
さて、今宵のご紹介ですが、先週は週末が雨続きかつ、これまでの難加工レンズの加工法が閃いて、一気に旋盤に向かい合って加工を行った結果、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、スキップせざるを得なかったのですが、今週は土日とお天気も宜しかったため、既にセイコーSVのドンガラを利用した汎用レンズテストマウントのショートバックフォーカス化加工も完了し、公称焦点距離45mm以下でも無限も取れるようになったので、満を持して、先々週にジャンク機から回収し、クリーニングとコバ塗り等が完了した前後群を捻じ込んで、テストを行うこととした次第。
そこで肝心の今回のドナーはというと、リコー製のスーパーショットという1965年発売のレンズ固定式レンジファインダ機のレンズでRikenon43mmf1.7、4群6枚のオーソドックスなWガウスタイプ。これはリコーの自社サイトの過去製品紹介でも、富岡光学製と明らかにしています。
そもそも、リコーは自社で殆どレンズを作らなかったので、高性能モデルは富岡光学、その他、コシナや日東光学などからOEM供給を受けていたようです。
実は、今回、大チョンボをしでかしていて、汎用テストマウントの中核はSVシャッターのドンガラを使っているのですが、このスーパーショットは同じセイコー製でもES600という型番の違うシャッターを使っていたのが原因なのか、後群を奥まで捻じ込むと絞り羽根駆動機構と干渉してしまい、それを気付かずに無理に絞りを回そうとして二回ほど羽根がバラけて、絞り羽根機構の組み立て練習を二回も行うはめになったということで、奥まで捻じ込んで、どうせ開放でしか撮らないので、そのまま持ち出したら、クリアランスが近すぎたためか、像面湾曲と外コマ収差がかなりのカットで観察され、X-Pro1の背面液晶モニタでは中央部のシャープさだけに気を取られ、周辺が結構、大海(おおあまの)皇子状態になっていたので、戻ってから工房のPCで画像チェックし、アッチャ~!!となった次第。
もういっぺん、ESシャッターユニットの装着クリアランスを確認し、機会あれば、スペーサリング作って再チャレンジしようかと思います(→面倒だからたぶん、翌週には忘れてるwww)
では、さっそく、本日、出来立てほやほやの試写結果を逐次眺めて参りましょう。ロケ地は久々の浅草、カメラはX-Pro1、全コマ開放により絞り優先AE撮影となります。

まず一枚目のカットですが、今回は昼飯も兼ねて久々の浅草に出て来たこともあり、まずは腹ごしらえとばかり、松屋銀座に直結した東京メトロ銀座線の出口から地上に上がって、そのまま馬道通りを待父山というか今戸方面に向かって200mほど歩いた伝法院通りとの交差点に建つ「ラーメン凪」さんで煮干しコッテコテのラーメンなど戴いてから、伝法院通りを西に進み、ハヤタカメラ西側の仲見世側道から浅草寺境内を目指す途中、元「暮六つ」の敷地内の咲いていた紫陽花を最短距離で撮影してみたもの。

二枚目のカットですが、仲見世側道から宝蔵門前広場に出てはみたもの、着物を着込んで、気前良く二つ返事で写真を撮らせてくれるような海外からのゲストは皆無で、人はそれなりに出ていても声かけ撮影は不可能なシチュエーションと判断したので、仕方なく後ろからブスっ!と方式で、あくまで個人特定不可の景観の一部としてご参加戴くモードで御籤売り場の横で結わえ柵に用済み神籤を結んでいた、原宿系カポーの仲睦まじい後ろ姿を戴いてみたもの。

三枚目のカットですが、境内の撮影スポットNo.1である、手漕ぎ井戸に誰か集わないかな、と思い直し、再び足を運ぼうとしたら、その手前の植栽の周囲を囲んだ石垣の上に、今時では希少、絶滅危惧種と化しつつある、ストレートの黒髪に白いフレアマキシマムスカートにたすき掛けのポシェットという80年台のオリーブ少女みたいなうら若い小姐の姿が目に留まったので、後ろから一枚戴いてみたもの。

四枚目のカットですが、手漕ぎ井戸の周辺も被写体皆無で仕方なく、奥山方面から花やしきに面した通りを抜けて、ひさご通り方面へ移動しながら適当に被写体を探そうと本堂へお参りしてすぐに歩き出したら、影向堂付近のストーパとか屋根付きのお地蔵さんなどが建ち並ぶ辺りの、境内を流れる小川に架かる橋の上で、今にも身を投じそうなオーラを発して、水面を眺めながら言葉少ななカポーを発見したので、通りすがりにその後ろ姿を一枚戴いてみたもの。

五枚目のカットですが奥山方面から境内を西方面に抜けようとすると、西参道のアーケードとそのゲートのようなアーチが目に留まりますが、その西参道の入り口付近にここ2~3年の間に作られた、いわゆるインスタスポットで、無数の風車の弥七が壁面一杯を埋め尽くした場所があり、いつも、ここの前で、いたいけな二人連れの小姐各位が自撮りを楽しんでいるのですが、本日も、どう考えても撮影オーケーしてくれそうにない先客の小姐二名組を横目で見ながら、風車を斜め撮りしてみたもの。

六枚目のカットですが、アーケードの中に入ってしまうと、撮影は難度を極めますので、西参道の通りには入らず、予定撮り、花やしき沿いの通りからひさご通り方面へと歩きながら、被写体を探しますが、外国人が皆無の今、なかなかモデルさんになってくれそうな人どころか、浅草もこの辺りでは地元民各位しか通っていないので、普段着のヲヂチャン、ヲバチャンに声掛けても、断られるどことか怪しまれて、バケツの水でも掛けられかねないお土地柄なので、おとなしく、一本手前の通称ホッピー通りに向かうこととし、その一本手前の路地で塀に向かって自撮りする不思議な人達が居たので、その様子を一枚戴いてみたもの。

七枚目のカットですが、花やしき沿いの通りからホッピー通り方面へ抜けようとすると、休日ともなると、真昼間から、耳に赤鉛筆挟んで、灰色の新聞を丸めて手に持ち、どことなく目が千葉真一気味で殺気立った雰囲気の老若男女が徘徊するWINSなる場外馬券売場ビルの横を通るのですが、当日は不可思議なことにそういった退廃的な人種とは対極に位置して居そうな、牧歌的な親子連れが紛れ込んできたので、追尾して背後から一枚戴いてみたもの。

八枚目のカットですが、ホッピー通りに足を踏み入れると、まだ陽も高い15時台だと云うのに、店の前では、若い女性の従業員迄が、声を張り上げて、はい!そこ行くイケてる兄さん、姉さん、イイ席空いてるよ!てなカンジで往来を通る冷やかし客まで己が店に呼び込んで、幾ばくかの売り上げに換えようと、コロナ開けの営業リカバリーに熱気むんむんではありましたが、工房主は全身から撮影中は邪魔すんなオラオラオーラが全身から放射されているとの下馬評も有るくらいだし、そもそも一人客は呼び込み対象外なのか、ガン無視状態だったので、路地裏の店の前の提灯だけ撮らせて貰って、そそくさと後にしたもの。

九枚目のカットですが、ホッピー通りの終わりは伝法院通りに接続しており、右に歩けば、六区映画街、左に歩けば、伝法院通りの小屋店の街並みを抜けて仲見世に戻るコースとなるのですが、映画街もこのご時世、人通りがどうか判らないし、ましてや、演芸場やら大衆演劇の役者さん達が外で呼び込みやってて、気軽に撮影に応じているような日常に戻っているとは到底考え難いので伝法院通りに足を踏み入れてすぐに威勢の良い人力車がいたいけな小姐二名を乗せて通り過ぎようとしたので、とっさに小姐の近い方を撮ってみたもの。

十枚目のカットですが、そろそろ、お茶もしたい頃合いになったし、仲見世の撮影スポットである、美人茶屋あづまさんやら、その裏の扇屋さんの大和絵団扇も忘れてはいけないので、伝法院通りから仲見世を南下し、雷門方面へ歩こうとしたら、昼の浅草にはちっとばかし似合わないカンジの六本木とか西麻布辺りのクラブから彷徨い出て来たような雰囲気の小姐二名組がオクターブ高いとハイテンションで存在感を誇示しながら通り過ぎていったので、その自己顕示欲に免じて、後ろから一枚戴いてみたもの。

十一枚目のカットですが、今回は伝法院通りの東端から大通りを挟んだ向かいに位置するラーメン屋さんでのランチとなったため、いつもと巡回ルートが180度正反対になりましたが、やっと終盤で、浅草での定点観測スポット登場回数、堂々の一位、美人茶屋あづまさん裏の扇屋さんの店頭の陳列用の木枠に留められた竹骨の大和絵団扇で、今回は新登場の釣り帰りの河童の目に合わせて撮ってみたもの。

十二枚目のカットですが、扇子屋さんからは大規模なデモなどなければ、徒歩10秒もかからない距離にある
泣く子も黙る観光ランドマーク、松下電器産業様のご厚志により、念願のリニュアルが叶った雷門への更なるプレゼント、大提灯の仕立て直しで、底部の金色金物も、顔が映るくらい磨き上げられ、その上に厚手の金張りを施され、数か月経っても、窒化チタンのイオンプレーティング並みに美麗な状態を保っていたので、敵ながらあっぱれ、やるなぁと至近距離で一枚戴いてみたもの。

十三枚目のカットですが、さてお茶は何処で戴こうかな、ティーパックでポットもないデニーズはちょっと遠慮したいなとか思っていたら、田原町の手前にジョナサンやらロイホが在ったことを思い出し、ではそちらへ向かいながら撮りませうと思い直し、雷門通りを田原町方面に歩いていたら、ふと、確かミチェリンのビブグルマンに列せられた餃子屋が在ったことを思い出し、ちょうど目に留まったので歩いて行く途中に雰囲気のイイ江戸前寿司のお店が在ったので、全景を一枚撮ってみたもの。

十四枚目のカットですが、くだんの餃子屋の前まで行って、佇まいは平凡な町中華で餃子も一種類しか無いのに、なんで「餃子の王様」なんだろう、もしかして「王将」への意趣返しか何か?とか腑に落ちない思いを抱えたまま雷門通りに戻ろうとしたら、かつて、釜山の富平市場の路地から、釜山タワーが見えた時とほぼ同じシチュエーションででスカイツリーが路地奥に鎮座ましましていたので、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

十五枚目のカットですが、雷門通り経由、田原町交差点まで戻ると、またジョナサンの在るホテルの建物には北上しなければならないので、雷門通りから一本北を並走する裏通りを歩いていたら、ちょうど西に傾き出した午後の遅い陽光を浴びて、いたいけな若いカポーが足取りも軽く追い越していったので、有難く、後ろから一枚戴いてみたもの。
今回の感想ですが、いやはや、やはり富岡光学製のクラシックレンズは良く写りますねぇ・・・ましてや、裕福なリコーが自社の高級機向けにOEMで製造を委託した製品となると、X-Pro2やらα7RIIのEVFに比べれば、クロップ拡大モードと標準倍率での元の視野との合焦位置が僅かにずれるX-Pro1でもこのキレですから、前後のクリアランスを厳密に取って、これをX-Pro2で再チャレンジすれば、現在の標準レンズもたじたじの高性能ぶりを発揮してくれるのでは?という気がしました。
さて、次回はやっと、都府県間の移動が解禁になったので、帰省のため、一週お休み、何が出るかはお楽しみということで、乞うご期待!!
- 2020/06/21(日) 19:06:35|
- X-mount改造レンズ
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て、今宵のご紹介ですが、東京アラートなる意味不明のスローガンが出されてしまったため、不用意に上州の知行地に出掛けて、本人のみならず、お留守居役の老母にまで風評被害出ては宜しくないので、帰省はほとぼりが冷めるまで延期、従って、残業厳禁+一時帰休+外出自粛で余りに余った時間でリプロダクションを行った、ロシアレンズシリーズのうち、Jupiter8Mのリビルト2号機、こちらは固定鏡胴モデル3兄弟の中では、コントラストはやや低めながらも、シャープネスは申し分なく、ローパスレスのR7IIのEVFで最大倍率で拡大すると、2m弱の先のスマイル40という4cmくらいの高さの目薬瓶の裏側の説明文が読めるくらいなので、かなりのものだと認め、街撮りに連れ出した次第。
今回の個体の特徴は、G1の凸がおそらく80年代に入ってからのパープルとアンバーとピンクが混ざった、毒々しい反射光を放つギンギラコートでGは普通の薄い青紫のコートでG3がまたパープルアンバーとピンクが混ざったもので組み上げてます。
では、当日の行程に沿って、試写結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラはSONY α7RII、全コマ絞り開放による絞り優先AE撮影となります。

まず一枚目のカットですが、今回の試写も朝というか昼前に起きてから、まずランチは何にしようか?と考えることから始まって、そのランチスポット周辺から試写をスタートすることとなるのですが、ふと思ったのが、天気予報で翌週末辺りから天候が崩れてそのまま長い梅雨に突入してしまうかも知れないとのことで、その前に新型コロナ騒動直前に渋谷東急ハンズに預けておいたカメラバックを引き取りに行こうと思い、も目的地を急遽、秋葉原から渋谷に変更し、センター街奥地のハンズでカバンを引き取ってから、次なる目的地である中野へ向かうための東京メトロ半蔵門線渋谷駅への道すがら、センター街に面する沖縄料理屋の前の路上を撮ってみたもの。

二枚目のカットですが、同じく渋谷センター街の路上で、以前は外国人、日本人を問わず、路上の様子をカメラ、スマホンで撮っている人々があまた居たので、真っ黒い大きめのミラーレス機に銀色のヘンテコなレンズを人通りに向けても、誰も関心を示さず、気軽にスナップがてら試写も出来たのですが、そもそも人通りが2~3割引きの上に写真を積極的に撮りたがる国内外のツーリストが皆無に等しいので、独りだけで盛大にやっちゃうと嫌が応にも目だってしまうので、かなり控えめに遠い通行人を入れて街の風景撮ってみたもの。

三枚目のカットですが、渋谷から半蔵門線に乗って、いったん九段下まで下がり、そこで東西線に乗換え、中野に向かったのですが、中野の街もだいぶ人通りが戻り、ブロードウェイに続くサンモールというアーケードなど、ほぼ平常並みの混み具合いに戻っていたのですが、試写をしながら、ドナーを求めにペコちゃんカメラ別館へ移動するというミッションのためにはその一本東の側道を通らねばならないので、ペコちゃんカメラ本店へ続く道に足を踏み入れた途端、いつも見慣れた煉瓦造りの飲食店の店頭に「長年のご愛顧・・・」云々というコロナ影響による閉店の挨拶が張り出されていたので、名残惜しんで看板を至近距離から撮らせて貰ったもの。

四枚目のカットですが、渋谷のセンター街付近と異なり、ここ中野の北口界隈は、店の代謝が低く、老舗のお店も多く残っていて、そこここにそのお店のコンセプトを打ち出したオブヂェが配置されていて、街撮りを行う我々にとっても、好ましい被写体を用意していてくれるのですが、ペコちゃんカメラ本店の二本ほど北側の東西を結ぶ通りに在る北海道をコンセプトとした居酒屋店頭の機関車の鋼鉄製の車輪と背景の土壁をモチーフに一枚戴いてみたもの。

五枚目のカットですが同じく中野駅北口のラーメン、焼鳥、居酒屋等接待を伴わない飲食業が密集するエリアで、アーケード街から一本外れてしまうと、まだ人出も戻り切っておらず、土曜日のお昼過ぎというのに閑散とする通りに赤提灯のみ灯が点されて、いつ来るとも知れぬお客さんを待ち侘びている様子が何となく沁みるものがあったので、至近距離で一枚戴いてみたもの。

六枚目のカットですが、ここサンモールより一本東を並行する飲食店街でも、以前よりはまだまだ少ないとは言え、緊急事態宣言終息後、初の週末ということもあって、これまで、7月7日の織姫と彦星よろしく、おおっぴらに逢うこともままならなかったいたいけな若い男女のカポー達がここぞとばかりに手に手を取ってしっぽりと人通りもまばらな通りをそぞろ歩きなんかしていたので、そっと音もなく背後に忍び寄り、逢瀬の様子を一枚戴いてみたもの。

七枚目のカットですが、サンモール東の側道も早稲田通りに近いくらいの奥地になってくると、路地や裏通りも入り組んできて、それがまた昼間なので店舗が閉まっていて、妙な非日常感を醸し出してくれるのですが、その中を、大黒天、ないし大国主命よろしく白い巾着袋を肩から下げたいたいけな若い小姐が何の臆面もなくすたすたと歩み入っていったので、その意外な組み合わせに驚き、後ろから一枚戴いてみたもの。

八枚目のカットですが、ここサンモール東側のエリアには、新宿三丁目、或いは浅草観音裏、吉祥寺ハモニカ横丁の如き、接待を伴う夜の飲食業における昭和の残滓が至る所に佇んでおり、大学時代から中野には足を運んでいたのに、つい5~6年前に初めて発見した歌舞伎町奥の風鈴会館の改装前の姿か、或いは渋谷の宇田川町辺りの再開発に取り残された雑居ビルの双子の生き残りみたいなおどろおどろしい造形、色使いの建物が残ってしかも現役として供用されているのですが、その手前の通りでいたいけなカポーがネコを見て癒されていたので、遠目で一枚戴いてみたもの。

九枚目のカットですが、話は前後しますが、画面の中のいたいけなカポー達がしゃがんだり、みゃおみゃおと奇声を上げていたので、もしや中野に渦巻く、生類憐みの令によるお犬様屋敷が残した畜生霊にでもとり憑かれたのかと思って、恐る恐る近寄ってみれば、黒猫と三毛猫もどきが閉まっている店舗前の段ボール箱の上で昼寝していたので、何とか手名付けようと無駄な努力をしていたので、一枚撮らせて貰うよ、と割り込ませて貰って撮ってみたもの。

十枚目のカットですが、今回は50mmレンズなので、正面の通りからでは、おどろおどろしい雑居ビルの全貌を写し切れないので、いったん、側道の戻り、もう一本北の東西通路の入り口付近から建物の全景を狙おうと歩き出した矢先、だいぶ前に気づいていた、ベニア板に手書きのイラスト看板の向こうをお手々こそ繋がないまでも中年のカポーがしょうがないしょうがない云いながら歩き去ろうとしていたので、かろうじて背景に収め一枚撮ってみたもの。

十一枚目のカットですが、例の雑居ビルの東側通路入り口付近にて、50mmの画角で何とか撮れるクリアランスが確保出来る位置を探り当て、さぁて、スターウォーズに出て来そうながめついヒューマノイド型エイリアンが経営する酒場が密集していそうな雰囲気の古びてはいるが、不可思議な造形と色使いの雑居ビルの全景を撮ろうとした矢先に自販機で何か買おうと云う白髪のご老人が現れ、いーぞ、いーぞ♪とシャッター押す直前に速足で飛び入り参加したステテコ姿のヲッサンとマンボパンツ小姐のカポーも一緒くたに撮ってしまったもの。

十二枚目のカットですが、無事、中野ブロードウェイ最奥部に鎮座ましますペコちゃんカメラ別館で結構な掘り出し物を三点も買えて、しめしめ、これで当面、改造パーツには困るまい♪とホクホク顔で再び駅を目指そうと思ったものの、屋根付きで人通りも密なサンモール経由では思うように試写出来そうにはないので、さきほど通った道より更に一本東の「中野新道」というよりマニアックな飲み屋街に足を踏み入れるや否や、自転車のオモニを追い越すべく、奇声を上げたいたいけな童子が走ってきたので、通りの一部として一枚撮ってみたもの。

十三枚目のカットですが、不審者モード全開で中野新道の昼の顔をきょろきょろと眺めながら駅に向かって歩いて行ったら、バミューダパンツ姿の若いヲヤヂがオカッパ頭の男の童子の手をひいて、楽しそうに語らい合いながらすれ違っていったので、場所とアンマッチな組み合わせに面白さを感じ、即座に振り返り、その幸せそうな後ろ姿を一枚戴いてみたもの。

十四枚目のカットですが、中野新道もペコちゃんカメラの近くまで来たら、先行き、あまりお店もなくなってきたので、サンモール方面へ戻ることとし、サンモールを東西に貫く路地のようなところを歩き出したら、珍しい材質の赤提灯とは言えないような赤いセルロイドっぽい宣伝ぼんぼりにこれまた「カッパ」という見方によっては潔いとさえ言えるような屋号が記されたもつやき屋さんがあったので、暇そうな店番の中年小姐に今日は寄れないけど、宣伝するから撮らせて、と頼んで一枚撮ってみたもの。

十五枚目のカットですが、駅に戻る前にもう一か所、無くなってしまう前に撮っておきたいものが有って、そこに立ち寄ったのですが、それは何かというと、冒頭でご紹介した煉瓦造りのレストランカフェ「BRICK」さん店頭の年季の入った青銅とキャストガラス製の街灯で、心の中で永年ご苦労様でしたと声かけながら、最短距離で一枚戴いてみたもの。
今回の感想ですが、いやはや、コピー製品のしかも寄せ集めのリビルト品でも、ゾナーってイイですね。
レンズの特性に関し、フィルムのように感光面の厚みとプラスティックフィルムを巻いていることによる甘いフラットネスと違い、SONY製の裏面照射型CMOSのしかもローパスレスは古いレンズには過酷極まりないテストベッドですが、周辺のひずみも解像度低下も殆ど認められず、満足いく試写結果を出してくれたのは、天才ベルテレの遺徳によるものだと改めて感じてしまいました。
さて、次回は田舎に帰らなければ、JUPITAR8Mの三号機テストはちょっとひと休みして、国産のコンパクトRFのレンズを例のテストベッドで試写した結果でもお送り致しましょう、乞うご期待!!
- 2020/06/07(日) 19:17:49|
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