深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

赤鉢巻のDNAよ永遠なれ~Canon N-FD85mmf1.2L~

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【撮影データ】カメラ:Canon F1-N OD、フィルム:Konica-Minolta JX400 全コマ開放
さてさて、今宵のアップは、雨で撮りに出られなかったこともあり、また古来より雨の夜は、ふと昔を懐かしむ・・・などという気の利いた言い回しもあることから、前々から出したかった、今から5年ほど前の或る晩、ふと思い立ってN-FD85mmf1.2Lを相棒に昔の大学の街まで夜間スナップに出かけた時のものをご紹介致します。

まずはいつも通り、お道具の紹介ということで、言わずと知れたCanonの誇るプロ用高級機材、"Luxuary"を表す"L"の文字と、遠目でもひと目でそれと判る外観上の特徴、レンズ先端部を一周した赤いストライプを与えられたN-FD一族の最高峰のひとつ85mmf1.2Lです。

この超弩級の大きさと押し出し感を持つ中望遠レンズは、1980年に登場し、そのお値段は実に113000円、前年登場の85mmf1.8の通常品?の43000円と較べると、如何に高額なレンズであったかがお判りになると思います。

そのスペックは6群8枚のエレメント構成自体はf1.8のものと変わり映えしないのですが、数値で表されない内容が物凄いのです。

このレンズが超高級・高性能レンズとして登場し、今でもコアなファン達に愛され続けているその秘密は、一にその二群目の巨大な凸レンズに研削非球面レンズを奢っていることで、また他のエレメントの硝材、鏡胴の材質、組み立て精度、検査基準に至るまでの全てにおいて、通常品とは異なるコストのかかる作り方になっていたからです。

では、なぜにこんなお金のかかるモノを産み出したのか・・・それはやはり、夜間の点光源撮影時のサジタルコマフレアの根絶のためです。

35mmの量産レンズに非球面を適用したのは、1971年登場のキャノンのFD55mmf1.2ALが世界初で、これに対し、ニコンは1977年に一群第一面に研削非球面を奢ったノクトニッコール55mmf1.2をリリースし、両社の大口径レンズの技術競争の様相を呈します。

その中でキャノンは標準レンズでの競争から、レンジファインダー機の頃からとかく優劣を比較されてきた因縁の焦点域、85mmの中望遠域も研削非球面化し、一気に勝負に出ます。

この85mmという中望遠域で非球面化するのは、並大抵の技術力と工程管理力では出来ません。
何とならば、研削非球面レンズは、大きくなればなるほど等比級数的に加工が難しくなりますし、また球面レンズと較べて、周辺からの応力の感受性が極めて高いことから、金物の精度、組み立ての応力管理まできっちりシステムとして一貫管理しないと、お金だけかかった、周辺流れの昔懐かしい活動写真用レンズみたいになってしまいますから。

さてと、前置きはこの辺にして、さっそく作例行ってみます。
今回のものは、時間が時間で場所が場所なだけにあまり鮮明に個人が特定出来るものは落として選んだことを予めご了承下さい。

まず一枚目。これは、大久保から戸山公園沿いに高田の馬場を目指して歩いていた時、水銀灯で照らされた夜の公園で嬌声とともに鉄棒を楽しんでいた青少年達の姿を戴いたものです。
光線状態は最悪に近いですが、それでも、衣服やリュックの皺などが妙にリアルに写し撮られており、今でも当時の状況が目に浮かぶようです。
ただ、ひとつ、余談ながら、この鉄棒の支柱はレンズの湾曲ではなく、実際に曲がっておりました。

続いて二枚目。まもなく高田の馬場に到着し、駅の近く、「さかえ通り」近辺の路地にいつも灯りを煌々と灯し、活気有る商売をしていた食品店があったことを思い出し、向かってみました。
ここで店から道路を挟んだ反対側で一枚戴き。
かなり強い蛍光灯、白熱灯のカクテル光線状態ではありましたが、食品店に有りがちな、様々な色のパッケージングも、青果もクリアに捉えられたと思いました。

そして三枚目。今度はさかえ通りから早稲田通りに向かいます。そこで、通りの名前が判る大きな看板と、高田の馬場の特徴のひとつである通りを跨ぐ「国電」の線路・ホームを下から撮り上げてみたものです。
人々は殆ど前ボケになってしまってはいますが、強い照明を当てられた「さかえ通り」の看板は、クリアに力強く映し出されていると思います。

最後の四枚目。これは早稲田通りの駅周辺の雑居ビルの前でサークルか何かの仲間が出てくるのを待っていた二人で、とりとめもないハナシで場を持たせているような微妙な二人の距離感が面白くて、仲間達がどやどや出てくる寸前に一枚戴きました。
このレンズの極めて薄い被写界深度の特徴を良く表しており、合焦部の男女はジーパンの皺、色ムラまでキチンと捉えていますが、5mも後ろになる2人の通行人はかろうじて男女の判別がつくくらいまで融けてしまっています。

この時思ったことは、確かにこのレンズは大きくて重い上、開放で撮ろうとすれば、シャッター速度が2000分の1までしかないFD系のボディでは苦しいものがあり、夜景を撮ろうとすれば、比較的小型軽量の50mmf1.2Lと異なり、手ブレを気にしなければならず、なかなか大変ですが、それでこそ、現像上がってみなければ、どのように撮れているか判らない、というフィルム撮影の楽しさそのものを具現しているのではないかということです。

従って、これはまさに銀塩とともに生き残っていくべき銘玉のひとつであることは疑いようもないと思った次第です。

テーマ:Canon FDレンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/06/21(日) 20:55:33|
  2. 深川秘宝館
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コメント

一週間のごぶさたでした。
全体すっきりした画像で気分の良いものです。現行のイオスシリーズになると、多分画面全体の画質は上がっていると思われますが、芯のあるシャープさはこの時代までがピークの様な気がして、現代においては画質追求の方向性も全体がマイルドで総合得点を上げていってると思います。
たぶん近未来には D-TV Canon(?) なんていう名称のひたすらのっぺりして臨場感あふれ、高解像モニターに対応したモノがネット上に現れることでしょう。

(でも、写真の経験則から、レンズ枚数が極力少ない事で肉薄しモノを見据えるという経験上の約束事は時代ごとにうつり行き、廃れはしないと思います。)

切削非球面が導入された事での技術の飛躍が、手ぶれ補正内蔵レンズやデバイスいりレンズを通過して、新NOCTILUXに流れ着いたと見るのは少々大げさですが、コシナが非球面を捨てたかに見えるのは精度管理の放棄なのでしょうか・・・。
と、見るにつけ、大量生産のCanon-Lはかなりデキタレンズと見るのは正しいと思います。


  1. 2009/06/22(月) 22:09:40 |
  2. URL |
  3. Treizieme Ordor #-
  4. [ 編集]

Treizieme Ordor さん
有難うございます。
確かに"赤鉢巻のDNA"はEFレンズになっても受け継がれ、この85mmf1.2も焦点距離と開放値は同じものが作られています。
しかしながら、ご慧眼の通り、AF駆動、しかも起動トルクの小さい超音波モータで重い光学系をえっちらおっちら動かすワケにはいかず、このレンズの6群8枚が、EFシリーズでは、恐らく軽量化をも念頭においた7群8枚化と光学系の設計変更が行われています。

また、キャノンがセンサー技術、CNCプログラムの改良、そして工作機械自体の精度向上のみならず、レーザ干渉計を使った計測技術との組み合わせによって0,1μmの非球面切削を可能にし、おそらく工作機を使う非球面の切削技術が年を経て日本の工作機メーカー経由、ライツ(或いは日本国内の光学ガラスメーカー?)に伝わり、今回のf0,95のようなレンズの市販が可能になったのだと思います。

逆に申し上げれば、非球面の技術は、お金がかからないモールドによるピンのものから、高精度の工作機械で研削され、加工後のアニーリングまで入念に施されたキリのものまでの両極端に広がり、残念ながら、マーケティングの段階ではコストの制約で、ピンでもイイと思ったものが、商品化したら、組立て技術、検査技術が全然追いついておらず、ダメなものも市中に出てしまい、非球面レンズの名を貶めてしまったのではないかと思っております。
  1. 2009/06/22(月) 23:56:07 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

こんばんは。
残念ながら夜間の撮影のため、発色やものの質感の捉え方などは判然としないうらみがあります。
ですが、ボケはもっとふわーっとしそうですが、かなりしっかりすぐれていて、力強さまで感じます。
あまり他で見られないボケではないでしょうか。

これだけすごいレンズですが、どこを見れば良いのか…。
1枚目の少女や3枚目の青年にまとわりついているのは色収差ではないですよね。

夜間の撮影は一眼レフよりレンジファインダーの方が距離合わせしやすそうですが、そのあたりはいかがなのでしょうか。
ご自身が書かれているようにシャッタースピードの最速が2000ですと、日中はどうするのか、もともとスタジオ撮影用のレンズなのかとか思ってしまいますが、どのようにとらえればいいでしょう。
申し訳ありません、こんなこと書いてしまっていて。
  1. 2009/06/23(火) 22:19:51 |
  2. URL |
  3. 中将姫光学 #sKWz4NQw
  4. [ 編集]

中将姫光学さん
有難うございます。
疑問はもっともなことだと思います。

実は、ナトリウムランプが煌々と灯るガード下を飄々と歩む美少女とか、水銀灯の下でギターを爪弾く青年の横顔とかもう少し判り易い作例はあったのですが、曲がりなりにも、撮影当時、別のサイトで公開し、それなりの反響を得てしまっていたものなので、おそらくこのブログと読者層がかぶっていることも予想されることから、これらは避けたワケなのです。

ということで結構難解な作例の掲載になってしまったという次第です。

では、一枚目のアウトフォーカスの少女の頭髪から肩にかけての蒼白い光芒と、三枚目のカットのおかっぱ頭の青年の蒼白い光芒が色収差か否か・・・
早速、原画を拡大してみましたが、まず一枚目は、水銀灯下での反射率の高い毛髪と白っぽいシャツの反射を含んだボケがたまたま蒼白く見えただけで、色収差に有りがちな他の色、即ち分光によるオレンジ~ピンクの補色の滲みは認められませんでしたし、3枚目の男の人の場合は、何と右の肩の後ろの青い写り込みは後ろの人間がたまたま青いシャツを着ていたのです。また頭の上と左肩の蒼白い光芒は頭上からの水銀灯の反射によるフレアです。
そもそも、銀塩フィルムは、水銀灯、蛍光灯からの紫外線に対する感度が高く、被写体の色を蒼白く見せてしまうのですね。

では、このレンズのどこが見所なのか・・・それは中将姫光学さんが奇しくも看破された通り、人工光下でのあくまでもクリアな力強い写りです。

この力強さの対極にあるのが、コマフレアによるふわぁっとした柔らかなカンジなのであり、このレンズの醍醐味は、高価な非球面レンズの導入により、そういった曖昧な写りを追放したのです。

しかし、まだ修行中ゆえ、このレンズがどのようなシチューエーションでベストの活躍をするのかは、未だ判っていません。

ところで、夜間のスナップはレンジファインダと一眼レフ、どちらがやり易いかと言われれば、付いているレンズ次第ですが、F2より明るいレンズが付いていれば、小生はどちらも同じ感覚で撮れます。
  1. 2009/06/23(火) 23:10:09 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

こんばんは。
今回も超素人質問に真面目に検証くださり、ありがとうございました。
こんな些細なことでもレンズ描写の判断は一筋縄ではいかないのではと思った次第です。

しつこくなりますが、やはりわたしレベルでは夜間の写真から 85/1.2 の素晴らしさを見出すことが難しいです。
仮にコマ収差がまったく取り除かれているといっても、それだけではあえてアスフェリカルだというには、まだ弱いのです。
ただ、プリントで見ると良さが見えてくるかも知れませんので、もどかしくも感じます。
  1. 2009/06/24(水) 22:27:49 |
  2. URL |
  3. 中将姫光学 #sKWz4NQw
  4. [ 編集]

中将姫光学さん
再び有難うございます。
確かに夜景を撮影したものをLCDにしてもCRTにしても自発光画面で見ると、人やモノの輪郭や線のシャープさも黒の締まりもスポイルされてしまうので、良さは半減です。
やはりリバーサルで撮ったものをクリスタル仕上げか何かのプリントにでもしないと・・・

今度は真面目に、色彩と怒号渦巻く築地か、御徒町あたりで決死行して、作例撮ってきましょう(笑)
  1. 2009/06/24(水) 22:53:09 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

このレンズは若かりし頃とても欲しかった1本です。当時はnikonのbodyしか使っていませんでしたので、結局手にしないままでしたが、こうして作例を見させていただくとやはり優秀なレンズですね。前ボケにも後ボケにもほとんど2線傾向が見られないところなどは、日本のメーカーの非球面採用に当たっての律儀さがうかがえるようで、思わずニヤリとしてしまいました。ノクチ1.2などは、球面収差を消していても、コマと非点は思ったより残ったままですからね。4枚目の右側の背景のライトがいろいろな方向に流れているようにも見えますが、これが収差だったらとってもユニークなんですが。
  1. 2009/06/25(木) 02:56:56 |
  2. URL |
  3. kinoplasmat #lpavF/Xw
  4. [ 編集]

わたしは、鉄棒の写真『街の明かを木々が透かしている』特に左隅でハロが掛かりそうなところが好きです。
当時85mmは、Y/C1,4がハロで有名だった様に、canon-Lのようなクセの無いタマが少なかったと思います。

当時、このレンズはサン二ッパ同様グラビアアイドル写真に多様された様で、サンダー云々さんがデータ付きで作例されていたのを覚えています(モノクロでもそこそこシャープそうでした)。

ホトンドの撮影パターンとして、顔にピント合わせて胸から下半身にアウトフオーカスしてゆく・・・この定番ポーズが撮影の主流でしょうね。
  1. 2009/06/25(木) 22:54:18 |
  2. URL |
  3. Treizieme Ordor #-
  4. [ 編集]

kinoplasmat さん
有難うございます。
確かに、このキャノンの"赤鉢巻"っていうレンズは、これが現行品時代に使いたくても使えなかったアマチュアカメラマン達にとっては、「永遠の恋人」みたいな存在かもしれません、大げさに申し上げれば。

小生も、高校の写真部に入って、子供の頃から使い慣れたキャノネットQL17から、一眼レフに移行しなければならなくなった時、費用の制約から泣く泣く、アサヒペンタのMEを中心としたKシステムを使わざるを得ず、事有る毎に裕福だった家庭の同級生のキャノンの発色にコンプレックスを抱いていた時期もありました。

しかし、今はこの"赤鉢巻"の極めて程度の良い個体を三つも保有し、広角ズーム、標準、中望遠とその時のニーズに応じて自由に使えるようになって、仄かな達成感とささやかな幸せを感じている次第です。

一番下の馬場の灯りが色々な方向に流れて見える現象は、おそらく、細いマウントに無理してエレメントを押し込んだが故のビネッティングではないかと思いますが、いかがでしょう。
  1. 2009/06/25(木) 23:13:06 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

Treizieme Ordorさん
再び有難うございます。
このレンズ、使えば使うほど、隠されてきた色んなクセが不意に姿を現してきて、面白そうです。
少なくとも、世界最高水準の標準レンズと思われるN-FD50mmf1.2Lよりは、遥かにぢゃぢゃ馬ですね。

しかし、あのアイドル等水着グラビアに多用されてきた、顔だけシャープで肝心の胸とか、脚とかがボヤけ気味になる、"萌えない"カットがこのレンズを悪用して撮られたものなら、小賢しい商業写真家の出し惜しみに憤りすら感じてしまいますね(爆)
  1. 2009/06/25(木) 23:18:22 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

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Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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