fc2ブログ

深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

A trip to towns where castles existed in Hokuriku district in Japan①

さて、今回の更新は、やっぱり、それ見たことかの21mmf1.5の試写が間に合わず、代わりに22年11月に出かけた北陸ツアーからの撮影結果をお送り致します。
まず簡単な行程ですが、11/3(木)の文化の日から、11/4(金)を有休取って日曜までの4日間ぶち抜きで北陸へ出かけて、いずれもお城のある富山~金沢、そして芦原温泉からバスで出かけた記録をお送り致します。
全カットとも、カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8Lによる絞り開放AE撮影となります。

北陸’2211_001
まず一枚目のカットですが、出発当日は北陸新幹線で富山まで移動し、そこで至極の海鮮丼など頂いてからお城を見て、夕方までに投宿する金沢まで移動する予定だったのですが、往きの新幹線内のJR西日本の無料ガイド本に面白げな港町があるのでそこに寄って行こうと思い、まずは富山城へ徒歩で移動し、まず門を潜ってすぐの天守閣風建物を富山城模擬天守閣と思い込んで裏側から撮ってみたもの。

北陸2211_002
二枚目のカットですが、天守閣風の建物を撮ってはみたものの、何となく、記憶していた建物の高さ、奥行とだいぶ違うので、まず正面からじっくり観察しようと思い、建物向かって左方向に歩いてみたら、あった、あった、ホンモノのちょっと 何でもかんでもくっ付けちゃった感満載の模擬天守閣が広場の向こうに聳え立っていたのですが、その前に、木造復元と思しき門が立派だったので、いったん外に出て、正面から逆光もものかわ、EVF越しに弾けるフレアを入れたまま、門の全体像を撮ってみたもの。

北陸2211_003
三枚目のカットですが、門から改めて、「登城」ルートを辿って、広場を通り抜けていくと、今まで見たことがないような、とにかく、日本人の持つお城のイメージ、即ち、天守閣の廻りの櫓や櫓門を全部寄せ詰めてぎゅっと凝縮したような佇まいの不可思議なRC造の建物なのですが、一応、石垣と漆喰壁と瓦屋根というお城の文法は忠実に踏襲しているので、史実を無視との誹りは受けても、写真写りは悪くないので、足を止めて全貌を一枚撮ってみたもの。

北陸2211_004
四枚目のカットですが、なんと、訪問当日は、すっかり休日の名目など忘れて久しい今日この頃、「文化の日」にちなんで、市民、県民に限らず、なんと、国籍を問わず、入場料無料ということで、佐々成正を中心とした、このお城の歴史に関わる、物品やパネル、そして映像再生による、見せる博物館になっていたので、翌月初には城郭検定準一級の試験が控えていたため、気合い入れて展示を見学し、帰り際に、表の作り物っぽい外観とは裏腹に、高石垣の上の白亜の天守が季節の紅葉越しにお濠の水面に映っていたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

北陸2211_005
五枚目のカットですが、富山城の後は駅前経由、市電で北前船の栄華を今に伝える岩瀬の集落に回ったのですが、そこでのカットは全て「Pentac2"f2.9」二号機のご紹介で昨年アップしてしまっているので省くこととし、翌日に芦原温泉の駅前からのバスで訪問した丸岡城下のバスターミナルから上がってきてすぐの、古風ながら小ぶりでどこか愛くるしい天守の全景図を撮ってみたもの。

北陸2211_006
六枚目のカットですが、二層三階建ての建物全体の大きさに比してかなり高めの野面積みの石垣に設けられた石の階段を登りつめると、正面向かって右側に控えめに設けられた天守内部への入口があり、ここで登る時に買い求めてきた、錦織の付箋の付いた入場券を提示して中に入ってすぐの入母屋造りの一階内部廊下側の様子を一枚撮ってみたもの。

北陸2211_007
七枚目のカットですが、外観写真からだと判りずらいのですが、巨大な三角形の入母屋破風が一階屋根の上の四方に設けられているのですが、ここが、実は或る意味、極めて巧妙に設けられた銃眼となっており、当時敵対していた北陸一向宗の一揆軍が押し寄せてきたら、ここから火縄銃で撃ちまくっていたのでしょうが、この平和な令和の御世にこの窓から眺める街の景色は長閑そのもので、視界下方には現存12天守唯一の石瓦、笏谷石削り出しの瓦屋根が見えます。

北陸2211_008
八枚目のカットですが、窓越しの景色から一転して内部に目を転じ、天守最上階の三階望楼部へ上がろうと二階内部隅の階段に向かって歩いて行きましたが、この日は幸いなことに上り下りする人間はもちろんのこととして、階段付近に人っ子一人居なかったので、このお城の幾つかある特徴のひとつ、壁際の極めて狭いスペースから登る、梯子並みに急で狭い階段、をひと目で判るように工夫して一枚撮ってみたもの。

北陸2211_009
九枚目のカットですが、八枚目のカットに写る、現代の木造建築では有り得ないような狭くて急な、それこそ何人かで登っている時に一番上の人間が何らかの拍子でコケでもしたら、文字通り将棋倒しで阿鼻叫喚の修羅場が引き起こされそうな恐怖の階段を登り切って到達した最上階望楼部の20トンもの石瓦を支えているという木組み構造に興味を持って一枚撮ってみたもの。

北陸2211_010
十枚目のカットですが、こんなちっちゃくて可愛い三階建ての天守閣ですが、ことのほか、最上階の望楼は、四方に開け放たれた窓が大きく、格子こそははめられていましたが、屋外に降り注ぐ陽光を取り入れるには十分な高さ、幅で、逆に考えれば、外から火縄銃で狙撃されたら、最上階の兵員は常に伏せていないと、まさに降り注ぐ鉛玉の雨により、蜂の巣になってしまうのではないかと心配してしまうほど明るくて開放的な空間だったため、人が大勢上がってきた頃合いを見計らって一枚撮ってみたもの。

北陸2211_011
十一枚目のカットですが、お城巡りの常として、最上階へ登ってしまえば、後は元来た道を辿って降り、下城するだけの話ですから、今回l、二度目の登城ということもあり、バスの時間を睨み、ほどほどの時間で退出しようと再び急峻極まりない階段に向かったところ、ちょうど、後世に安全確保の観点から付加されたナイロンロープを掴んで降りようとするご婦人の後姿が目に入ったので、慌てて一枚撮ってみたもの。

北陸2211_012
十二枚目のカットですが、再び一階の書院造りの広間を通って、出入口から天守の外に出て、高い石段を慎重に下って、お城のそびえる本丸の地面に降り立ち、晩秋の澄んだ空をバックに聳える天守の偉容を撮ろうと、横位置でカメラを構えたところ、ちょうど家族連れがおっかなびっくりの呈で降りてきたので、有難く一枚戴いてみたもの。

北陸2211_013
十三枚目のカットですが、前月に訪問した福知山城で、転用石(石塔や墓石などを持ってきて石垣に使ったもの)を大量に発見したので、同じような野面積みの石垣を持つここ丸岡城でも、同様の例がないか、丹念に探してみたい気持ちになり時計回りに天守台の石垣の廻りを回ろうとした時、井戸の横の桜の木の葉が紅葉していてイイ案配だったので、足を止めて荒々しい石垣とのツーショットを一枚撮ってみたもの。

北陸2211_014
十四枚目のカットですが、裏手に回ってみると、ひと目で見て、墓石の台座をひっくり返して石垣にはめ込んだと判るものが、画面向かって左手、窓の右下、ちょうど紅葉した葉を生やした三又の枝の真ん中が石垣上の転用石を指し示すような構図に写っており、これはしたり!と大発見キブンで撮ってから、宿に戻ってから調べてみれば、物凄く有名だったということが判り、とても地味なキブンになった一枚。

北陸2211_015
十五枚目のカットですが、前回は時間不足もあって、見落としも多かったですが、今回は十分にお城を堪能し、しかも、前回は往復約4kmの道を殆ど徒歩で移動したのに、今回は丁度お城の聳え立つ小山の裏側に位置する、かなり大規模な、売店・食堂付きバスターミナル経由、往復、バスでの楽ちん移動ですから気も楽で、ターミナル向かいの、なんちゃって城郭建築こと「一筆啓上 日本一短い手紙の舘」の外観を撮ってみたもの。

次回は後編、金沢での英国製クラシックレンズ大暴れの様子をレポート致します、乞うご期待!!
  1. 2023/05/28(日) 23:54:03|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

A comfortable trip with Leica's optics to west Kyushu Nov.'22.

さて、今回の更新は、またしても予定変更、急遽帰省したために21mmf1.4の撮り下ろし出来ず、仕方なく、滞っていた、昨年下期の旅日記から挙げることと致します。
旅行先は佐賀から熊本、この旅行は、月曜日からの熊本市内への出張の前乗りで近隣県である佐賀市の駅前のホテルに土曜夜から宿をとって、到着日は市内の佐賀城、その翌日は、前回の’22GWの日本縦断お城巡りのスタート地点、佐世保からのアクセスが予想以上に悪く、結局、行きそびれてしまった「名護屋城址」を訪問し、出がけの駄賃に唐津城寄って、大当たりの下馬評も高い唐津駅前の焼き物ガチャやって、佐賀市内に戻り、翌日、熊本に入って、午後からの仕事の前に熊本城を訪問してきたという、かなり奉公先の出張に寄生した感無きにしも非ずの旅でしたが、それでも、荷物の関係上、1台のみ持ち出した小型軽量のボディα7cとタグを組んで、大活躍してくれたライカのレンズ2本の仕事ぶりを眺めてみたいと思います。

Saga2210_001-01.jpg
まず一枚目のカットですが、当日は、午前中の羽田発の便で福岡は板付飛行場に入り、そこから、高速バスで佐賀駅前を目指し、駅から徒歩10分弱のホテrにチェッキンし荷物を置いてから、また駅前に戻り、嬉しいことにこの週末はタダで乗り放題という市バスに乗って佐賀城址最寄のバス停まで移動、しかるのち、徒歩でお濠に囲まれた本丸を目指し、立派な天守台跡石垣の手前まで来たら、いたいけな地元の童子達が無為に遊んでいたので、遠慮なくモデルさんになって貰ったもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_002-01.jpg
二枚目のカットですが、正面から、最初の目的地である佐賀城本丸歴史舘こと、日本で一番最初という木造復元の本丸御殿を目指すべく、石垣の南側に開けた本丸への通路を辿り、先ほど遠目に眺めた天守台跡の立派な石垣の横を通ろうとしたら、よほどこちらの童子達は部活とか塾、習い事の類いが嫌いなのか、東京近郊では見かけないくらい集団で外遊びしており、自転車を近くに止めて、石垣の下のベンチにぎっちりと座り、健全な男女交際の在り方の見本みたいな姿勢だったので有難く一枚戴いてみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_003-01.jpg
三枚目のカットですが、本当はこの江戸時代から現存する由緒ある建造物、しかも佐賀の乱で賊徒との交戦で受けたスペンサー銃だったかの弾痕が複数個所残っている、歴史の生き証人とも云える「鯱の門」を潜った方が近道だったのですが、ぐるっと大回りして門の中に出るルートを辿り、天守台にもつながった、かなり立派な切込接の石垣の上に建てられた櫓門である「鯱の門」の雄姿を大きさが判るよう、子連れの若いおとっつあんが通りがかった瞬間狙ってシャッター切ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_004-01.jpg
四枚目のカットですが、「鯱の門」の建つ広場を過ぎると、広々とした本丸広場の一角に忽然と総木造の復元本丸御殿の偉容がいやでも視界に入り、当日は、天気もまぁまぁ佳かったこともあり、青空に浮かぶ雲と甍の波の対比もすこぶる判り易い構図だったので、一刻も早く、入場料無料の建物内部に入りたいと逸る気持ちを抑え、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_005-01.jpg
五枚目のカットですが、さすがお城の御殿、色々な役割の部屋やゾーンがたこ足のように生えていて、一般住宅や並みの神社仏閣とは比べ物にならないほど、間取りが複雑怪奇になっているため、外からは、中の広さは想像もつきませんでしたが、現存の御殿4件やこの後に復元された名古屋城本丸御殿同様、長くて高い天井の廊下、そして多くの部屋が襖で仕切られているという基本構造は変わらず、平成16年竣工ですから、築19年目にしてはまだ白木の面影残る内装を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_006-01.jpg
六枚目のカットですが、翌日は、佐賀駅前の宿を9時過ぎに出て、電車とバスを乗り継ぎ、唐津市のお隣り、鎮西町にある、まさに文字通り、太閤秀吉の夢のまた夢、兵どもが夢の跡とも云える、文禄・慶長の役の日本側の発進基地となっていた「名護屋城址」に辿り着き、天気にも恵まれ、晴天の下、玄界灘に浮かぶ島々をバックに、当時は大坂城に次ぐ規模だったというこの巨大城郭の心臓部、天守閣跡に登り、数少ない痕跡である史跡の碑を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_007-01.jpg
七枚目のカットですが、天守閣の跡のある、史跡一番の高台から眼下を眺めると、当然のことながら、豊臣政権の終焉を待たずして、木造建造物は跡形もなく破却ないし、近隣の城郭へ移築されてしまったのですが、城郭建築史のイロハのイの通り、上の木組は簡単に壊したり、移したり出来ますが、その下の石垣、土塁の類いは重量もあるし、建造物と違い、再組み立ての難易度が比べ物にならないので、そのまま放置され、経年変化はあるものの、比較的容易に復元出来るので、石垣と土塁は曲輪内に再整備されていて、往年の姿を偲せていたので、上から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_008-01.jpg
八枚目のカットですが、暫し、天守台跡で東シナ海を渡る心地よい風に身を任せていたのですが、そろそろランチタイムを考えると、博物館経由、新鮮なイカを食べさせてくれるという道の駅に入る時間に間に合わなくなってしまうので、太閤秀吉の夢の跡に後髪引かれる思いはありましたが、天守閣跡を発って、二の丸跡経由博物館への道を歩み始め、
名残惜しい気持ちで、玄界灘をバックに佇む夢の跡の象徴、天守閣跡の全景図を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_009-01.jpg
九枚目のカットですが、博物館への道すがら、二の丸跡の広場を通ったら、おそらくは侵攻軍の兵卒の宿舎、ないし礎石の無い掘っ建て小屋であることから築城の際の人夫の長屋とも言われていたかなり大きめの木造建造物の柱の跡を示す太い丸太がセメントブロックのつなぎ目のところどころに打ち込まれて、往時の建物の規模感をイメージさせていて面白いと思い一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_010-01.jpg
十枚目のカットですが、名護屋城のメインエリアを出て、道路を跨ぐ橋を渡って、反対側の丘陵の上に建つ、名護屋城博物館へ足を運び、この下の道の駅の生け簀で待っていてくれているはずの新鮮な呼子のイカの売り切れが頭をちらつきながらの見学となったのですが、中でもあちこちで見かける秀吉のアイコンのひとつである「黄金茶室」が暗い部屋の中で燦然と輝いていたので、撮影可能な旨確認の上、一枚戴いてみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_011-01.jpg
十一枚目のカットですが、博物館をの見学をひと通り終え、期待に胸膨らませ、足取りも軽く、呼子のバスターミナル内の観光案内所の妙齢の女性職員に教えて頂いた、この辺りでもピカイチという、道の駅内の「桃山亭海舟」で最後の一杯となったアオリイカの活作りを有難く堪能し、またバスと電車で唐津市内に戻り、まだ時間があったので、駅舎内の観光案内前の焼き物ガチャを楽しんでから、テクテク歩いて、唐津城に登って、麓から模擬天守の全景を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_012-01.jpg
十二枚目のカットですが、二回目の訪問とは言え、天守の麓まで登ってきて上がらないという選択肢はなく、入口で木戸銭を払い、土産のメダルの有無など確認ののち、RC造の建物内部に設けられた階段を登り、各階の展示テーマに沿った展示品など眺めながら、だいたいは景色の良いところに建つ天守の中でも屈指の絶景である最上階からの玄界灘の眺めを堪能し、某国営放送でも取り上げていた、虹の松原を上から撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_013-01.jpg
十三枚目のカットですが、到着三日目、月曜日の朝、佐賀の駅を出て、お昼前に熊本到着後、まず宿舎のホテルに荷物を預けたのち、ほど近い熊本城まで徒歩で移動し、集合時間まで二回目の城内見学を楽しもうと復興期間中限定という鋼製の特別見学ルート上のデッキの上から、「二様の石垣」、即ち加藤清正、細川忠利それぞれの設けた微妙にカーブの異なる本丸の石垣越しに天守閣の偉容を撮ってみたもの。
メラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_014-01.jpg
十四枚目のカットですが、ここ熊本城は、実戦で生き残るための仕掛け満載のまさに、西の要塞で、西南の役では、攻めの西郷軍が「おいは新政府に負けたんではなか、じゃっどん清正公に負けたのでごわす」と言わしめた戦のためのマシーンそのものなのですが、特に本丸への進入ルートが御殿の下の地下通路を通り抜けねばならないという、攻城側からしたら、まさに闇討ちのリスク満載の恐るべき仕掛けがこの「闇り通路」というわけで、全体像を一枚撮ってみたもの。
メラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

Saga2210_015-01.jpg
十五枚目のカットですが、ここ熊本城で数少ない江戸初期からの現存建造物「宇土櫓」が22年秋から完全解体に入り、二年かけて解体ののち、入念な学術調査を経て、次に耐震補強等の保存修理工事を終え、また元の場所に姿を表すのが早くて10年後ということですから、或る意味、一定以上の年齢の人間にとっては、今の解体前のひと時の「宇土櫓」の姿を目にすることが今生の別れと言えなくもないので、大天守最上階の展望台からその年老いた野武士のような凛とした佇まいを目に焼き付けるとともに一枚撮ってみたもの。
メラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放、AE撮影となります。

今回の感想ですが、やはりライカのレンズは味だけではなく、描写性能も信頼性もやはり優秀です。これまでボディはR-D1sからM8、X-Pro1,2、そしてM(TIPO240)と色々使いましたが、どのボディでも、レンズの個性を主張し、しっかり旅先の思い出を持ち帰ってくる、とても頼もしい相棒だと改めて感じ入りました。

さて、次回は、撮りに行けたら21mmf1.5の試写結果、ムリだったら、22年11月に出かけた北陸ツアーからの撮影結果をお送り致します、乞うご期待!!
  1. 2023/05/14(日) 17:14:53|
  2. 旅写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Legend of Japanese Tessar made in Hokkaido ~Kyocera Tessar35mmf3.5mod.M~

さて、今回の更新は、予定変更、GW前に浅草辺りでちょこちょこっと試写してレポート上げようと安直な考えでいたのですが、何せ、COVID19蔓延以降の実質的鎖国が解けて以降、初の海外渡航、しかもそれが、2004年から訳有って海外への渡航をやめ、2008年のGWより頻繁に海外への渡航を再開した時とほぼ同じくらいのブランクだったので、あれやこれやと借り物レースさながらのドタバタ準備で、頼みの29日は何も出来ず、現地でもなかなか21mmをフルサイズでスナップに使うのには出番がなくて、結局、旅写真の中での登場か、或いは別日程で本腰入れて撮り下ろしたものを上げるかと迷いましたが、何も上げないで2週間も経ってしまうと、このFC2の冷酷な掟であるブログ冒頭を何某かの巨大な広告で汚されてしまうので、帰国後の予備日である昨日が天気も佳かったので、浅草までちょこちょこっと出かけて、前々から気になっていた、京セラのコンパクト銀塩カメラ「T-Proof」から採取し、Mマウント距離計連動化したTESSAR35mmf3.5がフルサイズの裏面照射でローパスレスのカメラだとどのように写るのか実証してみたという次第。
ではさっそく、当日の行程に沿って実写結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラはSONYα7cによる全コマ開放による絞り優先AE撮影となります。

Tessar3535_001.jpg
まず一枚目のカットですが、浅草へ到着しての第一定点観測スポットである雷門東隣りの天麩羅三定の北隣の土産物屋さんの店頭に季節の如何に関わらず吊り下げられ、時折、吹き渡る気まぐれな風に、如何にも儚げなビイドロの音色を響かす風鈴を至近距離から狙って撮ってみたもの。シャープな代償として後ボケは二線気味でややざわついた印象です。

Tessar3535_002.jpg
二枚目のカットですが、雷門周辺の第二定点観測スポット、仲見世は美人茶屋あづまさん横の道と仲見世の西の側道の交差点北西角に建つ扇子屋さん店頭に、開店日はいつでも掲げられている大和絵団扇を撮りに足を運んだところ、どういうわけか、いつも東側に向かって立てられていた展示柵が何故か、この日は、180度違う西側を向いて立てられており、仕方なく、お店のドアの前から大和絵の展示柵を撮ろうと思い、ちょうど背景にいたいけな小姐が通りがかった頃合いを見計らってシャッター切ってみたもの。かなり陽が当たっていたにも関わず、フレアやゴーストは一切認められず、コントラストも十分、この構図では背景もかなりなだらかに見えます。

Tessar3535_003.jpg
三枚目のカットですが、そうこうして仲見世を歩きながらシャッターチャンスを探して歩いていたら、宝蔵門手前で韓国人の一家連れにスマホンで何枚か撮って欲しいと頼まれたものの、モデルさんになって貰えそうな方々とは巡り逢うこともなく境内に足を踏み入れ、ふと何気なく、五重塔の方向に視線を走らせたら、午後の陽光でちょうど後光が射しているような雰囲気だったので、ベタな構図ではあるものの、35mmでもフルサイズではないと頭から全ては画面に収められないこともあり、足を止めて一枚撮ってみたもの。
ここでも、かなりのシャープさとコントラストの高さを発揮してくれています。

Tessar3535_004.jpg
四枚目のカットですが、せっかく海外から無事生還して、浅草寺にやって来られたのだから、お参りでもしていこうと、手水場に足を運んでみれば、ちょうど西日が射し込んできていて、善男善女のお清めのためのお水を早朝から夕刻まで365日文句も云わず吐き出している、青銅製の龍の鋳物のカランのシルエットと午後の遅い陽光を弾き返す水面が秀逸だったので、お清めもそこそこに一枚撮ってみたもの。
ここでも、オールドレンズではまさに鬼門となるフレア、ゴーストの類いは一切認められず、バックの人も建物もなだらかなボケと化しています。

Tessar3535_005.jpg
五枚目のカットですが、同じく本堂下の手水場にて、先ほどのド逆光のカットの出来映えを背面液晶にて確認などしていたら、白人男性と、亜麻色の髪をした混血と思しき小々姐がやってきて、仲睦まじげに手などを清め始めたので、横から有難く一枚戴いてみたもの。
ここでも、かなり反射率の高い被写体が画面中央にあるにも関わらず、TTLはかなり正確に測光し、前カット同様、フレア、ゴーストとは無縁の描写を見せてくれています。

Tessar3535_006.jpg
六枚目のカットですが、浅草寺本堂にお参りし、次なる定点観測スポット、奥山エリアを抜けた西参道脇にある、常盤堂プレゼンツの風車の弥七オブジェこと、壁面一面に色とりどりのセルロイド製風車が飾り付けられた場所へ足を運び、いつもの通り、壁面向かって左奥、方角的には南の方から、壁面を撮ってみたのですが、後からは判断に悩むところではありますが、画面右端中央から左方向に若干、湾曲しているようにも見えるので、また別の機会に像面湾曲はテストしたいと思いました。

Tessar3535_007.jpg
七枚目のカットですが、風車の弥七オブジェを撮ったあと、そのまま花やしき方面へと向かおうと思い、西参道をパスして、花やしき通りに出て、そのまま西に向かって歩いていたら、花やしき通りと西参道に挟まれたエリア、ちょうど初音横丁の入口辺りの飲み屋街でまだ陽も高いのに酎ハイだのハイボールだのひっかけてご機嫌な方々がおられたので、有難く一枚戴いてみたもの。
ここでは、手前のアウトフォーカス部はちょっとボケが崩れ気味ですが、バックは結構奥まで被写界深度が及んでいるように見受けられます。

Tessar3535_008.jpg
八枚目のカットですが、飲み屋街の路地入口付近で一枚撮って、ハイ、サヨナラ!しようと思っていたのですが、ふと見ると、先のカットで画面向かって左側に建つ飲み屋の造り、そしてカウンターを据え付けられた引き戸上の落書き?が面白い、ということで、もうちょい中に足を踏み入れ、正面から一枚戴いてみたもの。ここでも、全般的に陽当りが良好とは言えない路地裏のお店に真っ白いシャツ着たオッチャンが向こう正面に鎮座ましますというフレアの元凶となり構図でしたが、画面左下と中央上部とでは、おそらく3EV程度は輝度差あったように思えますが、きれいに一枚の画面内に収め切っています。

Tessar3535_009.jpg
九枚目のカットですが、いつも通っていた豚肉料理店がこのCOVID19蔓延解消後、どうなっているのか、そして、そこが入れなかった時に何回か使ったことがある、いかにも奥浅草の街中華!という風情のお店もどうか、そして、このひさご通りに点在していた穴蔵みたいな純喫茶はどうなったのか、この目で確かめてみたくて千束通りとの境界付近まで行った帰りにケタはずれの巨大看板が目印のラーメン屋さんの様子を一枚撮ってみたもの。
ここでも画面上部向かって右方にかなり強めのLEDトーチが写り込んでいましたが、画面上方向に極僅かなゴーストが出たのはご愛敬として、全般的にシャープでコントラストも十分な好ましい描写を見せてくれています。

Tessar3535_010.jpg
十枚目のカットですが、運が良いとなかなか面白いシャッターチャンスにも巡り合えるホッピー通り経由、伝法院通りに戻ろうと思い、浅草場外馬券所WINSの横を通って南下していたら、先ほどの西参道の両側に建ち並ぶ弁柄色の建物のうち、南側裏手の路地を洒脱に和服で決めたカポーが歩き始めたところ、急に突風に見舞われ、裾が大暴れしてそれを取り押さえようと体制を崩したところを一枚撮ってみたもの。
ここでも、画面中央右手方面は明るい空で手前左手方向は建物の陰で、両サイドの輝度差は1EVでは収まらないですが、それでも破綻なくクリアに描き出しています。

Tessar3535_011.jpg
十一枚目のカットですが、伝法院通りに出る手前の木馬館前もちょっと気になっていたので、ちょいと横道にそれたら、役者さんや芸人さん自らによる顔見せ、呼び込みこそ、この日はやっていなかったのですが、それでも、東側壁面一杯に飾り付けられた役者番付看板と祝花スタンドを前に結構な人出だったので、ちょうど白人とアジア人の子連れ一家が入って来た時に一枚撮ってみたもの。
シャッター切る直前までこっちを向いていたヲヤヂさんの首にぶさがった極小姐のご尊顔にピンを合わせていたのですが、画面上部中央やや左の格子も素晴らしくシャープに写っているのが見て取れます。

Tessar3535_012.jpg
十二枚目のカットですが、伝法院通りから、仲見世を横切り、そろそろ、アキバ辺りでお茶でもしようと思い、東京メトロの浅草駅を目指して歩いていたら、COVID19蔓延ですっかり、生活のリズムの中から欠落しきっていた、東京三大祭りの一角、三社祭の時期が近いことを示す、横断幕ならぬ、横断提灯が視界に入って来たので、夕暮れに向かう空をバックに一枚撮ってみたもの。
ここでも、当然のことながら、提灯に掛かれた文字にピンを合わせたのですが、バックはかなり遠くまでピンが合っているかの如き結像ですが、手前はそれより近いにも関わらず、かなりグダグダに崩れたようなボケとなって見えます。

Tessar3535_013.jpg
十三枚目のカットですが、もうすっかり暗くなり始めた頃、仲見世東側のアーケード街である観音通りでは、店先に人工光が点り始め、中でも店頭の商品デスプレイへの配光の仕方が秀逸だなぁと常々思っているお煎餅屋さん店頭に整然と並べられた広口ガラス瓶に収められたお煎餅の数々を斜め横から捉えてみたもの。
ここでも、やはり距離如何に関わらず、後ボケは秀逸、前ボケはちょっとお行儀が良くない傾向の光学系ということが見てとれるのではないかと思います。

今回の今回の感想ですが、やはり、京セラの十勝工場が格企画、設計し、ドイツのカールツァイス本社と折衝し、歴史と伝統のTESSARを名乗ることを許されたという逸話を持つ光学系は、フィルムに比べて、配光、結像条件とも遥かにシビアなデジタルでの撮影でも遺憾なく性能を発揮してくれたのではないかと思います。
でも、これをきっかけに市中から格安のジャンクが姿を消したり、値が吊り上がったするのは困りますが・・・・

さて次回は、やっぱり、どこかで撮り下ろしてきて、中華製21mmf1.4の驚異の性能をレポートしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2023/05/07(日) 22:52:24|
  2. Mマウント改造レンズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる