深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Amaging view broadened~Carl Zeiss Biogon21mmf4.5~

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【撮影データ】カメラ:ContaxIIa、Film Super-Centuria100、絞り 全コマ開放 ロケ地:天王洲アイル
さて、今宵は海抜ゼロメートル地帯である当地深川では、防災放送に神経を尖らせてのブログ更新です。
というのも、皆さんも重々ご承知の通り、東京湾深奥部にも津波警報が出ていて、万が一、想定外の津波と気圧変動、そして潮位の変化が相俟って、堰堤が決壊でもしたら、この工房周辺は運河から溢れた海水が溢れ出す虞れがあるためです。
普段は大人しく見える自然も一旦牙を剥けば、人間とは実に無力な存在であるということを改めて思い知らされます。

今宵のご紹介は、こんな状況下で街撮りにも出られなかったので、3年ほど前にやはり水辺の町である天王洲アイルに買って間もないBiogon21mmf4.5の練習に行った際の習作です。

まずは恒例のレンズのプロフィールご紹介から。

このレンズは不幸にして第二次大戦にによるドイツ東西分裂の結果、西側に辛くも逃れたCarl Zeiss財団が1950年に新設計のRF機、戦前のContaxIIの改良機として、新拠点、シュツットガルトにてリリースしたContaxIIa用の超広角レンズとして1953年に発売したものです。

構成は5群8枚の対照型でいわゆるビオゴンタイプと呼ばれる構成となっています。
このレンズは、先に発表されたハッセルのSWC38mmf4.5と殆ど同一といって差し支えない構成になっていて、ただ、焦点距離を短くするため、曲率、エレメントのギャップを換え、手直し設計したものと考えられているようです。

因みにRFにおけるライバル、E.Leitz社が21mmの超広角レンズSuper Angulon21mmf4をリリースするのは、このBiogonに遅れること5年の1959年、やはり産業用光学機器、殊に映画撮影用カメラのレンズ、例えばArriflex用でCarlZeiss財団と拮抗する技術力を誇ったドイツ光学界のもう一方の雄、Scheneider Kreutznach社からOEM供給を受けてのことです。

どちらが好みかと聞かれると、一時期に両方所有していたことがあるのですが、個体差は有るとしても、Biogonの暖色系で優しくもくっきりした描写に対し、SuperAngulon21mf4の寒色系でややコントラストの低めの線の細い描写がどうしても好きになれなくて、売りに出してしまった記憶があります。

とまた長くなった前置きはこのくらいにして、早速作例行ってみます。

まず一枚目。
天王洲アイルにモノレールでお昼過ぎに降り立って、運河方面に歩いていくと、ウッドデッキの遊歩道、そして一見、鋳物のような重厚な手摺りが午後の太陽を浴びて、イイ按配に光っています。
ここで、古いレンズには過酷とは思いつつ、画面に太陽を入れ、2mほどの距離でシャタ-を切ります。
相当良く出来たシネレンズでも、ハーフドーム状のゴーストが発生し、国産の広角であれば、光の条がバケツをひっくり返したかの如く暴れるのですが、ごらんの通り、好みは有るでしょうが、特段見苦しくない写りとなっています。
また前ボケにあたる手前の手摺の金物のオフフォーカスでの描写も結構好ましいものになったと思います。

そして二枚目。
俯角での撮影でどの程度、建造物にキーストンが付くかという実験です。勿論、青空も有効に活用して、周辺光量落ちも同時に確認出来るアングルで橋と背景の高層ビルを画面の収めます。
まず、橋の基礎が思った通りにデフォルメされていますし、空は自然な光量落ちで中央部の被写体を強調する効果をもたらし、これはこれで面白い写真になったと思いましたが、建築物の記録写真としては失格でしょう。
RF機で建造物をキチンと撮る時は、やはり水準器が欠かせないようです。

続いて三枚目。
ダッシュで橋の反対側に戻り、渡ってくる人間を狙ってカメラを向けます。
幸運なことにこの直前に何かのロケで橋を閉鎖していただけあって、周りで見ていた人達はカメラを向けてもどこ吹く風というカンジで橋の幅方向中央でカメラを構えた小生の前を通り過ぎて行きます。
ここでも、やや俯角がついているため、橋の天上が手前に跳ね上がって見えるのと、空が周辺光量落ちしてイイカンジに上がっています。

まだまだの四枚目。
橋の上での撮影も十分に満足し、品川サイドに再び渡り、着いた早々から気になっていたオブジェの撮影を試みます。
運河沿いの歩道上に設置してある銅合金か何かの大きな前衛彫刻なのですが、スペースの関係上なかなか下がれないので、こういう時、狭いところで全体像を描写出来る超広角レンズを便利です。
かなり難しい光線状態でしたが、どうせ開放でしか撮らないので、いかなピーカンとはいえ、シャッター速が最高速の1250ではf4.5のレンズでは露出アンダーになってしまうと考え、たぶん500分の1かそこらで切ったのではないかと思います。
周辺光量落ちの中にオブジェが収まり、太陽を反射して輝く様は、ほぼ撮影者の意図に沿った描写となったと思います。
ただ、残念なのが水平がちょい甘かったことです。


最後の五枚目。
天王洲での撮影も十分満喫し、ここから程近い、品川駅南、インターシティ近くにある、某名物中古カメラ屋さんを訪問するため、運河伝いの歩道を歩いて行きました。
すると、青い空に白いマンション、そして、都が設置したにはセンス良すぎる配色の看板があったので、纏めて構図したのがこの一枚。
奇しくもこの一枚で、RGB+Yの発色傾向と線の描写、そして、背景のボケ具合い全てが判る、レンズテスト総集編となった次第。

今回の感想は、60年近く前のレンズも、使い方によっては、まだまだ高い戦闘力を有し、しかも、コンタックスマウントですから、旧コンタックスかニコンのSボディのいずれかで使うより他ないので、銀塩フィルムで撮る名目が増えたという次第。

それにしても、安心して寛げる水辺が有るってイイですね。自然とは上手く折り合いつけて快適に暮らしたいものです。

テーマ:街の風景 - ジャンル:写真

  1. 2010/02/28(日) 20:44:48|
  2. 深川秘宝館
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

きれいなレンズの仕上げには恐れ入ります。
東京湾岸沿いのお洒落な一角もあまりにあちこちで開発が行われるものですから、いま何処が旬なのか全くわからなくなりました。
3-4枚目はTY.ハーバーの地ビール屋さんの近くのようですが、オープンした当初お客さんが少なくて関係者に頼まれて何度も飲みに行った覚えがあります。それ以前は倉庫街でしたが、まさにこの地ビール屋さんの場所にあった倉庫ではバブル時代クリスマスにはスノッブな大パーティが繰り広げられていましたね。1-2度誘われて行ったことがありますが、クルーザーが横付けされるなど、下町出身の自分にはとても落ち着かない居心地でした。
あれ、レンズとは関係ないですね。失礼しました。
  1. 2010/03/01(月) 02:51:50 |
  2. URL |
  3. kinoplasmat #lpavF/Xw
  4. [ 編集]

このレンズが、21mmのスーパーアンギュロンと平行した時代に在った事をなかなか考えて見なかった事は、やはりマウントが違うといった事だったと思います。
こうしてzeissの色再現やマイルドな諧調を拝見すると、シュナイダーの極度に禁欲めいたレンズ・設計にあらためて思いを至らせます。

建築関係でも構造や意匠を撮りたいときは、シュナイダーの冷徹さを要求される事が多い様ですし、それでもなお克明な再現描写という人的な関係用件が含まれると、ビオゴンの階調表現という個性が要求される、微妙で大きな違いを感じさせます。

その後、国産の各種21mmレンズが一眼レフと兼用で発表されたり、ニコンS用の極端に限定されたレンズもありましたが、なかなか超広角レンズが必要とされる環境が日本には無かった様で、発売後数十年を至る中、なおさら独逸の二大勢力への羨望は収まらないのでしょう。

わたしも今回撮影中の品川方面には小さい頃ちょくちょく出かけていましたが、品川駅の港南口へ向かう地下道のといったら全く閑散としていたもので、ひんやりとした地下道壁の静けさに心を奪われていたり、その後に見掛ける、倉庫街の日陰と日射のコントラストに佇む静けさがこの地域に寄せる感想の最大のものでした。
撮影にあるこのような生活感にあふれる風景自体違和感があるもので、数少ない東京の異境だったのに・・・と、少々残念です。


もっとも、江戸時代から考えると、深川・木場は江戸文化を育む繁華街でしたし、ひるがえって私の昔住んで居た、古くは荏原村・桐ヶ谷付近は、多分「江戸の果てのはて」と言われていた事でしょうね。
  1. 2010/03/01(月) 06:42:56 |
  2. URL |
  3. treizieme ordre #-
  4. [ 編集]

kinoplasmat さん
有難うございます。
そーでした、天王洲アイルといえば、kinoplasmat さんのお膝元というか、日本でのフランチャイズでしたね。
いやはや、水平の甘いデフォルメ写真のオンパレードで失礼致しました(汗)

それはそうと、天王洲アイルと深川から豊洲にかけての一帯って結構似通ったところがあって、例えば、双方に東京海洋大のキャンパスがあって、お揃いの帆船が飾ってあったり、運河伝いのオシャレな散歩道なんか、とても雰囲気が似てます。

しかし、こんな波止場近くの倉庫でのクリスマスパーティにお呼ばれなんて、今は昔のトレンディドラマ(死語!?)みたいでカッコイイですね(笑)
  1. 2010/03/01(月) 22:38:27 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

treizieme ordre さん
有難うございます。
中判用からのモディファィによって作られたそれぞれの対称系レンズですが、あそこまで描写の質、いや、テイストが違うとは思ってはいませんでした。

まさに貴兄の言葉を受け継ぐならば、写真は芸術か記録かという問いに対し、同じ風景をBiogonで撮れば芸術、SuperAngulonで撮れば記録という答えも成り立つかも知れません。

ただ、唯一、レンズの限界性能に関して評価するのであれば、一枚目のようなシュチュエーションをやはりSuperAngulonでも試してみましたが、画面全域に亘るフレアとゴーストによるコントラスト低下で、とても鑑賞に堪えない画となってしまった記憶があります。

こうして考えてみると、先にご紹介したエルマリート21mmf2.8はどちらのテイストに近いか?と問われれば、やはり、発色、コントラスト、階調再現性から見れば、このツァイスの傑物に日和ったと考えてもおかしくはないかもしれません、あくまで個人的な見解ではありますが・・・

それはそうと、木場・深川が江戸時代の繁華街かと言うと必ずしもそうではなく、確かに門前仲町の永代寺、富岡八幡宮の近傍は江戸屈指の歓楽街だったようですが、それとて、日本橋、神田、そして浅草界隈の賑わいにはまだ及ばす、木場に至っては、貯木場こそあれ、実際は豪商の別宅があったり、文人墨客が隠れ棲んだり、今で言えば、世田谷あたりの高級住宅地みたいな位置づけだったようです。

しかしながら、このような深川・木場も大川を渡った"川向こう"の土地なので、元禄以前は江戸ではなく、武蔵野国葛飾の郷で、四谷、高輪の大木戸の向こう側の目黒、品川あたりと江戸町奉行所の扱いは変わらなかったようです。
家光以降、両国橋の開通とともに一応は江戸扱いにはなりましたが、それでも、町奉行所では深川廻りという同心が置かれていましたし。
  1. 2010/03/01(月) 23:01:37 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

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今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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