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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Adventure to unexperienced island ~Ehime Historic tour'22.Mar.③~

さて、今週は、予告通り、満を持して訪問した四国お城巡りツアー第二弾、3泊4日の愛媛への旅のクライマックス、午前の今治城、午後の松山城+αお送り致します。
まず簡単な行程ですが、3月20日は、前日の片道約100km、1時間半弱近くの鉄道旅を繰り広げた前日とは異なり、ちょうど半分の距離でしかも途中下車する目的地もないですからお城を見物してから街でランチを食べる前提で朝10時過ぎの急行でもって今治に移動し、そこでバスで今治城まで移動し、1時間半程度、見学し撮影、しかるのち、駅までの途中でランチを食べようと思い、駅まで20分程度の道のりを歩いたものの、アーケード街にはそもそも食堂の類いは見当たらず、仕方なく、駅の立ち食い蕎麦スタンドみたいな食堂で今治風鯛めし定食を食べて、これが安くて旨くて大当たり、気分良くしてまた電車に乗って松山まで戻り、午後は松山城を徹底的に踏破したというのが、今回のあらまし。
では、当日の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、駅からの市内巡回バスは10分ほどでお城の濠端というか海沿いの路上のバス停に停車し、そこからは、海水を引き込んでいて、水面も澄んだ広いお濠越しに高い石垣上に設けられた漆喰壁越しに天守閣も見えるのですが、あえて南東方向のお濠に青空、雲、そしてお城の石垣が映し出された景色を選んでみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss Tessar35mmf3.5mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、ここ今治城のお濠は海から水路経由、海水を引き込んでいて、常に循環させているので、お濠の生物は基本的に海水の魚類や甲殻類、そしてクラゲ達なのですが、非常に興味深いことに地下の水脈の為せる奇跡なのか、高石垣の真下で湧水が出るところが何か所かあって、そこには絶滅危惧種のメダカが棲息しているというのですが、そんなことも知らずに入門前に北西の高石垣の上の再建された武具櫓を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss Tessar35mmf3.5mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_033.jpg
三枚目のカットですが、お濠にかかる橋を渡り切ると、千代田のお城の桜田門から彦根城、姫路城、高知城・・・それこそ現存、復元を問わず、大きなお城には必ず付きものの桝形虎口の入口になる、大手門、ここでは鉄御門という名称の復元遺構なのですが、石垣を切り欠いて作られた通路の上に櫓という長い建物を載せ、そこを門としての攻撃施設として活用する設計となっていたのですが、挨拶代わりに一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss Tessar35mmf3.5mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、鉄御門をくぐって暫く歩くと、木立の間から層塔型6重6階のRC造の模擬天守閣の偉容が目に飛び込み、しかも、いかにも修学旅行のいたいけな生徒さん各位が記念撮影し、帰ってからの作文書きの便宜を図ったかの如く、天守閣の前の広場の見通しが良い地点に、高い石垣状の台座の上に騎馬姿の藤堂高虎公の銅像が建てられており、これは画としても判り易くて良いなぁとか思い、その前で自撮り後に一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCarl Zeiss Tessar35mmf3.5mod.Mによる絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_035.jpg
五枚目のカットですが、お城の内部見学前に真下からの全景カットを撮ろうと、天守閣の向かいの神社の手水場の柱に背中を預けてカメラを向けたら、何と、背が高過ぎてその位置からだと収まり切れない・・・ということで、急遽、選手交代、近くに居たご近所のカメラ好きのご老人に、兄さんイイレンズ使ってるねぇ、とかおだて上げられながら、交換した超広角でギリギリ収めたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_037.jpg
六枚目のカットですが、場内は展望台を除いて撮影禁止というルールだったので、レンズを交換したばかりのカメラはいったんカバンに収め、文学歴史から、はたまた生物、地学といった自然科学の範疇まで広く網羅して判り易く展示してある館内を興味深く見学し、階段で6階の展望室まで登り詰め、眼下に広がる瀬戸内の晴れ渡った景色に心躍らせ、遠くに瀬戸大橋も顔を覗かせ、ここが模擬天守閣の最上階であることが良く判るよう、頭上の屋根の下部構造である垂木や、桟、そして北方面に設けられた、丸みを帯びた唐破風の形状も見てとれるよう工夫して撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、天守閣から降りて、食事の時間と松山城の見学の時間を考えると、郭内の再建櫓内部の博物館の展示を眺めている時間は全く無かったので、後ろ髪引かれる思いでまた来た道を辿って、橋を渡り、お濠の外に出たのですが、バスで来たルートを辿って駅方面へ歩き出して、ちょうど、お濠の北西角まで来た辺りで、勢いよく瀬戸内海の水がお濠に流れ込む辺りから、石垣、漆喰塀、櫓、そして天守が重なって見える地点を見つけたので足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_038.jpg
八枚目のカットですが、今治駅前で至福のランチタイムを愉しんで、午後の予讃線の特急列車で松山に戻り、到着初日に雨の中、リハーサルをしておいた二の丸遺構経由の登城ルートである黒門登城口から天守閣の建つ本丸へアクセスすることとし、前回とは異なり、天気も良好、時間も午後の早い時間だったので、撮りながら歩く登城に気分も上々、このカメラでは初の組み合わせとなった超広角本来の描写を楽しむべく、まず目の前に現れた二の丸再建櫓門を下から撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_039.jpg
九枚目のカットですが、二の丸遺構手前では、庭園へ入る道とそのまま天守方面へと進む道が別れており、庭園は前回、お金払って、結構念入りに見学したので今回はパスし、そのまま石垣に沿って、現存天守群や再建櫓が建ち並ぶ山頂広場の本丸を目指し歩くと、攻城の典型的トリックである、折り返し通路の手前の緩い石垣の坂に出たので、石垣の上の黒い下見張りの再建櫓を入れて辺りの様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、これが折り返し通路を登り詰めた上にある、謎の「扉無門」なのですが、そもそも、門などというものは、普段は扉を設けておいて、一朝こと有れば、即座に閉めて、来襲した敵を締め出すという役割なのに、これが無い、しかも、木材の調査結果によれば、創建当時から扉装着の金具を打った痕跡すらない、という不可思議な門から、いたいけな童子が奇声を上げて駆け出てきたのに、そのままカメラを構えていたら、アカンベーをして通り過ぎる瞬間を捉えていたもの。

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十一枚目のカットですが、数々のトリックをくぐり抜けて、本丸の位置する山頂広場に出ると、一気に視界が開け、まだちらほらと咲き始めた桜の木立の向こう側には、現存天守では、ここと姫路城しかない、高石垣の上の大天守と小天守、櫓を屋根付き渡廊下で結んだ、連立式という、かなり大規模な城郭の構造が見てとれるので、いたいけなカポーを引き付けておいてから一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_042.jpg
十二枚目のカットですが、天守群への入場料を支払い、トールゲート裏の石垣沿いの坂道を登っていくと、ここでも折り返しの繰り返しで天守群への登城口へと向かって行くのですが、渡廊下と櫓の窪んだところに大天守の裏側が丸見えなるも、三方を銃眼だらけの廊下に囲まれた門を潜らないとそこには辿り着けないという、まさに築城の創意工夫が見てとれ、他の観光客同様、間近で大天守の全景が撮れるので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_043.jpg
十三枚目のカットですが、狭い登城口から大天守の内部に入ると、ここもご多聞に漏れず、内部は資料館状態になっていて、一般受けしそうな、お城由来の刀剣、甲冑、掛軸、そして城郭全体と城下町の縮尺模型などが、古めかしいガラスケースに収められていて、こんなものは外に資料館でも建てて、そこに仕舞っとけよ、とか毒づきながらもついつい見入ってしまいながら、天守内の様子を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十四枚目のカットですが、他の現存天守と異なり、ここ松山城は、かなり建物内の照明を明るくしており、天井部の構造材や床面の和釘の使用状況の調査も格段にやり易かったのですが、おそらくは木材の色加減からして、近年の補修を経たものとは思われますが、建物コーナー部の「石落とし」と「狭間」の複合設備がかなり明るく見易い状態だったので、有難く一枚戴いてみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Ehime22Apr_045.jpg
十五枚目のカットですが、城内もくまなく見尽くして、そろそろ閉城時間でもあるし、晩飯までにホテルのそばのショッピングモール内のローカルカフェでお茶もしたかったので、初日に見当を付けておいた、本丸隅の茶店兼土産物屋さんに寄って、職場のよゐこ各位にキャラクターグッズなどを買い求め、外に出たら、何と、何処に隠れていたのか、関東から東海エリアのお城によく出没する「おもてなし隊」の面々が、自ら観光客に声をかけて記念撮影を展開していたので、卒爾ながら、と声掛けて一枚戴いてみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、やはり温厚な瀬戸内の、海運、製塩などで経済的にも繁栄していた伊予の国のお城ですから、宇和島にしても、大洲にしても、今治にしても、ここ松山にしても、建物はきちんとメンテナンスされてキレイな状態で旅人を迎えてくれますし、街の人々も、おらがお城、という意識でそれぞれの街にお城があることを誇りに思っていて、日本全国、それが現存であろうと、復元、復興、模擬であろうと、お城は街の人々の心の拠り所であり、コミュニティの統合の象徴なのだと改めて思い至った次第。

さて、次回はGWで二週スキップ、GW明けにこの翌週に出張絡みで出掛けた中京地区のお城巡りをお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2022/04/24(日) 22:01:47|
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Adventure to unexperienced island ~Ehime Historic tour'22.Mar②~

さて、今週は、予告通り、満を持して訪問した四国お城巡りツアー第二弾、3泊4日の愛媛への旅、二回目をお送りします。
まずはお詫びと訂正ですが、奇跡の重要伝統的景観保存地区、内子町を隅々まで踏破して撮ったカットが結構点数あったので、素晴らしく良好な街並み保存事業にも関わらず、なかなか地味で知名度も低い同地区へのエールも含め、今回はこの訪問地のみで構成したいと思います。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはElmarit28mmf2.8による全コマ絞り開放AE撮影となります。

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まず一枚目のカットですが山あいを走る高架のJR線の内子駅を降りて、駅前のちょっとしたロータリーに視線を走らせたら、あらま、新橋にテレポーテーションしたんかい?と自ら突っ込みたくなるような、かなり立派なSLが展示されており、いたいけな童子を連れた若い夫婦者が記念撮影なんかしていたので、その様子尾も含め、どんよりした夕方の空を背景に往年の雄姿を一枚撮ってみたもの。

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二枚目のカットですが、駅から目的地への道すがら、なかなか判りづらい観光地図を頼りに時折、ランドマークとなる建物、施設、そして案内板を頼りに、駅からは1キロ以上離れた山への道に沿って開けた歴史的景観保存地区へ歩いて行ったのですが、その途中にも結構、イイ案配に朽ちかけている旧建築、特にだいぶ前に北陸を旅した時に教えて戴いた鬼門、裏鬼門の隅切建築のような商家のなれの果てがあったので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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三枚目のカットですが、なかなかイイ案配に寂れかけた街並みの商店街には、かろうじて営業を継続している商店も残っていて、道すがら見ながら歩くのもまた楽しいひとときではあったのですが、ふと視線を釘付けにし、思わず足を止めたのが、何のまじないなのか、或いは計算しつされ尽くした街頭アートだったのか、調べようもなかったのですが、みかんを商う店頭の柱に招き猫が半分だけ顔を覗かせ、体は荒縄でその柱に括りつけられていたので、これは面白いと思い、一枚撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、まだ景観保存地区の入口にも至っていない辺りにも、和蝋燭の原料となる黄櫨の実の商いで潤っていた地域の往年の賑わいの残照のような建物がそこここに残っていて、特にこの地域で印象的なのは、左官仕事にお金をかけるのが商い成功の象徴だったのか、目にも鮮やかな、白く美しい漆喰壁にきりっとした細工が施されているのを目にする度に足を止め、撮ったうちの一枚。

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五枚目のカットですが、町を貫くメインストリートは、地方都市ではお約束の通り、さすが車社会のため、アスファルトで隅々まできっちり舗装されていましたが、通りにぱっくりと口を開けた、建物と建物の間の路地では、そんな必要もないため、風情ある見事な石畳敷となっており、午後の通り雨のためか、しっとりと濡れており、これが反対側から射し込んできた空の光を照り返し、得も言われぬ風情を醸し出していたので、入口から一枚撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、目印となる、醤油、味噌、酢を醸造しており、酢卵の通販もやってます、という、専業が殆どの他地域の醸造業からすると首を傾げたくなるような不可思議な醸造業者の本社兼工場兼物販所の前を通り過ぎると、いよいよ重要伝統的景観保存地区のメインストリートに足を踏み入れることとなるのですが、車の往来を考慮したアスファルト舗装はやむなしとして、道の両側の建物はいずれも軒先の瓦も漆喰の外装もきれいに手入れしてあり、まさに古い建物を遺すだけ遺して、経年劣化するに任せるしかないような地域が多い中、この保存の素晴らしさに感心して一枚撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、この地域の主要産業は先に書いた通り、明治以前の主要な照明である和蝋燭の主原料である黄櫨の実の採取、出荷だったのですが、それでも多くの人々の衣食住に関わる産業は街のコミュニティにはなくてはならないもので、地域に足を踏み入れてほどなく、商家の低い軒先の隅に置かれていたのは、京の都は西陣の通りを挟んで北側に位置する「紋屋の図子」の奥の店子の店先に置かれていたのと同じ形、大きさで色違いの藍染の壺だったので、これをモチーフに通りを撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、この恐ろしく古風な集落を貫くメインストリートは、山へ向かって600mほどの緩く蛇行しただらだら坂の一本道なのですが、登りながら眺める街の表情と、下り方面を見おろす街の表情とは、光の差す方向、俯角、仰角といったアイポイントの違い以上にかなり違った風情を感じられて面白いため、比較的道が真っ直ぐで下が良く見渡せる辺りで足を止めて通りの佇まいを一枚撮ってみたもの。

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九枚目のカットですが、このメインストリートは一本道ながら、、麓からどん詰まりまでが真っ直ぐなわけでなく、全体的に緩やかに蛇行しているのみならず、城下町のそれのように、時折、鉤の手と云われる、視界を遮るような食い違い接続となっている箇所が何か所かあり、そのひとつに時代を感じさせるような木の標柱が建てられていたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、新型コロナで旅人は激減したとはいえ、愛媛県内では屈指の観光地であるが故、旅人の目を意識したのか、或いは、数百年間、この街に住む人々の中に根差す美意識のなせる業なのでしょうか、軒下で幾星霜のもと角が取れ柔和な表情となった円柱形の石の上に灰皿と炭を利用したいけ皿を拵え、そこに可憐な黄水仙をいけておく、という心憎い演出に心を奪われ、古建築をバックに最短距離でライブビュー撮影してみたもの。

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十一枚目のカットですが、道の両側の見事な建造物群にきょろきょろと左右に視線走らせながらそぞろ歩きし、通りの半分くらいに差しかかった辺りでまたしても狭い路地が通りに口を開けているのを発見、しかも、ここはそのまま裏山への道に通じているらしく、舗装はおろか、石畳すら敷かれておらず、ただその代り、建物の壁面3尺くらいまでは、目にも鮮やかななまこ壁がしつらえてあったので、その見事さに惹かれ一枚撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、更にメインストリートを進んで行くと、台湾各地の老街や台北市内中心部に残る伝統建築地域である迪化街でよく見られるような、大正時代以前のお金の掛かった建築、具体的には外観の荘厳さ、美しさのみならず、建物を頑丈に漆喰で塗り籠めることによる防火や盗難避けを意図した外観の木造建築の親分みたいなのが視界に現れ、通りの幅から正面全体はまず収め切れないので、特徴有る側面を一枚撮ってみたもの。

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十三枚目のカットですが、そろそろどん詰まりも見えてきた辺りで、元左官屋さんだった建屋を床屋さんが営業している、一種の街かど博物館のような役割の店舗兼住宅が在って、その店先には、何故、ここ内子町でも鉄道の駅からは1キロ以上も離れた山あいの通りに京や金沢にも比肩し得るような漆喰細工の建物が多く残っているのか説明されてましたが、それ以上に故岡本太郎画伯の作品のような鏝絵をバックにオペラ座の怪人の如き鬼瓦が銘木加工材に掲げられていたのが印象的で、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、もうどん詰まり、という交差点の手前、何故か、こんな地方の山奥で、本物のドイツ人オーナーがお母さん直伝の伝統的ドイツ料理と直輸入ビールを供するというお店が在るのですが、その向かいの、時間が時間なので閉まってはいましたが、店舗兼住宅の軒下に時代がかったかき氷マシンがさりげなく置かれていたので、背面液晶利用のライブビューで超ローアングル撮影を試みたもの。

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十五枚目のカットですが、半ば打ち棄てられた老かき氷マシンの傍らには、いまだ現役で、街の人々の日々の郵便物や、旅先の思い出を綴ったハガキなどを投函しようという気まぐれな旅人達の便宜を図るため、さりげなく置かれている、鋳鉄製の郵便ポストがちょうど街並みを見守っているかの如き佇まいだったので、斜め後ろから、半逆光を利用して雰囲気出した一枚撮ってみたもの。

さて、次回は、いよいよ旅のクライマックス、午前の今治城、午後の松山城+αお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2022/04/17(日) 19:43:11|
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Adventure to unexperienced island ~Ehime Historic tour'22.Mar.①~

さて、今週は、予告通り、満を持して訪問した四国お城巡りツアー第二弾、3泊4日の愛媛への旅、一回目をお送りします。
まずは簡単な行程紹介ですが、3/18の金曜日に奉公先から暇を貰い、午前10時過ぎ羽田発の赤い鶴の翼に抱かれ、雨の松山空港へ。そこからリムジンバスで市内へ向かい、お城の濠の北西端に面しているというアパホテルの最寄りという愛媛新聞社前で下車、結構な降雨の中を10分弱歩き、ホテルに到着、しかし、まだチェッキン時間前だったので、荷物だけ預かって貰い、さて、周りに飲食店は無さそうだ、ランチタイムの到着なのに困ったもんだ、と思い、フロントの女性にこの近辺でご当地料理食べられるところは?と問うてみれば、いかにも控えめに工房主の後方を指差し、いちおうホテル内にレストランはありますが、お口に合うかどうか・・・とのことでしたが、雨の中をアテもなく外に出るのも億劫だったので、モノは試しとばかりに入ってみて、大正解、宇和島式鯛めしと全粒粉で打った讃岐うどんのセットランチが税込み1100円で大満足、帰りの日にも戻って来て出発前の松山でのラストランチに食べたくらいでしたから・・・
食後、雨が若干小降りになったので、宿から見える松山城にアプローチすべく、傘をさして、お濠を隔てた城山公園へと出向き、麓から望遠で何枚か撮ったあと、美術館一階ロビィの総ガラス張りのカフェが素敵だったので、そこでお茶してから二の丸庭園付近を散策し、果敢にも片道900m程度の山道を駆け上り、天守の聳え立つ本丸まで出掛け、来るべき本番撮影の下調べのみ行って、下山、その日の行動はおしまい。翌19日は天気も上々、一日で二棟の天守閣を踏破すべく、朝早めに宿を出て、JRの急行でまず宇和島に向かい、そこで宇和島城に登城、ちょうどお昼になったので、登城口脇にあった和食屋で本場の鯛めし定食を食べようと暖簾を潜ったら、あいにくの満席、仕方なく、駅まで歩き、駅のそばで何か見つけようと歩いていて見つけた料亭で結構お高い鯛めし定食を戴き、また特急電車に乗って、大洲に移動、そこで駅から歩こうと思ったものの、片道2キロ近くあるからバスかタクシーにした方が良いという観光案内所の妙齢の女性職員さんのお言葉に従い、タクシーでお城まで移動、外と中をひと通り撮ってから、果たして、タクシーなんかお城の近くにはいなかったし、歩きながら川越しのロングショットを撮りたかったので、20分程度の道のりをてくてくと歩き駅に着き、次なる目的地、内子まで各駅停車で移動、というのが前半の大まかな道のりです。
では、前半二日間の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

Ehime22_001.jpg
まず一枚目のカットですが、このところ、山の上のお城に行くことが多くなったので、これまでのLeicaMマウントでは最長の75mmf1.8の玉に代えて、距離計連動を考えなくても良いミラーレスで使う前提で、YCマウントの長玉やら、出張先で城郭の屋根のてっぺんの写真なども撮らねばならないことがままあるのでNikkor70-300mmの玉を持ち出したりしますが、今回も小雨がそぼ降る三の丸跡広場の芝生の上から、山上の天守群を捉えてみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_002.jpg
二枚目のカットですが、美術館一階カフェでのお茶タイム後、ダメ元で本丸の天守閣入口まで行ってみようと考え、林の中の石段が続く山道を傘をさして駆け上がり、本丸広場に到達する手前の大手門を抜けた辺りでぬっと顔を出した漆喰の城と黒い下見張りの板のコントラストも凛とした大天守と小天守が並んで姿を見せるので、雨に霞んだお城の写真も風情があってなかなか良いものよ、とか独りごちて、戸無門手前から、ロングショットで一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_003.jpg
三枚目のカットですが、戸無門、筒井門を抜けると、細長い形の山頂の本の丸、その最深部には連立式の天守群が鎮座ましましているのですが、終日雨のウィークデーの天守閣入場締め切り直前の時刻ということもあって、天守下の広場は、傘をさした人々もまばらで、いかにも公園の関係者ばかりという、やや寂し気な様子でもあったのですが、これもなかなか撮れる画ではない、と思い直して、長玉で全体がギリギリ入る位置まで近寄って撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_004.jpg
四枚目のカットですが、翌19日の土曜日は前日のしつこい雨降りが嘘であったかの如く、朝から抜けるような晴天で、松山の駅からはディーゼルの特急列車で1時間半弱の距離にある、愛媛県西端の街、宇和島に移動し、駅に着いたら脇目も振らずに、貴重な現存天守12棟のうち、一番西に位置する宇和島城を目指し、駅から気もそぞろに速足でお城の聳える山に向かって歩き、10分ほども歩いたら、城山の登山口である上り立ち門に到着、ここからまた10分弱の山道を登れば、恋焦がれた可愛い天守閣との御対面なのですが、門をくぐって直後に目の前に立ち塞がった、山城を思わせるいかつい石垣を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、山道を歩き出して5分もしないうちに、史跡である井戸丸に残っている井戸跡を発見、擬木のコンクリート製の囲いの内側に設けられた青く苔むした木製の格子状の井戸の覆いとその周囲の苔のカーペット、そしてその上に落ちた木の葉がそこはかとなくアートしいていたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、苔むした井戸跡から山道を歩くこと数分で、現存12天守の中では一番愛くるしい三層三階層塔型の総塗籠の白亜の天守が気持ち良い青空をバックに石垣越しに視界に飛び込んで来たので、足を止めて、その佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、とても天守閣とは思えない、平和な時期の建造物そのものの低くて登り易い石垣の天守台の上にちょこんと載っかって、侵入者を全く拒絶することを考えていないように唐破風が大きく口を開けた入口から天守の中に入ると、薄暗い天守の中はちょっとした資料展示室になっており、その中でも、藤堂家と、戸田家、伊達家の鎧のレプリカが展示してあってこれがなかなか見ごたえあったので足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、宇和島といえば、四国でも西端で瀬戸内海と太平洋の中間の微妙な海域を挟み、九州は大分県に面した海沿いの街、その街で一番の高台に建つ天守閣の最上階から眺める港町の風景が悪かろうはずもなく、ただ残念なことに外縁を巡る手摺付の回廊は設けられていないので、縦格子の嵌った狭い窓越に景色を楽しみ、年季の入った古瓦越しに一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_009.jpg
九枚目のカットですが、工房主はこのところ、城郭建築と奉公先のお仕事を結びつける癖が抜けきらず、天守閣や櫓の中に入ると、まずお仕事モードで使われている釘の種類、大きさ、間隔を目視して、そしておもむろにしゃがみ込んだりして写真を撮ったりするので、管理の方々からすれば、典型的な不審人物に他ならず、声をかけられて、話し込むと、研究していることを判って貰えるという事の繰り返しなのですが、天守内は一階から最上階三階迄ひと通り調べたので、余裕こいて最上階の様子を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、上まで登ってしまえば、後は下るだけというまさに人生の縮図のような、構造こそ違え、一種のさざえ堂にも似た木造天守閣胎内巡りを終え、お昼時の燦々と照らす陽光の下、笑うせぇるスマンが大口開けてほぉぅほっほとかやってるような雰囲気の天下泰平の権化のような天守閣と再度向き合い、よく考えたら、本丸に着いた時は携帯でしか撮っていなかったことを思い出し何枚か撮ってみたうちのベストショット。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、宇和島でのお城探検を無事終え、これで四国の現存天守で登城していないのは次の日に行く予定の松山城と丸亀城だけとなったので、松山への帰路途上にある、奇跡の復元天守と云われ、耐震基準も消防法も破格に厳しくなった平成の御世に、なんと木造の四重四階というスケールの大きな建造物を作ってしまった、奇跡の天守閣、大洲城を是非ともこの目で見て、登城し、入場料と記念品を買い求めることで保存維持に少しでもお役に立ちたいと思い、足を運び、城の手前で全体像を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_012.jpg
十二枚目のカットですが、これまで姫路城を筆頭に、先月の高知城や東京からは比較的近い松本城等々、国宝五棟を含めた現存天守は松山、丸亀と青森の弘前城以外は全て踏破し、最低でも160年は経っている木造建築の黒く枯れ、そしてところどころすり減り、時を纏う風格を湛えた佇まいを見てきたので、まだ新築の風合いを残しながら、そういった先達達と寸分違わぬ構造の内部を見せつけられ、ぐぅの音も出ないほど感動して一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_013.jpg
十三枚目のカットですが、実はここ松山への旅行が決まる前に某国営放送のお城系番組で眺めの良いお城を人気投票する企画があって、その中で、姫路城や竹田城といった由緒正しい古城達に拮抗し、清流に架かった鉄橋越しに高台の上の凛とした天守閣が眺められる、とかいうことで、大洲城のことを初めて知って、自分も是非、鉄橋を電車が通る瞬間を狙って必殺ショット撮りたいとか思い寄ってはみたものの、駅前の観光案内所の方に徒歩で行ったら物凄く時間架かるし、電車の時刻も結構まばらと聞いて諦め、天守閣最上階から、その撮影地付近を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_014.jpg
十四枚目のカットですが、無事、最上階まで登城し、記念のメダルも買い求め、強行軍の今回スケジュールでは、松山に戻る前にもう一か所、歴史的景観保存地区が沿線にあるので、そこを踏破し、果たして、往年は蝋燭の原料となるはぜの木からの実から採れる木蝋で財を為したという山あいの街の様子はどうなっているのか、お城とは別の好奇心で行ってみたい気持ちが昂り、次の電車の時刻に間に合わせるべく、駅への道を急ぎながら、振り返って撮った小高い丘の上に聳え立つ大洲城の雄姿。
カメラはSONYα7C、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8改Mによる開放、絞り優先AE撮影となります。

Ehime22_015.jpg
十五枚目のカットですが、これだけ眺めが良ければ、望遠で撮れば、広角で至近距離から撮るより仰角が付かないので、より四重四階層塔型天守の端正な造形が撮れると思い、時計と睨めっこしつつ、いったん、川の土手の上に登り、予備機のM(TIPO240)に望遠レンズを装着し、EVFを持ってきていなかったので、背面液晶で何とかピンを探し出して撮った必殺ショット。
カメラはLeica M(TIPO240)、レンズはCarlZeiss Sonnar135mmf2.8による開放、絞り優先AE撮影となります。

さて次回は、奇跡の歴史的景観保存地区、内子町を隅々まで踏破して撮ったカットと、その翌日に今治城、そして今回のメーンディッシュ、松山城を撮り歩いたカットをお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2022/04/10(日) 22:33:51|
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A myth of optic classified into apochromat②~Kinoptik.Apocromat5cmf2,od.M~

さて、今週は、予告通り、今までフルサイズ機で以て、イメージサークルサイズから、周辺の画質まで調べてこられなかったMマウント化アリフレックスレンズの体力測定結果のうち、キノプティークアポクロマート50mmf2をご紹介したいと思います。
このレンズも前回のApo-Cine-Heligon同様、フィルム及びM8でのAPS-Hフォルマットデジまでの試写結果は上げていましたが、今回、初の裏面照射CMOSによるフルサイズデジでの実写いきます。
カメラはSONYα7cによる絞り優先AEでの全コマ開放撮影となります。
なお御参考までに初登場時のKodak Ektar100EX24mによる実写結果の記事のURLを挙げておきます。
http://pwfukagawa.blog98.fc2.com/blog-entry-33.html

ではさっそく今回の浅草での実写結果、逐次眺めて参りましょう。

Kinoptik50mm_001.jpg
まず一枚目のカットですが、浅草で試写すると、雷門周辺から始まって、「美人茶屋あづま」さん、その裏手の扇子屋さん店頭の大和絵団扇、そして仲見世を流して、浅草寺には宝蔵門から入り、手漕ぎポンプを経て、お御籤売場、手水場、それから境内、花やしき横を経て、奥山の常盤堂プレゼンツの風車の弥七モニュメント前というのがお定まりなのですが、ちょうどシネヘリゴンの試写が終わったので、レンズ交換し、ここを折り返し点として撮ってみたもの。やはり、シネヘリゴンより若干コントラストが低めで、背景は二線ボケと距離計連動メカ後付けによる口径食が見てとれると思います。

Kinoptik50mm_002.jpg
二枚目のカットですが、風車の弥七モニュメント前から、だいたい自撮系小姐が多数徘徊している、花やしき方面へ歩いていくと、大衆演劇場横の路地にシネヘリゴンでモデルさんになって貰った方々とは別の組の小姐二名組が、ネコ耳みたいなのを付けて、献花をバックに可愛い系を追求したカットの自撮りに勤しんでおられたので、その様子を路地入口から一枚戴いてみたもの。
ここでは、ちょっと油断して、最前群レンズがかなり銘板に近い位置に開口しているためか、背景の明るい壁面が写り込んでコントラストが低下する現象を起しています。

Kinoptik50mm_003.jpg
三枚目のカットですが、再び境内経由、仲見世を通って、雷門方面へ戻り、お茶して深川に戻ろうと、風車の弥七モニュメント前に差しかかったら、シャッター押してくれそうな人を探してキョロキョロしていた小姐二名組が目に留まったので、半分親切心から声掛けて撮って挙げたのち、古い改造レンズの試写に協力して、とお願いしてモデルさんになって貰ったもの。
ここでは前の小姐のまつ毛にピンを合わせるべく、α7CのEVFの最高倍率を使いましたが、このカットで判るくらい、全体的にコントラスト低めの画面中で、前髪からおでこの皮膚の質感まで4K画面?と思うくらいの解像しています。

Kinoptik50mm_004.jpg
四枚目のカットですが、浅草寺の境内の戻り、午後の遅い太陽がオレンジ色の陽光を総チタン葺きの宝蔵門の屋根に照らし始めた頃合い、ちょうど、いわゆる黄昏時の一歩手前くらいの時間帯だったので、このレンズが苦手な白い光源が被写界に不用意に入り込みことも少なくなってきたので、
宝蔵門をバックに何組かの振袖を着た小姐が談笑していたのを幸いに一枚撮ってみたもの。
宝蔵門の屋根瓦にピンを合わせましたが、前ボケになる手前の小姐二名はなだらかにボケて、それなりに画になった気がしました。

Kinoptik50mm_005.jpg
五枚目のカットですが、浅草寺境内、本堂前を一礼して横切ると、ここも定点観測スポットであり、夕陽が射し込む頃合いになると、ちょうど良い光線の当たり具合、色合いになるので狙い目なのですが、ちょうど、神籤を鋼線を渡した朱の木枠に結ぼうとしている小姐二名組が居たので、後から結ぶところを一枚撮らしてね、とお願いしてモデルさんになって貰ったもの。
ここでは、手前向かって左の小姐の白い和服を夕陽が煌々と照らしていますが、EVFで見ても、撮った画像見ても、それほどコントラストを落とすようなハレーションにはなっていません。

Kinoptik50mm_006.jpg
六枚目のカットですが、宝蔵門を潜り、仲見世に出て、撮りながら歩いて雷門を目指していたら、原宿の竹下通りから転戦してきたかのような場違いの身なりで闊歩していく、いたいけな小姐二名組が前方、即ち雷門方面から歩いてきて、いったん立ち止まって、関西弁で何かを語らい合ったと思ったら、伝法院通りを西に向かって歩き出したので、交差点から街並みを背景に歩き去る後姿を一枚戴いてみたもの。
被写体がかなり早歩きしていたので、EVFのクロップ拡大モードを使っている間が無く、低い0.5倍程度の画面でピンを合わせたため、若干甘めですが、それでもシネレンズならではの、主人公二名の背景からの浮きあがり感は見てとれると思います。

Kinoptik50mm_007.jpg
七枚目のカットですが、伝法院通りと仲見世の交差点から、雷門はまさに目と鼻の先、息を止めても歩いて到着するくらいの距離ですから、程なく雷門の手前に到着し、まだちょっと枚数が足りない気がしたので、仲見世の東の並びの裏通りを眺めてみると、居ました、居ました、地面にXンコ座りして、スナック上の食品を頬張っている兄ちゃん達が・・・と思ったら、これまた原宿辺りからの遠征組と思しきカポーが視界に入り込んできたので、飛び入り参加願ったもの。
北方面とはいえ、空と西日を照り返す建物の壁が入り込んで、画面のハイライト部はかなり多かったのですが、仲見世の朱の建物の暗部も、原宿組の兄ちゃんの服のシワも繊細に描写しています。

Kinoptik50mm_008.jpg
八枚目のカットですが、再び仲見世の路上に戻り、雷門のちょっと手前の人形焼屋さんの軒先に視線を走らせると、これまたシノワズリ柄の和服に女子柔道チャンピオンの吉田某女史を彷彿とさせるような気合の入った編み込み髪の小姐を含めた三名組の小姐が人形焼を買い求めようと店頭に並んでいたので、有難く後から一枚戴いてみたもの。
ピンは編み込み髪の小姐のうなじに合わせてみたのですが、これまたEVFの最大倍率でもボヤけない凄まじい解像力でした。ただ背景の蛍光灯は二線ボケと口径食が見てとれると思います。

Kinoptik50mm_009.jpg
九枚目のカットですが、雷門の全景を入れて通りの様子を撮ろうと思い、舟和さんのメロンパンかなんかも売ってる仲見世の物販店の辺りまで戻り、EVF覗いて構図を決めようとしていたら、ちょうどいたいけな和服姿の若いカポーが真昼間から人目も憚らず、お手々繋いで歩いて来たので、目の前の土産物屋に入ろうとしたところを有難く一枚戴いてみたもの。
画面の1/4強、上部が空が入ってしまいましたが、陽は西に傾きつつあり、カメラのAWBでオレンジに転ぶのを補正していたようですが、そもそも光束自体が弱いので、苦手なハイライトによるフレアというかブラーによる全体的コントラスト低下も被写体の識別困難化も起らなかったようです

Kinoptik50mm_010.jpg
十枚目のカットですが、残念ながら、仲見世「美人茶屋あづま」さん裏の扇子屋さんが、ちょうど店先の大和絵団扇を陳列した台をしまうところだったので、まさか買わないのに撮るから待って!とも云えず、為すすべもなく見送り、もうひとつの定点観測スポットのオブジェ系、万年風鈴を撮ることとし、店先で記念撮影していた親子連れが去ったあと、斜め下から一枚撮ってみたもの。
中央のギヤマン製風鈴側面にピンを合わせましたが、ここでは前後の風鈴はそれほど著しい崩れもなくキレイにボケており、配光範囲が極めて狭いLED照明灯の特性なのか、そこそこ強めの白色光源が写り込みましたが、意外や意外、照明器具周囲が滲む程度で画面内への影響は僅少でした。

Kinoptik50mm_011.jpg
十一枚目のカットですが、ギヤマン風鈴の撮影結果を背面LCDモニタで確認し、これは結構ヤルなぁと思い、背景に空を入れて、まだまだ周囲の残光を照り返し、金色に燦然と輝く、故松下幸之助翁寄進の雷門下大赤提灯底部の鍍金金物の卍模様を撮ってみたもの。
結果、やはり金色金物の色合いを出すべく、露出補正を+0.7程度にしてしまうと、北西方面とは云え、太陽が西にあるため、空はそれなりに明るく、ましてや鏡面仕上げに近い金物からの反射も加勢しますから、フレアというかゴーストに近いパターンが写り込んでしまいました。

Kinoptik50mm_012.jpg
十二枚目のカットですが、雷門も潜り、そろそろ上がりにして、道中、どこかでお茶とスィーツでも楽しんでから、ファミレスすらまともにない深川まで戻ろうかと思った矢先、如何にも初々しい感満載の田舎の高校生チックな和装のカポーがアニメの主人公みたいな嬌声上げて記念撮影なんかし始めたので、兄ちゃんの肩越しに参加させて貰ったもの。
ピンは小姐の前髪というか目に合わせていますが、意外や意外、開放にも関わらず、前ボケになる、兄ちゃんの菱形チェックの着物の柄も余裕で識別出来ますし、提灯底部の「松下電器」の銘板の文字も視力0.7くらいの人間が眼鏡なしで見た時くらいの識別は出来、それほど崩れないでボケることに驚かされました。

今回の感想ですが、やはり、アポクロマートレンズはドイツ製もフランス製もきっちりピンを追い込めば、解像力が凄いですね、ただ、同じようにシャープながら、画面全体のコントラストやオフフォーカス部のボケの現れ方、こういったところで、画面全体の作画傾向としては、正確無比で写実主義のドイツレンズと芸術志向のフランス製レンズという哲学の違いが出ているのでは、と思いました。

さて、次回は、満を持して訪問した四国お城巡りツアー第二弾、3泊四日の旅、2回か3回に分けてお送りします。レアな改造シネレンズでのお城撮影結果もありますので、乞うご期待。

  1. 2022/04/03(日) 19:24:53|
  2. Arri改造レンズ群
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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