深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Good luck meets steadily acquired technology~R-SERENAR5cmf1.5 mod.L39~

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【撮影データ】カメラ:Leica M8 絞り優先AE、露出±0、ISO Auto、ロケ地:川越
さて、今宵のご紹介は、予告通り、工房製品のご紹介です。

今回ご紹介するレンズ、精機光学R-SERENAR5cmf1.5は、一時期は電子湾やら、山の雄叫びオークションなどでも纏まっての出品が有ったようなのですが、このところ、ぱったりと見かけなくなりました。

それもそのはず、そもそも、このレンズ、キャノンの前身である精機光学が正規のライカマウント判銀塩撮影レンズで発売したものでなく、"R"のレターが示すように「Röntgen」即ちX線透視写真の蛍光面に対する間接撮影用レンズであって、市中で売られたものは、戦後のどさくさに紛れ、メーカー外の業者、職人が主に進駐軍のスーベニア用として極少数をライカマウントに改造したものと考えられるからです。

このR-SERENAR5cmf1.5は海の向こうからやって来て、深川の技術でライカマウントレンズとして第二の"人生"を歩み出したWollensakのRaptar兄弟と同じく、軍需物質という、暗い生い立ちを背負っています。

本来の生まれはと云えば、第二次大戦で兵士の集団を輸送船に乗せる際、1人でも結核を持っていると船内で感染が拡がる危険性が有る為、大量かつ迅速な検査を実現すべく、11x14の感光フィルムを使う代わりに燐などを用いた蛍光板への透過X線の投影像を135判フィルムで記録するため開発されたシステムのレンズで、、精機光学経営者であり、医者でもあった、御手洗氏が国防に対し、医療衛生面から貢献すべく、積極的に開発を進めさせ、1942年に陸海軍ともにこのR-SERENAR5cmf1.5付きでX線間接撮影システムは納入開始されたと云われています。

翻ってこの個体、実はその1942年当時に精機光学で生まれたものでもありません。

注意深く観察すれば、このアンバーコートが1936年当時に同盟国ドイツでアレクサンダー・スマクラ博士が発明し、イ号潜水艦経由もたらされたものとは明らかに異質な処理と判る筈です。

そう、この個体、実は2012年5月の産まれなのです。

実は、新宿に改造用パーツを買出しに行った或る日、何か目ぼしいものはないか?と東口の某店に寄り、ヂャンクかごを覗いた途端、この異形のレンズのどんがら鏡胴が目に留まりました。

しかも、この日本の光学史々上、極々貴重なレンズの鏡胴は、考えられないような捨て値が付けられていて、誰も顧みる人が居なかったようなのでした。

R-SERENAR5cmf1.5は通常品は真鍮削り出しにクロムメッキですが、この個体、アルミの鋳造品に黒い艶の有るエナメル塗装が施されていて、ぱっと見ても、中のエレメント押さえ用リングは揃っているようなので、写せるように直して上げられなくとも、貴重な資料として手許に置いておこうかと思ったのです。

工房に持ち帰り、前後からリングを回して分解してみれば、やはり全部の内部リングは揃っているようで、しかも、不可思議なことに、レンズを組み付けた後がありませんでした。

アルミや真鍮のリングだと、それらより表面硬度の高いレンズの端面の研削面が当たると、擦れた痕跡が残るものなのですが、この個体では全くそれが見当たらなかったということなのです。

しかも不可思議なことは、朝日ソノラマ等で公開されているこのレンズの構成は4群4枚のオルソメター型?なのですが、そのような構成で5cmとはいえ、開放値f1.5が達成出来よう筈もなく、工房で色々なエレメントをあてがってレストアを試みたところ、何と1957年発売のキャノン50mmf1.4タイプIのエレメントが殆どそっくりそのまま収まってしまうことを発見したのです。

ただ、組み立てには大きなネックが二つ有って、まずf1.4とf1.5のコンマ1の差故か、前玉エレメントが直径がコンマ6mmほど大きく、鏡胴内部の所定位置まで入って行きません。

そこで、工房のダイヤモンドラッパーで前玉周囲を削って填めるか、或いはこの貴重な金物の内部を旋盤で精密切削して拡孔しようかと迷ったのですが、以前、畏友Tarningさんの秘密工場を見学させて貰った時のことを思い出し、専業の機器で芯出し研削して外径を合わせて戴くことにしたのです。

お願いしたところ、快諾して頂き、待つこと約2週間、ご覧の通り、寸分の誤差もなく見事に嵌まり、ここで第一の問題はクリア出来たのです。

そして二つ目のネックは、第二群の外径とL2の被写体側のエレメント曲率が異なるため、オリジナルの金具にやはり収まらず、たとえL2とL3貼り合わせの第二群エレメント外径の芯出し研削で収まったとしても元の位置にねじ込むとL1とL2がクラッシュしてしまう虞れがあったので、第二群を収めた金物をそっくりそのまま、真鍮インゴットから削り出して複製し、第ニ群の位置を数十μm後退させた位置で固定し、無事組み立てることに成功したのです。

しかし、やっとの思いで光学系を再生したのですが、これを組み込むヘリコイドで適切なものがありません。

文献やオークションに出ているものを参考とすれば、エルマーのように真っ平らなマウント兼ヘリコイドディスクに富士山型の円錐の山が出ているパーツの頂点にねじ込めば一件落着という目論みだったのですが、まずアテにしたキャノン5cmf3.5のヘリコ&マウントユニットは細過ぎて全然ダメ、内径を研削して拡張している過程でバラバラになって御臨終、仕方なく、キャノン5cmf1.8Lの銀鏡胴のパーツとアルミ鏡胴のものの真鍮削り出し部分のみを組み合わせて再調整し、光学系をネジ込む部分は真鍮で新たに削り出して作ったパーツをヘリコイドのオスに精密切削他の技巧を駆使して固定し、インフストップも新たに設計敷設し、正味半月以上の工期を費やし、やっと完成に至ったのです。

では、実写例を見て行きましょう。今回のロケ地は遥々川越まで出かけてしまいました(ホントは安くて旨い鰻屋さん探訪も兼ねてでしたが・・・笑)

まず一枚目。

東武東上線の川越市駅から蔵作り通りに在る鰻屋さんへ向かう途中、低いアーケードの商店街に、なかなかオシャレなオブジェを掲げた喫茶店が有るのが目に留まりました。

いつもは、大勢で行動し、はぐれるメンバーなどが居ないようにとか、時間が押せ押せになってきているから移動スピードを上げなきゃとか、写真撮るのもそっちのけで、ツアコンまがいの役目も大きいですから、こういう地味ながら秀逸なオブジェを見落としているのもむべなるかなというカンジです。

ピンはこの風鈴みたいな一連の構造体の上部のハート状の透かし彫りに合わせていますが、同一焦点面に入っている下部の風輪部もフレアこそあれ、キレイに合焦しています。

一方、背景は今にもぐるんぐるん回り出しそうな雰囲気で、昔、何処かで見た、R-Biotarの暴力的とも云える写りを彷彿とさせました。

そして二枚目。

蔵作りの街並みを少々急ぎ足で歩き、一般的なランチタイムの刻限であると推定される2時より少し前に目当てのお店に着きました。

が・・・そもそもランチメニューなどなく、鰻重は松竹梅しか有りませんでした。

そこはそれ、日本人の悲しい習性でどうしても真ん中のメニューを頼んでしまうようで、迷う間もなく「鰻重松」を頼んでいました。

焼き上がるまで少々お時間下さいってことだったので、このお店のウリである、トロッコの線路付き土蔵やら、店内に吊るしてある、鮎のいぶりがっこうやら撮ってましたが、三田村邦彦っぽいシブイ兄さんが店頭で鮎の炭火焼なんかパフォーマンス演じてるんで、こりゃ格好の被写体だわぃとか独りごちて、声を掛けて撮らせて貰ったのがこのカット。

ここでもお兄さんの目付近でピンを合わせたので、同一焦点面内の肩口までは、清潔な白装束の皺とか布地の質感まで描いていますが、前ボケたるや惨憺たる有様で、まさに像面湾曲大会でAPS-HサイズのM8でこれですから、24x36のフルサイズでは相当アラが目立つかなぁ・・・・と思った次第。尤も、このレンズは設計通りであれば、イメージサークルは24x25.5mmですから長辺の下は崩れても問題無い!と云えなくもないのですが。

それから三枚目。

お兄さんにモデルのお礼を述べ、また店内へと引っ込み、あちこち被写体を物色します。

こんなイイ年こいたヲサーンが、カメラを持って店内をうろうろするのは、お客が少なかったから良いようなものの、店員さんは皆一様に苦笑いするばかりでした。

そんな物色の中でふと心の琴線に触れたのが、奥のテーブル席上の涼をとるためであろうミニチュア金魚鉢のオブジェでした。

しかも、背景が陽の当たる板壁ときては、もう撮らないワケにはいきません。テーブルにはお客さんが居ましたが、「ちょいと失礼しますネ」とか声を掛けたら、インドの山奥のヨガの行者もびっくりといった柔軟な身のこなしで上半身をさっと反らせ被写界から消してしまい、その合間に一枚戴いたのがこのカットです。

ここでは手前の波状の金魚鉢の縁に合わせたのですが、背景の板壁は、ぐるぐるみたいに見苦しくならず、イイ案配にボケて写り込んでくれています。

また、手前の像面湾曲による流れもそれほど目立ちません。

続いて四枚目。

味、量、そしてお値段ともかなりの満足度で、鰻屋さんに再訪を約して後にします。

また蔵作りの通りを北に向かって歩いていると、パン屋さんの店頭で、青い目をしたブロンズの小姐達がニコニコしながら、買ったばかりのパンをおいしそうに頬張っていました。

一旦手前に立ち尽くし、、黙って抜き打ち的に横向いているとこを撮っちゃうか、或いは断られて元々、声掛けて、ばっちり正面から撮るか、ほんの刹那考えたのですが、やはり声掛けて撮らせて貰うことに決め、通りすがりざまに振り返り、手前の小姐に「Can I take your Photograph?」と声掛けてみたら、やや困り加減の笑顔で、首をかしげ、手を広げて手のひらを天に向けるポーズを決めてくれたので、「Fotografieren Bitte!」とか適当なこと言ったら、奥の小姐が指でOKサインを出し、手前の小姐に笑顔でカメラ見るように指示してくれたので、これ幸いに、と一枚戴いたのがこのカット。

ピンは手前の小姐の向かって右の目に合わせたつもりなのですが、若干前ピンとなってしまったようで、手前の左手のパンを持つ指の方に合ってしまったように見えます。

しかし、この戦前産まれの堅物レンズ、異国の美しい小姐に対する礼節は持って産まれてきたようで、奥の赤毛の小姐の御尊顔は流れずに表情は判る程度のボケで描き出してくれました。

まだまだの五枚目。

快くモデルになってくれた異国の小姐達に3ヶ国語でお礼と、良い一日を!とか惜別の辞を述べ、その場を後にし、また被写体を探して駄菓子屋横丁へと足を急がせました。

今回も色々と見せ場を作ってくれた親子連れが多かったのですが、とりわけ秀逸だったのが、大手の駄菓子屋の軒先でドライミストによる汽水冷却をしているところに、笑顔で伸びをしたり、ミストを手で受け止めたりして無邪気に遊んでいる小々姐が居て、その上、よほど自分の子供に自信有るのか、或いは自身でも写真をやっている変わり者なのか判りませんが、オモニが「ホラ、あっちで写真撮ってくれてるから向こうも向いて上げなきゃ」とか、合いの手を入れてくれていたのです。

残念ながら、こっちを向いてくれた瞬間にはシャッターを切り終え、程なく団体さんが通りをぞろぞろ占領して歩き始めちゃったので、この物分りの良い親子の写真は撮りはぐれちゃいましたが、まぁ、このカットでもまぁ、雰囲気は伝わってくるでしょうから、佳しとしましょう。

最後の六枚目。

通り越しに手を振って親子にお礼の意を伝え、駄菓子屋横丁を後にしました。

次なる目的地は時の鐘の鐘楼通りです。

蔵作りの通りまで来た時、目を疑う一団を目にしました。

そう、中東から欧州にかけての娘さん、御婦人が色とりどりの和服に身を包み、十人近くで蔵作りの通りをしゃらんしゃらんと闊歩していたのです。

さっそく、声掛けて撮らせて貰ったのですが、このレンズの性質上、ピーカンでしかも、日本人の野次馬入りの団体写真だと、有効イメージサークルと被写界深度の関係でとても見られた写真ぢゃなくなっちゃったんで、涙を呑んでお蔵入り、お礼を述べ、別れざまに蔵作りの街並みをバックに後姿を撮ったこのカットを急遽採用した次第です。

今回は台風一過、川越まで出かけた甲斐がありました。

ここで掲載させて戴いた以外にも、あと3組ばかり声を掛けて撮らせて戴いたカットがありましたが、それらも、この稀有なレンズの貴重な作例として、大事にデータ保管させて戴きます。

よくよく考えてみれば、60年数年ぶりに帰国して修理から上がったSun Sophia5cmf2のテスト撮影もここ川越で行いましたし、或る意味、日本のクラッシックレンズの聖地なのかも知れませんね。

さて来週は、攻守交替、工房附設秘宝館からコレクションご紹介いきます。さて、何が出てくるやら・・・乞う御期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2012/06/24(日) 23:16:55|
  2. その他Lマウント改造レンズ
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Das Geist der alteingesessenen unfortunate~Rollei Distagon35mmf2.8~

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【撮影データ】カメラ:Canon EOS1DsMKII 絞り優先AE ISO400 露出補整±0、全コマ開放、ロケ地:東向島
さて、今宵のご紹介は予告通り、工房附設秘宝館からコレクションのご紹介です。

このレンズ、今は亡きRollei SL35用QBMマウントのDistagon35mmf2.8で、HFTコーティングのオレンジの銘も誇らしげに表記された銘玉で、かつては大きめの中古カメラ店ならまず1本や2本は見かけたのですが、EOS-QBMアダプタが某中国製メーカーの躍進で安く潤沢に出回るようになったのと反比例する形で、すっかり市中から姿を消してしまいました。

マルチコートの135判用Distagonと言えば、長野県のリンゴ畑産はさておき、ヤシコン用のT*のものが頭に浮かぶと思いますが、このCarlZeissがRolleiのために設計し、RolleiがT*の代わりに自社で施したHFTコートのレンズ、1970年のSL35登場後、初めはドイツのブラウンシュパイクで作られていたようですが、この"Made by Rollei"銘のモデルは1972年のシンガポール工場稼動とともに、コストダウンのためにそちらで作られた製品となりました。

構成は6群6枚、最小絞りはf22まであり、最短距離は40cmまでいけます。

では、このマルチコートも鮮やかで宝石のように優美な薄幸の銘玉の実力をスカイツリーのお膝元、東向島のロケで見ていきましょう。

まず一枚目。

東向島駅で降り、いつもの「キラキラ橘商店街」方向ではなく、反対方向に位置する、「白鬚神社」、「鳩の街」辺りで、裏通りから覗くスカイツリーの偉容を撮ってみたくて、散策を開始しました。

巨大なEOS1DsMKIIにカメラバッグを提げてキョロキョロしながら路地、裏通りを物色しながら歩く姿はどう見ても不審人物そのもので、それでも、心優しく声を掛けて下さる方々は居られるもので、住宅街の私道奥に見えるスカイツリーを撮っていたら、通りに戻る際に「イイの撮れましたか?」と声を掛けて戴いた初老の男性が居られたので、少しお話をさせて戴いて、隣の隣の路地からの方が、もっと足元からスカイツリーが撮れますよ、とのことで、お礼を述べその場を後にし、さっそく、アドバイスに従い撮ったのがこのカット。

夕刻の傾きかけた陽光が、左側の民家の壁を仄かに照らし、そこが微妙なグラデーションとなっていて、その先に屹立しているスカイツリーの雄姿を引き立てているのではないか、と個人的には思いました。

しかし、開放での撮影で無限にピンを合わせての撮影で、近距離もこの描写ですから、やはり優秀なレンズであることは疑いようがないと思いました。

そして二枚目。

また暫く歩いて、墨堤通りの手前まで来ると、比較的大きな公園があり、ここなら開けた場所でスカイツリーの全景に近い画が撮れるのではないかと思い、公園の中で一番高い、滑り台付きジャングルジムのような遊具のところへ歩いて行きました。

先客の童子達が元気に鬼ごっこだか追いかけっこだかして、盛り上がってましたが、「写真撮るんでちょっと登らして貰うよ」とか頭目格?の小々姐に一声掛けて、登ってから1~2カット撮り、それから降りて、遊ぶ子供達を入れてツリー全景を撮るのも悪くない、と閃き、「ツリーと一緒に写真撮らせて貰うけど、フツーに遊んでてね」と一声かけて、少し後ずさって撮ったのがこのカット。

ここでは手前の頭目格?の小々姐にピンをおいてますが、遥か後方のスカイツリーもきれいに画面い収まっていますし、梅雨時固有の低くて重いカンジの雲の表情も良く捉えているのではないかと思います。

それから三枚目。

童子達にお礼と別れの言葉を述べ、その場を後にし、「白鬚神社」まで歩いてみました。

実のところは、神社本体ではなく、その東隣に在った、「お化けアパート群」を撮りたかったのです。

ところが・・・歳月というか、経済原則とは冷酷なもので、時代から取り残されたような戦後すぐ建立の染みだらけの木造モルタルアパート群は姿を消し、小奇麗なレオパレスみたいな安普請のアパート群が代わって占拠していました。

仕方なくその場を後にし、次の目的地の「鳩の街」まで歩き、そこで何カットか撮りました。

商店街とは云っても、高度成長期前の戦後すぐに作られたようなこじんまりした街並みですから、幅などは、下手したら、練馬や世田谷の住宅街の私道よりも狭いくらいで、ともかく店らしきものが明確に営業しているワケでもなく、そもそも人が全然通りません。

そこで歩きながら、エキストラになってくれそうな人々を物色していたのですが、あろうことか、商店街?の中の民家で寄り合い?をしていた数家族が出てきて、軒先で帰り支度を賑やかに始めたので、通り過ぎざま、必殺レリーズを決めたのがこのカットです。

ここでは、ピンは辮髪姿?の小々姐に合わせましたが、商店街の遥か後方はなだらかにボケていますし、奥行き感が程好く表現されたカットになったのではないかと思います。

続いて四枚目。

この後すぐに雨が降り出してしまったので、カメラをバッグにしまい、早々に東向島の駅まで向かいました。

そして、アーケードがあれば何とか撮れるだろうとの目算で、いつものホームグランド、浅草、仲見世へと向かいました。

しかし、着いてから思い出したのですが、宝蔵門改築を機にだったか、仲見世のアーケード屋根は取っ払われてしまい、オープンエアになっていたのでした。

それでも、幸いなことに雨は小康状態になっていたので、EOSフラッグシップの防水性能を信じ、スナップを続行することとしました。

まずは定点観測スポットのきび団子屋さんの店頭です。

居ました居ました、きび団子娘?さん達が、途絶えることの無い観光客相手に八面六臂の大活躍でお店を切り盛りしています。

そこで、心持ち、客足が落ち着いた頃合を見計らっての必殺の一枚です。

ここで感心したのは、小姐の表情が余すところ無く捉えられていること以上に、背景の発光板が全然、フレアなどを生ぜず、全くといって良いほど作画の邪魔をしていない、ということです。

先にテストした35mmf1.4HFTしかり、このHFTコートの性能たるや、フルサイズデジタル機との組み合わせでも瞠目すべきものがあると思いました。

まだまだの五枚目。

仲見世を更に歩いて、雷門前に出ました。

すると、お、メキシコと思われる、陽気な観光客のご一行サマが他の堅気の観光客なども巻き込み、記念写真イベントみたいなことやっています。

工房主は元々こういうお祭り騒ぎ系が大好きで、見たらいても立っても居られない人種なので、首領と思しき、祭り装束の元?小姐に一枚撮らせてね、とか話しかけると、みんな、わぁぁぁ♪ってカンジで整列して、ハィポーズって云ったらこんな表情で、シャッター切ってから、ムチャスグラッシャス!とか云ったら、またどわわわわぁぁあ~と盛り上がった、といったノリで、なんだかこっちまで楽しくなってしまったご一行サマでした。

ここでも、深みのある発色、必要かつ充分なシャープネス、そして背景には遥か後方にきれいなボケと化した宝蔵門が見え、なかなか好ましい写りとなったと思います。

最後の六枚目。

浅草寺本堂は17時閉門ですから、たまにはお参りもしなきゃいけないなぁ・・・とか考え、また本堂方向に仲見世の側道を早歩きで移動しました。

無事お参りを済ませ、掲題でまた何か面白い被写体はないか物色していたら、居ました、居ました、このところ日本人よりも多いと目される、中国人観光客の一家が居ました。

スカイツリーを前にし、ヲヤヂさんはマイクロフォーサーズのカメラで写真を撮り、尾野真千子の眼つきをもっと優しくしたような色白の小姐とそのオモニは、明らかに雨笠と思しきカラフルな折り畳み傘をさして、ツリーの雄姿に見入っていました。

その一家の後姿が面白くて、一枚戴いたのがこのカット。

ピンはカラフルな傘のエッジに合わせていますが、背景のスカイツリーはやはりなだらかにボケて、明るい曇天に向かって撮ったにも関わらず、一家の装束は落ち着いた発色と程好いコントラストで描写されていて、やはり、このレンズは只者ではないことを証明した結果となりました。

今回の感想は、う~ん、紹介しちゃって良かったのかなぁ・・・ということ。

何とならば、アダプタ経由の使用でライカRレンズの広角が市中から払底し、次いでヤシコンの広角も同様の動きを見せる中、カメラ本体の商業的不成功?のお蔭で不当に低い評価だったこのQBM広角シリーズが人気出ちゃったら、次に欲しい28mm以下のものが買えなくなっちゃいますからねぇ・・・

さて、次回は工房、怒涛の新作ご紹介する予定です、乞う御期待。

テーマ:街の風景 - ジャンル:写真

  1. 2012/06/17(日) 21:00:00|
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Unexpeced rebirth from junk box~Perfex Velostigmat50mmf2.8 mod.L39~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO200 絞り優先AE 露出+1/3、ロケ地;西郷山公園~代官山
さて、今宵のご紹介は予告通り、工房製改造レンズです。

しかし、改造レンズと言い切ってしまうのには、ちょっとためらいが・・・

というのも、この漆黒で小粋な米国製レンズ、買って来て、マウント付けてハイ出来上がり!とはならず、先日、大久保の名人に蘇生をお願いしたニッケルショートエルマー5cmf3.5を新宿西口の某チェーン店で発掘したのと同じ日、帰りがてら寄った西口の中古カメラマーケットにて、ジャンク棚に「絞り破損、撮影不能」といった趣旨のタグが付けられ、その割には結構強気の値段が付いているのを、これまでのレストアによる自信で以て、あっさりと買い込んで家に持ち帰り、絞りユニットの修理とレンズクリーニング、内面反射対策をするタイミングを見計らって、防湿庫の未改造レンズ在庫の中で暫し眠りに就いていたのです。

そして、Canonのウルトラレアレンズの再生が上手くいき、時間と自信が出来た、先週日曜の撮影会の前日、一気呵成にレンズヘッドの修理、マウント付加を行って、実写可能としたのです。

実写行く前に、このレンズの氏素性を簡単におさらいしましょう。

この3群3枚のトリプレットは、米国のバルナックコピーのひとつである、Perfex55というレンジファインダーカメラの標準レンズとして、1940年くらいに登場し、47年には製造中止となります。

カメラ自体はかなり凝った作りで、シャッター速度など1250分の1までありますし、基線長も長いファインダーは少なくともバルナックコピーの一群の中では、それなりの評価を受けてしかり、というレベルのものでした。

ところが・・・アメリカ人は全く理解不能な人種で、とにかく、作りの凝った精密機械然とした製品より、むしろどちらかと云えば、無骨で頑丈一点張りの製品を好む性癖があるのです。

おかげで、Argusみたいな金属製"写るンです"は大いに売れ、Perfex55も、Clarusも、バルナックコピーでの銘機中の銘機Detrola400も皆んな販売不振、枕を並べて討ち死にです。

では、そんな理解不能な人種が当時の最新テクノロジーを駆使して拵えた、f2.8のトリプレットの写り、実写例をみて参りましょう。


まず一枚目。

先週の日曜日は中目黒駅で待ち合わせ、気の合う仲間で撮るでなし、語り合うでなし、それこそ烏合の衆と化して、ランチスポットを探し、青葉経由、代官山方面へと徘徊して行ったのですが、結局、お目当てのモンスンカフェは不埒なことに結婚式で貸切とかいうことでシャットアウト、仕方なく、また目黒川沿いまで戻ろうかと西郷山公園目がけ歩いていたら、メンバーの1人が「ここのカフェ、割合、イイんぢゃね?」と建設的な意見を発したので、元より面倒臭がり屋の多い一行のこと、文句も出よう筈もなく、公園入口のカフェでランチとなった次第です。

工房主は特製ドライカレーなんぞを戴き、食後のお茶なんぞしていたら、店先のアイスクリンのオブジェにいたいけな小々々姐がふらふらというかよちよち歩いて来て、しきりにこっちへ目線なんぞ飛ばし、ポーズみたいなことをつけていたので、よしよしと重い腰を上げ、一枚撮ったのがこのカット。

後を追って来た比較的若いオモニと目が合ったので、「一枚戴きました」と延べ一礼したら、ニッコリ笑い「XXXちゃん、撮って貰ったんだって、良かったわね」と年端もいかない子供に言い含めてました。

ピンは子供の顔の輪郭で合わせていますが、それほどカリカリではなく程好いシャープネスとハイライト部の僅かなフレアがえも云われぬ雰囲気を醸し出しているのでは、と思いました。

そして二枚目。

また、仲間と語らい合いながら、優雅に公園のほとりでの午後のティータイムなぞ楽しんでいたら、新手の"敵"の登場です。

これだからこそ、街撮りは一瞬たりとも気が抜けないのです。

子連れ狼宜しく、父子2人連れで入って来た父親は、大五郎、もとい、ブルーのTシャツの童子を入口付近のテーブルに置き去りにして、トイレか何かへすたこら出掛けてしまいました。

そこで、父、元公儀介錯人水鴎流免許皆伝、拝一刀の血をひく大五郎は、鋭い目線で店内を睥睨しつつ、唯一の得物である、ペットボトルを握り締め、裏柳生の襲来に備えます。

そんな妄想に囚われつつ、このいたいけな童子の姿をぱぱっと撮ったのがこのカット。裏柳生の手裏剣には備えていても、居合い斬りスナッパーの一撃にはひとたまりもなかったようです。

ここでも、童子の輪郭でピンを合わせていますが、必要かつ充分なシャープネス、ほぼ逆光にも関わらず、童子の顔の陰影のグラデーションが表情もろとも良く描かれているのではないかと思いました。

ただ、背景の樹木は、う~ん・・・ちょっと渦巻になりかけているのが、残念無念です。

それから三枚目。

そろそろ次の予定の世界の中古カメラ市へ出かけねばならないので、西郷山公園界隈でちゃちゃと撮って行こうよ、ということになり、一同は重い腰を上げ、緩い丘陵を登り、被写体を探していました。

すると、へへへ、居ました居ました。何たる僥倖、メルヘンの象徴たるシャボン玉を操る親子と、放心状態で体育座りの女子高生がR-D1sの50mmフレームに収まる位置関係に居る!

これは一もニも無く、撮らない手はありません。シャボン玉が盛大に上がった刹那、反射的にシャッター切ってました。

しかし、画面をよ~く見てみれば、遥か下の方のベンチのもう一名の女子高生がこっちを携帯のカメラで撮っています。う~ん、ポジションを交替して欲しかったなぁ・・・

ここでは、ピンは童子の麦藁帽子の縁に合わせていますが、後方に飛んだシャボン玉も前方の女子高生の姿も充分、被写界深度に入っています。

やはり、画面下部の前部オフフォーカスの芝生はかなり流れています。

続いて四枚目。

向きを180度反対方向に向き返り、遊具の置かれている木陰を眺めれば、都会的ないでたちに帽子もおしゃれな親子連れ+αが一心不乱に遊んで、若いヲヤヂさんが、童子達に人生訓のようなものを垂れているのか、かなり決まったポーズで遊具に歩み寄っていたので、その瞬間を戴きました。

ここでは、ヲヤヂさんの左肩の稜線にピンを合わせていますが、輪郭が浮かび上がり、なかなか立体感の有るカットになったのではないでしょうか。しかし、周辺、特に向かって左の前後のアウトフォーカスは崩れが見えます。

まだまだの五枚目。

一行は代官山の駅前に着き、これから東急電車で渋谷に向かうこととなりました。

駅へ向かう緩いスロープの手前に面白いオブジェを発見したので、道の反対からであれば、R-D1sの50mmフレームでもギリギリ全景が収まるので、一枚撮ってみました。

ピーカンの陽光を浴びているので、ハイライトは飛びテクスチャはいまひとつ掴みづらいですが、それでも、根っこに座っている男女の描写はこのレンズの性能を良く表しているのではないでしょうか。

ただ、ここでも、周辺のアウトフォーカス部は流れています。

最後の六枚目。

代官山駅に登る緩いスロープの途上に、小粋な洋品店があり、その店頭には、おしゃれなマネキンというか、人型ディスプレィがあり、目の粗いリネンの帽子をかぶっていたので、そのテクスチャと、背景のボケがどのように写るか面白いと思ったので一枚撮ってみたもの。

ここでは、帽子の網目も充分なシャープネスで描写していますし、背景のボケも極めてナチュラルで、好感が持てるのではないかと思いました。

不思議なことに、このカットでは周辺の結像の甘さは認められません。

今回の感想としては、やはり米国恐るべし・・・シチュエーションによっては、周辺の流れとか、破廉恥なぐるぐるが生じてしまいますが、それでも70年前の設計、製造のf2.8のトリプレットでこの描写であれば、充分過ぎるくらいでしょう。

さて、来週は、工房附設秘宝館からのご紹介を予定しています。乞う御期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2012/06/10(日) 23:37:39|
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L'esprit combatif de son second fils~FOCA UNIVERSEL R~

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【撮影データ】カメラ:FOCA UNIVERSEL R、レンズ:OPLAR50mmf2.8、全コマ開放、フィルム:Super Centuria100
さて、今宵のご紹介は、予定通り、秘宝館のコレクションからのご紹介です。
とは云っても、本来アップする予定のレンズを土曜日に撮りおろしに行けなかったので、急遽、工房の膨大なフォトCDアーカイブスから発掘したFOCA UNIVERSEL Rをご紹介します。

このカメラ、1955年発売のおフランス製でライカっぽい外観ではありますが、レンジファインダーで135判を使うのとシャッターが布幕横走りという以外、コンタックスとライカくらいの相違があります。

マウントは独自、おまけにファインダ窓と距離計窓の位置までがバルナックライカとは反対で、オペマみたいに距離計の窓は向かって右端に肩部に付いています。

ただ、この前年に発売されたM3とは較べるべくもないですが、レンジファインダーは距離計とファインダー一体式の一眼になっており、薄青みがかった視界に黄色っぽいコントラストの低い二重像ではあるものの、軽快なレバー式巻上げと相俟って、少なくとも、同世代のバルナックIIIF辺りや、日本製のライカコピー達と比べれば、速写性に優れ、スナップには向いていたようです。

またこのカメラのユニークなところは、シャッター音です。コンタックスともライカとも異なる、「チュゥ」というゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいな音がして、何故か和ませてくれます。

レンズはOPLAR50mmf2.8で、3群4枚のエルマー型、工房主は開放でしか撮らないので、どーでもイイことですが、絞りのブレードは、ライカのエルマー同様、L1の直後に配置され、絞ってみると、蒼い目をしたフランス人形の瞳みたいで面白いです。

では、さっそく実写結果見て行きましょう。フィルムがスーパーセンチュリアってのが時代を感じさせてくれます。

まず一枚目。

アメ横でのスナップは結構気を使います。

同じ業態の築地場外の各店は観光客やスナッパーに対し、寛容で好意的なケースが多いのですが、翻ってここアメ横は、歩きながらぱぱっと撮る分には誰にも文句を言われないのですが、店の横に陣取って、決定的瞬間でも狙う素振りでも見せようものなら、店主、店員の罵詈雑言とともに追い立てを食らうことが多いです。

こうなると、アメ横でのスナップには、速写性の良いカメラ且つ、目立たない小さいものでないと宜しくないワケですが、このFOCA、大きさはバルナックとどっこいどっこいですし、ガシャというフォーカルプレン機に有りがちな人目を惹くような音を立てないし、隠密性にも優れ、なかなか良い仕事をしてくれそうでした。

そこで、曇天の午後、店頭の灯りと天然光のミックスライト状態でスナップを狙える時刻を狙い、懐にこのおフランスのRF機一台を忍ばせ、通りを徘徊し、ここぞ、という瞬間にシャッター切ったものです。

ここでは、八百屋の店先で、大声で商品説明を求める老婆に店員が気を取られている隙に買い物客の人垣からそっとカメラを向け、ちゅっ♪と撮りました。

老婆の髪のシャープさ、そして背後の割合いになだらかなボケはなかなか好感が持てると思います。

普段使っていたM型やCanon VIL、そしてNikon SPに較べれば、ファインダーの表示範囲が甘いため、服の袖が一部写り込んでしまったのも御愛嬌です。

そして二枚目。

またエリア内を歩きながら、被写体を探します。

すると、中田商店の前のやや開けた、交差点の路上で、お好み焼の小型版をふぅふぅ云いながら食べている、関西の小姐がいました。

そこで、すかさず声を掛けて、食べてるところを撮らせて貰ったのがこのカット。

ここでも、右の小姐の髪の毛、そして左の小姐の指の指輪、これらが妙に生々しく描写され、一方、背景はこれまたなだらかにボケてくれていますので、3群4枚の玉とは思えない、立体感を醸し出してくれています。

それから三枚目。

陽気な小姐達に礼を述べて、その場を後にし、また被写体を求め、人ごみを縫って歩きます。

すると、良く築地場外でやってるような、画面内に強い点光源を入れたモチーフが取れそうなシーンに出くわしました。

アクセサリー類を並べて売る人相悪いヲヂさまと如何にも人が良さそうなヲヂさまが、ぼそぼそと小声で話しながら、品定めみたいなことをやっています。

そこで、少し離れた位置から、そぉっと一枚戴きました。

ここでは、点光源はやはり盛大にフレアになりましたが、どうしても解せないのが、画面向かって左サイドの黒い布地にペンダントヘッドみたいなものが並べてある板の流れです。

何せ5~6年近く前のことですから、位置関係までは正確に思い出せませんが、画面で見る限りでは、充分被写界深度に入っている筈なのに、左サイドだけが流れるというか、結像が崩れかけているように見えます。

このレンズ、直進ヘリコイドなので、他のカットでは認められないだけに何故か不思議な気がします。

続いて四枚目。

あまりの人出の多さに人酔いしそうになったので、アメ横の人ごみでごったがえす商店通りの南にある、比較的閑散とした間道のようなスペースに出ました。

人工光の多いところを歩いていたので、あまり気が付きませんでしたが、この時間、空はまだ明るく、アベイラブルライトでも充分に写真は撮れます。

そこで、オープンエアでラーメン等中華料理風の飲食を提供する懐古的小規模飲食店の前まで歩いて行って、お客様各位が閑談に打ち興じている隙を狙い、一枚戴いたのがこのカット。

撮ってから数年後に見ながら、当時を思い出して解説を書いているのですが、今思うと、このシチュエーション、このレンズであれば、モノクロの方が相応しかったのではないかと。

何とならば、この時代から取り残されたような都会のエアポケットで、あたかも時間という概念を持たない古代インドの如く、ひねもすのたりのたりと無為に時の移ろいに身を任す人々の姿には、画面のそこここに姿を見せる共時性の象徴たる色彩などというものは、相容れない概念でしかないからです。

ここでは、手前の老小姐の肩辺りにピンを合わせたようですが、空間の奥行き感を表すボケがなかなか好ましいと思いました。

最後の五枚目。

空の見える鉄道高架の狭間から180°反対方向のガード下方向に目を転じると、こんなに空が明るい時分から、もう一献ニ献きこしめしている人種が居ます。

尤も、11時の開店時間から呑み始める人種も降り、朝の5時くらいまで呑んでいる人種も居るアメ横界隈のことですから、日没前とは言え、優雅なアフタヌーンティーの代わりにホッピーを傾け、定番のスコーンを口に運ぶ代わりにモツ焼の串を頬張り、口の周りぢゅうを脂だらけにしても、誰も咎めるものはいないでしょう。

そうです、山手や、品の良い下町である日本橋、深川の価値基準をものさしとして、人々の立ち居振る舞いを評価してはいけないのです。

しかし、こんな屈託無い人々の交歓の様子が、何故か元気を与えてくれるのもまた事実ではないでしょうか。

今回の感想は、テッサー型というか、エルマー型ってのは、ホント奥が深いですね。

メーカー、時代によって、全然、テイストが違ってくるのですから。

さて、次回はこのところ、猛ピッチで新規製造に励む工房製品のご紹介行こうと思います。乞う御期待。
  1. 2012/06/03(日) 22:00:00|
  2. 深川秘宝館
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プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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