さて、今週のご紹介は予告通り、11月下旬の連休を利用して2年ぶり訪れた鞆の浦~尾道、姫路の街の様子を二回に亘ってお送りするうちの後編、尾道~姫路城下をレポート致します。
まずは、恒例の行程紹介ですが、滞在二日目の11/23は朝10時過ぎのの新幹線で福山駅まで移動、しかるのち、駅前の鞆鉄バスで30分弱の終点、鞆港に着き、そこから昼食挟みで13時過ぎ迄、鞆の浦界隈を撮影し、しかるのちまた13時過ぎの鞆鉄バスに乗って福山駅前へ戻り、電車待ちの時間調整に福山城址を散策&撮影したのち、山陽本線で尾道へ入り、そこで午後の優雅なテータイムを挟み、日暮れまで撮ってから、行の新幹線とは異なり、帰りは山陽本線乗り継ぎで姫路に戻って一泊、最終日の11/24は朝10時前に荷物を預かって貰ってホテルをチェックアウト、お昼過ぎまでの二時間ほど姫路城内をきっちり見て回り、途中のイベント会場で道草し、名代の播州産穴子料理専門店でささやかな穴子尽くし御膳など戴いてから、ホテルに戻って荷物を受け取り、そのまま14時台の新快速に飛び乗り、新大阪からののぞみ号で、帰京したという次第。
では、さっそく、尾道の港風情から姫路城の荘厳な佇まいなどを逐次見て参りましょう。
カメラはFuji X-Pro2、レンズは1~11枚目までがVoigtlaender Nokton35mmf1.4SC、12~13枚目がZeiss Tessar35mmf3.5 mod.M by F.G.W.G.、14~16枚目がVoigtlaender SW-Heliar15mmf4.fasph.、17枚目がSchneider Apo-Componon40mmf.28 mod.M by F.G.W.G.、撮影条件は全コマ開放による絞り優先AEモードとなります。

まず一枚目のカットですが、尾道の駅のホームに降り立って気付いたことは、駅舎の建て替えとのことで、大幅工事中、仮設駅舎からの出入り口は大幅に東寄りになっていて、そこから外に出て、初めは駅前に広がる港風景でも撮ろうかと思ったのですが、なんと、映画のロケでも常連だった「福本汽船」が実質廃業状態、これで一気に戦意喪失、まずは千光寺にでも登りがてらお茶でもすっぺかということで、商店街を歩いているうちにいつも前で写真撮らせて貰う、元銭湯の前で今回も一枚撮らせて貰ったもの。

二枚目のカットですが、尾道と云えば、瀬戸内でも一、二を争う人気観光地ですから、インバウンドを含めた国内外の観光客で、街の隅々までゴッタ返しているのではとか、京都の祇園、河原町界隈を勝手に想像し、身構えていたのですが、何のことはない、かつての商店街は店舗の内容、経営者がか変わっただけで、相変わらず、程好い寂れ加減でその人通りの少ない路上で幼い兄弟を抱っこしていいた、いたいけな童子の姿を斜め後ろ、セミシルエットで一枚戴いてみたもの。

三枚目のカットですが、これもそのどちらかと云えばシャッター通り寸前の商店街の中ほどのやってるのかやっていないのか、一見しただけでは判らないようなカフェみたいな商店の店頭の陳列台の上に、誇らしげに飾られていた、なかなかセンスの良いデコレーションが施された自転車の全景を一枚戴いてみたもの。

四枚目のカットですが、お目当てのテースポットは千光寺へのロープウェイ山麓駅の目の前にあるので、ちょうど移動の道すがらにお茶が出来るので便利なのですが、どちらも市の中心部からは離れているので、お茶する時間と千光寺に登って、撮りながら、徒歩で降りてくる時刻を日没時間と相談しして決めなければならないのですが、今回はお店はそこそこ空いていて、ロープウェイはピストンほ堀口輸送でそれほど待たなくて良かったので結果オーライということで、美形の小姐の係員さんのし仕事ぶりを一枚戴いてみたもの。

五枚目のカットですが、ロープウェイのゴンドラに乗ってさえしまえば、あとは絶景を眺めること約5分強で千光寺の在る山の山頂駅に到着し、そこがまた結構な広さがあり、市民公園みたいになっていて、ランドマークとして二階建て+屋上付の展望台みたいな鉄筋コンクリートの非住宅建造物が風雪に堪え、佇んでいるのですが、その一階の屋根の下でまったりと二人の時間を愉しむヂモテーカポーが居たので、尾道の海峡風景をバックに横から一枚戴いてみたもの。

六枚目のカットですが、いつも開放でスナップばかりやってると、まさに視野狭窄の近視眼的な視点でしか被写体を見つめなくなってしまいがちなのですが、ここ千光寺山の頂上の展望台の上に登っても、顔本用にスマホンで撮って、そのまま降りようとして、あいや、これはやはりイイレンズでも撮っておくべきだと思い直して、踵を返して海峡の様子を撮ってみたもの。

七枚目のカットですが、陽も西に傾き出し、夕暮れの似合う街、尾道のちょうど美味しい時間帯がは始まったのですが、巨石があちこちに見られる千光寺山登山道の頂上を下りだした辺りにある巨石の上で、世をはかなんだか、いたいけな小姐二名が絶壁の上に立つ巨石の上に佇んでいたので、不謹慎にも、すわ身投げによる無理心中か?とか思いきや、インスタ向けの度胸試し系写真をキャッキャとはしゃぎながら撮っていたので、人騒がせな奴らめとか思いながら、なかなか夕映えに浮き立つ佇まいは魅力的だったので通り掛けに一枚戴いてみたもの。

八枚目のカットですが、山頂から下ること10分弱で、千光寺の境内に到達、ここは山腹の狭いスペースを活用しての寺院建築のようなので、通路などはそれこそ台湾は鹿港の「乳擦巷」並みに狭い通路などあってなかなか路地裏写真を愛好するものには魅力的でもあるのですが、そうこう思案するうちにいたいけな若いカポーが通り過ぎていったので、モデルさんとして後ろ姿出演して貰ったもの。

九枚目のカットですが、ここ千光寺は眺めが良いことは、もちろん、最大の見どころではあるのですが、建物自体の構成や造作もなかなか特徴的で、本堂は清水寺のような舞台作りだし、鐘撞堂に至っては、何故か、小田急片瀬の江の島駅や壇ノ浦近くの赤間神宮本殿ぢゃあるまいし、竜宮造りの白いアーチの柱に赤い躯体と面白いので、下でお御籤に一喜一憂する若いカポーにも出演願い、一枚撮ってみたもの。

十枚目のカットですが、ここでも、あまりにありふれた絵葉書的な構図にはなってしまいますが、そこはそれ、セミクラシックの大口径レンズで開放で撮るという特徴がありますから、視界手前の、国宝だったかに指定されている浄土寺の三重塔をメインに瀬戸大橋尾道ルートを入れた遠景も撮ってみたもの。

十一枚目のカットですが、千光寺の境内を後にして、寺のひしめく腹の道を勘働きに任せて、それこそ阿弥陀くじの如く歩きながら下っていくと、なかなか面白い風景、オブヂェに遭遇することがまままあり、東西を平行に走る細い歩道を西方向、つまり駅方面に向けて歩いていたら、店舗兼住宅みたいな建物の塀の一部が常滑焼みたいな焼き物の壺で出来ていたので、面白いと思い一枚戴いてみたもの。

十二枚目のカットですが、最終日は、遅くならないうちにお江戸に戻って、駅前の奉公先の職場で休日出勤+深夜労働が待っていたので、10時から城攻めが出来るよう、ちと早起きし、10時前に宿をで出てから10分ほど歩いて姫路城の天守閣入り口まで向かったのですが、その途上、おそらく大手門の内側で、眼光鋭いニンジャが入ってきた観光客にサービスの一環として、ゴムの忍者刀で突如斬りかかるというアトラクションをやっていたのですが、気配を感じていたので、難なくするりとかわしたら、おみそれいたしやした、とか苦笑いしてたので、それではとモデルさんになって貰ったもの。

十三枚目のカットですが、天気の良い土曜日と云うのに、殆ど待つこともなく、天守閣に入場することが出来、なにぶん、狭い木造の急な階段だけが登城手段ですから、入ってからはのろのろ移動で、各階を存分に見て回る時間も心の余裕も有って却って良かったのですが、南側の窓から見えた鯱のゆ雄姿を姫路の街をバックに一枚撮ってみたもの。

十四枚目のカットですが、いちおう、由緒正しき神社が鎮座増します最上階まで登りつめ、後は下るだけだったので、そそくさと下って、次なる目的地の西の丸エリアに移動して、そこも仔細に検分ししようと思い、天守閣から外に出て、何気なく振り返って見上げた建物の迫力に感じ入って、スマホンでなく、ツァイス付カメラで撮った一枚。

十五枚目のカットですが、二番目の見どころ、西の丸の百間廊下や千姫化粧の間などを見て回りながら、仕事のネタでも探しましょうとか、このところの殊勝な心掛けで廊下の入り口から足を踏み入れたのですが、いやはや、なかなかどうして、中国や韓国の同時代の建物のように朱や緑、青、或いは金泥などによる華美な装飾は一切ないものの、シンプルな造作自体が目を惹いたので、超広角の威力を活かし、廊下の佇まいを一枚撮ってみたもの。

十六枚目のカットですが、廊下のとどのつまりは、千姫が夏の陣で大阪城落城寸前に助け出されて、池田輝政に嫁ぎ直して以降、終生暮らしたという広い畳敷の間に千姫を象ったマネキンが置かれていいて、それの俯き加減の表情がそこはかとなく、その方の薄幸な人生を映しているような感じがしたので、手を合わせてから一枚撮らせて貰ったもの。

十七枚目のカットですが、さぁ、城見物も終わったから、旨いランチでも食ってから、気の重い仕事の待つお江戸さ、けぇっぺか?とか独りごちてから本の丸を後にして、目の前の姫路食フェスタとかいうイベントを冷やかしながら歩いていたら、モデル学校の勧誘というユニークな衣装の小姐が声掛けてきたので、少々立ち話してから一枚撮らせて貰ったもの。
今回の感想ですが、帰りは1.5日ほど早まってしまいましたが、いやはや、瀬戸内の旅は楽しいし、意外と撮りでがある、と思いました。
さて来週は久々の海外遠征につき一週スキップ、その翌週、今年最後の更新では、本年最後の作品ととなる、難加工レンズが完成したので、その試写結果をご報告したいと思います、乞うご期待!!
- 2018/12/17(月) 00:00:57|
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さて、今週のご紹介は予告通り、11月下旬の連休を利用して約2年ぶり訪れた鞆の浦~尾道、姫路の街の様子を二回に亘ってお送りするうちの初回、鞆の浦編をレポート致します。
まずは、恒例の行程紹介ですが、11/22(木)にたまたま奉公先の関西地区の工場への出張が入り、これが三連休の前日であったことから、関西地区の何処かに宿を取ってあちこち見て回ろうと考えたのですが、今日び、世の中、そんなに甘かろうはずもなく、結局、まともな宿が手頃なお値段で取れたのが、姫路駅前の新しい、JR西日本系列のホテル、ここを拠点として、在来線で移動可能な範囲を見て回ることとし、その結果、滞在二日目の11/23は終日、鞆の浦、尾道、11/24はお昼過ぎ迄、姫路城内をくまなく見て回ることとしたのです。
では、さっそく、前編として、鞆の浦の何処か懐かしい街の様子を逐次見て参りましょう。
カメラはFuji X-Pro2、レンズはCine-Xenon28mmf2.0mod.M by F.G.W.G、撮影条件は全コマ開放による絞り優先AEモードとなります。

まず一枚目のカットですが、行きは撮影を早く開始し、超人気店で名代の鯛めしを食べたかったので、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、豪華にも福山まで新幹線で移動し、そこから、鞆鉄道バスで終点の鞆港まで移動し、降りた目の前の漁港に浮かぶ、まだ新しく白い船体の漁船群を、遠くの空に浮かぶ雲として背景に撮ってみたもの。

二枚目のカットですが、鞆港から、街のシンボル兼観光のランドマークともなっている石造りの常夜灯迄は、いったん、蔵造の旧家の間の軒下のような狭い通路を潜り抜け、石畳の通りを通らねばならないのですが、さすが街の方々も、観光客の目を意識してか、古めかしい木造の旧家のあちらこちらに季節の花々を植えていて、とてもその心根を素晴らしく思い、また木造の家並みの通りとマッチししていると思い、至近距離で菊の植栽を撮ってみたもの

三枚目のカットですが、ここ鞆の浦は瀬戸内の押しも押されぬ著名観光地であることは疑いようもないのですが、それ以外にも名産品というか、明治時代くらいまでは街の主要産業となっていた「保命酒」という薬用酒を調整・販売する蔵元が複数所在していて、それらが皆揃って旧家であり、街並みの景観保護に多大なる貢献をしているとのことで、いたいけな観光客の小姐二名組が通り掛かるのを狙いすまして店先の様子撮ってみたもの。

四枚目のカットですが、鞆港からところどころで写真を撮りながら歩くこと約10分弱で港の目の前に見えていた昔の灯台である石造りの常夜灯の真下に到着すると、先客の親子連れが、あまりお行儀良いとも言えないですが、いたいけな童子の兄弟を常夜灯の台座の部分に座らせて記念撮影なんかやっていたので、大きさを判り易くするにも好都合だったので、28mmのAPS-C換算42mm相当の画角で常夜灯の全貌が収まる位置まで下がって、空に浮かぶ雲などを背景に撮ってみたもの。

五枚目のカットですが、お昼の時間を意識して行動しなければならなかったため、常夜灯の周辺であまり時間を潰すわけにもいかず、これまで行ったことがない、”鞆”の名の示す通り、円弧状になっている、鞆港右手方向の山手にあるお社方面に歩き出した直後に通りがかった保命酒の蔵元の一つの佇まいを通りから撮ってみたもの。

六枚目のカットですが、これも何処か地中海沿岸の都市の旧市街を思わせるような、鞆の街の迷路の如き路地に足を踏み入れた時に丁度、背の高い白壁の土蔵に囲まれた一角に差し掛かったので、スペインのマラガやバルセロナ旧市街の白い壁の裏通りみを思い出し、似せた構図で撮ってみたもの。

七枚目のカットですが、これも裏通りの保命酒の蔵元の勝手口というか、商売を行っている店頭の反対側の漆喰作りに瓦が載せられた塀に繋がった玄関の角の部分に載せられた、瓦と同じ材質の大黒様の像を発見、その福々しい表情に魅せられ、最短距離で一枚撮らせて貰ったもの。

八枚目のカットですが、円弧上の湾の一方の端の小高い丘の上にある神社の石段を上る途中で、樹々の枝葉の間から、何故か青い施釉瓦を葺いてある家の屋根越しに鞆港の鏡の如く静まった水面に浮かぶ小舟数隻が見え、それが何処となく、地中海沿いの港町のような佇まいだったため、足を止めて一枚撮ってみたもの。

九枚目のカットですが、丘の上の神社の賽銭箱に些少ながらお賽銭を上げ、形に則った参拝ののち、ランチタイムが迫っているため、足早にもと来た道を戻ることとし、鞆の古い街並みを歩いていたら、往きでは完全に見落としていた、元床屋の土産物屋みたいな店舗兼住宅の店頭のガラス窓の木枠細工がとても魅力的に思え、ここでも足を止めて一枚撮ってみたもの。

十枚目のカットですが、お目当てのお店は、観光客が目当てに並ぶ超人気店であり、ランチタイムとはいえ、人気メニューは実質限定商品みたいなものなので、鞆港の細い道経由お店に向かうと時間がかかってしまうため、往きとは違う、海岸線より一本山際のショートカットの道路を通って移動する際、ここでも保命酒の蔵元の立派な土蔵が道を挟んで建ち並んでいたので、立ち止まり、路傍から一枚撮ってみたもの。

十一枚目のカットですが、ここも山際の道沿いでは結構有名なお店らしく、何となく、同じ江戸時代の街並みを残す、長浜の黒塀スクェア辺りからそのまま切り取って持ってきたんぢゃまいかと見まがうようなベンガラ塗りの木造店舗兼住宅が街道辻に建っていたので、これも有り難く一枚頂戴したもの。

十二枚目のカットですが、これも山際の道から一本脇にそれた裏通りの風景で、まさに粋な黒塀、み見越しの松に婀娜な姿の洗い髪♪とかお富さんが風呂桶抱えてそこらから出てきそうな雰囲気の、神楽坂とはまた違った雰囲気の通りだったので、急く心を抑え、立ち止まって一枚撮ってみたもの。

十三枚目のカットですが、先の黒塀を巡らせた旧家が立ち並ぶ一帯で、元は清酒の造り酒屋だったのでしょうか、うちの母方の実家にもあったような磁器製の、ご当地銘柄入りの通い酒樽が元店舗の店頭脇にひっそりと季節の菊の花の生け花と一緒に飾られていたのがとてもイイ雰囲気を醸し出していたので、今は亡き、故郷の造り酒屋へのノスタルジーも込めて一枚戴いてみたもの。

十四枚目のカットですが、これもお目当ての鯛料理専門店まで目と鼻の先まで来た辺りで、そろそろ海岸通りに下ろうかなという頃合いに通りに面して建てられていた荘厳な木造の店舗兼住宅の、凝った細工の窓桟や、屋根下の壁面の漆喰細工がとても見事であったため、ランチタイムもそっちのけで、ため息つきながら眺め、シャッター切った内の一枚。

十五枚目のカットですが、いざ海岸沿いの道路へと動きだした刹那、改造マフラーからの野太いエクゾーストノートと太いラヂアルタイヤが石畳の道をそこそこの速度で走る時に奏でる独特なトレッド音を立てながら、今は流行らない、ハの字シャコタンの初代ユーノスロードスターが古い街並みの中を走って来たので、振り返りざま一閃浴びせたもの。

十六枚目のカットですが、何とか12時ちょい過ぎにお店には辿り着き、先客が居て席が塞がっていいたので、外で待つこと5分強、ヲヤヂさん自らが引き戸を開けて店の中に招き入れてくれ、何と最後の一人前の「鯛めしデラックス」にありつくことが出来、ヲヤヂさんに再会を約し、店を出て、福山行のバス時刻までは15分少々あったので、バス停周辺でも撮ろうと思い、仙酔島が一望出来る展望スペースに登る途上、かの坂本龍馬の「いろは丸」を模した連絡船が出航するところだったので、岸から一枚撮ってみたもの。

十七枚目のカットですが、確か船着き場の背後の小高い丘の上にも展望台があって、そこから鞆の浦の湾が一望出来たっけかなとか思いだし、石段を登って行ったら、丘の周囲はいつのまにか、日暮里の夕焼けだ段々みたいに野良猫のサンクチュアリと化し、そこそこ手入れされたような野良猫が人間を恐れる様子もなく、悠々自適に暮らしていたので、音も無く近寄り、寛いでいる様子を至近距離で一枚撮ってみたもの。
さて、次回は、福山駅から山陽本線で至近の尾道に移動し、そこで日暮れまで撮った街の様子と、翌日、帰京前に隅から隅まで検分した姫路城界隈の様子をお送り致します、乞うご期待!!
- 2018/12/09(日) 19:40:32|
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さて、今週のご紹介は予告通り、9か月もの間、待ちに待ったスーパーレンズをボウナス払いという禁じ手を使い、遂に入手出来たので、栃木祭りに持ち出し、シェイクダウンテストを行った結果をレポート致します。
まずは、この"Voigtlaender VM Nokton50mmf1.2"のあらましを簡単にご説明したいと思います。
発表は今年年初のCP+2018のコシナブースにて、突如、彗星の如く現れ、現状でも評価の高い、50mmf1.1と35mmf1.2、そして前年の11月に発表された40mmf1.2をも脇役と化し、非球面を採用した50mmf1.2という、いわばヴィンテーヂレンズのどストライクゾーン目がけて100マイル超の剛速球を投げて来たかの如き、鮮烈なお披露目となりました。
ただ、その時点では発売時期未定の参考品扱い、やっと今年の夏も過ぎようとした9月中旬に発売となり、ここで6群8枚のWガウスとも言えない奇怪な構成のスーパーレンズが市販されたわけです。
当工房ではこれまで、海外遠征を中心に不動の4番打者として、CanonL50mmf1.2改が必ず登場し、こと、LeicaのMデヂタルとのコンビでは傑作をモノにしてきたのですが、現在は、神奈川県内某所でOH中につき、比較が出来ないのが極めて惜しまれるところであります。
では、当日の行動に沿って、さっそく、実写結果を見て参りましょう。
カメラはLeica M(TIPO240)、全コマ開放による絞り優先AE撮影となります。

まず一枚目のカットですが、栃木祭りのメイン会場である大通りの会所に設けられた架台の上には、毎回恒例の金漆塗りの対の獅子頭が置かれていて、それが当日、天気も良かったので、結構、盛大に照り返していたのですが、新品レンズの特権として、中の汚れや曇りもなく、かつ今回は深いフードをかけていたので、あえて、この難題にチャレンヂしてみたもの。

二枚目のカットですが、お昼前後の時間は演者である各町会の社中各位も観客もそれほどの出ではななかったのですが、それでも控えめながら運行している各町会の山車には、その先達を務め、華を添える、金棒曳きの小姐各位が務められているわけで、獅子頭を撮り終えた時、背後をちょうど通り過ぎようとしていたので急遽、向き直って一閃浴びせたもの。

三枚目のカットですが、今回、三回目の登場ではありますが、それぞれの最近接域でのクセを見るべく、大通りの会場入り口に近い辺りに位置する、元肥料商の店頭に置かれた黒塗り人力車の車輪とその荷台に置かれた、おそらくはかすみ草と思しき鉢植えをモチーフとして撮ってみたもの

四枚目のカットですが、大通りのそこかしこに点在する明治期から昭和初期にかけての店舗兼住宅の街並みの前を、何組かの町会の社中がそのご自慢の山車と共に通り過ぎて行きましたが、どの町会の組みでもやはり、見どころは先達の小姐各位のカラフルな衣装と、一糸乱れぬチームワークで振り下ろし、シャラーン♪と鳴らす金杖の音ですが、ちょうどやって来た町会の先達組をモデルにその様子を一枚戴いてみたもの

五枚目のカットですが、大通り上で、たまたま、目の前の町会の社中が一時休止し、いたいけな童子達からなる先達や山車の綱曳きも小休止、周囲の友垣と他愛もない歓談にうち興じたり、伴走するお親御さんからおやつや湯茶の補給を受けたりしていましたが、ちょうど上空に報道機関のものと思しい取材用のヘリコが飛来して、それを眺める先達の小々姐の姿が目に留まったので、これ幸いにとい一枚戴いてみたもの。

六枚目のカットですが、町会の山車の周りを写真撮って歩いていたら、カメラに興味を持ったのか、或いはひとかどの写真家、或いは報道機関の取材とばかり思ったのか、如何にも減れの姿を撮って欲しそうに、つかず離れず、いたいけな童子がこっちを見ながらうろうろしていたので、声を掛けてみたら、嬉々としてモデルさんになってくれたもの。

七枚目のカットですが、あちこちに小休止中の山車が停車している大通り上は、まさにこの種のレンズテストには格好のシチュエーションではあったのですが、何せ1/4000までしかシャッター速度が無いM(TIPO240)には、まれにみる好天の陽射しはなかなかツライものがあって、ちょっとでも日向で反射率や白色度の高いオブヂェが被写界に入ってしまうと、飛び飛び大会になってしまうので、慎重に探していたのですが、たまたま停車中の山車の中はそれほど明るくもなかったので、演者の小ど々姐に声かけて一枚撮らせて貰ったもの。

八枚目のカットですが、ここまでで、なかなか至近距離で人物のポートレを路上で撮る機会が巡って来ず、そこはかとなく焦り出してはきたのですが、辺りを見回してみれば、自分の町会の山車が小休止中でヒマこいて、姉妹でダベっていた先達の金棒曳きの小々姐と極小姐の二人組が目に留まったので、声かけてモデルさんになって貰ったもの。

九枚目のカットですが、そうこうするうちに、少しずつではありますが、山車も運行を始めたようなので、当然のことながら、路上の床几なんかにどっかと腰を据えて、化粧直しなんかしていた先達の金棒曳きの小姐各位にも出動命令が下るわけで、先に別のレンズで撮らせて貰った小姐ではありますが、一枚撮られるのも、二枚撮られるのも同じとばかり、再び横顔を一枚撮らせて貰ったもの。

十枚目のカットですが、町会社中の山車の先達にはそこそこ美形の小姐を揃えたがるのが、適材適所の原則にも敵い、また専門性の高い演奏技能を求められる山車上の下座連には、ヴェテランのヲッサン、ヲヴァハンが据え付けられるというのが、佐原、鹿沼、そして川越と転戦してきて、自明の理の如く理解していた話ではあるのですが、ここ栃木では、AKB某の「木崎ゆりあ」を彷彿とさせるが如き美形が登場していたので、工房主のみなず、同行の他二名も狙って撮ろうとしていた事実に笑ってしまったもの。

十一枚目のカットですが、大通りの一番奥のどん詰まりの辺りでは、何故かテープが道幅一杯に広げられ、その向こう側には、色鮮やかなお揃いの法被を着た、女性らしき存在が大勢、出待ちをしていいたのですが、或る程度、近寄ってみれば、普段はお掃除とか、仕出屋の調理、或いは薄暗い夜のスナックのカウンター奥で神秘的に棲息している女性店主のような雰囲気の、要は顔のシワをパテならぬおしろいで塗り埋めた上、下塗り、中塗り、上塗りの輪島塗の漆器もかくやあらんばかりの厚塗り大姐軍団勢揃いだったので、そのマネーヂングをしていた、いなせな法被の爺様の後ろ姿だけ撮らせて貰ってほうぼうの呈で逃げ出す前の一枚。

十二枚目のカットですが、お揃いの極めて派手な法被に、高田馬場の仇討ちに加勢しに行く堀部安兵衛か、はたまた赤城の山も今宵限りと手下に大見得切って別れを告げる国定忠治か、と見まがうが如き襷掛けに、著しく堅そうなカツラなど被った老婆軍団を撮るのも、撮った後の写真に使い道が無いので眺めるだけにしておいて、その先達を務める、如何にも気立ての良さそうなスキンヘッドの爺ちゃんの笑顔が素晴らしかったので、モデルさんになって貰ったもの。

十三枚目のカットですが、昼飯場所を探すため、また元来た道を辿っていたら、スタンプラリーみたいなものの世話役兼、進行係みたいなお役目を担う、時代劇衣装、カツラに身を固めた男女が目に留まったのですが、この瓦版屋に扮した兄ちゃん、先輩格?の浅草のデブの草餅売りの桜金造もどきななんかと比べれば、極めて自然な振る舞いと何よりも笑顔が良かったので、傍らから何枚か撮らせて貰ったうちのベストショット。
今回の感想ですが、うーん・・・やっぱ新しい超高性能レンズはイイですね。クラシックな佇まい、そう、姿恰好はベンチマークとしたらしいCanonL50mmf1.2に何処となく似通っていますが、この開放からすっきりシャープでコントラストも発色もまさにデヂタル時代の作品造りにも十分耐えうる高性能さ加減で、先に期待満々で買い求めたUltron35mmf1.7asph.にも一歩もひけを取らない21世紀の銘器と思いました。
さて、次回は11月の連休を利用して訪れた鞆の浦~尾道、姫路の街の様子を二回に亘ってお送りししたいと思います、乞うご期待!!
- 2018/12/02(日) 20:47:36|
- 深川秘宝館
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