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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Going back to Beijing'17②

さて、今週は二週に亘ってお送りする11月初旬の北京旅行からのハイライト、第二回をお送り致します。

まず恒例の行程のご紹介ですが、三日目の朝は、昨日の国家大劇院の正面図というか北から撮った写真はてっぺん付近に太陽が位置してしまう、という金属外装の建造物を撮るときには最も避けるべき条件で、何とか騙しだまし撮っていたという自覚症状があったため、仕方なく、滞在三日目で明朝にはまた帰国しなければならないと云うのに大劇院経由の一日のスタートで、正面から何枚か撮った後、ほど近い天安門まで歩いて行って、厳重なセキュリテーチェックを経て、故宮に入ったのが11時過ぎ、そこで御物拝観しながら、敷地内でここぞという時にシャッター切る、要はどっちつかずの観光
スタイルを押し通し、故宮博物館というか紫禁城の観光コースを一通り巡ってから、ランチも兼ね王府井を目指すべく、北側の門から出て、お堀を時計回りに回って、幾つかの胡同やら巷を写真撮りながら通り抜け、王府井に着いたのが2時前、撮影スポット探索も兼ね、まずは、前日、スナップを敢行した「王府井小吃街」に向かいそこで何気なく目を泳がせていたら、北京ダックが50数元、即ち日本円で1000円そこそこで食べられるという立て看板があったので、そこに入ってあえなく爆沈、仕方なく、前日に入ったショッピンセンターの食堂街の飲茶等のお店でランチの摂り直しをするという前代未聞の惨憺たる状態で、しかるのちまた王府井でスナップしながら地下鉄駅に移動し、そこから今回の絨毯爆撃的スナップ会場とすべき「八代胡同」エリア最寄り駅である「虎坊橋駅」に向かい、地図もろくすっぽ見ないで、好奇心の赴くまま2時間以上も裏通りや路地裏をほっつき歩いて、そろそろ飽きてきた頃に表通りに出たら、「和平門」駅の真ん前だったという僥倖に巡り合い、そして最終目的地である「軍事博物館」に地下鉄で移動し、地上に上がり、胸ときめかせて正門前に着いたら、閉館中という過酷な現実に直面し、仕方なく北京駅近くの宿に引っ込んだ、というのが今回のあらましです。

では、さっそく行程に沿って、実写結果を見て参りましょう。
カメラはLeica M8、レンズはLeitz Elmarit21mmf2.8、全コマ開放AE撮影となります。

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まず一枚目のカットですが、大劇院と今回の滞在最後の対面を惜しんで別れた後、徒歩で故宮博物館の一部でもある天安門方面に歩いて行こうとしたのですが、歩道工事とセキュリティ上の要請の合わせ技なのか、いったん地下に入って、それまで歩いていた南側、即ち人民大会堂北側の歩道から、北側の天安門側の歩道を通るようなルート設定されており、仕方なく、人の流れに沿って歩いていくと、地下鉄全駅でのX線荷物検査、及びニトロ化合物検査では飽き足らないのか、故宮に入るずっと手前の歩道上にX線検査と身分証チェックの小屋が掛けられており、全員そこを通らないと、故宮博物館にも、横断歩道経由、天安門広場にも行けないようになっていて、北側に渡ってすぐ人民大会堂をバックに人の流れを撮ってみたもの。

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二枚目のカットですが、首からこれ見よがしにライカを提げているせいか、あちこちで声を掛けられることが多く、或る者はカメラに関心を持って話し掛けてきたり、また或る者は、こういう高そうなカメラ提げてる人間なら、自分のスマホン預けても持ち逃げされたりはしないだろうという安心感からか、記念撮影のシャッターを押してくれということだったり、この香港からという小姐は友達と別行動なので、記念撮影のシャッターを押してくれそうな人が見当たらなかったので声を掛けてきたということだったので、お返しに天安門をバックにモデルさんになって貰ったもの。

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三枚目のカットですが、厳しいセキュリティチェックを通り抜け、やっと天安門より内側に入っても、すぐに故宮博物館に入って見物出来るワケではなく、ネット経由、チケット予約してなかった人間に対するペナルティ的な仕打ちが待っていて、それは門内部の隅っこ、インフォメーションセンターで聞かなければ到底見落としそうな小屋の窓口に並んで、現金で切符を買い求めなければならないということで、ここでも15分以上並ばされ、やっとチケットというか身分証チェック済のバウチャみたいなA4の紙をプリンタで出力したものを40元払って発行して貰い、せいせいしたキブンで博物館入り口に向かう途上に撮った一枚。

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四枚目のカットですが、天安門横の入場ゲートから故宮博物館への入り口までの間の広場には、ネット予約してある人間のためのバウチャ引き渡しコーナーみたいなものが至る所にあって、ネット予約した人間に恩恵を与えているようなのですが、それでもチョンボっておきながら、係員に詰め寄ったり、泣き落そうとする手合いは国籍、宗教に関わらず少なからず居るようで、入り口に一番近い引き渡しコーナーでもソ連軍払下げみたいなヘンな手編みの帽子を被った白人観光客が渡されたプリントを片手になかなか立ち去ろうとせず、同伴の女性の予約も一緒にしたのに入っていないとかなんとかクレームつけ、必死に事態収拾を図ろうという真摯な態度に心を打たれ、野次馬込みの人混みの中から一枚戴いてみたもの。

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五枚目のカットですが、成田を出て以降、艱難辛苦の挙句、やっと辿り着くことが出来た故宮博物館の入り口から入ってまず目に入る、ラストエンペラー等の大作映画のロケでも複数回使われた、一番最初の宮殿とその前の広場の威容を広角レンズの威力発揮でまだPM2.5シーズン前のどこまでも広い北京の蒼い空をバックに一枚撮ってみたもの。

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六枚目のカットですが、広場を歩いて渡り、一番最初の宮殿に辿り着き、絢爛豪華な玉座を一目見て、出来ることなら撮影して、運が良ければ、それを背景に自撮りまでやってしまおうという逞しい中国人民でゴッタ返す宮殿正面からの見物をそこそこに切り上げ、向かって左側の建物を見物して特徴的な屋根回りの写真でも撮ろうかいな、と思ったら、同じように人混みに辟易したようなタイ辺りの坊さんが、ねぇ次どこ行く~?、え~写真もうLINEに上げちゃった~?てなノリで歓談に打ち興じていたので、その和やかなご様子を傍から一枚撮ってみたもの。

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七枚目のカットですが、まさに中華人民共和国となった現在は故宮と呼ばれる清王朝による宮殿遺跡転用の博物館がかつて紫禁城と呼ばれた時期を彷彿とさせる、くすんだ朱塗りの高い塀が両側にそそり立つ長い通路は、前回、確か1999年に初めて北京にパック旅行で来た時、右も左も判らないまま、ガイドさんの言いなり聞く蔵状態で、中を連れ回され、いきなり目の前に広がって、その威容にいたく感動した覚えがあったので、嬉しくなって太陽が画面に入ってしまうリスクもものかわ、一枚撮ってみたもの。

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八枚目のカットですが、南の天安門側から入って、景山公園に面した北の門から出るという、共産主義国家に相応しい、極めて合理的かつ効率的な見学ルートを終え、故宮博物館からは南東に位置する王府井まで徒歩で移動すべくお堀伝いに歩いていたら、ちょうど北東角の辺りで、中華系民族の大好きな借景結婚写真なんか仰々しく撮っていたので、専属カメラマンがセッティング等で手薄の頃合いを見計らって、何枚か撮らせて貰ったうちの一枚。

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九枚めのカットですが、お堀の東側の南北に走る、比較的交通量は多いものの、街路樹が両側に植えられ、立ち並ぶ住戸や店舗棟の建造物が石造りで風情溢れた、同じ首都の東京とは比べ物にならないくらい景観を重視した素晴らしい道を歩いていたら、これまた赤い羅紗張りの幌も素晴らしい人力自転車が頃合い良く走ってくるのが見えたので、立ち止まって一枚撮ってみたもの。

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十枚目のカットですが、王府井に移動するには南北に走る道を建国門街まで歩き切ってしまうと、また繁華街の中心に辿り着くためには改めて王府井の歩行者天国みたいな通りを北上しなければならないので、適当な緯度で東方向に向かわねばならず、いつもの勘働きで面白そうな雰囲気の漂う路地に入って行ったらすぐに石造りの家の前に置かれた椅子の上で日向ぼっこをしているいたいけな極小姐の姿を通りすがりに一枚戴いてみたもの。

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十一枚目のカットですが、故宮東側の大きな通りから王府井方面に繋がる東西に走る裏通り、中国表記で云う巷を歩きながらも、北半球である限り方向感覚には絶対的な自信有りますから、迷う心配などせず路地裏を見つけては覗き、写真を撮るという基本動作の繰り返しで、ふと目に付いた武骨なアルミ構造が剥き出しの造作が特徴的なな三輪オートバイがさりげなく置かれた路地を撮ってみたもの。

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十二枚目のカットですが、同じく王府井へ移動する巷から巷への散策の途上、先般、上海の淮南中路伝いの散策で大通りを少し入ったところに在る19世紀から20世紀の初頭にかけての租界がらみの石や煉瓦造りの家や通りよりも更に古めかしい雰囲気を湛える煉瓦造りの狭い路地が目に着いたので、中に入ろうとする妙齢の女性をやり過ごし、後ろ姿でエキストラ出演して貰い、辺りの様子を撮ってみたもの。

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十三枚目のカットですが、王府井で二回もランチを戴き、周辺を何枚か撮りながらMRTの駅に移動し、かつての遊郭の佇まいを残すという「八大胡同」エリアで思う存分スナップを敢行すべく「虎坊橋駅」で降り、あとは地図でエリアへのアプローチだけ確認し、後は歩きながら辺りの様子を見ながら、勘働きも駆使して臨機応変にルートを考えるという、いつものスタイルで歩き出したのですが、ラッキーなことに地図で地名を見て覚えていた陝西巷へと足を踏み入れてすぐ、人力車が古風な石造りの宿屋の前に停まって車夫兼ガイドのスキンヘッドのヲッサンが説明を始めたら、赤い扉が開き、観光客が出て来たのでその瞬間を切り取ってみたもの。

Beijin17_031.jpg
十四枚目のカットですが、この陝西巷を含む付近一帯は、かつての遊郭跡とは云われるものの、東京都内の赤線・青線遺構の下町界隈とはだいぶ趣きが異なり、何せ地方からの人口流入が東京の比ではない北京の中心部のことですから、徒歩でも自転車でも交通量の多い通りに面した店舗兼住宅は巧みな改装の結果、古風な雰囲気は残しつつも、健全な街並みに生まれ変わってしまい、路地裏撮影愛好家にはやや物足りない感なきにしもあらずだったのですが、ちょっと脇に逸れれば、おそらくは文化大革命以前のこの辺りの庶民の暮らしていた住戸そのままの佇まいが残されているので、嬉しくなって一枚撮ってみたもの。

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十五枚目のカットですが、結局、900m近く続く陝西巷の北から南、南から北を往復して写真を撮っていたのですが、半分より南に近い辺りまで行くと、街の由来を意識した街並みづくりを志向しているのか、歩いて来た途上に比べれば、道の東西両側に建ち並ぶ石造りの建物も、この街の全盛期だった清朝末期か中華民国建国当時の雰囲気をさりげなく漂わせており、道端で麻雀なんかにうち興じる年寄りを横目に人力車が頻繁に行き交うので、頃合いを見計らって、人力車も入れて一枚撮ってみたもの。

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十六枚目のカットですが、同じく陝西巷からですが、この南北を走る有名な裏通りの南端に近い辺りでは通りもだいぶ広くなっており、両側も前方も視界が広がって、いかにも北京の下町のお店という雰囲気の店構えの商店の前を観光客を乗せた人力車が午後遅くの斜めからの陽光を浴びてすいすいと通り過ぎていくさまがなかなか面白かったので、立ち止まって一枚撮ってみたもの。

Beijin17_034.jpg
十七枚目のカットですが、陝西巷から元の通りに戻り、「虎坊橋」駅から二叉に分れて東西に向かう通りのもう一方と再び合流する地点まで辿り着いたので、次なる予定地「軍事博物館」への移動も考え、最寄りの駅にを目指しながら下町の風景を撮ろうと、再び西方向に歩き出して直後に夕陽に照らされる石造りの街並みの佇まいを撮ってみたもの。

今回の感想ですが、いやはや、最後に出張で来てから、実に13年ぶりの北京は別物でした。
仕事での出張では土日も気を使った商社の現地スタッフが何処かに連れて行ってくれるし、反対に言えば、好き勝手には歩けなかったし、ましてや一人で勝手に路地裏に入り込んで写真撮りまくるなど、絶対に出来なかったことではないでしょうか。
街も豊かになったし、表通りの景色も変わってはしまいましたが、それでも、国家大劇院の建設現場事務所にされていた胡同の古い学校の三階の会議室から眺めた胡同の入り組んだ路地は場所こそ違え、いまだに健在ですし、何よりも誰の助けも借りず、自らの足と目で、そこに暮らす人々の今を切り取っていけるというのが、とても嬉しかったと思いました。

さて、次回は久々の工房作の珍レンズ?のレポート行きます、乞うご期待!!
  1. 2017/11/19(日) 17:30:36|
  2. 旅写真
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charley944

Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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