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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

Express tour to explore castles and forts located along Tokaido in Dec.'22.

さて、今回の更新は、「どうする家康!?」で盛り上がる前の東海道沿いのお城探訪の前回の積み残し分探訪をレポート致します。
まずは恒例の行程のレビューですが、11月に奉公先でどうしても外せない休日勤務があって、上司から絶対に年内に代休取って下さいよ!と厳命され、さりとて12/28に休んでもあんまり意味が無かったので、その二週前の月曜日を代休日として即席三連休に仕立てて、12/17~18にかけて、前回の東海道沿いツア-でどうしても見たかったものの、新幹線の時間の制約で寄れなかった、豊橋市の吉田城を皮切りに、11月まで工事中でリニュアルしたての浜松城を訪問、その後在来線で移動し、掛川で一泊して、まだ工事延長の掛川城はスキップし、翌朝はまたしても在来線で三島へ移動、ランチ後、山中城探訪、そして在来線で移動後、小田原に投宿し、翌朝は後北条家の土塁のお城、古小田原城とも言える小峯御鐘之台大堀切跡を探訪ののち、市内をささっと撮って、名物、国登録指定文化財の「だるま」で食事して帰京したというのがおおざっぱな流れです。
では、さっそく、三日間の足跡を実写結果で辿って参りましょう。

Tokai2212_001.jpg
まず一枚目のカットですが、30代前半の頃、2年間、名古屋市内に居住し、仕事で豊橋も何十回も来ていたのですが、ほぼ毎回、商社や特約店のスタッフの運転する車で、用向きのある場所まで移動したら、そのまま名古屋に戻るか、駅まで送って貰って、そこから新幹線で名古屋市内を含む次の目的地に移動する、という関わりしかなかったので、市内にこんな立派な復元櫓があるとはつい数年前まで全く気付かず、前回の福井からスタートして名古屋経由のお城探訪ツアーに組み入れていたものの、見送らざるを得なかった「吉田城鉄櫓」との涙の対面の図。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_002.jpg
二枚目のカットですが、今回の吉田城訪問に辺り、裏手が、かなり大きい流れであり、戦国~江戸期は水濠の代わりを果たしたと想像できる豊川沿いの崖に築いた高石垣の上に鎮座まします、古風な望楼型の三層三階建ての櫓は、たとえRC造の外観復元建造物ではあっても、纏っている雰囲気はまさしく、戦国時代に織田信長も立ち寄り、幾度かの決戦にも登場し、姫路城を現在の姿に改築した池田輝政公の美意識そのもので、また、この構図は同じく東海地方にある現存天守、「白帝城」と呼ばれる犬山城にも何となく似ているカンジがしたので、構図を工夫して撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_003.jpg
三枚目のカットですが、吉田城の内外の見学、そして豊川対岸からの撮影を無事終え、豊橋公園前から再びバスに乗って、豊橋駅に移動、そこから、ケチって在来線で40分弱の位置にある浜松まで移動、駅中で適当に寿司屋に入って、ランチなど頂いたのち、時折、降りつける雨に傘を広げながら、前回の記憶を辿って、市役所裏の真っ黒い外観が目印の浜松城を目指し歩き、市役所駐車場手前で視界が開けたので、望遠で天守門ごと一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_004.jpg
四枚目のカットですが、市役所裏の駐車場北の上り坂を登っていった突当りが即ち、浜松城の天守曲輪への通路入口となっていて、戦国時代からの城郭建築のセオリーである、街道から本丸ないし天守への動線には必ず、直角ないし、鋭角の曲がり角を複数用意しておく、の通り、市役所裏からの登城口から二回、直角に曲がるので、大人数の軍勢で攻め入ろうとすると当然勢いが削がれ、それを櫓や石垣の上の塀に設けられた銃眼「狭間」から矢や鉄砲を射掛けられて、死傷者多数となるよう設計されていて、やっと天守曲輪への入口、天守門前に出るので、野面積の石垣に聳えるその雄姿を撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_005.jpg
五枚目のカットですが、平成の御世になってから木造復元された天守門を潜り抜けると、そこは漆黒に塗られた下見板張りの三層三階地下一階のRC造の模擬天守閣が堀尾吉晴時代のものと思われる野面積みのワイルドな佇まいの比較的大きめの天守台石垣の3/2程度に建てられているので、登ってきたアングルから見るとそうでもないのですが、南方面から見ると、石垣にはだぶつき感がはっきり感じられ、ちょっと違和感を感じる一枚。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_006.jpg
六枚目のカットですが、この日は浜松城の後は、掛川駅前の宿に泊まるだけのスケジュールだったので、比較的ゆっくりと天守曲輪周辺の石垣などを検分していたのですが、前回来た時には急いでいたために、おそらくは見落としてしまっていた、壮年時代の徳川家康公の銅像を発見、しかも、工夫すれば、角度的に天守門、模擬天守とも一枚に収められることから、かなりのローアングルから撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_007.jpg
七枚目のカットですが、浜松城の後に移動した掛川の街では、前日、豊橋まで移動する新幹線の車窓から、まだ工事が完了していないことを把握していましたが、今更、掛川の宿をキャンセルして三島か沼津辺りに取り直すわけにも行かないので、仕方なく、真っ黒なお城が見下ろす駅前の宿に投宿、翌日は朝食もそこそこに駅まで向かい、在来線で三島まで移動、ちょっと速めのランチを駅前の寿司屋で頂いてから、山中城址前を通る元箱根港往きのバスに乗って30分弱で登城口へ到達してから、歩くこと10分ちょいで、全国的にも稀有な「障子堀」の下に到達、この日は前日と打って変わって佳き天気だったので、堀と富士山のツーショットを楽しんだもの。
カメラはSONYα7c、レンズはVoigtlaender Heliar75mmf1.8による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_008.jpg
八枚目のカットですが、ここ山中城址も、砦全体が障子堀で護られていたということでもなく、通常の空堀や、簡易版の障子堀とも言えなくもない、堀の長手方向分割線だけある畝堀などを効果的に組み合わせて来るべき、秀吉連合軍の巨大な兵力に備えていたのですが、3千人程度の守備兵が守る未完成の山岳要塞は6万8千人という実に約23倍もの大兵力に攻められ、熾烈な戦闘の挙句、数時間で落城してしまったという悲劇の城ですが、その中枢部を守っていた見事な障子堀の雄姿を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_009.jpg
九枚目のカットですが、無事、山中城址探訪を終え、また在来線で小田原に移動し、駅からお城の途中の「お濠端通り」に面したビジネスホテルにチェッキン、翌日は9時半過ぎに宿を出て、駅前でモーニングなどを頂いたのち、念願の小田原古城こと小峯御鐘之台大堀切跡まで徒歩で移動することとし、まずはお城の東から南側を通って、遺構にアプローチする遠回りコースを採ったのですが、途中、旧東海道に面した国登録文化財の割烹料理店「だるま」の立派な玄関廻りの様子を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_010.jpg
十枚目のカットですが、本当は、大尾切跡への道は、駅の北口から八幡山方面へ抜けるルートで、小田原高校横へとつながる長い階段のある坂道を通れば、距離的には半分以下だったのですが、お城の横をなぞっていくルートの方がスナップには都合よかったので、あえて遠回りをしたのですが、特に小田原城天守閣の影武者とも云える「ういろう本店」のなんちゃって天守を青空をバックに撮りたかったので、このルートを採ったのですが、改めて、青い空に白い漆喰の外観はなかなか美しい、と感心しながら一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_011.jpg
十一枚目のカットですが、実はこの「ういろう本店」界隈は午前中でしかも天気の良い時に来たことはなく、その斜め向いに、小田原の誇る偉人「二宮金次郎」の可愛い銅像が建てられていたこともあまり記憶になく、引退した箱根電車の
車両のみ覚えていたのですが、こうして天気の良い朝方に来てみると「電車通学する二宮君」みたいな構図で写真が撮れることに気づき、さっそく一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_012.jpg
十二枚目のカットですが、お城の南側をぐるっと回り、蓮池、二宮神社前を通り過ぎ、このまま宇宙まで続きそうなだらだら坂に面した競輪場、相洋高校を通り過ぎて、庭球場や、城山公園などを通って、途中、案内板を見失いそうになるアクシデントにも見舞われつつ、小一時間かけて、なんとか、大堀切跡の入口まで辿り着き、まずは、その大きさを感じ撮れるような位置から、後北条氏の築城の粋を集めた壮大な遺構の佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_013.jpg
十三枚目のカットですが、無事、念願の後北条氏の築いた、対秀吉戦の防衛設備の遺構を堪能し、後は、ランチを「だるま」で頂いてのち、大久保氏が築いた近代城郭の方のお城をちょこちょこっと見て撮って、しかるのち、駅ビル6階の「カフェラミル」でお茶とスィーツを楽しんでから、在来線でお江戸に戻るだけなので、小田原高校横の近道を下ってきて、搦め手に当たる北の登城口から本丸にアプローチし、いつ見ても惚れ惚れする関東きっての名城、小田原城のRC復興天守の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_014.jpg
十四枚目のカットですが、中に入ろうかとも思ったのですが、お茶したい気持ちが勝り、後ろ髪引かれる思いで、壮大かつ美しい層塔型三層四階建ての白亜の天守に再会を約し、本丸を下り、通常の登城ルートである、常盤木門、銅門、そして馬出門という退城したのですが、その途中、典型的な内桝口虎口を復元した銅門虎口をお濠側から一枚撮ってみたもの。
カメラはSONYα7c、レンズはErnst Leitz Summaron35mmf3.5による絞り開放AE撮影となります。

Tokai2212_015.jpg
十五枚目のカットですが、これも平成の御世になってからの復元ということですが、正規の登城口の第一関門の当たる場所で、外濠を挟んで、外部とは土橋で繋がっており、その間に塀で囲まれた広場、即ち侵入した敵への防御施設である桝形虎口を形成しているのですが、この門自体の構造が、門の最終進化形である高麗門という形式になっていて、さすが幕府が街道の要所に築き、選り抜いた親藩を配置したと思わせる格式だったので、特徴がよく判る位置から一枚撮ってみたもの。

今回の感想ですが、やっぱり、お城はクラシックレンズで撮るのが一番しっくり来ますね、しかも、色々意見はありますが、やはり日本人の心の原風景だけあるので、日本晴れでの撮影が一番ではないかと。
さて、来週は、田舎へ車検上がりの愛車を引き取りに出向きますので一週スキップ、その翌週は何とか21mmf1.5のご紹介出来るよう頑張ります、乞うご期待!!
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Author:charley944
今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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