深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Comming up new American Hero!~Bausch & Lomb Baltar 50mmf2.3~

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【撮影データ】カメラ:Leica M8 ISO Auto 絞り 全コマ開放 ロケ地:川越
さて、番外編も含め石垣島からのリポ-トの余韻が冷めやらぬうちに日曜の定常更新の時がやってきてしまいました。

南国の離島から一転して、今回は、先のZunowプロトと同時にテスト撮影を行った、当工房新進気鋭の改造レンズ、米国、Bausch & Lomb社のBaltar50mmf2.3改L39です。

まずはこのレンズとの馴れ初めから。
そもそもこのレンズは、工房お得意の、スリーブ&L39スレッド付きの部品と距離計連動カムをくっつければ、はい、L39マウント、Mマウントの出来上がり、てな簡単な状態ではなく、アイモ用とかいう、見たこともない巨大なアルミ製のハウジングに宝石の如き漆黒のレンズブロックが収まった状態で、工房にやってきました。

初めは分解方法が判らず、四苦八苦しましたが、譲って戴いた方にコツを教えて戴き、難なくレンズブロックを分離することに成功しました。

そして、一旦、光学エレメントをブロックの鏡胴から取り出し、洗浄、コバ塗り、それから、回し積みをやりながら、注意深く組み直しました。

オリジナルのヘリコイドは太すぎ、またレンズ金物後端から最後群までのクリアランスが有りすぎるため、そのままでは、L39、Mの規定フランジバックから大幅に外れ、無限が出ないどころか、1mかそこらの専用レンズになってしまいます。

そこで、工房のレンズ改造分類による第四世代改造、即ち、レンズブロックを取り出し、他のヘリコイドに移植してライカマウント化する、という手法を採るに至った次第。

作例行く前、レンズの氏素性をおさらいしておきましょう。

このレンズは、前にも述べた通り、Bausch & Lomb社が1971年にコンタクトレンズを市販し、1980年代には光学機器から撤退し、そのコンタクトレンズやら、サングラス等眼科医療分野にシフトする前にリリースしたことは間違いないですし、T値が本格的に採用になる前、先のT2.2、F値で言えばf1.9の個体より先にU.S.Goertzに供給を仰いだとすれば、1960年代前半、ことによると50年代に作られたものかもしれません。

レンズ構成は極めてオーソドックスな4群6枚のWガウス、ただ、前の持主の方によれば、貼合わせ部の硝材に戦後すぐに出来たばかりの特殊低分散ガラスを採用したらしく、この構成でもアポクロマート等級とのことでした。

さて、前置きはこのくらいにして、早速作例行ってみます。ロケ地はオール川越です。

まず一枚目。
駄菓子屋横丁に市役所方面から入っていくと、まず目に付くのが、江戸時代さながらのコスチュームと口上で人を惹きつける、七味売りのおじさまです。
路地みたいな駄菓子屋横丁の西側の民家の隙間から陽光が射し込み、スポットライトを浴びたようになっています。
ハイライトは若干フレアっぽくなり、シャープネスを落としてはいますが、それでも、頭に被った手ぬぐいのテクスチャ、毛の生え際まで余すところなく描写し、一方、後ボケはどのレンズにもない心地良い融け加減となっています。

そして二枚目。
更に横丁を入って行って、逆L字の道を左に曲がると、いつも通りの休日に賑わいで、軒下でいたいけな若いカップルが買ったばかりのおせんべいなど食しながら、愛を語らうでもなく、こんな大勢の人出に巻き込まれた不遇を託つているようです。
ここで、やっとこのレンズの本領が出てきたようです。
小姐の毛糸の帽子のテクスチャにご注目。このサイズだと編み目の一つ一つが鮮鋭にとまでしか解説出来ませんが、源データではそれこそ縒った毛糸の一本一本の繊維まで識別出来る恐るべき解像力を発揮しています。
個人的な感覚でいえば、S-マイクロニッコール5cmf3.5を打ち負かし、これまで比類なき解像力を発揮したCine-Xenon50mf2のまだ上を行くカンジでした。ここでも、ボケの美しさはあえて述べるまでもないでしょう。

それから三枚目。
いたいけなカップルの隣の軒下にも、人波を逃れ、一息ついている家族連れが居ました。
小姐が甘酒かなんか飲んで、ぷはぁ~とかやっているようです。

ホントはアルコール分が入っているので、お子様がお代わりまでして愛飲するのはいかがなものかと個人的には思いますが、いずれ社会人となって、大学のコンパでいきなり、一気飲みとか強要され、急性アル中で不測の事態に見舞われるよりは、子供のうちから慣らしておいた方が良いという親御さんの英断の賜物でしょう。
ここでも、産毛の生え際が驚くべき鮮鋭さで写し撮られていますし、柔らかな肌の質感も言わずもがなです。

まだまだの四枚目。
熱気むんむんの駄菓子屋横丁から抜け出し、また蔵造り通りに向かいます。
その途中で、コーヒーの豆だかを挽いて売るとともに店先で飲ませるお店があります。
その名物看板の横で寛ぐ親子に看板だけ撮りたいから、どいてね、という勇気もなく、一緒くたにモデルになって戴いて撮った一枚。
ここでも、女の子のジャンパーの生地のテクスチャ、おやじのマフラーの先のぴらぴら部が比類なきシャープな描写力で捉えられています。

最後の五枚目。
蔵造り通りを駅に向かう途中に天狗のオブジェを店先に吊るしている商店が有ったので、一枚戴き。
ここでも、紙を重ねたものに絵の具を塗って作ったお面の質感が鮮明に捉えられていますし、何よりも特筆すべきは、ほんの数センチの差なのに、後ろの被写界深度内の笠との間の距離感がきっちり描き分けされて立体感が表現されています。
バックのボケも自然で美しいではないでしょうか。

今回の感想は、やはり当時の戦勝国、しかも世界一の工業国米国の光学製品は無名に等しくとも、侮れないと思った次第。

実は、まだまだ奥が深いのです、米国製レンズというものは・・・今後を乞うご期待

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2010/04/11(日) 23:00:00|
  2. その他Lマウント改造レンズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

「紙コップの飲み物を飲む少女」がノーマルに見えるほかは、M8の茶色っぽくレトロに傾くような色再現。でも、どの時代のズミクロンも(あのDRも)超えるようなカッチリ感は早々にM-アポ・ズミクロン50mmf2(?)を待望してしまいそうな雰囲気です。やはりといえばそうですが、先日拝見したバルターf1,5よりも安定した画像です。このごろ、ちょっと2線ぎみのエッジ強いボケ味に興味を持って来ましたが、わたしの拙い使用状況でも、暗部の諧調もズミクロン50mmが非常に軟らかいといった感想を持ってしまうという事がこのレンズの新鮮味といった所です。まあ、正直なかなか見飽きない再現力のレンズです。
  1. 2010/04/12(月) 23:50:14 |
  2. URL |
  3. trezieme ordre #-
  4. [ 編集]

trezieme ordre さん
有難うございます。
確かにこのレンズの身上は、滅法、解像力が高い割にはそれほどコントラストがギンギンというわけでもなく、ボケは距離によっては2線気味にもなりますが、これよりまだ解像度の低い玉、例えば、例に挙げられたズミクロン50mmf2などはボケが殆ど2線でしかもコントラスト高めなので煩いですし、このように上手くバランスの取れたものはなかなか少ないと思います。

それにしても1950年代と思しきこのレンズがこれだけの性能を発揮するのですから、この設計技術をリバースエンジニアリングして、スティル用にデチューンした適価のレンズが発売されたら、結構飛びつくマニアも多いのではないか、とか思ったりします。

ホントはこのレンズの35mmと28mmも欲しいのですけどね・・・

なお、竹富島の写真はバルターf1.5ではなく、ヲーレンザックの方の玉ですよ・・・w
  1. 2010/04/13(火) 22:45:59 |
  2. URL |
  3. charely944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

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Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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