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深川精密工房 [Fukagawa Genauigkeit Werke GmbH]

深川精密工房とは、一人のカメラマニアのおっさんの趣味が嵩じて、下町のマンション一室に工作機械を買い揃え、次々と改造レンズを作り出す秘密工場であります。 なお、現時点では原則として作品の外販、委託加工等は受付けておりません、あしからず。

An exploration to Castles in Kyushu island.

さて今回のご紹介は、まずはお詫びと訂正なのですが、よくよく調べてみれば、時系列的には前々回の7月末の東北巡業の次の撮影旅行は上州太田のねぷた祭りとなるのですが、これは実は既出で、昨年9月には飛ばしでご紹介していたので、ねぷた祭りの次に訪問した、出張ついでのお城巡りからのご紹介ということで、人生初の島原城訪問、そしてこれも福岡市自体は何百回訪問したといっても過言ではないのに、これまで一回も訪問したことが無かった福岡城のもようを二本のレンズとともにレポートしたいと思います。

九州2309_001
まず一枚目のカットですが、出張先の福岡に金曜の夜から前乗りし、土、日フルに使う前提で、まずは土曜日は遠出とばかり、博多駅前のホテルの目の前のバスターミナルから、島原行の高速バスに乗って、島原駅前のロータリーにある停留所に着いたのが13時前、ヘタすると、地方都市ではランチ営業を13時半〆としているケースも多々あるので、駅前に見えている端正な真っ白いお城をガマンして、観光案内所で聞いた名物料理屋でフグの押し寿司ご膳なんか食べてから、お城に向かって歩いて行ったら、住宅街を抜けた辺りで突如、立派な石垣を擁した白亜の天守が見えてきたので、嬉しくて、足を止め、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_002
二枚目のカットですが、この島原城、築城当時から、相当、防御力が高い郭の構えと言われていまして、その理由は何のことはない、江戸城でも大阪城でも名古屋城でも、普通は、本丸への進入口は正門である大手門、そして裏手に当たる搦め手の門と主だったものが二つに藩士達の通用門のようなものや、江戸城の平川門のように罪人や死者を搬出するのに使われた不浄門など幾つかの出入口が設けられているのに、なんとここ島原城は、出入口が一か所、北側に設けられていただけで、あとは四方を深い水濠と高石垣に囲まれ、頑なに外界からのアプローチを拒絶していたからなのですが、今回、お店はがお城の真南に位置していたので、お濠をぐるっと半周してやっと中に入れたので、嬉しくて、ご本尊様にも等しいRC造の復元天守のお姿を一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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三枚目のカットですが、さっそく入城料を入口付近の受付で支払い、中に入ると、RC造の天守あるある、でここでは島原の隠れキリシタンの弾圧の歴史や雲仙岳の噴火を中心とした自然災害との闘いのようなものがメインテーマのかなり重めの展示になっていまして、ひととおり、ざっと流してから最上階の展望スペースである廻縁部に出て、当日は天気が極めて良好で、対岸である熊本県の金峰山山系がくっきりと見えたので、こりゃラッキィ☆と広角だけ持って来たことををちょっと後悔はしたものの、画角を活かし、島原の街並みを入れて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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四枚目のカットですが、てっぺんまで上がってしまえば、あとは早晩、降りるだけなのは、人生とか会社員生活と似たようなところがあるのがお城巡りの醍醐味なのですが、出口のところで記念のメタルを買おうとしたら、武将隊のお姐さんが話しかけてきて、暫くお城談義をしたのち、そうそう、すぐ入っちゃったから、斜めからのかっけぇアングルから撮ってなかったよなぁ・・・と思い起こし、郭の南側、ちょっと高くなっている辺りに登って、この均整とれた白亜の層塔型の居城の偉容を一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州’2309_005
五枚目のカットですが、ここ島原は、「島原・天草の乱」という日本の歴史授業の中では、大阪夏の陣以降では最大の内乱の舞台として、必ず紹介されるほど有名で、その首謀者、或いは精神的指導者と言われた、白皙の美少年「天草四郎時貞」の名前も日本国内で高校までの歴史を習った人では知らない人は居ないくらいの超有名なのですが、ここ島原は、長崎の原爆祈念公園で有名な「北村西望」という彫刻家の故郷でもあり、この島原城内の模擬櫓のひとつが、「北村西望」の美術館となっており、その建物の手前に彼が丹精込めて作り上げた郷土のヒーロー「天草四郎時貞」のブロンズ像が建てられていたので、敬意を表し、一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

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六枚目のカットですが、これが「北村西望」の初期からの貴重な作品が展示されている美術館として使用されている模擬櫓の外観、北側から全貌を撮ったもので、一見良く出来てはいますが、戦後の高度成長期以降、鉄筋コンクリート造で次々建てられていった本丸内の建物のうち、1972年に巽櫓、即ち本丸南東角の石垣上に建てられた三階櫓で、内部には、平和祈念像の初期のデッサンから縮小サイズのプロトタイプ、或いは全国各地に散らばる、だぼだぼの軍帽かぶって敬礼する童子をモチーフにした「小さな将軍」の一号機などが所せましと置かれていたもの。
カメラはSONY7c、レンズはLeitz Elmarit28mmf2.8による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_007
七枚目のカットですが、翌日曜日も天気は快晴、城巡り日和りだったので、宿を9時過ぎに出て、まずはJR鹿児島本線で25分ほどの水城駅まで移動し、律令時代に築かれた白村江の戦い後の国防拠点である、数キロにも及ぶ要塞、水城遺跡を思う存分、見学し、午後から市内に戻り、ランチ後見学に出たのは、このところ、天守の復元是非で盛り上がっていた福岡城、最寄の駅である大濠公園から一番最初に見える、「下之橋御門」と、いったん解体後、戦後、、同門脇に移築された「伝潮見櫓」のツーショットを撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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八枚目のカットですが、同じく福岡城の三の東側に移築され、近年まで「伝潮見櫓」と言われながら、近年、正真正銘のの「潮見櫓」の古材が来歴とともに大切に保管されていることが判明し、史跡整備の一環として、西北側の大濠公園際の石垣の上に新たに整備された櫓台に「潮見櫓」として、古材をメインに伝統的な工法で復元され始めていることから、「じゃ、アンタ誰?」的に宙に浮いてしまった、どうやら正しくは「太鼓櫓」が本名だったという現存遺構の佇まいを一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_009
九枚目のカットですが、同じく福岡城関連の現存遺構、おそらく、結婚式をはじめとするめでたい席上で、だいたい、一人や二人のご老人が酔った勢いに任せて、歌舞音曲の余興として、唄って踊るので、「酒は飲め飲め、飲むならば・・・」の歌詞と雅楽の如くきメロディは耳にされたことがあろうかと思いますが、その主人公、福島正則が酔った勢いで、秀吉から下賜された至宝「日本丸」という槍を貰って帰り、酔いから覚めた福島正則が懇請しても返さなかったという、硬骨漢の主人公「母里(もり)友信」の邸宅の門を通りがかりに一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_010
十枚目のカットですが、これも福岡城関連の遺構で、「名島門」という、黒田長政がここ福岡城に移る前に居城としていた福岡市内の「名島城」から持ってきたもので、黒田二十四騎のうちの、「林直利」という侍に下賜し、林家の屋敷の門として利用されていたのを明治になって、長崎に売り飛ばされそうになったのを地元の代議士によって買い戻され、現在の地に据えられたというので、ちょうど異国からのゲストが通りがかったのを奇貨として一枚頂いてみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_011
十一枚目のカットですが、この訪問直前に福岡市内の市民団体主導で、幻の天守閣復元に関するイベントが大盛り上がりで、何でも、その根拠が、親しい間柄であった細川の殿様に「幕府への配慮により天守を取り壊すこととなった」、即ち、壊すということは、元は建っていた、という論法で、何某かの建物があったということなのですが、早い時期の話なので、図面はおろか、屏風絵すらなく、間接的証拠でしか天守の存在が証明出来ない、ということなのですが、その割にはかなり巨大な天守台の石垣を登ろうとしたら、ちょうど運良く降りてきた中華系のカポーが居たので、一枚撮って差し上げたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_012
十二枚目のカットですが、実は、福岡城址というのは、一帯が、奈良時代の大宰府関連遺構からの複合史跡となっておりまして、福岡城のすぐ東隣というか濠の内に大宰府の接遇所であった「鴻臚館」という施設が建てられていて、これは、白村江の戦で大敗を帰して以降、大陸に対しては朝鮮式山城を各地に築き、大陸からの反攻に備えつつ、一方、遣唐使に代表される実利的な交流も再開するという和戦両面の対応だったのですが、ここ「鴻臚館」は博多の港に着いた大陸からの使者を大宰府に入れる前にもてなしたり、遣唐使の宿舎として使用された施設ということで、体育館のような建物に覆われた地面の上に往時の木造建築の一部が再現されていたので、興味深く見学し、一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

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十三枚目のカットですが、鴻臚館を見学していた時にスコールも来たし、現存の門と櫓も見たから、宿に戻ろうかいな、と歩き出した時、ふと、案内板にもうひとつの現存以降、しかも延床面積では最大という「南丸多門櫓」が天守台エリア南東に位置していることが記されており、こりゃ見にゃあかんやないの!?と急遽踵を返し、南東の本丸とは区切られたエリアの西側の断崖の上に建てられていた木造の多門櫓両端に附属する二階櫓の北側のものを撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_014
十四枚目のカットですが、同じく、地面からの雨滴の跳ね返りによる漆喰の傷みを防止すべく、腰部が下見板張り、それより上の屋根で守られる部位は漆喰塗り、という如何にも華美を排した実用的な造りの戦闘施設である、ここ「南丸多門櫓」の細長い全景を、先ほどの北に位置する二階櫓の前の柵ギリギリに体を付けて南方向の二階櫓に向けて一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

九州2309_015
十五枚目のカットですが、南北に細長い「南丸多門櫓」の南端部、おそらくは一朝ことが起きた場合には、南西からの侵攻勢力に対する最前線となることを想定された南端部の二階櫓は、北端のものに比べ、一階は鍵の手状に直角に曲がった建物となっており、二階部分はその南北の向きに乗っかった格好になっているのですが、北の二階櫓も中央の平櫓も共通した、下見板の黒と漆喰壁の城というモノクローム調の美しさに惹かれ、画面いっぱいに寄って一枚撮ってみたもの。
カメラはSONY7c、レンズはCooke Speedpanchro28mmf2.0による絞り開放AE撮影となります。

今回の感想ですが、福岡市には、大分に暮らしていた二年間も含め、訪問した回数は10回や20回では済まないレベルなのですが、肥前名古屋城や、島原城のような、ここ街のど真ん中に位置している福岡城址に比べれば、アクセサビリティは比較にならないほど悪いお城を先に巡り、やっとやって来たということで、少なからず済まない気持ちで回っていたら、なんと、「お城に呼ばれる」との諺通り、3月上旬にお城のすぐ下の「福岡縣護国神社」の完成したばかりの大鳥居の撮影の仕事が入って、一泊二日の間で、なんと城址公園には3回も足を踏み入れ、この多門櫓も前回は気付かなかった、真下からのアングルで観察することが出来たので、とても不思議な気分を覚えたのでした。

さて、次回は、修理が終わったばかりのElmarit21mmf2.8二代目の試運転の様子をお送り致します、乞うご期待!!
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今を去ること60年前、古き佳き江戸情緒の残るこの深川の地に標準レンズのみを頑なに用い、独特のアングルにこだわった映画監督が住んでいました。その名は小津安二郎。奇しくも彼の終いの住まい近くに工房を構え、彼の愛してやまなかったArriflex35用標準レンズの改造から始まり、忘れかけられたレンズ達を改造し、再び活躍させます。

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