深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Revenge of unfortunate products~MC Industar61L50mmf2.8 mod.L39~

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【撮影データ】カメラ:R-D1s ISO200 露出+1/3 絞リ優先AE 全コマ開放、ロケ地:深川古石場~川崎
さて、今宵のご紹介は、またしても、工房オリジナルに近い改造レンズMC Industar61L改L39いきます。

このHFTコーティングやツァイスT*を彷彿とさせる濃緑と紫も美しいマルチコートも艶やかなガラスの佇まいは、旧ヤシコンGレンズか、或いはローライ35の名玉かと見紛うばかりですが

しかし、Iddustar61のコードネームが指し示す通り、正真正銘の旧ソ連製です。

構成は3群4枚のテッサータイプ、しかし、同じインダスター銘を持つ他のモデルと異なり、硝質も、それに起因する、各エレメントの曲率もだいぶ緩くなっており、そもそも、「ロシアレンズは光通すと黄色っぽい」というステレオタイプが通じません。

マルチコートとランタンガラスが贅沢に奢られているところから推察するに、このレンズ、1970年代終わりから、80年代半ばにかけて製造されたようです。

なお、元から"Industar61 53mmf2.8"の銘を持ったL39レンズが有りますが、枚数・群構成だけは同じですが、硝材も、コーティングも曲率も、エレメントのクリアランスも全くの別物です。

実はこのレンズの入手にはちょっとした出来事が有って、元々は「無」だったのです。

何とならば、改造用パーツを良く買う、旧ソ連の或る国のカメラ屋で「5 Bad lens $15」とかいわゆるヂャンクの纏め売りをしていたので、これを他のパーツと共に注文したら、「クリスマスプレゼント代わりにヂャンクをもう一本おまけするよ♪」ってことで、ヘリコイドはガタガタ、鏡胴のローレットは擦れ擦れでレンズ自体も埃とタールみたいな汚れにまみれ、まさに「おまけの子」に相応しいみすぼらしい姿で深川の地に訪れたのです。

ただ、送って貰ったレンズはヘリコイド取り用のものであっても、必ず、エレメントの具合を点検するのが、モノを大切にする当工房の姿勢ですから、慎重にダスターかけ、そっと柔らかいネルにプラレンズクリーナをしめし、少しずつ汚れを削ぐように前玉を掃除したら、何と、目を疑うような美しいマルチコートも美しい、屈折率の高そうなエレメントが現われたではないですか・・・

そこで、大物の制作が一段落し、手が空いた時に改造に取り掛かれるよう、満身創痍の鏡胴から光学ブロックを取り出し、前後のリングを外して大きく3つのアッセンブリになった光学エレメントを取り出し、暫く保管しておいたのです。

そして、先月、少し手が空いたことと、別の驚異的な高性能を持つロシアレンズを発掘したこともあり、このマルチコートの無銘レンズにも急に関心が湧き、他の米独英日の名だたるレンズを放っぽり出して、改造に取り掛かり、エレメントを全部取り払った光学ブロックにはエナメルの焼付け塗装まで行い、改造に入った次第。

しかし、長年の汚れはなかなかしつこく、また、ブロック内にも埃や、ロシアレンズにありがちな、切削屑、或いは塗料剥れみたいなものがそこかしこに残っていたため、ねじ込み固定ではなく、光学エレメントを内鏡胴に押し込み後、最外面の全周ネジで外から留める方式のこのレンズでは、エレメント間のクリアランス、そして平行度に影響し、かなりの致命傷になると考え、超音波洗浄槽で徹底的に洗浄後、電解洗浄を施しました。

更に、突き当て箇所、エレメント間のクリアランスに影響無い内鏡胴側面には、元の黒染め半光沢アルマイトの上から工房特製の無反射グラファイト塗装を施し、内面反射抑え込むこととしました。

光学ブロックさえ、元の精度以上に組み上げてしまえば、あとはこっちのもんです。

高強度真鍮丸インゴットを削り出してスペーサを造り、これで以て、既製のL39ヘリコイドを分解、再注油したアッセンブリに固定するだけです。

こうして日本製L39の新しい体を与えられたロシアの悲運の銘玉は、21世紀のデジタルレンジファインダー機で、今を写す新しい命を持つに至ったのです。

さて、では作例を見ていきましょう。今回は土曜日のお遣いついでに撮った、出まかせ写真なので、出来は御容赦のほど・・・

まず一枚目。
工房の前の道を横切ると小さな児童公園が古い河川の後に設けられています。
そこで、カンナと思しき、原色の美しい花が咲いており、また背景にボカシ易い遊具があったので、ここで一枚、早速作例を撮ろうとカメラを構えていたら、突然、鉄棒で遊んでいた小々姐が駆け出してきて背後の後ボケを演じてくれた一枚。
花のエッヂはシネレンズほどカリっとは立っていませんが、それでも、鑑賞に必要かつ充分な解像度は発揮していますし、何よりも、テッサータイプではたまに大暴れする背景が、まるで躾の良いゾナーみたいに芯もなければ、ぐるぐるもない、上品なボケと化しています。

そして二枚目。
木場方面に歩いて行くと、日曜は休み、月~土まで夕方5時くらいから8時までしか開いていないという不可思議な居酒屋があります。
そこの軒先に可憐な花が群生していたので、JYさんの見事な彼岸花とまではいかないまでも、気分だけちょっと真似てスナップ。
やはりここでも、カリカリにはならず、程好い解像度と極めて忠実な発色再現で以て、道端の可憐な花々を記憶に残してくれましたし、後方の葉や花も心地良いボケで表現しています。

それから三枚目。
木場の駅まで来ると、水道管が鮮やかなブルーのペイントを施され、人や車が行き交う橋の上高く、運河を跨ぐ箇所があります。
そこで、内面反射撲滅の成果を見るべく、曇天とはいえ、まだかなり明るい空を背景に、水道管の制水弁を撮ってみました。
ここでもエッヂが立つまではいきませんが、それでも厚くペンキを塗られたバルブの下の金属の鋳肌やペイント自体のさらっとした質感は充分に捉えられていますし、手前のボケも、肉眼でのそれに近いカンジで好感が持てるのではないかと感じました。

勿論、フレアやゴーストは皆無。スナップ用途としては百点満点を上げたいところです。

続いて四枚目。
木場から浅草経由、川崎八丁畷に出て、お願いしてあったシネレンズのレストアが上がったので、それを引取り、たまに試写に立ち寄るチネチッタ川崎を目指しました。

川崎駅とは反対方向からアプローチすると、特徴あるゲートから程近い距離に、よく南欧辺りで見掛ける、道標が設置されています。

これも背景まで距離が取れるし、文字や金属加工オブジェなので描写傾向を見るにはうってつけなので、今回も早速一枚、戴きました。

ピンは上の透かし彫りの丸い金属オブジェに置いていますが、このカットでは、背景の樹木が若干、ざわついた移りになってしまっているようです。

最後の五枚目。
毎回、必ず、人物は一カット以上、入れるよう気をつけているのですが、なかなか声をかけて撮らせてもらえるような雰囲気の人々に遭遇出来ず、チネチッタ内をうろうろと物色しながら徘徊していたら、居ました、居ました、
格好のモチーフが。


そう、ここチネチッタでは集客対策のイベントとして、週末及び祝祭日には、大道芸人を呼んで、エリア内でパフォーマンスをさせていて、ここは撮影自由なのです。

そこで、携帯電話やスマートホンで撮りまくる見物客に混じって、R-D1sにいかにもヘンテコで目立つレンズをくっつけたおっさんが大道芸人とそれを見物するやじうまをまんまと撮影した、という顛末。

ここでは、大道芸人そのものにピンを置いたカットと手前のちょんまげ(ポニーテールとも言う)の小姐のシュシュにピンを置いたカットの二枚を撮りましたが、やはり、こっちの方がビジュアル的にも自然なカンジなので採用しました。

やはり前ボケはナチュラルなカンジで、あたかも肉眼で見たように心地好く写っているのではないでしょうか。

今回の感想としては、やるなぁ・・・ロシアレンズ、というカンジです。

しかし、こんな素晴らしいものを「おまけだぉ」とか、あっさりくれてしまうくらい自国内でも評価が低いのは、何か可哀想な気もしました。

尤も評価が高ければ、高くなるし、入手も難しくなってしまうでしょうから、ニコンSマウント改造用にもう一本ゲッチュするまでは、そっとしておいて欲しい、というのが偽らざる心境です。

さて、来週は秘宝館からのご紹介です。何が出るか、乞う御期待。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2011/10/02(日) 21:00:00|
  2. その他Lマウント改造レンズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:8
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コメント

いや、脱帽しました。

というかつまり「レンズは絵筆である」と何度か公言している私なのですが
さすがにその絵筆を創りだそうとかする域には、まず思考が達せず常に脱帽しているわけなんですが
今回のは極めつけ、というか...やはり、なんというのでしょう、創意工夫とも違う
やはり経験則からくる匠の...いや違うな。なんだろう。なんなんだろう。

と、色々考えさせられました。
いや、私も結構のめりこむと無茶するほうなんですが、
charleyさんとノクト工房さんはいけません、範疇外というかなんというか(苦笑
いや、分解して清掃まではわかるんです。
誰でもやりますし、いまやヨドバシカメラでも工具が売っている時代ですし。
私もボーグのヘリコイドくらいなら使いますけど...もうなんというか...。

と、レンズですが、色が濃くて暖色にふれている気がするのですが
ものすごくボケが素直、そして歪曲収差はオールドレンズ....ふむ。
不思議なレンズですよね。
ボケが素直ということはそれなりに解像度が一定しているということだろうと思うので
色が濃い、という印象は解像度がそれなりで、しかし均一という
現代レンズにはあまり無い特色のレンズかな、と感じました。

しかし、それでテッサーなんですよね。
それが不思議。テッサーならば、解像度が寄りそうなものですが...。
あ、RD-1だから周辺のアレなところは排除されて美味しいどころ撮りか。

もっとも、私のごく少ない知識をもって感じた結果なのでアレなのですが
現代のレンズは「解像度は高め!中心からなんとか高め!」みたいな感じ一辺倒なので
こういうレンズは貴重なんだろうな、と。

そのバイヤーはおそらく
「それを蘇らせられるのは此処だけ」
と読みきって、送ってきたんじゃないですかね?w
  1. 2011/10/02(日) 21:58:54 |
  2. URL |
  3. JY #1Nt04ABk
  4. [ 編集]

JYさん
早速のコメント、並びに過分のお褒めを頂き有難うございます。

実は、昨日、ちょっと教えて戴きたいことがあったので、Nocto工房のオカムラさんを電話口に呼び出させて戴き、色々お話したのですが、いやはや、あの誠実極まりない語り口の裏では、壮絶な痛い目にも遇われているらしく、それすらも、Nocto工房さんの卓抜した技術を裏付ける経験の蓄積の一部になっていると感心致しました。

さて、翻って、今回のロシアレンズですが、今回は工房のお作法に従い、まずはR-D1sでの結像、発色テストを行いましたが、結果は上々でしたので、次はM8による解像力のチャレンジを行おうと思っています。

M8のAPS-Hならば、フルサイズより一回り小さいくらいですから、f2.8のテッサータイプの弱点である画質の均質性、特に周辺部での歪曲収差がどこまで新種ガラスの採用による曲率緩和で抑えられているか、或る程度は判るのではないかと思います。

来週というか、今週末の佐原にでも持って行って、華やかなお祭りの風景やら、山車でも撮って実験してみたいと思います。

ただ、これだけは申し上げられますが、このレンズ、電子湾などでは69~100ドルくらいでまだまだ買えますから、もし御興味持って戴けたのであれば、お買い求めになっておいて損はしないと思います。
  1. 2011/10/02(日) 22:41:07 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

並みの(L/D)インダスターと違うのが、見た目コートだけだとすると、判別しずらいです。

Gや紫系やBなど、マルチ・コート風ですね。
  1. 2011/10/03(月) 18:30:18 |
  2. URL |
  3. quatorzieme ordre #-
  4. [ 編集]

quatorzieme ordre さん
有難うございます。
いえいえ、ひと目で判りますって、オリジナルの鏡胴デザイン見れば。
しかも、マルチコートのテッサータイプって、80年代入ってからの一眼レフ用とライツがMマウント版で出してるエルマー50mmf2.8くらいしかないでしょう。
頑張って一本ゲッチュしてみて下さい(笑)
  1. 2011/10/03(月) 22:44:37 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

さすがの深川チューニング

一昔前のF1のコスワースチューンとかブライアン・ハートチューンのフォードエンジンを何故か思い出しましたよ。

元々の設計がしっかりしているからなのか、色合いも綺麗で下手な市販レンズ顔負けですね。

で、このレンズのコードネームは「醜いあひるの子(Den grimme Ælling)」ってことで良いのでしょうか。

一枚目の花の色がすごくいいのですよ、鮮やかで。
  1. 2011/10/06(木) 22:10:42 |
  2. URL |
  3. 出戻りフォトグラファー #aYDccP8M
  4. [ 編集]

ごくろうさまです。

ロシアレンズって私も好きですよ~~~

作品は、最後の写真が人物がシャープで
表情が良くて、好きです。
  1. 2011/10/07(金) 13:20:21 |
  2. URL |
  3. やまがた #-
  4. [ 編集]

Re:さすがの深川チューニング

出戻りフォトグラファー さん
有難うございます。
今回の蘇生作業は正直申し上げて、とても楽しかったです。

レンズ改造を志す人が、一番最初にこれやったまずハマって抜けられなくなるくらい楽しかったです。

なぜかといえば、小汚いヂャンクを洗い清め、可能な限りの知見を注ぎ、鏡胴内外をベストの状態に仕上げまた磨き上げた、極彩色のマルチコートも美しいエレメントを注意深く落とし込み、両端から全周スクリューで留めて仕上げる・・・再生した光学ブロックをライカマウントのアッセンブリに固定し、慎重に無限を調整していく。

単に出来合いの高性能レンズのマウントコンバートでは味わえない、レンズ造りの醍醐味が味わえたからなのです。

ホント、クセになりそうな楽しさでしたよ。
  1. 2011/10/07(金) 23:04:20 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

やまがたさん
有難うございます。

そう、そろそろ、ロシアレンズの復権を本気で考えてもイイ時期が来たのかな?とか、思うようになりました、この頃。

このレンズは、もう一本のレンズの改造、そしてテスト結果に気を良くした結果、余勢を駆って改造したこともありますが、御本尊さまの性能はもっと凄いですよぉ・・・

詳しくは11月の深大寺ツアーにて(笑)
  1. 2011/10/07(金) 23:07:10 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

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Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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