深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

パラレルワールドから来た迷玉~NKPF50mmF2H・C~

NKPF01.jpg
さてさて、今宵はこのところヘタッピィなSF小説?に目覚めてしまった工房主人の書きネタ、満を持しての登場です。

予告編というか、前編は厚かましくも、たまたまイメージに合う景色の作品が載っていたことから、某友誼電站からスタートしましたが、本編はここから・・・

(中将姫光学;「窓外的象差」より続く)
この"庵"全体を包む不快な音と、自分自身への強烈な帯電感に苛つきながら目の前の神宮寺老人に目をやると、老人は作務衣のまま、ずっと瞑想するかの如く一切の表情を押し殺し静かに息をしている。それに引き換え自分はどうだ。
頭を抱え、ムンクの「叫び」宜しく絶叫まではしないものの、もうじっとしているガマンの限界だ。

すると、窓の景色の流れが目に止まらない速さになると同時に老人の手から頭から、次第に燐光に包まれ、やがて全身がネオンのように光り、ふと正座する自分の膝にも視線を落とすと、同じように眩く光っている。

老人は目の前に居るにも関わらず、距離感が馬鹿になっている。遥か彼方からの呼びかけの如く、「タイムトラベル初体験はどうかね」と。
答えたくとも答えられず、今の状況にじっと歯を食いしばって耐えていると、「誰でも初めはこんなものだ、失神したりしないだけ上出来だ」と。

この地獄の責め苦のような状態は永遠に続くのではないかと思われたが、不快感がピークに達し、一瞬意識が遠のきかけた時、音と帯電感は消え、また元の静寂が"庵"に戻った。

「1945年の4月だ」老人はこともなげに言う。

言われたことがすぐに飲み込めずにいると、畳み掛けるように「時間は一瞬にして飛べるが、地球上の二地点間はそうはいかない・・・不便なものだ」と。

「で、仮に今が1945年の4月だったら、本土空襲は始まっているし、あと4ヶ月で終戦じゃないですか」と。

「それは元の世界での話しだ。ここではまだ沖縄も硫黄島も連合軍に上陸されておらず、44年末にUボートと北極圏経由のハインケルのジェット輸送機で運ばれた資材で組まれた橘花と過給機付高高度迎撃戦仕様の烈風が二枚看板で制空権を担っているため、成都からのB29のピクニックもない。」

「ということは、日本は勝っているということですか・・・」いつの間にか老人のペースに乗せられ、この架空戦記の話題に首を突っ込むことになってしまった。

「それも違う・・・いずれは負けることになるのだが、こちらでは負け方が違うということだ」あたかも自分が歴史を決める神であるかのような威厳を持って老人は答えた。

「一体、どういうことなんですか・・・自分が大学で学んだ現代史と全く違っている、そもそも橘花や烈風なんか、終戦前に試運転も十分に出来ていたか、いなかった兵器ではないですか。」

「4式中戦車も5式重戦車も、5式自動小銃も電波信管も射撃統制レーダーもあるよ、こっちの世界ではな、因みに一番のネックだった燃油もGTL、天然ガスからの液化に成功して解消しているよ。」

「今から、キミと私はハインケルの定期便で北極経由、ベルリンに飛んで、ツアィスのイエナ工場の自爆をけしかけた犯人を探し拘束するんだ、軍務部の上の方には話をつけてある。」

「ベルリンって言ったって、あと二週間もしたら、連合軍に包囲され、総統が防空壕で愛人と自決して、あっけない幕引きが待っているのでしょう、どうしてそんなとこへ行けますか。」

「それも、向こうの歴史。こちらでは、潤沢に製造されている人造石油でキングタイガーもUボートもメッサーシュミットも元気に飛び回って、連合軍を押し返している。いずれは負けるが、こちらではまだ先の話だ。」

一方、その頃、ドイツでは、ベルリンに呼ばれたツアイス社の経営幹部であるハインツ・キュッペンベンデル博士が幾度となく、謎の人物の面談を要求され、途方もない「事実」を告げられる。
「私の来た世界では、ドイツ第三帝国はあと二週間程度で陥落してしまい、貴社は米英の自由陣営と、ソ連の共産陣営の二つに跡形もなく切り分けられてしまう・・・そして、同じ敗戦国の日本が寛容な占領政策のお陰で、偉大なるツアイス、ライカのカメラを世界中から駆逐してしまう。」

「そんなことがあってたまるか・・・」我が社のコンタックスは言うに及ばず、ずっと簡単なライツ社のカメラですら満足のモノマネ出来ない国が世界に冠たるドイツの光学製品を世界から駆逐出来よう筈がない、インド人がイギリス人を跪かせるくらいに有り得ないハナシだ。

「しかし、事実なのです。貴国からの断片的な技術情報でジェット戦闘機は飛ばすし、ジェットタービンの軸受鋼は現に日本からのクロスライセンスですし、GTLの技術も官営製鉄の技術がなければ完成しなかった。もっと端的に申し上げれば、世界一の巨大戦艦の測距地球儀を作ったのは、第一次大戦後に食い扶持求めて極東に渡った貴社のエンジニアの教え子達です。」

「百歩譲って、自分が日本を過小評価していたとして、その我が社の悲劇的な結末と日本勢の躍進はどうすれば止められるんだ」

「よくぞ聞いて戴きました。貴社の工場の主要な資機材、書類・データ類を夜陰に紛れて中立国に運び出し、総員退去の上、ドレスデン爆撃の夜に自爆させるのです、あたかも誤爆されたかの如く。」

半信半疑だった博士は、謎の人物の「Coolpix」のデジカメを見せられ、この人物が人外魔境からやってきたことを信じざるを得なくなりました。

そこで、写真部長のリヒテルと極秘に会議を行い、日本嫌いのベルテレまで引き込み、この壮大な大イカサマバクチを行うことに意を決しました。

1945年5月の或る夜半、メッサーシュミットのジェット、ロケット戦闘機の合間をくぐり、雲霞の如きB29が絨毯爆撃をドレスデンに行います。

しかし、こちらの世界では、この空襲は謎の人物からツァイス社の上層部経由、国防軍に予め知らされており、避難は完了していたので、奇跡的に極少数の負傷者のみで済みます。

その夜を焦がす大爆発の競演のさなか、近隣にあるイエナのツアイスの工場が大音響と、空を焦がすが如き高い火炎と共に跡形もなく吹っ飛びました。

そうなると、困るのが、連合軍各国です。予め戦後の冷戦を見越し、軍民用共に魅力有るツアィスの技術、設備が手に入らなくなってしまったのです。

そこで、両国の軍令部の高官がヤルタで密談を持ちます。

ソ連の太平洋戦争産戦、そう、ソ満国境越境、そして北極海経由での艦隊輸送による日本本土上陸攻撃の密約です。

こちらの世界でもやはり米国は世界に先んじて、核兵器の開発に成功しましたが、制空権が今だ取れないため、主要都市への爆撃も成功せず、従って、原爆の投下など、橘花や過給機付き烈風のバルカン砲や噴進弾の餌食になる危険性を考慮すれば得策ではありませんから、圧倒的な陸軍力を誇るソ連軍に先に上陸を許し、それに釘付けになっているうちに海軍力、航空力で以って米英勢力が波状攻撃を掛けるという戦略を講じたわけです。

しかし、ここで参戦の条件となったのがやはり戦後占領策で、両陣営とも喉から手がほど欲していたカールツァイスが灰燼と帰してしまった以上、これに代わるものは極東の教え子達、日本の光学機器メーカーしかありません。

その結果、、日本光学はソ連に、そして東京光学他は米英にという、共同統治とする東京周辺の「宝の山」の山分け案が罷り通り、8月15日のソ連軍の房総方面からの上陸から、太田ほか主要軍事工場都市へのB29の夜間爆撃を経て、松代大本営への熱核爆弾投下の最後通牒を持って、1945年暮れ、日本は無条件降伏し、ソ連軍は念願の日本光学の設備、資料、エンジニアをシベリア鉄道経由、クラスノゴルスクへと運び去ります。

そして、戦前から民生用への進出を試みていた、日本光学のライカ版写真機用レンズ試作部品の数かずが、元々、クラスノゴルスクで極少数、戦功があった将官クラスに送られるために作られていたカメラのレンズに利用されたのでした。

さて、話しは1945年の4月に戻ります。

ハインケルのジェット便でベルリン入りしたタイムパトロール1名とその俄か助手は、キュッペンベンデル博士に会いに行く直前のタイムトラベラーの塒を急襲し、その身柄を拘束し、スイスローザンヌ在住のタイムパトロール協力者に引き渡します。

その犯人は、何でも「ニコンの改造レンズを溝の口の深海生物に頼んだら断られたので、その腹いせに歴史を弄ってやろうと思った・・・」と。

そして、またジェットで日本に戻り、"庵"を駆って、二人は2008年晩夏に戻りました。

「大丈夫、異次元との交錯は元に戻った」老人は茶を点て、楽茶碗を掌で弄びながら、木漏れ日に目を細めつぶやきました。

とにかく、家に戻って、冷たいシャワーが浴びたかった、そして、悪夢のようなこの二週間?の出来事を忘れたかった・・・しかし、時計は老人の庵に来てから一時間少々しか経っていない。

庵を辞して街に出てみると、若い男女のあられもないファッションはそのままだし、ガソリンも180円/Lそのまま、首相も福田ジュニアのままだ。

そうだ、出たついでに久々に街の中古カメラ屋でも覗いてみるか・・・

ショーウィンドを覗いてみると、1946年製の程度の良いニコンRF機が何台か出ていた、大冒険?の後、久しぶりに新しいカメラでも買おうか、という気になった。ついでにライカ社製とキャノン製の交換レンズも一緒に買っていこう。(完)

てな、ストーリーですが、この写真のレンズはクラスノゴルスク製では勿論なくて、(小笠原海)溝の口に棲息する深海生物工房で作られたものでもなく、深川精密工房で軽量化のために実験的に試作したワンオフレンズです、その名もNikkor Krasnogorsk Produced by Fukagawa、略してNKPFというワケです。

テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2008/08/04(月) 00:39:30|
  2. その他Lマウント改造レンズ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
<<市井に埋もれた異才~W.Komura35mmf2.8S~ | ホーム | Red-Induster220 2"f3.5>>

コメント

 写真機材研究者Dr,Oguraさんがいないいま、異色ではありますがその遺伝子を感じることができます。 今回の案件にはMIZONOKUTIの磁場が強いようですが、KUJIだったら話のすじがNikonだとするとリアルで怖いな、とおもいました。 この怖さは歴史というものに、文章よりも、ものとしての工業製品が喚起する力から来るのでしょう。 戦争というせめぎあいがその後の工業製品を飛躍的に高めるのは確かかもしれませんが、精神文化からいえば、田端某のギターを引き合いにだされて、バタやんはずっとひとつを使っているみたいよと、終戦を二十歳で迎えた母に、カメラを買うたびにこんな小言を言われたりします・・・。
  1. 2008/08/04(月) 21:41:38 |
  2. URL |
  3. 13ordre #-
  4. [ 編集]

うわ~!

このLマウントのニッコール5cmf2!
ひょっとして、私が長年探している「m表示!」ですよね?
実物はおろか、画像でも見た記憶がありません!!
feet表示のレンズなら何故か2本も持っているのですが・・・
いいなあ~!欲しいなあ~!(笑)
  1. 2008/08/04(月) 22:04:33 |
  2. URL |
  3. むらさき茄子! #kqgYIJQs
  4. [ 編集]

13ordreさん
コメント有難うございます。
この紛いモノレンズの言わんとしていることは、たまたまドイツが米ソの進攻でツアィスがその戦果のひとつとして、両陣営への分割の悲哀を味わい、しかも、その戦前の光学技術の粋であったゾナーがオリジナルのコンタックスマウントではなく、戦後のどさくさ?でクラスノゴルスクにてライツ同規格のマウントを持つFed&Zorki用の交換レンズに改変されてしまいましたが、ほんの少し歴史の歯車の噛み合せが変わり、日本が進攻・占領を受けていたら、こんな組み合わせもあったのかな・・・と都内最大の被災地深川で思ったわけです。あ~本土決戦、国土分割統治がなくて良かったと思った次第です。

それにしても、カメラ買いが好きな息子さんに対し、バタヤンを引き合いに出して嗜めるとは、この親にして、この子と有り!と思わず笑い出しそうになってしまいました。
  1. 2008/08/04(月) 23:23:31 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

むらさき茄子さん
コメント有難うございます。
よ~くご覧になって下さいね・・・これは首から下がソ連製の最初期型のインダスター50mmf2.8のヘリコイドユニットに組み合わせてあるのです。
勿論、光学系は深川精密工房で分解クリーニング&再調整してあるピカピカのものですから、写りはバッチシ、しかも、このまま固定してあるネジを工具で緩めて、引っこ抜けば、フィート表示の真鍮製のオリジナルヘリコイドにも嵌りますし、絞りリング回りの部品をちょっと換えるだけで、オリジナルのSマウントにも、キャノン50mmf1.8改のメーター表示のヘリコイドユニットにもそのまま使えるという、悪趣味中年の着せ替えお人形さん状態になっています(笑)
  1. 2008/08/04(月) 23:30:19 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

こんばんは。
ものすごく完成されたストーリーですね。
だいぶ以前からプロットを練られていたのか、泉のごとく溢れるアイディアを一気にストーリーに仕立てたのか、どちらにしても読み物として一級品と思います。

ライカ以降の光学史はよく知られていて、歴史上の多くの必然と偶然によって生み出されたレンズを何十年も経った今でも愛用させてもらっています。
しかし中には何とも不可解なこと、謎に満ちたことも存在していて、調べて判明するケースもありますが、やはり分からなくてあとは想像で補うことが多く、それがまた楽しいわけです。
神宮寺老人のストーリーは、それをさらに発展させた if を自分なりに解釈して、それを事実として検証していってますので、SFであると同時に歴史小説でもあると感じられます。

それにしても、クラスノゴルスク・アルミ鏡胴にすっぽり納まって違和感をまったく感じさせられないこのニッコール、あまりにも見事です。
  1. 2008/08/05(火) 20:40:13 |
  2. URL |
  3. 中将姫光学 #sKWz4NQw
  4. [ 編集]

中将姫光学さん
過分のお褒め有難うございます。
パラレルワールドから来たレンズ、という設定、そして向こうでの登場人物、日本本土へのソ連軍上陸、東京の連合国による共同統治までの漠然としたアイデアはこのレンズの構想段階から持っていましたが、やはり、貴ブログのぐるぐる窓の記事を拝見し、一挙に頭の中がスパークしました。
郊外の緑深い邸宅に閑居する老人が実はタイムパトロールだった・・・或る意味、予備校時代、勉強もろくすっぽしないで読み耽った光瀬龍氏へのオマージュでもあります。

でも、神宮寺老人には、今お会い出来ません・・・何とならば、紀元前のエジプトでレンズ豆の畑を枯れ草剤で根絶やしにし、この世から"レンズ"という概念を抹殺しようと企み、殺到するレンズ改造注文に倦んで海溝入り口に不時着した別銀河からの時空航行艇をシージャックした深海生物退治に遥かカフラー王の治世まで"私"を従えて飛んで行ってしまったのですから(笑)
  1. 2008/08/05(火) 22:03:13 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

追解説、ありがとうございます。
レンズ改造中にインスパイアされて、ストーリーが構築されていった様子がおぽろげながら想像されます。
筋立てが先に着想されて、それにふさわしいレンズを組み立ててやろうという逆発想もありうると思いました。
ぜひ、作家業の方にも注力して、そこで生まれたレンズがこれだ、的な力技もものしていただきたいです。

神宮寺老人の部分は、とうていわたしには判読できましぇん。
難解に過ぎまする。
  1. 2008/08/06(水) 20:59:45 |
  2. URL |
  3. 中将姫光学 #sKWz4NQw
  4. [ 編集]

中将姫光学さん
再びコメント有難うございます。
う~ん、スト-リーもレンズ改造のメソッドも思いつこうと思って思いつくものでなし・・・今届いたばかりのROSS RESOLUX50mmF3.5はまずオリジナルと寸分違わぬカッコと当時の加工精度を凌ぎL39化する方法を考え出しましたが(笑)物語の方はまだちょっと・・・

で、神宮寺老人の顛末の方はと申しますと、とても変わった設定なのですが、25世紀の世界連邦科学局の時空管理部の嘱託タイムパトロールなのですが、ここの組織は基本的に数十年おきに支部を配置し、そこにタイムパトロールが数名居て、前後の時間での異常を監視しているのですが、専門的な事物までには目が届かないので、かつての時間駐在員で今は定年退職したOBがその専門性を活かし、出張扱いで不良タイムトラベラー、要は過去に干渉しない、過去のものを持ちかえらない、過去にものを置いてこない、という時間旅行3原則を破って、歴史を改変しようとする犯罪者を取り締まっているのです。

今回のケースは、深海生物工房というレンズ改造を気軽に頼めるアルバイトを始めた良いが、相模の国といわず、都内といわず、関西、九州からも、レンズ改造の注文が殺到し、初めはワーキングプアから抜け出るためと割り切っていた、(小笠原海)溝の口在住の深海生物氏が、しまいには、睡眠時間どころか、大好きなお絵描きの時間まで取れなくなってしまい嫌気がさし、もうやめたぃ~と思うまで追い詰められてたところに、たまたま、家の近所に異次元から来た時空航行機能付の小型宇宙船が不時着したので、それを乗っ取って、レンズというものが生まれた先史時代のエジプトに飛び、レンズというものがこの世に産まれないよう、元になったレンズ豆を根絶やしにしようとしたので、神宮寺老人がそれを阻止しようと時間を遡行していっているというオハナシです。
そう神宮寺老人は、時空管理部ではプロフェッサーと呼ばれ、光学・精密機械の開発史に改変が加えられないよう監視、是正を行っているのです。
  1. 2008/08/06(水) 22:14:53 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

残暑お見舞い申し上げます。

 lens研究家のキングスレーク氏によると、テッサーへの発展をトリプレットからの移行としないツアィス側の「発明」と定義し、その歴史観を明確にしています。それに対して同著書の一節に、興味深いコメントがあります。「computerによる設計には歴史観が無い」という様な[最近]のlens設計への意見です。lens設計に人智のあとを読むと、所詮はcomputerだって単なる計算機にすぎないし、computerへの入力だってデザインするのは人知だとおもいますが・・・。 ひるがえって、944さんの「lens」歴史観ですが、引き伸ばしレンズをも一搬撮影用でも使うのは、いまは亡き中村正也さんもアポ二ッコールのぼけ具合への意見もあり、意外とこれからも出てくるのかな?と思いますが、コシナzeissの50mmf2が製品として近いのかな、ともおもいました。いずれにせよ、かつてのNikonがクセノタールを高解像度接写タイプとして[発見]したように、ダゲールがシュバリエの眼鏡店に訪れた様に、新たな時間の流れがcrossするような、そんな予感を壮大なSFの話から読み取れます。  ところで、nikonに試作品としてあったコンタックスtypeのライカmountカメラに今回のソ連二ッコールをつけたら、1950年代、「北日本光学ソ連」で売れるかな・・・と、すこし頭が毒されてきました。・・・「神宮寺老人」にしかられそうです。     ROSSの初期には時間的にzeissの影響のないtypeのレンズがあるようなので、興味深いです。暑さにめげずがんばってください。
  1. 2008/08/10(日) 17:52:27 |
  2. URL |
  3. 13 ordre #-
  4. [ 編集]

13ordreさん
暑中お見舞い有難うございます。
そーですね、たかがレンズ、されどレンズということで、この小さなガラスと少々の金属の塊には、夢とロマンがあり、いや、寧ろそれ自体がミクロコスモスなのかも知れません。
まさにご慧眼の通り、ここでもしかり、Sマウント化のキャノンしかり、各引伸しレンズの実写しかり、ただ単に面白いから作ってみたのではなく、無いからこそ、有ったらどうなのか?という自問自答の迷路の果てに見つけ出した創造物なのです。
なお、Rossのレンズも改造終わりましたので近々登場予定なのでお楽しみに♪
貴兄も時節がら、くれぐれもご自愛下さいませ。
  1. 2008/08/10(日) 22:35:02 |
  2. URL |
  3. charley944 #SFo5/nok
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://pwfukagawa.blog98.fc2.com/tb.php/47-5f502c10
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる