しくないのか、雨足が強まり、城の下の観光案内所みたいなところで、暫し雨宿りを余儀なくされました。

小一時間ほど経ち、小降りになったところで、再び、お城周りの撮影に出かけ、寸暇を惜しみ、鵜の目鷹の目、被写体を探す中、ふと大手門の橋のところで、赤い花と緑の水面、そして風雪に晒された木造の橋の構図が心惹かれるものが有ったので、シャッター切ったのがこのカット。

Baltar35mmf2.3は小さい玉ながら、135判フィルムでもバツグンの描写性能と味のある表現で楽しませてくれます。

最後の六枚目。
当初予定とは逆に、大手門から出て、夢京橋キャッスルロードを駅方向に歩きながら、お目当てのカフェを目指していたら、いかにもお人柄の良さそうな年輩男性の方が、お孫さんを肩車して、楽しそうに歩いておられました。
こうなると、声を掛けて撮らせてもらわないワケには行きません。

色々、注文付けて、夢京橋キャッスルロードの街並みを背景に一枚撮らせて戴いたのがこのカット。
個人的には、お二方の今を生きる幸せ感が画面からじわ~と滲み出てくるような、会心の一枚になったのではないかと思います。

それにしても、この主人公を背景から浮かび上がらせるが如き描写を可能とするKinetalの表現力たるや、素晴らしいものがあると改めて感じ入ってしまいました。

撮影ご協力改めて御礼を申し上げます。もし、メール戴ければ、プリント可能なデジタルデータをメールでお送り致します。

今回の旅は、雨には祟られたものの、ピーカンだけの旅程では撮れなかった、琵琶湖周辺の景色や、人々の生活の様子を捉えることが出来たので、結果オーライだったのではないかと思いました。

さて、来週は久々に秘宝館行こうかな。乞うご期待。

テーマ:旅の写真 - ジャンル:写真

  1. 2011/08/28(日) 21:00:00|
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Wonderful Japanese Matsuri! ~Ojima Neputa '11~

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【撮影データ】カメラ:Leica M8 ISO Auto 露出+2/3、レンズ:1~4枚目;Prominar50mmf1.4、5、6枚目;Fastax Raptar50mmf2 全コマ開放
さて、お待たせ致しました。一週間のお盆休みを挟み、満を持しての工房ブログ再始動です。
今回は恒例の「尾島ねぷた祭り」からのレポートになります。

このねぷた祭り、観光協会をはじめ、あちこちのHP、ブログにも紹介してあるので、詳細は省きますが、要は、ここ旧尾島町が、関ヶ原の合戦での論功行賞として、徳川幕府から津軽藩へ飛び領地に与えられたことが所以で、今から30数年前に始まったということらしいです。

実際に本家弘前市とは、親密な交流が有るらしく、向こうでのねぷた祭りには、毎年とはいかないまでも、旧尾島町長が挨拶に行ったり、ねぷたのコンテストには、「太田市尾島賞」といったカテゴリがあるようでした。

また、こちらのねぷた祭りにも、数年前までは、弘前で作られ、向こうの祭りで実際に使われたねぷたや太鼓曳き屋台がこちらで活躍したりしていましたし、このところ毎年、弘前から小学生だか中学生だかのいたいけな小々姐が太鼓を叩きにやって来ています。(小々姐の一人が引率者の大人に「うちらの方の拍子とこっちのが少し違うみたいだけど、どうするの?」とか質問したら、引率者は「そりゃ、こっちの子達に合わせて上げなさい・・・」とまさに大人の対応を指示していたのにはいたく感心しましたが。)

この祭りは、14、15日の二日間だけ行われ、普段は地味で歴史の流れの中に埋もれてしまったかの如き、片田舎の町、街道には、人、人、人とまるでリオのカーニバルを彷彿とさせるような活気が甦ります。

さて、前置きはこのくらいにして早速、写真をもとに追体験して戴きましょう。

まず一枚目。
祭り初日、14日の夕方5時過ぎの東武電車、そして木崎駅からのシャトルバス経由、東京からの来客、Iさんと会場入りしました。

もう4~5年近く通っているので、だいたいのパターンは読めています。そう、暗くなってねぷたの灯が宵の口の薄闇に映える直前の時間に、各ねぷた社中は、仲間内やファンサービスを兼ねて、出陣前の撮影会をやるのです。
まずはここを狙い、公私共にお世話になっている群馬銀行社中ご一行様の記念撮影大会に便乗です。

誰ですか、左から二番目と右から二番目が良い!な~んて、言ってるのは・・・

しかし、この左から二番目の女優顔の小姐はもう3年近く写真を撮らせて貰っていて、出番の合間には、缶ビールロングサイズを片手に会場を闊歩し、セクハラまがいのジョークを仕掛けてくる、男性同僚のお尻を思いっきり引っぱたいたりと、まさに「かかぁ天下」群馬の象徴的存在の美小姐であることは疑いようもない感じでした。

そして二枚目。
同じく群馬銀行社中のねぷたと曳き屋台の出陣前のツーショット写真です。
この祭りでは実行委員会や市の他、地場の有力企業も協賛・参加しており、大スポンサーの証しが、大中型ねぷたと太鼓や笛などの音曲社中を載せた曳き屋台のセット出演なのです。
そういった豪華な組み合わせの企業は、知る限り、県知事の実家の大澤建設と群馬銀行、そして、三菱電機群馬製作所の三つしかなかった筈です。
このカット、精緻に描かれた故事の図柄の極彩色ねぷたの横でバチを力強く振り上げる女衆の勇姿が、これから始まる今年の祭りへの期待を否が応でも盛り上げてくれます。

続いて三枚目。
お祭りには、屋台、露店はつきものです。
ねぷた運航の合間を縫って、そういった祭りの風物詩みたいなものにも、目を向けます。
幾つかのお店を覗いて歩いていたら、ビニールだかの透明な膜を張り詰めた浅い水槽みたいな道具立ての下から、ランプで煌々と照らしながら、透明なゴム製の人形キャラ商品みたいなものをすくって取らせる、変型金魚すくいみたいなものがあって、そこで、いたいけな年端もいかない童子が手際良くすくおうとしていたので、見とれる間もなく、シャッターを切ったのがこのカットです。
それにしても、日本の光学史に名前すら残さず消え去った、この幻の大口径単玉レンズ、開放からの恐るべきシャープさ、フレアの無さからくるクリアさというのは、本当に恐れ入るよりほかありません。

それから四枚目。
屋台の主に撮影協力のお礼を述べ、また物色しながら徘徊します。
すると、居ました、居ました、良いキャラぢゃないですか・・・
お母さんとお姉ちゃんが、景品のかかったゲームに血眼になっている谷間で、歩き疲れたか、或いは人ごみに当てられたか、いたいけな小々姐がタオルをあごの下に敷いて、ぐたぁ~と脱力しています。
それでも、ゲームの盤面を睥睨する眼光鋭く、勝負への執念はまだ棄てておらず、目の奥でメラメラと燃える勝負魂には、さすが国定忠治や大前田栄五郎といった博労の徒を産んだギャンブル好き?の土地に連綿と繋がるDNAを因果として感じてしまいます。

まだまだの五枚目。
そうそう、ねぷた祭りに行っていたのに、肝心のねぷた自身の勇姿を紹介しなくては、何のためのねぷた見物か、趣旨が判らなくなってしまいますね。
二日目、出陣前のねぷたがちょうど二台、並んだところを捉えたものです。
手前から一台目が群馬銀行の中型ねぷた、そしてその背後に控えるのが、知事殿実家の大澤建設の大型ねぷたです。大きさから言えば、三菱電機、実行委員会、そしてこの大澤建設の三つが大型に分類され、交差点など、電線があるところでは、頂上の1m強の部分の円弧が両方とも外側に折れ曲がり、線に引っ掛からないように上手くかわす仕掛けが設けてあります。

この図柄は、そもそも、東北地方に疫病が流行った時、鎮魂と厄払いを目的として、強い勇壮な武者絵を描いたのが始まりだったということですから、その伝統に則った、極めてオーセンティックなものと言えましょう。
ただ、子供達の曳くねぷたには、去年はポケモン、今年はワンピースやナルトなどという少年マンガものも何体か参加していたようです。

最後の六枚目。
二日目は、初日とは多少異なる出演ローテーションが有ったようで、前日は見かけなかった三菱電機のねぷたと曳き屋台の姿を認めました。
この大きな傘がシンボルの音曲屋台も相当な人気で、アマチュア、プロを含め、その勇姿を是非カメラに収めんと、十重二十重に取り巻き、思い思いの位置から、シャッター切っています。

三菱電機側も自分達の屋台が一、二位を争う人気の出し物ということを良く判った上での出演ですから、大通りにしばし停まったまま、笛や太鼓の実演を続け、カメラマン達にシャッターチャンスを惜しげもなく与えていました。

ただ、残念だったのが、先の5枚目と合わせ、このカットも、プロミナに較べれば、遥かにフレアのきつい、ラプタを二日目のメインレンズに選んでしまったため、真ん中のJJやViVi辺りのモデルさんやっててもおかしくないくらいの、美形の奏者があまり良く判らなくなってしまったことでしょうか。

でも、まぁ、こういう夢のような一夜は、メルヘンチックなソフトなレンズもまた一興ということで・・・

因みに初日同様、宴もたけなわになる頃、また赤城山の雷様がいたずら心を起こし、雷雲と雨をもたらしたので、このカットを撮った直後、シャトルバスで木崎の駅に逃げ帰ったのでした。めでたしめでたし。

さて、来週はどうしようかな?旅にしようか?それとも工房新作レポートにしようか? ゆっくり考えておきます。

では、また来週~~~!

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2011/08/20(土) 21:00:00|
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昭南島Endless vol.3

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【撮影データ】カメラ:1~4、6枚目;Leica M8 ISO Auto 露出+1/3~+2/3、5枚目; Zeiss Ikon ZM Kodak Ektar100 露出+1/3、レンズ:1~4枚目; Speedpanchro24mmf2改M、5枚目;Bausch & Lomb Baltar50mmf2.3改L39、6枚目;Bausch & Lomb Baltar35mmf2.3改M、共通:全コマ開放
さて、好評???の昭南島シリーズも今回が最後です。"Endless"と謳っておきながら、きっちり3回で終わってしまうところが、会社員兼業職人の無意味なまでに律儀なところです。続きは次回の写真展会場ということで・・・

今回のご紹介は、いよいよ、昭南島の守護神、まぁライオン!の像周辺から、島きっての繁華街、オーチャードロードの周辺からです。
まぁ、工房主人の写真は、人物周辺で、建物とか、街の様子には、殆ど無頓着に等しいですから、どこで撮っても、あまり見映えに違いは無いのですが・・・

ところで、この昭南島、東京並みとはいかないまでも、かなり地下鉄(正確にはMRT)網が発達していて、東京の3分の一程度で乗れるタクシーと相俟って、移動には大変便利なところです。

従って、3泊4日、実質撮影に使えたのが、1.5日程度で主要スポットを回り、フィルムとデジ合わせて1000カット弱を撮影出来たのは、工房主の運の良さにかて加えて、この地の利の良さによるところが大きいと思われます。

では早速、工房主の足取りに沿って、画の方を見て行きましょう。

まず一枚目。
中華街でたらふく点心などを詰め込んだ工房主は、汗をふきふき、重い足取りでMTRを乗り継ぎ、まぁ、ライオン!
の最寄駅である、ラッフルズプレイス駅にやって来ました。

しかし、一番近い筈の出口から地上に出てみても、目の前のツインタウーが聳え立つばかりで、波の音も、磯の香りも漂って来ません・・・

う~ん、弱ったなぁとか思いながら、とりあえず、お天道様は姿を見せてくれているので、時計の時針と太陽の位置による方位測定で見当をつけ、河口方面に歩いてみました。

すると、ビルの谷間を抜けたら、目の前には、白い鋼造りの立派な橋と博物館と思しき、煉瓦造りの建物が目に留まりました。

まぁ、コンクリ製のライオンは逃げるでなし、多少、陽が傾いての方がムード有る画が撮れるんぢゃね、とか勝手に理屈をこねて、その橋の周辺、そしてフルトンホテル近傍で撮影をしてから、やっと、まぁ、ライオン!親子の引越し先を突き止め、訪ねて行ったわけです。

このカットは、子供の方のまぁ、ライオン!です。精悍で威厳ある親ライオンに比べ、こちらの仔ライオンの方は、大きさもさることながら、顔の造作が猫っぽくて、何処となく、日本の招き猫に似てなくもないひょうきんなカンジで、しかも、無限の汽水を湯水の如く撒き散らす父親と比べ、吐く水もちょろちょろと控えめで、若い小姐や童子達のような若年層の観光客には、父親よりも人気が有ったような気がします。

24mmf2では開放撮影でも、被写界深度の広さから、背景の雄大な景色がごく僅かなボケで楽しめ、観光用にはなかなか重宝する玉と思いました。

そして二枚目。
いよいよ、島の主、お父さんまぁ、ライオン!の登場です。
この目も痛いくらいに白いまぁ、ライオン!像は、元々は今の設置場所より、橋を隔てた河口内側、ちょうど、象の鼻のような突堤の先端に有りました。

その頃は、長年のお勤めで体は水垢、排気ガスなどで薄汚れ、しかも新設の橋によって湾の背景が遮られ、更には心臓部たるポンプも故障して水すら満足に吐けないようになってしまい、コペンハーゲンの「人魚姫像」、ベルギーの「小便小僧像」と並ぶ、「世界三大がっかり名所」の称号を得るに至ってしまったワケです。

しかし、観光立国を標榜する昭南島のことですから、一大プロジェクトが組まれ、親子ともども、新たに設けられた「まぁ、ライオン!公園」の特設ステージに移され、今のように老若男女に愛される、世界最強の観光スポットのひとつに生まれ変わったわけです。

この写真を撮った場所も、まぁ、ライオン!を海の上から見物出来るよう、公園整備と同時に設置された岸壁というか海上廊下で、このアングルでは、華僑中心に口を開いて、ちょうど、まぁ、ライオン!が吐き出した水を飲むようなカッコで写真に納めるといったパフォーマンスが日常茶飯事のようですが、あいにくこの日は風向きによっては、本当にライオンが吐き出した川の水のしぶきを呑んでしまいかねないので、蛮勇を奮う観光客も少なかったようですが。

ここでも、開放でも、パンフォーカス的に被写界の人、モノ、全てにピンが合っているように見えます。

それから三枚目。
まぁ、ライオン!親子の心の中で惜別の意を告げ、ボートキー方面に歩いて行きました。
すると、マントを着た、如何にも、島の裕福な知識階級の子女っぽいカンジの小姐4名が着慣れないマントみたいなコスチュームを着て、きゃぁきゃぁ騒いで、はしゃぎ回っていました。

そこで、「キミ達ィ、それがしは東京から来た、カリスマブロガーの一人で、世界中の美的小姐を撮って、情報発信し、無償で各地の観光のためにご奉仕しとるんだが、早いハナシ、そこに並びなさい、写真撮って上げるから・・・」とか、上から目線で話しかけたら、オーケー、オーケーと苦笑いしつつも、言われた通りに陽光煌く川面を背に並んだところを撮ったカットです。

さすがにこの距離では24mmといえども背景はボケますが、飛び加減の空はともかくとして、対外の雰囲気がおぼろげに把握出来て、なかなか雰囲気ある画になったのではないでしょうか。

続いて四枚目。
この女子大生4人組に心の底から御礼を述べ、立派な人物になって、国の発展のため尽くせよ!とか柄にも無いエールを送り、別れ、再び、川岸の道を上流に向かって歩きました。

すると、居ました、居ました・・・今度は、女子高生の小姐4名組です。

先ほどの成功の余勢を駆って、またしても、東京から来た"著名写真家"よ~ん、とか適当なことを言って、並ばせます。
女子大生に較べれば、人生経験が少ない分だけ、説得し易く、二つ返事で一列に並び、頼みもしないのに、とっておきのスマイルまで見せてくれました。

鄭重にお礼を述べて、そそくさと立ち去ろうとしたら、案の定、質問攻め、東京は福島ってとこから遠いのか?とか、日本の国民は自国産の食べ物を毎日食べているのか?とか、挙句の果てが、良い大人がこんなとこでフラフラ油売ってて大丈夫なのか?とか・・・適当なとこで、メアド渡してほうぼうのほうぼうの体で逃げ出しました。

しかも、悪いことにその一部始終を先の女子大生4名組に目撃されていて、「フィアンセか、恋人候補は見つかったの、東京の有名写真家さん!?」とか笑いながら思いっきり揶揄され、単なるナンパ目的のおぢさんと思われたようで気恥ずかしいので、言い訳もそこそこに足早に立ち去った次第。

まだまだの五枚目。
翌日は夕刻17時半に超高級レストランで喜捨をしてくれるという奇特な方が居たので、15時くらいには撮影を切り上げねばならず、朝10時前に第一目的地のオーチャードロードに赴きました。

ここは、日本で言えば、東京の青山通り一帯と新宿三丁目辺りの新宿通り、そして銀座の晴海通り、那覇の国際通りを足して四で割ったカンジの超弩級高級繁華街ですから、ここでスナップするのは、まるっきり観光地で訪れる人も、暮らす人も、写真に撮られるのは宿命と悟り切っている、まぁ、ライオン!周辺やら、インド人街、中華街に較べれば、至難の業です。

しかし、今回の旅行方針が「神と出会えば神を撮り、鬼と出会えば、鬼を撮る!」という鬼一法眼みたいな旅ですから、場所が云々などと言い訳は通用しません。

目に付いた刹那を、永遠に換えるべく、シャッターを切っていくのです。

そしてカメラ二台を首と肩から提げ、餓狼の如き気迫で、大通りを徘徊していた工房主の目に留まったのが、この真紅のカーディガンの美小姐だったのです。

賑やかに通りを行き交う人々を眺めながら、未だ現れぬ思い人を待ち侘びる、小姐の心の揺らぎのようなものが多少なりとも写し撮れたカットになったのではないかと思います。

こういうシーンでは、デジタルのビジネスライクであっさりしたカットより、南国の陽光の下では、べったりと濃厚な描写を見せてくれるエクターフィルムの方がより、物語的に相応しいと思いました。

最後の六枚目。
オーチャード通りをまず端から端まで早歩きで歩いて、一箇所、目が止まった場所がありました。
それは、"プラナカン様式"と呼ばれる、出稼ぎの福建人達と現地のマレー人が主に婚姻により文化融合して生まれた文化形態で、建物の様式美にも特徴として表れる独特の風景なのです。

通りを戻って来て、道の反対側に亘り、そのプラナカン様式が色濃く残る一帯を散策し、当時の暮らしに思いを馳せました。

小路の奥まで散策してその雰囲気を堪能したのでまた元来た道を引き返し、駅に戻ろうとした時、ふと顔を上げると、見えたのがこの景色なのです。

そう、古い伝統様式と、ことによると、日本を凌駕するやも知れない最先端建築が渾然一体と同居する超時空都市、それが昭南島なのです。

まさにこのプラナカン様式の館と背景の最新建築技術の粋を凝らしたガラスエクステリアの大型商業ビル・・・

これが今回の昭南島滞在で感じた、この島の文化様式そのものだと思った次第です。

さて、来週は夏休みでアップはお休み。その翌週は夏定番のアレ行きます。乞うご期待。
  1. 2011/08/07(日) 21:00:00|
  2. Arri改造レンズ群
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プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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