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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Adventure for ancient castles in neighborhood of Tokyo in April. '22.

さて、今週は、出張やら無料航空券の旅行やら、帰省やらで心ならずもスキップしてしまいましたが、面白げなレンズで土浦、そしてその翌週水戸を散策してきた画をご紹介したいと思います。
まず、行程の紹介以前の問題として、何で、土浦と水戸なんか一日で回ってしまわないのか、よほどヒマなのか、電車賃を無駄遣いしたいのか、そんなに時間とカネが余ってるのなら、レンズでも改造せんか!?ゴルラァ!!といったところですが、なにせ、土浦は初めて訪れた地で13時半過ぎに到着してから、まずはランチ♪と食べログで調べておいた、駅から湖への途上にあるウエスタン&カントリー系のレストランに徒歩で向かったのですが、駅から歩くこと20分弱、やっと見つけたくだんのレストランはどうやらコロナ禍に耐えきれず、店を畳んでしまったようで、仕方なく、駅経由、お城に向かう途上で何処かに入って腹を満たそうと考え、駅まで戻ったら、やはり食べログでそこそこ評判の良い駅ナカのブッヘレストランが開いていたので、そこに飛び込んで、心行くまでサラダ中心のランチを戴き、しかるのバスで移動しようと駅西口のバス停に向かったら、何と小一時間またないとコミュニティバスであるマイクロバスがやって来ず、やっと待ってやってきたバスに載ったら、駅から比較的近い反対時計まわりのルートではなく、よりによって、駅に戻ってくる二つか三つ前のバス停がお城の最寄りという有り得ないコースで、結局、歩いても15分もかからない距離の城跡に辿り着くのに2時間近くロスが出た上、想像以上に良く出来ていた木造復元櫓の検分で土浦を出るのが16時を過ぎてしまったので、そこから水戸城に行っても、復元された櫓は元より、現存以降の弘学館の中を見学出来る時間はとうに過ぎてしまうので、諦めてお江戸に戻り、翌週末も天気が良さそうなので、結局、また水戸迄出掛けたってことです。
ではさっそく、二週間分の週末の趣味性の高いレンズでのショートトリップの様子をご紹介致します
Tsuchiura22may_001.jpg
まず一枚目のカットですが、駅からのバスでやっと辿り着いたお城の最寄りバス停からはお濠越しに復元された、漆喰総塗籠め仕上げの東櫓の白亜の姿がお濠越しに見え、そのお濠には、気の早い色とりどりの五月の鯉のぼりが掛けられていたので、思わず足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Tsuchiura22may_002.jpg
二枚目のカットですが、さっそく逸る心を抑えつつ、お濠にかかる石橋を故事に倣って叩いて渡り、対岸の曲輪裏手入口に建つ、霞門と名づけられた如何にも古めかしい木造の薬医門の前に佇み、その風雪に耐えてそこに踏みとどまってきた雄姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Tsuchiura22may_003.jpg
三枚目のカットですが、本来は、ここ土浦城址では、県指定文化財であることから、一番価値の高い建造物は、関東で唯一現存する櫓門であることは疑いようもないのですが、いかんせん地味なのと、内部公開はしていないので、やはり、博物館とセットで105円という謎の入場料金で中に入れて、隅から隅までずずずぃと検分出来る、木造復元の東櫓を見ようと、入場前に全体を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Tsuchiura22may_005.jpg
四枚目のカットですが、なかなか興味深かった東櫓の内部探訪とその周囲の塀に設けられた石落としを至近距離で確認し、本丸から二の丸へと歩いて移動し、本丸と二の丸との正面入口に設けられた櫓門を正面から撮ろうと構図を考えていたら、親子連れがスキップしながら門を潜ってきたので、有難く一枚戴いてみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Tsuchiura22may_006.jpg
五枚目のカットですが、櫓門を潜って二の丸を探訪しましたが、やはり何も遺構は遺されていないので、まだ検分していない、内部非公開の西櫓の外観でも至近距離で仔細に検分しようと本丸の何もない広場を横切って、西矢倉の建つ土塁の下まで来て、総漆塗籠めの全体像を一枚撮ってみたもの
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Tsuchiura22may_007.jpg
六枚目のカットですが、そろそろ博物館に回らないと、せっかくの入場券がムダ゙になってしまう(笑)ので、西櫓の横の細道を辿って、裏手にある博物館に回ったのですが、その帰り道、駅に戻るにはお城の二の丸を突っ切って大通りへのルートを辿るのが近道かつ判り易かったのですが、午後の遅い陽が傾き出した頃合いの博物館と本の丸との間のお濠の周囲の風景がどことなく欧州の運河沿いの街並みのようにも見えたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Tsuchiura22may_08.jpg
七枚目のカットですが、後ろ髪を引かれる思いではありましたが、二の丸の広場の東の端に建つ、前川口門と名づけられた、これも来た時に潜った霞門とどっこいどっこいの古めかしい門ではあるのですが、こちらは高麗門構造なので、建造の様式としては、こちらの方が新しいものなので、面白いと思い、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはLeitz R-Summicron35mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_001.jpg
八枚目のカットですが、翌週も非常に天気が良く、このところ、外出癖が染み付いてしまった工房主は、衝動的に北千住経由、常磐線快速に飛び乗り、気が付いてみれば、南東北の入口、常陸国は水戸の駅のペディストリアンデッキから、駅前の丘陵のちょうど舌のように張り出した部位に令和3年6月に復元された二の丸角櫓を発見し、食事の後に歩いて向かう途上、丘陵の下から全体像を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_002.jpg
九枚目のカットですが、実はここ水戸城址では近年復元された二の丸角櫓が城郭マニアの間でもてはやされておりますが、その前年の令和2年には大手門が当時の材質、工法を可能な限り取り入れて復元されて、弘道舘との間の堀切のような公道を跨ぐ通路の二の丸側に建っていたので、全体像を撮ろうとしたら、日傘をさした上品女性が飛び入り参加してくれたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_003.jpg
十枚目のカットですが、次なる目的地は、当日のメーンディッシュである、昨年木造復元されたばかりで、まだ新築ホヤホヤの御年190歳超相当という二の丸角櫓へ向かうべく、大手門から旧二の丸へ続く、学校の立ち並ぶエリアを歩いたのですが、小中高の塀が、コンクリート製ではあるものの、姫路城などで見られるような銃眼「狭間」付の漆喰仕上げ調の瓦葺塀がどこまでも続いていて面白いと思ったので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_004.jpg
十一枚目のカットですが、高校と中学校の間の狭い道を400mばかり進むと木造復元された二階建ての櫓の前の庭に出ることになり、これは結局来た方角に戻って、裏側から丘の上の櫓にアプローチする以外の何物でもないので、現代における歴史的建造物などの遺構は後から出来た施設に遠慮しぃしぃ細々と露命を繋いでいるんだなぁ、と背景に駅ビルが入るのもものかわ、感慨深く全体像を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_005.jpg
十二枚目のカットですが、先週の土浦城同様、近年の文化庁の遺跡での建造物復元はかなりハードルが高くなってきており、いくら外観を似せても、史跡にコンクリート製の建造物を新たに建てるなどという暴挙は
許されようはずもなく、あくまでも建築基準法、消防法等をクリアする前提で、オール木造の当時の工法、材質での復元が必須条件となっており、ここでも絵図のみならず、同時代の木戸が市内で発見されたのが復元のきっかけになったというジュラシックパークもどきのなりそめだったらしいので、そのオリジナルに近い内部を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_006.jpg
十三枚目のカットですが、次なる目的地は、ここ水戸城址では、弘道舘と並ぶ数少ない現存建造物である本丸の薬医門なので、もと来た、学校の間の細い見通しの利かない通路を辿って、旧二の丸のメインストリート「水戸学の道」を東に進み、復元か否か微妙な杉山門を過ぎ、大堀切の向こうの本丸跡地に建つ、高校の入口まで来て、銅板葺きの大屋根を持つ門の雄姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_007.jpg
十四枚目のカットですが、時間内に弘道舘まで全て見ておきたかったので、門の周囲を撮って、またもと来た「水戸学の道」を足早に移動し、西の大堀切を渡って、弘道館の建つ丘陵に辿り着いたら、無料の庭見学ももどかしく、入場料を払って、本丸御殿と云っても過言ではないような弘道館の内部を隅から隅までずずずぃっと検分し、「靑天を衝け」で目にした小道具、大道具のオリジナルを目にした上に吉田松陰の直筆手紙まで見ることが出来、満足して出て来て、建物の全体像を撮るべく、庭園の視界の開けた場所から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Mito22May_008.jpg
十五枚目のカットですが、まさに幕末の一連の狂気の根源といっても過言ではない「尊王攘夷」の元となった「尊攘」の揮毫の掛け軸が床の間にかけられた座敷が公開されており、歴史の一場面に立ち会ったかのごとき得も言われぬ昂揚感を覚えたので、足を止めて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはCanon28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、いやはや、立派な天守閣が建つ、小田原から埼玉南部、千葉ゾーンにかけてふらふらと徘徊していましたが、天守はなくとも、オリジナルに極めて忠実な木造復元の櫓や現存の重厚な門が残っているここ常陸の国もなかなか面白い訪問先だなぁと思った次第。特に二週間、野菜中心の旨いブッヘがお値打ち価格で食べられたし(笑)

さて、次回からは、来週末に突発イベントが入らなければ、GWにこれまでで最長の国内旅行、佐世保から、岐阜まで9日間で撮った、歩いたの旅から数回に分けてご紹介致します、乞うご期待!!
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  1. 2022/06/05(日) 18:46:07|
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今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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