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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Petzval optics interpreted by Zeiss ~Kinostar5cmf1.8 mod. to E by FGWG~

さて今回のご紹介は、もうちょい描写見せてけろ、との静かなるリクにお答えして、近年加工した改造レンズで重めなのを一発ガツンとお送りしたいと思います。
その名は、Zeiss Kinostar5cmf1.8。
元々は映画投影用だったとみえ、真鍮に磁石でくっつくほど分厚いニッケルメッキを施したT/Dで1:2.5程度の寸胴レンズは絞りもなく、バックフォーカスが1インチあるかないかというレベルなので、当然ライカマウント改造など出来ず、仕方なく、防湿庫の肥しになっていたのですが、α7RⅡについで、α7cも導入するに至り、フルサイズでの活用のメドが立ったことから、OMズイコーのヘリコイドを使い、ドイツから輸入した20枚ブレードだかの絞りを内蔵させたEマウントレンズとして蘇らせたということです。たぶん労力としては、前後のレンズブロックを使って鏡胴の作り込みから始めたDallmeyerのOscillograph2"f2.0並みに大変だったと思います。
では、2月上旬の浅草での試写結果を逐次眺めて参りましょう。
カメラはSONY7c、全コマ絞り開放AE撮影となります。

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まず一枚目のカットですが、深川から地下鉄を乗り継ぎ、メトロ線浅草駅に到着、まずは第一の定点観測スポットである雷門に向かい、目ぼしい被写体を探しましたが、なかなかやってこず、仕方なく、第二の定点観測スポットである美人茶屋あづまさんへの道すがら、土産物屋の店頭で薄化粧した兄ちゃんと着物がなかなか決まった姐ちゃんの東南アジアカポーが商店の店先の撮影を試みていたので、その様を有難く一枚頂いてみたもの。

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二枚目のカットですが、美人茶屋あづまさんは、往年の輝きは今何処?とばかり、店頭ではむくつけき漢がかいがいしく、製造兼物販を担当していたので、あっさりとパスし、第三の定点観測スポットである雷門柳通りと仲見世西側の側道との交差点に建つ文扇堂さんという扇の専門店店頭の新柄の団扇に描かれた河童のお皿にピンを合わせ、背景をグルグルにして一枚撮ってみたもの。

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三枚目のカットですが、思いのほか、主体は切っれ切れで、背景はカオスなカットが撮れたのに気を良くして、再び境内を目指すべく、国内外からの観光客でごった返す仲見世の通りに戻り、宝蔵門を目指して歩いていくと、伝法院通りとの交差点の手前、舟和と並ぶ和菓子の名門、梅園の建つ通りと交差する辺りに、誰が貼ったのか知る由もないですが、千社札よろしく、世界中のステッカーが幾重にも貼り付けられた丸い標識版が目に留まったので、梅園の店頭をバックに入れて、カオス的に一枚撮ってみたもの。

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四枚目のカットですが、更に左右を見まわし、誰かモデルさんになってくれそうな心優しい人類が居ないか、傍から見れば挙動不審者そのまんまで歩き通し、宝蔵門の下まで来た時、居ました、居ました、香港からやって来たという小姐二名組がお互いにガチマニアックなフィルム一眼レフで撮りっこしていたので、声をかけて、珍しいレンズで撮ってるんで、良かったら試しに撮らして!と声かけたら、可愛い方の小姐の方だけが、OKよ!とのことで、モデルさんになって貰ったもの。

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五枚目のカットですが、背面LCDで撮影結果をお互いに確認して、送ってね♪ということで、メアド交換し、小姐達と別れ、宝蔵門をくぐり、境内に入り、境内最初の定点観測スポットである人力ポンプに視線を走らせたら、冬の寒空ということもあり、当然のことながら誰もおらず、次いで、御神籤売り場に向かったら、韓国は釜山からやって来たというアガシ二名を発見、撮影の交渉をしたところ、どうせSNSかなんかに載せるでしょ、顔出ししなきゃOKとのことで、やむなくその条件で撮らせて貰ったもの。

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六枚目のカットですが、境内二番札所ならぬ二番目の定点観測スポットである手水場に足を運ぶと、もはやCOVID19禍以前を軽く超えたパーマントインバウンド状態の浅草では曜日、時間帯によっては、完全に日本人と外国人の比率が逆転してしまっていて、この午後遅くも、中国人の個人客が大量に徘徊していた上にインドネシア、タイ、フィリッピンなどから、円安の恩恵をしゃぶり尽くそうとばかり浅草寺に大集結し、ここでも、手水使いの意味を知ってか知らずか、形から入るの♪とばかりに手を清める親子連れが居たので、マルコメ味噌状の童子を主体に一枚撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、同じく本堂下の手水場で暫く観察していたら、如何にも寒い地方からやって来た観光客ですよ、と云わんばかりに巨大なフェイクファーもどきのベージュの襟巻を付けた赤い着物を纏った、鋭い目つきの小姐が慣れた手つきで両手を交互に清め始めたので、殆ど逆光ながら、鏡胴内の反射防止はしっかりと仕上げたレンズの挙動を確認すべく、えいや!と一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、自分も手を洗い、口をすすいで、本堂に形ばかりのお参りをしたあと、次なる撮影スポット、元奥山エリアの、常盤堂プレゼンツ「風車の弥七モニュメント」へ向かおうと、本堂の西側へ歩き出したところ、伝法院裏のちょっとした公園広場みたいになっているところで、可憐な桃色の梅の花がほぼ満開に咲き誇っていたので、前回の彼岸花クローズアップに引き続き、ここでも頭の上の小枝の花にピンを合わせ、バックがぐるぐるの凄いことになっているのを確かめ、ほくそ笑みながら一枚撮ってみたもの。

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九枚目のカットですが、梅の花が咲く公園広場からは、「風車の弥七モニュメント」はそれこそ数十メートルの距離で、到着したら、やはり、いたいけな和装の男女やら、仕込みのモデルさんを連れたグループ撮影、ないし個撮影のヲヂサマ方が風車だらけの壁面前で順番待ちをしており、横から壁面を撮るのは列の対象外という暗黙のルールに従い、前の組が撮った画像を確認している隙に真横から手前三列め、中央の赤い風車にピンを合わせて一枚撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、「風車の弥七」モニュメントとは「西参道アーケード」を挟んで、反対側の壁面に、たぶん、山口県柳井市名物だったと記憶しているのですが、金魚提灯を垂木で組んだ格子の窓から吊るしているオブジェが設置されていて、ここも、なかなか愛くるしいく、都内では物珍しいオブジェなので、風車同様に記念撮影スポットとなっていて、並んでいた、何組かの国内外からのゲストが払底してから一枚撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、境内から奥山にかけてのエリアはざっと流して、撮るだけ撮ったので、今度は、観音裏と言われる、昔ながら、とは云っても、戦後の焼け跡のバラック街の青空居酒屋の雰囲気を色濃く残した通りの様子を、この戦前産まれの曲者レンズで撮ってみようと思い、初音小路に足を踏み入れたら、ちょうど、好奇心旺盛な中国人小姐二名が、店頭のおでんを買い求めようと悪戦苦闘していたので、その微笑ましい光景を横から一枚頂いてみたもの。

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十二枚目のカットですが、初音小路から再び花やしき通りに戻り、今度は、ひさご通りのアーケードのを歩いて、米久本店をはじめ、昔ながらの佇まいの店頭風景や通りのところどころに口を開ける、昼なお薄暗い路地や裏通りの様子を撮ってみたいと思い、まずはさっと流して、カメラを提げて歩くのは命懸けとの下馬評もある、千束エリアとの境界である言問通りとの交差点手前まで行って、昔ながらの手書き提灯屋さん店頭の看板代わりの赤提灯を一枚頂いてみたもの。

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十三枚目のカットですが、また元来た道を戻り、花やしき通りとの交差点で西に進み、いわゆる六区映画街と云われたかつては映画館やら芝居小屋が建ち並び、今も健在ですが、某お笑いの大御所が前座を務めていたというストリップ劇場などがあちこちに点在する通りに、もしかして、芝居小屋の前で、役者さんが呼び込みなんかやっていないか、期待して足を運んでみたのですが、期待はずれ、ROX前の通りの大道芸を代わり一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、そのまま六区映画街を南下し、すしや通りを経て、雷門通り経由、田原町まで撮りながら歩いて、田原町の駅から地下鉄に乗って、末広町まで移動し、イブニングティーでも楽しもうかと思ったのですが、日暮れまでにはもうちょい撮れるな、と思い、すしや通りと交差する新仲見世通りから再び仲見世通りに戻り、その途中、店頭で物販をしている小姐と行列している小姐の服装が冬っぽかったので、一枚頂いてみたもの。

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十五枚目のカットですが、仲見世通りの起点、雷門までもう少し、という辺りで、東側の側道にある創作スィーツだかを商うお店の周囲に観光客が十重二十重に群がって、並んで買えたお客は、せっかくの獲物を食べて、この世から消失させてしまう前に映えを楽しまん、とばかりに工夫して撮っていたので、その様子を知らっと横から一枚頂いてみたもの。

今回の感想ですが、苦労して加工した大物レンズ、なかなか楽しめました。でも・・・設計に苦心し、加工にも時間かけた絞り機構、結局一回も使わずじまい、これじゃ、デザイン的に絞り無し仕様のHugomeyerとかGeneral Scientificのペツバールと何ら変わりなかったですね(汗)

次回は、久々のねぷた祭り、日本の熱い夏祭りを二本のf1.2レンズ追い駆けたレポートをお送り致します、乞うご期待!!

  1. 2024/02/26(月) 23:00:02|
  2. Eマウントレンズ
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Excursion to castles with two zoom lenses @ Tohoku '23. July.

さて今回のご紹介は、ソウルで思いっきり弾けた翌週、実家にお土産を届けて戻ってきての日曜晩からの更新、台北の翌週にふらっと出掛けた、福島県方面、しかも往きは途中まで新幹線、帰りはケチって全行程、東北本線の在来線利用という弾丸日帰りツアーに同道したズーム二本の活躍ぶりなどご紹介したいと思います。
まず簡単な行程ですが、7月の月末の土曜日、上野から10時台はじめの東北新幹線でまずは福島駅まで移動、いったん、途中下車して駅ビルでパスタのランチなど頂いてから、東北本線で宮城県は白石駅まで北上、午後の燦燦と降り注ぐ熱い直射日光を浴びながら、汗を拭いながら、歩くこと20分弱で白石城に到着、前回は保存修理工事中ということで、涙を呑んで外観のみ見学して、白河へと移動したのでしたが、今回はリニュアルしたての漆喰もまだ真新しいお三階櫓の内外隅々まで検分し、途中、お城から移築した門などを、前回は夜だったので、今回は昼に寄って検分し、そのまま白石駅から上り電車に乗って、白河駅まで移動、しかるのち、これまで三回ほど訪問してはいたのですが、実は小峰城の数少ない現存遺構である太鼓櫓が木造復元天守の建つ本丸エリアから東へ数百メートルの位置に建っていたにも関わず立ち寄ったことがなかったので、天守に上がるよりも優先的にそちらを検分したかったため、駅から直接歩いて行って、じっくり眺めて、写真撮って、本丸の天守は下から眺めるだけにして駅まで移動、まだ電車には時間あったので、少々早い晩飯ではありましたが、至極の白河ラーメンを頂き、そのまま、東北本線で江戸まで戻った、というのがおおざっぱな当日の行程、となります。
では、この弾丸旅行の足取りに沿って、実写結果を逐次眺めて参りましょう。

白石・白河2307_001
まず一枚目のカットですが、駅から汗を拭き拭き、カンカン照りの田舎道を歩き、遥か目の前に見えている白亜のお三階櫓を目指して歩き続け、城山の麓にある市役所の駐車を突っ切り、城山を取り巻くように流れるクリークに架かる橋を渡ると、やっと、小高い丘陵の頂上に建つ、お三階櫓へのアプローチ路へと足を踏み入れることになるのですが、長い坂道を登り続け、やっとお城の下の大手門手前まで来たので、逸る心を抑え、一の門を潜る前にお三階櫓の裏側からの全景を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_002
二枚目のカットですが、麓から天守に相当するお三階櫓の建つ本丸を目指そうとすると、いったん、真正面にお三階櫓の姿を見て180度戻る格好で、一の門、二の門から構成される大手門を潜って、本丸の郭に入っていくことになるのですが、ここの門の構造は、一般的なお城の「虎口」と言われる防禦構造とは異なり、外側の小さい門を潜ると、やや右手に張り出した石垣の一部を迂回してその石垣の裏に聳える巨大な二階建ての門に向かうという構造で、真正面から見たところを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_003
三枚目のカットですが、もはや、この食い違い構造の門周辺に潜む必殺の伏兵からの攻撃に全神経を集中させることもなく、あっさりこんと二つの門を潜り抜けると、そこは広々とした、真夏の陽光が降り注ぐ芝生の広場で、お目当ての、平成の御代になって本格的に木造復元されたお三階櫓は、高台を占める本丸の北西の隅の石垣の一部に繋がった櫓台の上に建てられていて、だいたい、お城の写真なんていうものは或る程度、距離を置いて仰角を付けないで撮るのが常道なので、芝生の広場の真ん中辺りから、蘇ったばかりというお三階櫓の雄姿を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河’2307_004
四枚目のカットですが、さっそく、南側に口を開いた登城口を目指し、石垣斜面に設けられた石段を登り、中の受付で木戸銭ならぬ入場料を支払って中に足を踏み入れ、まずは構造上、一番面積の大きい一階部分の板の間の外周をぐるっと巡って、木造復元の出来栄えを確認していたのですが、その中でも、木造建築でもハイグレードな建物には必ず使われている漆喰壁の内部構造、「竹小舞」を判り易くカッタウェイモクアップ化したものがあったので立派な梁とツーショットで撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_005
五枚目のカットですが、明治のご維新前から残っている、現存十二天守や三階櫓とは比べるべくもないまでも、他の木造復元天守等と比べてもなかなか良く出来ている内部の木組みなどに関心しながら一階を巡り、二階に上がる前に、戦闘指令所かつ籠城戦での最後の砦であるべき櫓らしからぬ、踊り場付きの広くて、傾斜も緩い階段に、やや違和感を感じ、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_006
六枚目のカットですが、二階に上がってみると、さすが典型的な層塔型の三階建ての櫓だけあって、一階部分を外周の廊下(武者走り)分だけ縮小した床面積ではありますが、構造はそっくりそのままで、戦う建造物である天守、櫓には一般的な外から見たら大壁造り(木柱が漆喰に完全に画された構造)、中は真壁造り(構造材である木柱が漆喰壁からは出ている構造)になっていて面白いと思い、シンメトリーに撮れる場所を探して一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_007
七枚目のカットですが、層塔型の天守や櫓は、基本的に各階相似形で上に行くほど、面積が漸減する構造となっており、緩い階段を鼻歌交じりに登り、二階に上がっても、基本的に視界に入るのは、内部の板の間を囲む一間おきの柱で仕切られた武者走りと言われる戦時の外周攻撃スペースの廊下と、天井から外に向かって下ろされる、非常に太い丸太の梁、そして内側の壁面の特徴である真壁造りの木材と漆喰のコントラストなのですが、寺社や御殿にも共通する伝統的な木造建築の佇まいに深く関心し、端から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_008
八枚目のカットですが、二階部分もぐるっと、しかしながら丹念に検分したのち、再び階段を登り、最上階である三階に到達すると、程なく、中国人ないし台湾人の一家が上がってきて、よほど城好きな家族なのか、いたいけな童子も奇声を上げたり、走ったりすることもなく、お行儀よく、お婆さんの中国語の説明にいちいち、うんうんと頷き、ところどころで記念撮影などやっていたのですが、お城にしては大きく開放的な窓に繋がる廻縁部に座り込んで撮り始めたので、後ろからその様子を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_009
九枚目のカットですが、この中国人ないし台湾人一家は日本古来の木造建築がかなりお気に召したようで、天井板がないため、最上階屋根裏の見事な木造構造、専門用語で言う「小屋組」が丸見えだったので、先生役のお婆さんが上の方を指差し、真面目な面持ちで家族に何かを説明していて、またいたいけな童子も判っているのか、いないのか、いちいちうんうんと頷き、一通り見終わって満足したのか、帰り支度を始めたところを一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_010
十枚目のカットですが、ここ白石城のお三階櫓は、実質的な天守閣なので、一般的に言われている、天守は郭内部に向いた窓が設けられ、櫓は外に向けての監視、攻撃施設なので、内側には窓がない、という定義に反し、最上階には大きな窓、しかも、黒い漆で枠取られた釣鐘のような格好の、禅宗の寺などに見られる華頭窓と言われる窓兼出入口が南北の長辺には二か所ずつ設けられていたので、その形が見てとれるよう、
廻縁の端から撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_011
十一枚目のカットですが、白石城本体のみならず、前回訪問時、同様に耐震補強を中心とした保存修理工事とのことで、せっかく訪問したのに内部を見学出来なかった、城山東山麓の武家屋敷も見学し、駅までまた歩いて、次なる訪問地、白河駅まで移動する段取りだったのですが、前回はスケジュール的に、宿から日没後、歩いて行って、暗がりの写真を撮らざるを得なかった、白石城から移築された現存遺構のひとつ延命寺の山門を太陽光の下で観察して撮影したかったので、寄り道して一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCanonNFD20mm-35mmf3.5Lによる絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_012
十二枚目のカットですが、新幹線だとあっと言う間ですが、そこは広い東北のこと、隣県どうしなのですが、駅前の茶店でちょいとお茶タイムを楽しんでから、15時前の東北本線に乗り、2時間15分ほどで次なる目的地、もう栃木県との県境も近い白河の駅に到着、時刻はとうに17時を回っていましたが、もともと、小峰城の天守に上がる気はなかったので、そのまま、スマホンの道案内に従って、天守のそびえる本丸を左手に眺め、裁判所方面に進んだ先に移築されていた、小峰城太鼓櫓の裏側からの全景を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_013
十三枚目のカットですが、この明治のご維新後にいったん民間に下げ渡されて解体後、茶室としていたという小峰城の遺構は、再び民間から白河市に寄贈され、お城を望む現在の地に再移設され、現在も時折、市の管理下で、市民文化講座のような催しでの茶の湯に使われたり、城郭愛好家のための見学会のようなイベントに利用されているとのことでしたが、当日は到着した時間も時間の上、そもそもイベント開催日でもなかったので、外構のみ見学しようと正面に回り、ここでも一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_014
十四枚目のカットですが、無事、積年の課題であった、小峰城の数少ない現存遺構である太鼓櫓を見学し、さぁ、ちょい早いけど、せっかくの白河ラーメンでも食べてから、東北本線で一路、お江戸を目指すっぺか?と駅の南側に位置するお目当てのお店を目指して歩き出し、ちょうど、小峰城天守の全景が綺麗に見える辺りにさしかかったので、足を止め、今日は寄れなくて申し訳なし、と心の中で手を合わせて侘びながら一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

白石・白河2307_015
十五枚目のカットですが、お目当ての白河ラーメン屋はこの前、出張でこちらに来た時、お客さんでの商談・見学が長引き、結局、その店を含め、白河ラーメンは食べ損って、仕方なく、新白河駅前の中華料理屋で喜多方ラーメンもどきを食べて帰ったという遺恨試合だったので、今回は普段の晩飯時間よりもだいぶ早かったのですが、上野までは長い電車の旅なので、意を決して至極の白河ラーメンを頂き、満足した気分で、駅まで向かい、電車に乗る前に趣きある、駅舎の写真を撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはTamron Zoom28mm-50mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、たぶん新品時の価格では倍半分では効かない、システム一眼メーカーの純正最高級レンズとサードパーティメーカーの普及品の競演ではありましたが、なかなかどうして、両者の共通焦点域である28mmから35mmにかけてはなかなか良い勝負していたと思います。

さて、次回は、時期的に確定申告真っ盛りなので、更新は進捗次第ですが、コンテンツは改造レンズで重めなのを一発ガツンとお送りしたいと思います、乞うご期待!!
  1. 2024/02/18(日) 22:15:02|
  2. 旅写真
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Back to a paradise on southern ocean~Taiwan Tour’23.July~③

さて今回のご紹介は、台湾旅行四日目、台北リブートツアー最終日の様子をリポート致します。
そもそも、なぜ、台北に頻繁に行くのか、行きたがるのか?その答えのひとつが、秀逸な常宿に出会えたことが挙げられます。
東京や世界の大都市のように交通の要衝と言われるターミナル駅がメトロポリスの中に複数存在し、東京都を例にとれば、東北や常磐、北関東の玄関口は実質的に上野ですし、山梨・長野方面であれば、新幹線こそ通じたものの、バスや在来線特急ベースで見れば、いまだに新宿の地位は揺るがない、といった多極型・方面分散型の公共交通インフラとなっています。
ところが、台北では、小さな島の行政の中心ということもあって、台北市内の交通の要衝は台北駅一極集中です。その台北駅の高速鉄道駅乗り場からも、九份・金瓜石直通バス乗り場からも至便、そして空港からのMRTの始発駅が宿から徒歩5分という立地の良さにも関わらず、そこそこ広い部屋が、為替レートにもよりますがだいたい4.5~6.5千円/泊で泊まれるので、ずっとその宿を拠点に、関心ある島内の観光拠点に出向くスタイルをとってきたので、或る程度纏まった休みが取れたら、台北に飛ぶ、ということなのです。
では、さっそく、当日の行程に沿って実写結果を逐次眺めて参りましょう。
全カット、カメラはSONY7c、レンズはSchneider Apo-Componon40mmf2.8による絞り開放となります。

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まず一枚目のカットですが、今思うと身の毛もよだつ体験なのですが、実は、帰国便のデパーチャ時間を15時半だとばかり思っていて、ただ、せっかくのプライオリティパス持ちなので、3時間くらい早く空港に着いて、ラウンジの使い前をSNSにでもアップしようと考え、10時前に宿をチェッカウト、荷物を預かって貰い、11時台のMRTで空港に向かおうと考えながら、徒歩で15分弱ほどの迪化街に到着し、さぁ、これから時間一杯撮るぞ、と何も知らずに入口で撮ったしょっぱなのカット。

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二枚目のカットですが、時間も早かったので、まだ商店は開店の準備が終わったか、まだ途上か、といった案配で、ただ曇り空の午前中早い時間ということもあり、台湾に限らず、明朝以降の東南アジアを含む中華圏の街づくりには欠かせない、一階部分を共用の通路とした「騎楼」(台湾語では亭仔脚)という造りでは、確かに直射日光から通行人は言うまでもなく、陳列商品を守ることは十分に出来るのですが、その半面、昼なお薄暗い通りとなるので、灯火を点すのが常ですが、煌々と照らされ、開店に余念ない乾物店前で一枚頂いてみたもの。

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三枚目のカットですが、店主に一礼して、とにかく時間内に迪化街のどん詰まりにある大稲堤まで歩いて行って、往復撮りまくろうと考えていたので、長いレンガ造りの騎楼の中を足早に歩いていたら、築地場外の西側の道路沿いにあるような日本産の小エビや貝柱、そして奥の方にはうやうやしくガラス棚に陳列された干海鼠(なまこ)などが陳列してある、何となく懐かしい雰囲気のお店があったので、足を止め、店番のヲヤヂに写真撮っても良い?と声をかけ、黙って撮るなら良いよ、と笑顔で言われたもので、有難く一枚頂いてみたもの。

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四枚目のカットですが、店舗前の照明に煌々と照らされた騎楼の中をあちこち眺めながら、時折、足を止めて撮ったりして歩いていたら、そこそこ大きな通りと交差する辺りでいったん屋根が切れたので、外を歩くこととし、ちょうど戦前からと思しきバロック調のクラシックテイストたっぷりの中低層ビルが建ち並ぶ辺りに差し掛かったので、路上からそれらを撮ろうとしたら、先客の小姐が居たので、有難くご出演願ったもの。

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五枚目のカットですが、再び、騎楼の通路所せましと、色とりどりの商品を天井近くまで並べまくっている辺りにやってきたので、季節柄、あまり直射日光の下を歩き続けて、飛行機に乗る前に汗だくになるのもイヤなので、早々に騎楼の下に戻り、面白げな商店の店頭でも撮ろうとしていたら、時間柄、まばらとは言え、人通りが出てきたので、有難く、買い物客の小姐にご出演願ったもの。

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六枚目のカットですが、この迪化街は発展著しい台北市の中心、台北駅から10分程度という商業的にも一等地であるにも関わらず、台湾各地に点在する、日本統治時代以前、清朝時代からの伝統を今に伝える「老街」のテイストを活かした街づくりを前面に打ち出しており、レンガ造りないしコンクリート製でもレンガ張りの建物躯体の天井部分には、台湾では一般的だったチークなどの広葉樹に落ち着いた色調のラッカーを施したものが使われており、その下に吊るされた本土ではまず見られない、赤い繁字体で書かれた道教の呪文が目を引く黄色の提灯が目を惹いたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、クラシックテイスト満載の迪加街ではありますが、街の隅々まで、布地屋や、乾物商や薬種問屋が軒を並べているというわけでもなく、ところどころ、古い店舗をリノベしてカフェにしたり、変わり種では、オリムパス・ケムンパス・サロンパスのショールーム兼ユーザーサロンとして再利用しているところがあったりするのですが、たまたま、天井の造り、吊るされた照明の乳白色のガラス製火屋が立派なリノベ本屋さんを撮ろうとしたら、「造反有理」とか叫び出しそうな、凡そこの街並みとは似合いそうもない格好のご一行様が店の前を通りがかったので、有難く一枚頂いてみたもの。

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八枚目のカットですが、もうそろそろ、1km弱にも及ぶ老街の半分も通り過ぎ、どん詰まりの方が近い辺りにやって来たところ、黒字に陽刻の金文字看板も見事で、店先にRGB配色のカラフルな看板で産地付きで扱っている乾物が一目瞭然に判るようにしている乾物商の店先がビジュアル的に感じ入るものがあったので、40mmでは真正面からでは全景ムリなため、斜め横から撮ってみたもの。

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九枚目のカットですが、時計を気にしぃしぃ、どん詰まりでのタッチアンドゴーを念頭に置いて、直射日光が当たらないばかりか、時折、開放された店先から気前良く発散されるエアコンの乾いた冷気を受けて、元気を取り戻し、とにかく、奥まで歩き通そうと進んでいたところ、これまで目にしたことのないような量の大蒜が積み上げられていたので、騎楼内部の店先をバックに最短距離から一枚撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、老街のどん詰まり付近は、この通りの中でもリノベが最後発かつ大規模だったため、老街入口から半分くらいまでは、生地屋、乾物商、薬種問屋が殆どでたまにカフェやローカル色活かした雑貨屋(デズニーはもちろんのこと、サンリオやジブリも置いていないという意味で)が点在しているくらいなのに対し、いったんゼロリセットしてからの街づくりに等しいので、結構、オシャレな店舗がメインで、旧来の業種は皆無、その中で、随分と端正な唐獅子を店頭に飾っていたキッチン用品店の店頭を撮ってみたもの。

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十一枚目のカットですが、迪化街最深部で大稲堤と呼ばれる辺りは、それなりに古い街並みの文法のようなものを尊重して、お金をかけたリノベをして、オシャレなカフェやレストラン、雑貨屋、文具屋などが主役となってしまった、いわば、街のど真ん中の九份とか鹿港のようなイメージのエリアなのですが、それでも通りを歩きながら、丹念に側道や路地に目を凝らすと当時の街づくりの痕跡は所どころに遺されており、古めかしいレンガ造りの壁に囲まれた細く曲がった路地に心惹かれ、入口から一枚撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、いよいよ、どん詰まりで大規模リノベが上がった長い騎楼付きのレンガ造の建物の区画を分ける天井からのアーチや重厚な彫刻付チークの扉も美しい通路に足を踏み入れ、このフォトジェニックなレンガの長い廊下をどうやって撮ろうか、と逡巡していたら、いかにもローカル客ですよ的な佇まいのカポーが横を通り過ぎて行ったので、有難くご出演願ったもの。

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十三枚目のカットですが、奥まで辿り着いて、時計を確認し、これなら、普通のペースで帰りも歩きながら撮れるな、と心づもりして、元来た道を引き返していたら、先ほどはまだ開店準備が捗っていなくて、目を引くような店頭の風景ではなかったお店が、準備万端、道教の「商売繁盛」?の赤い呪文入りの黄色い提灯も吊るされ、あちらから、祭総統に代表される、いかにも台湾の上流階級のご婦人、といった風情の方々がやってきたので、遠景に入って貰い、一枚撮ってみたもの。

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十四枚目のカットですが、今はもう、築地場外でも、観光客相手ではない飲食店向けの卸、仲買商は市場本体と一緒に豊洲に引っ越してしまい、ごく僅かに残った電動式ターレット以外は、かつての市場でのプロの移動手段を目にすることは少なくなってしまい、当然、ロッド式前後ブレーキで頑丈一点張りの自転車も絶滅危惧種に指定されて久しいのですが、ここ、レトロ感をレゾンテートルとしているかの如き迪化街では、そういった古めかしい道具がいまだに第一線で活躍しており、乾物問屋前で、落花生の干した束を載せ、荷台に屋号を示す木札を掲げた鉄製漆黒の自転車が置かれていたため、一枚頂いてみたもの。

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十五枚目のカットですが、時計と睨めっこで、あんまりのんびりしていると、空港でのラウンジ滞在時間が無くなっちゃうな、とか身に迫った危機にも気付かず、ノー天気に通りを撮影しながら歩き、もう入口も近い辺りまで来たところで、来た時はまだこの町の稼働時間的にはやや早過ぎたので、若い人達と遭遇することは稀有だったのですが、この時間になると、入口付近では、散策ないし買い物を楽しもうという若いカポ-達の姿もちらほら見られるようになり、なかなかオシャレで清潔感に溢れたロングのワンピを着こなした小姐とバミューダパンツの兄ちゃんが仲睦まじくお手々繋いで目の前を歩いていたので、有難く一枚頂いてみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、海外ロケはイイですね、観光客の立場だと、人でもモノでも結構自由に撮れますし、声掛けても、成功率が全然違いますね、実は、この後、味を占めて、またすぐに釜山、そしてホーチミンなんか飛んじゃったんですけどね。

で、来週はコロナ明け久々のソウルツアーで一週スキップの予定です、ごきげんよう!!
  1. 2024/02/04(日) 22:01:42|
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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