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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Back to the era full of wars and battles all around Japan~Sakasai Fort in Ibaraki-pref.~

て今回のご紹介は、想定以上に年賀状書き、大掃除前哨戦が捗ったので、最後にもう一発、SONY7cと固定ファンが居そうな、CanonNFD20-35mmf3.5Lだけ持ち、殆どの行程が高速道経由とはいえ、片道60km以上を愛車駆って、見物に行ってきた、茨城県は古河のご近所、坂東市は逆井地区に在る、北関東のお城のテーマパーク「逆井城」の訪問記をレポートしたいと思います。
実は、ここ逆井城は、関東近在のお城の遺構のうち、建物が現存、ないし復元された城址公園のうち、どうしても公共交通機関ではアクセス出来ない場所にあるため、基本的にお城巡りは電車and/orバスと決めている工房主にとっては、最後の最後の後回しになってしまった、言わば、お城巡りの空白地帯で、遅れに遅れた愛車の車検上がりの仕上がり確認も兼ねて、一念発起し、木場インターから首都高、東北道、外環道を通って、最寄のインターチェンジである境古河インターで降り、下の道を走ること10分少々で思っていたより呆気なく着いてしまった、というのが偽らざる感想。
嬉しいことに駐車場無料、お城も入場料無料、その反面、一般的な城址公園では必ず有る、土産・記念品は言うにおよばず、案内パンフやご城印の類いすら見当たらず、まさに渋い玄人向けのお城だなぁと、まずは関心した次第。
では、当日の行程に沿って、NFD20-35mmf3.5Lの実力のほどを逐次眺めて参りましょう。

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まず一枚目のカットですが、インターから降りて、ところどころに民家や町工場、或いは営業倉庫みたいなのが点在する、典型的な日本の田舎道を抜けると、「逆井城」駐車場の看板があり、そこを曲がって、駐車場に入ってみたら、なんと目の前が、戦国時代のお城というか砦を再現した施設になっていて、史実通りか否かは置いておいて、何時できたかアヤシゲな石垣ばかりの新田金山城に比べれば、ずっと判り易く、エンターテインメント性も高い遺構なので、思わずニンマリとして駐車場から、ランドマークである二階櫓と土類を撮ってみたもの。

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二枚目のカットですが、ここ逆井城は近畿地方で石垣のお城が発展を遂げるずいぶん前のお城なので、当然のことながら、威圧的ながらも芸術的でもある、立派な石垣などは存在せず、俗にいう「土のお城」という類いの遺構で、それでもかなりの高さがあり、角度も急な土類の上には、容易に敵兵の侵入を許さない、銃眼もものものしい、土と木板のハイブリッド塀が隙間なく張り巡らされており、ここが戦国時代の要害だったことを思い起こさせてくれる丁度良いアングルから、もうひとつのランドマークである、井楼(せいろう)入れて一枚撮ってみたもの。

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三枚目のカットですが、高鳴る胸の鼓動と気持ちの昂りを抑え、嬉しいねぇ・・・こういうの好きなんだよなぁ・・・たとえ空想の産物でも、なんて独りごちながら、もはや城兵による弓矢や長槍による殲滅戦も遠い夢と化した、平和で退屈な時代の城跡に、いざ足を踏み入れんと、空堀と土塁によって外界からのアクセスを拒絶するかのごとく、郭との間に架けられた木橋を渡っていく前に一枚撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、実はここ逆井城の復元?二階櫓も、前回ご紹介した大阪府は池田市内の池田城公園に建てられている二階櫓と同様、現地に有ったか否かは資料(紙の書き物)には残っていないものの、一次資料でお城の存在は裏付けられ、更に発掘調査によって、戦国時代の中頃から後半にかけての時代に何某かの木造建造物があった痕跡が確認されていることで、一般的な戦国時代の砦の中の櫓を建てたということですが、完全木造でなかな良く出来ていると思ったので、城内から全景を撮ってみたもの。

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五枚目のカットですが、さっそく、日中は開放されている、二階櫓の中に入ってみると、、羽目板、或いは柱や梁など木材の製材方法や一部木組の方法が城郭建築での一般的な二階櫓の建て方とはかなり違っているのが目に留まったのですが、さりとて、設計の根本は一般住宅の2x4や在来軸組とは明らかに違い、空間の遣い前は悪くはなりますが、それなりに社寺建築と書院造りの折衷である城郭建築のお作法に則って、柱や梁は据え付けられており、まぁ、悪くはないんぢゃな~いと感心して一枚撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、階段についても、素材はもちろんのこと、部材の形状も日本全国に点在している現存、ないし図面、木組などを元に忠実に復元新築ないし再移築を含めた古材利用の復元のものと相違なく、なかなか良く出来ているとも思えるのですが、それらは全て、江戸期に入ってからの建築様式で、戦国時代から安土桃山時代に至るまでの建物は残念ながら残ってはいないので、幾ら昇降のし易さや安全性を考慮しても、それが当時のものを正確に再現したか否かは実にアヤシゲなもので、あくまでも参考程度なのかなと独りごちて一枚撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、狭くて、近現代の木造住宅に比べればかなり急な木製の階段を登り、二階の部屋に入ってみれば、内部の造作は、やはり、城郭建築のセオリーには、それなりに則ってはいますが、柱や梁の木材が綺麗に真四角く製材され、ご丁寧に面取りまでしているのは有り得ない話ですし、隅柱の建て方、戸の仕組み、そして何よりも御殿や天守ではあるまいし、ここぞとばかりに手裏剣状の六葉釘隠し、しかも金張りのものを長押と言われる柱と梁の直交する箇所に惜しげもなく使っており、ここを建てようと企画した市役所の人達は相当頑張って、あちこちのお城や寺院で見てきた伝統建築のエッセンスを理屈抜きにぶち込んだんだなぁ・・・と感心して一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、ここでも屋根の軒下の縦桟と言われる上から下に下がるように設けられている部材が、戦国期では有り得ないくらい揃った真四角の加工がなされており、そもそも、信長や秀吉のお城じゃあるまいし最上階の周囲にベランダ状の廻縁が付けられていること自体が、時代、地域特性からして、オーパーツと云っても良いくらい違和感ある話で、やはり市の担当者各位が、小田原城とか大阪城辺りの鉄筋コンクリート製外観復元天守の売り物である見晴らしの良い展望台みたいなものを、うちも付けねば!と妙に力んだ結果なのかな、とか創造しながら撮ったもの。

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九枚目のカットですが、二階の廻縁もぐるっとひと巡りし、上に登り切ってしまえば、あとは下るだけ、という人の一生にも何処となく似通ったお城巡りセオリー通り、薄暗い建物の中には椅子すらなく、ぼぉーっと立っているのも、なかなかマヌケで、再び車を運転して帰る身としては体力的にもなかなか辛いものが有りますので、早々に退出し、同じ敷地に建ち、更に高い「井楼」に登ってみようと歩き出してすぐに、「天守閣の原型」とかいう異端の説明板の建つ、その不可思議な全景を撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、天守の原型というよいよりは火の見櫓とか、公園などの階段付き展望台の原型といった方が間違いなさそうなオール木製、一部鋼製補強金具有りの構造物の本来の昇降器具たる梯子ならぬ階段を登りつめ、辺りを眺めてみれば、眼下の水堀には亀がようけおるわ、辺りは町工場みたいなのが点在しているだけで、何にもないわ、これじゃ公共交通機関であるバスじゃムリだわとか、色々と気付かされることも多かったのですが、なーるほど、先ほど登った二階櫓とその周囲を護る木塀の位置関係も良く判るわ、と思い一枚撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、ここ逆井城公園が、なぜ「お城のテーマパーク」と言われるかというと、二階櫓と井楼という本格的木造復元?の建物にかて加え、ガチ戦国時代の土塁や堀が当時の形式に則って復元されている上に、なんと、茨城県内に点在していた、戦国期の遺構、例えば、近所の関宿城の薬医門を移築したり、潮来に在ったという大台城の主殿という書院建築を再現してみたりと、悪く言えば節操ない、良く言えば、エンターテインメント性満点の満艦飾状態だからで、二階櫓と井楼と並ぶ本格的な木造復元?の建物である主殿の中を見る前に全景を撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、ここ主殿には、破風付き屋根を備え独立した玄関が設けられておらず、ちょうど、日本映画で田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家がそうであるように濡れ縁の一部に大き目の踏み石を置いて、そこから出入りするようになっているところは、明らかに華美さとは一線を画した武家の質実剛健な住まいにも見えなくはないのですが、至近距離に歩み寄り、詳細を検分してみると、やはり戸や建具が江戸期から下手すれば昭和初期くらいの伝統建築にあるような、正確に四角に製材した木材が用いられており、ここでも屋根の軒下の構造や縦桟の木材の形状が江戸期も元禄に入ってくらいの真四角の揃ったものなので、うーん、残念でござるな、とかつぶやきながら一枚撮ってみたもの。

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十三枚目のカットですが、中にはご自由にお入りください、とのことなので、では遠慮なく、と20世紀に入ってからの電気の灯りは当然のこと、火災防止の観点から、当時には普通に使われていた灯明や行灯、或いは蝋燭の類いなど置かれていようはずももなく、見学は、引き戸を引いて外光を採り入れての明かりで行わざるを得ないのですが、外回りは至近距離に寄らない限り、なかなかの雰囲気を出していたのですが、内装は完全にオーパーツ状態、こんな綺麗に製材された檜の角材をふんだんに遣い、違い棚付きの床の間やら、長押への金張り六葉釘隠しという、それこそ太秦映画村辺りの時代劇汎用武家屋敷の内装みたいで、呆れながら一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、この後、関宿城から民間払下げされたものを移築した城門やら出自・ご利益とも不明の観音堂などを見学し、意外と広い城址公園内を見て歩いていたら、ちょっとした森林地帯を抜けた辺りに、遠目で見れば、鉢形城の資料館内部や箕輪城の搦手に木造復元された郭馬出西虎口門などとも、外観は良く似ていて、少なくとも豊臣秀吉による全国統一よりも前の建築様式と判る城門が再建?されていたので、辺りの様子も判るくらいの距離から一枚撮ってみたもの。

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十五枚目のカットですが、いったん、今の平和な世の中では守る城兵も居ないこの櫓門を抜け、その目の前の空堀の上に架けられたオール木製の黒い橋を渡り切ってから振り返り、橋の全景を入れた上で、さっき通り抜けた、おそらくは鉄砲伝来前、或いはまだ関東へは普及していなかった時代の建築様式を採り入れて作られたであろう、弓矢を射掛けるための大きな縦長格子窓も勇ましい戦国期の櫓門の姿を一枚撮ってみたもの。

さて、今回の感想ですが、久々の愛車を駆っての帰省以外のドライブの行先をお城、しかも何でもてんこ盛り状態のインスタ映え満点のお城のテーマパークへ、往年の銘機NFD20-35mmf3.5L一本だけ持ってふらっと出掛けるというのも新鮮で楽しい経験でした。

今年のリリースは今回でおしまいですが、一年間お付き合い頂き、心より御礼を申し上げます。来年はだいぶ円高に向かう予想なので、電子湾の夜釣りで面白げな玉が釣れるやも知れません、そのために準備万端、可愛い工作機械達、そしてコリメータ等測定器もきちんと手入れをしての年越しとなります。

では皆さま、佳き新年をお迎え下さい。
  1. 2023/12/26(火) 21:06:50|
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A travel to explore ancient ruins of caste located around Osaka-pref. from 20th.May to 21st.May '23.

て今回のご紹介は、予告通り、今年のGW明け、大阪での出張後に2泊3日でお城巡りした様子をレポート致します。
まず簡単な行程ですが、今年5月の17~19日とインテック大阪で見本市があり、何故か広島支店の人間がお店番することになっていたのですが、手が足りないということで、応援で出張、金曜夕刻に業務終了次第、心斎橋近くに宿を移し、そこから、お城巡りモードに入り、翌20日が丸一日かけて丹波篠山の篠山城、翌日が午前中からお昼過ぎまで池田市のお城出掛け、午後は大阪城回って、夕方帰京というコースでした。
ではさっそく、当日の行程に沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。
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まず一枚目のカットですが、前回は京都から福知山経由回ろうとして、最寄、といっても6Kmは離れているJR福知山線篠山口駅前から市内に向かうバスが30分以上も遅れたため、せっかくお城に辿り着いても、見学受付時間を過ぎてしまう可能性極大だったため、泣く泣くギブアップしたのですが、今回は、10時前に大阪駅を出たので、お昼前にお城に着くことが出来、嬉しいキブンで、表玄関である鉄門跡の厳めしい石垣を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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二枚目のカットですが、鉄門跡の両側に聳え立つ、今でも威圧感山盛りの石垣の通路を通り抜けると目の前には、昭和19年に惜しくも消失してしまったものの、市民の熱い願いと少なからぬ浄財によって、平成の御世も12年になっての桜の季節4月に木造再建された、かつての偉容を今に伝える大書院が視界に入り、現存御殿4棟も木造再建2棟も訪問済みながら、前回が目の前まで到達しながら、涙を吞んで断念した経緯もこれあり、登城前にその玄関廻りの佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、入場料400円也を受付で支払い、中に足を踏み入れると、名古屋城二の丸御殿や、掛川城二の丸御殿にも似通った、武家屋敷のうち、高位のお侍が職住一体で使用していた書院造りという、寺社とも共通する構造なるも、座敷や廊下の絢爛豪華な装飾や凝った建具の造りに目を奪われ、特に上段の間と言われるお殿様のお出ましに使われる最上級の大座敷は、現存、復元の各御殿とも似通った造り、装飾となっており、感心したため、スマホンのみならず、キチンとしたレンズでも一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、大書院とは云っても、面積的には、現存では一番小振りなの川越城本丸御殿と比らべても6割程度の面積しかないため、全部丹念に見て回っても、滞在時間はせいぜい30分強程度、そこから先は、大書院の外観を含めた、かつての政務の中心である二の丸跡広場と、天守台跡がある、隣接した本丸跡を見学することになるため、裏側から見た大書院の全景を撮るべく歩いていたら、親子連れが歩いてきたので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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五枚目のカットですが、大書院の全景とかつての二の丸御殿があった広場の様子を併せて撮ろうと、相当、広場の後ろ、即ち南の方角に下がってカメラを構えていたら、先ほどの、いたいけな小姐を隊長としたかの如き、あまりお城には関心ないんだけど、娘がさぁ・・・系のご両親を引き連れたご一行が、大手を振って、こちらの方向にやって来たので、またしてもエクストラ出演願ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、満足いく全景を望外のおまけ付きで撮れたことに気を良くして、かの城好き小姐ご一行様に先回りして南側の埋門(石垣の中を潜る形式の門)跡に続く階段の辺りで待ち伏せしていたら、へぃらっしゃい!と言いたいキブンになりたいくらいの絶妙なタイミングで小姐が、「お父さん、なんかおっきな階段有るよ、行ってみよ!!」とか聞えよがしに叫んで視界に入ってきたので、有難く一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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七枚目のカットですが、お城の隅々、廃城後も遺された郭外遺構である、東・南二か所の巨大な角馬出遺構も存分に検分し、そろそろ、次なる目的地である池田城へ移動したかったので、時計を眺めつつ、来た道からは一本西に位置する、旧家臣達が居住していたという武家屋敷通りを通って、バス停まで向かい、途中で、名物の猪肉料理でも頂こうとお城をあとに歩き出してすぐに目に留まった、極めて保存状態の良い武家屋敷跡の特徴的な門と塀を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTT Artisan21mmf1.5asph.Mによる絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、本当はお昼を食べてから、再びバスに乗って、篠山口駅から福知山線から宝塚線に乗り入れる列車に乗って、池田駅に移動、観光案内所で聞いた道のりで山の方面にある「池田城公園」を目指して歩き、最初の登山口の入口付近で、降りてきた老夫妻から、こっち閉まってるよ、と言われ、いったん下り、山の麓をぐるっと東へ回って正門に相当するゲートに来てみれば、なんと「薪能」の開催日で閉鎖、仕方なく、翌朝、ちょい早起きして心斎橋から出てきて、入城前に遺恨の正門の写真を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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九枚目のカットですが、そうこうして、五月にしては汗ばむ陽気の中、入場料無料というのが嬉しい、城跡をモチーフに整備された小高い山の中腹の公園の中を進んでいくと、有りました、有りました、「怪しい天守べスト100+α」という日本全国津々浦々に点在する、ツッコミどころ満載の復興天守や模擬天守、天守状建造物を紹介したマニア向け単行本で、やはりけちょんけちょんにいじられていた、一見、戦国時代のお城に見えなくもないものの、その実、空想の産物でしかない木造シンボルタワーの偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十枚目のカットですが、ここ池田城址公園は、一見、天守閣のプロトタイプみたいな、アヤシゲなシンボルタワーの元になるような二階建て以上の櫓のような建物など存在していなくて、発掘に基づいた考古学的には平屋建て木造のお屋敷と、せいぜい、井楼(せいろう)と呼ばれる蒸籠のような格好のオール木製の物見台くらいしか建っていなかったと考えられますが、屋敷の間取りを偲ばせる礎石の位置を再現した置石が並べられた芝生の広場の様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十一枚目のカットですが、至近距離に歩み寄って、「怪しい天守」の名誉あるタイトルを与えられた、古風ながら現代に建てられた木造建造物を仔細に検分にしてみると、釘やらボルト・ナット、補強金物が鉄製なのは目を瞑るとして、相当、建築様式、いや木材の加工からして、相当なオーパーツの集合体で、屋根の下の垂木が真四角な木材なのも、廻縁風の展望台の構造も現代風の真四角な製材を用いたトラス構造で支えられており、瓦だけが、江戸期以前の建物に使われていることの多い本瓦葺きの屋根とのアンマッチが、さもありなんと思ったもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十二枚目のカットですが、久々の、鉄筋コンクリート造の模擬天守よりもツッコミどころ満載の脱力系木造建造物との出会いに胸を高鳴らせ、さっそく、中に足を踏み入れてみると、いやはや、この外観にして、この内装あり、と云った趣きで、戦国時代末期の建物であれば、内部の柱に精緻に製材された四角断面の柱を贅沢に使うことは、大藩の天守閣でもあるまいし、まずないですし、ましてや天井の梁であれば、自然木を最小限の加工で使うのがセオリーで、まっすぐな角材はほぼ100%有り得ないですので、まさに「間違い探し」みたいな建物の企画を嬉しいと思い、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、マニア向けマイナー書籍の尻馬に乗っかって、ケチばかりつけていても時間のムダなので、さっそく内部を精査し、一階を見終えて、それらしい造りの階段を登って二回に上がってみれば、かなり開放的なざっと八畳くらいの板の間和室があり、その外部には、凡そ戦国期の砦に毛が生えたような櫓ないし天守状建築には似つかわしくない、広々とした廻縁の如き展望スペースが設けられており、北側はマウンテンビュー、南から西にかけては、大阪の衛星都市でカップラーメン発祥の地、池田の街を一望出来そうな見晴らしで、一応は戦国っぽい、蔀戸(しとみど)という上から蝶番で吊る形式の窓を見つけて、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、無事、池田城公園を見学し、おなかも空いていたのですが、あいにく池田駅周辺には、好みのランチを出してくれそうなお店はなく、駅前のコンビニでカップラーメン買って食べるのも、また土地柄、一興ではあったのですが、やはり大阪来たら、ベタベタ粉もん食べないとお江戸には戻れないので、大阪駅まで戻り、昨夕、見当付けていた明石焼きと大阪風お好焼を出す地下街のお店で粉もん尽くしのランチを頂き、JR経由、最寄の駅に到着、極楽橋経由、本丸跡広場に入る直前に記念撮影していたタイ人小姐二人組が居たので、石垣からちょこんと顔出した天守をバックに一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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十五枚目のカットですが、実は、この日、新幹線の便を夕刻にまで遅らせたのは、大阪城に寄って、二種類発売されているというメタル製のピンバッジを買い求めて帰りたかったからなのですが、あいにく、お目当てのピンバッジは天守前の元師団建物内の土産物屋ではソルドアウト、お店の忍者店員さん曰く、中にも売店二軒ありますんで、入場料は掛かりますけど、たぶん買えるんとちゃいますか?と凡そ忍者の言葉遣いとはかけ離れた船場の丁稚上がりみたいなけったいな日本語で教えてくれたので、ほなおおきに!と天守に向かってみたものの、元寇よろしく、大勢の南蛮人、色目人の類いが行列していて、目測で1時間は掛かりそうなので、潔くギブアップ、見返り美人宜しく、庭で記念撮影していた、ダイエットに失敗したチアガールみたいなドイツ人小姐を巻き添えに天守の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはRodenstock Heligon35mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、うーん、TTArtisan21mmf1.5は旅先、しかもスナップに持ち出すにはやはり不必要に大きく、そして重く、なまじっか開放が明るい分、コントラストも低い画になってしまい、やはりf2.8くらいのコンパクトでシャープ、そしてコントラスト高めの21mmが欲しいなぁ・・・と思った次第。

さて、来週jはXマスイブは関係ないとして、年賀状書き、プレ大掃除等々、やりたいことは幾つもありますが、気が向いたら、今年最後の更新をしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2023/12/17(日) 17:42:07|
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Sharpness dwelling in haze ~Canon L 35mmf1.5~

さて今回のご紹介は、予告通り、CanonL35mmf1.5で街撮りした結果をレポートしたいと思います。
そもそも、今の実勢価格が、凡そ5~6年前の8~10倍程度になっていたとは、つゆ知らず、10月初めにたまたま銀座で用が有って、帰りに寄った、某宗教法人のビル最上階の黄色い手榴弾が目印のお店で、何か面白げな骨董レンズdもないかと冷やかしで、相変わらず冴えないショーウィンドを覗いてみたら、???!キャノンのライカマウント35mmf1.5が50万円!? 一桁違ってのんちゃうか?とびっくりして、カウンターの店員さんに真偽のほどを問うてみれば、これでもまだ少し安くなったのです、何せ、50mmf0.95同様、キャノンのレンジファインダ用レンズでは相当尖ったスペックだし、50mmみたいに中玉が腐食して曇らないし・・・とのことで、びっくりして家に帰ってきて、確か部品取りようのボロいのと、元の緑の紙管付きで前後キャップオリヂナルで教会の個体よりずっと条件イイのが有ったよな!?と動悸で思わず人事不省に陥りそうになり、何とか気を取り戻し、同じく60万円コ-スのタナー5cmf1.5や、もはや、お値段付けられないグループのフジノン50mmf1.2Lのシリアルナンバー2やクリスター5cmf2のType1とType3の何れも試作品なんかと同じ組に入ってしまったと思い、じゃたまには試写でもすっぺ♪と川越のお城巡りに連れ出した次第。
カメラはSONY7c、条件は全て絞り開放AEのノートリ、データ無調整の撮って出しとなります。

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まず一枚目のカットですが、朝10時半過ぎに木場の駅を出発、飯田橋で東武東上線直通の有楽町線に乗り換え、川越の街に着いたのが12時ちょい前、世間はランチタイムですが、朝飯を10時過ぎに食べているので、まだそんな気にはなれず、まず向かったのが喜多院で、江戸城から移築した本丸御殿というか紅葉山に在った大奥書院の一部が現存しているとのことなので、初めて訪問してみたのですが、なんと建物内部では一切撮影禁止、庭や外観は結構とのことだったのでは、外部に当たる渡り廊下の様子を一枚撮ってみたもの。

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二枚目のカットですが、同じく喜多院の書院遺構と、県指定有形文化財という本堂とを結ぶ、オープンエアの渡り廊下からは庭や、書院造りの建物の外観の一部が見てとれるのですが、手を伸ばせば届きそうなところに、おそらくは江戸末期くらいの焼成とおぼしき、平瓦の端部、即ち、丸い巴瓦と細長い唐草瓦が冬の午後の陽光を浴びて鈍い光を跳ね返していたので、最短距離で撮ろうと、いつものライカマウントレンズの感覚で寄ろうとしたら、全然寄れない、なんと、最短距離が3.5ftまでしかない、という広角では絶望的な特徴に気付いてしまった貴重なカット。

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三枚目のカットですが、結局、お楽しみの喜多院書院部分、本堂内部は、フラッシュ焚かなくとも撮影禁止だったので、見るだけじっくり見て、古墳の出土品のところに、どう見ても埴輪とは似つかない縄文土器復元品が置いてあったので
受付係員である初老の男性に、多少の嫌味も込めて、写真撮影も許されないような重要な展示品であれば、もう少々、専門家の意見を伺ってから展示した方が良いですね、とか言い残して、表に出て、拝観料の中に含まれている500羅漢に移動する途上に至近距離に弱い広角ならば、と行き掛けの駄賃に、これも県指定文化財の多宝塔の全景図を撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、無人の入り口で、貼紙の指示通り、拝観料レシートに残った「五百羅漢」の部分をミシン目から切り離して、雑然と半券が置かれている紙箱の中に放り込み、今まで、一回か二回、しかも喜多院書院とは別料金で100円か200円の拝観料だった、10数年も前のことで、今回は完全に主従逆転、喜多院書院がメインだったものの、レンズの試写という観点では全くの役立たずだったので、日陰で陰気な場所につき、あまり気乗りはしなかったものの、モデルさんは多数揃えているこちらで、適当な陽当り加減の石像さんを何枚か撮ったうちの一枚。

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五枚目のカットですが、喜多院書院でかなり本気出して、江戸期の建造物の検分を行ったため、なんと1時間以上も中で過ごしてしまい、下手こくと、この万年オーバーツーリズムの地方都市では有りがちな、選り好みと当て外れによる昼食難民化の虞れがトラウマのようになっていたので、次なる目的地、川越城本丸御殿遺構に移動する途上で、しっかり食べておこうと、喜多院の北側出口から出て、成田山建つ交差点から交通量の多い県道を西に向かってすぐの店舗前に置かれていた、何故か優しくて懐かしい色合いの三輪車の様子を一枚撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、目当てのお店は、何れも蔵造りの通り、しかもそのランドマークタワーとも呼ばれる時の鐘の周辺に在るので、県道が川越街道と交差する蔵造りの街並みの手前、ちょうど東側の側道に当たるような道のりを辿って北上し、その側道が、時の鐘の建つ歩行者天国の石畳の道に交わるところからアプローチする道のりを辿って歩いたのですが、その手前に、やはり、木造に漆喰厚塗りの蔵造りの街並みとは対称的な、重厚な煉瓦造りの古めかしい教会が建っており、さすがに全景は仰角撮影で激しくパースが付いて歪むので、上部ガラスのアーチ窓も綺麗な、季節感たっぷりの木の扉周辺を撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、定点観測スポットである教会での撮影も完了し、いよいよ、お楽しみのランチ、今回は、いつもの「幸すし」よりも、久々に時の鐘の真下に位置する「居食屋鳥せい」にて、合鴨のつくね定食を食べてみたいキブンだったので、石畳の通りへの目印であるDPE兼業のクラカメ店の角を目指して歩いていたら、これもメインストリートである川越街道からは一本東の側道なれど、きちんとメンテナンスを受けた伝統建築の店舗兼住宅の店頭にひっそりと朱色に塗られた古風な鋳鉄製の郵便ポストが佇んでおり、昭和、いや大正の香りすら漂う素晴らしい光景を目にすることになったので、空腹には目を瞑り、足を止めて、ポストを主役に店先の様子を一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、曲がり角目印のカメラ屋のショーウインドーには3万円ちょいのそこそこきれいでゾナー5cmf1.5のクロム鏡胴のレンズが付いたコンタックスIIaが気になったのですが、心を貝のように閉ざしスルーし、鐘の塔が何にも遮られることなく見える石畳の通りに出て、お店は、まさに鐘の塔の建つ、ちょっとした広場へのアプローチ路の真ん前付近にあるので、鐘の塔を目指して歩けば良いのですが、陽の加減もちょうど良く、時間的なためか、浅草以上にオーバーツーリズム気味のこの街の中心部で、珍しくそれほど混み合っていなかったので、足を止めて塔を中心に通りの様子を一枚撮ってみたもの。

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九枚目のカットですが、結局、時の鐘のところまで行って、さぁ、「鳥せい」の座敷でゆったりとお食事を!とかかなり期待して、店頭に行ってみたら、無情の貼り紙「都合により12/10までお休みを頂きます」、ということでアテが大きく外れ、仕方なくというか、まぁ大いに許容範囲内の「幸すし」に移動、ここで難なく、シーフードと野菜のヘルシーで美味しいランチを頂き、ここから徒歩10分ちょいの川越城本丸御殿に徒歩で移動、ちょうど目の前をいかにも冬支度の観光客といった風情の小姐二名組が通り過ぎようとしていたので、有難く一枚頂いてみたもの。

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十枚目のカットですが、ここ川越城本丸御殿は、同じ江戸時代の遺構にも関わらず、先の喜多院書院とは異なり、かなり鷹揚に全エリア撮影可能で、唯一、三脚立てたり、商業撮影、或いはコスプレ撮影みたいな、他の見学客の妨げにならないように撮るべし、とだけ注意書が張り出されていたので、スマホン、α7cをフル稼働で、あちこち、それこそ縁側の木戸の和釘の頭から、奥の厠のオール木製の小便器まで撮影してきたのですが、外周りのみならず、建物に囲まれた中庭のようなところでも、小さな枯山水のような渦巻紋の砂目の上に紅葉が黄色く色づいていたので、窓から一枚撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、ここ川越城本丸御殿の建物は、現存しているとはいえ、元は1000坪以上あった建物のごく一部が残っているのみで、とても往年の栄華は知る由もないのですが、それでも藩の威光を示す、壮大な唐破風造りの正面玄関、そして奥に繋がっている、再移築の家老詰所も、表向きと比べると、檜や欅などの上質な木材こそ使われてはいませんが、高位の武士の住まいとして、質素ながら丹念な造りが見てとれ、ちょうど陽当り具合いの佳かった縁側の様子を一枚撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、御殿の建物内部を隅々まで検分し、この後、富士見櫓跡を見てから、陽のあるうちに駄菓子屋横丁、そして蔵造りの街並みを撮ってから、川越名物「あかり屋」の「粟ぜんざい」など頂いてから、江戸に戻ろうと思っていたので、建物を出て、最短距離に次の目的地である富士見櫓跡に向かおうとした時、ふと、来る時は、完全に逆光で撮影不可能だった、銅板葺き唐破風の下に裳腰という飾り屋根を設けた特徴的な玄関周りの様子が撮れることが判ったので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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十三枚目のカットですが、富士見櫓跡下の道を西に進むこと約15分、再び時の鐘の下の石畳の道経由、蔵造りの街並みこと川越街道に出て、ここを再び北上し、札ノ辻という交差点を西に約200mほどのところに駄菓子屋横丁の北側のアプローチ路があるのですが、その途上、札ノ辻手前のガラス張りの店舗の屋根付き通路のようなところに、予備機と思しき、セラミック製の焼き芋壺が並べられており、更に奥のベンチに腰掛けて芋を頬張る観光客も併せて面白いと思い、一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、駄菓子屋横丁に辿り着いた頃は、もう冬の太陽はすっかり西へと傾き、店の中はもちろんのこと、とある店頭の屋号の入った看板代わりの乳白色のガラス玉の火屋まで灯が点り出してきて、昼は老若男女、観光客で賑わってきたこのレトロ感満載の横丁にも、店じまいの時刻が近づいて来ているのを知らせてくれるのですが、この夜行性動物の如き大口径広角はまさにこの黄昏時一歩手前の太陽光と人工光の役目交代の時期が活躍時で、昼間は眠い写真連発したのに、店先に並ぶ着物の小姐各位の着物のテクスチャ、髪の毛の一本一本まできれいに解像しています。

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十五枚目のカットですが、先ほどの着物の二人組小姐が並ぶ人気店のお隣りのお店は、この横丁にあって、甘いものではなく、漬物などのしょっぱい系をメインにおせんべいなども扱う、この通りではかなり間口の広い造りになっており、空いていたからなのか、冬支度の小姐二名が職場にばら撒くお土産でも探そうと思ったのか、中に足を踏み入れるでなし、軒先から半身を乗り出して、灯火が暖かく点る店内を覗いていたので、灯が点り、ほんのり光り出した店頭の白い火屋共々に一枚撮ってみたもの。
今回の感想ですが、新品の性能そのままかと言われれば自身はないのですが、内面反射、そして最後面のガラスと撮像素子表面と「合わせ鏡」効果に起因するコントラスト低下でもって、陽光が燦燦と降り注ぐ昼の時間での開放撮影は良いとこなしですが、ひとたび日陰、屋内、そして夕暮れが近づく時刻になってくると、途端にコントラストも上がり、持ち前のシャープさが活かされてくる、まさに夜勤レンズなのですが、更には最短距離が1m以上もあり、結構、近場の被写体では樽型の歪みも認められるという使いにくさもあるので、見た目は地味ですが、やはり尖ったクセ玉であることは疑いようもないようです。

さて次回は、GW明けに2泊3日で大阪での出張後にお城巡りした様子をレポート致します、乞うご期待!!
  1. 2023/12/10(日) 18:54:18|
  2. 深川秘宝館
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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