深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

我的沖縄 Evolution ! '09 Winter

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【撮影データ】カメラ:R-D1s 絞り優先AE 露出補整+1/3(昼間)、+1(夜間)、ISO200(昼間)、ISO800(夜間)、レンズ;Cine-Sonnar50mmf1.5 全コマ開放
めんそーれ、深川精密工房へ。
今宵のアップは前週の那覇に引き続き、いよいよ、知る人ぞ知る、観光ガイドでも殆ど取り上げられていない日本最後の秘境、渡名喜島編です。

ここの島は、金曜日を除き、一日一往復しか那覇から船が出ていません。
ということは、朝便、夕便二便有る金曜日以外に上陸しようとすると、おのずと泊りがけの訪問になってしまいます。

泊港を8時半に出航した船は、東シナ海に乗り出して1時間もしないうちに高波と揺れに見舞われました。

とにかく上下、前後、左右と、遊園地のアトラクションですらここまでサービス旺盛ぢゃないだろうと初めの頃は感心してましたが、高波を避けるため、通常航路を迂回し、慶良間諸島の南を通るルートに変更したがため、2時間で着くはずの船旅が、3時間半弱もかかり、あと15分この状態だったら、せっかく食べた朝飯を東シナ海のおさかなさんに恵んであげるとこだったのですが、すんでのところで、船は島に接岸しました。

それでも感心したのは、島の人々の船の揺れに対する抵抗力・・・小生が蒼い顔で黙りこくって、深呼吸なんかして、しかも船の揺れと呼吸サイクルをずらそうと必死に意識集中していたのにも関わらず、隣の尾藤イサオ似のおっちゃんは、平気の平左でお弁当開け、朝っぱらから、ポーク卵とか、麩チャンプルーみたいのをさんぴん茶で旨そうに食べている。

しかも、非常事態と顔に書いてある小生に、「おぃ、内地から来たあんちゃんよ、黙りこくってると却って気持ち悪くなるぞぃ、ゆんたくらんかぃ?」とのお声がけ。

「え、その三線で唄やお囃子でもやるんすか?」と間抜けな答えを返したら、聞いていない筈のそのとなりの爺も婆も後ろも大笑いの大合唱。

「どんたくやない、ゆんたく言うたら、あんたらの言うおしゃべりっつこと・・・いきなしボケかましてくれるわぃ、内地ん人は面白かねぇ・・・」と。

その後、気分転換に出たデッキで3m近い大波をかぶって来て、また笑いを取って、島の人々と船中から交流開始し、やっと島へ上陸した次第。

島には、定刻を大幅に過ぎた12時半過ぎについたのですが、雨が降りそうだったのと、船酔いでとてもルンルンランチ気分ではなかったので、メシ抜きでカメラを2台提げ、鬼気迫る表情で、撮影に入ったのです。

では作例、行ってみましょう。

まず、一枚目。
島の東西を走るメインストリートも碁盤の目のように村落内に張り巡らせられた道路も、舗装などされていません。
その代わりに白い砂が敷き詰められているのです。
両側は、昔は石積みの塀で今は大部分がブロック積みに変ってしまいましたが、それでも、家の敷地が塀より低く掘り下げられて風害を防ぐ構造になっていることには変わりありません。

そうした長い間の生活の知恵みたいなものに感心して、十字路に立ち尽くしていたら、島のおばぁがやってきましたので、一枚撮らせて戴きました。

続いて二枚目。
今回のそもそもの目的は、那覇では絶滅寸前の赤瓦の家、しかも街並みになっている風景を撮ることでした。
島では、見渡す限り、赤瓦の民家ばかり・・・もうその嬉しさといったら、言葉に表しようがありませんでした。
その中でも、敷地がかなり低く掘り下げられて、道路から屋根のひさしに手が届かんばかりの、良い案配に古びた民家が有ったので、撮りおろしで一枚戴き。
本島のテーマパークで再現された民家とは違う迫力を感じて戴けたでしょうか。

そして三枚目。
この島でも、シーサーが色とりどりに、家の主の美的センスを競っています。
特に、屋根の上にかなり古いシーサーを一体配置し、門扉の柱上に、本島で流行っているように、左右つがいのシーサーを配置するというパターンです。
50mmf1.5のゾナーは被写界深度が極端に浅く、シーサーの目のほら穴にピンを合わせたら、鼻はボケるわ、後ろの屋根上の古シーサーなど、融けてしまい跡形も窺えません。

それから四枚目。
これを見て、何か即座に判る人は相当の沖縄通と申さざるを得ません。
本島でも、琉球村に行って、ガイドさんの説明を聞かないと、不思議な石造りの構造物だなぁ・・・と思うだけで通り過ぎてしまうでしょう。
この石積みのアーチ状の構造物は、「フール」と言って、早い話、ブタをこの中で飼っていて、家人の排泄物をメインの餌として飼育していたのです。
しかも、ただのリサイクル目的のぶた飼育だけではなく、南洋固有の悪鬼はブタ便所に住む神に弱いことから、魔除けとしても重用されたとのことです。
例えば、葬式帰りには、ブタ便所でブタを叩き起こして、一声泣かせてから家に入るとか・・・

まだまだの五枚目。
沖縄の離島と言ったら、赤瓦、掘り込み屋敷ともうひとつ忘れてはいけないものがあります。
それは、ふくぎの木です。
この木は防風林として、全戸に植えられ、砂交じりの海風から屋敷を守る役目を果たしています。
この画像は、島でも有名なふくぎのトンネルというところで、写真を撮った後に名所として教えられたという、極めて牧歌的な観光資源なのであります。

最後の六枚目。
この島では、数少ない観光客のためのおもてなしとして、或いは夜中になると、百鬼夜行よろしく路上に彷徨い出てくるというハブや、ヤシガニ対策としてか、実のところ、当事者である島民自体も目的を判らずに毎晩続けている、メインストリート、村道一号線のフットライトによるライトアップです。
こんなことして電力事情が悪い島でエネルギーの無駄遣いだ!と文句を言わないで下さいね。
この電力は全て、昼間の間に太陽電池で充電されたものだということですから。
ここに写った女子中学生に「こんばんは♪」と挨拶したら、「おはようござます☆」と返事されました。
幾ら沖縄では芸能人比率高いってったって、離島の中学生まで、挨拶真似するとは・・・と驚きましたが、通り過ぎてすぐ、一人の女の子が、あ、晩は「こんばんわ」だよね、しくじっちゃった!!と言って、けらけら笑い転げてました。

ホント、時の止まったようなとても素敵な楽園にめぐり合った思いです。

さぁ、次回は沖縄最終回、何が出るかは来週日曜晩をお楽しみに。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2009/11/29(日) 23:38:18|
  2. Mマウント改造レンズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
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コメント

私も沖縄大好き人間ですが、渡名喜島には勿論行ったことはありません。全く観光地化されていないかつての沖縄離島の風情が見られそうですね。
最近沖縄本島ではファーストフードなどの進出で島民の平均余命も下がってきていると先日沖縄在住の有名芸能人から聞きましたが、この島にはそのようなものはまだないのでしょうか?島の人たちがどのようなものを売り・買い・食べているのかとても興味があります。
charleyさんもかなり此処の生活には圧倒されてみたいですね。文章にいつもの調子が見られず、ガイド文のように解説要素が増えていることからよくうかがえます。久しぶりにまた沖縄に行きたくなってきました。
  1. 2009/11/30(月) 05:42:59 |
  2. URL |
  3. kinoplasmat #lpavF/Xw
  4. [ 編集]

今回は、説明があったので
沖縄素人の私でも、すっごく行きたくなりましたよ~~

どこでもそうなのでしょうが
島と言う場所は
写真を撮るには良いところですよね~~~

でも
某中華ブロガーさんのような人徳がないと
帰りの船便を逃したら野宿決定ですから
特に東北の野宿すれば凍死するような場所では
なかなか島には渡れないですよ~~~笑

でも
スカートに生足・・・・
ってのを見ると
やはり沖縄は外国ですよね~~~~(^_^;)

(東北も陸の孤島と言われてはおりますが・・・・・・(^_^;)
  1. 2009/11/30(月) 19:48:23 |
  2. URL |
  3. 山形 #-
  4. [ 編集]

kinoplasmat さん
有難うございます。
今回は久々に異次元空間の裂け目に吸い込まれたかのようなカルチャーショックを覚えました。

一旦、上陸してしまえば、島民、うちなんちゅ、ないちゃーの区分なく、皆、島時間を共有する仲間ってカンジで、誰彼区分なく挨拶するのは勿論、本当に人懐こくて親切なのです。

この島には、あまり貨幣制度というものが根付いてないらしく、商店(とおぼしきもの)は3軒程度しかなく、そのどこも開店休業状態です(笑)

従って、当然のことながら、コンビニも、ファーストフードも入り込む余地など全くなく、島民各位はその日、海から上がった魚介と、島の豊かな土壌から取れる無農薬の島野菜、そして、一日一便の連絡線がもたらす、県内産の白米、そして豚肉などを自分達で調理して、家族で食べるのです。

そこには、引きこもりもニートも、ましてや家庭崩壊などという物質文明社会の闇の側面は無縁で、質素ながら、古き佳き沖縄離島、いや明治維新前の日本の家族社会の残映が有るのだと思いました。

もしも機会がありましたら、是非、一度は草鞋を脱がれることをお勧めいたします。
  1. 2009/11/30(月) 22:11:00 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

山形さん
有難うございます。
ほほう、貴兄も行きたくなりましたか・・・
ぢゃ、中華ブロガーさんと手に手を取って、度重なる核実験の影響で、残留放射能濃度が今だ高止まりのシルクロードを四つ瘤、六本足の畸形ラクダで旅するより、竜宮城からやってきた大クラゲにまたがって、海の彼方のパラダイス、この渡名喜島に訪問する方が優先順位高くなりましたね(笑)

それはそうと、この島であれば、もし宿が一杯でも、凍死することなどありませんし、ましてや、宿がないと駐在サンにでも泣き入れれば、留置場くらいならば、泊めてくれるかも知れませんよ、何せ犯罪が皆無の島だということですから・・・(爆)

また、生脚、スカートの女子中学生くらいで感心していたら、那覇近傍のビーチなど行ったら、即死請け合いです(笑)

何せ某米軍基地の目の前の浜では今だに白人のローティーンの小小姐達がビキニ姿で砂浜で楽しく遊んでいますし・・・
  1. 2009/11/30(月) 22:20:26 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

近視眼的測定

一枚目から、『近視』に近い私の視点に近い光景がありました。(遠くにかすむ人物像がそれです)
二枚目、面白い瓦の材質なんか考えていたら、なぜか画面の下に〈水石鹸入れ〉が!
三枚目の、磁器陶器の様な艶とこの色合いは当時から色はげは無いのかなと、この地方の日射を考えて悩んだりしました。
四枚目の豚便所は、韓国等の大陸に多く見られると、本で読んだことがありましたが、こんなりっぱなコンクリ造りだとすると今現在健在なのだと驚く次第です。でもこれは、石積みですか。・・・だとすると、何百年モノでしょうね。
五枚目の路地。排水ますもりっぱで、基礎のような塀も最近のものらしく、次六枚目の夜間の街灯とともに行政からのオカネが出たような、そんなちょっと違和感がある「なおざりの新機軸」といった印象。納税された、この島の産業なナンだろうと考えたりもしました。

ともあれ、離れ小島といった「閉鎖的な体系」の中、観測といっては語弊があるかもしれませんが、この地方独特の風雨にさらされ耐え忍んだ月日を物語る一枚一枚の風物には目を奪われます。
  1. 2009/12/01(火) 17:13:48 |
  2. URL |
  3. Treizieme Ordor #-
  4. [ 編集]

Treizieme Ordorさん
有難うございます。
まだ先般の写真展のクセが抜けず、近接から5mくらいのピンで撮ってしまいます。

今回の作例では人物は遠景のおばぁとセミシルエットの女子中学生2名だけですが、今回は声掛け運動の成果もあって、かなりのストリートスナップ的なポートレィト撮影にも成功していますので、おいおい発表しましょう。

それはそうと、今回の一番の重大関心事項?の豚便所の歴史ですが、戦後まもなく、占領軍の衛生局だかが、使用禁止令を出したということなので、その直前は戦時下なので普請は有り得ないとして、戦前とすれば、1930年代築と考えられるので、少なくとも80年近い歴史の近代遺構であると考えられます。

余談ながら、この島では高校以上の教育機関は無いので、中学卒業したら、本島か久米島あたりに下宿して高校進学しなければなりません。

しかも、せっかくお金かけ、苦労して高校以上出ても、島には、水産と農業以外は主要産業ないので、若者が島に戻ってくるのは難しく、年金貰えるようになって、自分が生まれ育った、父祖の地で余生を送りたいとの思いで戻ってくるとのことです。

出来ることなら、環境負荷が少なく、しかも誇りを持って働ける産業を何か起こして上げられないものかと、会社に戻って色々な人間とも話しましたが、まだ何も答えは浮かばず・・・です。
  1. 2009/12/02(水) 00:03:10 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

こんばんは、大きく出遅れ失礼しました。
charely944 さんのいままでの沖縄は、浅草や深大寺の延長線的存在で、あまり旅を感じたことがなかったのですが、今回は写真・文章とも紀行で、いつもと違う部分の感情を刺激されました。
竹富島のイメージに近い感じがしました。
武富はたいへん遠いようですが、渡名喜島は案外近いのですね。

曇っているからでしょうか、沖縄というよりも、去年行った済州島によく似ている感じがしました。
もちろん、わたしも行ってみたいです。
  1. 2009/12/03(木) 20:02:57 |
  2. URL |
  3. 中将姫光学 #sKWz4NQw
  4. [ 編集]

中将姫光学さん
有難うございます。
今回は、思わず、今までにない旅先での親切と心の触れ合いの連続だったので、写真、機材の紹介よりも、島の素晴らしさのPRに努めた次第です。

この拙い紀行文もどきで、知名度ゼロに等しい素朴で実直なこの島に感じるものの有る方が一名でも多く渡航し、心の触れ合いを日本中に伝播させて戴きたいと思った次第です。
  1. 2009/12/03(木) 22:35:34 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

はじめまして。いつも楽しく拝見しています。
トナキは私も大好きな島で、カヤックで島をくるりと回り、ウミガメを追いかけたり水晶を拾ったりと、夢のような時間でした。
来年、もう一度出向く予定です。
  1. 2009/12/11(金) 18:05:55 |
  2. URL |
  3. だぶれっと #nJYVl8y.
  4. [ 編集]

だぶれっとさん
有難うございます。
渡名喜島の素晴らしさを判る方に愛読して戴いていて、とても嬉しく思います。

会社では、イイ年こいたおっさんが、海外リゾートの方が、どうせお金使うなら、ずっと良い・・・などと公然と口にしますが、小生は同じ時間とお金を使うのであれば、観光とは言え、こういう遠来の訪問者を島全体で暖かく迎えてくれて、自らの心を開放出来る、充電型の旅の方が好きです。

所詮、海外のリゾートでは、いかにお金を落とさせるかを追求するために贅を凝らして企画されたインフラの中で、汗水流して稼いだ収入(=国富の一部)を少しずつ擦り減らし、束の間の夢の間を漂うだけですから。

だいたい春と冬の二回は沖縄訪問していますが、今後は、年一回はこの島を訪れ、ありのままの自然と緩やかに流れる時間の中で思索に耽りたいと思っています。

個人的には、この島の素晴らしさをもっと多くの人々に発信して、観光でも収入が上げられるよう微力ながら協力したいとは思いますが、あまり都会から人々が押しかけると島の素朴さそのものがスポイルされそうな気がして複雑な心境です。
  1. 2009/12/12(土) 16:54:30 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

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Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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