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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

An amazing bargain sale of fantastic optics ~TTartisan 21mmf1.5asph.~

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さて、今回の更新は、やっとのことで試写まで辿り着いたTT Artisan21mmf1.5asph.のご紹介を行います。
このレンズ、言わずと知れた中華レンズで、お値段は新品ベース実勢価格でだいたい7万円弱、今回の個体は、南半球の羊の国から輸入した極上というふれこみの中古品で、なんと電子湾でポチっとな♪して三日ほどで届いたという驚きの出会いで、お値段の方も、愛用していたLeicaElnarit21mmf2.8のヘリコイドレバーの破損修理を含めたOH代とさほど変わらないということで、F値が約半分ということも手伝い、ついつい買い求めてしまったという次第。
’20年6月1日に発売されたこの光学系の構成は11群13枚、LDガラスが5枚、ガラスモールド非球面を1枚使っている旨、各絞り値でのMTF曲線ともども公表されています。
では、さっそく、テスト日当日の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラはSONYα7cによる全コマ開放AE撮影となります。

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まず一枚目のカットですが、ロケ当日は、久しぶりに新鮮なシーフードを食べてあちこち撮り歩きたかったので、東京駅に出るまで、江ノ島にしようか、小田原にしようか迷ったのですが、結局、まだ早い時間だったので、小田原の漁港に直行し、魚市場食堂でランチしてから、いったん駅に戻り、一日券を買って、周遊バスで訪れたのは、秀吉のイリュージョン「石垣山」で、広々とした二の丸跡の広場で帰り際の親子連れを入れて撮ってみたもの。もちろん無補正ですが、周辺の光量落ちも殆ど気にならないレベルです。

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二枚目のカットですが、ここが、井戸曲輪といって、秀吉によって石垣山に築かれた規格外の陣城の凄いところで、二の丸広場の奥、山の南東斜面にあり、なんと、水源確保のために石垣を積んで、谷を丸々堰き止めて、今でいうダムとした構築物というか施設なのですが、ここで汲み上げた水を沸かして、淀君他の側室に茶の湯を点てさせたという話が残っていて、戦場に奥方を連れてきて、遊興込みで相手が落ちるのを待つという彼我の戦力差を思い知らせるものだったということ。薄暗い木立の中から、空も入れて岩場を撮りましたが、意外とフレアも控えめ、暗部のコントラストも高めです。

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三枚目のカットですが、石垣山のお城は、人海戦術と有り余る軍資金に物を言わせ、たった80日で総石垣の、当時既に近畿や東海地方に存在していた通常の居城並みに曲輪内部の建造物もきっちりと整備したようなのですが、特に、お城の、或いはそこに住まう大名の権威そのものだったのが天守閣で、もちろん、北条氏の立て籠もる小田原城のから3kmほどの距離の山の上のことですから、ごつい石垣の上に真っ白い天守が姿を現せば、戦意喪失に繋がるのは自明の理で、その急ごしらえの天守が建てられていた石垣の跡を撮ってみたもの。徳川の治世になって、小田原攻めの際の臨時の城跡など荒れるに任された上に、大正の関東大震災で激しくダメージを受けたため、かつての石垣を構成していた大きな石が幾つか転がっているのみです。ここでも木立の中から、空を入れて遺跡を撮っていますが、驚くほど、フレアは少ないと言えます。

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四枚目のカットですが、そろそろ、ここの下を通る市内周遊バスが到着する時刻が近づいてきたので、時計と睨めっこしながら、バス停がある麓まで撮り歩いて行ったのですが、さすが国の指定した史跡だけあって、下草や樹木の伐採は言うに及ばず、ぱっと見、時代がかった石柱のようですが、頭頂部に載せられた、秀吉の旗印である千成瓢箪をモチーフにした瓢箪のレリーフが現代のものと気付かせてくれますが、側面の達筆な曲輪内案内は雰囲気満点で、思わず足を止めて一枚撮ってみたもの。ここでもほぼ逆光ながら、これだけのコントラストで周辺まで光量が十分に届いていると、周辺はやや解像度は甘めですが、像面湾曲が殆ど認められないのは立派と思います。

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五枚目のカットですが、石垣山のバス停から市内周遊バスに乗って、約20分ほどで小田原城の天守閣への最短ルートである藤棚前観光駐車場のバス停に到着、そこから本丸まで季節の花など眺めて撮りながら歩いて行こうと思った矢先、幼い姉妹連れのご老人が蓮の葉で覆いつくされ、かろうじて水面が顔を覗かすお濠の鯉の餌付けなんかやっていたので、有難くそのお姿を頂戴したということ。これだけの被写体とのディスタンスですと、いかなf1.5の大口径開放とはいえ、そこは21mmの超広角であるため、極小姐達のつやつや・さらさらの黒髪から、水面に浮かぶ蓮の葉、そして遥か彼方の空に浮かぶ雲の濃淡まで識別出来るという不思議な描写になりました。

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六枚目のカットですが、藤棚前の入口から真っすぐ坂道を上がれば、即、天守閣の聳え建つ本丸広場に上がれるのですが、それでは、試写ツアーは全く成立しないので、かなり大回りにはなりますが、正規の登城ルートである、銅門方面に移動し、21mmの威力を活かすべく、普段ならば、かなり後退しないと全幅が収まり切れない、木造復元の白亜の櫓門の姿を、いたいけな小姐お二人様が姦しく語らい合いながら前を通る瞬間狙ってシャッター切ったもの。ここでは手前の地面で極僅かな光量落ちと解像度の甘さが見て取れますが、たぶん、f4程度に絞れば、全く解消するレベルではないかと思います。

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七枚目のカットですが、どうせ先を急ぐ旅でなし、土日のみ、入場料無料で開放している、木造復元の銅櫓門の中に入って見学しないという選択肢は有り得ないので、足取りも軽く、向かって右の石垣張り土塁の上に設けられた階段を駆け上り、さて、中に入って、久しぶりに愉快なお人形さん達と記念撮影も悪くはないなぁとか思いながらふと門の下方を眺めると、人待ち顔の南蛮人の小姐が門の控え柱にもたれて、スマホンなど弄っていたので、櫓の外観込みで一枚撮ってみたもの。何故かこのカットでは、周辺の光量落ちも解像度低下も殆ど認められないのが不思議に思えました。

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八枚目のカットですが、銅門上の木造復元の櫓内部にさっそく入ってみたのですが、靴を脱ぎ終えるか否かというところで、フルサイズでは超広角として使える21mmレンズの威力を試さんと、内部の全景図を撮るべくとカメラを構えたら、ちょうど、いたいけな極小姐連れの若いヲヤヂが視界に入ってきたので、有難くエキストラご出演願ったもの。さすがf1.5だけあって、外よりむしろ照度の低い屋内の方が得意と見え、色再現もコントラストももちろんシャープネスも申し分はないのですが、若干、奥の柱に樽型の歪曲が認められます。

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九枚目のカットですが、すわ、黒沢監督写真か!?と驚くのもさもありなん、お人形さん達と仲良く「小田原評定」のシーンでえ記念写真撮りましょう♪という趣旨のコーナーで、普通に上から、ないしアイレヴェルで撮っても、お人形さんはお人形さんで、面白くも何ともないので、手前でぐわっと腹ばいになり、ファインダが覗けるギリギリの床面からの高さから見上げるアングルでお人形さん達の寸劇を撮ってみたもの。薄暗い室内に煌々と陽光を投げかける桟付窓が被写界の中央右手寄りに入りましたが、さすが現代のレンズだけあって、画面を覆うようなフレアも全体的なコントラスト低下も起こさず、きちんとした映画のごときシーン描写を見せてくれました。

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十枚目のカットですが、お茶タイムも逆算して、そろそろ、本丸に向かって歩き出さねばならないので、もうちょい寛げそうな銅門櫓から降り、ひとつ手前の住吉門という「埋門」形式に分類される、実はレアな形式の門をよく観察し、「内桝形」と云われるお濠と塀で囲まれた敷地内に収まった形式の90°に位置に建つ二つの門で仕切られた方形の空間全体を撮るべく、一回、正規登城ルートを戻ってお濠越しに撮ってみたもの。これだけ空を大きく画面に入れて開放で撮っているのに、周辺光量落ちは皆無で、ヘタすると対称系35mmをLeicaM(TIPO240)で撮るより良いかも知れません。

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十一枚目のカットですが、外濠に掛かる「馬出門土橋」の先に設けられた内桝形である馬出門虎口まで進み、高い塀で囲まれた方形空間に直角に設けられた二つの「高麗門」形式の門の特徴がよく判るような位置で虎口を撮ろうと、虎視眈々とカメラを構えたら、南蛮人ご一家が異国の言葉で談笑しながら出てきたので、ここぞとばかりに一枚撮ってみたもの。周辺光量の落ちも皆無、何となく、35mmくらいの準標準で撮ったようにも見える描写となりました。

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十二枚目のカットですが、再び銅門方面に戻り、本丸方面に向かうと、一段と高い丘陵の上に本丸があり、その奥まったところの高石垣の上に、お城のご本尊様ともいえる天守閣が鎮座ましましのですが、このシーズン、ちょうどGW過ぎ辺りから、花菖蒲と紫陽花がその丘陵部の麓の元内堀跡一帯に咲き乱れ、今回の目的は、レンズの試写がメインなので、迷うことなく道草とばかり、花の咲き乱れる内堀跡のお花畑に降りて丘の上の常盤木門の櫓門をバックに今は盛りの紫陽花を撮ってみたもの。ここでこのレンズの最大の不満点が出ました。それは最短が70cmしか寄れないこと、今流行りのヘリコイド付きアダプタ使えば良いのですが、結構高いので持っておらず、21mmでの70cmでは至近距離での主題の強調が出来ず、ちょい物足りないカットとなってしまいました。

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十三枚目のカットですが、常盤木門櫓の内部のお土産屋で結構面白い、現地でしか買えないお城グッズがかなりの点数目についたので、ガチャガチャも含め、結構散財し、そこそこ満足した気分で本丸をRC造の白亜の天守閣に向かって歩き出し、ちょうど良い手前の松の木の下から全景図を撮ろうとしたら、空中浮揚をする不思議な小姐が目の前にやってきて、地球の重力を無視したような滞空時間で跳ねていたので、有難く一枚頂いてみたもの。空が大きな面積を占めていますが、相変わらず光量落ちもなく、超広角らしからぬ描写なのですが、やはり、手前の地面を凝視すると、両脇は中央部と比べれば若干甘めの描写になっています。

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十四枚目のカットですが、実はこれまで10回以上も小田原城は訪問していたのですが、途中、新型コロナの長い蔓延期を挟んでいたこともあり、天守裏のこども遊園地の名物、外周を巡るミニSLの運航を今まで一度も目にしたことがなかったのですが、今回、初めて、正常運航していることが判り、線路端で待つこと5分程度で録音された効果音とともに、ミニチュアサイズの機関車がコーナーから姿を現し、なかなか雰囲気のある画となったもの。ほぼアイレベルの水平撮りだったのでパースも皆無、若干、右隅の石垣の描写が崩れ気味であることに目をつむれば、35mmレンズ並みにナチュラルな描写ではないかと思いました。

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十五枚目のカットですが、機関車がやって来る前に周囲の撮影環境をリサーチしておいたので、おサルさんならぬ、白髪のご老人が操る先頭車両が通り過ぎると、客車が数量それに牽引されて目の前の通り過ぎていったのですが、線路ギリギリのところに大ぶりな白いヤマユリが咲いていたので、70cmしか寄れないのは残念でしたが、いたいけなお子ちゃま各位が乗り込んだ汽車を見送るが如き、白い花を主題として一枚撮ってみたもの。このカットこそが、今回のレンズ試写の真骨頂で、後ボケはナチュラルですし、通目の前を通り過ぎる列車の躍動感みたいなものも良く雰囲気を捉えていると思いました。

今回の感想ですが、はじめて上海で海鴎製のミノルタコピー機を買い求め、きちんとした大きな店で買ったのに無限は出ないわ、方ボケするわと滞在中の試写で散々な結果だったので、翌日、プリント持参でお店にクレーム付けにいったら、あ、ゴメン、ゴメン、お店の在庫からどれでも好きなのを代わりに持って行ってちょうだい、とか言われ、ピンが甘いのをどうやって見分けて良品と替えるのか逡巡していたら、別のお客が、お店の人間に何か云って、ケント紙みたいなのを持って越させ、それをフィルム幅に切って、通りの向かいのビルのてっぺんに向けて、とりあえず無限が出るのを二台選ってくれて、安かったので、結局二台買って来てしまったということを思い出し、隔世の感を覚えた次第。

さて、次回は、たぶん、’23年の年明け早々にクラシックレンズ達と訪れた瀬戸内界隈ツアーからお送りしたいと思います、乞うご期待。
  1. 2023/06/26(月) 23:16:48|
  2. 深川秘宝館
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Express tour to explore castles and forts located along Tokaido in Dec.'22.

さて、今回の更新は、「どうする家康!?」で盛り上がる前の東海道沿いのお城探訪の前回の積み残し分探訪をレポート致します。
まずは恒例の行程のレビューですが、11月に奉公先でどうしても外せない休日勤務があって、上司から絶対に年内に代休取って下さいよ!と厳命され、さりとて12/28に休んでもあんまり意味が無かったので、その二週前の月曜日を代休日として即席三連休に仕立てて、12/17~18にかけて、前回の東海道沿いツア-でどうしても見たかったものの、新幹線の時間の制約で寄れなかった、豊橋市の吉田城を皮切りに、11月まで工事中でリニュアルしたての浜松城を訪問、その後在来線で移動し、掛川で一泊して、まだ工事延長の掛川城はスキップし、翌朝はまたしても在来線で三島へ移動、ランチ後、山中城探訪、そして在来線で移動後、小田原に投宿し、翌朝は後北条家の土塁のお城、古小田原城とも言える小峯御鐘之台大堀切跡を探訪ののち、市内をささっと撮って、名物、国登録指定文化財の「だるま」で食事して帰京したというのがおおざっぱな流れです。
では、さっそく、三日間の足跡を実写結果で辿って参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、30代前半の頃、2年間、名古屋市内に居住し、仕事で豊橋も何十回も来ていたのですが、ほぼ毎回、商社や特約店のスタッフの運転する車で、用向きのある場所まで移動したら、そのまま名古屋に戻るか、駅まで送って貰って、そこから新幹線で名古屋市内を含む次の目的地に移動する、という関わりしかなかったので、市内にこんな立派な復元櫓があるとはつい数年前まで全く気付かず、前回の福井からスタートして名古屋経由のお城探訪ツアーに組み入れていたものの、見送らざるを得なかった「吉田城鉄櫓」との涙の対面の図。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、今回の吉田城訪問に辺り、裏手が、かなり大きい流れであり、戦国~江戸期は水濠の代わりを果たしたと想像できる豊川沿いの崖に築いた高石垣の上に鎮座まします、古風な望楼型の三層三階建ての櫓は、たとえRC造の外観復元建造物ではあっても、纏っている雰囲気はまさしく、戦国時代に織田信長も立ち寄り、幾度かの決戦にも登場し、姫路城を現在の姿に改築した池田輝政公の美意識そのもので、また、この構図は同じく東海地方にある現存天守、「白帝城」と呼ばれる犬山城にも何となく似ているカンジがしたので、構図を工夫して撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8による絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、吉田城の内外の見学、そして豊川対岸からの撮影を無事終え、豊橋公園前から再びバスに乗って、豊橋駅に移動、そこから、ケチって在来線で40分弱の位置にある浜松まで移動、駅中で適当に寿司屋に入って、ランチなど頂いたのち、時折、降りつける雨に傘を広げながら、前回の記憶を辿って、市役所裏の真っ黒い外観が目印の浜松城を目指し歩き、市役所駐車場手前で視界が開けたので、望遠で天守門ごと一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8による絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、市役所裏の駐車場北の上り坂を登っていった突当りが即ち、浜松城の天守曲輪への通路入口となっていて、戦国時代からの城郭建築のセオリーである、街道から本丸ないし天守への動線には必ず、直角ないし、鋭角の曲がり角を複数用意しておく、の通り、市役所裏からの登城口から二回、直角に曲がるので、大人数の軍勢で攻め入ろうとすると当然勢いが削がれ、それを櫓や石垣の上の塀に設けられた銃眼「狭間」から矢や鉄砲を射掛けられて、死傷者多数となるよう設計されていて、やっと天守曲輪への入口、天守門前に出るので、野面積の石垣に聳えるその雄姿を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、平成の御世になってから木造復元された天守門を潜り抜けると、そこは漆黒に塗られた下見板張りの三層三階地下一階のRC造の模擬天守閣が堀尾吉晴時代のものと思われる野面積みのワイルドな佇まいの比較的大きめの天守台石垣の3/2程度に建てられているので、登ってきたアングルから見るとそうでもないのですが、南方面から見ると、石垣にはだぶつき感がはっきり感じられ、ちょっと違和感を感じる一枚。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、この日は浜松城の後は、掛川駅前の宿に泊まるだけのスケジュールだったので、比較的ゆっくりと天守曲輪周辺の石垣などを検分していたのですが、前回来た時には急いでいたために、おそらくは見落としてしまっていた、壮年時代の徳川家康公の銅像を発見、しかも、工夫すれば、角度的に天守門、模擬天守とも一枚に収められることから、かなりのローアングルから撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、浜松城の後に移動した掛川の街では、前日、豊橋まで移動する新幹線の車窓から、まだ工事が完了していないことを把握していましたが、今更、掛川の宿をキャンセルして三島か沼津辺りに取り直すわけにも行かないので、仕方なく、真っ黒なお城が見下ろす駅前の宿に投宿、翌日は朝食もそこそこに駅まで向かい、在来線で三島まで移動、ちょっと速めのランチを駅前の寿司屋で頂いてから、山中城址前を通る元箱根港往きのバスに乗って30分弱で登城口へ到達してから、歩くこと10分ちょいで、全国的にも稀有な「障子堀」の下に到達、この日は前日と打って変わって佳き天気だったので、堀と富士山のツーショットを楽しんだもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8による絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、ここ山中城址も、砦全体が障子堀で護られていたということでもなく、通常の空堀や、簡易版の障子堀とも言えなくもない、堀の長手方向分割線だけある畝堀などを効果的に組み合わせて来るべき、秀吉連合軍の巨大な兵力に備えていたのですが、3千人程度の守備兵が守る未完成の山岳要塞は6万8千人という実に約23倍もの大兵力に攻められ、熾烈な戦闘の挙句、数時間で落城してしまったという悲劇の城ですが、その中枢部を守っていた見事な障子堀の雄姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、無事、山中城址探訪を終え、また在来線で小田原に移動し、駅からお城の途中の「お濠端通り」に面したビジネスホテルにチェッキン、翌日は9時半過ぎに宿を出て、駅前でモーニングなどを頂いたのち、念願の小田原古城こと小峯御鐘之台大堀切跡まで徒歩で移動することとし、まずはお城の東から南側を通って、遺構にアプローチする遠回りコースを採ったのですが、途中、旧東海道に面した国登録文化財の割烹料理店「だるま」の立派な玄関廻りの様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、本当は、大尾切跡への道は、駅の北口から八幡山方面へ抜けるルートで、小田原高校横へとつながる長い階段のある坂道を通れば、距離的には半分以下だったのですが、お城の横をなぞっていくルートの方がスナップには都合よかったので、あえて遠回りをしたのですが、特に小田原城天守閣の影武者とも云える「ういろう本店」のなんちゃって天守を青空をバックに撮りたかったので、このルートを採ったのですが、改めて、青い空に白い漆喰の外観はなかなか美しい、と感心しながら一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、実はこの「ういろう本店」界隈は午前中でしかも天気の良い時に来たことはなく、その斜め向いに、小田原の誇る偉人「二宮金次郎」の可愛い銅像が建てられていたこともあまり記憶になく、引退した箱根電車の
車両のみ覚えていたのですが、こうして天気の良い朝方に来てみると「電車通学する二宮君」みたいな構図で写真が撮れることに気づき、さっそく一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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十二枚目のカットですが、お城の南側をぐるっと回り、蓮池、二宮神社前を通り過ぎ、このまま宇宙まで続きそうなだらだら坂に面した競輪場、相洋高校を通り過ぎて、庭球場や、城山公園などを通って、途中、案内板を見失いそうになるアクシデントにも見舞われつつ、小一時間かけて、なんとか、大堀切跡の入口まで辿り着き、まずは、その大きさを感じ撮れるような位置から、後北条氏の築城の粋を集めた壮大な遺構の佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、無事、念願の後北条氏の築いた、対秀吉戦の防衛設備の遺構を堪能し、後は、ランチを「だるま」で頂いてのち、大久保氏が築いた近代城郭の方のお城をちょこちょこっと見て撮って、しかるのち、駅ビル6階の「カフェラミル」でお茶とスィーツを楽しんでから、在来線でお江戸に戻るだけなので、小田原高校横の近道を下ってきて、搦め手に当たる北の登城口から本丸にアプローチし、いつ見ても惚れ惚れする関東きっての名城、小田原城のRC復興天守の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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十四枚目のカットですが、中に入ろうかとも思ったのですが、お茶したい気持ちが勝り、後ろ髪引かれる思いで、壮大かつ美しい層塔型三層四階建ての白亜の天守に再会を約し、本丸を下り、通常の登城ルートである、常盤木門、銅門、そして馬出門という退城したのですが、その途中、典型的な内桝口虎口を復元した銅門虎口をお濠側から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

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十五枚目のカットですが、これも平成の御世になってからの復元ということですが、正規の登城口の第一関門の当たる場所で、外濠を挟んで、外部とは土橋で繋がっており、その間に塀で囲まれた広場、即ち侵入した敵への防御施設である桝形虎口を形成しているのですが、この門自体の構造が、門の最終進化形である高麗門という形式になっていて、さすが幕府が街道の要所に築き、選り抜いた親藩を配置したと思わせる格式だったので、特徴がよく判る位置から一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、やっぱり、お城はクラシックレンズで撮るのが一番しっくり来ますね、しかも、色々意見はありますが、やはり日本人の心の原風景だけあるので、日本晴れでの撮影が一番ではないかと。
さて、来週は、田舎へ車検上がりの愛車を引き取りに出向きますので一週スキップ、その翌週は何とか21mmf1.5のご紹介出来るよう頑張ります、乞うご期待!!
  1. 2023/06/11(日) 18:50:24|
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A trip to towns where castles existed in Hokuriku district in Japan②

さて、今回の更新は、前回に引き続き、北陸ツアー後編、金沢での英国製クラシックレンズ大暴れの様子をレポート致します。
当日は、朝、駅至近の宿を10時前に出て、金沢観光定番の市内バス一日乗車券を買い求め、まずは向かった先が、歴代の前田公が祀られている尾山神社、そこから、まずは犀川の対岸にある、ジブリ風の三階建ての木造割烹を撮りに向かい、それから、また東側に戻り、ランチまでと時間を決めて長町の武家屋敷界隈を撮り歩き、しかるのち、21世紀美術館経由、ポールボキューズ金沢でのランチを挟み、いもり堀手前のしいのき緑地公園でイベント撮影し、城内、兼六園と撮影し、夕刻まで主計街茶屋街、ひがし茶屋街と撮って一日のスケジュールを終えたという次第。
では、11月5日当日、朝からの行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラはSONYα7c、レンズはCooke Sppedpanchro28mmf2.0mod.Mによる全コマ絞り開放AE撮影となります。

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まず一枚目のカットですが、市内循環バスを降りて大通りを直進し、左に曲がると、すぐ目の前に見慣れた国指定重文の尾山神社神門、これは、見た目よりも比較的新しく、明治8年に建てられたもので、加賀藩を象徴する戸室石のアーチと木造構造体に銅板外装となっているもので、丁度、前に観光客が立ちふさがったところで、一枚撮ってみたもの。

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二枚目のカットですが、無事、尾山神社にお参りをして、普段ならそのまま奥に抜けて鼠多門橋経由、玉泉院庭園、三十間長屋から金沢城址公園にアプローチするところですが、そうすると、お城の下、尾山神社からは90°の方向、南側にあるレストランに着く時間が中途半端になってしまうので、いったん、100万石通りこと国道157号の大通りに出て、香林坊経由、徒歩10分ほどの犀川大橋を渡り、対岸に位置する「山錦楼」の木造建築を下から撮ってみたもの。

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三枚目のカットですが、無事、「山錦楼」の裏表を撮って、背面LCD撮影結果を確認、やっぱ28mmをフルサイズで使うと画角広くて助かるなぁ・・・などと周囲が相当ブラックアウトしているにも関わらず、妙に納得して、再び犀川大橋を渡って、もと来た100万石通りを香林坊方面に向かい、金沢東急ハンズのところで左手に入り、長町の武家屋敷通りに入ってまもなくの薬問屋か何かをリフォームした記念館の庭に咲くツワブキの黄色い花を至近距離で撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、ランチまでの時間を気にしながらの武家屋敷街散策ではありますが、それこそ訪問した回数は名古屋支店勤務の30年前以降、10回や20回ではきかないくらいなので、地図など見なくとも、撮影スポットは頭の中というか、暗黙知の如く、行動に沁みついており、今回も手際よく撮って回ったのですが、これぞ武家屋敷の佇まい、といったイメージの、石垣で覆われた用水に面した築地塀を撮ってみたもの。

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五枚目のカットですが、前回来た時に欲しいなぁ・・・とか思いつつ、カメラバッグの中がレンズでぎゅうぎゅう詰め状態で、さりとて、焼き物を割れないように新聞紙か何かで来るんだ白いビニール袋を提げての撮影継続も、本末転倒・主従逆転、旅行の趣旨にはそぐわないので、ギブアップしてしまったのでですが、今回は使うレンズのみ厳選して後は宿の大カバンに収めてきて余裕あったので、お店に向かう途中の時代掛かっった街並みを撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、京焼から招聘されて、再興九谷焼の始祖の一人になったという春日山窯の青木木米の窯跡に建つ陶磁器店でなかなか小洒落た小皿などを買い求め、このところ、那覇、萩、唐津、とあちこちで陶磁器の小品を買い求める悪癖がぶり返したなぁ・・・などとちょっと後ろめたい思いを秘めつつ、ランチを頂く、しいのき迎賓館方面へと向かうべく、100万石通りを目指して武家屋敷通りを歩きながら、なかなか清楚な雰囲気の総髪ちょんまげ頭の小姐が前に居たので、有難く一枚戴いてみたもの。

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七枚目のカットですが、通りをしばらく進むと、昔は下級武士の屋敷だったところが、この令和の御世では伝統工芸を伝承する「職人大学」という施設になっていて、その庭園部分は一般に無償開放されていたのでその中に足を踏み入れてみたら、生徒さんたちが自力で設計・施工したという木造の茶室があり、ちょうどその手前に桜が紅葉していたので、至近距離から一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、同じ敷地の中を好奇心の赴くまま散策していたら、重厚な趣きの施釉瓦葺きの母屋の脇で、このところ、滅多に見かけないような、濃淡様々なオレンジ色の実をたわわに実らせた柿の木の枝が伸びてきていたのが目に留まったので、秋の薄雲の浮いた青空をバックに一枚撮ってみたもの。

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九枚目のカットですが、そのお屋敷跡を出てから大通りを目指して歩いていたら、建物は殆ど残されておらず、殆ど池付きの庭園だけになってしまったような公園があったのですが、その池のほとりに、先ほどの薬種問屋跡をリフォームした記念館の庭先に咲いていたのと同じような黄色いツワブキの花が秋空を写す水面をバックに可憐に咲いていたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、香林坊のバス停から市内循環バスに乗って、21世紀美術館前で下車し、まずは金沢最古の鎮守とも言われる「石浦神社」にお参りしてのち、道の反対側にある21世紀美術館に足を踏み入れ、ランチタイムも間近、かつ、意外と入場料がお高いので、庭先のみ撮らせて頂こうと決意し、RGBの森こと「カラーアクティビティハウス」で遊ぶ若い人々の様子を一枚撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、21世紀美術館の庭先でちゃちゃっと何枚か撮って、キブンはミシュラン星付きフレンチだったので、海鮮丼も回らないお寿司もものかわ、美術館からは目と鼻の先にある、しいのき迎賓館一階の「カフェ&ブラッスリー ポール・ボキューズ」にそそくさと移動し、至極のランチを頂いてのち、本格的な金沢場内探訪の前にレストラン目の前のしいのき緑地でやっていたイベントで、NPOか何かによる、恐竜のハード着ぐるみでじゃれていたいたいけな極小姐達の様子を一枚撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、15時までに行かないと、重文の三十間長屋という、実質的には戦時の防衛拠点となり得べき現存多門櫓の内部を見学出来なくなってしまうので、兼六園内の撮影は雪吊中心として、急ぎ足で兼六園から金沢城への最短アプローチである石川門に到達した時、ちょうど、時代掛かった和装のカポーが追い越していったので、有難く門全体撮影にエキストラ出演願ったもの。

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十三枚目のカットですが、門限の厳しい三十間長屋も無事見学出来、その後、五十間長屋から菱櫓に至るまで木造復元の建造物群の内外を存分に堪能し、次に移動するひがし茶屋街へのバスでの移動を考えると、兼六園下が一番利便性が良いので、再び石川門から出た時、お堀通りの上に位置する江戸町通りの入口付近で、小姐二名に記念撮影お当番を頼まれたので、マスクはずす代わりに距離とる条件でモデルさんになって貰ったもの。

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十四枚目のカットですが、城内の撮影のお後は、釣瓶落としと言われる秋の陽が暮れかかった頃に到着した浅野川沿いの主計町茶屋街でちょこちょこと定番の撮影後、道を渡り、金沢最大の伝統的景観地区である、ひがし茶屋街で撮影開始、まずは、メインストリート入ってすぐの店舗の出入口脇に植えられていた南天の木が真っ赤な実を実らせていたので、至近距離から黄昏の街並みをバックに一枚撮ってみたもの。

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十五枚目のカットですが、茶屋街の奥まで撮って、さあ、宿へ戻って、装備置いてから金沢飯をディナーに食べに出る前に、どこかに寄ってお茶でもしようかなぁとか考えながらまたメインストリートの入口付近まで戻ってきたところ、声色からして学生さんのグループ旅行と思しき小姐の一個小隊がお互いにスマホンで記念撮影の撮りっこでもするのか、お互いに身だしなみの相互チェックなんかやっていた様子が面白く、しらばっくれて一枚頂いてみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、28mmf2.0のSpeedpanchroを初めてフルサイズで撮りましたが、思ったよりいメージサークル有って、使いようによっちゃ、画面の演出として効果的に使えなくもないレベルなので、実際にキャップレンズ並みに薄型の軽量・コンパクトなので、たとえば、台湾の金瓜石の金鉱住宅跡とか、上海の弄堂の路地裏なんか散策するのにはもってこいのカンジがします。

さて、来週はいよいよ21mmf1.5のお披露目と行きたかったのですが、先々週末が全然それどころではなかったので、「どうする家康!?」で盛り上がる前の東海道沿いのお城探訪の前回の積み残し分探訪をレポート致します、乞うご期待!!
  1. 2023/06/04(日) 18:56:33|
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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